<内容>
地球が宇宙からのメッセージを交信し、それに応えようとNASAが主導で大規模なプロジェクトを打ち立てた。そして宇宙にメッセージを送ろうとした直前、正体不明の組織によるテロ活動により、施設は破壊され、プロジェクトは終焉を告げることに・・・・・・
そのころ、パリに住んでいた元・破壊工作員であった九鬼鴻三郎はフランスの情報組織から、ある仕事を依頼される。なんでもアメリカのCIA組織がフランスに乗り込んできて、何らかの工作を行っているのだという。その裏をかきたいフランス情報局はCIAの足取りを調べてもらいたいというのだ。その仕事に乗った九鬼はCIAのが追っているラミア・ヴィンダウというフランスの有名女優と関わることに。CIAだけではなく、さまざまな組織がラミアを中心に活動を開始し始める。その中には、不死身のヴァンパイヤの影までもが見え隠れし・・・・・・
<感想>
今まで読む機会のなかった“ヴァンパイヤー戦争”だが、ようやく講談社文庫で復刊してくれた。昔、作品社から豪華本で出版されたことがあったのだが、そのときは予算の都合で読むことができなかった。それから数年、ようやく笠井氏の未読の作品、“ヴァンパイヤー戦争”を手軽に読むことができるようになったわけである。
本書では序幕・・・・・・といいたいところなのだが、目まぐるしく場面が切り替わり、これで本当に10巻以上もの作品として完成しているのかと疑いたくなるくらい物語が動いてゆく。本書ではすでに確信に近いと思われる“ムー大陸”の話が出てきたり、本書に登場するヴァンパイヤのルーツまでが書かれている。
今回はさまざまな登場人物が出てくるものの、その中で今後も重要な働きをしそうな者は一握りしかいないだろうということがわかる。ということは、これから真の主要人物達が多々出てくるのであろう。そして、まだ完全には判明しない、抗争の組織図というのがこれから徐々に見え始めてくるのではないだろうか。今後の展開が本当に楽しみである。
本書を読んで思うのは、その設定がものすごく重厚なものになっているということ。笠井氏の本で「バイバイ、エンジェル」を読んだとき、タイトルから比べて、なんて読みにくい本なのだろうと感じたことは今でもよく憶えている。よって、笠井氏の本を手にとって読むのは本書が初めてだという人は、表紙と内容とのギャップに驚くのではないだろうか。読みにくいとまでは言わないものの、細かく政治的組織構成が描かれていたり、架空の設定が細部まで描かれていたりと、そういった説明の量には圧倒されるものがある。でも案外、本書は笠井氏の著書の中では最初に読むのには丁度いいくらいのものであるかもしれない。
本書は今まで伝奇小説やライトノベルなどを読んでいたが、それでは物足りなくなってきたという人などにはステップアップの書としてお薦めの一冊であろう。とにかく、続巻に期待。
<内容>
ラミアとミルチャは吸血神ヴァーオウが眠るトランシルヴァニアへと訪れるべく、一時九鬼とは別行動をとることに。日本に残った九鬼は情報収集するべく行動を起こすのだが、逆に罠にかけられ陰謀へと巻き込まれてゆくはめに。九鬼の行く手に度々出没する水城蒔恵という女性は何者なのか? “サカガミキカン”“サイメイプロジェクト”“ツキノマジックミラー”それらの言葉が意味するものとはいったい!? 九鬼は“コムレ”の名の下、大きな陰謀の渦の真ん中へと引き込まれてゆき・・・・・・
<感想>
前作は設定などの説明がやけに多く感じられたが、今回は序盤からアクションシーンが多めに物語が繰り広げられてゆく。その分、前作に比べると格段に読みやすく感じられた。とはいえ、中盤から後半になるとまたいろいろな説明事項にページをとられてゆくのだが・・・・・・。
今回はまた別の重要な設定について語られることになるのだが、なんか前作とは別の物語になってしまったような印象を受けてしまう。前作はヨーロッパ中心に物語がすえられていたものの、今回は日本が中心に物語が語られているゆえ、その設定も今回新たに語られるものがほとんどである。そして前作の中心人物であったラミアが今作では出てこなかったのも大きく趣を変える要因となっているのであろう。
しかしその新設定で閉口してしまうのは、世界に関わる謎の全てのベクトルが日本を指し示しているということ。これは日本人作家が描くゆえにしょうがないとは思うのだが、なんでもかんでも世界が日本中心に動いているといわれてしまうと、たとえフィクションのストーリーとはいえあまりにも眉唾ものになってしまうように感じられる。せっかく世界レベルでの物語りなのだから、謎の比重をもう少しどうにかできなかったのかと思わずにはいられない。
とはいえ、またラミアが戻ってくれば物語は異なる趣の方角へとまた走り始めるに違いない。なんといっても本書は宇宙レベルの物語なのだから。
次回に登場する謎の僧侶・スペシネフという人物が物語をもっとかき回してくれるようである。もうこなったら最終的に物語がどこまで飛び出していくかというはみ出しっぷりが楽しみでならない作品である。
<内容>
大学院生、野々村浩は九鬼教授から依頼されて天叢雲剣のルーツを探るべく古い神社のあちこちを探しているときに山城真稀子という女性にめぐり合う。しかし、真稀子は野々村の目の前から略奪されてしまい・・・・・・
一方、九鬼鴻三郎は水城蒔恵と共に数々の妨害を乗り越えながら、古牟礼の聖地へとめざしてゆく。そして彼等が聖地にたどりついたとき、そこで目にしたものとは!?
