<内容>
今度の依頼はどこかきな臭い。標的を横取りされた殺し屋の安本兄弟は、暴力団に加えて産業スパイ、公安、CIAまでが入り乱れての熾烈な争いの渦中で、失踪した妹をひたすら探すマタギの娘と出逢う。やがて不気味な気配とともに浮上する、コンピューター業界の均衡を劇的に崩壊させかねない新型チップの謎!ある大物右翼が綿密に画策した、日米半導体戦争に新たな地平を拓く巨大な陰謀とは何か・・・・・・
なめられまいと殺し屋の仁義を通そうとする安本兄弟。じいの死を知らせようと東京で妹の行方を探す渡瀬由紀子。他人を身代わりにしてまで身を隠す白河麗子。陰謀に知らずのうちに巻き込まれて行く千々石卓郎。チップに関わるものをひたすら殺して行く真鍋元雄。単独で動き陰謀の中で儲けを企む公安の早瀬幹男。チップを狙う暴力団組長・相良とその右腕の荒俣。チップと麗子に踊らされるコンピューター技師、林秀彦。右翼の大物、柿山。
多くの人物がチップにまつわる陰謀にかかわり、また、巻き込まれていく。
<内容>
元カメラマンで現在は探偵をしている辰巳翔一は、突然訪ねてきた少女から行方不明になった日浦浩嗣を探してもらいたいといわれる。その日浦という青年はかつて高校野球で期待されていたエースであったが、辰巳自身も関与した“やらせ事件”により球界からも学校からも追われることとなってしまったのだ。自身の過去に関係する事件を清算するという意味もあり、辰巳は事件の調査を始めて行くのだが、そこには新興都市の住民の対立、学習塾の経営に関わる問題、三人の少女の自殺事件など、複雑な事情が交錯していた。さらには、過去の“やらせ事件”の真相も目の当たりにすることとなり・・・・・・
<感想>
私が香納氏の作品を初めて読んだのは文庫書き下ろしで出版された「春になれば君は」である。確か、角川書店による投票企画で色々な作家の本が同時に出ていた中で、タイトルに惹かれて購入したような気がする。それから16年ぶりに「無限遠」と改題されて出版されたので、改めて読んでみた次第である。
これを読んだ当時も、うまくできている作品だなと思ったのだが、今回読んでみてこれほどまでに完成度が高かったかなと、ふと首をかしげてしまった。まぁ、加筆訂正をしたということもあり、きちんと仕上げられているのだろうが、それにしても社会派ミステリもしくは社会派ハードボイルド小説として非常にうまくできている作品である。
野球部にまつわる“やらせ事件”、少女達の自殺事件、学習塾の経営問題、新住民と旧住民の対立、悩みを抱える少年少女たち、こうしたさまざまな要素が盛り込まれているのだが、それらがうまく融合し、一つのミステリ作品としてうまくまとめられているのである。それほどページ数は厚くないのだが、中身の濃いミステリ作品として仕上げられている。
香納氏は当時はまだそれほど有名な作家ではなかったはずだが、この作品の後に徐々に名前が売れだしていったように記憶している。よって、本書に関しては読んでいないという人も多いのではないだろうか。内容は社会派ミステリということで好き嫌いは分かれるかもしれないが、非常によくできた小説であるということは間違いない。初期の隠れざる名作ということでお薦めしておきたい。
<内容>
温子と喬。出会いは路上サーキット。温子のポルシェで、パトカーの包囲を逃れた。喬の仕事は窓拭き。温子は建築会社の重役の娘。そしてパキスタン人ハッサンと、タイ人娼婦パティ。パティは客のヤクザを刺殺。温子は父の会社の裏金強奪を企んでいた。
交錯しない筈の人生が交差した時、事件は複雑に絡み、よじれる。発端は美術商殺害事件か?事件を追う老刑事と『死神』という殺し屋・・・・・・。結末はいったいどこへ向かうのか!?
<感想>
これも香納氏の初期に作品にあたり、「時よ夜の海に瞑れ」や「石(チップ)の狩人」と同じような構成になっている。つまり、数多くの登場人物が出てきて、彼らが複雑に絡み合う、といったものだ。これらの作品に共通することであるが、絡み合う事象はなんとか理解できるのだが、そのことに頁を割かれるせいか、人物描写の点に疑問が残る。
例えば、今作では主人公であるはずの喬の存在がやけに薄い。作品中では主人公の存在が刑事の堂脇や『死神』らの存在に喰われてしまい、その必要性さえ疑問に思えるのだ。さらに喬と温子がなぜ互いに惹かれるようになるのかというのもわかりずらい。全体的におもしろい話しだと思うのだが、こういう物語ではやはりキャラクターにもう少し映えもらいたい。
<内容>
元ボクシング世界王者の桐山拓郎は網膜剥離により失明し引退、その後はテレビ番組などに出演するタレントとなっていた。元記者であった妻の和子にサポートされつつ、現在は生活しているという状況。そうしたなか、ボクサー時代に桐山のマネージャーであった永井が不審な死を遂げる。永井は何かを追い、そして何者かに追われていたようであった。さらに、桐山は見ず知らずの者達から永井から何か預かっていなかったかと付け狙われることとなる。桐山は妻の手を借りながら、事件の真相を追うこととなり・・・・・・
<感想>
香納諒一氏の初期作品。この作品については単行本で既読していたのだが、感想を書いていなかったので徳間文庫版を購入して再読。文庫の出版日を見ると、購入してから読むまでにずいぶん経っていることに気づかされる。厚めの作品なので(文庫版で660ページ)敬遠気味になっていたのかも。
視力を失った元ボクサー・桐山が活躍するハードボイルド作品。親友が何事かに巻き込まれ不慮の死を遂げる。しかも桐山自身も知らないうちに、その何事かわからない事に巻き込まれていた。親友の無念を晴らすべく、桐山は元記者である妻の力を借りながら自身が何に巻き込まれているのかを探ろうとする。
本書は失明した元ボクサーの不自由さや、やるせない感情をまざまざと書き表した作品。目の見えない人物による主観という難しい題材のものをよくぞ書き表したと感心させられる。まさにこだわりハードボイルド小説と言えよう。
ただ、その元ボクサーが取り組む事件が微妙であったかなと。なかなか事件の全貌が見えてこないところと、作品の長さに倦怠感を感じずにはいられなかった。また、元ボクサーがあれやこれやと悩んで解決するような事案かというと、やや複雑すぎるのではないかと・・・・・・。ちょっと内容にまで凝り過ぎたのではないかという感じ。元ボクサーが取り組む事件をもっとシンプルにすれば、取っ付きやすい作品になったのではないかと思われてならない。
<内容>
「雨の中の犬」 (サンサーラ 1996年6月増刊号:小説工房)
「新緑」 (1994年夏季号:小説フェノミナ)
