東野圭吾  作品別 内容・感想4

マスカレード・ホテル   6点

2011年09月 集英社 単行本

<内容>
 都内で起きた連続殺人事件。捜査陣は現場に残されたメモから次の犯行現場を国内でも有数の超一流ホテルであることを特定する。警察は捜査陣をホテルの内部に潜入させて、犯人の逮捕を試みようとする。野心家で人一倍仕事のできる刑事・新田はフロントマンに化けることとなった。新田に対し、ホテルマンとしての指導を担当するのは優秀なフロントマンとして名高い山岸尚美。二人は互いの主張をぶつけ合いつつも、やがて協力して事件の捜査に乗り出していくこととなり・・・・・・

<感想>
 サスペンス小説として一級品といって良いのではなかろうか。まぁ、東野氏が書く作品であるので、リーダビリティが十分なのはもはや当たり前なのだが。

 警察の捜査と一流ホテルにおけるホテルマンとしての矜持というものをうまく融合させた作品。読む前は、もっと潜入捜査官という色合いが濃いと思っていたのだが、そのへんはややアバウト。多くの警官がホテルの内部に配備されることとなる。

 そのなかでフロントマンとして働きながら捜査することとなるのが、今回の主人公であるやや自信過剰気味の新田刑事。そして警察の捜査に反発しつつも主人公を勇めつつホテルの業務に邁進する熟練の女性フロントマンの山岸。こうした主人公の造形と配置については、なんとなくドラマ化や映画化を意識しているのかと、やや穿った見方をしてしまう。

 ただ、そうした設定で血気盛んな青年刑事の成長をうながしたり、一流ホテルのなかで起こるさまざまな問題と解決法を提示しつつ、物語を進めていくのはさすがと言えよう。真犯人による考え抜かれた犯行方法もなかなかのもの。そしてなんといっても本書における一番の注目点は、主人公である二人が捜査とホテル業務という対称的な立場にたちながらも、互いに相手の立場も視野に入れることにより葛藤する様子。そうして、互いの思惑をうまくまとめつつ、物語は大団円を迎えることとなる。

 まぁ、綺麗にまとめられた良くできた作品としか言いようがない。ただ、シリーズ化は難しいのかな? 新田刑事が別の形で登場する新作はひっとしたら再度目にすることができるかもしれない。


歪笑小説   

2012年01月 集英社 集英社文庫

<内容>
 「伝説の男」
 「夢の映像化」
 「序ノ口」
 「罪な女」
 「最終候補」
 「小説誌」
 「天 敵」
 「文学賞創設」
 「ミステリ特集」
 「引退発表」
 「戦 略」
 「職業、小説家」
 (巻末広告)

<感想>
「怪笑小説」「毒笑小説」「黒笑小説」に続いて、といっても別に内容はつながっていない。ユーモアと毒のある笑いを楽しめる作品集ということで著者が書き続けているテーマのひとつ。今までは単行本が出てから文庫になっていたが、この作品はいきなり文庫オリジナルとして登場(そのうち単行本化される?)。

 この作品集の形式は単に短編が集められているというものであったが、今作では1冊通して、小説業界の内幕を書くというテーマで書かれている。それぞれの短編にまたがって、同じ人物が多数登場しており、一冊の本として楽しむことができる。

 いや、これは本当に面白かった。しかし、業界の関係者はどこまで笑って済ませていいのかわからないかもしれない。私のような一般読者からすると、どこまでが本当でどこまでが嘘なのかはわからないのだが、それでもなさそうでありそうな感じが実に良かった。

 ただ、これは東野氏くらいのベテラン作家でなければ書けない内容。絶対に普通の新人作家には書けないというか、出版させてもらえなそうな作品。とはいえ、ひどい話ばかりではなく、時には良い話が混じっていたりと、全体的にうまくまとめていると思われる。業界の方であれば(特に集英社?)どの人物が誰のモデルだとか話題になるのではないだろうか。

