香納諒一  作品別 内容・感想2

熱 愛   6.5点

2010年09月 PHP研究所 単行本
2014年09月 PHP研究所 PHP文芸文庫

<内容>
 かつて刑事で、今は探偵業を細々と営む鬼束。鬼束は報酬につられ、ヤクザと共に殺し屋を探すという依頼を受けることに。ただ、当のヤクザである仁科英雄は典型的な無能な二代目のお坊ちゃんで、行く先々でトラブルを起こす。そんな英雄の子守をしつつ、気の乗らぬまま仕事を続けていた鬼束であったが、徐々に殺し屋を探すという仕事に没頭し始め・・・・・・

<感想>
 香納氏はトラウマを抱えた刑事、もしくは元刑事がお好きなよう。この作品も、とある件により警察を追われることとなった私立探偵が主人公となっている。

 全体的に重めの作品のはずでありながらも、何故か口当たりは軽い。私立探偵・鬼束が共に行動しなければならないヤクザの二代目が少々おバカな(悪い意味で)人物で、その尻拭いをしながらの行動が続けられるためか、なんとなくライトな印象を受けるようになっている。

 この作品の主たる目的は、伝説の殺し屋と呼ばれる“ミスター”を探すというもの。このへんはまるで逢坂剛氏の“モズ”みたいな感じ。ただ物語上で目をひく部分は鬼束とヤクザの二代目・仁科英雄とその弟・大樹との邂逅にあるように思われる。

 ヤクザの二代目でありつつも、その粗暴さと馬鹿さ加減から周囲から軽んじられている英雄。巨体であるにもかかわらず、引きこもりがちで人と話すのが不得意な大樹。鬼束はそんな二人を抱えながら、ヤクザの抗争に巻き込まれつつ、しかも殺し屋探しまで行わなければならない。鬼束はそんな二人を重荷と感じつつも、徐々に二人を放っては置けないという気持ちも芽生えてゆく。

 基本的には、鬼束の捜査により、秘められた過去と殺し屋の謎が徐々に暴かれてゆくものとなっている。殺し屋の謎を暴く過程で、次第にヤクザの抗争の裏に潜む真相に迫ってゆく様相はなかなかのもの。最初から最後まで目が離せない展開が続くハードボイルド・サスペンスという感じの作品。内容は良かったのだが、ただタイトルの「熱愛」というのはあまりピンとこなかったような。


噛む犬  K・S・P   6点

2011年01月 徳間書店 単行本
2012年10月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 ビルの植え込みから白骨死体が発見される。なんと身元は1年以上前に行方不明になっていた女刑事であり、KSPチーフの村井貴里子の先輩でもあった。発見された女刑事は生前、単独でやくざの構成員である男がひき逃げされるという事件を調べていたことが判明する。彼女はいったい何を追い、何を突き止めようとしていたのか? 調べていくうちに次々と不可解な事実が明るみに出るのだが・・・・・・。そうした捜査を進めていく中、前の事件の後遺症により内勤を務めていた円谷刑事に、不可解な査問がなされることとなる。それを発端として、徐々に追い詰められていく組織としてのKSP。これらの状況を打破するために沖幹次郎がとる行動とは!?

<感想>
 今の警察小説とは、ここまでプロットが複雑で、レベルが高くなければ読者を満足させることができないのか!? ちょうど今、横山秀夫氏の「64」を読んでいるところなのであるが、横山氏といえば組織の内部を軸にして警察小説を描く代表的な書き手である。横山氏の登場以来、そうした書き方をする作家は増えてきたが、この作品も負けず劣らず、警察内部の権力争いを軸として描かれた内容になっている。

 一応、捜査の軸は白骨死体として発見された女性警部補の謎を解くというもの。彼女が生前に捜査していたやくざのひき逃げ事故を、KSPが引き継いで調査を進めていくこととなる。実はこの事件は、一般社会の中で起きた事件のみというわけではなく、警察内部が深くかかわっている犯罪でもあるのだ。それにより、KSPという立場が微妙な状態に追い込まれたり、また、それとは別としてKSPの存続が危ぶまれたりと、KSP捜査員の面々は警察内部での権力争いに深く関わっていくこととなるのである。

 ただ、その背景というか内情、そして権力争いは一筋縄ではいかないものである。警察小説ってこれほどまでに複雑なものであったっけ? と疑問符をていしたくなるような陰謀劇。それでも最近の警察小説であれば、これくらいは書きこむのが普通であると言わんばかりに、物語は進展していくこととなる。

 これ一冊のみであれば、アクションの少ない、謀略小説風の警察小説という感じであるが、KSPシリーズの中の一冊ということであれば、普通に受け入れられる内容でもある。確かにKSP存続というのは、初期のころからの命題のひとつとも言えるであろう。そうした謀略のなかでKSPの代表格である沖がどのように変わっていくのかということもシリーズの重要事項のようである。


