<内容>
詩人・イェイツが薔薇に例えたアイルランドの自由。その鍵を握る武装勢力NCFの副議長が、スライゴーの宿屋で、何者かに殺された! 悲願のアイルランド和平実現を目前に控えた政治的な理由により、警察への通報はできない。外部犯の可能性も消えて、泊まり合わせた客は、NCFの手によって拘束された。誰が、何のために・・・・・・
<感想>
全体的に話が実にうまくできている。設定としては特殊な嵐の山荘もの。よって、設定自体はがちがちの本格推理小説ではあるのだが、全体を通してみるとサスペンス小説のように感じる。
話の背景は北アイルランド独立にあり、その紛争における交渉の駆け引きにより、舞台は外部と連絡をあえてとだす。そのことにより嵐の山荘状態になる。そして事件自体もそのアイルランド紛争における思想や行動によって進められていく。事件性もうまくその背景に融合しており、そのままきれいに収束されていく。よって、うまくできていることにより、かえってその背景自体のほうが突出してしまい事件のほうはなんとなく隅にやられてしまったように感じられた。
あまりうまく描きすぎると、物語というのはどうも社会派のほうへと傾いてしまう傾向がある。この比重というのはなかなか難しいところだろう。
<内容>
那覇空港で、ハイジャック事件が発生した。ハイジャック犯の3人はそれぞれが乗客のなかの乳児を人質とし那覇警察署に要求を突きつける。現在、那覇警察署に拘留されている石嶺孝志をこの場へ“連れてくること”と。
ハイジャック犯の3人がとある目的を果たそうと航空機の中に立てこもっている最中、突如トイレへと立ち上がった女性が死体で発見されることに! いったい誰が、何のために? そしてどうやって?
<感想>
本書は極上のサスペンス・ミステリーとして出来上がっているのではないだろうか。そしてさらにその中にロジックまでが組み込まれている。これはなかなか贅沢な一冊ではないだろうか。
本書での一番見事だと思えるところはサスペンス・ミステリーたる内容であろう。何故ハイジャックが行われたのか、彼らの目的は何なのか、そして彼らは本当にその目的を達成することができるのか。この一連の流れと緊迫した内容には読んでいる最中、本から目を離すことができなくなる。そしてラストにおける驚愕の結末と息をつく暇もない展開にはおそれいる。とにかく印象的な作品であった。
そしてそのサスペンスのなかに挿入されたロジック・ミステリーの部分。これは不可能犯罪を扱ったもの。緻密な計画を立てたはずのハイジャック犯たちが混乱せんとするなか、彼らは乗客のひとりにこの謎を調査しろと依頼する展開。そして必然性と偶発性の中で起きた事件が論理的にときほぐされていく。このロジックも単体のものではなく、物語り全体として練られていたのだから驚きである。
なんか、ほめちぎってばかりだが、気になるところも多少はあった。全編において緊迫した雰囲気がただようものの、その状況下で推理が展開されるというのは少々違和感を感じてしまう。ハイジャック犯の3人が一同に集まって、あれやこれやと議論していて大丈夫なのかと、読みながらいらない心配をしてしまった。やはり緊迫した雰囲気の中で論理的推理を展開させるという状況を挿入するのはなかなか難しいことなのではないだろうか。
とはいえ、そういった欠点を感じたにせよ、本書が面白いミステリーであるということは間違いない。これは今年の本格ミステリーの収獲であろう。
<内容>
羽田国際環境水族館。この水族館は一時閉鎖の危機の追い込まれていたのだが、スタッフの力により持ち直し、現在では首都圏の人気スポットのひとつと言われている。
その日は水族館を建て直したスタッフの中の功労者の一人であり、仕事中に不慮の死をとげた片山の命日であった。その命日に水族館職員の元に一台の携帯電話が届けられ、職員を脅迫する内容のメールが送られてきた。水族館の魚たちと、長い時間をかけて築き上げた水族館の評判の危機を前に職員達は犯人の要求に対しどのような行動をとるのか? また犯人の要求することとはいったい!?
<感想>
久しぶりに熱中して読み上げた本という気がする。先行きが気になり、睡眠時間をけずって一気に読み上げてしまった。
本書はノンストップ・スピード・サスペンスであり、なおかつその中で論理的な推理展開がなされているという「月の扉」以来、石持氏以外にはなしえないような描き方で書かれている。
内容は一風変った“脅迫もの”といってよいのだろう。狙われるのは水族館であり、現金を要求されている。しかし、犯人の真の狙いが現金であるとは決して思えないような行動を犯人は終始取り続けている。ここでそれぞれの水族館職員がとる行動がポイントであり、職員らとは旧知でありながらも部外者である深澤の眼がその裏に隠された真の狙いを探り出そうとしてゆく。
そして物語の途中でさらなる事件が起き、話はますます混迷きわまり、複雑な様相へと展開してゆく。結局のところ事件の全てを解く鍵は三年前に亡くなった片山の死に真相が込められており、それを解き明かすことによって事件の全てが解きほぐされてゆくようになっている。その解きほぐし方が論理的に行われており、この部分が本書の推理小説としての評価を高めるものとなっている。
また本書の特徴はミステリーというだけではなく、夢にあふれた作品となっており、そのことも読んでいる者の心を惹きつけて止まないものとなっている。物語の中で大きな謎のひとつとなっている不可解な死を遂げた水族館職員・片山はいったいどのような夢を描いていたのかということが明らかになったところが本書の最大の山場であるといえよう。
ラストはあまりにもうまくいきすぎという感もあるのだが、うまくいって当然という水族館職員たちの情熱が感じられ、細かいことなど放っておいて全てを許容したくなる気持ちになってしまう。
こういう良い小説は多くの人に読んでもらいたいと心から薦めたくなる本であった。
<内容>
天文部の合宿が行われた次の日の朝、姉が死体で発見された。しかも姉は誰かにレイプされかけたような格好で発見されたのだが、この時代において男が女をレイプするということはほとんどありえないことであった。成績優秀で男性化候補の筆頭であった姉が何故殺されなければならなかったのか? そしてやがて事件は連続殺人事件へと発展して行き・・・・・・
生前、姉が妹に残した言葉“BG”とはいったい何を意味するのか!?
