<内容>
4月1日午後11時34分、三協銀行大阪支店に強盗が侵入。強盗は銀行員から四百万円を奪い、飛び掛ってきた客の一人を拳銃で撃った後、その負傷した男を人質にして逃走。そしてその後に銀行強盗は人質の身代金1億円を要求してくる。大阪府警捜査一課は犯人を捕まえようと捜査を開始するのだが・・・・・・
<感想>
デビュー作にて、題材に誘拐事件を用いるというのはなかなかすごいことではないだろうか。誘拐事件のネタというのはすでに出尽くしているようにも感じられるし、かつ作品として描くのにも難しいものではないだろうか。
そして本書はどうだったかというと・・・・・・予想のついたところもあれば、それを超えたところもあった。予想のつく部分に関しては警察の捜査に疑問が湧いた点などもあり不満を感じた。しかし著者はそれなりに読者が予想するような結末を一歩越えたところに着地点を見据えて書いていたということは見事であると思う。
ただやはり一番の欠点と言えるのは“警察小説”としての内容の薄さにあるのではないだろうか。本書を読んでも警察諸説であるという印象は薄い。結局のところ通俗のミステリーであろう。これを警察小説とするならば、あのラストの展開はまずいのではないだろうか。とはいうものの、それはデビュー作であるがゆえの荒削りさといえるのかもしれない。
<内容>
大阪湾にかかる港大橋の上で現金輸送車が襲われた。銀行員二人が射殺され、現金一億円が奪われた。その翌日、事情聴取を受けた銀行員が自分の家のマンションから飛び降り自殺した。死んだ銀行員はその強奪事件に関わっていたのか?
<感想>
前作「二度のお別れ」では警察小説としてはキャラクターが弱いとか、らしからぬ終わり方をしたとか気になる点が多々見受けられた。しかし二作目の本書では、それらの多くの点が改善され、良作の警察小説として仕上がっている。
まず主人公の刑事のキャラクターが確立されている。どこかやる気のなさそうな黒田刑事と、事件解決にやたらと張り切る小柄な亀田刑事。この“黒マメ”コンビがコミカルに描かれていて読み手を十分に楽しませてくれる。
さらに本書ではストーリーもよく練られており、スピード感のあるサスペンス・ミステリーとして出来上がっている。犯人と目されるものが出てくるたびに、その容疑者たちが次々と謎の死を遂げる。そして最後に刑事コンビが真相にたどり着くのだが、犯人を落とす方法がなかなか気が利いている。
ただ現金輸送車からの強奪の方法があっさりと解決されすぎたような気がする。もう少し凝っていてもよかったのでは。また、金融業の仕組みに関してはわかりやすく書かれているものの、冗長とも感じ取れた部分もあった。
しかし、全体的にはバランスのとれた良いミステリーであったと思う。このシリーズを読むのが楽しみになってきた。
<内容>
女子大生の美和は親友の冴子と共に、食事をごちそうになろうと、有名彫刻家に嫁いだ美和の姉の屋敷を訪ねていった。しかし、そこで彼女達が発見したのは、ガス中毒で瀕死の状態になっている美和の姉の姿であった。なんとか命は取り留めたものの、自殺を図ったのか、何者かに殺されそうになったのか判断がつかない。彼女の主人である加川昌に殺人未遂の疑いがかかるのだが、当の本人は行方知れずとなっており・・・・・・
<感想>
これが黒川氏の三作品目という初期の作品であったことに驚いた。何に驚いたのかといえば、その作品の構成。1作目、2作目に続く作品というのであれば、本書も警察のみが出てきて、事件を捜査し解決していくという内容と思われたのだが、そこにもう一組の女子大生の主人公が登場しているのである。
この作品を読み始めたときは、てっきり黒川氏中期の作品で、刑事だけが事件解決にのりだすという内容では人気が出ないだろうということで、女子大生というちょっと俗な主人公を出してみました、とういようなノリで書いた作品だと思ってしまった。類似作として「キャッツアイころがった」という作品があるのだが、こういう作風のものはこの「暗闇のセレナーデ」が最初であったということに気づかされる。
また、後の黒川氏の作品でたびたび出てくる、美術に関するネタが用いられているのもこの作品が最初といえよう。そうすると、黒川氏の作品を読み取るうえでは、かなり重要な一冊であるといえることがわかる。
ただ、一個の作品としてどうかというと、少々物足りなかった。最初に自殺未遂と思われる現場から被害者を助け出した後に、密室が出来上がってしまうというものには驚いたが、これはその後すぐにいたって普通の解決がなされてしまう。その後は、普通のサスペンス・ミステリーとなっているのだが、犯人が誰かとか、どのようにとかは、かなりネタがわれやすいものとなっており、ミステリーとしてはかなり物足りなく感じられた。
というようなわけではあるが、しばらくの間入手しづらかった黒川氏の幻の作品という事で、黒川氏のファンであれば早めに買っておくことをお薦めしたい。
<内容>
顔を焼かれ、指を切られと、徹底的に身元がばれないようにしたかのような死体が発見される。ただ、その死体には一つの大きな特徴が残されていた。胃の中に宝石のキャッツアイが残されていたのである。そして、さらに別の美大生の死体が発見され、その死体もキャッツアイを口に含んでいた。これらは連続殺人事件なのか?
