<内容>
コンビニ強盗に失敗した挙句、同級生の警察官に追われるはめになり、逃走していた伊藤は気づくと見知らぬ島に上陸していた。その島は、本土とは交流を断っているという知られざる島であった。そしてその奇妙な島に住む住人達もまた奇妙な人々ばかりであった。そのきわめつけは、人語を話す“カカシ”である。そのカカシにはわからないことがなく、未来までを見通すことができるのだという。しかし、“カカシ”は決して未来を語ることはないのだが・・・・・・。
伊藤がその島に来た次の日、島の象徴でもあったその“カカシ”が無残にもバラバラにされていた! “カカシ”は何故、自身で自分の死を阻止することはできなかったのだろうか!?
<感想>
これが伊坂氏のデビュー作であるが、私が読んだ伊坂氏の本はこれで4作目。かなりあとまわしになってしまった。今まで読んだ伊坂氏の作品では、話の途中で色々とエピソードを盛り込みながら話が進んでいくというものであったが、それは処女作からすでに使われていた手法であったようだ。私的には、このような手法はスピード感を殺してしまうように思われるのであまり好きではないのだが、それが伊坂氏独特の持ち味であり、雰囲気を高める効果があるということも確かである。
この作品で一番面白いと感じられるのは、閉ざされた島の設定であろう。外部からほとんど何も入ってこない島、生殺与奪件を持つ男、嘘しか言わないことによって真実を語る画家、太りすぎて動けずに野外で暮らし続ける女性、そして言葉をしゃべる“かかし”。そこは普通の現代的な町でありながら、何かファンタジーめいた情景をかもし出す不思議な町として描かれている。この“不思議の国”めいた町の雰囲気が本書の味となっており、それは興味を惹かれずにはいられないものとなっている。
本書におけるミステリーとしての部分は、言葉を話す“かかし”を誰が殺した(壊した)か? ということがメインとなっている。とはいうものの、この本は犯人探しだとか、本格ミステリーを期待させるようなものというわけではない。ミステリーとしてよくできているとかいうよりは、整合性のとれた物語というように表現するといいかもしれない。
どちらかといえば、この本はその島の雰囲気と変わった住人たちの生活模様を楽しむための本のようにも感じられる。そしてまた本書は主人公のため(もしくは著者自身)の救いの物語でもあるのだろう。
<内容>
「金で買えないものはない」と豪語し、それを実行する画商。単独で行動する泥棒。父親に自殺され、とある出来事によって新興宗教へとのめり込んでいく青年。不倫相手の妻を殺害し、その男と結婚しようともくろむ女。リストラされて途方にくれているとき、野良犬とであった男。
何の関係のない者達のそれぞれの物語はいつしか交錯して行き、ひとつの物語としてつながっていく事と・・・・・・
<感想>
基本としては4つの話が交互に語られていく内容となっている。読んでいるうちに、それぞれの物語が他の物語と関連しているかのような事項や名称が出てきていて、どこかで話がつながっていくのだなと言う事がわかるように話が進められて行く。しかし、実はそれらの物語というのはつながって行くというのではなくて、実は既に・・・・・・というように最終的に話をまとめてみれば、全体図はこのようになっていたのかと驚かされる構成となっていた。
本書の中では幾度か出てくる“騙し絵”という言葉。それがどのような意味をなしているのかは、読了後にわかるようになっている。別に本書は読んでいる者をあからさまに騙すという意図のものではないのだろうが、結局のところ読むものが勝手に迷宮の中へと入ってしまったような感覚に陥るように書かれている。これはまさに絶妙な書き方であるというしかない。文句なしに伊坂氏の代表作といえる一冊である。
<内容>
成瀬は嘘を見抜く名人、さらに天才スリと演説の達人、紅一点は精確な体内時計の持ち主。彼らは百発百中の銀行強盗だった・・・・・・はずが、その日の仕事に思わぬ誤算が。逃走中に、同じく逃走中の現金輸送車襲撃犯と遭遇。「売上」ごと車を横取りされたのだ。奪還に動くや、仲間の息子は虐め事件に巻き込まれ、死体は出現、札付きのワルまで登場して、トラブルは連鎖した! 最後に笑うのはどっちだ!?
<感想>
人物設定が非常に良い。四人の銀行強盗にそれぞれ特技を持たせて、さらにはアットホームに描かれているのは面白い。銀行強盗という緊迫なネタを扱っているにもかかわらず、ほのぼのな雰囲気にて全編描きとおしているのはなかなかの手腕だと思う。
読んでいる最中、話が結構脱線したりと余計な挿話が入るのが気になったのだが、しかしそれが実は物語りに生かされていたという点については驚いた。ただのドタバタ劇かと思いきや、これはなかなか計画された物語である。
シリーズ化をぜひとも希望。けっこう、映像化されたりするかもしれない。
<内容>
遺伝子情報を扱う会社に勤める泉水は異父弟の春と久しぶりに会う。春は巷にあふれるグラフィックアートを壁から消す仕事を請け負っているという。春はそのグラフィックアートから最近起きている連続放火事件の次の現場を予想することができるという。泉水兄弟は徐々にその事件の深みへとはまっていくことに・・・・・・
<感想>
読みやすいのだけれども、読み進めにくい本。一貫した話はあるのだが、それがすぐに横道にそれて細かいエピソードが挿入される。それが終始繰り返されるところに若干読みづらさを感じた。
本書の内容はなんと表したらいいのだろうか。ミステリーであると素直にはいいづらい。簡単に言ってしまうと“舞城系”とでもいったらいいのだろうか。ここのところこういった作品が増えているような気もする。別にミステリーとして売り込まなくてもよいと思うのだが、本書のような内容の本が最近はその境界あたりに位置しているように感じられる。