 それぞれの作品だけではなく、最後の巻末広告まで笑わせてくれるので、漏れのないように読んでもらいたい。必見の価値ある一冊。


ナミヤ雑貨店の奇蹟   6点

2012年03月 角川書店 単行本

<内容>
 かつて「ナミヤ雑貨店」という店があり、その店に悩みを書いた手紙を届けると、店主が返事を書いてくれることで話題となった。その店主が亡くなり数年後、すでに廃墟となったナミヤ雑貨店に三人の泥棒が迷い込む。彼らは強盗に失敗した後、逃走し、ここにたどり着いたのだ。夜が明けるまで隠れていようと、店の中で待機しているとき、突然郵便投入口から手紙が落ちてきた。彼らはその手紙を読んでいるうちに、それが過去から届いたものであることを理解する。そして時間を超えた不思議な手紙のやりとりが始められることとなり・・・・・・

<感想>
 少し前に生協の人が学生からの質問に対して、面白いやりとりをすることで話題となり、書籍にもなった。本書において背景となるのは、その手紙バージョンという感じである。ただし、単なる人生相談のやりとりではなく、時空を超えた手紙のやりとりというのが本書の大きな特徴である。

 しかし、こんなのよく考えたなと感心させられる。実に面白く読むことができた。人間自体は時空を超えるということはないのだが、手紙が時空を超えてやりとりされている。それでもある種のタイムスリップものと思わされてしまうような、SFの雰囲気を感じ取れる内容でもある。

 決して一方通行の話ではなく、話が進められるにしたがって、物語の登場人物の全ての過去と未来がつながって一つの環を作り上げていくのである。タイトルにある“奇蹟”という言葉が単に時空を超えたやり取りにあるのではなく、時空を超えて人々が一つの絆でつながっているということこそが“奇蹟”なのであろう。とにかく、うまく創り上げられているなと感心しきりの作品であった。


虚像の道化師   6点

2012年08月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「幻惑す まどわす」
 「心聴る きこえる」
 「偽装う よそおう」
 「演技る えんじる」

<感想>
 ガリレオシリーズ7作目となる短編集。今回は4編と少なめだと思ったのだが、どうやら10月に8作目となる短編集が続けて出るもよう。2回分に分けたということらしい。

 内容としては前半の2作はシリーズらしい作品であるが、後半の2作はシリーズらしくないという印象。全体的にやや薄味という感じは否めないが、どれもそれなりに楽しむことはできる。

「幻惑す」は、ある種の密室トリックといってもよいであろう。教祖の念力が具現化するという部屋の秘密を湯川が暴く。なんとなく似たような前例がありそうなトリック。

「心聴る」はOLを悩ます幻聴と、その上司の突然死の謎にせまる内容。現実に、なさそうでありそう? ありそうでなさそう? 今後、この話に似たような事件が起きそうで恐ろしい。

「偽装う」は、発見された夫婦の死体の写真を見て、湯川が疑問を抱くという内容。本来、湯川が扱わないような事件であるが、強引な設定で捜査せざるを得ない状況を作っている。ラストでは、素人探偵らしい幕の引き方をしており、ある意味、湯川らしさが出ているといえよう。

「演技る」は、心理トリックを用いた作品。真相が暴かられたとき、うかつにもあっけにとられた。内容云々よりも、ここに登場するとある人物が、今後別のシリーズ作品にも登場してくると面白いかもしれない。


禁断の魔術   6点

2012年10月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「透視す みとおす」
 「曲球る まがる」
 「念波る おくる」
 「猛射つ うつ」

<感想>
「虚像の道化師」に続いてのガリレオシリーズ8作目となる短編集。なんと全編書き下ろし。

 今作はミステリとして薄味とかそういった印象よりも、ミステリというよりも“ちょっといい話”を集めてみましたという感じの作品集になってしまっている。

「透視す」は、手品を通して客引きを試みたホステスの話が描かれている。これが嫌な後味で終わりそうなのを予感させておきながら、最後にちょっといい話となる。この作品の流れを基本とした感じで、他の作品も同様の趣向の内容となっている。

「曲球る」は事件に巻き込まれたプロ野球選手の苦悩。
「念波る」は双子のテレパシーと事件の関連性を描いている。
「猛射つ」は湯川の知り合いである元大学生が起こそうとする復讐劇の顛末を描いたもの。