その殺された美大生と知り合いであった同じ美大の女子学生啓子と弘美。殺害された美大生はインドで大麻を買ってくるといって、皆からカンパを集めていた。啓子と弘美もそのカンパに乗った二人であったが、その件がばれないようにと事情聴衆に来た警察には話さないでいた。さらに彼女達は、大麻の件がばれないようにと美大生を殺害した犯人を突き止めて、大麻の件の証拠に残るものの隠滅を図ろうとするのだが!
<感想>
黒川氏が描く警察小説としては、ややくだけ気味という印象の本である。今ままでの黒川氏の本といえばたいていは刑事が主人公であったり、犯人の視点で描かれたりと男くさい内容であったのだが、本書では警察の視点だけでなく、女子大生二人組みという視点も用いて書かれたものとなっている。そのせいもあってか、2時間モノのサスペンス小説という雰囲気がまとわりついていたように感じられた。
というように、この作品だけを見れば何で突然こういう作風のものを描いたのだろうと感じてしまうのだが、そこにいたる背景を知るとまた別の見方ができるようになる。というのは、本書は黒川氏が第4回サントリーミステリー大賞を受賞した作品であるのだが、その前に「二度のお別れ」と「雨に殺せば」という作品で挑戦したが“華がない”という理由でどちらも佳作どまりだったのである。そこで作風を改めた事により、大賞を射止めたのが本書となるわけである。
ただ、その後はこの作品のように女子大生を主人公としたサスペンス・ドラマ風の作品というものが書かれていないことからすれば、元々黒川氏が書きたかった作風というわけではないのかもしれない。しかし、この作品がなければ黒川氏が作家として日の目を見ることはなかったかもしれないのだから、なかなかどうして作家人生というのもわからないものである。
<内容>
高速道路で自動車事故が起き、自動車の中から男女二人の遺体が発見された。警察はこれを時限爆弾による殺人事件として捜査を始める。まずは遺体の身元を捜査し始めるものの、手がかりは無く捜査は難航する。手がかりと思えるものを見つけ出しても、何故かその遺体の身元、もしくはその関係者達は世間から姿を隠すかのような行動をとり、警察に足をつかませようとしないのである。そして意外なるところから彼らの身元が割れたとき、まったく別の事件と関連し始め・・・・・・
<感想>
創元推理文庫での前作「八号古墳に消えて」に続いてのクロマメコンビのシリーズかと思っていたのだが、それとはまた違うシリーズとなっているのが残念(よくよく見れば、「八号古墳」よりも先に出版された本である)。もともとの出版元が違うのだからシリーズが違っているのも当然なのだが。
今回の作品では、関西系の刑事と東京から来たキャリアの刑事、そしてその二人をとりなす役割のような通称・総長の3人の捜査によって進められていく。今回の事件の背景になっているのは“造船業”。この造船に関わる、一般にはあまり知られてないような事実が明らかにされるところはなかなか興味深いものがある。
事件は身元不明の死体が発見されるところから始まり、その死体の身元を明らかにするという目的で捜査が始められる。この身元発見の捜査により、別の大きな事件へと関連し、発展していくところには驚かされる。また、キャリア刑事がそのレッテルを打ち破るかのように、ただ一人孤独にしつこく事件の謎を追っていくところが本書一番の見所といえよう。なかなかのレベルに仕上がっている警察小説である。
ただ、残念だったのは登場人物をきちんと生かせなかったところ。本書には3人の刑事が主人公として出てくるのだが、事件のほとんどがキャリア刑事の活躍によって解決されてしまう。この本では関西系の刑事とキャリア刑事が角を付きあわせながら話が進められていくのだが、これでは関西系の刑事が一方的にやり込められたかのようにさえ思えてしまう。もう少し、互いを生かせるような設定にしていればと思わずにはいられなかった。最初にも述べたのだが、やはりこれもクロマメコンビのシリーズで読みたかったなぁ。
