<内容>
「玩具修理者」
「酔歩する男」
<感想>
10年以上ぶりに再読。2000年以前に出た本を、2014年に読むと、これまた感慨深いものがある。
「玩具修理者」の内容はうっすらと覚えていた。二人の男女の会話で構成された作品であるのだが、男が女に「どうしていつもサングラスをかけているの」という一言から始まる。そして、女の幼少のころの奇怪な体験が語られるという内容。最後にとある事実が明らかになったとき、登場人物もろとも読者をもカタストロフィへと誘う。一度読むと忘れられないほどのインパクトがある作品。
「酔歩する男」のほうは、詳細は忘れかけていた。こちらは「玩具修理者」と比べるとやや長めの中編小説。2014年に読んでふと感じるのは、これがいま発表されたならば、SFのアンソロジーに掲載されるだろうなということ。当時は、さほどSFというものが流行っていなかったので、むしろホラーの枠組みに入れられるのが自然と思われた。しかし、改めて読んでみると、なかなか硬派なSF小説になっているのである。ある種のタイムトラベルものといってよいと思われるが、その理論がなかなか興味深いものとなっている。
<内容>
「人獣細工(にんじゅうざいく)」
パッチワーク・ガール。そう。わたしは継ぎはぎ娘。その傷痕の下には私のものではない臓器が埋められている。彼女は生まれたときから病気がちと称され、医師の父によって何度も臓器移植手術が繰り返された。父親の死後に明らかになる彼女の秘密とは?
「吸血狩り」
八歳の少年の一夏の経験を描いたもの。夏休みに田舎に遊びに行ったところ、従姉をしつこく狙う吸血鬼が!? 少年は吸血鬼を退治しようと一人奮戦するのだが。
「本」
ある日小学校時代の忘れかけたクラスメートから一冊の本が贈られてきた。「芸術論」。この本は小学校時代のクラスメートに贈られ、それを読んだ者達は・・・・・
<内容>
私立探偵・四里川陣と助手の四ツ谷礼子のもとを訪れた依頼人は「息子の殺人容疑を晴らしてほしい」と泣きついた。事件の起きた亜細山に向かう礼子だが、電車で乗り合わせた老人は山にまつわる怨霊伝説を語る。礼子を悩ます、「密室殺人」ならぬ「密室」&「殺人」の謎。さらには、彼女の心に眠るおぞましい記憶が覚醒し、増幅していく・・・・・・
<感想>
冗長である。もう少し削ってスリムにしてもらいたかった。最後まで読めば作者の意図することもわかるのだが、それにしても三分の一まで読み進めないと事件自体があきらかにされないというのはどうも・・・・・・しかも事件の存在自体は始まってすぐ提示されているのに・・・・・・その間が開きすぎなのには閉口。
事件は三人の男女が見ている中で部屋に入った女性が悲鳴をあげる。部屋に駆けつけてみるがドアは施錠されている。他の部屋の窓から様子を見ようとすると、外の地面に彼女の死体があるのに気づくことに! さらに調べてみると外へ飛び下りる唯一の経路である彼女の部屋の窓は施錠されていた!!
というもの。この一点のみで、なにか変な様子の探偵助手・四ツ谷礼子の手によって事件が調べられていく。確かにそのトリックはなるほどと手を打つものではあるが、弱さも感じてしまう。これも、もう少しスピーディーな手法で描かれればよかったのではないかなと思うのだが・・・・・・せっかく本格推理小説に着手したのであるならば、そこにホラー色を必要以上に出さなくてもよかったのではないかと思わせる。結構良い作品だと思うんだけどね。
<内容>
「肉食屋敷」 (S-Fマガジン 平成十年九月号 改題:脈打つ壁)
山の上に建っている研究所。とある資産家の息子が自分の研究のために建て、その後その男が一人で住んでいるという。役所にその研究所の付近にドラム缶をつんだトラックが放置されているという。話しを聞きにその研究所へ行くとそこは不気味な屋敷と化していた。その研究所の主、小戸により恐ろしい話しが語られることに! 彼は6500万年前の地層の中にあるDNAから地球外生命体を復元してしまう。そして今にもその生命体によって命を狙われていると!
「ジャンク」 (『異形コレクションⅥ 屍者の行進』廣済堂文庫)
西部劇をモチーフとしたSF小説。人々の命を奪い肉体を売買するハンターがはびこる世界、またそこにはハンターらを狙うハンターキラーと呼ばれるもの達も存在した。
「妻への三通の告白」 (小説non 平成十年五月号)
自分の命が間もないことを知り、妻に手紙を出す男。そこには彼とその妻ともう一人の男による過去の出来事がつづられていた。人間の一途な愛が恐怖を生み出す一作。
「獣の記憶」 (メフィスト 平成十年五月号)
ある日男は自分の中にあるもう一人の人格に気づく。彼はときどき自分の記憶が途絶えるときがある。その間、もう一つの人格が闊歩しているのだ。相反するもうひとつの人格に対抗しようとするものの、もう一人の暴走ぶりを止めることはすでにできない状態に。そしてある日、もう一つの人格がとうとう殺人を!
<内容>
「時計の中のレンズ」 (1997年10月号:SFマガジン)
「独裁者の掟」 (『少女の空間』徳間デュアル文庫)
「天獄と地国」 (1999年05月号:SFマガジン)
「キャッシュ」 (書き下ろし)
「母と子と渦を旋る冒険」 (2000年02月号:SFマガジン)
「海を見る人」 (1998年02月号:SFマガジン)
「門」 (2001年02月号:SFマガジン)
<内容>
脱サラして童話作家を志すことにした諸星隼人は、妻の理解を得るために飛行機に乗って妻のもとへと向かった。すると諸星の乗った飛行機が上空で原因不明の事故に遭い、飛行機が墜落し、搭乗者は全員死亡してしまう。
その飛行機が墜落した原因は、プラズマでできた異性人“ガ”が、彼の敵の“影”を追っていた最中、地球へとたどり着き、飛行機と接触したために起こった事故であったのだ。その事故が起きたとき、“ガ”は地球上で“影”を追うために地球人の形態をとったほうが良いと判断し、近くにいた諸星の体と融合する。
そして死体となって地上に転がっていた諸星は、飛行機事故の始末に当たっていた警察官や諸星の身元を確認しに来た妻らの前で復活をとげるのであった!!