<感想>
本シリーズでは九鬼という日本人男性が主人公であるのだが、1巻くらいではまだ九鬼一人が主人公ではなく、他にもいろいろな人の活躍が並列に語られてゆくのかと思っていた。しかしどうやら九鬼一人が主人公であると、前作から本書にかけて徐々にわかってきたような気がする。
何故かといえば、新たな登場人物たちが出し惜しみは一切しないとでもいわんばかりに、次から次へと殺されてゆく。あぁ、この人がこれから重要な役割をするんだなと思っていたら、あっという間にその巻で殺されたりといったことが続いている。そういったことで3巻まで来てようやく、これからも生き残っていくのは九鬼ひとりなのだなということがいやでも理解させられるようになっている。
当初はもう少し活躍するかと思われたキキも3巻に再び登場するのだが、出番はほとんどなく扱いもあまりよくなかった。とはいえ、ここまで他の登場人物らがぞんざいに扱われているのをみると、もう少しがんばれといいたくなってしまう。
物語はここに来て、進んだり後退したりの繰り返しで話が進んでいるのかはよくわからない状況(実際には少しずつは前進していると思う)。そういう風に感じるのはやられてもやられてもアメリカとソ連の部隊が何度もわらわらと出てくるせい。しかし、物語はとりあえず九鬼が三種の神器を手に入れるという目標があるようなのでそれに向かって突き進んでいくというところなのであろう。
少々物語りが広がりすぎたためか、状況を整理しづらくなっているのだが、その辺は巻が進んで敵がどんどん倒されてくれれば徐々に最終目的もわかってくるようになるだろう。
さて、次の巻では誰が生き残るのかな?
<内容>
九鬼は全滅したと思われていたリリパットの同志に生き残りがいるとの情報を得たことから、その真相を探るべく鮫島という男の研究所へと単身忍び込むことに。その研究所はいわく付らしく、秘密を知ったものは生きて出ることができないと言われている様なのだが・・・・・・。罠であると知りながら乗り込んだ九鬼がそこで見たものはかつての同志の変わり果てた姿であった。ゾンビ・コマンドという敵として甦った姿を・・・・・・
<感想>
相変わらず、政略のからんだ力関係はややこしいのだが、今回はわかり易い敵キャラクターが出てきてくれた。ゾンビ・コマンドと魔獣ドゥゴン。前作登場の怪僧スペシネフは実体があらわにされず、今だよくわからない敵なのだが、今回登場の二組はいかにもな感じの敵であるのでキャラクターとしてはもってこいであろう。そして、それらの敵に負けじと主人公に応戦するべくラミアも真の力を表しはじめたようなのであるが、こちらは不完全燃焼。今だ、ラミアの存在はもてあまし気味なのかなと感じずにはいられない。
といった展開で肝心の話自体が進行しているのかは微妙だが、わかりやすいキャラクターが出てくれば読むほうにも力が入りやすいのは間違いない。そういった関係か、巻を追うにつれてこのシリーズもだんだんと読みやすくなってきたような気がする。ただ、ページ数がどんどん薄くなってきたのには気になるところであるのだが。
<内容>
九鬼は魔人スペシネフと対峙し、魔獣ドゥゴンの圧倒的な力を目の当たりにすることになった。そのスペシネフの魔の手からなんとか逃れた九鬼は、ラミアと古牟礼の民らと合流し、礼部一族のクーデターを阻止するべく行動に出る!
