<内容>
「おれは非常勤講師。決められた期間を文句をいわれない程度にそつなくこなせばいいと思っている。授業中も無駄話をして子供たちの機嫌をとるなんてことは一切しない。こいつらに好かれる必要などないのだから。」
そんなスタンスで小学校を渡り歩く非常勤講師。そして彼のいく先々では常に事件が発生する。しかし彼はクールな態度を崩すことなく、快刀乱麻のごとく事件を解決していく。
<感想>
東野氏が書く小学生を対象にした学園ものというと“しのぶせんせ”シリーズを思い浮かべることができる。本書の「おれは非情勤」も小学生を対象にした学園物であるのだが、“しのぶせんせ”が表であるなら、こちらは裏の小学生学園物シリーズといったところか。
“裏”などと付け加えたくなるのは主人公が冷酷なスタンスをとっていて、さらにはハードボイルド調で話が進められるという学園物らしからぬ雰囲気をまとっているからである。とはいうものの、それぞれの物語の中で主人公は冷たい物言いの中で生徒のために積極的に行動しているのだから、そのギャップもまたなんともいえない。
内容もそれぞれの作品がうまいところを狙っているといえる。全編にわたって共通しているところは、大人から見ると不可思議に見える子供たちの行動を探るというもの。子供たちはそれぞれの世界観によって、ルールやゲームを打ち立てて学校生活を送っているだけなのだが、それにより小さな事件が起きたとき、大人の目には不可解な謎としてとらえられる。本書においてはこの着眼点がとても良いと感じられる。まさに学園物にふさわしい狙いといえよう。
相変わらず多芸な東野氏であるが、本書もまた埋もれるには惜しい一冊といえるだろう。文庫という形にて日の目をみることができてよかったと思わざるをえない。
<内容>
田島和幸の家は歯医者を営んでいた。しかし、父の歯医者の仕事が近所に流れ始めたいやな噂により徐々に立ち行かなくなっていった。そしてずるずると落ちていく転落の日々。後に田島和幸はこう思った。すべては倉持修と会った、あの時からおかしくなりはじめたのではないかと・・・・・・
人はどのような状態になれば殺人の門を開くのか。心の闇をえぐる衝撃作!
<感想>
陰鬱だ。いや本当に陰鬱な内容だ。読みやすい本であるのだけれども“重い”。しかもそれが嫌な重さなのである。東野氏の作品でいえば、「宿命」という作品の裏バージョンとでもいえばいいだろうか。もしくはこれが東野流ノワール小説といったところなのか。
読んでいて考えたのは、これを読んでいる人は主人公のことをどんなふうに思うだろうかということ。この主人公のことを「馬鹿な奴だな。自分だったら絶対そんなことはしない」と否定的に感じる人もいれば、「あぁ、なんとなくわかるような気がする」と共感を覚えてしまう人もいるのではないだろうか。基本的には前者の意見となるのであろう。しかし、本書では主人公に対する落としかたがうまく、どうしようもないような立場へと誘導され、主人公はもはや選択の余地がないような状況と錯覚してしまう。はたから見ていれば、それでも選択の余地はあるように思えるのだが、当事者の視点にたてばその方向へと進む道しか見えないのだろうということを感じさせられてしまうのである。そして主人公がそのことに気づくのは必ずしばらくたってからということになる。本書の構成というのはそのパターンの繰り返しでできている。
そして読んでいるほうは、主人公に文句をつけたりしているうちに、本を読み進め続けていることになってしまう。これは十分リーダビリティのある本といえよう。またある意味、著者の誘導にうまくのせられて本を読んでいるという気にもさせられる。これも計算どおりといったところなのか。本書は爆発的にドンと来るような小説ではなく、「白夜行」のようなじわじわとくるような面白さを味わえる。
<内容>
水原雅也の父親が、経営する工場の借金を苦に自殺した。その葬式の際、訪れていた伯父から雅也の父に貸していた金の請求をされる。そしてその夜、神戸の町に大震災が起きた。偶然にも怪我を負わなかった雅也は家屋の下敷きになっていた伯父を殺害してしまう。しかし、その一部始終を見知らぬ女に目撃されていた。告発されるのではと恐れていた雅也だが、逆にその女は雅也を助けるかのような行動をとり始める。いつしか雅也はその女、新海冬美と共に行動をすることに・・・・・・そして二人は決して日の当たらない幻夜の中を歩み始める。
<感想>
物語は「白夜行」を思わせるような先の読めない展開がなされていく。「白夜行」は主人公の男女の感情がほとんど明かされないという構成で話題になったが、「幻夜」でも似たような構成がとられている。ただし、秘められるのは主人公のうちの女性のほうの感情で、男性のほうは苦悩ともいえる感情が切々と語られていく。
本書での物語を語る重要なテーマの一つとして“罠”というものを上げておきたい。いたるところに登場人物らをからめとるかのような罠が仕掛けられていき、その影には必ず二人の男女の姿が見え隠れしている。そしてその仕掛けられた“罠”は主人公にさえもおよんでいく。本書がミステリーとして成立しているのはこの“罠”の仕掛けによるところであろう。その“罠”から見出される無慈悲さというものがこの物語を象徴していると感じられる。
ただ、本書には説得力というものが欠けているように感じられる。著者としてはあえてその部分をはぶいた物語というものを構成したかったのだろう。しかし、その是非は読み手の捕らえ方によってかなり変わってしまうのではないだろうか。