<内容>
遺跡発掘現場の崩壊した壁面の土砂の下から大学教授の死体が見つかった。最初は事故によるものと思われたが、警察が捜査を進めていくうちに殺人事件と断定される。警察は被害者である考古学教授の身辺を調べるために、教授の研究室で働いている者たちから事情徴収をし始める。するとその後、研究室で働いていた者の中からさらなる被害者が出ることに。さらにその事件が起きた後に一人の調査員が姿を消し・・・・・・
<大阪府警捜査一課>シリーズ、黒マメコンビ第三弾。
<感想>
三作目にして、すでに安定したシリーズという印象を受ける。前作「雨に殺せば」も面白かったものの、金融業にからんだ話となっていたために内容に少々とっつきにく感じられたところがあった。しかし今回は背景に考古学や遺跡というものがあるものの、さほど難しい講釈とかはなしに話が進められるので読み進めやすいものとなっている。
前作に引き続き、科学捜査と地道な聞込み捜査により犯人へと徐々に近づいていくところは警察小説としてよくできていると思える。そして亀田刑事・通称マメちゃんの推理と直感により犯人を特定するところはシリーズものとして完成されているといえよう。また黒田刑事のほのかな恋までもが描かれているのはご愛嬌といえよう(もちろんうまくいくはずがないのだが)。
ただ一つ気になるのは、前作と同様に今作でも犯人を罠にかけて逮捕するという手法をとっているところ。それはそれで面白いのだが、これもパターン化してしまうのだろうか。そのへんは次回作がどのようになっているかお楽しみという事で。
<内容>
病院で殺された死体は、耳を切り取られ、別人の指を耳の中に入れられていた。次の被害者は、舌を切り取られ、前の被害者の耳を咥えさせられていた。次々と起こる猟奇的な殺人事件。被害者の関連からヤクザの抗争かと考えられたのだが・・・・・・大阪府警捜査一課の捜査を嘲笑うかのように新たな殺人が次々と・・・・・・犯人はいったい何をしようとしているのか!?
<感想>
これで創元推理文庫による<警察小説コレクション>も7冊目を数えることとなる。本書はこれまでの6冊とは大きく路線を変更した作品となっている。もっとも大きな特徴は何かと言うと、犯人の視点からの描写が半分近くを占めているといってもよい事である。これはもはや警察小説というよりはクライムノベルといったほうが合っているような気がする。また、細かい点では、これまでの作品とは違い、本書ではユーモアが極力抑えられているという部分。これはもはや“大阪府警捜査一課シリーズ”というよりもその外伝的なモノと捉えるべき作品であろう。とはいうものの、このシリーズはあくまでも創元社が黒川氏の既刊を一つのシリーズとしてまとめたもので、著者自身が最初に書いていたときは、シリーズというような事はほとんど意識してはいなかったであろうから、わざわざ区分けする必要もないのであろうが。
というよな内容に仕上がっているのだが、これが15年も前に書かれていたというのはすごい事だと思う。今であれば、こういった猟奇的な小説はあたりまえであるが、当時であればかなり斬新な捉え方されたのではないのだろうか。さらには、「何故、切断されるのか?」という点にもこだわったミステリーとして仕上げられているところにも注目すべき作品である。
黒川氏の転換期ともいえる、前作までとは異なる無機質なミステリーを味わってもらいたい。
<内容>
橋梁工事現場の橋げた部分から死体の一部が発見された。そして数日後、マンションでの心中事件が起きた。その心中事件の現場から橋げたで見つかった死体の記事が足りように出てきたことから二つの事件には何らかの関係があるのではないかと捜査本部は疑い始める。
大阪府警捜査一課の“ブンと総長”のコンビに、京都出身のお国自慢が鼻に付く五十嵐刑事が加わって、この難事件に挑むことに!