<感想>
最初は普通に読んでいたのだが、やがて物語の中の世界が普通とは異なる世界であることに気づかされる。なんと、この本で描かれている世界では生まれてくる子供達はすべて女性として生まれてきて、その内の一部が男性になるという世界であった。これまた特殊なSF世界を構築したものだと度肝を抜かれた。そして、その特殊な世界の中で殺人事件が起き、その設定ゆえの不可解な行為についての理由付けが探偵活動となってゆくという内容である。
本書は構築された世界の理論によって最終的にはきっちりと謎が解かれるものの、厳密なる探偵小説とは少々異なるように感じられた。物語の展開としては、SF世界が設定され、その世界の舞台裏を除いていくうちに色々と新たなる設定が明らかにされ、そして最終的に真相へと到達するというもの。よって、探偵小説というよりはSFの物語を読まされたという感触である。
そのSF的な内容の小説をサスペンスチックに味付けした、なかなか惹き込まれる内容の本であった。ミステリーとしての整合性も読み終わった後に、考え抜かれているなと感じさせられた。そして何よりも大きなインパクトが感じられる内容の本であった。いやはや、色々な本を書いてくれることだと、ただただ感心。
<内容>
貸切のペンションにて同窓会を行うことになった7人。そのうちの1人は、メンバーの中のある者を殺害する計画を練っていた。さらには殺害するだけではなく、とある目的も遂行しようと懸命に策を弄するのであったが・・・・・・
<感想>
ページの薄さといい、同窓会の際に起きた殺人事件という設定といい、気楽に読める簡単なミステリーだろうと高をくくっていたのだが、実際に読んでみたらそんな思い込みはぶっ飛んでしまった。これはかなり密度の濃い、変ったタイプのミステリー小説である。
本書はジャンルとしては“倒叙”もの、いわゆる犯行を行った側の視点から進められる話となっている。よって、誰がどのようにして犯行を行ったのか、という事は最初から明らかなのだが、何故といった動機全般に関しては伏せられたまま話が進んでゆく。また、本書が凝っていると思われるのは、“いつ”犯行が露呈するかというところに焦点を当てているところである。犯行が明らかになるのを必死に引き伸ばそうと画策する犯人と、そこに作為的なものを読み取り何が隠されているのかを暴こうとする探偵役との駆け引きがとても面白い。そして話が進むにつれて、徐々に大きな意味を持つことになってくる「扉は閉ざされたまま」というタイトルが物語に大きな効果をあげているという事を否が応でも気づかされる。
いや、こういう話の持って行き方もあるのだなと感心させられてしまった。今、本格推理小説の書き手の中では石持氏が一番何かをやってくれそうな作家であるということを誰もが認めざるを得なくなる作品。
<内容>
ダイビングに参加した6名は、荒波の中取り残されながらも、ひとつの輪になって懸命に救助を待ち、無事保護された。その事件によって6人はかけがえのない仲間となった。しかし、ある日いつものようにダイビングを終えて部屋で雑魚寝をしていたとき、そのうちのひとりが服毒自殺をした。彼女の死にはいったいどのような意味が・・・・・・。
<感想>
雰囲気としては西澤保彦氏が描くミステリーのような感じであった。ひとつの事件があり、それについて延々と推論を繰り返すというもの。ただ、本書ではその事件自体が一風変わったものとなっている。というのは、自殺をした女性の行動に対して、どのような意味があったのかを考えてゆくという内容。6人の互いを信頼できる男女のグループがあり、そのうちのひとりが死んでも、その信頼が揺らがない事を確認するかのような推論を検討していくことになるのである。
という、変わった設定でのミステリーをうまく「走れメロス」の物語と登場人物にかけて話を進めている。その物語性と斬新さは目を見張るところがあるのだが、ではミステリーとして成功しているかというとそれは微妙に感じられた。なんといっても、全編がその討論のみで物語を進めて行くというのは無理があったように思われる。もう少し、全体的な動きが欲しかったところ。また、討論する題材も微妙であったと感じられた。確かに、結末まで読めば全体的に言いたかった事とかはわかるのだが、それを知らずに登場人物たちが最初からそこまで話し合う事ができるのか? というところは疑問である。
それなりに見所は各所にあったものの、どちらかといえば実験的な作品かなというところ。ただ、この著者には巷の意見・反論などにはとらわらず、どんどんこのような野心的なミステリーに挑戦していって欲しいものである。
<内容>
「地雷原突破」
「利口な地雷」
「顔のない敵」
「トラバサミ」
「銃声でなく、音楽を」
「未来へ踏み出す足」
「暗い箱の中で」
<感想>
本書は光文社文庫による「本格推理」と雑誌「ジャーロ」に掲載された“対人地雷”をテーマにして書かれた作品を集めたもの。ひとつひとつは既読のものもあったのだが、このような形でまとめて読んでみるとまたちょっと違う心持で読むことができた。特に、作品によっては同じ登場人物が出てくるものもあり、一連の物語としても楽しませてくれるようにできている。さらに、年代を逆にたどったりと、随所にちょっとした工夫も見られ、さらにひとつの作品集としての価値を高めていると感じられた。
地雷のデモンストレーションの場にて、地雷の爆発により死者が出た事故に対して、論理的に事件を突き詰めていく「地雷原突破」
ミステリーとしてよりも、地雷の有り方について考えさせられる「利口な地雷」
地雷が埋められている地域で生きる者たちの、願いや感情が事件を通して描かれている「顔のない敵」
“トラバサミ”を用いる事により、日本での“地雷”事件を描いた「トラバサミ」
これまたミステリーというよりも、地雷にまつわる金銭的な背景を中心に描かれた物語となっている「銃声でなく、音楽を」
地雷除去に対する未来への夢が描かれている「未来へ踏み出す足」
また、これらの作品集とは別に「暗い箱の中で」だけは、ノンシリーズの一編として納められている。この作品はエレヴェータの中での殺人事件を描いたもの。
<内容>
「人柱はミイラと出会う」
「黒衣は議場から消える」
「お歯黒は独身には似合わない」