「念波る」はある程度、事件との関連性がある内容なのだが、他のものは事件そのものよりも、心情的な部分に重点を置いているような内容。最後の「猛射つ」はこれら作品集の中では最長となっているので内容に期待したものの、これも心情的な部分を強調した物語として終わってしまっている。レールガンという存在自体は面白かったが、科学とミステリを融合させた従来のシリーズのような作品を読みたかったと物足りなさが残る。


夢幻花   6.5点

2013年05月 PHP研究所 単行本

<内容>
 かつて水泳のオリンピック強化選手であった大学生の秋山梨乃は、することもなく悶々とした日々を送っていた。そんな折、梨乃は花を育てるのが趣味である祖父の家で、その花を写真にとり、ブログにアップしはじめることに。すると、ある日梨乃が祖父の家を訪れると、死体となった祖父を発見する。生前、祖父が育てていた珍しいという黄色い花の鉢植えが無くなっていたのだが、それは事件に関係あるのか? 窃盗のせんで進めている警察の捜査が進まない中、梨乃は自分の力で事件の謎を解こうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 これはかなり出来の良い作品。東野氏によるノン・シリーズの作品であるが、実にうまくできている。サスペンス・ミステリとして一級品といえよう。

 黄色い花を巡る祖父の死の謎をつきとめようとする秋山梨乃。その秋山梨乃と知り合うことになる原子力工学を学ぶ大学生の蒲生蒼太。主にこの二人を主人公とし話が進められる。さらには、梨乃の祖父の事件を個人的な思いから解決しようと奔走する刑事の早瀬。梨乃の前に姿を現し、なぜか事件を調査しようとする蒼太の兄の蒲生要介。こうした幾人かの人々を交えながら物語が進行していく。

 基本的な謎となるのは、黄色い花を巡る梨乃の祖父の死にあるのだが、ではその事件が他の事象に対してどのように関連していくのかもポイントとなる。特に主人公のひとりである蒼太がこの事件にどのようにリンクしていくのかが興味深かった。プロローグとして、普通の家族に襲いかかる惨殺事件と、蒼太の初恋の話の2つが語られているのだが、それらの過去の話が徐々に現在の物語に追い付いてくることとなるのである。

 多数の事件や事象がしっかりとひとつの話に結び付いていくところはさすがと感じられた。実にうまく物語が作り上げられている。また、物語のみならず本書は二人の若者の再生と成長の話であるところも大きな特徴である。事件を通して彼らは自分たちの現状と未来をどのようにつないでゆくのかが、これまたうまく描かれているのである。

 一見、地味な内容とも感じられるので、それほど話題にはならないかもしれないが、東野作品の中でもこれは大勢の人々、特に若い世代の人に読んでもらいたい作品。物語の主人公たちと同じように、進むべき未来の一端を見出してもらえたらと期待したい。


祈りの幕が下りる時   6.5点

2013年09月 講談社 単行本

<内容>
 東京のアパートにて、滋賀県在住の女性の死体が発見された。そのアパートの借主は行方不明となっており、捜査は難航することになる。被害者は東京に来た際に、幼馴染である舞台演出家の女性と会ったことはわかっているのだが、何故事件に巻き込まれたのかが全くわからないという状況。そんなおり、日本橋署で働く加賀恭一郎が事件に思いがけぬ情報をもたらす。

<感想>
 今年の東野圭吾は「夢幻花」といい、この「祈りの幕が下りる時」といい、作家としてずいぶん油が乗っているなと感じさせられる。どちらも本格ミステリというわけではないのだが、ミステリと重厚な物語がうまくマッチしている。やや、物語としての比重が強いようにも思えるが、その物語の完成度が高いので十分に満足させられてしまう。

 本書は加賀恭一郎シリーズの一作品でもあり、加賀本人の人生に非常に大きな重みを持つ一冊でもある。この作品により、なぜ加賀が「新参者」にて、日本橋署へと配属されることになったのかなど、さまざまな背景が明らかになる。

 内容は滋賀県在住の女性が、なぜか東京のアパートで死亡していたという事件。しかも、そのアパートの住人は身元がよくわからない人物なうえ、行方不明になっていることから、警察の捜査は難航する。そこに加賀恭一郎が登場し、事件にヒントらしきものをもたらすことにより、ひとりの人物の名前が浮き彫りになる。ただ、その人物が犯罪とは全く縁のなさそうな人物であり、事件との関わり合いが全く見つからないという始末。その後、警察と加賀の地道な捜査により、過去に起こった出来事と現在の事件が少しずつ重なり合ってゆく。そうして、意外な真相と加賀の母親の過去が明らかになってゆくのである。