<感想>
このコンビは2冊目にも関わらず、すっかり板についてしまっているような雰囲気を出しているから不思議である。といっても主人公がその以前のシリーズのものと似通っているということもあり、そういう風に感じてしまうのかもしれないが。
本書もお馴染み黒川氏の警察小説シリーズなのであるが、その内容が以外や以外、密室殺人事件に取り組んでいるのだから驚きである。あまり意識しないで読んでいたためか、その謎が解かれたときはそれなりに驚いてしまった。といっても、目新しいトリックというわけではなく既存のものではあるのだが。
本書はそういった本格推理小説としても楽しめるという趣もあるのだが、やはりなんといっても関西系刑事たちの捜査風景を楽しむことのできる小説といってよいであろう。特に主人公のブンさんとその母親との交流がなかなか楽しく書かれていて、最後にはほろっとさせる一幕まで加えられている。
この一連のシリーズは“関西系人情派刑事もの”という一つのジャンルが確立されているといえよう。未読の作品も読むのが楽しみである。
<内容>
竹やぶの中から白骨化した死体が発見された。死体の主は日本画家と判明。しかもその画家は贋作事件に関与したことのある曰く付の画家であった。大阪府警捜査一課は二十年前に起こった贋作事件とのつながりを調べながら犯人の正体へと迫ってゆく。
<感想>
前作に引き継いで大阪捜査一課が出てくるものの、総長やブンさんは脇役としての登場でしなかく、今回は吉永と小沢のコンビが活躍する。吉永が黒川氏描くところの関西弁のいつもの主人公キャラであり、そこに不健康刑事・小沢とからみながら事件を解決してゆく・・・・・・のかと最初は思わせられた。しかし、その相方刑事の小沢の活躍はあまりみられず、容疑者のひとりである美術ブローカーが吉永にくっつきながら捜査が行われてゆくという展開。このブローカーのほうが相方の小沢よりも際立っていたというのが本書の一番の感想。
今回の作品では美術業界が描かれた作品となっている。どちらかといえば、事件自体よりも美術業界の裏側のほうが強調して書かれていたように思えた。ゆえに、事件自体の印象というのはさほど残っていない。しかも、事件のほうの内容が少々煩雑にも感じられたため、なおさらのことそのように思えてしまうのかもしれない。
とはいえ、いつもの事ながら事件解決への糸口や、印象的なラストといったように見所が満載の作品であることも確かである。今、警察小説を読みたいという人は迷わずこのシリーズを読んでもらいたい。
<内容>
若い女性を狙う猟奇的な事件が発生した。犯人は女性を殺害した後、マネキンを扱うかのように、持ってきた服を着させたうえで死姦に及んでいた。そして同様の事件が次々と発生することに! 警察が事件を調べたところ、事件の裏にデート商法詐欺事件の存在が浮き彫りになるのだが・・・・・・
<感想>
今回の作品は現代的な猟奇事件を扱った内容となっている。しかしながら今までの作品と比べれば、警察小説としてはずいぶんと薄まってしまったという風に感じられた。
本書では多視点の構成が採られている。主には警察の視点と女教師の視点から語られていて、それに若干ではあるが犯人の視点も加えられている。物語にある種の効果を出すために女教師の視点を付け加えたようではあるのだが、それが成功しているとは思えなかった。逆に、警察の捜査陣の面々や犯人像などがかえって薄まってしまったかのように感じられた。特に本書のラストの場面を生かすのであれば、今までの作品のように警察側での捜査状況を多く描いてもらいたかったところである。
また、肝心の事件自体も普通といったところ。意外性とか、そういったものよりは猟奇的な要素のほうが強い作品であった。
<内容>
「てとろどときしん」
「指環が言った」
「飛び降りた男」
「帰り道は遠かった」
「爪の垢、赤い」
「ドリーム・ポート」
<感想>
黒川博行氏の初期短編集。黒川氏は初期作品において、大阪府警の捜査員を主人公とした長編作品を書いていたが、本書はその短編バージョン。よって、かつての長編作品で主人公を務めた人たちが登場する。特に6作品中3作品に登場するクロマメコンビの印象が大きい。どの短編作品もよくできており、それぞれが意外性のある内容となっていることに驚かされる。
「てとろどときしん」は、フグの毒による死亡事故が起きたため、たたまざるを得なくなった店にまつわる事件を描く。地上げなど当時の状況が色濃く出ている。単純な話かと思いきや、一捻り入れることにより、一筋縄ではいかない作品となっている。
「指環が言った」は、ある種の犯罪小説のような作品。取り調べとフラッシュバックからなる一風変わった展開がなされている。単純な物取りの犯行のように思えるも、徐々にその裏に潜む真の犯罪が浮かび上がってくることとなる。
