<内容>
ことばが、頭から消えていくんだ・・・・・・役者生命を奪いかねない症状を訴える若手歌舞伎役者中村銀弥。後ろめたさを忍びながら夫を気遣う若妻。第一幕に描出される危うい夫婦像から一転、第二幕では上演中の劇場内で起こった怪死事件にスポットが当てられる。二ヶ月前、銀弥の亭主役を務める小川半四郎と婚約中の河島栄が、不可解な最後を遂げた。大部屋役者瀬川小菊とその友人今泉文吾は、衆人監視下の謎めいた事件を手繰り始める。
梨園という特有の世界を巻き込んだ三幕の悲劇に際会した探偵は、白昼の怪事件と銀弥/優の昏冥を如何に解くのか?
<感想>
歌舞伎の舞台を背景とした、殺人絵巻。この作品ではミステリーと背景となる歌舞伎の舞台とを見事に融合させている。なぜ殺人が起きたのか、どういう風にというのが見事にその背景に収まりきっている。さらに、作中も歌舞伎の世界を紹介する部分と犯罪捜査の部分を絶妙なほど良さで分けているようみ思えた。
背景だけが突出することなく、さらに背景をうまく生かしきっての作品に読後には爽快感がある。
<内容>
真波はある日、火夜と出会いその日から一緒に住み始める。一緒に住みながらも火夜は自分なりの生活を送り、どこかへ出かけてはまた真波の部屋に帰ってくるという生活を繰り返していた。
そして火夜が突然いなくなってしまった。いなくなってからしばらくたって、真波の元に火夜のものと思われる小指が届けられることに。真波は同じマンションに住む今泉探偵事務所を訪ねて、火夜の捜索を依頼するのだった。
<感想>
ミステリーではあるものの、何か少女漫画チックな感覚を抱かせる作品である。別に少女漫画チックという言葉を悪い意味で使っているわけではない。全編読み終わったときに抱いた印象がそういうものであったということである。
具体的に言えば、本書はミステリーではあるものの“どうやって”とか“どのように”というようなことが問われるものではない。“誰が”という点に関しては確かに謎となってはいるものの、それすらもあまり重要でないように感じられる。本書において全編を支配しているのは“感情”であるといってもよいであろう。その“感情”によるミステリーであり、なおかつ非現実的であるかのような“庭”という幻想的な彩りを基調とした事件現場、そして主役である少女達。そういったものから“少女漫画的”というような印象を抱かせられたのであろう。
著者の初期の頃の作品というものを十分に堪能できるものとなっている。
<内容>
藤城芸術学園大学で事務仕事をしている足立りり子。彼女はもともとこの大学で声楽家を目指していたが、挫折したものの夢をあきらめることができず、今だ大学から離れられずにいた。そんなある日、銅版画家で大学にて講師をしている瀧本大地と知り合うことに。次第に二人は惹かれてゆき、いつしか恋人同士となる。しかし、瀧本にはとある不穏な噂があることをりり子は知ることとなり・・・・・・
<感想>
ミステリというよりは、恋愛を主としたちょっとしたサスペンス小説というくらいか。それでも、読みやすい作品であったので一気に読むことができた。どちらかというと、女性向きの恋愛ミステリ作品と言えよう。
特に内容どうこうということはないのだが、ひとつ残念だったのは主人公が声楽家を目指していたという要素が作中で全くと言ってよいほど生かされていないところ。できれば、主人公のサクセスストーリーのようなものを挿入してもらえば、もうちょっと読み物として幅が広がったのではないだろうか。流暢に流れてゆくような作品ゆえにもうひと押し欲しかった。
<内容>
歌舞伎座での公演中、毎日決まった部分で桜の花びらが散る。誰が、何のために、どうやってこの花びらを散らせているのか?女形の瀬川小菊は、探偵の今泉文吾とともに、この小さな謎の調査に乗り出すことになった。一枚の花びらが告発する許されざる恋。そして次第に、歌舞伎界で二十年以上にわたって隠されてきた哀しい真実が明らかにされていく・・・・・・
歌舞伎座を舞台に繰り広げられる、妖艶な魅力をたたえた本格ミステリ。
<感想>