あと、本書はあくまでも独立した1冊の作品であるのだが、「白夜行」も事前に読んでおいたほうがさらに楽しむことができると思う。「白夜行」を読んだうえで、この2004年最初の大作をぜひともチェックしておいてもらいたい。
<内容>
四十台半ばで“スノーボード”に魅せられた、人気作家の奮闘模様を描いたエッセイ集。「おっさんスノーボーダー殺人事件」(書き下ろし)付。
<感想>
“おっさんスノーボーダー”と自ら語りながら、日々スノーボードに明け暮れる様子が描かれている。それを読んでいると、とてもとても“おっさん”などとは呼べないほどの奮戦振りだ。シーズンオフであっても雪のあるところを探して、遠くまで日帰りで車で出かけて行くというのには感心を通り越してあきれる始末。とはいえ、やはり自分がやりたいこと、楽しいことをすることが継続の秘訣なのかなと、これを読んでいて感じられた。スポーツを全くやらない私にとっては、そういう打ち込めるものを見つけられた著者をうらやましく思ったりもする。また本書を読むと千葉県にある人工スキー場“ザウス”(今はもう無くなった)はスキーヤーやスノーボダーにとっては無くてはならないものだったんだなと実感できる。
本書の中で東野氏が毎日のようにスノーボードに没頭しているため、編集者が連絡をとることができないと嘆いているというように書かれている部分がある。しかし読み手側からすれば、年にあれだけ仕事をこなしている作家は少ないのでは? と逆にエールを送りたくなったりする。これで1年に1冊も新刊が出なければ、「もっと仕事して」と言ってしまうかもしれないけど・・・・・・。
そんなわけで、雪山を扱った東野氏の新刊がそのうち出るのではないだろうか。それはそれで期待。あと、「おっさんスノーボーダー殺人事件」は普通のでき。
<内容>
長峰重樹は娘が夏祭りからなかなか帰ってこないことを心配していた。娘の友人宅に電話をかけてみると、皆と別れすでに帰路に着いたという。長峰はついに警察に捜索願を出すものの、その日娘は帰ってこなかった。そして数日後、娘は死体となって発見される。しかも蹂躙された死体として・・・・・・
途方にくれ、虚脱状態となった長峰の元に一本の匿名の電話がかかってくる。それは犯人を告発する電話だった。長峰はその電話のことを警察に知らせずに、自分の目で確かめようとするのだが・・・・・・
<感想>
2003年に「手紙」「殺人の門」という重いテーマを扱った本を書き上げた著者であったが、それに続くようにさらに重いテーマの本が書き上げられた。それが本書「さまよう刃」である。本書で取り扱っているテーマは少年犯罪による被害者の立場というものである。近年、少年犯罪が増加しているものの、その刑罰の軽さが社会問題となり、あちこちのテレビ番組などで取り上げられている。そのような社会的な背景から、著者は被害者の観点から本を書いてみようとしたのではないかと思われる。
よって本書の内容はミステリーというよりは、少年犯罪の刑の軽さ、遺族による復讐の是非などについて社会に賛否を問いかけるような内容となっている。とはいえ、あくまでも本書はフィクションであり、ミステリーとして読まれるように仕上げられている。
ただ、中盤においての展開はいかがなものかと思える部分があった。本書では加害者たる少年の感情はいっさい書かれず、主には被害者の父親、警察、それらを取り巻く人々の感情によって書かれている。特に序盤は加害者の友人であり、事件の一部に関わっていた少年にスポットが当てられている。最初はこの少年と、被害者の父親の二人の感情を主に書かれるのかと思っていたのが、中盤以降はその少年はあまり登場しなくなってしまう。その代わりに出てきたのが、過去に子供を亡くした中年女性なのであるが、この存在意義がどうにも納得いかなかった。
この女性の登場により、序盤までの緊迫した雰囲気から、一気に通俗的なミステリーに成り下がってしまったと感じられるのだ。確かに間をつなぐための展開とか、殺伐とした雰囲気を緩和するための効果と考えられないことはないのだが、それでも私的には不要であると強く感じられた。
そして後半には事件に一つの解決がなされるのであるが、これまた実に印象深いラストであった。このラストでは本書全編に渡り登場してきていた警察の存在というものがより強く強調された気がする。ここに来て事件自体に被害者、加害者、その周囲を取り巻く人たちのみならず、警察官達も強く関わっているという事が浮き彫りにされるように描かれている。
なんとも、軽く結論を出すことのできる内容ではないのだが、読めば読むほど、考えれば考えるほど悩まされるテーマであることは確かである。
<内容>
「もうひとつの助走」
「巨乳妄想症候群」
「インポグラ」
「みえすぎ」
「モテモテ・スプレー」
「線香花火」
「過去の人」
「シンデレラ白夜行」
「ストーカー入門」
「臨界家族」
「笑わない男」
「奇跡の一枚」
「選考会」
<感想>
多種多彩な笑える話から笑えない話までいろいろなものがそろっている。これらを下記のように3つのジャンルに分けて感想を書いてみた。
<作家もの>
「もうひとつの助走」 「線香花火」 「過去の人」 「選考会」