「飛び降りた男」は、強盗にあった男の事件。これは構造が単純ではあるのだが、小さな町で起きた、意外とありそうな事件という感じで読むことができる。
「帰り道は遠かった」は、タクシー強盗事件を描いたものであるが、被害者が行方不明となっており、さらには不審に思えるものが次々と見つかり、捜査は混迷の様相を帯びてくる。なぜ車内にラジカセが置いてあるのか? というところから始まる謎をクロマメコンビが徐々に切り崩してゆく。そうして見出すこととなった真相から、ラストのオチへと見事につながってゆく。
「爪の垢、赤い」は、電車の車内から人の指のみが発見されるという事件。行方不明者になった者を調べ、そこから被害者を絞り出し、刑事たちの捜査が始まってゆくこととなる。こちらも事件が一転、二転する内容。単純な事件なのか、複雑な事件なのか、最終的には落ち着くべきところにうまく落ち着くという内容。
「ドリーム・ポート」は、殺人事件の容疑者となった同棲相手の女性の視点により進められてゆくという異色作。同棲相手を疑う気持ちと信用する気持ちが入り混じり合いながらも、主人公は捜査の行く末を目の当たりにすることとなる。
<内容>
鉄くずの回収を生業としていた友永はたまたま入院する事になった病院で稲垣という男と知り合い、意気投合することに。退院後、友永は稲垣からある“仕事”に誘われる。それは極道を誘拐して身代金を獲るというものであった。彼らは実際に計画通り、極道の幹部を誘拐し、身代金をせしめようとしたのだが・・・・・・
<感想>
内容は重いどころかとんでもないもので、どうみても先行きのないものであるはずなのだが、何故か軽快な感じで読めてしまうのだから不思議な本である。
主人公達は極道の幹部をさらい、身代金をせしめるために組の事務所と交渉を行っていく事になる。そんなわけであるから、一歩間違えば主人公達はただで済まされるはずもなく、常に緊張感のつきまとう小説となっている。それなのに、関西弁で語られる主人公二人の会話がまるで漫才でも聞いているかのようにテンポよく、場合によって噴出しそうにさえなってしまうのだ。そんなわけで、重々しい雰囲気にも関わらず、一気にあっというまに読み干す事ができる小説であった。
しかし主人公たちのように極道をさらうなんてまねをした事のある人なんているのだろうか? 意外と言えば意外な犯罪であろうが、絶対やってはいけない行為であろう。
<内容>
「カウント・プラン」
「黒い白髪」
「オーバー・ザ・レインボー」
「うろこ落とし」
「鑑」
<感想>
黒川氏が描く警察ものの短編作品を集めたもの。黒川氏が描いていた初期の警察シリーズがなつかしくなるような作品集。
これらの作品は意図してなのかどうかはわからないが、現代病理学的なものを集めたサスペンス・ミステリ集として出来上がっている。数を数えずにはいられない男、色彩を気にする男、他人のゴミを集めるもの等々。このような現代病理学的な要素を集め、それをミステリのネタとして用いている。その用い方も、事件に直接絡めたり、時には絡めなかったりと、色々な手法を用いて読者を混乱させるところがまた心憎いところである。
また、ただ単に統一的な要素だけからなる短編集というだけでなく、そこは黒川氏の手腕によってうまくサスペンス・ミステリが展開されているので、安心して楽しめる小説となっていることは請け合い。
予断であるが、最初の「カウント・プラン」という短編を読んだときにふと、工場の様子を描かせれば黒川氏と高村薫氏の右に出るものはいないななどと思ってしまった。そういえば文庫版のあとがきを書いている東野氏も工場の様子を描いていた作品があったような気がする。“工場”には関西系の作家が強いのかと考えてみたり。
<内容>
建設コンサルタント・二宮啓之は産業廃棄物処理場建設に関わる依頼を受ける。依頼者の小畠は、処理場を建設するために書類を整えていたのだが、水利組合が難色を示し交渉がうまく行かなくなったという。そこで、その水利組合の担当者の弱みを握ってくれと依頼を受けたのである。二宮が依頼をこなそうとするものの、単純な仕事かと思いきや、次から次へと難題が押し寄せ、さらには事がどんどんと大きくなってくる始末。また、ヤクザの桑原保彦が二宮の仕事を知るや、金になる件だと思ったのか、いつの間にかパートナーのような言動をとり始める。二宮と桑原は、依頼をこなし、成功報酬を手に入れようとするのだが、何故か他のヤクザらもこの件に関わり、彼らを妨害しようとし・・・・・・
<感想>