<感想>
のっけからの飛行機事故後のグロい描写。これからどうなるのかと思いきや、舞台は移り変わり肉体のない宇宙人(プラズマ?)の話になる。そしてその宇宙人が地球人と融合し、超人ができあがり地球上にて敵との戦闘が始まってゆく。
本書はあくまでもSFであってホラーではないだろうと思っていたが、十分ホラー的な要素も加わった作品となっている。特にそのグロさ溢れる描写は受け付けられない人もいるかもしれないので読む際は要注意。
とはいえ、本書はそういったものをも含めての面白さと力強さに満ち溢れた作品であると言ってもおかしくはない。特に地球人と異性人が融合してからの話はすごい。読み手側を圧倒するかのように予想外の展開がスピーディーに起こり、最終的にその余波は地球規模にまで広がってゆく。そしてその領域はSF・バイオ・ホラーという域にまで達し、さらには突き抜けてしまう。
また、本書は“特撮物”という側面(側面というよりど真ん中かもしれないが)も持っている。超人の形態を維持する時間が数分しかとれないとか、主人公の名前が諸星だとか、こういったところも十分意識した内容になっていると思う。私はあまり特撮物については詳しくないのだが、詳しい人であれば楽しめる要素をもっと見つけることができるかもしれない。
そして本書の目玉といえば、融合したの後の異性人と地球人との交流。ただし残念ながら、あまりこの交流というものがなされる部分は少なく、できればこの辺の話をもっと書いてもらいたかったと思うところである。さらに希望するならば、シリーズ化でもして異性人の力をもった地球人の姿をじっくりと書き表わしてもらいたかったということ。とはいえ、そのようなものを著者が希望していたわけではないのだろうから的外れな希望にしかすぎないのだが・・・・・・
それにしても、本当に面白く読むことのできた本である。読みながらもあれこれ注文を付けて、もっとこういう設定にしてもらいたかったなどと考え込んでしまうような本にハズレはない。現代風リアル特撮物・超大作。読み逃したかたはこの文庫化を機会にどうぞ。
<内容>
「家に棲むもの」 (A-NOVELS『憑き物』より)
「食性」 書き下ろし
「五人目の告白」 (野性時代:平成7年7月号)
「肉」 書き下ろし
「森の中の少女」 (小説新潮:平成12年4月号)
「魔女の家」 (小説新潮:平成14年7月号)
「お祖父ちゃんの絵」 書き下ろし
<感想>
「家に棲むもの」が逸品である。ふつふつと湧き上がる恐怖がミステリーテイストで描かれている。明かされる結末とラストにも著者らしさがあふれていて思わずにやりとさせられてしまう。
“食”がテーマとなる「食性」「肉」もそれぞれグロテスクな面白さがある。また、「五人目の告白」はホラーというよりもミステリ色が強い内容。
「森の中の少女」と「魔女の家」は対称的に感じられ、物語の中と現実のはざまにおいてのそれぞれの虚構と事実がうまく描かれている。
そして「お祖父ちゃんの絵」にて短篇集は再びホラーへと還っていく。
ホラーのみならず、色々な様相を見せてくれる作品集。小林氏らしさが凝縮された短編集としてできあがっている。
<内容>
「目を擦る女」 (小説すばる:1999年12月号)
「超限探偵Σ」 (『SFバカ本 天然パラダイス篇』:メディアファクトリー 2001年)
「脳喰い」 (『夢魔 異形コレクション』:光文社文庫 2001年)
「空からの風が止む時」 (SFマガジン 2002年4月号)
「刻 印」 (『蚊コレクション』:メディアワークス・電撃ゲーム文庫 2002年)
「未公開実験」 (書き下ろし)
「予め決定されている明日」 (小説すばる:2001年8月号)
<感想>
「目を擦る女」
サイコサスペンス。近所にこんな女がいたらいやだ、というより主人公も相手にするなよと言いたい。まじめに話を聞けば聞くほど現実と虚構との境が・・・・・・
「超限探偵Σ」
これはサイコ探偵っていってもいいのでは? みんなが騙されているのか? はたまた夢オチか?