「厄年は怪我に注意」
「鷹は大空に舞う」
「ミヨウガは心に効くクスリ」
「参勤交代は知事の務め」
<感想>
石持氏の作品の書評等でよく目にするのは、それなりの理由があれば何をやっても(例えば殺人)よいのかというもの。事実、石持氏の過去の作品では殺人を犯した犯人が警察の手にはかからず、深い悔恨を胸に抱きつつそのまま生活を続けてゆくというものがいくつか見受けられた。別に、石持氏自身が深い理由があれば何をやってもよいということを訴えたいわけではないのはわかるものの、そういった問題が残ってしまうというのは事実であると思える。
そういったモラルの問題が出てしまうのならば、実世界とは別の舞台を構築し、その世界のモラルの中で事件を起こせばよいのではないかと思って書いたのがこの作品なのではないかと個人的にはかんぐってしまう。まぁ、たぶんそんなわけではないのだろうと思うけれども。
と、前置きが長くなったが、そんなわけで今作では実際の日本とは少々異なるパラレルワールドとでもいうべき世界が舞台となっている。一見すると、山口雅也氏が描いた「日本殺人事件」を思い起こすような感じである。ただし、「日本殺人事件」ほどぶっ飛んではいない。
作品を読んでみると、期待通りによくできたミステリに仕上がっている。日本にある、もしくはあった文化を用いて、それらを多少脚色することによって独自の文化のようなものを形成し、さらにはそれをミステリのネタに絡めて行くという手法はさすがとしかいいようがない。
ただし、後半の短編になっていくと、少々ネタが尽きてきたのかなと思えてしまう。最初のほうの“人柱”や“黒衣”では、二重三重の罠を仕掛けたミステリとして仕上がっているが、それが後半ではミステリとしても淡白であり、日本文化のネタとしても物足りなく感じられてしまう。せめて、最後の“参勤交代”ぐらいのぶっ飛んだネタで続けていってもらいたかったものである。
とはいえ、十分期待にこたえられるミステリに仕上がっていることは事実であるので、これは読んで損のない作品といえよう。しかしこれが外国で訳されたら間違った日本文化が伝えられてしまいそうな気がするのだが・・・・・・というのは気にしすぎであろうか。
<内容>
「Rのつく月は気をつけよう」
「夢のかけら 麺のかけら」
「火傷をしないように」
「のんびりと時間をかけて」
「身体によくても、ほどほどに」
「悪魔のキス」
「煙は美人の方へ」
<感想>
社会人である長江高明、熊井渚、湯浅夏美の男女3人が毎回ゲストを迎えながらの飲み会を不定期に開催している。そしてゲストが持ち寄る奇妙な話を推理して、裏に隠される真相に迫るという形式の短編集。アイザック・アシモフの「ユニオン倶楽部奇譚」を思い起こさせるような作品。
これは手軽に読むにはもってこいのミステリ。一日に一作づつ、酒のつまみに読む作品としては申し分ないであろう。また、お酒が好きな人にはたまらない、酒飲みミステリ(宴会ミステリのほうがいいかな?)という背景もおもしろい。
とりあつかっているのは、事件というよりは色恋沙汰。推理というよりも、あくまでも推測という気がし、論理的に飛躍しすぎているようなきもするが、読んでいてそういったことはあまり気にならない。最初の作品だけはちょっと肝が冷えるような内容であるが、他はほとんどがほのぼのとした恋愛ミステリとなっている。
重いミステリ作品の合間に読む短編集としては最適ではないだろうか。
<内容>
「貧者の軍隊」
「心臓の左手」
「罠の名前」
「水際で防ぐ」
「地下のビール工場」
「沖縄心中」
「再 会」
<感想>
石持氏の出世作品「月の扉」で活躍した“座間味くん”が警視庁の大迫警視と再会し、大迫警視から相談された事件を座間味くんが解くという内容の短編集。
ミステリ作品としては、まぁまぁの内容かと。今年読んだ、同じ石持氏の作品の「人柱はミイラと出会う」のように、最初のほうは濃厚であるが徐々に後半薄味になっていくというパターンが見られる。
特に表題作の「心臓と左手」あたりなどはなかなかの内容ではないだろうか。事件を傍観する男の計算高さが冷徹に表されていた。
ただし、どの作品もあまりにも推測のみで語られているところが気になるところ。よって、意外性よりも根拠の乏しさにより、あまり共感できなかった作品も見受けられた。
とはいえ、どれも物語として、それなりにうまく成り立っていると感じられ、ぐいぐいと読ませる力がある作品集になっているのは確かなこと。さまざまな団体(宗教法人、過激派その他もろもろ)が登場する事により、自分の知らなかった世界を見ることができたと感じられただけでも面白かったかなと。
と、ここまでであれば面白い作品で済ませられそうであったものの、最後の「再開」という「月の扉」の後日譚を書いた作品だけはいただけなかった。こんな後味の悪さを感じさせるものを持ってくるのであれば、わざわざ後日譚を書く必要はなかったのではと思うのだが・・・・・・
<内容>
「白衣の意匠」
「陰樹の森で」
「酬い」
「大地を歩む」
「お嬢さんをください事件」
「子豚を連れて」
「温かな手」
<感想>
人間の手からエネルギーを吸収するという外見は人間そっくりの亜種が探偵を務めるという、なんともSFチックな連作形式の短編集となっている。ちなみにその亜種というのは、人間との共同生活を営んでおり、詳しい生態についてはあえて触れられていない。
と、設定については奇天烈なものの、ミステリとして扱う題材については結構普通であったかなと。今までの石持作品の中では「Rのつく月には気をつけよう」あたりに似ているような気がした。
最近の石持氏の短編でよく見られるように、前半はよい作品がそろっているものの、そこから徐々にトーンダウンしていくというが今作でも感じられた。
被害者が白衣をまとっていることのみから犯人を推測してしまう「白衣の意匠」、ふたつの死体と壊れた眼鏡から真相を導き出す「陰樹の森で」、現金を持ち歩かない男が多額の現金と共に死体で発見されるという謎に挑む「大地を歩む」、これらはそれぞれミステリ作品としてうまくできていたと思える。
後半の、痴漢が車内で殺害される「酬い」はやや短絡的、豚のペットを連れた婦人の結婚生活の謎を解く「子豚を連れて」は結末があいまいなまま終わってしまっている。
