<内容>
「焚 火」
「花見川の要塞」
「麦畑のミッション」
「終着駅」
「セント・メリーのリボン」
<感想>
稲見一良氏の作品が久しぶりに復活。ちなみに読みは“いなみ いつら”。中身はなんとなく昭和な男の物語という感じ。ハードボイルドとも捉えることができるのだが、それぞれの設定から言えば、若干変化球気味のハードボイルドと言えるかもしれない。古き良き時代の男たちが活躍する作品集。
「焚火」は、特に細かい設定は抜きに、ひとりの男が逃亡する話。その逃亡の道程でひとりの老人とであう。その老人の存在が圧巻で、主人公を完全に喰ってしまっている。老人のスペックが凄過ぎという感じもするが、その老人もひょっとすると、かつての逃亡者であったと考えると、その行動にうなずけないこともない。
「花見川の要塞」は、著者が花見川近辺に住んでたゆえにできた物語とも言えよう。ファンタジー絵巻ともいえるロマンチック小説。過去と現在が交錯し、機関車が現在に甦る。ひとつの過去の遺物から、そういった物語を想像する力がなければ、こういった夢を見ることはできないのであろう。
「麦畑のミッション」は、航空ロマン小説と言ってもよさそうな内容。これを今の時代に書くと、戦争を美化していると批判されるかもしれないが、それでも読み人によってはロマンを感じずにはいられない物語であろう。結末は結構予想がつきやすいものであるのだが、お約束ゆえのロマンを感じ取ることができる。
「終着駅」は、ポーターという駅で荷物を運ぶことを商売としていた者達の物語。今ではとっくに見ることのできなくなった職業。ホテルなどでは普通に機能しているかもしれなく(単独の職業ではなさそうだが)、また外国ではいまだこういう商売もあると思われる。そのポーターを生業としている者達も、その商売の限界を感じ、将来への不安を感じている時に、とあるカバンを目にすることとなる。ある種の犯罪小説とも言え、けっして褒められる話ではないが、これはこれでロマンといってもよいのではなかろうか。そうした鷹揚さも含めて古き良き時代ということで。
「セント・メリーのリボン」は、本書の核とも言える作品。この作品があるがゆえに新装版として復刊されたのであろう。猟犬探偵の生活を描いた作品。普段、失踪した猟犬の行方を捜すことを生業とする者が盲導犬の行方を捜してほしいという依頼をうける作品。この作品だけではもったいなく、シリーズとして出せばという声もありそうだが、実際に期待に応えたのかどうかはわからないものの後に「猟犬探偵」という作品を出している。これも光文社文庫で出ていたので、復刊を期待してよさそうな気がする。何はともあれ、これを読んで、猟犬を探しながら一人山で暮らす男の生きざまを堪能していただければと。
<内容>
俺はもうまもなく死ぬだろう・・・・・・。ガン宣告を受けてから覚悟の十年、残された日時に刻みつけるように小説を書いた作家・稲見一良。男らしいやさしさを追い求め、花見川の自然を呼吸し、ときに少年の憧憬さえ甦る。本作品集は、腹水がたまり、半身になりながら、虫の息で、原稿用紙に鉛筆をなぜるように書いた遺作の数々である。死を目前にして、透徹したまなざしで、人生を見つめた珠玉の物語。
<感想>
一人の男の夢を描いた、まさに集大成たる作品集。これらの作品集は以前に書かれた長編や連作短編などをそれぞれ思わせるような題材で描かれている。
「男は旗」を感じさせるような、小さい田舎町でありながらも大きな夢を持つことによって、それがアメリカであるかのように思わせる壮大な冒険を描いたもの。
「ダック・コール」を感じさせるような、銃への思い入れと親子の絆への情念。
こうした思いがところどころに見ることができ、作家として何を伝えたかったかが、まさに一冊の本として表されている。人によって、最後に残すものは日記であったり、断片的な手記であったり、遺書であったりする。稲見一良は一冊の本としてここに遺し、そして逝ったのであろう。