 事件の一部分だけをとると、「容疑者X」を感じさせるところもある。ただ、この物語の核となるのは、とある登場人物がたどってきた人生の重みについて。その人物の過去が明らかになればなるほど、例え罪を犯していたとはいえ、同情を禁じ得ないものとなっていくのである。

 また、「夢幻花」を読んだ時もそうであったのだが、作中に原子力発電所について記述されているのは、最近の東野氏のこだわりとなっているのだろうか。特に原子力発電所に関するものが物語上必要とは感じられないのであるが、現代の物語を語る上では避けるべきではないと考えているのであろうか。今後の作品に関しても、これらの記述がなされてゆくのか注目していきたいところである。


疾風ロンド   6点

2013年11月 実業之日本社 実業之日本社文庫(書下ろし)

<内容>
 研究所から、秘密裏に作られた生物兵器が盗まれた。それを盗んだ元所員は、自分が首になった腹いせに研究所の所長を脅し、3億円を要求する。元所員は、スキー場のコースから外れた雪の中に生物兵器を埋め、目印として探知機を埋め込んだテディベアを木に吊るしておいた。しかし、その脅迫者が交通事故により死亡してしまったことにより、事態は急展開する。生物兵器をなんとか回収しようと、スノーボーダーの息子を連れてスキー場を探そうとする研究員。その事件を聞きつけ、先に生物兵器を奪おうとするもの。さらには、そんなことが起きているとは全く知らないスキー場でレジャーを楽しむ人々と、監視員の面々。生物兵器を先に手にするのはいったい誰!?

<感想>
 未知の生物兵器の奪い合い! と聞くと、緊迫感のある固いストーリーを思い浮かべるかもしれないが、実は肩の力を抜いて読める内容。この物語では悪役となる登場人物が小悪党でどこか間が抜けており、脱力感満載。小悪党同士のせめぎあいに、中学生たちと真面目な監視員が参加しました! という風なストーリー。

 とはいえ、決して脱力感のみで終わるような内容ではなく、400ページ弱の厚さの本に、これでもかと言わんばかりの“軽冒険もの”の要素が詰め込まれている。まぁ、“軽冒険もの”なんていうジャンルがあるかどうかはわからないが、何かそんな感じ。

 上司からの無茶ぶりにより、生物兵器を探すこととなった研究員。その研究員の中学生の息子は理由もわからずゲレンデに連れ出され、そこで恋をする。生物兵器の存在を知り、それをかすめ取ろうとする者。監視員としての仕事にプライドを持つ者。ちょっとした問題を抱えつつも、知らない間に騒動に巻き込まれてゆく中学生たち。そんなこんなの人たちが集まり、知ってから知らずか、争奪戦に参加することとなり、物語は大団円へと向かう。

 最後もそのまま終わらず、ちょっとしたオチというか、多少捻りを付けて着していくさまも見事であると感じられた。“疾風”の名にふさわしい、あっという間にゲレンデを駆け抜ける冒険ミステリ。


虚ろな十字架   6点

2014年05月 光文社 単行本

<内容>
 ペットの葬儀場を経営する中原道正のもとに警察がやってくる。元の妻が何者かに殺害されたと。かつて中原は娘が強盗に殺害され、大きなショックを受けることとなり、その事件がもとで妻と離婚することとなった。娘を殺害した男の裁判を経て、中原は刑務所や死刑の制度に疑問を抱くこととなったが、娘のことは忘れられずも何とか立ち直り、日常の日々を取り戻していた。しかし、また元の妻が亡くなるという事件に遭遇することに。事件を犯した犯人はすぐに捕らえられたのだが、何か釈然としないものを感じた中原は、加害者の背景を調べていき・・・・・・

<感想>
 東野氏の作品で「手紙」「殺人の門」「さまよう刃」など、“罪”について問い正すかのような重い内容が描かれているものがある。本書もそれに近いのだが、思想的には濃くても、陰惨な場面などは少ないので、前述した作品群に比べれば、結構読みやすかった。