それとも大掛かりな陰謀か? シリーズ化してはいけない禁断の探偵物(?)。
「脳喰い」
そこにあるのは地獄か? それともこれは救済か? ちょっとグロイです。
「空からの風が止む時」
常識を逸脱した中で繰り広げられる論理というのは興味深い。途中まではなんとか考えようともしたものの、結局おいていかれてしまう。ラストは少々飛躍しすぎではないだろうか。身近なところに着地してもらいたかった。
「刻印」
こちらはわかりやすいSF作品。未知との遭遇もの。ベタな展開が微笑をさそう。お後がよろしいようで。
「未公開実験」
タイムパラドックスものである。ラストは印象的。
なるほど、パラレルワールドはないというもの一つの考えか。
「予め決定されている明日」
SF作家がとち狂うと、こんな夢を見ながら、こんな行動に走るのではなどと勝手に想像してしまった。
SF作家は電子計算機の夢をみながらカッターナイフを身にまとう。
<内容>
女吸血鬼のカーミラが追跡者(ストーカー)と名乗るJというモノの手によってあっけなく殺されてしまう。他の吸血鬼たちが騒ぐ中、最強の吸血鬼といわれているヨブはその喧騒をよそに、自ら血を吸うことを禁じミカという少女と暮らしていた。また、人間達は吸血鬼たちに対抗せんと“コンソーシアム”という組織を作り次々と吸血鬼達を退治し始めていた。その“コンソーシアム”で活躍するのは妻と子を吸血鬼によって殺された男ランドルフ。
今ここに、吸血鬼と人類と追跡者のの三つ巴の闘いの幕が上がる。
<感想>
単なる吸血鬼の物語なのかと思いきや、吸血鬼という設定とサイバーSFを組み合わせたすごい内容の小説になっている。これこそ“21世紀の伝奇”という名にふさわしい本なのではないだろうか。
特にすごいと感じられたのは300ページというさほど長くもないページ数にも関わらず、吸血鬼やその周辺にいたるところまできちんと設定し、さらに物語の流れまでもきちんとつくられているという無駄のない構成。しかも十分にリーダビリティも持ち合わせているので、あっという間に読めてしまう作品として出来上がっている。
本書は一応この一冊で完結しているようなのだが、いくつか謎を残したままになっているのも気にかかるところ。ひょっとしたら続編が出るのかも・・・・・・これがシリーズ化でもされれば、著者にとっても吸血鬼の伝奇小説としても代表的なものになりそうな気がするのだが。
<内容>
「脳髄工場」
「友達」
「停留所まで」
「同窓会」
「影の国」
「声」
「C市」
「アルデバランから来た男」
「綺麗な子」
「写真」
「タルトはいかが?」
<感想>
今回の作品集は今までの小林氏のものの中でもよくできている部類に入るのではないかと思われる。ホラーとSFが融合したような、なかなか魅せてくれる作品集と感じられた。これはまさに、これまでの小林泰三集大成と言ってもよいような作品集。
「脳髄工場」
人間の管理システムをグロテスクにより味付けした作品。このような“管理”ものであればバーコードとかマイクロチップとかスマートなものを用いればいいのに、そこにグロテクスな“脳髄”というものを用いるのがこの著者らしいところであろう。
後半は管理システムのみならず、人の過去や未来にまで話を広げていくところはみごとなものである。ただし、それによりこれらを書ききるにはページ数が若干短かったのではないかとも感じられた。
「友達」
二重人格ものというか、想像した世界の中での話しなのだけれども、うまくホラー色を漂わせた内容として完成されている。ある意味ミステリ作品といってよいのかもしれない。
「停留所まで」
ショートショートのホラー。二人の子供の怪談話がやりとりされているのだが最後の最後で読者が物語の中にひっぱりこまれるような間隔におちいる。
「同窓会」
これもショートショートのホラー。ありがちというか、この作品集の中では普通に思えてしまうのはどちらかといえば“良い話”であるからかもしれない。
「影の国」
ホラー作品であるにもかかわらず、SF作品でもあるかのように感じられてしまう作品。最近読んだ作品のなかではブラッドベリを感じさせるような内容に仕上がっている。秀作。
「声」
ショートショートのホラー。携帯電話もの。過去と未来、パラレルワールド。ちょっとショートショートにしては複雑にしすぎか。
「C市」
タイトルが良い。“C市”と書かれているのを見ただけでなんとなく厭な気分させられる。本書の内容は“特撮もの”といってよいであろう。大怪獣大暴れという内容であるのだが、本編のほとんどはその背景について切々と語られている。そして最後の最後で“大暴れ”と物語のカタストロフィが待ち受けている。この作品がある意味ベストか。
「アルデバランから来た男」
奇怪な探偵もの。不思議な話のようで、全てが不思議の中にて収められている話。
「綺麗な子」
“生き物”と“けがれ”の話とでもいえばいいのだろうか。無菌社会を象徴するような内容。
「写真」
ショートショートのホラー。いや、それはないだろう、と突っ込んでしまった。
「タルトはいかが?」
弟から姉に送られる複数の手紙にて構成されている話。色々な意味で一筋縄ではいかない内容になっている。吸血鬼の話に終始するのかと思えば、どちらかといえば“血”に関する話となるのであろうか。
<内容>
「奇 憶」
「器 憶」
「危 憶」
<感想>
以前、祥伝社から400円文庫というものが出版されたことがあるのだが、そのときに「奇憶」というタイトルで本書の中に掲載されている「奇憶」という作品が発表されていた。本書はその「奇憶」に「器憶」と「危憶」の2編を足し、連作短編集としたものになっている。
「奇憶」は社会生活にうまく対応することができなかった男が昔の記憶に何か原因があるのだと、さらに現実から逃避してゆく。「器憶」は腹話術に入れ込むうちに人形と本人との人格の境界があやふやになってゆく。「危憶」は記憶障害となった男が自分が書いたノートから今まで起きたことを掘り下げていこうとする。
という形で、一応それぞれの作品が“記憶”がモチーフになってはいるようだが、あまり連作短編としての効果はあがっていないように思われた。むしろこれならば、ただ単に短編として割り切ってしまったほうがいいようにも感じられる。
もしくは、腹話術を描いた「器憶」をはしょって(あまり“記憶”に関連する短編とも感じられなかった)、「奇憶」と「危憶」のふたつでそれぞれに関連する物語を構築していったほうが面白かったのではないかと思える。もう少し、互いの作品に対しての関連性があれば面白かったと思えるのだが。
ただ、上記に述べた感想については、ミステリとしての視点から述べたものとなっているので、本書をホラー作品として見るのであれば、そこまで細かい注文を付ける必要はないのかもしれない。
本書のそれぞれの短編は、日常に生きている者達が、実はあいまいで脆い“記憶”という不安定な土壌の上で生活しているという危うさを表現したかったのであろう。その危うさが恐怖としてかもしだされている幻想的な世界が描かれた作品集となっている。
<内容>
「大きな森の小さな密室」 (犯人当て)
「氷 橋」 (倒叙ミステリ)
「自らの伝言」 (安楽椅子探偵)
「更新世の殺人」 (バカミス)
「正直者の逆説」 (??ミステリ)
「遺体の代弁者」 (SFミステリ)
「路上に放置されたパン屑の研究」 (日常の謎)
