<内容>
医学的には脳死と診断されながら、月明かりの夜に限り、特殊な装置を使って言葉を話すことのできる少女・葉月。生きることも死ぬこともできない、残酷すぎる運命に囚われた葉月が望んだのは・・・・・・その使命を達成せんとするために選ばれたのは暴走族“ルート0”のリーダーの高村昴であった。
<感想>
冒頭に“オスカー・ワイルド”の「幸福の王子」という話が載っている。わずか1ページの掲載なのだが、その話がこの物語の全てを表している。この本を読了した後にこの「幸福の王子」という話が現代の黙示禄かとも思えるような残酷さを孕んでいることに気づかされる。まさにまるで現代を予言したかのように。
第1章で物語が幕を開け、その次の章からは連作短編小説であるかのように形作られている。ある種、医学小説といってもよいような内容が描かれているのだが、その根底ある第1章の残酷な物語によって単なる薀蓄や現実を紹介するような物とは一線を画しているように感じられる。それぞれの連作短編を読んでいるなかでも常に“水の時計”の音が背後に鳴り響いているような気がしてならない。その“水の時計”の音は通常の時計のようにカチカチ鳴り響くものではなく、水道の蛇口から水がポタポタと落ちていくような音である。そしてその音が本を読み進めるにしたがって、だんだんと間隔が途切れがちになっていくのがわかるのだ。
社会派小説と言われるものとは異なる形であるものの現代社会の歪を見事に描いた作品。これはミステリというよりは“ダーク・ファンタジー”に他ならない。
<内容>
(上側の世界)
藍原組の組長代行・紺野は追い詰められていた。紺野は下火であった暴力団を盛り返させ、一気にのし上げさせた伝説的な人物。その紺野に何者かがメールによる脅迫状を出してきた。そのメールはガネーシャと名乗る人物からで、内容は組員の睡眠を奪うという不可解なもの。しかし、次々と組員達が謎の死を遂げることになり・・・・・・
(下側の世界)
光のあたらない地下の世界では世間から疎んじられた人々が集まって暮らしていた。彼らは<王子><時計師><ブラシ職人><楽器職人><画家><墓掘り><坑夫>とそれぞれ職業で呼び合っている。その世界にひとりのけが人が紛れ込んできた。その人物は記憶を亡くしており、自分のことを<ガネーシャ>と名乗るのであるが・・・・・・
<感想>
前作「水の時計」がツボにはまり、第2作である今回の小説にも期待をしていたのだが見事にその期待に応えてくれた力作である。
あらすじを読んだかぎりではファンタジー小説? と思っていたのだが、実際に読んでみるといきなりヤクザの抗争の話から始められている。そのヤクザの抗争の話と並行するように地下の世界にて摩訶不思議なダークファンタジーが繰り広げられるという異色な内容となっている。
読み進めていくとすぐに地上の世界と地下の世界での話がなんらかの関係を持っているということに気づかされる。そして話が後半に進むにつれて、相互の話に深い関連があるということが明らかになってゆく。
正直、読んでいたときは地上の世界と地下の世界に関連があるとはいえ、あくまでもファンタジー的な設定であり、せいぜい精神的な関わりぐらいでしかないのだろうと思っていた。しかし、それが緻密に設定された復讐劇であったと分かったときには驚かされてしまった。
地下の世界を彩る“職業”の意味するところ、そしてヤクザの死に関わる謎、そういったものが全て明らかにされたとき、本書は実は謎解きを秘めたミステリーとして完成されていたことに気づかされることになる。
いやはや前作を読んだときにもその設定の奇抜さに驚かされたが、本書ではその設定だけでなく隠された緻密さにまで驚かされてしまった。この著者はすでにダークファンタジー・ミステリーという独自の世界を構築しているといってもよいのかもしれない。去年のうちに読まなかったために自分のベスト10の中に入れることができなかったことが、ただただ残念。
<内容>
弓道部の主将であるマドカは、構内で見かけた相手に突然の恋に落ちる。彼の事をマドカはサファイアと呼び、二人は不思議な邂逅と遂げることに。不思議な縁で結びつかれた二人は町に潜む異常犯罪者達に立ち向かうこととなってゆく。“もりのさる”“ドッグキラー”“インベイジョン”“ラフレシア”“グレイマン”。さまざまな犯罪者達と立ち向かう末に彼女達が見たものとはいったい・・・・・・
<感想>
久々の初野氏の作品であるが、これはいい。好みにもよるかもしれないが個人的には好きな作風である。作風はちょっと異なるかもしれないが、石田衣良氏の“IWGP”のシリーズが好きな人であれば、本書も楽しく読めるのではないだろうか。
この作品はファンタジーと都市伝説と近代的な犯罪らが融合した一風変わったミステリ作品となっている。主人公が女子高生であるために、学校が舞台で、ファンタジーめいた話なのかと最初は思っていたのだが、近代的で先鋭な犯罪を取り扱っている分、社会派ミステリとも言えなくもないところに驚かされる。