心に雹の降りしきる   7点

2011年09月 双葉社 単行本
2014年05月 双葉社 双葉文庫

<内容>
 県警一課に所属する都筑寅太郎刑事は、また井狩治夫から呼び出されることに。井狩は7年前に3歳になる娘が行方不明となり、今もなお探し続けているのである。井狩がいうには、新たな情報提供が梅崎という探偵からもたらされたのだという。都筑は、梅崎が報奨金欲しさに偽の情報を持ってきたのではないかと疑っていた。すると、その梅崎が死体となって発見されることに。都筑は事件の捜査を行い、梅崎が生前調査していた件を調べてゆく。そうするうちに、梅崎は本当に失踪事件の手がかりをつかんでいたのではないかと都筑は考え始め・・・・・・

<感想>
 実は本書、ランキングのベスト10内に入っていたりと、地味に話題となっていたもの。香納氏が描く作品であるのだから、基本的な水準を超えているのは間違いないという事はわかりきったことなのだが、本書はそうした香納氏の作品のなかでも、上位の位置を占める出来栄えの作品と言えよう。

 内容は、7年前に失踪した3歳の少女の行方を巡る事件がメインとなり、未だ必死に行方を探す父親に頼られる刑事都筑が事件を追ってゆくというもの。実はこの都筑という刑事、悪徳刑事のように描かれており、一度はその娘の行方を探す父親に偽の情報を与え、金をせしめたことがあるという過去がある。その負い目を持ちつつ、未だその失踪した少女の行方を追っているという始末。ただし、序盤は悪徳刑事という印象が強かったが、読んでいくうちに意外と普通の悩める弱い人間なんだと思わせられることとなる。

 そして今回、その刑事と同じように偽の情報で金を得ようとした悪徳探偵が登場し、都筑刑事がいさめることとなるのだが、どうもその男、本当に何らかの情報をつかんでいる模様。しかし、その探偵が死体で発見されることとなり、都筑刑事はその探偵が追っていた事件を捜査し、犯人を捜すこととなる。

 地方色が色濃く出た警察小説。やや、この主人公の刑事の人生に関することの比重が大きいようにも思えるが、それはそれで徐々に物語に渋みのある味を付けてゆくこととなる。都筑刑事が探偵の死亡した事件を捜査し、それが徐々に複雑な様相となってゆくのだが、不必要に大きく広がらずに、きちんと昔起きた失踪事件へと収束していくこととなる。このへんの構成が見事であり、この捜査の様子と物語の回し方こそが、本書が傑作とされるゆえんなのであろう。

 香納氏の作品を読み続けていると、飽きたという人もいるかもしれないが、数多くの作品群のなかでこの作品は決して読んでおいて損はない作品。是非ともお薦めしておきたい。


女警察署長  K・S・P   6点

2012年07月 徳間書店 単行本
2015年09月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 以前、秘書としてKSPに所属していたキャリアである村井貴里子は、特捜部のチーフとなり、そしてついにKSPの署長となった。そんな彼女に、極秘の依頼が持ち込まれる。テキサスの石油王から、彼の妻であり世界的バイオリニストであるバーバラ・李の盗まれたバイオリンを取り戻してほしいというのである。貴里子がそうした依頼を受けている時、KSP特捜部の沖の元に、現在警察から逃亡中の朱栄志が接触してくる。朱は、沖の父親の命と引き換えに、バーバラ・李のバイオリンを要求してきて・・・・・・

<感想>
 何気に積読の期間が長くなってしまった。文庫版で読了。KSPシリーズ第4弾。

 今作ではいつもながらの主人公・沖刑事と、新たに女警察署長となった村井貴里子の二人が主軸として描かれている。ただ、タイトルからもあるように、やや村井貴里子のほうが存在感を示していたように思われる。

 今回は、世界的バイオリニストの盗まれたバイオリンを探すという特命が主題。といいつつも、その裏にはしっかりと、シリーズきっての悪役である朱栄志がいて、バイオリン探索の真相と、その裏に秘められたものを暴き出そうと、KSPを含め色々な組織が対立していくこととなる。そして、本書ではその組織間の対立が新たな展開を見せることとなり、シリーズ上で大きな転換を果たすこととなる(まだシリーズ途中だからわからないが、たぶん)。

 前述したとおり、本書では女署長となった村井貴里子が存在感を見せるものの、序盤のありさまは微妙と感じられた。とにかく組織としてよりも個を出し過ぎており、しかもそれが沖との恋愛感情優先のような形で描かれているので、反感ばかりがつきまとう。それでも最後には、優秀な刑事といった様相も見せており、最終的にはきっちりと女署長としての威厳を発揮していたように思われた。

 このシリーズ、どんどんと沖刑事が追い詰められていくように描かれているのだが、それが女署長が個人的な味方になっているゆえに、さらに孤立感が増していっているような・・・・・・。まぁ、それが著者の狙いの一つであるようにも思えるのだが。