<感想>
小林氏の本格ミステリ短編集! ということで期待していたのだが、どうにもキワモノ系が多く純粋にミステリを楽しめるような内容ではなかった。特にそれぞれの短編の探偵役に関しては人格的に共感を抱けないというか、なんというか、ただただ微妙。また、登場人物全般の言動がユーモアを飛び越えて、ストレスとさえ感じられてしまうのもまたマイナス面となった。
普通に楽しめたのは「大きな森の小さな密室」と「氷橋」。トリックやネタとして1点のみによる作品なので、さほど複雑なものではないのだが、この作品集の中では良かったほうだと思える。
「自らの伝言」は探偵役の者にはうんざりさせられるものの、意外な展開がなされる作品。
「更新世の殺人」と「正直者の逆説」は、やりすぎたあげく、着地点がさだまっていないというメタ・ミステリ風の内容。
「遺体の代弁者」は趣向としては面白かったのだが、結末にひねりが効いていないところが残念。
「路上に放置されたパン屑の研究」はちょっとしたというか、悪質な悪戯というような気も・・・・・・
巻末に示されているのだが、この作品の探偵役の者たちは全て小林氏の他の作品にでてきたことのある者達ばかり(ほとんど憶えていなかったが)。そういったところを照らし合わせて読んでいけば、また別の楽しみ方もできるであろう。
<内容>
「天体の回転について」
「灰色の車輪」
「あの日」
「性交体験者」
「銀の舟」
「300万」
「盗まれた昨日」
「時空争奪」
<感想>
小林氏にとって第2作品目となるSF短編集であるが、前作と比べると今作のほうがハードSF的なものや論理的な内容のものが多く見られたという風に受け止められる。また、巻末に著者自身による「あとがき」があるので合わせて読むとそれぞれの作品の内容をより深く理解する事ができるようになっている。
「天体の回転について」
地球から月へと伸びる軌道エレベータの話。この軌道エレベータというものについては、他の作品でも言及してるものがあったが、本書ではそれに実際に乗ってみるとどうなるかについて事細かく描かれた作品となっている。ただ、ハード面に関する部分が強く、もう少し物語りに味付けしてくれてもよかったのではないかと感じられた。
「灰色の車輪」
ロボット三原則について言及されている作品。ロボットが進化し、強く感情を持ったときの一場面が描かれているのだが、こういった作品は暗い結末で終わるものが多いと感じられるのは気のせいか。
「あの日」
学園モノのようで、単なる学園モノではない作品。重力を知らないものが重力について考えつくすという内容。
「性交体験者」
まるでカマキリのような・・・・・・と言ってしまうと内容が想像できてしまうかもしれないが、この物語のほとんどが想像の範疇内に収まってしまったような気がする。
「銀の舟」
惑星探査と未知との遭遇を描いた作品。最後まで読むと、実はそれだけの内容ではないことにも気づかされる。
「300万」
著者曰く、なさそうでありがちなSF作品とのこと。筋骨隆々の者達が素手で地球に侵略してくる話。
「盗まれた昨日」
この話はたぶん著者がパソコンからUSBメモリを抜き差ししているときに思いついた話ではないだろうか。人類が10分以上前のことを記憶できなくなってしまった世界での話。
「時空争奪」
“河川争奪”というものになぞらえて、“時空争奪”へと話が展開してゆく。過去の歴史の編纂に関わる話であり、タイムパラドックスの話でもあるようだ。読んでいくと人類の歴史がクトゥルフのような怪物に侵食されてゆくような気持ちになる。
<内容>
・プロローグ
「透明女」
「ホ ロ」
「少女、あるいは自動人形」
「攫われて」
「釣り人」
「SRP」
「十番星」
「造られしもの」
「悪魔の不在証明」
・エピローグ
<感想>
プロローグとエピローグの間に短編が挟まれている形式にはなっているが、それぞれの短編は過去さまざまな雑誌に掲載され、ジャンルも多岐にわたっているので、基本的に短編集だと思ってもらってよい。ただ、それをプロローグとエピローグを付け、“臓物大展覧会”というタイトルを付けたことは“失敗”のように思われる。
この作品集では「透明女」「悪魔の不在証明」の2作のみが書下ろしとなっている。そして本書のタイトルである「臓物大展覧会」のもととなっているのが最初にきている「透明女」。この作品がまた不必要にグロく描かれている。話の展開としてはまぁまぁなのだが、途中で出てくる警官のやりとりが無駄のように思えたりと、あまりよい作品とは思えなかった。個人的には、本書はこの最初の一作で悪いイメージばかりが強くなってしまったように思えてならない。
その他は作品は普通の良い作品であった。SFチックに幽霊の存在を描いた「ホロ」、シリーズ化というよりも長編化してもらいたかったSF作品「SRP」、ホラーミステリ系の「攫われて」、ロボットの世界を描いた「造られしもの」などなど。
最初の一作がなければ、かえって普通の短編集らしく読めたと思うのだが・・・・・・。ただ、作者的にはそれではアクがないので、あえてもう少し濃い目の味を出したかったと言うことなのだろうか? このへんの感覚は読む人によって賛否両論なのかもしれない。
<内容>
探偵事務所にやってきた女は写真に写っている者を探してもらいたいという漠然とした依頼をしてきた。探偵は依頼を受け、その調査報告をこと細かく依頼人に報告するのであったが・・・・・・
「待つ女」
「ものぐさ」
「安 心」
「英 雄」
<感想>
一応、連作集という形式をとっており、探偵と依頼人のやりとりをメインとして、そこに四つのエピソードが挟まれている。ただ、読んだ印象からすると、探偵と依頼人のやりとりは無くてもよかったかなと。単なる4つの短編集という作品の方がしっくりいったように思える。
ここに掲載されている四つの短編は、話は全く異なるものの、テーマは似通っている。それは日常からの逸脱。それぞれの短編に登場する人物たちは、ありふれた一般の人々といってもよいであろう。ただ、それぞれが少々行き過ぎる行動をとることによって、現実や日常からはみ出し、それらはやがて大きな破滅をもたらすこととなる。
初恋の女性を想い過ぎた男、あまりにも自堕落になり過ぎた女、安全性を確かめ過ぎる男、祭りに心酔し過ぎる男。という4編。作品中「英雄」という祭りの話に関しては、個人だけの話ではないのでちょっと毛色が違うのだが、集団による行き過ぎた行動という風にとらえれば統一されたテーマとも思えないことはない。
全体的にホラーテイストで、グロテスクさも如何なく発揮されているので、それらが苦手であるという人には向かないが、従来の小林氏の作品が好きという人であれば大丈夫だろう。それにしても、ここ最近の小林氏の作品は小ぶりになってきてしまったなと思えてならない。何かもう一味くらい欲しいと感じずにはいられないのだが。
<内容>
女子大生の橘ひとみと交換留学生のジーン・モルテンは奈良の寺院を観るために旅行に来ていたのだが、そこで想像もつかない騒動に巻き込まれる。寺院を破壊しようとする謎の一団と、それを阻止しようとするヴォルフという謎の男。ひとみたちはその場に居合わせたために、命を狙われることとなりヴォルフに救われることに。さらに次々と刺客が現れることとなり・・・・・・。謎の一団とヴォルフの正体とはいったい!?