“このような内容”というものを、もう少し具体的にいえば、謎解きよりも人間関係や己自身に主題が置かれている本。本書では親子の関係に主題を起き、巷で起きている放火事件を通してその関係を改めて再認識していくというもの。
最近は、はやりなのかどうなのかはわからないがこのような内容の本がよく見られる。いや、ひょっとしたらもともとは文学系の本に多く書かれていたような内容なのかもしれない。それが近年わかりやすい内容で書かれ、かつミステリーの多様性によって、今現在の状況が生まれてきたのかもしれない。
結局のところ本書についてはあまり触れなかったのだが、“崩壊しない舞城系”の作品という感触。
<内容>
学生生活のため新しく引っ越してきたアパートで僕は隣に住む青年と仲良くなることができた。しかしその青年は突然「一緒に本屋を襲わないか」と僕に襲撃の誘いを持ちかける。彼はその本屋から広辞苑を盗むのだという。そしてその際、僕に本屋の裏口で見張りをしてもらいたいというのだが・・・・・・
<感想>
あぁ、これは本当にミステリーらしいミステリーに仕上がっている。何か村上春樹を思わせるようなその作調。そして交互に話が進められる現在と2年前の出来事。その二つの話が一つに結ばれたとき、本書は極上なミステリーへと昇華する。これはなかなか驚かされる内容に仕上がっている。そういえば、村上春樹の本に「パン屋再襲撃」とかいうのがあったように思える。本書はパン屋ならぬ「本屋襲撃」といったところか。
この物語の中では、“不安”というものがうまく表現されていると思う。2年前のパートでの動物虐待犯にたいしての不安。現在のパートでの新生活への不安と、奇妙な隣人への不安。物語の背景が学生生活というほのぼのとした情景ながらも、そこには常に付きまとう“不安”が見え隠れし、これらがミステリーとしての効果を高めていると感じられる。
前作の「重力ピエロ」を読んだときは、ミステリーから離れた方向へいってしまうのかな、と思っていたのだが本書を読んで一安心である。この作家には2004年もこういったミステリーを期待したい。これは誰にでも自身を持って薦められる本である。
<内容>
著者いわく、短編集のふりをした長編小説とのこと。
「バンク」 (小説現代:2002年4月号)
「チルドレン」 (小説現代:2002年11月号)
「レトリーバー」 (小説現代:2003年9月号)
「チルドレンⅡ」 (小説現代:2003年12月号)
「イン」 (小説現代:2004年3月号)
<感想>
短編小説という体裁をとりつつも、五つの話に共通する登場人物が出ていて、連作短編のような作品としてできあがっている。
本書は「バンク」「レトリーバー」「イン」という短編と「チルドレン」「チルドレンⅡ」という短編と少し異なった内容のものとして分かれているように思われる。前者の3作品はそれぞれのとある事件に巻き込まれるものとなっていて、こちらはミステリーとしての内容といえよう。それに対して「チルドレン」のほうは独特な観点から少年犯罪についての見解を述べたかのような(そんなに堅苦しいものではない)内容となっている。
ミステリー系の3作品は銀行強盗に巻き込まれたり、奇怪な出来事に巻き込まれたりと、日常の中で突然変った風景に出くわしたときのことが描かれているようでもある。そして、それぞれの事件が一筋縄ではいかないような結末を有しているので楽しんで読むことができる。
それに対して「チルドレン」のほうは、家庭裁判所の調査員の話。こちらは主人公が子供らの犯罪に対して悩み考えさせられる話が書かれている。そしてその悩める主人公を一方的にひきずってゆき、話全体をかき回してゆくのが異色の調査員・陣内という男。この陣内という男は前述の3編の短編にも出てくるのだが、彼の奇天烈きわまる行動によって物語の全てが引きずられてゆくといってもいい。その独自の見解、考え方には登場人物だけでなく、読んでいるものさえ一緒に引きずられてしまう魔力を有しているのである。ただし、この陣内という男はどこまで本気なのかはわからないので、あまり言っていることとかを鵜呑みにして、現実世界に持ち込むようなことは控えたほうがいいであろうという事は付け加えておきたい。
こういう構成のせいか、全体的に見るとミステリーというよりは、ただ単に“小説”といったほうがいいように感じられた。また、そう思ったのは全編通してミステリーのネタとしては弱いと感じられたせいもあるのかもしれない。とはいえそれら全てが、良い“小説”としてできあがっていることは間違いなく、楽しく読むことができる。これは多くの人に読んでもらいたいお薦めの作品。
<内容>
普通のサラリーマンであった鈴木は妻のかたきをとるために無謀な行為に出るのだが、予想だにしない展開が彼の目の前で起こり事件の渦中に巻き込まれてしまう。依頼によりターゲットを自殺させる仕事を請け負う自殺屋の“鯨”、彼は今日も仕事をしながらも過去に起きた“押し屋”に先をこされた事件を思い出していた。殺し屋の“蝉”は依頼を受けて、その相手を殺してきたばかりにもかかわらず、続けて仕事をすることになり・・・・・・
三者三様のそれぞれの男達が一つの事件を巡り、互いに交錯し始める事により、彼らの人生までもが動き出し・・・・・・
<感想>
伊坂氏の作風というと、一つの大筋の話があり、それが進みながら細々としたエピソードがその途中途中にはさまれるというものが代表的という印象がある。正直いって、そういう作風は読みづらさを感じてしまうときもあるのだが、本書は3人の話がそれぞれ交互に進むという構成がとられており、こちらはとても読みやすいという印象を受けた。ページ数は300ページ強ながらも一気に読むことができた。
本の構成により読みやすいということもあったのだが、もちろん内容もとても面白くそれも一気に読み通すことができた要因のひとつである。