この「疫病神」という作品は建設コンサルタントの二宮とヤクザである桑原のコンビが活躍するシリーズの最初の作品。現在では既にシリーズ5作品目までが出ており、その5作目が著者・黒川博行氏が直木賞を受賞した「破門」である。ちなみにこの作品、新潮文庫で昔読んだことがあるのだが、全く内容を覚えていないので、せっかく角川文庫で復刊したという事で購入して読んでみた次第。また、このシリーズ初作以外のシリーズ作品は読んでいないので、これから2作目3作目と読んでいきたいと思っている。
それで読んでみた感想はというと、これがなかなか面白かった。良質な悪漢小説のみならず、大規模な産業廃棄物処理施設に関する利権と周辺事情を見事に書き上げた骨太の作品である。悪漢小説と言いつつも主人公はあくまでも建設コンサルタント業という一般人であり(そうでもない背景も持ち合わせているのだが)、基本的には法律の範囲内で事を収めようとしている。ただし、無理やり相棒としてしゃしゃりでてきた桑原に関しては、ヤクザという家業であることからも想像がつくとおり、やりたい放題の行動をとる。
本書の魅力は、なんといってもこの二宮・桑原のコンビにあるといってよいであろう。二人は決して信頼し合うなかではないのだが、ほどよい加減で結びついており、なんだかんだいいながらも互いに協力し合いながら事件解決・真相究明へと乗り出してゆく。一見、桑原の行動にビビりつつあるような二宮であるが、桑原に言いたい放題のことを遠慮せずに言い放つところは何気に爽快に感じられる。
そして、そのコンビが解決する(というか利権を得ようとする)事件についても、しっかりと描かれているところがよい。産廃建設に関する複雑な事情を描いた内容となっているのだが、最終的にはきっちりと分かりやすい構図を読者に示しているところが見事と言えよう。そして、二宮が単にその利益をむさぼろうとせずに、それなりにコンサルタントという範囲内で事を治めようとするスタンスについても上出来と感じられた。
この作品の前までは、どちらかというと警察側にたっての小説のほうが多くかかれていたはずなのだが、どうも黒川氏の作風ではアウトロー側に立った方がより栄えるのではないかと思わずにはいられない。それほど、作調といい作風といい、うまく仕上げられた作品である。
<内容>
「燻 り」
「腐れ縁」
「地を払う」
「二兎を追う」
「夜飛ぶ」
「迷い骨」
「タイト・フォーカス」
「忘れた鍵」
「錆」
<感想>
黒川氏の短編集であるのだが、近年よく言われるノワールではなく、ピカレスク小説という感じの作品集。
どの作品でも悪人が出て来て、犯罪や詐欺を犯し、その顛末が描かれている。大概がうまくいかない話が多いのであるが、誰もが悪びれず、反省しない姿勢にこの作品集らしさが出ている。
「地を払う」は、大会社の娘の隠し撮りビデオを利用して、脅迫により大金をせしめようとする男の顛末が描かれている。他の作品と異なるラストの場面(反省している?)が印象的である。
ほとんどの作品が犯罪を犯す側から書かれているのだが、「迷い骨」「忘れた鍵」の2作は警察小説となっていて、それぞれ読み応えがある。特に「迷い骨」は、どんでん返しまでもを楽しむことができる内容。
文庫版で全体でも300ページ弱であり、それぞれの短編作品の分量も短めであるので、気軽に手に取り、手軽に読める小説である。
<内容>
建設コンサルタントの二宮は、斡旋業者の趙から北朝鮮へ輸出する重機を用意してもらいたいと依頼を受け、村井商会に頼んで重機の準備を進める。しかし、趙は決算しないまま行方をくらまし、二宮は詐欺にあったことに気付く。しかも村井商会はその筋のものとつながっており、二宮に損した分の金を取り戻せと要求してくる。一方、ヤクザである桑原が所属する組の若頭も同様に金をだまし取られ、その金を桑原が取り戻そうと奔走する。そうして二宮と桑原の二人は再び手を組むこととなり、趙の行方を追って、北朝鮮へと行くこととなり・・・・・・
<感想>
「疫病神」に続いての、堅気の二宮(ただし亡くなった親はその筋の人)とヤクザの桑原がコンビを組んで騒動を巻き起こすシリーズ第2弾。軽快に関西弁が飛びかいながらのスピーディーな展開に惹き込まれる冒険活劇。
今作では舞台としてなんと北朝鮮が描かれている。よくぞこの舞台に挑戦したなと思いつつ、その描写や主人公たちが感じる世界観に惹き込まれた。ただ、実は物語としては北朝鮮が密接に関係してくるというわけではない。あくまでも二宮と桑原が追い求める男が北朝鮮に逃げたというものであり、その社会情勢が詐欺に内容に関わってくるものではない。とはいえ、うまく舞台として扱い、過酷な世界での逃亡劇を描き切ったと感心させられてしまう。