<感想>
小林氏といえば基本的にはホラー作家ということになるのだろうが、「AΩ」などといったSF作品も結構書いているのでSF作家としての実力も十分に持ち合わせているといえよう。そんな小林氏による初のシリーズ作品ということで期待したのだが、これはB級の匂いがプンプンする。
ページ数に制約があったのか、作調を軽くしようとしたの意図がよくわからないのだが会話が多すぎる。それもただ単に会話が多いというのではなく、緊迫した戦闘の最中にやたらとしゃべりまくる。シリーズ作品であるならば、もっとじっくりと話を進めていけばいいと思うのだが、設定を不自然な会話のなかで説明しようというのは微妙なところ。
そういえば漫画で「ドリフターズ」という同系統の内容のものを思わせるものや、古くは山田風太郎の「魔界転生」などもあるが、この作品ではどのような展開と結末を見せてくれるのだろうか。一応、最後まで読み続けていきたいとは思っている。
<内容>
「完全・犯罪」
「ロイス殺し」
「双生児」
「隠れ鬼」
「ドッキリチューブ」
<感想>
タイトルは“完全犯罪”とはなっているものの、それはあくまで短編のひとつのタイトルでしかない・・・・・・と思っていたら、意外なことに最初から3編までは“完全犯罪”を狙った作品と言っても過言ではなかった。意識しての作品作りだったのだどうかはわからないが、それぞれ面白く読むことができた。
「完全・犯罪」はタイムトラベルものであるものの、ややグダグダ感のある内容。とはいえ、あえてそれを狙った作品なのであろう。タイムマシンの研究者が先に理論を発表されたことを根に持ち、タイムマシンを使って復讐しようとする話。
あとの二つの作品のほうがどちらかといえば“完全犯罪”というにふさわしい内容。「ロイス殺し」はディクスン・カーの記念アンソロジーに収められていた作品。首つり自殺にしか見えない事件が実はとあるあやつり行為によって行われたということが独白により語られる。
また、「双生児」は双子のアイデンティティがしつこいくらいに繰り返されてゆくうちに、やがては思いもよらない完全犯罪が行われることになるというもの。
この2作品が非常に読み応えがあった。残りの作品も同様の作風で続くのかと期待したのだが、「隠れ鬼」と「ドッキリチューブ」はホラー系の作品。どちらも悪ふざけ的な悪意を描いた内容となっている。
できることならば“完全犯罪”というテーマで全て書き上げてもらいたかった。個人的にはやや残念な気分。
<内容>
謎の一団に追われるヴォルフ、橘ひとみ、ジーン・モルテンの3人。彼らを追う、超能力を有した強化人間達。強化人間達を送り出している組織は、その戦闘を通じて、強化人間がどのくらいの能力を秘めているのかを見極めている。そして、組織はとある計画を実行しようと・・・・・・「金剛計画」「バタリアン計画」とはいったい!?
<感想>
相変わらず、緊迫感があるのかないのかわからないような展開が続いている。いまのところは戦闘がメインというような流れにも関わらず、その戦闘自体がいまいち盛り上がらない。また、シリーズというわりには、登場する人物が次々と死んでゆき、1巻から継続して残っている人物がほとんどいないというのもどうかと思われる。
とはいえ、少しずつ物語が動き出しているのも確かである。ようやく組織の背景が語られ始め、今後その詳細と組織の目的がはっきりとしてくるのであろう。もう少し話が進めば面白くなってくるのかな? でも序盤でもある程度面白みがないと、途中で話が打ち切られたりしないかなと余計な心配をしてしまう。そろそろ物語上でも一山欲しいところ。
<内容>
頭上に地面、足下に星空が広がるという世界。その世界は過酷で、常に地面に張り付いていないと空へと真っ逆さまに落ちて(昇って?)いくこととなる。そのような過酷な世界のなかではエネルギーを確保することも難しい状況。各地に転々とする村にて細々と生きる人々。その村を襲って生計をたてる“空賊”。さらには、空賊の取りこぼしを拾って生きのびる“落穂拾い”。そんな落穂拾いであるリーダーのカムロギを含めた4人。彼らはいつしか、ここより暮らしやすい場所が北限にあると信じ、そこへと向かい始める。そんなとき、彼らは謎の巨大兵器を手に入れることとなり・・・・・・
<感想>
最初はSFマガジンに掲載され、後に「海を見る人」に短編という形で掲載されていた作品。ただし、そのときは短編というよりも未完成作品という形であったよう。本書は、そのときの短編そのものに長い加筆をし、長編化されたものである。
実は読んでいる間は、どのような世界なのか全くイメージがつかめなかった。読み終えた後にネットの感想などを参考に、ようやくこの世界がコロニーの外側で生活している話だということに気がつく。そして、その苛酷な状況で過ごしている人々が自分たちが住んでいるところは間違いで、その内側に住むことこそが自然なのではないかと気づきはじめ、コロニーの内側を目指すという話。
なんとなく、上記のような内容を書いてしまうとネタバレのようにも思えるのだが、実は物語の序盤(p.28から)にきちんと書かれていた。それを私自身が読み取れなかっただけのようである。