物語自体には最初に明確な目的というものは定められていなく、いったいどういう方向へ展開してゆくのだろうということを楽しみながら読むことができる本になっている。3人の人物が主人公であるのだが、一人はさえない元教師、あとの二人は殺し屋という変った面々。この3人がどういう風にしだいにかかわっていくのかというが注目すべき点なのだが、必要以上にこの3人は交錯しない物語となっている。にも関わらず、なんとなくその3人が微妙に邂逅しているようにも思われ不思議な雰囲気をまとう小説として出来上がっている。
クライムノベルというよりはジェットコースターサスペンスとでもいったほうが合っているかもしれない。また以外な部分で、ミステリー的な要素も含まれており、そういった所でも読み手を楽しませてくれる本となっている。
陰惨な場面などが含まれているにもかかわらず、癒しの書であるようにも思われる不思議な本。
<内容>
俺は死神。人間ではなく死神という存在である。死神の仕事は定められた人間を7日間追跡調査し、その人間に“死”を与えるかどうかを決める事である。たいがいは“可”というサインを出し、死が与えられる場合がほとんどである。人間界で唯一の楽しみのミュージックを聴きつつ、今日もまた退屈な死神の仕事をこなさなければ。
<感想>
本書では“死神”という存在が主人公であり、彼の視点によって物語が語られてゆく。その“死神”という存在も設定としてはあいまいな点を残しながらも、なかなか絶妙に書かれているように感じられた。その存在のあいまいな点が物語りに微妙ながらも良い効果を与えているようであった。
本書は短編集となっており6つの作品が載っている。これらは一つ一つ独立しており、基本的には別々の話となっているのだが、時としてリンクしていたりもして、その辺のさじ加減もなかなかうまくできていると思われた。最初から、あからさまにリンクしているのでは効果が薄くなったであろうが、全然リンクしていないように思えて“実は”というのがかえって小気味良かった。とはいっても、そのリンクも物語上、重要なものもあれば、特に重要でもなかったりと色々であるのだが。
また、6つの短編はどれも甲乙付けがたく、すべてお気に入りなのであるが、あえて挙げるとするならば推理小説上の“雪山の山荘”に挑戦した「吹雪に死神」。まさに設定上では本格推理小説という場面が展開されるのであるが、そこは“死神”という設定をうまく用いて大いに肩をすかせてくれている。本格推理小説云々というよりは、設定をうまく生かしたミステリーという具合に仕上がっていた。
最近、巷では直木賞が決定したようであるが、伊坂氏もこの本を引っさげて直木賞に挑む事になるかもしれない。奥田氏の「空中ブランコ」が直木賞に選ばれた事を考えれば本書が選ばれたとしてもなんと不思議もないであろう。
<内容>
安藤はサラリーマンの職に就き、弟と二人で暮らす(最近はよく弟の彼女が訪ねてくるようになった)平和な日々を過ごしていた。ある日、安藤は自分に不思議な能力がある事に気がつく。自分が思っている言葉を、他の人間の口からしゃべらせることができるという事に。
そん中、安藤は犬養という政治家の事を強く気にかけていた。その犬養という男は表舞台に登場してきたと思いきや、行動力と巧みに操る言葉で、またたくまに権力の中枢に伸上がらんとしているのだった。安藤はそんな犬養の存在に危険を感じ始め・・・・・・
<感想>
今回はどのような内容の本を書いたのかと楽しみに読んでみたのだが、本書がミステリーではないという事がひとつ残念な事であった。もうそろそろ伊坂氏はミステリーのほうからは離れて行くのかなと、最近感じ始めている。
といっても、もちろんの事、小説として十分楽しめる内容であったことは確かである。本書を読んでの感想はといえば、なんとなく村上春樹の小説のような・・・・・・と書いてしまうとミステリー以外では村上春樹と村上龍ぐらいしか読んでないと思われてしまうかもしれない。ただ、なんとなくそんな風に感じられたのは確かな事。
ただ、読んでいる最中、本書がいったい何を言わんとしている小説なのかという事はなかなか理解できなかった。それが、ラスト近くになって、
(本文より)
「大きな洪水はとめられなくても、でも、その中でも大事なことは忘れないような、・・・・・・」
という言葉が出てきて、なんとなくなるほどなと思う事ができた。
仮想的なとある政治の流れに対して、自分であればこのようなスタンスで生きる事ができればな、という願いが書かれた本。と、言ってしまうとまとめすぎであろうか。とにかく、そういうような事を二人の兄弟を通して描いた作品である。
<内容>
大学の歓迎会の場において、自己紹介時に突然、世界平和について語り出した男がいた。場の空気も読めないその男は西嶋という名前であった。しかし、どこか気になる存在となった西嶋を中心として大学生活が送られてゆく事に・・・・・・
<感想>
いや、久々に面白い伊坂氏の小説を読んだという気がした。前作の「魔王」では、未消化というか何か書ききれていないように感じられたのだが、今回のこの「砂漠」という作品では、その書き足りなかった部分を補うかのように充実した小説となっている。
本書では大学生活を中心として描かれているせいか、とてもとっつきやすい物語となっている。また、ただ単に話が進んでゆくのであれば単調になるのだろうが、そこに超能力やら連続通り魔“プレジデントマン”やら連続強盗犯などといろいろな要素を含めて書かれているので、決して飽きのこない物語となっている。さらには、登場人物たちにもショッキングな出来事があったりと、とにかく読まされてしまう小説なのである。“伏線”とまでは言わないまでも、最初から最後まで細かいところまでも色々と話しのネタとして取り入れているので、単なる青春小説というだけでなく、色々な楽しみ方ができる作品であるといえよう。
読み終えた後に、まだまだこの物語を楽しみたいと思えるような作品に出会ったのは久しぶりのような気がする。余談ではあるが、伊坂氏にはこの小説で“直木賞”をとってもらいたいと思うのだがどうだろうか?