「お嬢さんをください事件」もミステリとしてはやや薄めではあるが、こちらはちょっと良い話になっているので、違う意味で評価してもいい作品かもしれない。
そして最後の「温かな手」で物語に終止符が打たれているのだが、これはなんとなく予想の付く結末だったので意外性はなかった。それどころか、こういう終わり方でいいのかなと、むしろ疑問に思ってしまった。まぁ、そのへんは賛否両論というところで。
<内容>
大企業ソル電機の社長・日向貞則は医者から「すい臓ガンにより余命6ヶ月」と告げられる。70歳を目前に控え、妻にも先立たれた日向は取り乱すようなことはなかったが、ふと、ひとつだけやり残したことに思い当たる。それは、創業者のひとりで既に亡くなっている親友の息子が、ソル電機で社員として働いており、その男に自分を殺させることによって、復讐を遂げさせることであった。日向はソル電機恒例の幹部候補を対象にした、お見合い研修の場に彼を呼び、舞台を整えるのであったが・・・・・・
<感想>
ミステリ作品というよりは、一つの物語を読まされたという感じであった。内容や設定を見れば、ミステリ作品にしか見えないと思うが、それが何故ミステリっぽくないのかは読んでからのお楽しみということで。
ただ、展開としてはミステリとはいえないにしても、登場人物らの洞察力を楽しむことができるという変わった作品であることも確か。その洞察力や、何も事件が起きていない中で繰り広げられる推理のようなものが本書を唯一ミステリらしい作品にしていると言ってもよいであろう。
本書は厳密にはミステリとは言いがたいものの、物語として楽しめるのは確かである。とはいえ“共感”ということに関しては、私自身としては否定的である。まぁ、こんな変わった物語もたまに読むのにはいいかもしれない。
<内容>
「金の携帯 銀の携帯」
「ガラスの靴」
「最も大きな掌」
「可食性手紙」
「賢者の贈り物」
「玉手箱」
「泡となって消える前に」
「経文を書く」
「最後のひと目盛り」
「木に登る」
<感想>
石持氏が贈る、ちょっと変わった短編集。全編にわたり犯罪色というものはほとんどなく、意外と良い話が多かったように思える。
最初の「金の携帯 銀の携帯」は、昔の漫画「アウターゾーン」というのを思い起こすような内容であった。ちょっと変わった店に入り、そこで奇妙な提示をされた主人公が悩みぬきながらも、ある選択をとるというもの。
このような趣向で全編話が進むのかと思いきやそうではなく、どの短編も“磯風”という苗字の人が登場するだけで(ただしどの人物も別人で男のときもあれば、女のときもある)、他に共通点はない。
本書の趣向は、日常における奇妙に感じられる点について、あぁでもない、こうでもないと考えながら、それを満たす最上の答えを見つけるというものである。ただし、そのような論理的思考がぴったりとくる話もあれば、ちょっとずれているように思える話もある。
会社の経営者を決めるという内容の「最も大きな掌」は、このような趣向がうまくはまる話といえよう。「可食性手紙」に至っては、ラブレターや恋愛の話をそこまで論理的にするのには、どうにも共感がわかなかった。
その他にも、ワインの収集癖を止めさせようとする「経文を書く」、恋人の秘密をさぐる「泡となって消える前に」、友人に株式下落の情報を伝えようとする男のてん末を描いた「木に登る」など、楽しめる話が満載の作品集となっている。
なんとなく、石持氏らしくないような、ちょっと良い味わいの短編集といったところ。万人向けであると思えるので、安心して多くの人に手にとってもらいたい作品である。
<内容>
並木直俊は、とある理由から三人の女性を殺害する事を決意する。ただし、自分に疑惑が及ばないように慎重に計画を進めていく予定であった。それが、あるアクシデントによって、大幅な軌道修正をしなければならないこととなった。並木は一晩のうちに三人の女性を殺害せんとするのであったが・・・・・・
<感想>
なんと、一晩のうちに三人の女性を殺害しようとする男のてん末が描かれるという内容。ほとんどミステリというよりは、ノン・ストップ・バイオレンス・ホラーと言ってもよいような作品。
また、物語が進むにつれて、何故三人の女性を殺害しなければならないのか! などといった背景が徐々に明らかになってゆくという構成で描かれている。
ぱっと、読むと内容が薄いようにも見えるのだが、よくよく考えてみれば、それなりの深さも感じられるという変り種の小説である。
物語の背景に“冤罪”というものが存在するものの、実際には物語とは直接関係ないように思える。それよりも、そこから派生することとなった三人の女性の生き方というものが物語りに深い係わり合いを持つこととなる。そして“覚醒”というまるでSFめいた言葉で語られる単語が物語の核となって最初から最後まで突き進んでゆくことになるのである。
話の進め方によっては、ホラーから突き抜けてSFの方向へと行ってしまいそうな雰囲気の物語をあえて理論的な考察を交えてミステリとして踏みとどまろうとするところは、石持氏らしいといえよう。ただ、緊迫感あふれる犯行の最中に論理的にあれこれと考えてしまうのは、いかなるものかと思えなくもない。
また、きちんとした結論らしきものがでないまま終わってしまったように感じられたのも少々残念なところ。とはいえ、本書の主題は終わってみればわかる気がするのだが、とある登場人物のためだけにある物語であると思えなくもない。
<内容>
勅使河原冴(てしがわら さえ)は幼少時に父親を亡くしてから以後、ずっと不思議な力に護られてきた。彼女はその力をガーディアンと呼んでいた。彼女の身に危険が迫ると、見えないバリヤーのような力が働き、彼女の身を護ってくれるのである。
そして冴がOLとなり、会社内でのプロジェクトメンバーの6人に抜擢されたときに、とある事件が起きてしまう。その6人での会社帰り、メンバーの一人が階段から落ちて死亡してしまったのである。ただし、落ちるというようなものではなく、勢いをつけて地面に飛び込んでいったような状況であったのだ。その時、冴はガーディアンが作動するのを感じ取っていた。彼を殺害したのは、冴のガーディアンなのか? ということは、彼は冴を殺害しようと企んでいたのか!?