探偵小説としてより物語として評価したい一冊。別にミステリであることを否定するわけではないのだが、ミステリとしては歌舞伎の舞台という物に終始している分アンフェアに見えなくもない。しかし、それがアンフェアだというようなことを最初に思うのではなく、一つの物語としての完成度に感心させられる。これはこれでひとつのジャンルみたいなものを十分築き上げているといえるだろう。
<内容>
雑誌記者の小松崎は首を寝違えたことにより、たまたま「合田接骨院」という繁盛しているように思えない怪しい接骨院にて治療してもらうこととなる。ところがその接骨院の合田という整体士は口は悪いが腕前は一級品であった。彼は患者と接することで体の悪いところだけでなく、その精神状態までわかってしまうという。
合田はある日、病院に来た墨田茜という主婦から何か不穏なものを感じ取る。実は墨田茜はカードによるローンにはまったという過去を持っていた。そして、最近になり、またあの頃の金遣いの荒さが徐々に出始めて深みにはまりそうになっていたのだった。
<感想>
整体士という職業を探偵役に配置した、ちょっと変わった癒し系ミステリー。最初はミステリーというよりは癒しの物語という感じがしたのだが、それが話が進むにつれてミステリーとしてもよく練られているということに気づかされる。全体的にうまくまとまっていて、なかなか良い作品だと思う。登場するキャラクター達もなかなか魅力的であり、これからの展開も楽しみである。
この作品を読んでいると不健康な生活を送っている自分が警告されているような気になってくる。なんとなくであるが食生活とか姿勢とかに気を使ってみたほうがいいのかななどと思わせる。これで本当に心身ともに健康になったらたいしたものである。心だけでなく体をも癒す本、なんていううたい文句もいいかもしれない。
<内容>
「少し離れた小島に、遠浅のきれいな海岸があるからね」
夏休みに二泊三日の海水浴に出かけた十七歳の少女五人。無人島に渡った彼女らは、砂浜の美しさに酔いしれるあまり帰りの船に乗り遅れ、その島で一晩過ごすことに。ところが、島にはもう一人、男が潜んでいた!
理不尽な体験を通し、少女から大人に変わる瞬間を瑞々しい感性で描く傑作ミステリー!
<感想>
ミステリーや推理小説というのは間違えだろう。まぁかろうじてサスペンスというところ。
理不尽な生々しさが感じられるだけで、登場する男の行動というのも理解できない。かえってミステリー仕立てにしようとして失敗しているように感じられる。別に普通の話しにすればいいと思うけど。
<内容>
大学を卒業して5年が経った今でも、筒井弦、室井法子、鮫島幸、河合瞳子、谷木加代、高橋猛の6人の付き合いは続いていた。そんなあるとき、河合瞳子が自殺した事を知らされる。彼女は何故、突然自殺したのか? 心あたりのある者は? 彼女の死の謎を突き止めようとすることにより、浮き彫りにされようとするものはいったい・・・・・・
<感想>
ジャンルとしては青春ミステリ小説といったところか。友人の死をきっかけに、残された者それぞれが彼女のことを思い返すというような内容。4つの連作短編によって、事の真相が明らかになるというもの。
ただ、連作とはいえ、それぞれの短編の展開はやや唐突のように感じられた。あまり伏線というようなものは感じられず、物語と事実が徐々につみあがっていくというような構成。
そして真相が浮かび上がってくるものの、結局のところ生前にしろ、死後にしろ河合瞳子という女性に周囲の人たちが振り回され続けたといったところ。瞳子という女性は生前もその存在は大きかったはずなのだが、死んだことによって初めて生身を持ったように思え、それにより他の者たちに影響というよりもむしろ、悩みをもたらしたかのように感じられた。そして、瞳子の友人達はそれぞれが持つ、それぞれが抱える(瞳子とは全く関係ないはずの)不安定な人生が浮き彫りになり、自分自身を見つめなおす事になる。
登場人物たちは大学を卒業して5年の月日が経つのだが、この事件をきっかけにようやく本当に社会の一部へと溶け込んでゆく事となるのであろう。そんな様子を描いた青春群像小説。
<内容>