<内容>
地球に隕石が衝突することにより世界が滅亡する。そのような報道が流れ、人々は逃げ惑い、暴動を起こし、世界中が荒れ果てた。そんな騒ぎから5年が経ち、一時暴動は収まり世界が静かになりつつあった。地球の滅亡まであと3年。そんな非日常の中、普通に生きていく人たちの姿を描いた8篇。
「終末のフール」
「太陽のシール」
「籠城のビール」
「冬眠のガール」
「鋼鉄のウール」
「天体のヨール」
「演劇のオール」
「深海のポール」
<感想>
まぁ、普通の小説であると言ってよいのであろう。平凡な日常が語られた、普通の短編小説集である。ただ背景に“終末”というものが付け加えられている点を除けばではあるが。
本書で描かれる短編は地球の終わりが来ると宣言され、多くの混乱が起きた後、一旦落ち着いた世間の様子が描かれた作品となっている。よって“終末”といっても、その混乱から逃れた人、混乱には巻き込まれたが何とか生き残った人、または自らは混乱を起こさないような人達の視点によって描かれているため、騒動を感じさせることのない落ち着いた作品となっている。
例外は「籠城のビール」くらいで、これはとある強盗の話となっている。とはいえ、暴力からは少々かけ離れた内容であったという気もするのだが。
と、そのような背景でありながらも、なんとか生きていこうとか、それでも生きていかなければとか、こんな世界だからちょっと違う生き方をしてみようとかいった人々の行動する様が描かれている。そして、その生き方を通して、様々な人と人との触れ合いも描かれている。
全編、落ち着いた静かな感じで書かれているのだが、そういったなかで人々が夢や希望を持とうとする力強さを感じさせられる作品集として仕上がっている。ただ、力強さといっても、全面的に出てくるようなものではなく、生きるということに対して自然と満ち溢れてくるような、そういったゆるやかな力として感じられるのである。
何はともあれ、伊坂氏らしい作品でありながら不思議な気持ちにさせてくれる作品であった。
<内容>
人間嘘発見器・成瀬は仕事途中に刃物男騒動に巻き込まれる。
演説の達人・響野は酔って記憶がおぼつかない男と“幻の女”を探す事に。
体内時計の持ち主・雪子は同僚の女性から謎のチケットについて相談される。
凄腕のスリ・久遠は公園で殴打された中年男と出会い、その謎を追う。
そして四人は集まり、新たな銀行強盗計画を立て、実行するのだがその後に彼ら自らとある誘拐事件の解決に乗り出してゆくことに・・・・・・
<感想>
とうとうあの四人組が帰ってきた。伊坂氏の出した本では今までシリーズ作品というものがなかったゆえに、また再びこの四人に出会えるとは思ってもみなかった。前作の映画化の話が先か、この続編の企画が先かはわからないが、何はともあれこれで今後本格的にシリーズ化ということになるのかもしれない。
今作では、最初に四人組が別々に異なる事件に巻き込まれ、そしてそれらを絡めたひとつの事件に取り組むという構成になっている。
なんといってもこの作品で楽しめるのは、それぞれのキャラクター。キャラクター造形がそれぞれよく出来ているがゆえに、個々の話のからみあい、かけあいをとても楽しく読むことができる。なんといってもこの作品の特徴は会話にあるといってもよいであろう。
そして物語はというと・・・・・・若干期待はずれに感じられてしまった。最初に起こる四つの事件は良いと思う。ただ、その後に起こるひとつの大きな事件がもっと前の事件に色々とリンクしてくるのかと思っていたのだがそうでもなかったように感じられた。もう少し凝ったものを期待していたので少々的が外れてしまった。どちらかといえば、もう少し精密な事件の解決を望んでいたのだが、なんとなくドタバタ劇に終始してしまったかなと思えた。
とか言いつつも、それはそれで作品単体としては楽しめたから充分であると思う。とにかく、これを機会に三作目も読むことができるのでは? と思えることが一番の収穫ではないだろうか。
<内容>
「動物のエンジン」
「サクリファイス」
「フィッシュストーリー」
「ポテチ」
<感想>
最初の「動物のエンジン」を読んだ時に、伊坂氏の初期の作風が感じ取れる作品だなぁと思いきや、実際に書かれた時期が初期のころであったようだ。本書は、「ポテチ」が書き下ろしでそれ以外の作品は2001年から2005年にかけて、色々な雑誌に掲載されたものを集めた作品集。そういえば伊坂氏は連作短編はいくつか書いていたが、普通の短編集というのは本書が最初のようである。
「動物のエンジン」は、深夜の動物園で毎日のように横たわって寝ている人物を見て、あれやこれやと推測するという内容。
「サクリファイス」は、とある村でおこる生贄風の儀式に巻き込まれることとなった男の話(ただし、陰惨な内容ではない)。
「フィッシュストーリー」は、ロックバンドの曲とともに過去と現実が正義の名のもとにつがってゆく。
「ポテチ」は、泥棒とその恋人の人生と事件を描いた作品。
これらの作品のなかでは「ポテチ」が一番楽しめた。野球漫画「タッチ」から地元のプロ野球選手へのこだわり、それが泥棒稼業へとつながっていく内容が見事。陽気な登場人物たちそれぞれの交流もまた微笑ましい。
表題の「フィッシュストーリー」については、章ごとに時系列をバラバラに描かいた構成になっているのだが、それぞれのつながりが漠然とし過ぎていたように感じられた。そういった理由で読了後、あまりしっくりとこなかった。
この短編集では、今までの伊坂氏の作品に登場したことのある人物がとりあげられているのもひとつの特徴。ただ単にストーリーのみを楽しむだけでなく、そういったサービスもまた心憎いといえよう。伊坂氏の過去から現在までを堪能することができる作品集。
<内容>
仙台にて金田首相の凱旋パレードが行われていた最中、その上空に飛んできたリモコンヘリコプターが爆発した。パレードは一転して、首相暗殺という大惨事となった。その後、警察はすぐに犯人を特定。容疑者として名を挙げられたのは、以前アイドルを襲った強盗を捕まえたことにより一躍有名になった宅配の配送員の青年であった。
しかし、当の(元)配送員の青柳雅春はそんな出来事に全く心当たりがなかった。知らぬ間に大きな陰謀の渦中に巻き込まれていた青柳。彼は迫り来る追っ手から逃げ切る事ができるのか・・・・・・
<感想>
国家から首相暗殺の容疑をかけられた男が追っ手から逃げまわるという内容の作品。この話のなかでは、何故その男が選ばれ、何故容疑をかけられることになったのかという背景に関してはほとんど語られていない。ただ単に、ほとんど理不尽なばかりに、主人公は国家権力から追われることとなる。
読み始めたときは、正直言ってこの作品が何を問いかけたいのかということがわからなかった。善良と思われる主人公の青年をいじめ抜いているだけにしか感じられなく、しかも先行きに絶望しか感じられなく、動きはあるものの鬱屈とした作品のように感じ取れた。