<感想>
最近の石持氏の作品はどれも似たり寄ったりのレベルであり、悪くはないのだけれども、どこか引っかかりを感じてしまうというものが多い。また、「温かな手」以来、超自然的な現象を日常に用いてのミステリ作品というものが、よく用いられるようになってきているようである。
今作ではガーディアンというものが超自然現象として用いられている。主人公に対して、悪意のある行動により働くということであるが、若干その設定が一貫していなかったような気がする。主人公の送ってきた人生を振り返ってみれば、別に悪意のない行動に対しても、ガーディアンが護っていたようにも感じられる事例が多々あったように思えてならない。
まぁ、重箱の隅を突付くようなことは置いといて、内容に関しても気になるところがある。というのは、本書は2部構成に分かれた話となっている。そのうち、一部のほうは話としては、まだ許せるような内容なのだが、二部のほうは、ちょっとやりすぎではないかと感じられた。
そもそも主人公がガーディアンという存在に対して、周囲にあけっぴろげすぎるように思えてしまう。ガーディアンの存在はもっと用心深く隠しておくべきではないだろうか。特に二部では武装強盗に襲われたという話が展開されてゆくのだが、この話が終わった後に、主人公は本当に日常の中で普通に生きていけるのだろうかと、いらぬ心配をしてしまう。
どちらかといえば、今まで石持氏が描いてきた作品は、あくまでの日常のなかでの非日常的展開というように感じてきたのだが、ここまでいってしまうと、もはやバイオレンスSF作品である。このような展開にするのであれば、より日常的であった第一部と相反し、違和感ばかりが強いという印象を受けてしまうのだが。
<内容>
「ふたつの時計」
「ワイン合戦」
「いるべき場所」
「壊れた日の傘」
「まっすぐ進め」
<感想>
ミステリというよりは、恋愛ものの連作短編集という色合いが濃い作品。
今までの石持氏の作品のなかでは一番、ミステリ色が弱いように思える。それぞれの短編に謎がもうけられているものの、どれも推測により主人公達が納得しておしまいというような展開になっている。そのためか、読んでいる側としては納得しづらい部分もある。特に「いるべき場所」については、もっと明確な解答が欲しかったところ。
ただ、本書は今まで石持氏が描いた同系の連作短編集のなかでは一番後味よく描かれているとも感じられた。今までの作品では後味がわるかったり、微妙に納得がいかなかったりという結末のものが多かった気がするが、この作品はそういったものに比べればきちんと幕を閉じているといえよう。ひょっとしたら、きちんと終わっているがゆえに、ミステリとは思えにくいということになっているのかもしれない。
まぁ、気軽に読める恋愛連作短編集と言うことで興味のあるかたはどうぞ。
<内容>
携帯ストラップを共同開発したチームのメンバーは、商品の大ヒットを記念して飲み会を開き、大いに盛り上がった。翌日、メンバー全員が二日酔いを抱えながら出社してきたが、そのうちのひとりが突然苦しみだし病院に運ばれたものの死亡する。最初は皆、アルコール中毒だと思っていたのだが、ニコチン中毒により死亡したことが明らかになる。チームに所属する水野は同僚で恋人でもある北見が犯人ではないかと、とある証拠を見つけたことにより疑い始めるのだが・・・・・・
<感想>
スピーディーなサスペンス小説として、うまく出来ていると思われる。結末まで読んでしまえば、意外性というものはそれほどないのだが、読んでいる最中はどのような展開が待ち受けているのか想像もつかず、どんどんとページをめくっていくこととなる。
この作品は、一度結末まで読んでから読み返してみると全く異なる視点で物語を見る事ができるようになるであろう。初読ではサスペンスという趣が強いのだが、二度目に読むと人間の感情というものにより強く目を引かれることとなる。
本格的なミステリ作品とは少々異なる趣であるが、一風変わったサスペンス小説としてうまく成功させている。今までの石持氏の作品に負けず劣らず、アイディアの勝利と言える作品。
<内容>
間もなく昼休みというころ、秋津新聞社の投稿課に一通のメールが届いた。そのメールは女子中学生を誘拐したというもので、秋津新聞社あてに身代金を要求してきたのである。社内で対応するなか、警察に報せるべきと、報せてはいけないという意見にわかれることに。そうこうしているうちに、誘拐犯からのメールが次々と届き・・・・・・
<感想>
読み終えて、じっくりと考えてみると、稚拙な対応と稚拙な計画と言えなくもない。ただし、ここでの出来事はわずか数時間の間で行われたことであり、その時間のなさを考えると、こうした対応もいたしかたのないことなのかもと思えてしまう。
本書を読んでいて感じたのは、誘拐小説とかサスペンス・ミステリとかいう印象よりも、トラブル時の対応を描いた企業小説というイメージが強かった。この事件における会社の対応は決してほめられたものではないと言えよう。しかし、こういった非常識なトラブルを常日頃想定しているわけもなく、混乱してしまうということもいたしかたないのであろう。ただ、やはりこうしたトラブルが起きた時には警察のような第三者ともいえる機関にまかせてしまったほうが良いと思われる(ただし、それでは小説にはならないのだが)。
