<内容>
若泉麻美はかつての学友である新城麗子が描いた絵が展示されている展覧会に来ていた。その際、古くからの友人の篠原由加を一緒に連れてきていた。そして由加が麗子が描いた「汝、レクイエムを聴け」という作品を目にしたとき悲鳴をあげ、突然麗子に詰め寄り、「この女が私の夫を隠している!」と言い出すことに! 由加の夫は五年前に、閉ざされた部屋から謎の失踪を遂げており、今になっても行方知れずのままであった。しかし麗子と由加の夫との間には全く接点がないはずである。由加はその絵にいったい何を見たというのだろうか?
その出来事をきっかけにしたかのように、昔の失踪事件を思い起こす謎の密室殺人事件が起こる。その現場は5年前に由加の夫が失踪した部屋であった!!
<感想>
いや、これまた想像以上に良い作品で、読んで驚いてしまった。序盤の出だしのところがややごちゃごちゃしていたように感じられたのだが、それ以降は全く読みづらさを感じさせられずに一気に読み干してしまった。これは鮎川賞を取るにふさわしい作品であるといえよう。
ひとりの男の失踪事件を通して、全くつながりのないはずの人々の関係が徐々に細い糸でつながれてゆきラストへと到る展開はかなりうまく書けていると思う。また人物造形に関しても、本当の事を言っているのか嘘を言っているのかわからない登場人物たちに囲まれながら、それに戸惑いつつも真実を探り出そうとする主人公がうまく書かれている。本当に新人とは思えないほどの端正な文章には驚かされずにいられない。
やや欠点に感じられたのは、ほとんどの場面が主人公の視点であるのに、たまに他の登場人物へと飛んでしまったりというところは統一したほうがよかったのではないかと思われる。また、“密室”という点に関してもさほどトリックらしいものが扱われたわけではなかった。とはいえ、これで“密室”までもがうまく出来ていたら他の作家は立場がなくなってしまうだろうから、これくらいでちょうど良いと言えるかもしれない。。
本書はトリックに重点が置かれているミステリーではなく、登場人物らの不審な行動の裏に隠されたものを暴く、動機や人間関係に重点を置いたミステリーといえるであろう。これは去年のうちにちゃんと読んでおけばよかったと後悔してしまうほどの良い作品であった。
<内容>
編集者が新人のホラー作家から受け取ったのは「出口のない部屋」というタイトルの原稿であった。その小説の内容は、不思議な部屋の中に免疫学の大学講師、売れっ子作家、主婦の三人が閉じ込められるというもの。三人はそれぞれ自分の境遇を語りだすのだが、この三人がここに集められた理由とはいったい・・・・・・
<感想>
一人の編集者がホラー作家に会うところから始まり、そして共通項のない三人の男女が奇妙な場所に閉じ込められる場面へと移り変わっていく。その三人がそれぞれ自分の物語を語りだすのだが、どれもバラバラの話であり、しかも、その物語が語られていくうちに主観が切り換わり、当の本人が語っている話とは異なる話が読者に語られてゆく。
という不思議な内容で話が進んでいく展開を見せられる。なにか超自然的な関わりが感じられ、ところどころに不自然さを感じながら読み進めていくことになる。しかし、そういう不自然さを感じつつも、どこかでこれらの話がつながっているのではないかと疑いながら読み続けていた。
すると、最後のほうでようやく共通項ともいえる名前が出てきて、徐々に複数の話がひとつにまとめられてゆくことに気が付く。そしてついには、この本の中で語られている話は全てひとつの話であり、“出口のない部屋”というものが何であったのかに気づかされることとなる。
正直言って、理路整然に考えようとすれば無理を感じ得ないところがないともいえない。とはいうものの、語られているレベルの中では極めて整然と落ち着くべきところに収まっていると感じられた。
この著者は処女作からして、とても新人作家の筆力ではないと感じられた。そして2作目となるこの作品でもその力は遺憾なく発揮され、寒々としたなかで淡々と語られる話し振りがまこと細やかなところにまで手が届くように書かれているといった感じであった。こういう書き方ができるのであれば、今後ミステリ作品ならず色々な分野にて活躍していく作家となるのではないだろうか。もちろん個人的にはミステリを書き続けてもらうことを願いたいのだが。
<内容>