これは“作家”をモチーフとしたもの。ベテラン作家の受賞選考の話や新人作家の受賞の話など“賞”を絡めた内容となっている。これらを読んで思い起こすのが“直木賞”の受賞者候補に何度か選ばれている東野氏自身のこと。まさか経験談ってことは・・・・・・ないのだろうけど、これを読んだ東野氏の担当作家は次に受賞候補作に選ばれたときにはどんな顔をして東野氏と一緒に受賞結果を待ち受けることになるのやら・・・と想像するだけで楽しくなってしまう。
<症候群もの>
「巨乳妄想症候群」 「インポグラ」 「みえすぎ」 「モテモテ・スプレー」
これらは奇妙な症状に巻き込まれた男性たちの話。ようするにどれも性的なからみの話となっている。下世話ながらも、ついなるほどと納得できてしまったりして、それなりに楽しめる内容である。どうせならば、このような“症候群”的な内容だけで一冊まとめてしまうのも面白いと思える。
<その他>
「シンデレラ白夜行」 「ストーカー入門」 「臨界家族」 「笑わない男」 「奇跡の一枚」
こちらはその他の笑い話。中には「奇跡の一枚」のように笑い話とはかけ離れたものまでが混じっていたりする。「シンデレラ白夜行」は昔話をモチーフにしているのだが、東野氏の他の作品からとったタイトルの意味まで考えて深読みするとなおさらおかしく感じられる。「ストーカー入門」は最後が少々中途半端。「臨界家族」はありそうな話で笑えてしまう。
そして本書の中で一押しなのが「笑わない男」。ラストの一行はシニカルな笑いを提供してくれる。
<内容>
花岡靖子は弁当屋で働き、娘と二人で暮らしていた。ある日、靖子の元にかつて別れた夫が彼女の居所を探し当て、金をせびりにやってきた。そこで、小競り合いとなり、靖子は自宅のアパートの部屋で元の夫を殺してしまう事に。途方に暮れていたとき、隣の部屋に住む数学教師の石神が突然、協力を申し出てきて・・・・・・
以前から隣に住む靖子に好意を抱き、靖子が勤める弁当屋に通っていた石神は彼女に対して協力を申し出る事に。そして石神は靖子が警察に捕まらないよう策略を練る。しかし、その事件を捜査する警察官に協力し、事件の謎を解こうとするのは“ガリレオ探偵”こと大学助教授の湯川であった。実は湯川と石神は大学時代の同級生であり・・・・・・
<感想>
ここまで、評判の悪いカバーというものも珍しいのではないだろうか。今年のワースト・カバー大賞(そんなものがあればの話だが)はこれに決まりだろう。ただ、内容のほうはそれに反したかのように優れたものとなっている。カバーに反して内容のほうは今年のベスト・ミステリーとなってもおかしくないほどであった。カバーが嫌で敬遠している人は、カバーを引っぺがしてでも(もちろん本屋でではなくて、買った後の事である)読まなければ損である。
本書の内容をひと言で言うと、倒叙ものである。つまり、犯人が最初からわかっていて、その犯人が何をきっかけに捕まえられてしまうのかという事がメインとして語られる内容のものである(代表的なところではコロンボ刑事シリーズがある)。
ただ、その倒叙というものは、あくまでも犯人はわかっているのだからジャンルとしては限界があるだろうと考えていた。それが本書では、それを覆すかのように倒叙ものとして、これまでにないレベルの高い成功を収めた作品として完成されている。
本書では、計画者が警察の捜査をどのようにそらしてゆくのか、という所に重点を置いて語られるのだがこの話の展開の仕方が見事に描かれている。まさしく読者の盲点を付くような内容となっており、ただ単に倒叙ものという一ジャンルにおいてだけでなく、ミステリーとしてすばらしい作品に仕上がっていると言えよう。
また、本書の探偵役としてガリレオ探偵シリーズで知られる湯川を配置した事も成功の要因のひとつである。
今年出版されたミステリーの中で、今のところのベストの作品はといえば、この「容疑者xの献身」と石持浅海氏の「そして扉は閉ざされた」の2作品を挙げておきたい。この両2作品が倒叙ものであるという事は注目すべきところであろう。
<内容>
「ダイヤモンドLOOP」「本の旅人」に掲載された、科学をテーマとした東野圭吾のエッセイ集。
<感想>
実業之日本社から出ていた「ちゃれんじ?」と同様のくだけたエッセイなのかと思っていたのだが、こちらはかなりまじめな内容。現代社会を科学的技術的な視点から見たエッセイとなっている。
といっても、ここではあくまでも著者個人的な意見であるし、もしかしたらここで問われていることはいろいろな分野の中で既に取りざたされていることなのかもしれない。ただ、私個人はというと、そういった技術書どころか新聞すらもろくに読まない始末。であるから、この本に書かれていることはかなり新鮮でなるほどと思うことが多かった。
よって、本書はこれから何かを詳しく知るための取っ掛かりの本としては最適であろうと思われる。これを読んで興味を覚えたものに対しては、さらに専門書などで詳しく調べればよいだろう。読みやすい内容になっているので“科学”なんていう言葉に興味がないという人には、かえってお薦め。
<内容>
東野圭吾の飼い猫の夢吉がある日突然、人間の姿へと変わり、人の言葉を話すようになっていた。人間化したものの、だらだらと日々を過ごしている愛猫を見て東野圭吾は「オリンピック選手になって俺に恩返しをしろ」と突然言い出す。その日から東野圭吾と夢吉は様々なウィンタースポーツを見学し、さらにはトリノまでへ出向いてオリンピックを観戦することに!!