この作品でなんとなくバランスが悪いと感じられたのは、やけに優秀な記者がひとり登場しているということ。途中から誘拐事件よりも、この優秀な記者を中心とした企業内の事件を描いた小説になってしまったという気がして、少々主題がボヤけたという感じがした。また、それだけ優秀であれば、もう少し違った形で事件を解決できたのではないかと思えてならない。
まぁ、いろいろと注文はあるものの、基本的にはリーダビリティの高い、一気読みできるスピーディーなサスペンス小説であった。個人的には文庫くらいで読むのがちょうどよかったかもと思われる。
<内容>
TURNⅠ
Mission:1「檸檬」
Mission:2「一握の砂」
Mission:3「道程」
TURNⅡ
Mission:4「小僧の神様」
Mission:5「駈込み訴え」
Mission:6「蜘蛛の糸」
TURNⅢ
Mission:7「みだれ髪」
Mission:8「破戒」
Mission:9「舞姫」
<感想>
テロリスト初心者講座というような作品。といっても、テロリストであるがゆえに決して牧歌的な内容ではない。
“テロ”と聞くとハードなものをイメージしてしまが、本書ではもっと深いところに踏み込んでいっている。ここでの“テロリズム”というものは、ただ単に相手にダメージを与えるというものではなく、現政権を打倒した後に新政権がとって代わることのできるものでなくてはならないということ。よって、行き当たりばったりのテロ行為によって批判をあびてしまうようなものではいけないのである。
ゆえに、かなり回りくどい行為が実行されるのだが、それを行うのが若きテロリスト3人組。テロ志願者である彼らが現政権打倒を目指す者たちより与えられた“テロ命令”を実行してゆく。ただし、それらは「レモンをスーパーに置いてこい」とか、「紙袋を電車の中に置いてこい」などといった何をしているのかよくわからない命令。それをミステリの謎解きの代わりに、それらの行為がどのような効果を挙げるものであるかを推理していくという作品。
というわけで、結構変わったミステリ作品でありつつも、極めて石持氏らしい内容と言えよう。連作としてのストーリー展開に納得のいかない部分も感じつつも、それぞれの短編作品としては楽しむことができた。まさにタイトルの“攪乱”という言葉がふさわしい作品と言えよう。
<内容>
Phase1 公開処刑
「ハンギング・ゲーム」
Phase2 教育
「ドロッピング・ゲーム」
Phase3 軍隊
「ディフェンディング・ゲーム」
Phase4 出稼ぎ
「エミグレイティング・ゲーム」
Phase5 表現の自由
「エクスプレッシング・ゲーム」
<感想>
タイトルからして社会派的なにおいが感じられる内容かと思えば、実はこのシリーズであったか。作中の1作目と2作目はアンソロジーにて既読であった。日本とは少し異なる道筋をたどって成長をしていったパラレルワールド日本で起こる事件の数々が描かれた作品。柳広司氏の「ジョーカー・ゲーム」を思い起こさせる作風。
序盤では政府が強権を持つ政治体制について、あまり良い社会であるとは思うことはできなかった。しかし後半に入るにつれ、強権を持つがゆえに思い切った政治政策をとることができ、それが良い方向へと進めばより良い社会になるのではないかとも感じてしまった。
この辺の考えは昔読んだ「銀河英雄伝説」の腐敗した民主主義と善良なる独裁政治の問題につながってゆくようにさえ思えた。ただし、本書は社会的な内容のみを強調しているわけではなく、体制についてもそれほど詳しく書いているわけではないので、一概に何が良いとはいえないものの、実情の日本が現在のような社会情勢であるからこそ色々と考えさせられてしまった。
本書はミステリとしてもそれなりに面白いのだが、なんといっても前述したバーチャルな政治体制のなか、現実の社会では起こり得ないような事件の内容に惹きつけられるものとなっている。
ただ、不満が残る点が一点。それは、最初の「ハンギング・ゲーム」が面白すぎて、それ以降の作品がそれに追従せず、トーンダウンしていくようにしか感じられなかったところ。
特に最後の2編は捻りがなさすぎたようにすら感じられた。また、最初の「ハンギング・ゲーム」と密接につながっているのは最後の「エクスプレッシング・ゲーム」であるのだが、最後の盛り上がりがあまりにも欠けていて、あまりにもあっさりとした幕切れとなっている。他の作品はともかく、最後の最後はもっと盛り上げてもらいたかったところ。最初の「ハンギング・ゲーム」を超える作品がでなかったということが一番の残念なところであろう。
<内容>
株式会社オニセンの経営管理部で働く小林拓真が総務部に印鑑をもらいに行くと、そこで見慣れない光景を目にすることとなる。それはいつもやる気のなさそうな万年係長の松本が部長に食い下がっているのである。とはいっても、松本係長の様子は普段と変わりないのだが、部長の方が席で固まっている。近くにいた拓真が机の上に置かれたファイルを見てみると、そこには“工場事故報告書”という文字が。もし工場で事故などが起きた場合には拓真が務める部署に必ず報告がなされるはずなのだが、拓真はその書類を見た覚えはない。すると、この報告書はいったい何を意味するのか・・・・・・まさかこの一枚の報告書が会社に大きな混乱を引き起こすことになろうとは!