「黄昏に還る」 (1996年8月30日号:週刊小説)
「待つ」 (1994年02月号:小説王)
「蕗子への伝言」 (1996年3月号:問題小説)
「遥か彼方」 (小説現代 1996年12月増刊号:メフィスト)
<内容>
「道連れ」
「シャチふたたび」
「水曜日の黙祷」
「深夜にいる」
「声の連関」
「アドリブはお好き」
<感想>
1997年に出版された作品が10年以上経過して、ようやくの単行本化。かつての香納氏の作風を堪能することができるハードボイルド短編集。
一概にハードボイルドといっても、それぞれの短編の切り口は異なっている。
「道連れ」は組から追われた逃亡者が故郷の山で父親が飼っていた犬と遭遇する。
「シャチふたたび」は静かな漁師まちに、かつての厄介者が帰ってくるという騒動が描かれている。
「水曜日の黙祷」は二人組の殺し屋の仕事を描いたもの。
「深夜にいる」はラジオのアナウンサーがたどってきた人生がとある事件によって浮き彫りにされてゆく。
「声の連関」は万引き常習者の女が味わう恐怖と事件。
「アドリブはお好き」はかつて映像会社で働いていたときの仲間から仕事を持ちかけられることから始まる騒動。
前半の3作品は、いかにもハードボイルドらしい背景であるのだが、後半の3作品は普通社会から逸脱していくかのような内容。異なる舞台において、それぞれが変わった味を出している。
印象的だったのは「シャチふたたび」で描かれる人間像の幻想。ここでは人の強さと弱さというものがうまく表現されている。また、「深夜にいる」はひとりのアナウンサーの人生を通して、業界の光と闇がうまく表されている。
文庫本を見た時には、やけにページ数の少ない短編集と思ったのだが、実際に読んでみると本の薄さを感じさせない濃い内容が詰め込まれている。香納氏の初期作品を手軽に味わえる良質な短編集。
<内容>
「わたしの横に天使がいた。」ヴェネツィアで拾った、謎めいた絵本。そこに記された希望の記憶が導く出来事とは?世界の片隅で、男たちが繰り広げる六つの探索の旅。
「天使たちの場所」 (1998年01月号 小説すばる)
「季節はずれ」 (1997年08月号 小説すばる)
「チャンギを発つ」 (1997年05月号 小説すばる)
「空が変わるまで」 (1997年01月号 小説すばる)
「サリーの微笑」 (1996年09月号 小説すばる)
「風はこたえない」 (1994年07月号 問題小説)
<内容>
弁護士の栖本は、5年前に突如彼の元から姿を消した女・小林瞭子と再会した。後日連絡する約束を取り付けながらも、その日はほとんど何も話すことができずに別れることに。次の日、栖本は警察から瞭子の死を告げられる。そして彼の弁護士事務所の留守番電話には瞭子からの依頼の伝言が残されていた。栖本は単独で彼女の事件を調べようとするのだが、やがて彼女の身元に不審な点が見つかり、謎はますます深まってゆき・・・・・・
<感想>
香納氏、渾身の力作というに値する本である。
一人の女性の身元を巡って、さまざまな世界に生きる人々が交錯していく作品。その内容は弁護士に関することから、土地、やくざの内情、企業の癒着とさまざまな世界の一部を垣間見ることができる。その要素の一つ一つで“別々の本を書けるのでは”と思えるくらいの濃い内容の本としてでき上がっている。
物語の核としては“女”の過去を追うという一点なのだが、本当によくここまで話を広げられたなと感心する。しかもそれが無駄に広がっているわけではなく、話が終始一貫しているとも感じられるのだからたいしたものである。さらには決してストレートに終わることのないラストでのどんでん返しへと続き、目をそらすことのできない展開が続けられる。そして最後には“幻の女”の本当の意味が明らかにされることに。
以前の香納氏の本で登場人物がたくさん出てきて、多視点になっている本があった。それは全体的にまとまった雰囲気が感じられなく、あまり面白く感じられなかったのだが、本書は登場人物が多いものの、視点が主人公のみに絞られているため話がうまくまとめられていると感じられた。
そしてラストの泣かせる展開もまたなんともいえない。ちょっと長めと思えるが、読んで損のない本であると断言したい。
<内容>
「共 犯」
「城ヶ崎へ」
「宴の夏」
「鏡の冬」
「ひとり旅」
「交錯の轍」
「ハミングで二番まで」
<感想>
香納氏がデビュー前からデビュー後までに書いた作品を掲載した短編集。よって、内容に統一性はなく、いろいろなジャンルの作品を見ることができる。
「共犯」は手紙のやり取りで構成された作品で、そのやり取りが進むにつれて、徐々に事件の全貌が見えてくるというもの。さらには、どんでん返しもあり、読みどころの多いミステリ作品となっている。
「城ヶ崎へ」は、かつての親友を旅をしながらも、その親友を殺害するかどうかの葛藤を描いた作品。ミステリというよりは、どことなく文学作品めいた内容でもある。
「宴の夏」はテレビ業界で働くものたちの生き様を描いた作品。香納氏は元が編集者であったせいもあるのか、こうした業界ものの作品を非常にうまく描く。
「鏡の冬」は東京で暮らすものと、東京へ出た後田舎へと帰ったもの、二人のその後と今後の夢を描いた作品。あえて中途半端なところで話を打ち切ってしまっているが、それがその後の二人の主人公に関するありきたりな展開を予想しているかのようにも感じられる。
「ひとり旅」は旅情を描くショートショート作品。
「交錯の轍」は、ちょっとしたサスペンスミステリ。できれば、この盗聴業界という背景を使って、長編を描いてもらいたいところ。
「ハミングで二番までは」は最初は古き良き友情を描いた作品のように思えたが、徐々にその友情というものがひとりよがりであったかのように描かれてゆく。単純なひとりの男の成り上がりを描いた作品のように思えて、実はちょっとした一代記のように深く描かれていることに驚かされる。ラストは非情になりきれなかった男のてん末というようにとらえられた。
<内容>
「エールを贈れ」
「知らすべからず」
「刹那の街角」
「捜査圏外」
「女事件記者」
「十字路」
「証 拠」
<感想>
この作品は昔にハードカバーで読んだような記憶もあるのだが、まったく印象に残っておらず全然内容を覚えていない。そんなわけもあって文庫版を買って読んでみたのだが、意外や意外(といったら失礼か)かなり面白い警察小説であった。
他の作品と比べてしまうのもどうかとは思われるのだが、本書を読んで似たような作品と感じたのは横山秀夫氏の「第三の時効」。本書はさすがに名作「第三の時効」というレベルまでには達してないとは思うのだが、刑事部屋を描いた連作短編集としては充分に完成された内容となっている。