しかし読み続けることによって、この作品が意図しているところが見え始めてくる。どうやら本書は国家権力のような大きな力にねじ伏せられるようなことがあっても、人と人との小さなつながりがそれを打破する事を可能にする、ということを表していると感じられた。
主人公は理不尽に追われ続けながらも、彼の無実を信じている人たちの力によって助けられ、なんとか逃げ延び続ける事ができる。しかも、その助けは彼の知らないところからさえも、そっと手が差し伸べられるのである。中には偶発的な出来事もあるのだが、容疑をかけられていること自体が理不尽な事なので、そのくらいの助けがあったとしても主人公にバチはあたらないであろう。読んでいながらも、なんとか主人公に逃げ延びてくれとエールを送りたくなる物語である。
この作品もいつもながらの伊坂氏らしい作品となっていて、ちょっとした伏線があとから回収されたりと、物語全体がうまく網羅された内容となっている。久々に伊坂氏の長編を読んだ気がするのだが、やはり良い作品を書くなと改めて実感させられた。
<内容>
IT企業に勤める普通のサリーマンである渡辺は、普通ではない嫉妬深い妻の存在に悩まされていた。妻は渡辺に浮気の疑いがあるとみるや、人を雇い、暴力を用いてまでも真相を暴こうとするのである。そんな妻の過剰な行動に悩まされていたとき、渡辺はとある仕事を引き受けざるを得ないはめとなる。しかも、その仕事は彼の先輩が投げ出したものであり、当の先輩は行方不明になっているというのである。渡辺が後輩と共に仕事を引き受けたのだが、国家の陰謀ともいえるようなシステムに立ち入るはめに追い込まれることとなり・・・・・・
<感想>
この作品は漫画週刊誌「モーニング」で連載されていたものであり、「ゴールデンスランバー」が書かれていたときとほぼ同時進行となっていたようだ。そのためか、似通った部分が見受けられる。
「ゴールデンスランバー」は国家から追われるはめにおちいった男の物語であったが、この作品では対決することとなるのは国家ともいえるのだが、それよりも“システム”というものとの対決という趣が強くなっている。
内容はいつもの伊坂節で、徐々に国家のシステムと対峙することとなりつつある普通のサラリーマンの様子が描かれている。そうして主人公は国家のシステムというものに対して、組み込まれざるを得ない部分を感じつつも、納得できない矛盾も感じ取り、やがて決断をせまられることとなる。
内容としては面白く感じられたものの、連載という形式であるがためか、序盤からの流れと終盤の決着の付け方に微妙と感じられる部分も見受けられた。物語の大筋は決まっていたのだろうから、そこは問題ないとしても、主人公の妻に関するスタンスが途中から大きく変わってきたように思える。特に前半はただ単に恐怖の対象としか考えられなかった妻の存在が、途中から重要なパートナーとなってしまうという流れには違和感をおぼえてしまう。そしてその流れにより、前半で起きた妻の謎の行動(浮気相手の行方に関してなど)があいまいのまま終わってしまったように感じられた。
と、そういうわけで話としてはいつもの伊坂氏らしく、面白いと思えるものの、この長さが必要なのかとか、舞台を近未来にした意義が薄いとか、あれやこれやと思えるところも多々あった。全てを連載という形態のせいにしてしまうのは間違いかもしれないが、なんか詰め込みすぎたとか、部分的に一貫性がなかったというふうに感じられた作品。
<内容>
地方都市・仙醍にあるプロ球団<仙醍キングス>は万年最下位の弱小チーム。その球団の熱烈なファンである山田夫妻に息子が生れ、夫妻はその子が野球をするために生まれてきた子であると確信する。彼は王求(おうく)と名付けられ、野球の王になるべく、めきめきとその頭角を現していく。しかし、その王への道は険しく・・・・・・
<感想>
スポーツにおいて、あまりに凄過ぎる選手が出てきてしまうと、ゲーム自体が全く面白くなくなってしまうという教訓めいた話のようにも感じられる。
この物語は山田王求という野球の申し子の話なのであるが、こうした突出した人物を描くのであれば破天荒に描かれるべきではないだろうか。それがやたらと普通に描かれ、異常な才能の持ち主が普通の環境のなかで育ってゆかなければならないという、どこか檻の中の猛獣を見ているような心境。
そして、そんな環境で生きながらえつつ、やがては突出すべきものは自然淘汰されてゆくというように物語が収束されてゆく。結局、何が書きたかったのかわからないといった印象しか残らなかった。主人公が突出しすぎたというよりも、主人公が作風に合わなかったというような気がしてならない。
<内容>
遠藤二郎はかつての幼馴染の姉から息子が引きこもりとなってしまって困っていると相談を受けた。実は二郎はエクソシストとしての資質を持っており、ごくまれにこうした相談にのることがあった。二郎が引きこもりとなった少年のことを調べていくうちにコンビニの店長やコンビニの駐車場で合唱している人たちと知り合いつつ、奇妙な事象に巻き込まれてゆく。
一方、因果関係となる物語が語られてゆく。品質管理部でシステムやヒューマンエラーなどの因果関係を調査する五十嵐は、会社で起きた大きなミスについて調べることとなる。それは証券取引システムの入力ミスによって300億円の損害を出したという件であった。五十嵐が事故の調査をしていくうちに思わぬ事態が明らかとなり・・・・・・
<感想>
引きこもりと、エクソシストと、システムの故障と、孫悟空を背景として“救済”というものについて描かれた話。
読んでいる途中はいつもの伊坂氏の作品らしく、途中では話がよくわからない部分とか、これとこの話とがどこでつながるのだろうとか、まさに因果関係について考えながら読み進めてゆくこととなる。しかし、読み終わったときには、全体的にしっくりとしたとか、腑に落ちたというような爽快感が乏しかった。
読み進めていきながら、これは何で? とか、何で孫悟空? とか、微妙に思える事象は数多くあったのだが、全てがきちんと解決されたようには思えなかった。とはいえ、本書はミステリを意識した作品というよりは、“救済”というものにテーマをおいた小説という趣きなのであろう。よって、ミステリ的な腑に落ちた感を求めて読むような作品ではないといったことか。
とはいえ、伊坂氏の作品を読んでいるときって、どうしても終盤に何らかの仕掛けを期待せずにはいられない。最近は本当にミステリらしい作品というものが少なくなってきたように思えるので、期待外れになるのはわかっているのだが、それでも初期の作品のような展開を待ち受けている自分がいるのである。
<内容>
由紀夫の家は普通の家庭とは大きく違っているところがある。それは、父親が4人いること。ギャンブラーの鷹、スポーツマンで教師の勲、女性にやたらともてる葵、学者然とした悟。そんな父親を持つ由紀夫がドッグレース場で、鞄のすりかえ事件を見たことにより、やっかいな事件に巻き込まれてゆく。同級生の不登校、市長選挙、友人が万引き犯を注意したことにより巻き込まれた騒動、さまざまなやっかいごとに巻き込まれつつ、由紀夫と4人の父親がたどりつく先は!?