<感想>
ここに来て、“ヴァンパイヤー戦争”も一区切りといったところか。ロシア、アメリカとの関係がますます複雑化しそうな気配を見せたが、今回はそれなりに整理され、国内では首相を取り巻く古牟礼一派と礼部一族との対決というわかりやすい構図で進行された。そしてその覇権争いというか、神器の争奪戦もこの巻でひとまず決着が付くことになる。
ここまで来て、ようやく九鬼が一族が待ちに待った希望の戦士(本人はそんな柄ではないだろうが)というスタンスが表明されることとなった。また、敵が強化されるにつれラミアの役どころがはっきりしてきたのだが、彼女はその不死身の体を生かし、対化け物用兵器という役割のみになりつつあるようだ。そして彼らを取り巻く敵対勢力としてロシア、アメリカがそれにあたるのだが、異星人いう存在も含めれば、まだまだ九鬼を取り巻く勢力図は複雑化していく模様である。特にスペシネフが、いままで述べられてきた勢力とは別のものという表明をしたことで、今後ますます複雑化してきそうな気配がする。
しかし、今回の巻でひと段落したことによって、読む側も一息つけるといったところ。今後はなにやらアフリカ大陸の影が見え隠れしてくるようだが、物語はいったいどこまで突き進むことになるのやら。これからの展開と最後の結末がどのようになるのか、それを楽しみつつ読み続けて行きたいと思う。
<内容>
日本での死闘も一段落した後、体を休め、ひとりパリに戻ってきた九鬼鴻三郎。九鬼は酒場で黒人美女を見かけ、その身元を探ろうとした事から、アフリカ国家を巡る陰謀劇に巻き込まれてゆくことになる! そして本来、九鬼と何の関連もなかったはずの事件がKGB等を巻き込みつつ、“月のマジックミラー”を巡る事件へと発展していき・・・・・・
<感想>
このシリーズも前巻の5巻までで一区切りとなり、本書から新章へと突入していくことになった。それにしても物語の展開がいささか強引だなと思えなくもない。もちろん著者としては、全体の構図は先に考えており、アフリカ編へと突入していく事はあらかじめ考えられていたことであろう。しかし、その事件への九鬼の介入の仕方が、やや適当というか軽率(九鬼が)というように感じられてしまうのである。
結局主人公がそういう性格だということになるのだろうが、それにしたって酒場で黒人美女を見かけて、その身元を探ろうとしたら陰謀に巻き込まれたというのもいかがなものかと思われる。
そしていったん陰謀に巻き込まれてしまえば、ヴァンパイヤー戦争のシリーズらしい展開へと突入していく。さらには、今までのシリーズの中で見知った人たち、KGBらの面々が出てくることに。この作品では主人公の敵対勢力として、CIAやKGBが出てくるが、悪人としてはKGBのほうが一枚上に書かれている気がする。
まぁ、今回はあくまでも取っ掛かりであろう。次の巻から舞台をアフリカへと変えて、新たなる目的に向けて突っ走っていくことになるようである。
<内容>
パリで陰謀に巻き込まれた九鬼は“月のマジックミラー”を追い求め、アフリカの独裁国家ブダーへと潜入する。ブダーにて九鬼は、ネクラーソフの首を狙うムラキと共に情報を集めつつ、それぞれの手がかりを追い求めてゆく。そしてクーデターに乗じてムラキが暗殺計画を実行しようとするとき、九鬼はそのクーデターの裏に潜むCIAの陰謀に気づくのだが・・・・・・
<感想>
前作ではKGBが一枚上手と書いたのだが、本書では逆にKGBがなりを潜めて、それを挽回せんとCIAの暗躍が描かれている。当初は独裁国家ブダーとKGBのみの陰謀劇が繰り広げられるのかと思っていたのだが、そこにCIAと独裁国家を打倒しようとする国民軍の反乱までもが加わって、陰謀劇は四すくみの状態へと移行してゆく。
といった具合に本シリーズは本当にこういった陰謀とか政治などを用いた展開が多く見られる。それが物語を複雑化しすぎているようにも感じられるのだが、基本的にはあくまでもシリーズの“深み”であり“特色”と捉えることができよう。こういった点が、他のアクション伝奇小説と一線をひいた作品となっているようだ。