「エールを贈れ」では新人刑事の堀江がかつての友人から証言を聞きだそうとしながら刑事という仕事の厳しさを感じてゆく、「知らすべからず」は誘拐事件を描いたもので最後の最後まで息をつかせぬ展開で描かれ、「刹那の街角」は顔も知らぬ外国人妻への愛情が描かれ、「捜査圏外」は退職した刑事の死が描かれた作品、「女事件記者」は新人記者の成長の様子が描かれ、「十字路」は犯罪者を追い続ける警察官の葛藤が描かれ、「証拠」は瀕死のヤクザから金のありかを吐かせようという内容。
これら全ての作品がひとつの刑事部屋を中心にそれぞれが人間くさく描かれている。好みとすれば、もうすこし刑事の人物造形を濃くしたほうが作品にとっつきやすく、面白くなったのではないかと感じられた。しかし、一方で必要以上にあえて人物造形を描かずに、人間と人間の関係のみが描かれるこの作品の手法が良いと思われるのも事実である。
そんなわけで、これは読み逃しておくには惜しい作品。真面目でリアルな警察小説が好きだという人にはお薦めの逸品。
<内容>
自衛官としてずっと努めてきたものの、その道をあきらめざるをえなくなり、途方にくれる佐木。知り合いを頼りに就職口を捜そうとしているとき、美奈子という元ストリッパーの女性を助けることになる。彼女は親友のマリアという女性と連絡が取れなくなったので捜しているのだという。特にすることもなかった佐木は美奈子に力を貸して、一緒にマリアを捜そうとするのだが、思いもよらない財政界の陰謀へと巻き込まれて行くことに・・・・・・
<感想>
香納氏の作品で「風よ遥かに叫べ」という小説を以前に読んだことがある。この小説は多視点で語られる構成のものなのだが、全体的にごちゃごちゃしていてわかりにくかったという印象が残っただけであった。しかし、その小説から5年後に書かれた本書は「風よ」と同様に多視点であるにもかかわらず、かなり読み易い小説として仕上げられている。すでにベテランといってもいい作家に対してこんな事をいうのは失礼かもしれないが、デビュー当時から比べれば遥かに描写力が上がっているということなのであろう。
また、本書が多視点であるにもかかわらず読みやすかったと言うのは、登場するキャラクターそれぞれの設定がうまく作られているという事も要因のひとつであると思われる。元自衛官の主人公とその影の存在とも言うべきもうひとりの元自衛官、元ストリッパーの美奈子、タケとシゲという自分達しか信じないチンピラコンビ。と、それぞれの登場人物のキャラクターがわかりやすく、物語の中のそれぞれの場所に個々のパーツが実にうまくはまるようにできている。
ただ、それにもかかわらず本書は大きな欠点をひとつ抱えていると感じられた。それは話の中の“陰謀”の部分がかなりわかりにくいということである。これだけ明快なキャラクターをそろえ、ユーモラスともいえる部分も付け加えているのだから、内容自体はもっと単純なものでよかったのではないだろうか。特にタケとシゲのコンビにはこんな小難しい事件は似合わないと思われる。
この作品の前に出た長編「幻の女」が絶賛されたわりには、本書はあまり話題にならなかったので不思議に感じていたのだが、それはこういったことが原因だったのではないだろうか。これが作家の腕が熟練したことによって、内容も通り一遍等ではいけなのではというジレンマによるものなのだとしたらまさに皮肉といえよう。
<内容>
「牙の刻」
「街の貌」
「女の眼」
「凪の港」
「光の花」
「雨の谺」
<感想>
元刑事の流と元興行師の金の二人による探偵社・・・・・・とは名ばかりの何でも屋。何でも屋に依頼される数々のトラブルを二人が解決していくという連作短編集。
元刑事の流は警察を追われた身にも関わらず、そこそこ真面目な探偵活動をする(ただし、巨体で粗暴ではある)。金のほうは、名前の通り金儲けさえできれば何でもいいという利益第一主義。
そんな個性的な二人ではあるが、この作品集に登場する他の脇役達はさらに個性的である。山で20年以上も暮らし続けるカレー好きのホームレスや、流らとは敵対する仲のはずなのにどこか憎めないヤクザの白井、流の情報源である彫り師(刺青)と、時には彼らが主人公達を喰ってしまうような活躍をする事もある。
本書はこうした個性のきわだったキャラクターたちが活躍する作品集となっている。
ただし、物語自体は通俗のハードボイルド・ミステリ風という感じにしか思えなかった。よって、強烈なキャラクターの印象のみが残って、物語として印象に残るという作品はほとんどなかった。最初の作品の「牙の刻」はそれなりに強烈な印象を与えられたが、これもキングという巨犬がかもしだした雰囲気によるものと言えるだろう。まぁ、短編というページ数の制約があるので、複雑な筋書きにすることもできないため、こういった内容になるのはいたしかたないといったところか。
とはいえ、何にしてもキャラクターの際立ったハードボイルド小説として、それなりに成功した作品と言えるであろう。
<内容>
「真冬の相棒」
「傾 斜」
「死者が殺した」
「五月雨バラッズ」
「蜘蛛が死んでいる」
「愛しのアウトロー」
<感想>
タイトルの通り、世間一般から逸脱したかのような者たちを主人公とした短編が集められた作品集。
「真冬の相棒」は現金強奪を図る二人の男の話なのだが、その二人の間に潜む緊迫感がなんともいえないものとなっている。そして、なんとも言えないラストもまた印象的。
「傾斜」はこの作品集の中では毛色の変わったものとなっている。主人公はサラリーマンでクレーマーに対応する様子が描かれたもの。そのクレーマーとの対応と、組織によって圧迫されていくひとりの男の様子が悲壮感をあおる。
「死者が殺した」は、ある種の完全犯罪を描いた作品。読んでいる途中でだんだんと何がたくらまれているかという事に気づかされる。ミステリーとしても読むことのできる一編。
「五月雨バラッズ」は、やくざという組織に居ながらも、なんとなくそこに染まりきる事のできなかった男達が描かれているような作品。暴力が描かれているものの、こういった作品集の中にあっては普通の作品と感じてしまう。
「蜘蛛が死んでいる」は、これも男女ふたりによる犯罪が描かれているのだが、両者それぞれの感情の差異により、ラストにて思わぬ展開が待ち受けているというもの。実は、そこここに伏線が張ってある作品と言えなくもない。