<感想>
いや、これは面白かった。ストーリー云々よりも、とにかく設定が良い。色々な本を読んでいるが、意外と複数の父親がいるという設定はないんじゃないだろうか。伊坂氏の作品で「陽気なギャングが地球を回す」という特殊な才能を持った銀行強盗犯が登場するものがあるが、本書はその父親版という風にとることができる。特殊な能力(というか性格)を持つ父親たちが息子を助け、トラブルからうまく回避していくというもの。
ストーリー的にはちょっと微妙にも思える。そもそも主人公の由紀夫自体がこのような正確であれば、常日頃騒動に巻き込まれ続けて、にっちもさっちもいかない状態になってしまうであろう。どうもこの主人公が筋が通っているようでありながら、主体性がないというか、なんとも行動様式が微妙に思えてならない。
また、トラブル解決への展開についても行き当たりばったりというか、いろいろなトラブルに巻き込まれていたら、具合のいいことになってしまったという感じ。伊坂氏ならではの、さまざまな事象がつながってゆく、というストーリー展開ではあるのだが、さほどきちんとつながったという感覚にはならなかった。
と、ストーリー的に不満が残るにせよ、それを差っ引いても4人の父親という魅力的な設定のみで、物語をひっぱってゆく力は十分にあった。この作品自体が書かれたのはずいぶん前のようで、単行本になるのには時間がかかったとのこと。ゆえに、続編が書かれるということは想像できないのだが、これ一冊で終わってしまうのはもったいないと思える設定。しかも、初期の伊坂氏の作風を味わうことのできる内容の作品でもある。
<内容>
星野一彦は、自ら犯した行為により“あのバス”に乗せられ連れていかれることとなった。そんな星野は連れ去られる前に願いをかなえたいと、彼の見張りと名乗る巨漢の女・繭美に請うことに。彼の願いは付き合っていた5人の女にそれぞれ別れを告げたいということなのであったが・・・・・・
<感想>
久々に伊坂氏の本を読んだのだが、なかなか面白かった。ミステリとして面白いとかではなく、独特な伊坂調と伊坂氏ならではのストーリーテリングを楽しむことができる作品。
5股をかけていた男がそれぞれの女に別れを告げに行くという、ある意味とんでもない内容。ただ、それを非現実的な設定の中で、さらには非現実的な登場人物を用いているせいか、意外とすんなりと入ってきてしまう。特に感情移入するような内容ではないのだが、感情移入できないがゆえに、第三者として物語を存分に楽しむことができる言えるのかもしれない。
個人的にはマツコデラックスとしか脳内変換できない繭美の存在(作中ではマツコデラックスよりも大柄という設定)が何とも言えない。実際にマツコデラックスを用いてドラマ化したら面白いのではと感じてしまったが・・・・・・まさか既にドラマ化しているってことはないよな??