しかし、その陰謀劇もあっさりと一時的に幕を閉じ、あくまでも九鬼たちがアフリカの奥地へ入るためのつなぎの展開でしかないとばかりに、ばっさりと斬り捨ててしまうところもまた小気味よいと感じられる。まだアフリカ編での先の展開というものがこの巻でも見えてこなかったが、次の巻でようやく主たる舞台となるアフリカの王国が出てくるようである。
そういえば、展開だけでなくCIA自体もあっさりと息の根が絶たれてしまったような気もするが、この先まだ復活してくるのだろうか・・・・・・
<内容>
CIAとの戦いに勝った後、九鬼はムラキ、ハタル、ドゥブレと共にブドゥールの国をめざすたびに出る。しかし、その道のりは砂漠を渡り、氷雪の山を越えるという過酷な旅となるのであった。困難の末、九鬼らはブドゥール国へとたどり着く。そのブドゥールでは現在、国の象徴である女王と政治を束ねる王とが対立し、緊迫状態に入っていた。その裏には、九鬼より先にブドゥールへと入った、ネクラーソフとケビゼの影が・・・・・・
<感想>
物語はブドゥール国を目指す険しい旅から始まり、そしてブドゥール到着後は内戦への話ともつれ込んでいく。・・・・・・とかいいつつ、今回はこの一冊で話があまりにもうまく完結してしまっている。片が付いていないのは九鬼が目指す“月のマジックミラー”と“マヌーキ”との対面のみ。まだ話は先へと続くはずなのに、今作ではこんなにここでうまく完結してしまっていいのだろうかというくらいの終幕っぷりである。ここまで来てしまうと、なんとなく九鬼が何をなさんとしているかという事もぼやけてしまったような感じに陥ってしまう。とはいえ、今回は1冊だけという観点で見れば、なかなかの完成度を誇る巻であったのではないだろうか。
<内容>
ブドゥール帝国の内戦に勝利した九鬼らはいよいよマヌーキとの会見に挑むことに。しかし、その前にブドゥール国を狙って米ソの空軍部隊が退去してくるという情報を九鬼たちは得ることになる。それを知ったハタルは九鬼らにマヌーキに会って、その魔力によって敵を撃退してもらうよう頼んでくれと依頼する。さまざまな思惑を胸に、九鬼はいよいよマヌーキと対面することになるのだが・・・・・・
<感想>
ついにアフリカ編も終結に・・・・・・って、こんな終わり方でいいのかなという感じであった。なんか、すごろくをやっていて、あともう少しと言うところで振り出しに戻されたような感じがしないでもない。といった終わり方ではあったが、このアフリカ編はさまざまな見所があったと思う。7巻での蛮族を率いてのCIAとの戦いや、8巻でのブドゥール国内での内戦の模様など、戦闘場面ではなかなか楽しませてもらうことができた。ただ、やっぱり全体的な話の流れの上ではアフリカ編は余計だったのではないかなとも感じられた。
そして本巻の後半では今までごぶさただったヴァンパイヤー一族が大活躍をする。ようやく先も見えてきたことだし、これからは新キャラは登場してこないであろう。あとは、現在のキャラクター同士のつぶしあい。さて、最後に生き残るのはどの面々なのであろうか。数多くの謎と楽しみを残しつつ、10巻へと続く。
<内容>
ミルチャと共にルビヤンカ監獄へと向かった九鬼を待ち構えていたのは怪僧スペシネフ。なんとかそのスペシネフの猛攻から逃れるも、九鬼を待ち受けていたのは囚われの生活であった。モスクワでの陰謀工作に巻き込まれつつも、外界から閉ざされて虜囚の身になった九鬼を待ち受けるものとはいったい!?
<感想>
もう次で最終巻だ! といいつつも、今回の九鬼といえばそのほとんどが囚われの身になっているだけ。外界では陰謀、抗争が激しく繰り広げられているようであるが九鬼の身にはほとんど何一つ関係ないという感じ。主人公なのにそれで良いの・・・・・・キキは今回もほとんど登場してないし。なんとなく別の世界で話が動いていて、最後の最後で大きな山場が一気に九鬼に襲い掛かってきたという感じである。最終巻ではどのような大団円がまっているのやら。泣いても笑っても次で最後。
<内容>
捕虜となった九鬼は国家間の取引により、月面にて開放されることとなった。月へと向かう事になる九鬼。そして、そこにはムラキやキキ、そして“ヴァーオウの柩”という、この戦争にまつわる全てのモノが集結していたのだった! ついに最後と決着がつけられることに!!