「愛しのアウトロー」は、ひとなみ外れた常識を持った旧友が久しぶりに目の前に現われたという話。内容はともかくとして、大人になってから昔のあだなで呼ばれるほど不愉快なことはないだろうな、と感じたのが一番の印象。
<内容>
菅井公平は新宿で組に所属し、酒場の用心棒をしながら日々の糧を得ていた。そんなある日、父親が突然死亡したことを知らされる。公平は高校生のときに暴力沙汰を起こし、少年院に入り、出所後故郷を捨てて新宿で暮らしてきた。組の兄貴分のすすめもあり、いったん田舎へと帰ることにした公平。すると、元警察官であった父親が死ぬ直前まで、何かを調べ続けていたことが明らかになる。今まで親の気持ちなどくみ取ろうとしなかった公平は、父親が何を調べていたのかを単独で探ってみることに・・・・・・すると、リゾート開発を巡る暴力団とのトラブルに巻き込まれてゆくことに! さらには、日航機墜落事故にまでさかのぼる過去の事件までもを掘り起こしていまい・・・・・・
<感想>
香納氏の作品では名作として名高い「幻の女」を書いた以後は、昨年出版された「贄の夜会」まで、さほど評判になった作品がなかったように思われる。そんな中で出版されていた作品「炎の影」であるが、読んでみるとその小説としての完成度の高さに驚かされてしまった。いや、これは評判にならなかったのがおかしいほどの名作ではないだろうか。ハードボイルド作品としてもっと高く評価されてもおかしくないのでは? と疑問に思うほどのできである。
新宿のチンピラ菅井公平は元警官であった父親が亡くなったことを知り、久々に帰郷する。その父親が死の直前、何かを調べていたことを知り、その調査を続けているうちに父親の死自体に疑問がわきあがってくることとなる。さらには、父が面倒をみていた兄妹の出現や、リゾート地をめぐる汚職事件、果ては昔父親が警官のころ事件に直面した日航機墜落事故にまで話が広がっていくというもの。
このへんの事象の広げ方から、その収集へといたるまでの物語の展開が無駄なく実にうまくできている。さらには、父親が面倒をみていた兄妹や公平の弟分のチンピラ、さらにはヤクザの用心棒の元格闘家などと、さまざまな個性的な人物が登場して物語を牽引していってくれる。これはもう、物語にも登場人物の造形にも文句の付けようがない。
さらには、後半はもう収集のつかないような事態にまで発展するのだが、それを最終的にうまくまとめてしまう手腕もなかなかのものであると思われた。いや、繰り返して言うが、これはもう本当に読んで損のない一冊といってよいであろう。
最近、骨のあるハードボイルド小説に縁がないとお嘆きの人は、この作品を手にとって見てはいかがか。きっと満足させてくれること間違いない。
<内容>
「タンポポの雪が降ってた」
「大空と大地」
「歳 月」
「海を撃つ日」
「不良の樹」
「ジンバラン・カフェ」
「世界は冬に終わる」
<感想>
香納による非ミステリの短編集。大人になった者達が現在と過去を通しながら自分の人生と向き合っていく様を描いた作品集となっている。
ちょうどこの作品が出た頃、香納氏が新たな作品を書くのに時を置いていた時期。そうして2004年9月に非ミステリ作品であり、作者自身の体験を描いたかのような「夜空のむこう」が刊行された。その後は、間を置かずに早いペースで新刊を出し続けている。
そうした背景により出た作品ゆえに、この「タンポポの雪が降ってた」が香納氏の第一期と第二期とをつなぐ作品集という位置づけのように感じられる。この作品の前にも非ミステリの作品が集められた短編集は出ているので、決して新機軸というわけではないのだが、この短編集と「夜空の向こう」にて作家人生のみならず、今までの著者が生きてきた道のりを改めて見直していたのではないかと考えてしまうのである。
一番印象に残った作品は「不良の樹」。ラーメン屋を継いだ弟と刑務所帰りの兄との絆を描いた話。他は恋愛小説なども多く、わざと結末をぼかしたような作品も多かったため、全部が全部好みという作品ではなかった。やはり、これはミステリ・ファンが読むというよりも、恋愛も含めた大人の小説を読みたいという人向きであるなと感じられた。
<内容>
自分で設立した編集プロダクションにて篠原公一は日々、締切りとの戦いに追われていた。そのプロダクションには共同オーナーでありながら、気ままにぶらりと旅に出てしまう越智真次、ヴェテランライターであり“フルチンさん”の愛称でしたしまれる古橋哲哉、新人女性ライターの加藤佐智子らが出入りしていた。また、他に篠原の旧友であり現在編集社に勤めている和泉治や、なじみの飲み屋<エイト>のママである栄子ら、多くの人たちと関わりながら、編集の仕事を通して多くのトラブルと出くわすこととなる。さまざまな事件を通しつつ、篠原の身辺の変化と自身の成長を描いた青春群像小説。
<感想>
ひっきりなしに小説を書き続けていた香納諒一氏であるが、「たんぽぽの雪が降ってきた」を書いてから、次の作品がでるまで少しばかりのインターバルがとられることとなる。そして、そのインターバルの後に描かれた最初の作品がこの「夜空のむこう」である。
この作品は以前編集者であった香納氏の経験を元に描かれた作品のようである。ひとつひとつのちょっとしたエピソードを通しながらフリーの編集者、篠原公一の仕事振りを描く連作短編集として仕上げられている。よってミステリ作品ではないのだが、その内容には思わず引き込まれてしまい、そこそこ分厚い小説ながら一気に読まされてしまった。
本書は編集者の仕事を中心とした仕事振りが描かれている作品ゆえに、仕事勤めをしている人は必ずなんらかの共感を得ることができるのではないかと思われる。そういった仕事を通して主人公の篠原はトラブルに会いながらも、仲間と共に乗り越え、さらにはまた他の仲間によりトラブルを持ち込まれ、といった生活を送ってゆくこととなる。そうして仕事をしていきながら変わっていく周囲の状況、仲間との関係、さらには自身の仕事の変化といったものが綴られている。
こうしたことは誰もが経験することながらも、そういった人生がノスタルジックに描かれていて、どこか懐かしさが感じられるのである。そして主人公である篠原の仕事人としての優秀さや我慢強さ人望の厚さなどを、うらやましく思いながらも、その世界の中に他の登場人物らと共にのめりこんで行くこととなる。
これは是非とも現在働いている中年のかたに読んでもらいたい作品。この作品を読みながらノスタルジーにふけり、自身の今までの人生を思い起こしてもらえたらと願いたい。
<内容>