幸 −SACHI−   6.5点

2013年01月 角川春樹事務所 単行本
2015年06月 角川春樹事務所 ハルキ文庫

<内容>
 海坂署の寺沢恒彦は、不法侵入を受けたという通報により商店街へと向かう。不法侵入したのは認知症の老女で、介護施設から抜け出してきたようであった。老女は、何らかの目的がありここへ来たようであるが、認知症故に本人から詳細は聞くことができない始末。すると、その老女が訪れた現場から白骨死体が見つかることに! 寺沢は新たな相棒となった妊婦の刑事・一ノ瀬明子とコンビを組み、事件捜査に乗り出す。すると、過去の事件が掘り出され、現在の事件と絡みあうこととなり・・・・・・

<感想>
 香納氏お得意の警察シリーズ。というか、香納氏って、警察ものしか書かなくなったのかな? と思えるくらいの比率のような。まぁ、どの作品も面白いので言う事はないのだが。

 今回は、以前冤罪で無実の者を捕まえてしまったことを悔やみつつも、今の仕事こそが自分の生きがいと感じ、職務を全うしようとする50代の刑事が主人公。冤罪事件により出世コースから外れ、銃で撃たれたことによる怪我をかかえつつ、後輩の刑事は警察を辞めると言い出すなど悩みの尽きない主人公であるが、それでも警察を辞めるというような考えを持たず、刑事であり続けようとする。その姿勢はある種、刑事の鏡のような主人公であるかもしれない。と言いつつも、決して立派な人物という印象ではなく、普通に愚痴っぽい中年男性である。そんな主人公がシングルマザーとして妊娠したことにより、捜査一課から飛ばされた女性刑事と組んで職務にあたることとなる。女刑事は現在妊娠中で、身重の状態でありながら、捜査に勤しむこととなる。

 そんな変わった刑事コンビが取り組む仕事が、認知症の老女が不法侵入で入った家から見つかった白骨死体に関する事件。そこに住んでいた女が、別れた夫のストーカー行為により、元夫を刺し殺してしまうという事件が起きていた。また、認知症の老女は亡くなった夫が地元の有名な代議士であり、現在は息子がその基盤を引き継ぎ、さらにもう一人の息子は土木会社を経営している。こうした背景を調べてゆくうちに、徐々にすべてを取り巻く大きな陰謀が見え始めてくるというもの。

 取り扱う事件自体も見どころがあり、またそれらを捜査する刑事たちの造形もよくできていたと感じられた。特に不遇の主人公が、その境遇にもめげず、必死に捜査を続けてゆくところは、実に見応えがあった。そしてタイトルの“幸”にこめられた想いを物語全体に感じ取ることができ、ラストの感動をきっちりと盛り立てていた。


無縁旅人   6点

2014年03月 文藝春秋 単行本
2016年11月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 腐乱死体として発見されたのは16歳の少女であった。彼女が発見された部屋は、彼女のものではなく、行きずりの男から一時的に借りていたもの。彼女は養護施設から逃げ出し、援助交際、ネットカフェ難民等をしながら、この部屋にたどり着いたのだ。養護施設を抜け出した彼女は、叔父を探そうとしてたらしいのだが・・・・・・。警視庁捜査一課・大川内班の刑事たちは少女の生前の足取りを調べてゆく。

<感想>
 香納氏にしては珍しく、シリーズというか、以前の作品に出ていた刑事が登場する作品。その作品は香納氏の代表作の一つともいえる「贄の夜会」であるのだが、本書はそちらの雰囲気とはだいぶ異なるもの。今作を読んでみると、大河内と渡辺のベテラン刑事コンビが非常にうまく機能していて、警察小説として見事にはまっているという印象を受けた。変に不仲の警察組織などを描かれるよりも、このようにスムーズで機能的なもののほうが警察小説としては読みやすい。

 本書はネット難民を事件背景として扱った今風の内容。知り合いとなった男の家を借りて暮らしていたという未成年の女が死体で発見されるという事件。被害者は元々養護施設で暮らしていて、ある人を探すために施設を飛び出してきたという。

 警察の捜査によって、被害者の背景が浮き彫りになり、何故事件に巻き込まれなければならなくなったかが次第に明らかになってゆく。中盤くらいでは、最初のネット難民とか、被害者の背景とかがぼかされるような感じの展開であり、ちょっと微妙という風にとらえられた。しかし、後半になると再びネット難民等にスポットが当てられることとなって、話が当初の軌道に戻ってきており、最後まで読めば、うまく話が練り上げられていると感じられた。

 ネット難民とか、フリーターとか現代的な事象にうまくスポットを当て、とある人物の意外な動機が今の社会を象徴していると感じられる。また、ラストで山場を過ぎたところで終わらせずに、しっかりと最後にもうひと盛り上がりするように描かれているところは著者らしい。なかなか内容の濃い社会派刑事小説に仕立て上げられた作品である。




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