<感想>
本シリーズもこれで完結。かくして大団円のはずであったのだが・・・・・・。うーん、最後の最後なんだから、もっと派手なアクションシーンなどで盛り上げても良かったのではないだろうか。どうにも10巻からずっとトーンダウンしたままで終わってしまったという感じ。最後の最後まで、ただ政治的な駆け引きが語られるだけというのも寂しかった。また、結局のところ登場人物を殺しすぎたためか最後に主人公達以外で核になるべき人物がいないために、物語り全体がしまらなかったようにも感じられた。それに終わり方が宇宙まで行った割には地味過ぎると思う。
<総 括>
本書は“伝奇”という位置付けで書かれた作品であると思うのだが、どちらかといえば“革命”を描いた政治的な小説という気がしてならない。政治的な描写が多いというのは、この作品を読めばすぐにわかる事であるが、そういった直接的な事象だけでなく“伝奇”という色合いがやけに薄いと思われたからこそ、政治的な小説だと感じられたのかもしれない。
本書が“伝奇”であるといえるのはその設定のみでしかなかったように思える。様々な伝説を交えながら、壮大な物語を創り上げるという手腕には感心させられたものの、その“伝奇”の設定の中にいながらも、登場人物たちが“伝奇”的な行動をとっていなかったように感じられたのだ。
それは特に主人公の九鬼に言えるであろう。伝承によって語られる重要人物でありながらも、九鬼は結局のところ最後の最後まで人間であり続け、人間として行動し続けていた。また、九鬼の相棒たるムラキもまた完全に人としての行動から逸脱するような事は決してなかった。
それどころか、人外の力を持つもの達は、まるで邪魔扱いされるかのようにことごとく消し去られてしまったような気がしてならない。例外なのはキキとミルチャとスペシネフくらいであろう。
また、“ヴァンパイヤー戦争”というタイトルにも関わらず、その肝心なヴァンパイヤー達はこの物語でどのような活躍をしたというのだろう。特に不満が残るのがキキの役割である。キキは最初からこの物語に登場し、最後には重要な役割までをも担う事となる。しかし、物語の途上においてはその存在がわずらわしいかのごとく、ほとんど登場させられていない。にもかかわらず、この最終巻の展開のように話が流れていくというのには納得がいかないのである。
どうもこのキキの扱いをとってみたにしても、本シリーズが伝奇小説であるにも関わらず、異能の者達が邪魔扱いされていたようでならないのである。
また、別に感じたところでは本書において著者が書きたかった事のひとつとしては、“ムラキ”の物語を書きたかったのだろうということ。笠井氏の著書を読んでいるものであればすぐに気がつくであろうが、“ムラキ”というのは「バイバイエンジェル」などに登場する探偵“矢吹駆”とある種同一の存在であると言う事を受け取れる。
探偵“矢吹駆”シリーズにおいても、“ヴァンパイヤー戦争”で見られるような対決が描かれているのだが、直接的な行動に出ることができず、あくまでも推理小説上の探偵でしかない事から、その対決の構図というものがわかりづらく感じられる。
しかし、このシリーズにおいては伝奇という形式上、その対立の構図というものは非常に簡単に描く事ができるようになっている。その構図の中でムラキという存在による本書の表のストーリーとは別の、裏ストーリーたるムラキの物語が描かれているという事はとてもよく理解できた。
(もっとも最後の最後でムラキが何を目指していたのかはよく理解できなかったのだが)
では、本書が政治的な小説として、うまく描けていたかと言うとそれも最後の最後に来て疑問に感じられた。その理由は主要な登場人物を殺しすぎて、その国それぞれの核となるべき人物が残されていなかったという事が理由である。物語の最後のほうでは世界戦争、もしくは世紀末というような状態になり、国と国との間で政治的な駆け引きがなされるものの、その国の代表たる“顔”が全く見えてこないのである。ロシアについては上層部の人物が登場していたので、それなりの形は作る事ができたと思うのだが、アメリカにおいては主たる人物が登場せぬまま終わってしまったように思える。日本については、一応形式は作られていたような気がするのだが、最後の最後になってムラキが代表になっているというのは的外れのようにも感じられた。
最後にいくつか付け加えるとすると、本シリーズは1980年代に出版されたものが、新装版ということで講談社文庫になったわけだが、その表紙を担当したのは武内崇氏。ただ、そのいかにもアニメ絵的なイラストは本書には合っていなかったと思われる。巻ごとに登場人物のイラストが描かれているものの、読んでいるうちに何か違うなという違和感が何度も感じられた。
しいていうならば、最後の11巻の表紙はよかったと思われる。案外描いているほうも、そういった事を感じつつあったのでは? などとつい邪推したくなってしまう。とはいえ、商業的には貢献したのではないかと思える。
また、この新装版で注目してもらいたいのは各巻末についている“解説”である。これがそれぞれページ数が多く取られており、ひとつの評論として読むには十分な分量となっている。それが11巻分あるのだから、まさにその“解説”だけで一冊の本ができるくらいである。「ヴァンパイヤー戦争」をすでに読んでいるという人も、この解説を読むだけでも、新たに購入する価値はあるのではないだろうか。