そんな世界のなかで主人公達の過酷な旅が続くこととなる。巨大な生物兵器(エヴァンゲリオン風? というよりもエヴァンゲリオンに出てくる敵のようか)を手に入れたものの、他の巨大生物兵器に襲われる羽目となる。さらには、彼らが目指す北限近くには大きな障害があり、生きてはたどり着けないという状況。
こういった変わった設定ではあるものの、見るべきところは多々ある作品となっている。世界の創世については読者の想像力をあおるものとなっている。また、登場人物たちの人間ドラマもバランスが決して良いとは言えないものの、それぞれについて十分に語られている。巨大兵器については、その中にグロテスクな状態でとりこまれたりと、笑ってよいのか、笑えないのか、これもまた不思議な状態であるのだが、他では見られないような設定に魅入られる。
そうして衝撃のラストが待ち受けているのだが、そこに何故人々がこのような過酷な生活を強いられなければならなかったのかが明らかにされることとなる。これもまた、ある意味、序盤にて語られていることであると言えなくもない。
<内容>
強化人間たちの魔の手から逃れたヴォルフと橘ひとみ。逃走するふたりは敵の研究所を見つけ忍びこむ。そこで二人はクリスという少年を助け、金剛と呼ばれる猿の化け物に追われることとなる。クリスと金剛の存在がカギとなり、二人は敵の中枢へと近づくこととなり・・・・・・
<感想>
まさか3巻で終わるとは・・・・・・絶対に、もっと長い物語の作品であると思っていた。
今年似たような形態の作品で同じく角川ホラー文庫から梅原克文氏が書いた「心臓狩り」という作品があった。こちらも3巻で終わってしまったのだが、この「心臓狩り」を読み終えた時は、これでようやく序章が終わったというふうに思ったのだが、この「人造救世主」についてもそんな感じである。
ただ、この作品については主人公の造形がいまいちで、敵のキャラクターたちと違い、何の超能力もなく、ひたすら武器で戦い続けるという人物。あえて何のとりえもない人物を“救世主”という位置づけにしたかったという意図があったのかもしれないが物語としてはさほど面白くはない。
ゆえに、この三冊を序章という位置づけにしても、その後話が続くのかと言われると、そういったヴィジョンも見いだせない。とりあえず、伏線たるものはすべて回収しているような気もするのでこの三冊のみで十分なのかもしれない。大長編作品として結構期待していた分、ややハズレ感が強くなってしまった。
<内容>
辺野古美咲は完璧に幸せな人生を送ってきた。良い大学へ入り、良い会社へ入り、良き相手と婚約することができた。その人生を振り返ろうとアルバムをめくってみたのだが、徐々に実際の人生と自分が思っている人生に隔たりがあることに気づく。彼女の記憶は改ざんされたというのか? 美咲の本当の人生とはいったい・・・・・・
<感想>
辺野古美咲を中心に家族の奇譚を描いた連作短編・・・・・・のはずなのだが、別に連作にしなくてもよかったのではないかと。
全体を一つの作品として見ると、わけがわからないというか、特に整合性もないというか、やけにあやふやに感じられる。ただし、最初と最後を結ぶオチはそれなりに決まっていたように思え、部分的にはそう悪くはない。
特に美咲の弟のパートと、その弟の日記を読む父親のパートは全く別の作品という風に感じ取れた。むしろ、微妙な結合性により、作品全体がしっくりこないという気持ちのほうが強かった。ただし、その全体的にしっくりこない、あやふやだ、ということを意図的に狙ったというのであれば、成功していると言ってもいいのであろう。まぁ、ホラー作品ゆえに、こうした嫌な感覚で読み終えるということは普通なのかもしれない。
<内容>
「見晴らしのいい密室」
「目を擦る女」
「探偵助手」
「忘却の侵略」
「未公開実験」
「囚人の両刀論法」
「予め決定されている明日」
<感想>
2003年に出版された「目を擦る女」から三編の短編を入れ替えて、再構築した作品。リサイクルというか、ものの売り方としてはどうなのかと思わずにはいられないのだが、そういった見方を抜きにすれば、良作といえよう。また、既に「目を擦る女」の内容も忘れかけていたところなので、思いのほか楽しく読むことができた。
帯に掲載されている法月綸太郎氏によるコピーが、この作品集すべてを言い表している。「高度に発達した論理のアクロバットは、グロテスクな悪夢と見分けがつかない」と。探偵小説のような形態をとっている作品もあるが、内容は決して普通の探偵小説とはいえない。それどころか、悪趣味なパロディのようにさえ思えてしまう。しかし、その悪趣味が、突き抜けるほどグロテスクであると、まるで論理的な探偵小説のように思えてしまうという奇怪な作品。
ここに掲載されている作品のどれもが、夢と現実の狭間、または仮想空間や虚構を表現している。この現実と虚構の狭間に置かれた登場人物たちが、時に狂気に至り、時にはそれを受け入れながら、どこの果てともつかない場所へと飲み込まれていく様子がそれぞれ描かれている。