物語のメインはあくまでも詐欺の内容についてと、その本当に黒幕についてであり、最終的には日本が舞台となり物語が収束されてゆく。これがシリーズ2作目というわりには、二宮と桑原のキャラクターがたっていて、さらにはその周辺の人々もうまく描かれていると感じられた。大がかりな詐欺の内容について事細かく描かれ、北朝鮮の様相も丁寧に書かれているのだが、そのわりには軽快に読むことができてしまう作品。なかなかの大作でありつつも、読み手にそう感じさせないところが一番すごいことなのかもしれない。
<内容>
芸術院会員の座を狙う日本画家の室生。彼の対抗となる稲山との間には、大きな差は無く、どちらが勝つかわからない状況。室生側と稲山側はそれぞれ選挙参謀を立て、票の獲得に向けて、熾烈な選挙活動を繰り広げることとなる。日本画壇の裏側を描いた作品。
<感想>
読んでみると、ミステリと呼べるような作品ではないにも関わらず、非常に面白く読む事ができた。本書は日本画壇会でごく少数の者しかたどり着くことの出来ない芸術院会員の座をかけての激しい選挙戦を描いた作品となっている。
この作品はあくまでもフィクションであり、実際の話とは異なるであろうにもかかわらず、やたらと説得力のありそうな内容になっている。芸術の世界についてよく知らない私にとっては、舞台裏は実際こんなものかもしれないと、納得してしまうほどのリアリティのある小説に仕上がっている。
しかし、画壇の世界でこのような選挙戦が繰り広げられるのであれば、政治の世界の内幕を描いたらどのようなものになるのだろうかと、思わず身震いしてしまうような作品である。それほど、本書での一票を得るがためにばら撒かれる金や物のやりとりや、細かい裏工作などに圧倒されるばかりであった。
また、本書で面白いと思えたのは、室生陣営は、室生自身やその手先となる大村といった人物が直接描かれているのに対し、稲山陣営は直接選挙戦には携わっていない、稲山の孫であり、純粋に絵を描き続けようとする梨江を中心に描いているところである。
これは最後までこの物語を読んでいくと、画壇の世界でのし上がるのには、さまざまな策謀が必要であるが、基本的には絵描きは絵を描き続けることこそが本文だと、作品を通して語っているようにも感じられるのである。
ミステリ作品とは言えないにしろ、本書が面白いということは事実なので、より多くの人に手にとってもらいたい作品である。個人的には直木賞とかを受賞しても決して遜色のない作品だと思っている。
<内容>
腐れ縁のヤクザ・桑原に頼まれ、賭け麻雀の代打ちを務めた建設コンサルタントの二宮啓之。大手運送会社の課長や県警交通部の幹部らが参加する中、接待麻雀であったにも関わらず、二宮は勝ちまくり、結果として60万ほど儲けてしまう。ちょっとしたアルバイトのつもりで受けた仕事であったが、やがて大手運送会社の利権が絡むいざこざに巻き込まれ、二宮は放火犯の汚名をきせられそうになる。一方、桑原はその利権のいざこざのなかで裏金を手に入れようと奔走し、二宮はそんな桑原にいいようにこき使われ・・・・・・
<感想>
疫病神シリーズ第3弾。建設コンサルタントの二宮が警察と大手運送会社にまつわる汚職に巻き込まれることとなる。今回は、はるばる沖縄まで(前回は北朝鮮だったが)出向くはめに!
このシリーズ、ヤクザ桑原の行動に二宮が巻き込まれるというパターンではあるのだが、シリーズが続いていくと、二宮は厄介ごとに巻き込まれてもしょうがない人間だなと思うようになってくる。結局のところ、実は二人は良いコンビだということなのであろう。
今回の物語は序盤は少々ややこしい。汚職にまつわる問題が浮上し、二宮が放火犯の汚名をきせられることとなる。その騒動を利用して桑原は金儲けをたくらむのであるが、最初の方はどのようにして金を入手しようとしているのか、つまり目的となるものがわかりづらかった。その後、桑原と二宮が、逃げ回ったり、命を狙われたり、事件の背後関係を調べたりしているうちに、ようやく具体的な金儲けの手段が見え始めてくる。そして大金をせしめようとするのであるが・・・・・・というところはいつものパターンかもしれない。
本書は、細かいディテールをどうこうと考え込むよりも、桑原と二宮が巻き込まれる騒動と、さらに彼らが巻き起こす騒動を楽しむというスタンスで読むべきなのであろう。まだまだシリーズも続いているので、主人公二人が命を落とすことはないと思えば安心して読むことができる。最終的に二人のもとにどれくらいの金が残るのかと、これまたシリーズ同じみの楽しむべきポイントである。
<内容>
大阪府警今里署のマル暴担当刑事の堀内と伊達。二人は日々、暴力団の情勢をうかがいつつ、自分たちのノルマを達成しようと計画を練っていた。そんなとき、堀内は賭場の情報を入手する。刑事部屋でも久々の大きな事件を扱うこととなったのだが、思わぬ事態が堀内にのしかかることとなり・・・・・・