<感想>
出た時期を考えると直木賞受賞によるボーナス的な旅行としてトリノに行ったのだろうと思っていた。しかし、実際にはそうではなく、直木賞を取る前に日程は決まっていて、しかもその旅立つ日が授賞発表の翌日ということで大変な強行軍になったようである。よくよく考えれば、著者は「ちゃれんじ?」というエッセイを出していたり、スキージャンプを題材にした「鳥人計画」を出していたりとウィンター・スポーツに対する興味はもともと強かったようである。
そんなこんなで、結局のところ話の内容は小説ではなく、トリノオリンピック観戦記でしかないのだが、なかなか興味深く読むことができた。特にトリノオリンピックで見る日本人選手の奮闘振りというものがきちんと描かれている。メダルだけでの観点からいえば、金メダルひとつに終わってしまったのだが、競技全体の結果をよくみれば結構日本人選手が奮闘していたということがわかるように書かれている。
そういうことも含めて、トリノオリンピックをテレビとは違う別の面から見るという意味では最適な本ではないだろうか。読みやすいので興味のある方はぜひ。
予断ではあるが、実際現場へ行った著者の観点からすると、とにかくトイレに対する不満が強かったんだなというのが一番心に残った。
<内容>
前原昭夫は一戸建ての住宅に妻と中学生の息子と老いた母親との四人で暮らす平凡なサラリーマンであった。そんなある日、昭夫は仕事中、妻からすぐに帰ってきてもらいたいとの電話を受ける。家に帰った昭夫を待っていたものは見知らぬ女の子の死体であった。どうやら、息子が家に連れ込んで首をしめて殺してしまったようなのである。昭夫と妻は自分達の暮らしを護るために、事件を隠蔽しようとするのであるが・・・・・・
<感想>
「嘘をもうひとつだけ」以来の加賀恭一郎の登場作品。「嘘を」は倒叙作品を集めた短編集であったが、本書はその長編版というような内容となっている。
最近の東野氏の作品で倒叙ものといえば、話題になったばかりの「容疑者x」があり、それとどう区別をつけるのだろうかと思ったのだが、本書ではこの作品なりの“倒叙”というものを確立しており、「容疑者x」とは全く異なる深みをもった作品となっている。
本書の内容は、事件が起きた後、その関係者が事件を隠蔽しようとする。そして事件が明らかになった後に警察側は徐々に犯人と目されるものを追い詰めていくというもの。
この序盤から中盤へかけての展開はある程度予想する事ができるものとなっている。ただ、この物語にどのように結末を付けるのかということに興味がひかれながら、後半はひたすらページをめくっていくこととなる。そして終盤ではどんでん返しの連続が待ち受けていた。
最後まで読んでみると、本書が推理小説としてもなかなか濃いものであった事に気づかされる。ただ、やはり本書は“推理小説”という枠組みよりも家族というものを問いかける“物語”としての比重が大きかったように思われる。
とはいえ、一見単純な事件でしかないようなものを、ここまで予想だにさせない展開を繰り返して、読むものをひきつけてゆくのは見事としかいいようがない。また、本書が加賀恭一郎自身の“家族の物語”でもあるというところも必見である。
<内容>
心臓外科で研修医を勤める氷室夕紀はその道では権威の西園の下で医師としての腕を磨いていた。彼女の父は元警官であり、動脈瘤によって亡くなった。その時の執刀医が実はその西園であった。夕紀は父の死を目の当たりにし、医者となる事を志したのだが、それと同時に西園に対してある疑惑を胸に秘め・・・・・・
その夕紀が勤める病院に脅迫文が送られてきた。当初は単なる悪戯かと思われたが、それだけにとどまらない事態が発生し、病院内は緊迫する事に。いったい脅迫状の送り主の狙いとは何なのか!?
<感想>
東野氏は色々な作風の著書を書き上げている作家である。例えば、「容疑者x」のように本格ミステリに挑戦したり、他にも社会派ミステリとかスポーツや科学を取り上げたもの、ときには笑える話などを書いていたりもする。そんな中で本書を読むと、そういえば東野氏は乱歩賞作家であったんだなぁ、と思い起こす事ができる。
本書の舞台となっているのは病院であり、特に心臓外科医にスポットが当てられている。上記で“乱歩賞作家”と言う風に述べてみたが、そのように書くと医療の背景などが事細かに書かれている印象を受けるかもしれないが、さほど細かくは書かれていない。あくまでの背景については物語のペースを妨げない程度でしか書かれておらず、この辺はちょうど良い配分であるかと思われる。
本作品では、心臓外科医で働くひとりの女性医師と、とある復讐を遂げようとする男との二人の様相が交互に書かれて展開していく作品となっている。
この作品もいつもの東野氏の作品らしく、うまく書かれているとしか言いようがない。ただし、さほどアクロバティックな要素はないので、普通のサスペンス・ミステリという程度にとどめられているという言い方もできるかもしれない。
ただ、これだけうまくまとめられた作品を地味な普通の小説と表現されてしまうのはちょっときびしい意見なのかもしれない。そう感じてしまうということは、それだけ東野氏にレベルの高い作品を求めているか、最近読んでいる読書の質に恵まれているという事なのではないだろうか。
と、変な表現になってしまったが本書はサスペンス・ミステリとして安心して楽しめる作品に仕上がっているので、気楽に手にとってもらいたい一冊であることには間違いない。
<内容>
渡部は妻子ある四十代のサリーマン。今までは不倫をするやつなんて馬鹿だと思っていた。しかし、会社に派遣社員として秋葉が来たことにより、渡部の人生は変わることとなる。次第に秋葉との不倫にのめりこむことになる渡部。そんなある日、渡部は秋葉が昔、殺人事件に関わったことがあり、未だ容疑者の一人とされていることを知り・・・・・・
<感想>