 本書は、“死刑”というものについて考えさせられる作品。物語の主人公は、過去に娘を強盗によって殺害された男。その事件により妻と別れることになったのだが、その妻が別の事件によって殺害されることとなる。この作品では、ただ単に加害者の罪に対する言及や被害者の悲壮について語られるというものではなく、事件自体を掘り下げて真相を見出していくというミステリ仕立てにもなっている。

 そうして、最終的に審判が下されることとなるのだが、本書でも触れている通り、“罪”というものについては、決して回答がつけられるものではない。その“罪”自体に対しても、被害者、加害者、第三者と立場が違えば、考えることも全く異なる。本来ならば、だからこそ法があるのだから、それに即せばよいとなるはずなのだが、起こる事件についても全くひとくくりにできるものではないことにより考えは複雑なものとなってしまう。ただ、そこに完璧な“法”を望むのではなく、“罪と罰”というものについて考え続けることこそが人間的なあり方なのだということなのだろうか。色々なことを考えさせられてしまう内容の作品であった。


マスカレード・イブ   6点

2014年08月 集英社 集英社文庫

<内容>
 「それぞれの仮面」
 「ルーキー登場」
 「仮面と覆面」
 「マスカレード・イブ」

<感想>
「マスカレード・ホテル」を読んだときには、シリーズとして書くことができるのかなと不思議に思えたのだが、今作を見るとホテルと事件と警察を組み合わせることにより、さまざまな書きようがあると認識させられた。本書は「マスカレード・ホテル」以前の話を短編として描いた作品集。全体的に思っていたよりもミステリ色が濃いと感じられ、意外と満喫することができた。

「それぞれの仮面」にて、脇役で登場するモデルとなるのが、あのプロ野球選手ではないかと・・・・・・しかも、またあまりにもタイムリーな話題となっているので笑ってしまった。内容よりもそちらのほう気に・・・・・・ちなみにホテルのフロントマンである山岸尚美が活躍する作品。

「ルーキー登場」は、ランニング中の男が殺害されたという事件。夫婦円満の陰にひそむものを新人刑事の新田浩介が暴き出す。名探偵ばりの直観を働かせ、事件を解決する新田の活躍が痛快。ただ、そのルーキー君も女の恐ろしさには、ただただ尻尾を巻く他ない。

「仮面と覆面」は、事件というよりもホテルでの騒動を描いた内容。覆面作家を巡っての騒動記。フロントマンの山岸尚美の奮闘ぶりがうかがえる。

「マスカレード・イブ」は、ここで新田と山岸が交錯するかと思いきや、意外な形でつながる話。事件は大学構内で起きた教授殺人事件。容疑者と思われる准教授は、不確かながらもアリバイがあり、決定的な証拠もつかめないという状況。新田は、真相を見出そうと奮闘する。ここで新田とコンビを組む新人女性警察官がいい味を出している。ルーキー同士がぶつかり合うというか、かみ合わなさがむしろ楽しめる。また、こういう書き方の作品であれば、新田と山岸の両者が共に活躍する作品を色々と書くことができそうだなと、感じさせられた。


ラプラスの魔女   6点

2015年05月 角川書店 単行本

<内容>
 温泉地で起きた硫化水素による死亡事故。どう考えても偶発的な事故としか考えることはできず、事件性はないものと判断される。しかし、同じような事故が別の温泉地でも起きてしまう。たまたま、両方の現場を調査することとなった地球科学の研究者である青江教授であるが、疑わしく思えるものの、人為的に起こすことは不可能と判断する。ただ、青江はその二つの現場で、謎の女を目撃することとなる。彼女は羽原円華と名乗り、とある人物を捜しているのだという。さらに、青江はこの事件を単独で捜査している刑事と出会い、事件の裏に潜む背景を知ることとなり・・・・・・

<感想>
 東野氏の作品で、科学的なものを描いた作品は良くみられるのだが、超常現象とか超能力を描いた作品というものは、あまり見られなかった気がする。本書は、科学と超常現象が一体になった内容。