<感想>
石持氏の作品で「リスの窒息」という作品があり、それはひとつの誘拐事件と、それによる脅迫状を巡って新聞社内が大きく揺さぶられる様子を描いた作品であった。本書はその作品から誘拐事件の部分を差し引いたような内容である。
よって、この作品はミステリ的な事件を描いたという面では少々弱い。あくまでも企業内小説という趣が強い作品であると感じられた。
内容はひとつの報告書をきっかけに上層部の面々が激しく対立をし、そして主人公は会議室で何が起こっているのかを予測するというもの。その一枚の報告書を発端として“誰が”会社に“何を”起こそうとしているのかがポイントとなる。
個人的には一枚の出所不明の報告書に対して揺さぶられ過ぎではないかと思われる。例え、それを元に揺さぶりをかけようとする者が存在しているとはいえ、あまりにもボロを出し過ぎではないだろうか。思うように人を動かせるということはすごいことなのだが、実際問題なかなかそうはいかない(←経験談)。それが報告書一枚で・・・・・・というには説得力が欠けているように思えてしまう。
また、元凄腕であったらしい係長が主人公に対して、ずいぶんと上から目線で「君ならどうする?」的な語り口で試している様子も微妙。イメージとしてはこの係長のほうが悪役っぽく思えたのだが。
<内容>
大学院生である田島、坂元、中西の3人はベンチャー企業を立ち上げることにした。その目的は“復讐”。彼らが通う東京産業大学そのものに、復讐をしようと考えていたのである。田島らは投資家の小池から資金を借り、ベンチャー企業を立ち上げ、発展させてゆくことに成功するのだが・・・・・・
<感想>
復讐のために企業を立ち上げ、資金を得て、その資金を元に大学に復讐を遂げようという内容の作品。その過程において、視点となる人物を入れ替え、そこで起こる謎を解き明かしながら話が進められていくので、連作短編形式の小説となっている。
読んでいく途中は面白いと思えたものの、最終的にはベクトルの違う方向へ行ってしまったなと強く感じられた。この物語は、資金を得た後にどのような方法で大学に復讐を果たすのかという点が重要なポイントと言えるだろう。しかし、最後の最後に待っていたのは大学との対決ではなく、別の対決によって話が終幕へと向かうこととなる。さらには、大学に対する復讐においても、全く物語の展開とは関係ないようなものとなっており、ここまでの話はなんだったのだろうとさえ感じられてしまう。
どちらかと言えば、資金にものを言わせてというよりも、アイディアによって大学という大きな敵と対決する物語と思っていたのだが、そういう展開にならなかったのが残念である。話の過程で描かれる推理劇については面白いと思えたものの、ラストがこのような展開となるのであれば、小池という投資家の存在が不必要であったのではと感じられてならない。
<内容>
三砂百合香の父は図書館の館長を務めており、百合香はよくその図書館へ行き本を読んでいた。しかし、その図書館が閉鎖されることとなった。百合香は思い出のある本が廃棄されることを知り、父親に持ってほしいと頼んでいたのだが、当の父親は忙しさのため本を持ってくるのを忘れてしまった。そこで図書館の本が搬出されてしまう前に百合香は友人らとともに三人で図書館へと忍びこむことにした。すると、同じく図書館内に忍び込んでいた見ず知らずの男二人と遭遇する。さらには、図書館のなかにラジコンのヘリコプターが現れ、それらが彼女たちの命を狙うこととなり・・・・・・
<感想>
パニック・サスペンス小説として普通に楽しめる作品であった。
石持氏の作品というと奇妙な状況下におかれた者達が論理と推理を繰り広げながら、その状況を打開するという作品がしばし見られる。しかし、ここ最近はそうした論理や推理が飛躍しすぎていたり、おかれている状況が突飛すぎたりと、やや行き過ぎという作品が多いように思われた。そうした作品と比べると本書は非常にシンプルであり、繰り広げられる推理についても長すぎもせず飛躍もせずと丁度よいくらいの内容になっている。
この作品を読んでいて思ったのは、実際にラジコン機に襲われたらどのようなものなのだろうということ。なんとなく簡単に撃退できそうな気がするのだが、よく考えると何の武器もなく素手で立ち向かうと考えると確かにこの作品のように苦戦(どころか危機一髪)するようなことになってしまうのだろう。まぁ、実際体験したいとは全く思わないが。
<内容>
東京都で起きた連続児童失踪事件。被害者の会が結成され、会に属する6人の男女がとある屋敷の前に立っていた。その屋敷は塀の汚れが人の顔のように見えることから人面屋敷と呼ばれていた。6人の男女は取材と称して、人面屋敷に乗り込もうとしていた。屋敷に住む土佐という男が誘拐犯ではないかという疑いが以前から持ち上がっていたのだった。6人は屋敷に乗り込むのだが、そこでとんでもない事態が起こり・・・・・・
<感想>
“意外性のある展開”と言いたいところなのだが、実際には意外というよりも“おかしい”という感覚しか抱けなかった。
どうにも展開といい、屋敷のなかの様子といい、ストーリーの実情に合わないことずくめである。人面屋敷に住む主人が犯人と疑われたということなのだが、家の中に入ればとにかく疑わしいことだらけで、簡単に無罪放免になるというようなものでは決してない。それが今まで普通に暮らしていたということ自体に違和感がある。
と、まぁ、それだけではなくストーリー全体における設定がおかしなことになっているとしか言いようがない。今まで読んできた石持作品の中で最も微妙な作品であった。
<内容>
わたし、中条夏子はかつての上司に誘われ、旧知の経営者たちが集まる“箱根会”に参加することとなった。当初は参加するつもりはなかったのだが、黒羽姫乃が参加するということを聞き、急きょ予定を変更することにした。そして箱根会当日、私は黒羽姫乃を殺害する。翌日、その死体が発見されることとなるのだが、彼女の手にはカフスボタンが握られていた。私の知らない間に何があったというのか!?
<感想>
タイトルからして、これは怖そうな話だなと感じたのだが、読んでみるとホラー的な怖さが含まれる作品ではなかった。ただし、女って怖いなぁということは改めて思い知らされることとなった。
本書は倒叙小説となっている。犯人による一人称で物語が語られてゆき、犯罪が起きた後、如何にしてその犯罪が解き明かされてゆくかが描かれている。探偵役となるのは、ノン・ノベルの作品にて、まるでシリーズ化しているように殺人現場に登場する碓氷優佳が務めることとなる。
その倒叙小説としての出来は普通であったかなと。最後の解決編部分がやけに淡白であると感じられた。決して悪い内容ではないと思えたので、もう少し色を付けるなり、何なりして見せ場を作ってくれればもっと印象に残ったのではないだろうか。
ラストでは単に何故真犯人の犯行がばれたのかが明かされるだけではなく、カフスボタンの謎を含め、事件の裏で何が進行していたのかが語られることとなる。この作品が別バージョンで別の展開にて書かれれば、面白そうな気もするのだが。
<内容>
「傘の花」
「最強の盾」
「襲撃の準備」
「玩具店の英雄」
「住宅街の迷惑」
「警察官の選択」
「警察の幸運」
<感想>
科警研という部署に所属する津久井操が知人である大迫警視正とその友人である座間味くんに仕事上の悩みを持ちかけ、それを座間味くんが別の視点から事件を見直すという内容の作品集。それぞれが実に石持氏の作品らしい内容となっている。
石持氏らしいというような、よくそこまで推理するな、というところもあれば、そこまで裏を読む必要はないのではとも思えたり、もしくは、そこまでは考え過ぎだろうという、色々な意味を含めての“らしさ”である。
最初の「傘の花」では、細かい点に気がつく座間味くんに対し、なるほどとうならされる。
次の「最強の盾」では、警察がもっとしっかり捜査をしとくべきなんじゃないかと疑問に思ったりする。
「玩具店の英雄」は、そうかなと疑問に思いつつも、よく考えてみると座間味くんの推理に納得せざるを得ない。
「警察官の選択」については、そこまで穿った目で見なくても、とさえ思えてしまう。
と、読む作品によって、色々と考えさせられてしまう。単純に推理を聞いているだけでなく、自らその推理に突っ込みを入れながら読んでいくと楽しめるかもしれない。さらっと読めて、気軽に楽しめる作品であった。
<内容>
卒業旅行にきた男女9人がトレーラーハウスに入ったとたん、そこから出ることができなくなった。ドアや窓の鍵はすべて破壊されており、至る所に卑劣な罠が仕掛けられている。犯人は彼らにメッセージを残しているものの、何故このようなことが行われるのか、一行に見当がつかない状況。いったい、これから何が起ころうとしているのか!?