ミステリというよりは不倫小説であったなと。東野氏が書く作品であるから、不倫小説という体裁をとったミステリ小説であると考えていたのだが、比重からすると不倫小説というほうに多く天秤が傾いていたように思える。
本書では不倫相手の秋葉という女性が殺人事件の容疑者としてもうじき時効を迎えるという点が最大のポイントとなっている。しかし、この要素ですらもミステリ色を濃くするものというよりは、不倫小説の色合いをさらに濃くするようなものであったと感じられた。
さらには、ミステリ作品としては事件の内容に関してはあまり深く掘り下げていなかったのではという不満も残るものとなっている。
と、そんなわけで本書は東野氏によるミステリ作品というものを期待するよりは、東野氏の手による不倫小説というものを堪能すべきものであろう。四十代くらいのサラリーマン男性であれば共感できる場面が多々あると思うので、一読の価値あり。不倫を実体験されている方にとっては、これはある種のホラーともなりうるかもしれない。
<内容>
バーテンダーの雨村は店に来ていた客に襲われ、病院に入院するはめに陥る。彼を襲ったのは以前雨村が交通事故を起こしたときに死亡させてしまった女性の夫であった。しかし今回襲われたことによって、雨村の事故を起こしたときの記憶の一部が欠落してしまった。そして雨村につきまとうかのように現れる怪しい魅力的な目をした女・・・・・・。雨村は交通事故を起こしたときに何があったかを探ろうとするのだが・・・・・・
<感想>
本格推理小説風の作品であると、記憶の一部が欠落したというような展開のものは、あまりいただけないと感じられることが多いのだが、本書はサスペンスタッチの作品のためか、そういった部分ではあまり気にせずに読むことができた。
本書は特に、どこかに印象が残るというような強烈な作品ではないのだが、東野氏らしい端正でうまく描かれたサスペンス作品として成功しているといえよう。ホラー作品とまでは行かないにしても、マネキンを連想させるような無機質で不気味さを煽る展開がサスペンス性をさらに高めているとも感じられた。
最終的に明らかになる真相についても、それなりに凝ったものとして仕上げられており、今回の作品もうまく創られているなぁと、ただただ感心させられるのみ。普通にお薦めすることができる佳作作品といったところ。
<内容>
功一、泰輔、静奈の三人の兄妹は幼い頃、何者かに両親を殺害された。洋食屋を営み、ハヤシライスがうまいと評判の店屋であり、誰かに恨まれるような心当たりもなく、事件はやがて迷宮入りへと。
三兄妹は施設へ預けられ、大人となってからは三人そろって詐欺師となり、三人でチームを組んで金を騙し取る日々を送っていた。そんなある日、彼らがターゲットにした男の父親が三人の両親を殺害した者ではないかという疑惑がもちあがり・・・・・・
<感想>
ようやく読むことができた。3月に購入して以来、ページ数が分厚いから敬遠してたのだが、読み始めてみればあっという間に読み終えてしまった。また、この作品がドラマ化されるということも、早く読んでおかなければというきっかけになったことも確かである。
本書は三兄妹の復讐の物語だけではなく、詐欺師の物語でもあり、そして緻密な罠を仕掛けてゆくというミステリ性の高い内容までも盛り込まれている。よって、全体的にかなり読み応えのある作品であるということは確かである。
あとは本書に対して評価が分かれるのは、結末についてであろう。ここで好き嫌いが分かれるのではないだろうか。
東野作品に限らず、最近のミステリ作品ではどんでん返しというのは当たり前のことであるが、本書でのどんでん返しが適切であったかどうかというところ。また、最終的に、あまりにも綺麗に終わりすぎたというのも気になった。まぁ、話の整合性からすれば、このような終わり方をするために、ここまでの物語が積み立てられてきたという緻密さにはそれなりに納得させられるのだが。
ということで、よくできた物語ではあるので、あとはどう捉えるかは人それぞれというところであろう。
なんだかんだ言っても、本書が読者を満足させる東野氏らしい作品であるということは間違いない。
<内容>
「落下る おちる」
「操縦る あやつる」
「密室る とじる」
「指標す しめす」
「攪乱す みだす」
<感想>
昨年、同じくガリレオ・シリーズの長編と同時に発売された短編集。どちらを先に読むかということで長編の方をとり、短編集は年をまたいで2009年になってからようやく読む事となったのだが、こちらも長編に劣らず良質なミステリ作品集となっていた。
この作品からはTVシリーズではおなじみの女刑事・内海薫が登場している。一応こちらの短編が発表されたほうがTVよりも先とのことだが、この配役がTV化を意識してのことだとしてもおかしくはないであろう。事実、TVでは女刑事を登場させることによって成功したともいえる(まぁ、ドラマ上あたりまえの配役なのだろうが)。また、この女刑事を登場させることにより小説のほうもマンネリ化を脱し、物語をうまく進めてゆくのに一役かっていると言えよう。ただし、TV版と小説版では内海刑事の性格はだいぶ異なるように感じられる。
作品についてはガリレオこと湯川が「容疑者xの献身」から復活するきっかけとなる事件を描く「落下る」と湯川が恩師と対決する「操縦る」の2作が秀逸と言えよう。これら2作品に共通するのは、メイントリックの奇抜さだけで勝負するのではなく、その後にもうひとつどんでん返しを仕掛けているという点。メイントリックのみに頼らず、物語をうまく展開させてゆく手腕はさすがと言えよう。
その点「攪乱す」に関してはメイントリックのみで終わってしまっているところがおしいと感じられる。前述した2作品と比べればもう一工夫欲しかったところ(特に犯人の人物造形)。
「密室る」は伏線を張ったミステリとはなっているものの、ややあっさりめ。「指標す」はこのシリーズのなかで考えると科学的な検証が少なかったというか、それを逆手に取ったと言うところか?