京都の大学に通う師井巌は、突然父親から新宿のホテルに身を隠すようにと指示をされる。ほとんど音沙汰のない父親は、土地をころがしたり、ゴルフの会員券を売ったりと、決して真っ当とはいえない商売をしていた。今回も、その商売のひとつがトラブルに陥り、債権者から身を隠さなければならなくなったというのだ。
しばらくの間、新宿のホテルで身を潜めることとなった巌であったが、そのホテルの女主人から巌の母親がここを訪れたことがあるということを聞く。巌は自分の母親はとっくの昔に死んだものと教えられていた。巌が母親の身元の自分の出生について調べ始めようとすると、とある事件に巻き込まれることとなり・・・・・・
<感想>
2004年に出た作品が文庫化されたので読んでみたのだが、驚くほどうまく描かれた良い作品であった。
本書の核となっているのは、ある大学生が自分の生い立ちを調べるというもの。そこから、地上げにまつわる自殺事件や、日本と中国の学生運動にまつわる騒動、そして父親が巻き込まれている事件などと、複雑にからみあってゆくこととなる。
事件の構造は複雑なはずであるのだが、そういったこともあまり気にさせないほど、うまく整理されまとめられており、ものすごく読みやすい冒険サスペンス小説として仕上げられている。
この作品に関しては、ほとんど言うことはないのだが、気になったところをあえて挙げるとすれば、後半の展開がかなりご都合主義的なところと、主人公に深く関わりそうであった風太という人物があまり物語り上生かされていなかったということくらいか。
本作品は一冊で完全に完結していて続編が出るような終わり方はしていないものの、魅力的なサブキャラクターが多かったので、他の登場人物の物語なども読んでみたいと感じられた作品であった。それほど話題になっていない作品だと思うが、これぞ香納氏の隠れざる名作といえる作品かもしれない。
<内容>
“犯罪被害者家族の集い”に参加していた二人の女性が、その集いの帰りに何者かに殺害された。被害者の一人はハープ奏者であり、彼女の両手首は切り落とされ、持ち去られていた。刑事の大河内はこの猟奇事件を捜査することとなる。関係者と話をするうち、被害者のひとりの夫の様子に不審なものを感じたが、その男は行方をくらませてしまう。そうこうするうち、捜査線上に怪しい人物の名前が持ち上がる。それは少年時代に猟奇殺人事件を起こし、現在は弁護士となっている男が“犯罪被害者家族の集い”に参加していたというのである。大河内が捜査を進めてゆくと、警察組織内部から思わぬ妨害を受けることとなり・・・・・・
<感想>
これまたすごい作品であった。香納氏の作品には傑作が多いが、これはその中でもかなりの出来の作品。初期の代表作が「幻の女」だとすれば、第2期の代表作はこの「贄の夜会」であると言っても決して過言ではあるまい。
登場人物を並べてみるとまるで伝奇作品のようである。中年のたたき上げの刑事、二人組の殺し屋、過去の少年犯罪者、謎の黒幕等々。殺し屋が出てくるあたりで、作風がハードボイルド系になっていくのかと思いきや、ベースは中年の刑事のパートによってがっちりと固め、警察小説という枠組みから外さずに物語を構築しているところが見事である。決して刑事対犯罪者という構図から逸脱することなく、殺し屋がそこにからんできても、基本ベースから逸脱せずに警察小説という路線の小説を描き通している。それにより、ある種の堅苦しさが感じられるのは確かで、人によってはもっと逸脱したエンターテイメント系のほうが良いと思えるかもしれない。
本書のもうひとつの特徴はいたるところに実際に起きた事件を取り入れて物語を創っているところ。もちろん、基本フィクションであるので、史実を完全に取り入れているわけではないのだが、それを時間の枠組みに取り入れることにより小説としての重みを増すことに成功している。
実際に起きた事件のタブーに踏み込んでいるような部分もあり、映像化などにより世間一般に広めるのは無理と思える内容。ゆえに、ミステリ界の裏側でひっそりと記憶に残る一冊として残しておきたい本。一応、年末のランキングなどではベスト10に入っていたりもしたのだが、ページ数の厚さと内容の重厚さゆえに、読んだという人は決して多くはないと思われる。
<内容>
冬の早朝、高校で警備員兼用務員を務める元警官の桜木は、校庭で女子生徒の全裸死体を発見する。彼女はこの学校の学生であり、理事を務める者の娘でもあった。現在この学校では用地売却を巡る騒動に巻き込まれており、その件に関するいざこざに巻き込まれた可能性が挙げられた。桜木は元警官であるという経験を買われ、理事長から事件の真相をひそかに調べてもらえないかと頼まれる。桜木が事件を調べてゆくと、意外な事実が浮かび上がり・・・・・・
<感想>
いや、相変わらず内容盛りだくさんの濃厚なミステリ作品を書いているなと驚かされる。この作品は書かれた当時はそれほど話題にはなっていなかったと思うのだが、香納氏にしてみればこのくらいの作品を書くのはあたりまえということもあり、いちいち取りざたされることはないのであろう。
今作もまたさまざまな要素がこれでもかといわんばかりに盛り込まれている。校内に張り出される怪文章、学校の用地売却を巡る闘争、それに関わる理事たちの不倫や売春疑惑、暴力団を加えての汚職事件と、学校関係だけでも事件の発端となりえるものが数多くある。
また、主人公である桜木自身にも数々のドラマが盛り込まれている。警察を追われた理由、桜木の成長過程の出来事と高校時代に起こした事件、そして高校時代の恩師との再会。
さらには、学校内で事件に巻き込まれた生徒たちは、かつてシェルターと呼ばれる施設で過ごしたことがあり、そこで起きた凄惨な事件から未だ逃れられないという過去をひきずっているという要素まで付け加えられている。
こういった、どれかひとつだけでも十分に小説のネタとなる要素を盛り込みながらも、物語を破たんさせずに一気にラストまで駆け込んでゆく筆力はすごいといえよう。ただし、多く盛り込んだがゆえに消化しきれなかったというものもなきにしはあらず。また、これだけ引っ張った割には、最後にいまひとつ捻りがなかったかなというのが気になったところ。
なんだかんだと言いつつも、いつもながらの香納氏の物語の構成力やリーダビリティには感心させられるばかり。こうした内容の濃い作品を最近は間隔を開けずに書き続けているのだから頭が下がる思いである。ただ、まだ一般的な知名度に乏しいのは、やや物語が濃すぎるところにあるのかもしれない。東野氏みたいな有名作家になってもおかしくはないのになぁと思っているのは私以外にも結構いることであろう。
<内容>