 異なる場所の温泉地で起きた二つの事件。キーワードはどちらも硫化水素による死亡事故。ただし、人為的に起こすことは不可能と考えられ、どちらも事故ということで片づけられる。そこに不穏なものを感じた刑事と研究者により徐々に背後に隠れたものが浮き彫りにされてくる。

 単なる超常現象ものとせずに、ブログに秘められたひとりの男の物語を加え、ミステリ性を増しているところはさすがというか、いつもどおりの東野氏らしい安定感。ただ、全体的にうまく出来ていて、端正に感じられるぶん、どこかもう少し破天荒なところが欲しかったかなと。なんとなく、登場人物全員が優等生キャラクターというように感じられてしまい物足りなかった。東野氏の作品ゆえに、もうひと越えと、過剰な要求をしたくなってしまう。


禁断の魔術   6点

2015年06月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 帝都大学に勤める湯川のもとに古芝伸吾が訪ねてきた。伸吾は高校時代、サークル活動を存続させるためにOBに助けを求めていた。その助けに応えたのが湯川であり、その湯川のおかげでサークルのパフォーマンスは成功に終わった。伸吾はこれをきっかけに、帝都大学を目指し、無事合格することができたのだ。しかし、湯川と再会を果たしたのち、伸吾の姉が死亡したと知らされる。両親がなく、姉弟二人で生活してきた伸吾は大学を辞め、工場で働くことに。実は伸吾には、ある目的があり、工場で働くことを決意したのであった。
 北関東のとある町にスーパーテクノポリスという建物が建設されることを巡って、賛成派と反対派がしのぎを削る中、反対派のひとりが殺害されるという事件が起きた。彼は何らかの重大な情報を握っていたようなのだが、それはいったい!? 彼が残したものの中に、壁に穴があく様子が写された動画が残されていたのだが・・・・・・

<感想>
 ガリレオシリーズの短編集「禁断の魔術」の中に収められていた「猛射つ」という作品が長編化されタイトル「禁断の魔術」となり、文庫にて刊行された。文庫という事もあり、購入して読んでみたのだが・・・・・・まぁ、短編そのままであったかなと。比べてはいないので、変更点とかわからないのだが、ほぼ変わらない内容。よって、短編を読んだ人は無理に読まなくてもよさそうなくらい。これまた、映像化のために長編化された作品なのかなと邪推。

 ミステリとしては、そんなに見るべきところはなく、平凡な科学小説といってもよいくらい。ただ、レールガンって、すげーなーと思えたくらいか。全体的に良い方向へと話が持っていかれており、それゆえに安心して読める小説ではある。


人魚の眠る家   

2015年11月 幻冬舎 単行本

<内容>
 IT企業の社長である播磨和昌とその妻・薫。二人の仲はうまくいっておらず、離婚は間近と思われていたそんなとき、小学生を迎えようとする娘の瑞穂が水難事故に遭う。プールでおぼれて意識不明の重体となったのだ。その後、瑞穂は脳死状態とみなされることに。和昌と薫は、臓器移植のドナーという選択肢を迫られるなか、二人はこのまま脳死状態にある娘を育てていくことを決断し・・・・・・

<感想>
 ミステリとかサスペンスとかではなく、“脳死”というものに焦点をあてた人間ドラマ。個人的にはミステリ性が薄いところが残念なのだが、それでも小説としては非常にうまくできている作品である。

 本書では一人の少女の“脳死”を巡り、その家族、さらには周辺の人々を巻き込んでの苦悩・反応・決断などが描かれている。“脳死”というものに対して医療的な判別があるものの、最終的にそれを受け入れるかどうかは家族の判断となる。果たして、完全に死亡したのかどうかがわからない状態で、“脳死”という判定により最愛の家族の命をあきらめられるかどうかは、実際にそのような状況にあってみなければ決してわからないであろう。また、仮に脳死という判定を受け入れず、そのまま生かすという選択についても、周囲の反応といった世間体、さらには金銭面などのさまざまな問題がふりかかることとなる。

 作品のなかでは色々な形でこの問題を考え、さらにはそうしたなかで、どのような決断を強いられるか、そのひとつひとつの分岐における選択を記している。“脳死”云々についての是非の判断は難しくても、家族が良い意味で、その後健やかに暮らすことができる選択をとれるのが一番よいことだろうと思われる。ただ、それでもそこに関わる全ての人が納得してというのは、難しいのだろうなぁという風にも感じられてならない。