個人的には「探偵助手」だけ、ここに掲載されるには内容がそぐわなかったかなと。それ以外は、うまい具合に一つの作品集として納められたなと感嘆させられる。「目を擦る女」の再構築版ではあるが、この書籍のみで内容を語るとかなりレベルの高い作品と言えるのではなかろうか。SFとミステリを融合した今年のダークホース的小説。
<内容>
大学院生の栗栖川亜理は、近頃変な夢を見るようになった。不思議の国のアリスの世界に迷い込み、その登場人物の一員となる話であった。そうしたとき、不思議の国で登場人物が死亡するという事件が起きる。すると現実の世界でも栗栖川の近くにいる人が死亡するという出来事が起きていたのである。さらに不思議の国では連続して登場人物が死亡するという事件が起きることとなり・・・・・・
<感想>
最初は登場人物たちの会話の噛み合わなさにあきれるものの、それは不思議の国ゆえということ。ただ、徐々に現実世界のほうでも会話がかみ合わなくなっていったようにも思えるのだが・・・・・・
不思議の国と現実世界をリンクする事件が起き、それを登場人物たちが真相を解明しようと躍起になるという内容。ただ、その真相を解明しようと考える者たちにも魔の手がのび、のんびりと推理を語っている暇などなくなってしまう。
嫌にグロテスクな描写・内容だなと感じたものの、よくよく考えれば、それこそがこの著者の真骨頂かと思い至る。色々な意味でこの著者らしい作品であったかなと。後半に入り、まだページ数がそこそこ残っている状態で真相にたどり着いてしまったので、残りのページはどうなるのかと心配したのだが、実はまだ謎は残っていた。最終的にはまるでSF作品であるかのような展開まで待ち受け、決して読者を飽きさせない内容となっている。なかなかうまくまとめたなと。
<内容>
「ショグゴス」
「首なし」
「兆」
「朱雀の池」
「密やかな趣味」
「試作品三号」
「百舌鳥魔先生のアトリエ」
<感想>
角川ホラー文庫からの短編集としては2009年の「臓物博覧会」以来の作品。ミステリやSFなどでも活躍する著者であるが、本書のような“グロい”ホラーこそ真骨頂なのかもしれない。
謎の生物と人造人間との戦いを描いた「ショグゴス」
使用人との歪んだ愛情を描いた「首なし」
いじめられて飛び降りた少女の霊と事件を追う女記者の話である「兆」
戦時中の様相をパラレルワールドで描く「朱雀の池」
アンドロイドとのプレイを描く「密やかな趣味」
妖怪大戦を描いたかのような「試作品三号」
究極の芸術を描く「百舌鳥魔先生のアトリエ」
「ショグゴス」や「試作品三号」あたりなどは、長編で描いてくれても面白かったかもしれない。謎の生命体と人類との戦いを描く「ショグゴス」であったが、この短編だけではやや食い足りないという感触。起点から結末まで、詳しく描き切ってもらいたかったところ。「試作品三号」は打って変わって、妖怪同士の戦いのような内容。これももっと幅を広げて描くことができそうなもの。ただ、以前描かれた長編「人造救世主」の出来を考えると、短編でさらっと流したほうが“吉”であるのかもしれない。
それと気になったのは「密やかな趣味」。読むとただ単にエロ・グロの極みといった話なのだが、最後の1行で、“実はプレイ?”と読み手側を煙に巻くような終わり方をしている。
また、「百舌鳥魔先生のアトリエ」も表題作だけあって、なかなかの出来。“融合”という究極の芸術を著者らしい筆致で描いている。
<内容>
「怨 霊」
「勝ち組人生」
「どっちが大事」
「診 断」
「幸せスイッチ」
「哲学的ゾンビもしくはある青年の物語」
<感想>
小林泰三氏による書下ろしの短編作品集。同じ名前の春子という人物が出てくるものの、それぞれの話に関連性は特にない。
この作品集の特徴としては、日常に潜む社会問題を取り上げているという事。ただし、その社会問題を尾ひれ背びれを付けた上に、角まで付けて過剰に強調して、行き過ぎるというか、崩壊するまでひた走り続けている。都市伝説級のストーカー、ホームレス風の女、妻と夫の痴話げんか、救急車を巡る問題、幸福とは!?、といった問題が扱われている。
「どっちが大事」は、妻が夫に「仕事と私どっちが大事なの」などと選択を迫る話で、日常会話でもありがちなもの。しかし、その先行きが極端すぎて、笑ってよいのやら、何とやら。
「怨霊」がこの作品集のなかでは一番面白く読めた。非常識な会話のやり取りで成り立っている物語。ストーカーにはストーカーをという発想と展開が面白い。
「哲学的ゾンビ〜」は、面白くなりそうな話であったのだが、ちょっと中途半端であったかなと。初期の小林氏の作品を思わせたのだが、かえって全部の話を一つに組み入れようとしたところに、無理やり感が出てしまったかように思えた。
全体的に、精神的に気持ち悪かったり、グロさもあったりと、小林氏らしい作品集となっている。“イヤさ”を除けば、さらっと短時間で読み干せる作品である。
<内容>
田村二吉は目を覚ますと、そこは見覚えのない部屋で軽いパニックを起こした。そばにはノートが置いてあり、それを読むと・・・・・・自分は事故に遭い、前向性健忘症となり記憶が数十分しかもたない。さらには、生活の仕方、注意点などが事細かに書かれ、そして“今、自分は殺人鬼と戦っている。”と!