なにはともあれ、今回もレベルの高い作品集を読ませてもらうことができた。内海刑事の登場により、これからもますます期待が持てそうなシリーズである。特にTVの続編を要求される事になれば、ハイスピードで続きの短編が書き上げられる事になる可能性もあるかもしれない。
<内容>
真柴義孝は結婚してから1年が経ったある日、妻の綾音に別れを告げた。子供ができなかったという理由からである。そして数日後、真柴義孝は自宅で死亡しているのを発見されることに。死因は亜ヒ酸による中毒死。一見自殺のようにもとれるのだが、自殺にしては不可解な点もあり、警察は他殺の面で捜査を進めることに。綾音に堅固なアリバイがあるなか、綾音のアシスタントで義孝の愛人であり、第一発見者である若山宏美が捜査線上に上がった。しかし新人刑事の内海は直感的に宏美はシロで、綾音が怪しいと感じ、“ガリレオ”こと、湯川学に相談する。
<感想>
「容疑者xの献身」に続いてのガリレオ長編2作目の作品。前作がレベルが高く、名作とされたなかでの続編ということで、どのような出来かと心配しながら読んだものの、見事にこちらも高水準のミステリ作品として完成されていた。
主な内容はひとつ。如何にして毒殺をなしえたのか。これひとつだけのネタながらも、単行本で380ページ近い厚さの本を飽きさせずに引っ張ってゆくリーダビリティは相変わらずのもの。作中では内海刑事と草薙刑事が別々の推論を抱えながら、別々に捜査をしていくことになるのだが、一見無駄なように見えた草薙刑事の行動さえも、きちんと回収されてゆく解決はなかなかのものといえるだろう。
また、主たる毒殺トリックもそれなりに見栄えのするものとなっている。探偵ガリレオを持ってして、これは完全犯罪だ、と言わせてしまうようなものなのだが、実際には犯人自身は完全犯罪とか、トリックということを考えて仕掛けたものではない。犯人にとっては、トリックというよりは、情念の行為による結果なのである。その情念がタイトルにある“救済”という言葉につながってゆくこととなる。
それゆえに、犯人の行為自体を考えると本書が本格ミステリとしての濃度が薄まるという気がしなくもないのだが、全体的に見て充分に濃厚なミステリであると言ってかまわないであろう。
<内容>
政府の最高機密として“P-13現象”というものが報告された。政府はこれを発表すると社会に大きな影響を与えかねないとして、国民にはこのことを伏せ、3月13日の午後1時13分前後の時間に危険な行動は慎むようにと密かに命令を発した。
刑事の久我冬樹はちょうどその時間、警察の仕事により犯人を捕らえようとしていた。そして犯人逮捕にせまったとき、世界が唐突に変貌を遂げることに!!
<感想>
東野氏が今回はどんな作品を描いてくれるのかと期待していたのだが、今作はなんとSF的な内容である。ただし、SFといっても小難しい内容はほとんど出てこないので、パニック小説とかサバイバル小説というようなジャンルの作品といってよいであろう。
“P-13現象”という謎の出来事により、異世界というか、パラレルワールドのような世界に取り残されてしまった人々。そこで彼らは生き延びつつ、これからの生活と人生を考えてゆかなければならなくなる。
ちょうどこの作品を読む前にスティーブン・キングの「ザ・スタンド」を読み終えたばかりなので、共通項を見つけられるところが面白かった。しかし、生存しているものにとっては、この作品の世界のほうが厳しいものとなっており、まるで異分子は排除すべきとでもいうような世界の中で人々は困難を強いられることとなる。
この作品をどんな風に収束させるのかと気になっていたところであるが、なるほどとただただ納得。残酷な現実が待ち受けているところもあるのだが、最終的にはうまいところに話を落ち着かせたという印象であった。
本書は、ただ単にエンターテイメント作品として楽しめるというだけでなく、そこらじゅうに人間の生き方のスタンスや選択肢というものが描かれている小説でもある。一見読みやすい作品であるがゆえに、エンターテイメントのみで流してしまいそうになるが、実は骨太の小説でもあるということを強く認識しておきたい作品。
<内容>
日本橋の一角でひとり暮らしの女性が殺害されるという事件が起きた。付近の商店街にて、刑事の聞き込み捜査が始まった。捜査をする刑事のなかで、ラフな格好をした、奇妙な刑事の姿をよく見かけることとなる。彼は日本橋署に赴任してきたばかりで、自分を“新参者”と呼ぶ。彼は加賀恭一郎と名乗り、事件と関係なさそうなことを聞きまわっているように思えるのだが・・・・・・
<感想>
また、こんな変わった作風をよく考えるものだなとつくづく感心させられる。現代劇であるにも関わらず、まるで宮部みゆき氏の人情歴史小説を読まされたような印象が残る。本書では、刑事・加賀恭一郎が殺人事件が起きた周辺の人々や事件に関わる人たちの問題を解決しつつ、殺人事件に徐々に肉薄していく様子が描かれる連作短編となっている。
以前書かれた「嘘をもうひとつだけ」という作品に登場した加賀恭一郎の雰囲気は、恐ろしいくらいに事件捜査に秀でた冷酷な刑事という印象であったが、本書ではそのイメージは緩和され、人情味があふれるものとなっている。とはいえ、徐々に話が進んでいくうちに、犯人らしき者へと加賀恭一郎の捜査の手が伸びつつあるところを感じると薄ら寒さを憶えたのもまた確かなのであるが。