<感想>
濃いなぁ。悪漢刑事ものとして、すばらしい具合に仕上げられている作品。逢坂剛氏が書く“禿鷹シリーズ”というものがあるが、それをもっとリアリティに仕立て上げたような作品である。
基本路線は暴力団担当の刑事の様相を描いた作品。それを描く際に、物語だけではなく、どのように情報を得て、どのように捜査し、どのように報告し、どのように逮捕にこぎつけ、どのように調書をとり、といったことがそれぞれきちんと書かれているのである。ただし、これらが細々と書かれていても決して物語の面白さやスピード感は失われていないので、リーダビリティも十分な作品である。
これは一人の刑事の生き方というよりも、暴力団担当刑事というものの生き様を描いたというように捉えることができる作品。正当な刑事小説だけでなく、その裏側を彩る刑事の世界をこの作品にて是非とも堪能してもらいたい。関西弁があまりにもマッチし過ぎている作品。
<内容>
美術の非常勤講師である熊谷は同僚から物騒な計画を持ちかけられる。なんでも、理事長が天下りの教師を呼び寄せることにより、非常勤講師の職が危うくなるというのだ。そこで、理事長の不正受給をネタにして脅迫し、自分たちの地位を保証してもらおうというのである。渋々ながらも自分の地位が危ぶまれることは確かだと思った熊谷は音楽教師である正木菜穂子と共に理事長誘拐・脅迫計画に加担することになる。実際に誘拐し、教職の地位を保障してもらうまでは良かったのだが、そこから事態は不穏な方向へと向かうこととなる。この無謀な計画の行き先はいったい・・・・・・
<感想>
内容からして、教職員の内部事情と裏で行われる陰謀劇を淡々と描く作品だと思っていたのだが、そんなことはなく、正真正銘のノンストップ・サスペンス・ミステリであった。
非常勤講師の地位が危うい状況となった職員が理事長を誘拐・脅迫し、地位を保証する署名を書かせるという計画。実はその裏にさらなる隠された計画があり、いつの間にやら事態は金塊強奪計画と発展していくこととなる。しかもその金塊の行方が途中でわからなくなり、登場人物の誰と誰が組んでいるのか、裏切りと共謀が錯綜し、最後の最後まで予断を許さない状況となる。
と、内容は面白いものの、やや不満なのは主人公である美術教師・熊谷の立ち位置。主人公であるはずが、全く関係ない金塊強奪計画に加担する羽目になり、最初はそれなりの意志を持っていたはずが、途中からは相方の女教師に引っ張られていくだけ。後半は完全に引きずりまわされるだけという主人公のスタンスが一番気になった。
序盤からは予想だにしない展開となり、面白いことは面白いものの、ミステリとしてはその分普通になってしまったかなと。黒川氏が以前に描いた「蒼煌」という作品のように変にミステリっぽくせずに、その裏側だけを描く小説としたほうが面白いと思えたので、やや残念であった。
<内容>
建設コンサルタントの二宮は、またヤクザの桑原から仕事の誘いを受けることに。桑原は、とある寺がスカーフ製作のために振り出した2千万円の約束手形を利用して、その寺が持っている国宝級の絵巻物を手に入れ、高額で売り払おうと考えていた。そうして、桑原と二宮は絵巻物を手に入れようとするのであったが・・・・・・
<感想>
疫病神シリーズ第4弾。一応カタギの建設コンサルタントの二宮と、こちらは完全なるヤクザの桑原の両名が活躍するシリーズ作品。今回も桑原の企みに二宮が巻き込まれてゆくことに。
今作では、金満体質の住職(もしくは寺自体)を狙って、もうけを企もうと桑原が、国宝級の絵巻物を強奪する。その巻物を高く売ろうとするも、絵巻物が奪われたり、奪い返したりを繰り返しのドタバタ劇が繰り返され、二人は満身創痍になりながらも執念深く、なんとか利益を上げようと奔走する。
とにかく楽しめる。何が楽しめるって、どこにも善人が出てきておらず、寺の住職を含めた誰もが悪いやつばかりで、誰にも同情する必要がなく、無責任に物語を笑って楽しむことができる。また、自由奔放に身勝手な行動をとる桑原であるが、基本的にはヤクザとか組のしきたりの中で行動しているため、ちゃんと上納金や組のメンツを考えた上での取り分というもの考えてもうけを計算しているところがなんとも言えないところ。
また、なんだかんだ言って、一番の悪党っぷりを発揮しているのは二宮のほうではないかと。シリーズの“疫病神”というのは、当初は桑原のことを指していたような気がするが、だんだんと二宮の方が“疫病神”のようになってきたのではないかとシリーズを読んできて、そう思うようになってきた。敵対するヤクザに命を狙われ脅えつつも、何気に二宮が人生を一番楽しんでいるように見えてしまうのだが、気のせいであろうか?