オペレータールームに配属された梶本大介。その社内では奇妙な事件が発生する。書類紛失、保険外交員墜死、マルチ商法勧誘社員の台頭、派遣女性社員の突然の昏倒、ロッカールームの泥棒、切り裂かれた部長のぬいぐるみ、黒い液体で汚されたトイレ。
オフィスを騒がす様々な日常の謎を女性清掃作業員のキリコがたちまちクリーンにする本格ミステリー。
<感想>
ユニークで楽しく手軽に読める本である。息抜きにはぴったりではなかろうか。
ミステリとしては正直言って少々弱いような気がする。しかし、全編において一つの会社の中にスポットをあて、その中で働く人々(特にOL)の悩みなどの感情がうまく表現されている。読みながらも、はっとさせられたり、なるほどとうなずいたりと作品の中にのめり込んでいってしまった。
働く人々の表情や感情をミステリーで表すということにおいて成功している作品といえるのではないだろうか。
<内容>
歌舞伎の女形役者、岩井芙蓉の妻・美咲は原因不明の火事により意識不明の重体となっていた。その事故に対し、同じ女形役者で芙蓉と仲が悪いと噂される中村国蔵は芙蓉が手を下したのではないかと疑いをかける。国蔵は小菊に頼み、探偵の今泉に事件の依頼をするのであるが・・・・・・
<感想>
読みは“ににん どうじょうじ”。
綺麗に話がまとまっていると感じられた。歌舞伎役者の世界に話をなぞらえ、物語を構築していく様は見事といえよう。まさに歌舞伎役者の世界とミステリーが融合した内容となっている。
本書でのテーマは歌舞伎役者という世界に生きる者と一般世間に生きる者との差異というように感じられた。歌舞伎役者の中で、特に“女形”という特殊ないでたち、振る舞いをする者。その者と関わっていかなければならない一般常識の元で生きるもの。そしてその狭間にて生きているものと、それぞれの立つ位置によって世界観が微妙に異なり、その差異によって起きた事件なのではないかと感じられた。その差異に対して悩める者の悲しみがストレートに伝わってくる作品となっている。
ただ本書はページが薄いために、長編としてという意識は薄く、さっぱりとした中編を読んだという気分である。長編であるならば、もう少し話を膨らませてもいいのではないかと思われた。それに本書では探偵が出てくるものの、いまいちその必要性が感じられなかった。とはいえ、あらかじめ中編小説としてとらえるのであれば、それなりに高い評価ができると思う。完成度は高い作品。
<内容>
ファミレスでバイトをしているフリーターの久里子。彼女の店には常連でいつもコーヒーのみで何時間もねばる国枝という老人がいた。この国枝という老人、一見ぼけているようであったが、久里子が公園のベンチで見かけ、話をしてみると打って変わって聡明な印象を持つことになる。
そんなある日、久里子の家で飼い始めた犬が公園で散歩中毒入りの餌を食べてしまうことに。最近、この公園付近で同じような事件が相次いでいるという。また、ちょうどそのころ久里子の引きこもりの弟が夜な夜な家を出て、どこかにいっているらしいのだが・・・・・・。久里子は思わず、最近起きている事件のことを国枝老人に話してみることに・・・・・・
<感想>
まぁ、普通の日常系のミステリ作品といえよう。気楽に読めて、かつ、楽しめる作品であることは間違いないので、誰にでも安心して薦める事ができる。
本書のポイントともいえるのは、二十歳を過ぎてもなお、定職に付かずフリーターを続ける主人公の久里子の立ち位置。久里子も自分自身の事を不安に思い、かつ、引きこもりの弟のことまでも心配しなければならない立場。そういった考えを持ちつつも、ずるずると現在の生活をそのまま続けてゆく。
そんなときにひとりの老人と会うことによって、徐々に新しい道が開けてゆくことになる。別に本書は成長物語というほど大げさなものではないのだが、ひとつのちょっとした出会いをきっかけにして、別の道へと進んでゆこうとする主人公の不安や希望がうまく描かれた作品となっている。
ミステリ作品としての強みは薄いものの、ごく普通の人物である主人公の人生の転換を、ミステリ的な事件を用いることによって綺麗に描き出した作品だといえよう。ある意味、日常系のミステリ作品として、うまくはまっているという見方もできるであろう。