<内容>
元殺し屋で現在アル中の木村は息子の敵をうつため、東京駅から東北新幹線に乗り込んだ。その新幹線に息子に怪我を負わせた王子という中学生が乗り込んでいることを調べ、殺害しようと図ったのだが返り討ちに会い、捉えられる羽目となり・・・・・・。二人組の殺し屋の蜜柑と檸檬は、裏社会を牛耳る大物の息子を助け出し身代金を奪い返すという依頼を実行し、助け出したその息子と共に新幹線に乗り込んでいた。しかし、二人が目を離したすきにその息子が殺害され、身代金までもが奪われてしまい・・・・・・。運が悪いながらも、腕が良いと噂される何でも屋の七尾は、新幹線に乗り込み、そこからトランクを奪って、新幹線から降りればよいという仕事を受けた。そのトランクはすぐに見つかり、あとは新幹線から降りるというだけでありながらも、ことごとく降りる機会を逃し・・・・・・
<感想>
一応「グラスホッパー」という作品の続編という位置づけではあるのだが、メインキャラクターは「グラスホッパー」に登場した者とは別なので、独立して読んでも楽しむことができる。
内容は東北新幹線に乗り込んできた殺し屋たちが、さまざまな騒動を繰り広げるというもの。東京から盛岡までの新幹線の中が主な舞台となっている。最初は、アル中の元殺し屋、檸檬と蜜柑(ごつい2人組の男)、そしてやたら運の悪い殺し屋、という3組の話が交代で語られてゆく。やがて、彼ら以外の殺し屋が集まってきたり、正体があらわになったりで、新幹線のなかでの派手な闘争が繰り広げられることとなる。サイコパス風の中学生、スズメバチと呼ばれる謎の殺し屋、押し屋(前作にも登場)、伝説の殺し屋、一般人(?)の鈴木さん等々。
読み始めは、余計な挿話が多くて物語が遅々として進まなく、少々いらいらさせられた。中盤に入ってからは、話のスピードにも拍車がかかり、ラストまで一気読みさせられてしまう。純粋にエンターテイメント作品として面白く読むことができた。また、サイコパス気味の中学生が大人たちに“何故人を殺してはいけないの?”ということを聞いて回るのだが、それに対するひとつの解答がラスト近くで語られるのも、本書の大きなテーマといえよう。数年後に、この作品で生き延びた者たちによる別の物語がまた書かれそうな気がする。
<内容>
「P K」
「超 人」
「密 使」
<感想>
伊坂氏のSF連作短編集。連作と言いつつも、それぞれがきちんとつながっているのかどうかは微妙なところ。しかし、その微妙さがポイントなのである。
「PK」は、日本代表選手がPKを決めた試合をからめ、そのときのメンタル状態はどうだったのか、そして登場人物らは自らがどのような行動をとればよいのかということを考えてゆく。「超人」は、未来を予知する男の話。この男が未来が予知できるがゆえに、驚きの生活を続けていたことを告白する。
この「PK」と「超人」では、二話にまたがって同一人物らしき人々が出てきており、整合性も感じられ、ひとつの流れとして感じ取れる作品になっている。ただ、最後の「密使」に関しては何故か前二作とはさほどからまず、まるで単独の作品というような感じ。これは、元々一冊の本として書かれたというわけではなく、バラバラに書かれた故であるからなのだが、なんとなく個人的には締まらないと感じられた。
しかし、あとがき(文庫版)を読むと、自分が感じていたのとは異なることが書かれていた。私は整合性があると思った「PK」と「超人」であるが、実は微妙にずれがあるものとなっており、厳密にぴったりと重なる内容ではないと。ただ、それを補うものとして「密使」により、“ずれ”があることによって、物語全体が成り立つということを理解させられた。
なるほどと。このあとがきに書かれているものが必ずしも正解というわけではないと思えるが、色々な読み方があるなと感心。こうしてみると実は伊坂氏の作風はSFというものにマッチしているのではないかと感じてしまう。また、“正義”というと押しつけがましいのだが、そこを“勇気”という感情で描くことにより、ある種のヒーローものとして成功しているところも見どころと言えよう。
<内容>
ある日、私は小舟に乗り、海へ釣りに出かけた。途中で雲行きが怪しくなり船が転覆する。意識を取り戻すと、見知らぬ土地で蔦によってはりつけにされていた。さらには私の体の上に乗っていた猫が話しかけてきたのだ。猫がいうには、彼らが暮らしている人間の国に、鉄国の者たちが攻め入ってきて、大変なことになっているのだという。さらには、猫が住む国につたわるクーパーという怪物の話を聞かされることとなり・・・・・・
<感想>
以前はよく読んでいた伊坂氏の小説であるが、新刊を手に取るのは久しぶり(といっても、半年以上前に出た積読本)。内容は童話のような不思議な話。
猫が主観となって、とある小さな国(というか村?)の話が語られる。そこに隣国の軍隊が攻めてきて、困った村人たちはクーパーという怪物を倒すために組織されて村を出ていった兵隊たちが帰って来て、助けてくれないかと期待する。また、その国から脱出することができた猫は、“私”という現代の日本から彷徨い現れた人物に助けを求める。
基本的には、小さな国で起きた出来事や昔話が淡々と語られる。正直なところ、後半まではこれといった動きもなく、物語の半ばは結構退屈であった。後半になり、ようやく動きが現れて、秘められていた事象が一気に明るみに出ることとなる。
結末に関しては、なるほどと思えるのだが、話が遅々として進まず、全体的に退屈という印象。人間が主観の部分はなくても良かったような・・・・・・猫の語りだけで十分であったようにも思える。結局のところ、もうちょっと削ってもらってもよかったかなというところ。
この著者に関しても、ミステリからはだいぶ遠のいてしまったという感じがするので、新刊が出ても無理に読まなくてもいいかもしれない。仮に読むとしても文庫本で十分かなと。
<内容>
「残り全部バケーション」
「タキオン作戦」
「検 問」
「小さな兵隊」
「飛べても8分」
<感想>
連作短編作品であるが、時系列順には並んでおらず、全部を読んでひとつの小説になるという感覚を受けた。主に岡田という男が主人公で、法に触れる仕事をしつつも、自らのその状況に悩んでいる。そんな彼が、仕事仲間である溝口との会話のなかから、見ず知らずの人にメールを打って友達になろういう試みを行い、最初の話「残り全部バケーション」での見知らぬ家族とのドライブが始まることとなる。
全体的に、非現実的なことをやってみたらどうなるか、という試みがなされた作品のように思える。例えば「タキオン作戦」では、虐待児童が父親から暴力をうけないようにするための、大がかりな芝居が実行される。こういった発想で、物事をよりよい方向へと持っていこうという発想がなんとも心憎い。