 難しい問題をとりあげたなと思いつつも、本書のなかでは話を非常にうまくまとめたなと感心させられてしまう。また、一見物語と関係なさそうなプロローグが、最終的にエピローグへと結びつき、これまたうまい具合に物語を紡ぎあげたと、読了後さらに感心させられた。


危険なビーナス   5.5点

2016年08月 講談社 単行本

<内容>
 動物病院で獣医として働く矢島伯朗のもとに一本の電話がかかってきた。かけてきたのは、伯朗の弟で異父兄弟である矢神明人の妻だという楓という女。彼女と明人は昨年、結婚したというのだ。しかし、その明人が行方不明になっていて、その失踪に矢神家の人たちが関わっているのではないかといい、一緒に明人の行方を捜してもらいたいと依頼される。伯朗は明人の嫁である楓に魅かれ、彼女と共に行動をすることとなるのだが・・・・・・

<感想>
 東野氏の作品ゆえに、読みやすいのは当然のことなのであるが、個人的に内容に惹かれず、だらだらと読んでしまったという感じ。作品のどこに惹かれなかったかというと、主人公が怪しげな女の誘いに、ずるずると乗っかっていく感じが不自然を通り越して不快であったこと。ここまでいくと、もはや大人というよりは、中学生男子みたいな感じであった。

 ただ、当然のことながら、その誘いに乗らなければ物語は動かないし、また、作品名より、その女性の存在がそれほどまでに魅力的であったということなのであろう。そう理解はしていても、なかなか読むスピードは上がっていかなかった。

 弟の失踪の謎、亡くなった画家である父親の生前の秘密、亡くなった母親の死の真相、などなど、それなりに魅力的な謎はきっちりと用意されている。ただ、最終的にはあまりにも内包的というか、こじんまりとしたところにとまとまってしまったなという感じ。また、せっかくの主人公の獣医という設定が、あまり生かしきれていなかったかのような。

 最後まで読んで気づいたことがある。それは、この作品を読むスタンスは、あくまでもライトなコメディ風の作品だと捉えて読むべきものであったという事。決して真面目なサスペンス・ミステリだと捉えて読む作品ではなかったのであろう。そのように捉えて、肩の力を抜いて読めば、よりよく楽しむことができる作品ではないかと感じられた。


雪煙チェイス   6点

2016年12月 実業之日本社 実業之日本社文庫

<内容>
 スノーボードが趣味の大学生、脇坂竜実は殺人の容疑をかけられてしまう。以前、老人の犬の散歩のバイトをしていたのだが、その老人が何者かに殺害され、現場の状況から脇坂が怪しいとされたのだ。無実を晴らすべく、脇坂は友人と共にスキー場へと向かう。脇坂は殺人があったと思われるときに、スキー場でスノーボーダーの女性と出会っていたのである。その女性を捜し、無実を晴らしてもらおうとするのであったが、既に刑事が二人を追ってスキー場へと向かっており・・・・・・

<感想>
 東野氏のゲレンデ・サスペンスミステリ・シリーズ作品(こんなシリーズ名はついていないが)。「白銀ジャック」「疾風ロンド」に続いての第3弾ということになるのかな。ただし、登場人物はそれぞれ異なるので、どの作品から読み始めても全く問題はない。

 このシリーズは、サスペンスミステリであっても、コメディタッチの作品ゆえに、安心して読むことができる。東野氏の作品ゆえに読みやすく、スピーディーで気軽に楽しむことができ、旅のお供にもってこいの小説(しかも文庫書下ろし)。

 内容は、ひとりの老人を巡る殺人事件の謎、逃げるスノーボーダー、追いかける刑事、ゲレンデで行われる結婚式の準備、“幻の女”ばりの謎の美人スノーボーダーの正体、等々。群像小説でありつつも、しっかりとまとめられており、わかりやすい内容になっているところはさすが。