<感想>
いわゆる“脱出ゲーム”のようなものを想像していたのだが、実際のところはそれとは微妙に異なる印象。
まず最初に感じたのは、登場人物が多すぎでは? ということ。物語の分量に比べて、やや登場人物が多く、消化不良気味。また、内容に関しても、もうちょっと派手なものを期待していたのだが、あまりにも仕掛けが地味。まぁ、それが“卑劣感”をうまく表していると言えないことはないのだけれども。
物語の主軸に置くものが、“動機”であるのか、“仕掛け”であるのか、そこをきっちりしてもらいたかった。読んだうえでは“動機”のほうに比重がありそうなのだが、ただこの動機に対して、犯人がここまで手間をかけるという説得力が薄いと思われた。むしろこういう小説であれば、動機云々よりも“仕掛け”優先にしてしまってもよかったと思われるのだが。
<内容>
一般人らの中から構成員が組織されるテロ組織“V”。彼らは流血沙汰を起こさずに、国民が現在の政府に対して不信感を抱かせるような事件を計画するという集団。その組織の一員たちが軽井沢の施設に呼び寄せられた。今回の課題を告げられた後、集められた八名は、具体案を考え、どのように進行していくかを討論する。そしていったん休憩をとった矢先、事件が起こる。集められたうちの一人が何者かに殺害されたのである。しかし、彼らはテロ組織ゆえ、警察を呼ぶわけにはいかなかった。そうして彼らがとった行動とは!?
<感想>
ここで出てくる組織は、かつてジョイ・ノベルスから出版された「攪乱者」に出てくるものと同じ組織のようである。登場人物の中にも一部、前作に登場した者が存在する。とはいえ、前作と続いているわけではないので、この作品のみを読んでも全く問題はない。むしろ、この作品を読んで興味を覚えた人は、「攪乱者」もお薦めしたい。
最近の石持氏の作品の中では、よくできている部類に入るのではなかろうか。なかなか面白く読めた。本格推理小説的な展開にもかかわらず、テロ組織という事情から、犯人当てという方向へと持ち込めず、そこから予想外の方へと向かっていくこととなる。とはいえ、変な風に破たんすることはなく、最終的には推理小説的な方向へと落ち着くこととなる。
結局は犯人当ての方向へと進んでいくのだが、そこまでの過程が独特の背景ならではと言えよう。真犯人へといたる推理については、いつもながら強引な論理というよりも推測的な部分が多いような気はするのだが、そこまで推測してしまう力技がむしろ凄い。また、背景となっている一風変わったテロ組織の謎についても、トンデモ系の解釈を見せてくれ、物語としても十分に楽しむことができた。
<内容>
優秀な者達が集い、将来の工学者として期待される者たちが学ぶ、さいたま工科大学付属校の選抜クラス。そのクラスに転入生としてロボットがやってきた。その二足歩行のロボットは病気のため学校に通うことができない一ノ瀬梨香が遠隔操作しているのである。ロボットを通して、クラスの者達は一ノ瀬梨香と交流していくことになる。徐々に皆が慣れ始めた矢先、学校内で殺人事件が起こる! その事件が起きたとき、現場近くをロボットが歩いていたようなのであるが・・・・・・
<感想>
これはなかなか面白かった。近未来を描いた学園小説となっているのだが、SFミステリというよりは、工学ミステリという感触が強かった。
殺人事件が起きた時に、近くにロボットの存在が確認される。ただし、ロボットは常時監視されており、殺人には関与していないとみなされる。それでは、誰が殺人を行ったのか? また、何のために殺人が起きたのか?
当然のことながら“何のために?”という部分が、この物語の核となるロボットの存在に深く関わることとなる。その真相が学園の背景や物語にうまくマッチしており、ミステリとしての完成度を高めているといえよう。ただひとつ惜しいと思われたのは、犯人の特定に関しての部分。ここがもっと考え抜かれていれば、もっと作品としての評価が高まったのではなかろうか。
とはいえ、近年では少なくなりつつある、本格ミステリらしい一冊と言えよう。読みやすく、ページ数も適当であるので、気軽に読むことができる作品。
<内容>
楡井和樹は恩師の仇を殺害し、復讐を遂げた。あとは、事件が発覚する前にこの事をかつての親友・設楽宏一に告げなければならない。設楽が果たそうとしなかった復讐を見事自分が遂げたと。設楽邸へと向かった楡井であったが、その日は彼の息子の誕生パーティーだったようで、設楽の妻と妹、そして秘書という3人の女性に遭遇する。彼女たちに歓待される楡井であったが、なかなか設楽に会うことができない。そんな彼女たちに不審なものを抱く楡井であったが・・・・・・
<感想>
復讐を遂げた男に待ち受けていた驚愕の真実! ということで、予想だにしなかったラストに驚かされてしまった。騙されたというようなものではないのだが、意外性のある作品といってもよいであろう。
ただ、話が長すぎる。200ページという薄い作品にもかかわらず、“長い”と感じてしまった。ようするに、短編・中編向きの作品ということ。もっと話を凝縮したほうが、ラストの展開もさらに生きてくると思われるのだが。