<内容>
高校生のときに陸上でインターハイ出場の経験を持つ白石は、大学になってから自転車によるロードレースに目覚め、大学卒業後プロチームに所属することとなった。チームのなかで白石は決して前に出ようとせず、自分のアシストによりチームのメンバーを勝たせようとする事を心がけていた。そうしたなか、レース中にとある事故が発生することとなり・・・・・・
<感想>
何かと話題になったこの作品。今更ながらであるが、文庫になったのを機会にようやく読むこととなった。確かに内容は面白く、一日で一気読みしてしまった。これは本当に万人にお薦めできる本だと言えよう。
本書はミステリっぽい雰囲気もあるものの、基本的には自転車ロードレースについて描かれた青春小説である。自転車ロードレースとはどういうものか、チームとはどのようなものかといった事が作中で起きる事件を通して描かれている。
その作中で起きる事件についても、動機というよりは、ロードレースに関わるものの矜持を表したものと言えよう。ある種“なぜ”ということに絡めたミステリと言えないことはないのだが、それよりもやはりここに登場する人物達の生き様というものをまざまざと見せ付けられたという印象が強かった。
とにかく、良い作品であるということは確かである。これは読んでおいて決して損のない作品。スポーツに興味のあるかたには特にお薦め。
<内容>
白石誓はフランスを本拠地とするパート・ビカルディの契約選手となっていた。チームに入り、まだ半年であったがチームにもなじみ始め、これからという時期を迎えていた。そのパート・ピカルディがツール・ド・フランスに出場することとなったのだが、レース直前にスポンサーが手を引き、このレースを最後にチームが解散することになりそうだと。そうしたぎくしゃくした雰囲気のなかで、白石はレースをすることとなるのだが、さらにチームに亀裂が入るようなことが明らかにされ・・・・・・
<感想>
前作「サクリファイス」に続いての2作目。前作もミステリというよりは、“自転車レース”を前面に出した内容であったが、今作ではさらに完全な自転車レース小説と化している。まぁ、読む方としても、もだいたいそうなっていると予想はついていたので、特に違和感なく楽しんで読み込むことができた。
最近は、自転車レースに関する漫画や小説などが出版され、こうしたテーマの作品もなんとなく雰囲気はつかめるようになっている。そうした背景もあるので、この「エデン」の内容も、すっと入ってきて普通小説のように読み込むことができた。この作品を通して、外国における自転車レースの華やかさ、苛酷さ、現実、そういったものをいかんなく書き表されている。短い作品ながらも、うまく内容をまとめていると感じられた。個人的には、もう少し長い作品にしてくれたほうが読み応えがあったかなと。そう感じてしまうだけ、実際のところ楽しめた作品。
<内容>
「老ビプネンの腹の中」
「スピードの果て」
「プロトンの中の孤独」
「レミング」
「ゴールよりもっと遠く」
「トウラーダ」
<感想>
近藤氏の作品で唯一読み続けているシリーズ。本書は自転車のロードレースを背景とした短編集であり、ミステリではないとわかっていても、つい手に取って読みたくなってしまう。実際に読んでみると面白かったし、ロードレースというものが心底伝わってくる作品集でもある。
本書はシリーズ3作目で「サクリファイス」「エデン」と続く3作品目。ただ、内容としては「サクリファイス」に関連する人物が多数登場しているので、「エデン」を飛び越して「サクリファイス」とセットで読んでもらったほうが良いかもしれない。
このシリーズの主人公と言えば、白石という人物であり、この短編集の中でもいくつかの作品に主人公として登場している。ただ、今回は白石よりも「サクリファイス」で登場していた石尾という人物にスポットを当てた作品がいくつかあり、そちらのほうが見どころと感じられた。
このシリーズはロードレースを知らない人でも楽しめる作品・・・・・・というよりも、これをきっかけにロードレースに興味を持ってもらえるのではないかという内容なので、広く多くの人に触れてもらいたいシリーズである。