マスカレード・ナイト   6.5点

2017年09月 集英社 単行本

<内容>
 新田刑事らの班が急遽呼び出され、他の班と共同で事件にあたることとなった。事件は、練馬独居女性殺人事件。匿名通報ダイヤルからの情報により明らかになった事件。これといった容疑者が見つからないかな、警察宛に密告状が届く。そこには、ホテル・コルテシアで行われるカウントダウン・パーティーに容疑者が現れると書かれていた。新田らは以前、ホテル・コルテシアで潜入捜査をし、事件を解決に導いていた。そしてまた、捜査班らはホテル・コルテシアにて潜入捜査をすることに。ホテルでは現在、コンシェルジュとなった山岸尚美らが待ち受け・・・・・・

<感想>
 なかなか面白かった。ホテルを舞台としたミステリであるために、色々と制約がなされてしまい、面白さも薄れるかと思いきや、思の他うまく書かれていると感心させられてしまう。

 物語は、年末に行われるパーティーに犯人と目される人物が現れるいう告発があったため、ホテルに刑事たちが乗り込み、怪しい客がいないかを監視していくという流れ。それと、ホテルのコンシェルジュとなった山岸尚美が客からさまざまな難題を持ち寄られ、それらを解決していくというパートが並行して進行してゆく。これらの流れから、いくつもの小さなエピソードが積み重ねられ、そして最後のカウントダウンパーティー場での大団円へとなだれ込んでゆく。

 客として登場する人々の様々な思惑が交錯し、予想のつかない物語が構築されている。もっと単純な話で収まるのかと思いきや、客たちの表層に現れている表情と、その裏に隠れている思惑が予想に反するもので、思いもよらぬ意外性が秘められていた。

 文章や構成力に関しては、もはや人気作家でありベテラン作家でもある東野氏であるから、しっかりした作品となることは当然のこと。ただ、そうした期待のなかで、こうしたエンターテイメント系の内容のものをきっちりとミステリとして成立させ、読者を最後まで楽しませるところは、見事であると感じられた。


魔力の胎動   6点

2018年03月 角川書店 単行本

<内容>
 「あの風に向かって翔べ」
 「この手で魔球を」
 「その流れの行方」
 「どの道で迷っていようとも」
 「魔力の胎動」

<感想>
 東野氏の作品である「ラプラスの魔女」が映画化されることを受けてか、その作品の登場人物である羽原円華が活躍する作品群を描いたよう。ちなみに「ラプラスの魔女」は既読であるものの、私のなかではあまり印象に残っている作品ではなく、今作の主人公のひとりともいえる羽原円華についてもほとんど覚えていない。それは、「ラプラスの魔女」自体が個人にスポットを当てる作品というよりも群像小説的な描き方をしていたことによるのであろう。そんなこともあってか、ここであえて羽原円華を強調する作品集を書いたという事なのだろうかと、勝手に想像している。

 本書は、物語の語り手である鍼灸師の工藤ナユタが羽原円華の力を借りて、さまざまな問題を解決していくというもの。それらはあくまでも“問題”であり、事件というようなものではないので、本書はあまりミステリ的なものは感じ取れない。その問題というのは、悩めるベテランスキージャンパーの問題、ナックルボールを捕ることのできないキャッチャーの問題、キャンプ場で亡くなった子を思う親の問題、相棒が亡くなったミュージシャンの問題。

 前作「ラプラスの魔女」に登場していた羽原円華には、どこか超自然的なものが感じられたのだが、本書ではそこまで超自然的ではなく、勘のいい少女的な感じ。そのためか、悩める人々の問題を解決していく様子を見ているとガリレオ・シリーズの羽原円華版、というような印象を受けた。

 また、単に悩み相談をしておしまいというわけではなく、実は本書において一番の悩みを抱えているのは語り手である工藤ナユタであり、彼が抱える問題についても少しずつ羽原円華が割って入っていくように描かれている。この辺は単なる短編集というわけではなく、しっかりと「ラプラスの魔女」に絡めつつ、連作短編的な構成をとっているところはさすがと言えよう。

 ただ、最終話の「魔力の胎動」は、その流れからすると、全く工藤ナユタとは関係ない話が描かれており、ここに掲載する分には蛇足というように思われた。むしろ「魔力の胎動」は、「ラプラスの魔女」の文庫版あたりに同時収録した方がよさそうな気がしたが。




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