話すことのできない障害を持つ麻生純はホームヘルパーの仕事で生計を立てていた。彼女は現在、暴力団の先代の妻・絹代に気に入られ、彼女の家に住み込みで介護をしていた。純は絹代を車椅子に乗せ、いつもの喫茶店へ行くと、最近よくそこに居座っている男の姿を目にする。すると、男は突然外に飛び出し、外からは銃声のようなものが! どうやら男は、病院から出てきた大物政治家を殺害しようと企てていたらしい。しかし、それに失敗し、何者かに命を奪われる羽目に。純が、偶然その男の最後を看取ることとなったのだが、男は純に“世界の終わりを救ってくれ”と告げるのであった。この事件をきっかけとして純は、大きな陰謀のなかに巻き込まれていくこととなる。
<感想>
異色ハードボイルドと言えよう。何が変わっているかといえば、主人公。なんと話をすることのできない20代後半の介護士の女性。さらには、ここで用いられる事件も途方もないもので、国家を巡る陰謀劇へとまで発展していくこととなる。その大きな陰謀劇に普通どころか、ハンデのある一般人の女性が立ち向かっていかなければならないのだから、本当に途方もない物語と言えよう。
そんな彼女を助けるために、さまざまな人物が登場する。暴力団の先代の妻でキップのいい車いすに乗った老女、格闘家で自分の身一つで生計を立てる女、その女のマネージャーである小人。主人公が口をきけずにコミュニケーションがとりにくいということもあり、主にこの3人が関係者から話を聞いたり、行動を起こしたりする。とはいえ、決して群像小説ではなく、基本的に主人公の純が始点となって物語が進められるので、読んでいて混乱させられることはない。
そうした彼女らに対し、謎の言葉を残して死んだ男、純たちの前に何度も立ちふさがる爬虫類めいた男、定年間近の刑事、事件の鍵をにぎる病院の医師。こうした人物らを含めて、カナリアの兄弟、磯村機関、成田コネクション、新種の麻薬などといった謎の文言を追いながら、物語が展開していく。
香納氏の作品らしく、話がよく練られており、ハードボイルド・ミステリとしてよくできていることは間違いない。ただ、個人的にはやはり主人公の存在が弱かったかなと。基本的に主人公は巻き込まれ型の典型であり、自ら積極的にという感じではない。他の登場人物の積極性につられて、先へ先へと進んでいくという感じ。最後のほうではそれによって自主性が芽生えて、という展開を描きたかったのかもしれないが、この物語の中ではやっぱり存在感が弱いと感じられてしまう。口をきけなく、コミュニケーションがとれないというのは、物語を描く上でかなりハンディなことだと思うのだが、そうしたものに挑戦したいという気持ちが著者のなかであったのだろうか。野心的というよりは試験的な作品といったところか。
<内容>
「無人の市」
「流 星」
「指先からめて」
「冬の雨にまぎれて」
「雪の降る町」
「ガリレオの小部屋」
「海鳴りの秋」
<感想>
あとがきによる香納氏は短編を書くときは、短編集としての完成形を意識してひとつひとつの短編作品にとりかかるとのこと。本書についても、共通項というほどではないのだが、編集者や作家、さらには広告業者など、そういった業界関係にかかわる者を主人公としているよう。
「無人の市」 編集者が有望な新人作家に出会う話。ただ、その作家は男女共作で本を書いているというのだが・・・・・・
「流 星」 かつてバッテリーを組んでいた男とその野球部のマネージャー。とある事件から過去を思い起こすこととなり・・・・・・
「指先からめて」 ポルノ雑誌の編集者として勤める女の葛藤と出会い。
「冬の雨にまぎれて」 眠れない男がマンションにて騒音トラブルにと人間関係に悩むこととなり・・・・・・
「雪の降る町」 東京へ出た女が15年ぶりに小樽に戻り、幼馴染と出会ったのであるが・・・・・・
「ガリレオの小部屋」 男は自分が成長する途上で会った、三人の男のことに思いはせ・・・・・・
「海鳴りの秋」 僕が警察に補導されたとき、離婚したはずの元刑事の父がひきとりにきて・・・・・・
「無人の市」、「指先からめて」あたりは業界関係の作品という感じ。
「流星」、「海鳴りの秋」はハードボイルド作品。前者は過去の友情の話であり、後者は親子の物語である。
「冬の雨にまぎれて」、「雪の降る町」は異色作。特に「雪の降る町」は、前半は平凡な帰郷小説のようにも感じられたのだが、後半に思いもよらぬ展開が待ち受けていた。
「ガリレオの小部屋」は、なんとなくロードノベルのような感じとして読める作品。
純然たるミステリではない作品も多かったのだが、バラエティ豊かで楽しむことができた作品集である。過去に読んだ大沢在昌氏の短編集をなんとなく思い起こした。
<内容>
警視庁歌舞伎町特別分署、通称K・S・P。そこの特捜部のチーフを務める強面の沖幹次郎は、新署長就任ということでスーツを着用して出社してきた。すると、署のビルの前で犯人を連行中の刑事がビルから狙撃されるのを目撃することに! 沖たちはただちに犯人を追いかけるが、一人は射殺したものの、もう一人には逃げられてしまう。いったいK・S・Pと歌舞伎町の街に何が起ころうとしているのか。沖は新署長との軋轢のなかで、部下たちとともに真相を追及していく。
<感想>
“K・S・P”って何のことかと思っていたのだが、読めばすぐにわかるように書かれており警視庁歌舞伎町特別分署のことを指している。新宿で起こる外国人犯罪などの特殊な事件を捜査するための分署であり、そこの特捜部のチーフである沖幹次郎が主人公となる作品。香納氏にしては珍しくシリーズ作品である。
歌舞伎町にて外国人や暴力団組織を相手取り捜査をするため、さまざまな利害関係が起こり、それらは警察内部の癒着にまで発展する。いろいろな人物・組織との結びつきが考えられてゆくために、決してわかりやすい内容とはいえない。さらに言えば登場人物もかなり多い。
それでも基本的には単一となる沖の視点で話が繰り広げられ、沖が一癖二癖ある部下たちに行動を指示し、事件解決を導くという警察小説であるゆえに、スタンスはわかりやすい。今作は最初の作品ゆえに馴染みが薄いが、シリーズとして続けて読んでいくとだんだんと取っ付きやすくなっていくのではないだろうか。
通常の警察モノと比べるとややハードで敷居の高い作品のように思えるが、それだけに読み終えた後には達成感の高い作品となり得ることであろう。こんな警察小説もあるということで、興味のある人は一読してみてはいかがか。
<内容>