いや、なんか今作では奇抜な点はいっさいないはずなのだが、何故か東野氏にやられたという印象が強い。書き方をちょっと変えるだけでも、ミステリ作品に対する味わいや印象というものが変わるんだなということをまざまざと見せ付けられた作品。
<内容>
緋田宏昌は、昔有名なスキープレイヤーであり、現在はその経験を生かしスポーツクラブに勤めている。妻を早くに亡くし、娘を男手ひとりで育ててきた緋田であったが、その娘がスキープレイヤーとしての才能を開花しつつあり、ワールドカップへの出場が期待されていた。そんな折、とある事件が緋田の心を揺るがせることとなる。その事件により、緋田が娘にずっと隠し続けていた事実が明るみに出てしまうのではないかと・・・・・・
<感想>
東野氏の趣味でもあるスキーを題材にしたミステリ作品。個人的にはもっとスキープレイヤーとしての活動にスポットをあてて書いてもらいたかったところ。
当然のことながらリーダビリティのある作品に仕上げられているのだが、どうも内容というか登場人物たちの心理描写が鬱屈しているせいか、前半は読みすすめづらかった。スポーツを描いた作品なのだから、もう少しすっきりしていても良かったのではないだろうか。
特に本書の主要人物のひとりである柚木という研究者っぽい人物が、やたらと嫌われ過ぎなところが気になった。これだけ嫌われつつも、自分の会社で支援している選手たちにまとわりつけば(本人には悪気はないようなのだが)モチベーションが下がるだけなのではと矛盾を感じずにはいられなかった。
そういった感情面を除けば、あとは十分普通のサスペンス・ミステリとして読みとおすことができた。なんとなく最近の東野氏の活躍からイメージ付けられてしまうのかもしれないが、ドラマ化にはちょうどいいんじゃないの、と思われるようなあっさり目の作品。
しかし、せっかく若い二人の男女のスキープレイヤーを登場させているのだから、この二人の活躍や競技自体にもっとスポットを当ててくれてもよかったのではなかろうか。特に鳥越信吾という人物に関しては、それだけの登場のみで終わらせてしまうのはもったいないようにも思われた。まぁ、最後まで読めば著者の意図はそれなりに伝わってくるのだが。
<内容>
警察の通常の捜査に対して、新たな捜査方法が提示された。それは、DNAを特殊なプログラムにより解析し、犯人像を予想し、さらには犯人に近い血縁のものを特定するというもの。このプログラムにより、犯人のDNAを示すことができるものが現場に落ちていれば即、犯人を捕まえることができるようになった。これにより警察の捜査は大きく変わることとなったのだが・・・・・・このシステムをあざ笑うかのように、DNAから犯人像を特定できないという事例が現れることに! システムに欠陥があるのか!? 詳しく調べていこうとすると、そのシステムの開発者が殺害されることとなり・・・・・・
<感想>
読んでいる途中で、東野氏の作品というよりは大沢在昌氏の作品を読んでいるような感じになった。基本的には警察機構の話と言えないこともないのだが、なんとなくスパイ小説のように感じられないこともない。
これは東野氏の作品としては普通。よくできていることは間違いないが、とりたてて秀でているところもないという気がする。DNAを用いた特殊な捜査とそれに反発する刑事。システムの管理責任者でありながら、とある問題を抱えていることにより事件の容疑者として追われることとなる研究者。事件を追う人々と、DNA管理プログラムを守ろうとするもの、またはそのプログラムの秘密を暴こうとする者。そうした、さまざまな登場人物の思惑が錯綜しながら物語は結末へと向かってゆくこととなる。
今作で感じたのは、序盤のスピーディーな展開が見事ということ。序盤にDNAシステムについての説明がなされることとなるのだが、そこに極力ページ数を割かないで、読んでいる者を退屈させないように、あっという間に話が進み、メインの事件が起き、物語が展開していくこととなる。東野氏の作品としては普通だと言ったが、こうした読者をうまく話に惹きつける手腕はいまさらながら見事と言えよう。これと同じ内容のものを他の人が書いてもさほど面白いと思えないかもしれないのだが、東野氏が書くと普通のミステリ作品でもそれなりのものに仕立て上げてしまう。これだから東野氏の作品はなかなか読み逃すということができない。
<内容>
新月高原スキー場にメールで脅迫状が届いた。スキー場に爆弾を仕掛けたので、その場所を知りたければ3千万用意しろと。現場責任者である倉田は経営者である上層部に状況を伝えるのだが、彼らは警察には連絡せずに様子を見るようにと。よって、結局は犯人の意にしたがい身代金を用意することとなる。倉田はゲレンデのパトロール隊で信頼のおける根津昇平と藤崎絵留に協力を求める。パトロール隊のふたりは、犯人の要求にしたがい、現金引き渡しの場へと行くのだが・・・・・・
<感想>
スキー場とそこに集うスキー客を人質とし、身代金を要求するという、まさにタイトル通りの“白銀ジャック”たる内容。意外とこのようなネタの作品は今までなかったかもしれない。ちなみに東野氏は以前「天空の蜂」という作品で、これとは異なる脅迫ものの作品を描いたことがある。
いや、文庫書き下ろしだからといって、決してあなどってはならない作品。サスペンス小説として、なかなかの出来の作品であった。
犯人の正体や動機が最後の最後までうかがい知れないものとなっているのだが、その途中では怪しい者達が次から次へとどんどん出てくる。狙いは純粋に“金”なのか、それとも個人的な復讐か、または地域の活性化を願ってか、はたまた別の隠れた動機があるのだろうか?