京都の医学大学院に勤務する秋沢宗一は、同僚の結婚披露宴で偶然にもかつての恋人と出会う。それは13年前に札幌で知り合った亜木帆一二三であった。そのときの一二三は夫を亡くしたばかりの子連れであり、それから秋沢とわずか数ヶ月の付き合いの後、突然行方をくらましてしまったのだ。久しぶりに会う一二三であったが、彼女を見たときに秋沢は違和感を感じた。彼女は一二三ではないと・・・・・・
<感想>
今作も先を読ませぬ展開のサスペンス・ミステリーとなっており、なかなか読ませてくれる作品であった。話は一二三という女性を中心に、かつての恋人・秋沢と、一二三の娘・江真との交互のパートで語られてゆく。そして、そこに秋沢と別れた以後の一二三の13年間の軌跡が見え隠れし、徐々に真相が明らかになっていくというもの。
個々の謎については、登場人物も少なく、またわかりやすいものもあって、いつくかは見通すことができた。しかし、それらをまとめ大きな一枚の絵として綺麗に仕上げるという手腕には感心させられた。大きな驚愕を誘うというほどのものではなかったと思うが、丹精かつ丁寧にまとめられたサスペンス・ミステリとして評価できる作品である。また、ラストが綺麗にまとめられている(これは賛否両論あるかもしれない)というのもこういった作品としては救いがあって良かったと思われた。
また、読んでいる途中でこの作品であれば島田荘司氏が提唱する「21世紀本格」への仲間入りができるのではないかと考えたのだがどうであろうか?
<内容>
菊巳は普通ならありえないと言われる、後天性の色覚障害者であった。とはいえ、その障害も生活しているうえではそれほどハンデとならず普通に生活をおくっていた。しかしある日、自分の幼少の頃の記憶に齟齬があると気づいたときから自分自身に自信が無くなってしまい登校拒否になってしまう。そんな菊巳はインターネットで色覚障害をキーワードとして調べていくうちに、“ランボー・クラブ”というサイトへとたどり着く。
探偵業を営む三井麻理美のもとに、東京の病院長である川端という男が捜査の依頼に来た。彼がいうには、11年前に家を出た妻と子供の行方を捜してもらいたいというのである。その妻を最近、知人が見かけたという事を聞き、それを手がかりに妻子の行方を探ってもらいたいと。三井は依頼を引き受けることになったのだが、それが思わぬ大事件へと発展していくことになり・・・・・・
<感想>
色覚障害と過去の記憶の齟齬に悩む少年・菊巳が自らを中心とした事件に巻き込まれていくパートと、探偵の三井麻理美と調査員の健一が失踪調査を行っていくパートが交互に語られてゆく。シリアスな菊巳のパートに対して、麻理美と健一のパートのほうは漫才のような掛け合いをしながらという軽いノリとなっており、物語全体でうまくバランスをとるような構成となっている。
物語は菊巳が自分自身の過去を調べていくうちに、だんだんと周囲の人物を不審に思い始め、やがては追い詰められるような形からの逃走劇へとまで発展していく。一方、探偵のほうは失踪人調査をしていくうちに意外な核心へと迫ることとなり、やがて互いのパート同士が徐々に錯綜していくことになる。
複数の話が徐々にひとつになっていくという構成は特に珍しくないものの、ランボーの詩をモチーフとした物語の背景により、どこか文学的な香りがただようのが本書の特徴と言えよう。また、色にまつわる話が語られているためか、菊巳のパートはセピア色とでも表現したくなるようなどこか無機質なものを感じられるようにもとらえることができる。
話し全体としては端正でうまく出来ているミステリ作品であったといってよいであろう。ランボーの詩を用いた予告殺人や、遺伝子や記憶などの理系的要素をからめた秘められた真相もきちんとできていたと思われる。
ただ、意外とすんなりと終わってしまったというようにも感じられた。もっと伏線(あるいはミスリーディングを狙ったものだったのか)らしきものが多々あったような気がしたのだが、それらが回収されないまま終わってしまったのもちょっと不満であった。
とはいえ、いつもの岸田氏らしい一定の水準を充分に越えているミステリ作品として仕上げられているのは確かである。
<内容>
高校生の純二が一週間ぶりに沖縄からの合宿から帰ってくると、家にいるはずの母親の姿がなかった。何日か前に捨てられていたゴミが分別の不備から家に返されており、テーブルには「純一の誕生日用のシチューの肉を買ってくる」という内容のメモが置かれていた。母親はいつからいなくなったのか? そして何があったというのか!?