自殺サイトによる心中によって妻を亡くした“私”は失意でアルコール付けとなる日々を送りながら、なんとかネット古本屋にて生計を立てていた。そんな中、ネット心中についての事件記事を書こうとしていた知人のライターを惨殺死体で発見することに・・・・・・。心中で亡くした妻と運命を共にしようとした女性の弟であるジローらと私は事件渦中に巻き込まれてゆくことに。
<感想>
暗い、ひたすら暗い内容の作品。途中まではアル中男の再生を描いた作品かとも思われたが、後半の展開はそれをうらぎるような形となっており、常に闇の中をひた走るような内容となっている。ノワールとう形式とは、また違った形で心の闇を描いた作品といえよう。
内容は、ネット心中による自殺に関わった者達が、次々と殺害されるという事件に、同じくネット心中によって残された家族の者達がその事件に巻き込まれてゆくというもの。主人公は妻が自殺をとげた後に、アル中となった中年男性。その主人公もまた、ただ単にアル中になったというわけではなく、そこに至るまでは複雑な経緯をたどっている。
話の途中までは、過去の全貌が明らかになっていないので、その過去の事件に何か原因があって今回の事件が起きたというように感じられた。しかし、最終的に話を整理してみれば、過去の事件はそれぞれが一応は収束しており、今回の事件は生き残った(もしくは残されてしまった)者達の狂気が招いた新たな事件であったように思える。
本書のタイトルとなっている“第四の闇”というのも、さまざまな深い意味があるように思えるのだが、“加害者”“被害者”“自殺者”といったものを越えてひとつの事件が起きれば、その三者の家族達に深い影響を残すということが読み取れる。また、集団で心中をした場合には、亡くなった者と生き残った者という区別が生じることもあり、そこにもまた闇のスポットが当てられるということも描かれている。
さらには、主人公が秘める“闇”というものもあり、一概にどれが“第四”なのかというのは言い切れないのだが、本書ではこういった事件を通して、その周囲の人たちに与える影響というものを描いた作品であるということがいえるだろう。
この作品はミステリ作品としての比重も大きい一方で、社会派小説としても大きな意味を持つ作品といよう。さらには、この物語のラストについて考えてみると、心の闇を背負った者の贖罪を描いた作品であるというふうにもとることができる。
<内容>
バーのマスターである斉木のもとに、弟分である悟が転がり込んできた。悟はいつもやっかいごとがあると斉木に助けを求めてくる。元々裏稼業で生きてきた斉木であったが、何故か悟の頼みは断れず、いつもしりぬぐいをすることに。そんな悟が女をめぐるトラブルを起こし、暴力団から追われているというのだ。斉木は悟をかくまおうとするのだが、銃を持った男達から襲撃を受ける羽目となる。命からがら逃げはしたものの、結局つかまり、斉木は命を落と・・・・・・したはずだったのだが、時間をさかのぼった状態で目覚めることに! そして今度こそは命を落とさずに、悟を救おうと決意するのであったが・・・・・・
<感想>
4年越しの積読本。単行本で出た当時に買っていたのだが、すでに文庫本が出てしまっている。タイトルからすると、ほのぼのとした内容のようにもとられるのだが、実際に読んでみると、それとは反するもので、のっけから銃を持った男に襲われたりと、結構物騒な内容である。
物語の核となっているのは、命を落とした男が分岐点へと戻り、そこで正しい選択を見つけて、よりよいエンディングを目指すというもの。いわゆるアドベンチャーゲーム系の物語である。生き返ることの根拠は、さほど強いものではないのだが、だからといって、それが物語を損なうということはない。
主人公の斉木が生き返りを果たしながら、弟分の悟が抱える真の問題、斉木の過去にまつわる謎、死んだはずの斉木の恋人についての謎、彼らを追いかける組織の真の目的など、徐々にそれらが明らかになっていく。
展開がスピーディーで面白く読むことができた。雑な内容になりそうなところを、著者の力量でそれなりにまとめているなと感じられた。とはいえ、やはり実験的な作品であるという印象が強い。まぁ、香納氏がこういった作品も試してみたかったということなのであろう。
<内容>
男が目を覚ますと、そこはホテルの一室であった。そばには、アンと名乗る女がいるものの、自分が何者なのか、今まで何をしていたのかすらわからない。どうやら、自分はなんらかの犯罪にかかわっており、船に乗っていた際に、その船が爆発したショックで記憶を無くしたようである。さらには、男が所有しているというデータを手中に入れようと、複数の勢力が執拗に彼を付け狙う。そうした追手から逃げ延びつつ、男は自分の記憶を取り戻そうとするのであったが・・・・・・
<感想>
タイトルからは想像できないようなハードな内容の作品。記憶をなくした男が、華僑マフィアをめぐる陰謀に巻き込まれてゆくというもの。読んでいて、なんとなく場面場面が香能氏描く別の作品の「K・S・P」とだぶっているような印象を受けた。
記憶をなくした男が主人公といいつつも、決して単なる巻き込まれ型の話ではなく、主人公自身が積極的に事件に関わっていく。自身の記憶を取り戻したいという葛藤のみならず、元々疑い深いうえに、状況をしっかりと把握していないと気が済まないという性格がそうさせるよう。
ただ、この主人公が動けば動くほど、あたり一面死体の山を築いていく。それでも舞台は普通に東京であったりする。主人公がどの勢力に属しているのかもわからず、敵対していそうな勢力も多数。公安警察にCIA、華僑マフィアの各勢力の面々。さらには、主人公自身に深く関係すると思われる人物たちまでもが次々と現れることに。
徐々に自身の身元を確認するというだけでは話が収まらず、自信がどの勢力に属し、何をしようとしていたのかを確かめなければ収まらない状況。ただし、周囲の者たちは、そんな彼を利用しようとしており、誰の話が正しいのかさえわからないという様相。そんな状況が最後の最後まで続いていく。
最後まで読めば、確かに納得のいく真相がきちんと待ち受けているものの、それが作品の主題ではないように思える。こうした困難に追い詰められた男の生き様が問われた物語のように思えてならなかった。自身が困難な状況に陥っているからといって、決して安易な結末に飛びつかず、状況を見極めたうえで冷静に考え、納得のいく行動をとると。ただし、あくまでもアウトサイドに属するものの話であり、美談ではないのであしからず。
<内容>