犯人の正体を色々と考えながら読み進めていくこととなるのだが、ラストで明らかになる真相は、簡単には予想がつかない凝ったもの。まさに東野氏の趣味を存分に生かして書かれた快作といってよいであろう。文庫での出版ということで、手軽に濃厚なサスペンス・ミステリが楽しめる逸品である。
<内容>
「シャレードがいっぱい」
「レイコと玲子」
「再生魔術の女」
「さよなら『お父さん』」
「名探偵退場」
「女も虎も」
「眠りたい死にたくない」
「二十年目の約束」
<感想>
東野氏が単発で書いてきた作品のなかで、さまざまな曰くにより今まで単行本に掲載されなかったものを集めたもの。個人的にはなんとなくボツ作品という気もしなくもない。
「シャレードがいっぱい」「レイコと玲子」「再生魔術の女」「二十年目の約束」の4編はサスペンス・ミステリ的な内容。前者2作はいまいちであったが、後者2作は悪くはなかった。特に前者2作は書かれた年代も結構前でありバブル期を感じさせる描写がたまらなかったりする。
「さよなら『お父さん』」は東野氏の出世作「秘密」の原案となった短編。ここではボーナストラック的な作品。
「名探偵退場」は名探偵もののパロディ的な内容。
「女も虎も」「眠りたい死にたくない」はショートショート。
という感じで、東野氏のファンであれば作品をコンプリートするためにも必要であると思われるが、そうでなければ無理にお薦めする必要のない作品。
<内容>
日本橋の寒い夜、巡査はひとりの男がふらつきながら歩いているのを目撃する。酔っぱらいのように思われた男は、橋のなかほどにある麒麟の像の台座にもたれかかる。酔っぱらいが寝てしまったと思い、巡査が男に声をかけると、男の胸にはナイフが突き刺さっていた! その死亡した男は何故、刺された場所からここまで歩いてきたのか。事件の真相に加賀恭一郎が挑む。
<感想>
もはやミステリ作品というよりは、人間ドラマと言った方がしっくりくる。トリックとか、そういったものを重視したミステリではなく、人間としての生き方を問いかけるかのような小説となっている。こういった作風のものを読むと、東野氏が乱歩賞作家であったこと思いだす。
日本橋の欄干にもたれかかる男の胸にはナイフが突き刺さっていた。男が刺されたのは、死んでいた場所から離れたところであり、無理を押してここまで歩いてきたと思われる。付近で怪しい男が発見されたものの、警官から逃げようとした男は車にひかれてしまい口がきけない状態。しかし、被害者の持ち物を所持しており、事件は早急に解決するかに思われた。
こういった状況の中、腑に落ちないものを感じた加賀恭一郎が被害者と容疑者の痕跡をひたすら調べ続ける。捜査する場所は「新参者」に続いて、日本橋近辺。わずかな期間ながらも日本橋を歩き回り、周辺の状況を知りつくした加賀がさらに日本橋を歩き回り、やがて真相へ到達する。
東野氏の作品ゆえにリーダビリティがあるというのは確かなことなのだが、どうしても作品にそれ以上の高いハードルを要求してしまう。個人的には、この作品にさらに本格ミステリ的な要素をプラスして、と思うのだがそれはさすがにわがままなことか。そういった内容の作品は、6月刊行予定のガリレオ・シリーズのほうでやってくれるのかもしれない。そちらに期待することとしよう。
この加賀恭一郎シリーズであるが、しばらくの間は日本橋シリーズとして続けられることとなるのであろうか。「新参者」から引き続いて、日本橋に住む人たちがレギュラー出演するようになったら、さらにシリーズらしくなることであろう。
<内容>
小学校5年生の柄崎恭平は夏休みの間、叔母一家が経営する海沿いの玻璃ヶ浦にある旅館にて過ごすこととなった。宿へ着くと、途中新幹線の中で一緒になった物理学者と名乗る湯川という男もそこに泊まるという。湯川は企業から依頼を受け、電磁探査の実験をするために玻璃ヶ浦にやってきたという。叔母一家の宿で退屈な毎日を過ごすはずであった恭平であったが、宿に宿泊していたひとりの老人が行方不明となり、翌日死体で発見されたことにより騒動に巻き込まれてゆく。最初は事故かと思われたのだが、やがて殺人の疑いが浮上することに・・・・・・。本来、こうした騒ぎに興味を示さないはずの湯川であったが、何故か積極的に事件に関与しようとする。事件の陰に隠された真相とは!?
<感想>
何となく湯川らしからぬ行動のようでありながら、実はこれこそが湯川らしい行動というべきなのか? ガリレオ探偵でおなじみの湯川学が活躍するシリーズ作品。長編としては3作品目。
起こる事件は平凡なもの。事件というよりも事故のようなものなのだが、それが殺人事件ではないかという意見が浮上したことにより、事態はあわただしくなる。そうして被害者の過去がゆっくりと明らかになって行く。このへんは実にスローテンポでありながら、何故か飽きがこなかった。というのは、シリーズ化されており、さらにはドラマ化されていることもあって、それぞれの登場人物に血が通っており、脇役の視点で話が進められていてもそれはそれで興味を持って読むことができてしまうのである。従来であれば、多視点の作品は受け付けられないものが多いのだが、本書においてはシリーズという強みが生きていると言えよう。
そうして最後の最後になり、ようやく事の真相が明かされることとなる。本書においては、真相そのものというよりは、この事件を湯川がどのように結末をつけるのかが鍵となると言えよう。今回、何故か事件に積極的に関わろうとした湯川の苦悩と決心を垣間見えることができる。残酷な事実の中にも力強さと希望とが入り混じった美しいラストであった。