<感想>
記憶が数十分しかもたない、前向性健忘症となった男について書かれた作品であるが、かつて小林氏の短編で同様のものが書かれていた。本書は、それを長編化したもの。その前向性健忘症となった男がどのようにして物語で活かされるのかというと、ここでもう一人記憶を操る殺人鬼が登場するのである。その殺人鬼は無敵に近いような能力を持っているのだが、その能力に対抗できるのが、主人公の前向性健忘症なのである! というようなもの。
うまく設定を活かしつつ、悩める主人公と卑劣な殺人鬼の戦いを見事に描いている。ただ、主人公の設定により、記憶があいまいで、彼が登場するパートの合間に本当のところ何があったのかがわからないというのが微妙なところか。とはいえ、決して本格ミステリというわけではないので、細かい整合性は抜きにして、むしろサプライズ的な展開を楽しむという内容なのであろう。
なかなか楽しく読むことができたのだが、最後の一幕は微妙なところ。こうした展開を持ってくるのであれば、もう少し多めに伏線を貼っておいてもよかったのではなかろうか。
<内容>
ヴォルタ村に突如現れた少女は、子供を産み、そしてその子供を残して消えた。村に残された子供はジュチと名付けられ、村人に育てられながら、やがて11歳を迎える。そんなとき、ヴォルタ村に異変が起きる。オーム村からヴォルタ村に流入してくるはずの土が流れてこず、オーム村で何か起きたのではないかと噂になる。村長から命じられ、ジュチと村長の孫のダンがオーム村へ様子を見に行くこととなった。村から出たジュチとダンは、世界の秘密を垣間見えることとなり・・・・・・
<感想>
小林泰三氏による初の冒険ファンタジー小説とのこと。読んでみた感想としては、薄いページのわりには、やけに設定に関する描写や語りが多かったなと。現実的な中世の話とは異なり、ちょっと変わった世界を描いている。ゆえに、その説明がなされなければ、話が進まないということのよう。
薄いページ数(文庫本300ページ)ゆえに、全体的な密度は薄かったかなと。肝心な冒険の部分がちょっと少なかった。さらには、説明されている設定についても、まだまだ深淵を見ることはできず、それはそれで説明が足りないというようにも思えてしまう。
孤児である少年が、変貌する村の周囲の様子を探りに行くというもの。その探索によって、少年は徐々に彼らが住む世界全体の様相を知ることとなる。そして、彼らの生活に深くかかわる“城”の存在が主人公の前に立ちはだかることとなる。
実は、本書の最後を見ると、なんとなく話が続きそうな感じで書かれている。これが大きな物語の一部であれば納得できるのだが、これだけだと中途半端かなと。ただ、本当に続刊がでるのかどうかきちんと書かれていないので、それが心配。そのへん、どうなっているのだろうか?
<内容>
「アイドルストーカー」
「消去法」
「ダイエット」
「食 材」
「命の軽さ」
「モリアーティ」
<感想>
タイトルのとおり“安楽椅子探偵”を描いた作品であり、探偵とその助手が持ち込まれた事件を即座に解決するというもの。ただ、その持ち込まれる事件が微妙なもので、依頼人たち皆が皆、ちょっと危ないクレーマーのような人物ばかりなのである。
「アイドルストーカー」 アイドルの女が、しつこいストーカーにつけ狙われているという話。
「消去法」 超能力を持つという女が、会社で困ったことが起きたと訴えてくる話。
「ダイエット」 何も食べないようにしているのに、一向に痩せないという女の話。
「食 材」 近所のレストランで娘が消えたと訴えてくる話。
「命の軽さ」 自分の寄付金が正当に使われていないと訴えてくる話。
「モリアーティ」 助手が探偵を告発する話。
普通の探偵小説と思える作品がほとんどなく、どれも変化球気味のものばかり。最初の「アイドルストーカー」からして、こんな解決で本当にいいの? というようなもの。ただ、それぞれの作品が決して面白くないということはなく、どの作品もあまりにも破天荒な依頼ゆえに、つい読まされてしまう。また、それに対する解決についても、目を見張るようなものが何作品か存在する。しかも読者の予想を裏切るかのような展開をするものがいくつかあったり、叙述トリックを仕掛けてきたりと予断を許さぬ内容でもあるのだ。
最後の「モリアーティ」という作品は、“安楽椅子探偵”というものについての見識が述べられている。“アンチ安楽椅子探偵”というと言いすぎかもしれないが、ミステリの構造を反転させるような内容になっている。この作品も含めて、全編ややアクの強いものとなっているので(小林氏の描くミステリ作品ってだいたいそうか)人によっては好き嫌いがあるかもしれないが、ハマる人はハマるのではなかろうか。
<内容>
結城梨乃は、ある日突然自分が記憶を数分しか維持できないことに気が付く。すると、それは自分だけではなく母親も同様であり、テレビを付けてみると世の中全体が自分と同じ症状であることを知ることに。梨乃は、そして社会全体で現状を打破すべく行動し始めるのであるが・・・・・・
<感想>
話が始まった時は、あれ? これ「記憶破断者」と内容が同じじゃない? と思ってしまった。ようは記憶を数分しか維持できなという現象にとまどう人が登場するというもの。しかし、この作品では個人にとどまらず、社会現象として地球上で同時期に同様の事が全ての人に起きてしまうということが描かれている。
さらには、その記憶の忘却が本題ではなく、このような現象に陥った人類は何年もの年月をかけて記憶メモリを作ることで克服し、新たな社会が始まっていくという風に続いていく。ここまでが壮大なプロローグといってもよいようなもの。そうして記憶メモリを差すことにより普通に生きることができるようになった人類が遭遇する数々の物語が語られてゆくこととなる。
ふとしたことから男女の記憶メモリが入れ替わるという事故に見舞われ・・・・・・
大病院の息子と記憶メモリを入れ替え、替え玉受験をすることとなった男は・・・・・・
記憶メモリのメンテナンスの際に、双子の姉妹の記憶が入れ替わったかと思いきや・・・・・・
家族でドライブをしている祭に事故に遭遇し、娘が死ぬ直前、父親は自分の記憶メモリを娘に挿入し・・・・・・
記憶メモリを使用せずに暮らす共同体を説得するために行った市役所職員の女は・・・・・・
死亡し体を失った者の記憶メモリを自らの体に入れて、家族と再会させるという“イタコ”という職業が流行りはじめ・・・・・・
というような物語が短編もしくは連作短編形式で進められてゆく。これらの話を取り出して単なる短編とすれば、それぞれどこかで聞いたような物語のように思えるかもしれないが、本書では壮大なプロローグにより、しっかりとした背景が描かれていることで、それぞれがさらにしっかりと形作られているように感じさせられる。
基本的にはアイデンティティとは? ということが様々な形で語りあげられる内容。唯物論とか精神論の話としても捉えられる。ただ、それらが分かりやすく描かれており、非常に取っ付きやすいSF小説として読むことができる。また、この“大忘却”というネタはなかなかのものではないかと思わせられる。これをネタにアンソロジーとかが書かれたら面白いのではないだろうか?