弘前中央署会計課に勤務する小松一郎は、突然事件現場に呼び出されることに。その事件とは被害者の頭蓋骨が切断され、切り口に沿って釘が飾り立てるかのように刺されているという猟奇事件。実は26年前にも同様の5体の死体が発見されるという連続殺人事件があったものの、迷宮入りしたままとなっていた。現場で小松を待っていたのは、警視庁捜査一課の風間警視正、かつての幼馴染であった。実は26年前、小松と風間は26年前、“キング”と呼ばれた連続殺人犯が起こした事件にかかわり合いを持っていたのだ。風間は現地の状況に詳しい小松の協力を得て、是非とも真犯人を捕まえたいという。小松は内勤警官ゆえに現場に出ることにより、同僚の刑事たちからの冷たい視線を浴びつつも渋々ながら捜査に乗り出すことに。
<感想>
「贄の夜会」「冬の砦」に続き、香納氏が、また濃い警察小説を打ちたててきた。猟奇事件あり、内勤刑事の葛藤あり、過去と現在のしがらみありと、とにかく濃い内容の作品となっている。
本書では特に猟奇性がUPしているように感じられた。何しろ頭蓋骨を切り開き、釘により冠のような装飾をほどこすという念のいれよう。ただ、そんな派手な事件を扱っている割には、世間の注目や捜査本部に熱が感じられないなど、温度差を感じてしまう。実際、ここまでの事件が起きれば、いかに田舎の警察であろうともう少し力のいれ具合が変わってくるのではないだろうか。
事件を追っていく捜査の方法、物語の展開については申し分がない。ただ、事件の解決に関しては、こういった結末でいいのかと物足りなさやすっきりしない部分などが残ってしまった。
また、本書を読んでいて一番感じたのは、主人公である小松一郎に対してなのだが、まずは自分の身辺整理をもっとしておけよ、と突っ込みたくなってしまうところが多々あること。それでは事件に集中できないだろう、もしくは事件の関わっている場合じゃないだろうなどと言わずにはいられなくなる。
ただ、改めて考え直してみると、この作品の焦点は実は猟奇事件やその陰惨さなどではなく、主人公・小松一郎の再生を描いたものであり、この事件を通して今まで自分の体にためた錆を洗い流す作業を描いたものということに気がつく。よって、注目すべきは陰惨さや連続殺人事件の在りようなどよりも、小松一郎が本書におけるさまざまな分岐点でどのような選択をとるのかということになるのであろう。
(本文より)
「刑事さん、人生についだ染みは決して落ぢない。そったふうに思うごとはありませんが?」
「あります。 しかし、必死に落どそうとしています」
<内容>
K・S・Pのチーフを務める沖幹次郎はその座を下ろされ、部長として今まで署長の秘書であった村井貴里子が就任することを告げられた。新しく来たばかりの署長の人事に腹を立てる間もなく、事件が勃発する。以前の事件で捕まえ損ねた朱栄志が爆弾魔の朱向紅と組んで復讐を始めたのだ。さらにそれだけではなく、暴力団の利権を争う動向も見受けられ、K・S・Pはその対応に追われる。そして沖の目の前でひとりの巡査が命をかけて電車にひかれるところを助け出した女性と、その現場にいた謎の男。やがて、彼らも事件の渦中へと入り込んでゆくこととなり・・・・・・
<感想>
「K・S・P」といえば、香納諒一氏の作品の中で唯一のシリーズ作品と認識していたのだが、この作品のあとがきを読むと(文庫版)なんと全10冊予定の大河警察小説であるということが判明した。まさか、そこまで長大なものを構想していたとは。確かに今作品を読んでみると、シリーズというよりは、ほぼ前作の続きとして始まっている。そんなことで、この「K・S・P」は、作品の途中から読んだのでは意味のとりにくい、一連の長大な小説であるということがわかった。
今作では、前作に取り逃がした朱栄志との新たなる戦いが繰り広げられる。さらには関東での暴力団勢力図を一変させようという動きが出てくる。そこに自殺を遂げようとした謎の女性の正体までもが絡んでくるという内容。この一冊のみとして注目しても、さまざまな要素が目白押しで、怒涛のように一気に駆け抜けてゆく濃厚な警察小説として完成されている。
この作品は、基本的には主人公の沖刑事と視点で話が進められてゆく。それゆえに内容が多少複雑ではあるのだが、うまく話がまとめられており、読んでいる方も物語に入りやすい。ただ、時々他の登場人物が主となる視点が入り混じるのだが、あえて群像小説になり過ぎないように調整しているところが絶妙で心憎いところである。
また、今回シリーズとしてのキーワードも数多く出てきており、今後どのような方向へと進んでいくのかを考えてゆくのも面白い。今作では特に、主人公である沖の上司となった、やり手の女性警官の存在が気になるところ。また、沖の同僚たちも徐々に存在感を見せ始めている。
この第2作目で一番の存在感を出していたのは元刑事から極道となった鬼崎であろう。物語の役割上では脇役と言ってもいいほどでしかないものなのだが、人としての存在感が存分に出されている。その彼の存在感がなんともいえない余韻となり沖の心中に残るところがまたなんともいえないところである。
<内容>
廃墟の撮影に訪れていたカメラマンの辰巳翔一は、その廃墟のなかで死体を発見する。その町は空港建設計画により揺れており、反対派と賛成派で割れていた。死体となって発見されたのは、反対派の女性ジャーナリスト。殺害された女性の元夫である地元記者から辰巳がかつて探偵業をしていた腕を買われ、事件について調べてくれないかと依頼される。気軽に依頼を引き受けてしまった辰巳であったが・・・・・・
<感想>
あとがきを読んでから気づいたのだが、ここに登場する主人公は「春になれば君は」(改題「無限遠」)に出てきた主人公と同じ人物であった。香納氏が、シリーズとして描く作品は少ないので、まさか前に登場した人物が再登場するとは思ってもみなかった。
内容は、空港の建設計画によって対立する町で起きた事件を描いている。ただし、事件は空港建設計画のみによって起きただけではなく、小さな町のなかで昔から続く人間関係やかつて起きたホテルの火災など、多岐にわたる複雑なものとなっている。
小さな町で起きたちょっとした事件という気もするのだが、それにしてはやけに複雑なプロットに仕立て上げたなと感心する。ちょっとしたサスペンスが思いもよらぬ広がりを見せ、大きな絵図を完成させることとなる。ただし、人間関係に関しては、基本的には一つの町の中での過去から現在に至るものという領域からなるべくはみださないように描かれていると感じられた。
文庫版のタイトルとなる「蒼ざめた眠り」というのも意味が伝わりづらいものの、元々のタイトルの「虚国」よりはいいかなという気がする。香納氏の刊行作品がかなり多くなってきているので、それぞれに気のきいたタイトルをつけるというのもずいぶんと難しそうである。