人をさらう話がもつれにもつれる「検問」や岡田少年の奮闘ぶりを描く「小さな兵隊」などもそれぞれ見どころがある。そしてなんといっても最後の「飛べても8分」で、まさかの溝口が岡田の存在に感化されて、似たような行動をとろうとするところがなんともいえない。最初は空気の読めないやなヤツ、くらいの存在だった溝口の心境の変化こそが本書一番の見どころであるのかもしれない。
<内容>
望月家の自家用車・デミオ。彼はいつも望月家の人々を乗せ、ドライブへと勤しむ。そして、行く先々で他の車らと情報交換を繰り広げる。ある日、望月家の長男で大学生の良夫と次男で小学生の亨は、とある人物を車に乗せることとなる。それは、かつてのスター女優で、今でもマスコミに追われ続ける荒木翠であった。彼女を乗せたことにより、望月家の人々は、いくつかの出来事に巻き込まれることとなり・・・・・・
<感想>
車が主観となる一風変わった小説。車ゆえに自走することはできず、基本的に誰かが運転しなければ別の場所へと行くことはできない。また、車の中やそばでの出来事は把握できるが、車から離れた出来事に関しては、何が起きているかわからない。ただ、他の車たちと会話することはできるので、そこからさまざまな情報を得ることができる。
物語は、ちいさなエピソードの積み重ねでできているのだが、一番大きな出来事としては望月家のデミオに突如乗せることとなった、かつてのスター女優・荒木翠に関わる話。その荒木翠がデミオに乗ったのち、別の車で交通事故を起こして死亡してしまうという事件が起きる。その事故の様相はまるでイギリスのダイアナ妃の最後の様子に酷似するようなものであった。
その交通事故後の話や望月家の長女が巻き込まれる“とある厄介者が引き起こす騒動”や、望月家の次男が巻き込まれる”いじめ騒動”。それらの事件が望月家の人々やその他の人々の力によって解決されていく状況をデミオが目の当たりにしていくこととなる。
面白かった気もするのだが、全体的にやや冗長に感じられた。というのは、やはり車が主観ということもあり、なんとなく話が二度手間三度手間となっているように思えたからかもしれない。それほど内容が詰め込まれた小説という感じではなかったわりにはページ数が厚かったかなと。話の内容自体はいつもながらの伊坂氏らしいものであったのだが、なんとなく他の作品と比べてうまく描けていなかったように感じられた。読み終えた上では面白かったと感じられるものの、読んでいる時にはちょっとスピード感に欠けていたというのが印象的。
<内容>
娘を殺害された山野辺夫妻。容疑者となった本城は目撃者の証言により、逮捕され起訴されたものの、裁判で無罪を勝ち取る。山野辺夫妻は、その結果に嘆くどころか、むしろ本城が自由になるのを望んでいたのであった。夫妻は、本城に自らの手で復讐を遂げようと計画しており、それを実行しようとした時、彼らの前に千葉と名乗る男が現れ・・・・・・
<感想>
結構分厚い作品であるものの、それなりに読みやすく、内容についても楽しむことができた。続編というわけではないが「死神の精度」に続き、“死神”という設定が用いられる作品となっている。前作は短編集で、今作は長編作品。
一組の夫婦が娘を殺害したにもかかわらず無罪になった男に復讐を遂げようとする話。一見、陰惨な内容に思えるかもしれないが、そこに千葉と名乗る“死神”が夫婦に付きまとうことによって、壮絶な復讐劇が、緩いコメディ調の冒険小説に変わってゆくこととなる。
人間ではない“死神”の発言が、常識からちょっと的が外れていて、その場の空気が緩和してゆく。そんな雰囲気にのまれながら、なぜか夫婦はわけのわからない千葉と名乗る男と共に行動することとなり、ときには千葉に助けられ、復讐相手に迫ってゆくという展開。
壮絶な話を旨い具合に緩い空気に換えて、見事に描き切っているなと。これはエンターテイメント作品として抜群の内容と言えよう。真面目だか何だか、わからない雰囲気のなかで見事に人間模様を描き出した作品。
<内容>
「首折り男の周辺」
「濡れ衣の話」
「僕の舟」
「人間らしく」
「月曜日から逃げろ」
「相談役の話」
「合コンの話」
<感想>
伊坂氏描くキャラクターのなかで気になるのが「マリアビートル」に出ていた、首の骨を折るという技を持つ殺し屋。この作品の“首折り男”というのはまさに彼の事ではないかと。同一人物かどうかはわからないが、その“彼”らしき人物が登場する連作集。
連作短編ということで、それぞれの作品に関連性があるように描かれているのだが、ただ時系列的にきちんとしたものではなく、作中曰く微妙なひずみによってどこか関連性を感じられるものになっているという絶妙な描き方。これが全作品に通じていくのかと思いきや、そういった関連性を感じられるのは最初の三作品のみとというところがもったいない。
よって“首折り男”についても後半からは登場せず、全編にわたって関係してくると思っていたのでちょっと残念。というか、首折り男って、この作中で死亡してしまったのかな・・・・・・それか「13日の金曜日」のジェイソンみたいに不死身のキャラクタとしてどこかで姿を見せることとなるのであろうか?
面白かったのは「僕の舟」の寝たきりの夫を前にして、その老いた妻が昔の初恋(?)の相手を探す話。結末もさることながら、元素記号の暗記の歌にかけた内容も魅力的。
他にもミステリ的というか、まるで映像トリックを見せられているかのような「月曜日から逃げろ」。ミスリーディングを誘いつつ、見事なオチに結び付けた「合コンの話」も楽しめた。
<内容>
「アイネクライネ」 アンケート調査をすることになった会社員の出会い。
「ライトヘビー」 美容師が知人の弟と電話で会話するようになったのだが
「ドクメンタ」 会社では几帳面で家では大雑把な男が妻に逃げられ
「ルックスライク」 同級生の女子に請われて、自転車置き場での不正を見張ることとなり
「メイクアップ」 かつていじめられていた女が仕事でいじめていた女に出会い・・・・・・
「ナハトムジーク」 ボクサーのリターンマッチと、他の人々の人生
<感想>
いつもの伊坂氏流の日常系の作品。ミステリというほどのものでもなく、一応連作短編集とはなっているものの、さほど大きな仕掛けがなされているというわけでもないので、気楽なスタンスで読んでもらいたい小説。
日常で起こりうることがハートフルに描かれている。やや日常から外れている部分と言えば、ヘビー級ボクサーが出てくるくらいであるが、その周辺においても普通の人々により彩られ、常識を逸脱しないような形で描かれている。とはいえ、ヘビー級のタイトルマッチ自体が、十分常識から外れているか。
時間を隔てての人々との関わり方や、相関関係を楽しむことができ、なかなか面白い作品に仕立て上げられている。