<感想>
母親が行方不明になり、その後に見つかりはするものの、行方不明になっていた間の記憶がない。その記憶の欠落部分を二人の少年少女が調査していくという内容。
内容だけ取ると、どことなく重い雰囲気の印象に思えるのだが、そこは少年少女が主人公ということもあってか、むしろ爽やかな雰囲気さえ感じ取れる作品となっている。
また、今作に関しては今まで読んできた岸田作品と比べると明るい雰囲気の読みやすい内容という気がした。たぶん少年少女向けのレーベルということで、岸田氏なりにアクを抜いた内容に仕上げたということなのであろう。その分、ミステリとしてはひねりが足りなかったり、あっさりしすぎたりという感はあるものの、子供向けということであればこのくらいでよいのかなと思えなくもない。
ただそう思う反面、いまどきの子供でも、もうちょっとピリッとしたものがあってもよいのかなと思わないでもないのだが、そのへんのさじ加減が一番難しいことなのであろう。
まぁ、気軽に手に取る事の出来る、少年少女が活躍するミステリ作品ということで。
<内容>
「パリの壁」
「決して忘れられない夜」
「愚かな決断」
「父親はだれ?」
「生命の電話」
「味なしクッキー」
<感想>
久々に読んだ岸田氏の作品。長編だと思い込んでいたのだが、ページをひらいてみれば短編。これが著者初の短編集となるのかな。
その内容はというと、これがなかなか良くできている。ミステリ色が強いというわけではないのだが、思いもよらぬ展開と、意外性のある結末がそれぞれ用意されており、うまくできている物語と感心させられる。ただし、全ての作品が女性目線という風に感じられ、男が読むとずっと寒気がしっぱなしという困った作品集。
「パリの壁」
パリに住む男を訪ねてきた女。女は男の秘密を知っているというのだが・・・。最初から最後まで全く先を読ませない展開で進んでいく作品。ラストにたどり着くと、男と女のしたたかさに舌を巻くばかり。
「決して忘れられない夜」
別れたはずの女が勝手に家に入り込み料理を作っており・・・。これは女性の恐ろしさに、生理的に無理! と最初から最後まで感じさせられた作品。ストーカー的行為の行き着く先とは!?
「愚かな決断」
人を殺した男が現場でつい電話をとったことにより犯すミス。殺人を犯した男が現場で明らかにミスというか、不可解ともいえる行動をとるのだが、その動機と感情がうまく描かれている。プロットもなかなか複雑で練られた内容の作品。
「父親はだれ?」
この作品のみ「不可能犯罪コレクション」により既読。不可能犯罪というよりも、不可能犯罪を逆手に取った物語。これも予期せぬ展開の数々が待ち受けている。
「生命の電話」
自殺者を守る「生命の電話」と間違えられてきた電話に適当な対応をしたら当の相手が本当に死んでしまったという内容。これはさほど捻りがなかったものの、犯行を計画した者の計画性には目を見張るものがある。
「味なしクッキー」
妻を殺した男は殺人は認めたものの、奇妙な証言をしており・・・。計画的な殺人のようで、はたから見ると登場する刑事のように信じがたい事件ということになるのだろう。単に浮気された男の苦悩を描くものかと思いきや、実は救いようのない悪意が盛り込まれている。
<内容>
過去に起きた殺人事件と現在に起きた自殺事件を巡る連作短編集。
「愛と死」
「謎の転校生」
「嘘と罪」
「潜入捜査」
「幽霊のいる部屋」
「償 い」
<感想>
久々に読む岸田氏の作品。購入した時は連作短編集ということを知っていたのだが、読むときにはそれを忘れてしまい、3話目を読んだときにようやくそれに気付き、あわてて前に読んだページを見返すこととなった。構成といい、内容といい、なかなか楽しませてくれる作品であった。
簡単にいえば、現在と過去を結ぶ物語といったところか。過去に起きた殺人事件と、現在に起きた自殺事件の関連性を読み解くこととなる。作品全体で言えば、ただ単にミステリ的な内容を追うというだけではなく、それぞれの時を生きてきた登場人物たちがどのような生活を送り、どのように感じてきたのかという個々の物語こそが重要とも感じられる。
うまく物語が構成されているものの、個人的にはその現在と過去を結ぶ必然性というものをもう少し強くしてもらいたかったところ。なんとなく最終的には、昔こんなことがありましたという感じで終わってしまっているのが惜しく感じられてしまう。ただ、著者としては前述したように、ミステリ性よりも時代を通じて生きる人々の姿を書きたかったという意義のほうが強かったのかもしれない。