主人公のマドカとサファイアの二人が別々のさまざまな異常犯罪者たちと闘ってゆく過程で、社会的弱者の存在や、さらにはそういった者達を食い物にしようとする犯罪者の存在により、現代社会の構図が浮き彫りになってゆくように描かれている。
そして、暗号名のような符丁となっている犯罪者の呼び名から徐々に明るみになってゆく、彼らの正体に驚かされることとなる。個人的には“もりのさる”の犯罪手法や、“インベイジョン”の犯罪行為などが最近実際起きている事件にかさなるところもあり、一概にファンタジーということで済まされるような事件ではないなとの感想を抱かされた。
本書はタイトルとか、あらすじをさらっと追っただけでは理解しづらい小説であると思われるので、ぜひとも一読してもらいたい作品である。若者向けのミステリという気もするのだが、どの年齢の人にも素直に受け止めてもらえる作品ではないかと感じている。
<内容>
吹奏楽部の穂村チカが幼馴染の上条ハルタらと共に、部員集めをしつつ、学園生活を満喫してゆく様子を描いた連作短編集。
「結晶泥棒」
「クロスキューブ」
「退出ゲーム」
「エレファンツ・ブレス」
<感想>
今までの初野氏の作品と打って変わって、ほのぼのとした学園生活を描いた青春ミステリ作品集である。ただし、これをミステリと言ってよいのかどうかは微妙であるが、意外な展開やさまざまなアイディアが盛り込まれたリーダビリティある作品であると言うことは間違いない。
「結晶泥棒」では、化学部から盗まれた劇薬の行方とその目的を突き止める。
「クロスキューブ」ではオーボエ奏者を獲得するために六面全てが無地白色のルービックキューブの謎を解く。
「退出ゲーム」ではサックス奏者を演劇部から奪取するために演劇部と即興劇による対決を行う。
「エレファンツ・ブレス」では、謎の色彩“エレファンツ・ブレス”の正体を確かめるために吹奏楽部員たちが奔走する。
これらの話がどれも吹奏楽部を軸としており、吹奏楽部の存続のために主人公らがさまざまな事件に関わってゆくこととなる。これだけ書けばなんとなくありがちな作品のようにも思えるのだが、そこで彩られた数々のアイディアは確実に他の作品から一線を引いたものであると感じられる。まぁ、似たようなところで言えば米澤穂信氏の“古典部”シリーズあたりだろうか。
また、これらの短編がただ単に学園生活のなかで収束するものではなく、さまざまな社会的な事象を扱ったものであるということも注目すべき点であろう。特に「退出ゲーム」や「エレファンツ・ブレス」は学園ミステリから一歩踏み出した作品として仕上げられている。
本書は主人公の穂村チカが高校1年のときの話を描いた作品となっている。ということは、ひょっとすると2年、3年と今後話が続いていってもおかしくないわけである。続きが出れば、迷うことなく読みたい作品である。
<内容>
孤児院で育てられた少年・勇介は、ある日突然、彼の親戚であったという大学教授からの遺産を受け取ることに。その遺産とは“博物館”であった。しかもその博物館は、ある秘密のプロジェクトを行っている機関であるということを身をもって知らされることに・・・・・・
<感想>
SF系ダークファンタジーとでも言えばよいだろうか。ただ単にファンタジーでもよいのだが、全編暗い雰囲気に包まれているので、どうしても“ダーク”という言葉を添えたくなる。
内容は突如、博物館を継ぐことになった少年がタイムスリップの力を借りて幼馴染の少女の命を救おうとする物語が描かれている。
このくらいの説明では何がなんだかわからないであろうが、実際作品を読んでみても、きちんとした説明が簡潔になされているものの“唐突”という感は否めない。もっとボリュームのある作品にして、人間関係やら、細かい説明などをきっちりと書き込んでから冒険が始まってもよかったのではなかろうか? ただし、今後シリーズ化するのであれば、そういったところは解消されていくだろうからよいのだが、続編が出る予定はあるのだろうか。
タイムスリップ先は魔女狩りが行われているさなかの中世。そこで主人公とその相棒である枇杷(びわ)は今回の旅の目的のために、今まさに魔女のレッテルを貼られようとしている老女を助けなければならなくなる。そのためには、悪人3人衆(まさに典型的な悪役)が行う儀式の謎を解かなければならない。
要するに行うことは手品のトリックを見破るということである。本書の後半は、このトリックを破ることができるのか? さらには、目的となる老女をどのような形で救うのか? などといったことが焦点となる。
読んでいる最中は目的がどのように達成されるのかは全然検討がつかなかったが、目的自体ははっきりしているので、読み進めやすい作品と言えよう。リーダビリティもあり、アイディアにもあふれ、それなりに良い小説としてできあがっていると思われる。
ただ、個人的にはやはり書込みが十分ではなかったと思えるので、そのへんを続編でカバーしてくれればもはや言うことはない。
<内容>
高校2年になった吹奏楽部員の穂村チカ。彼女は幼馴染の上条ハルタや仲間と共に、無謀にも吹奏楽の甲子園と呼ばれる普門館を目指して日々練習にあけくれる。そんな吹奏楽部員のもとにさまざまなトラブルが持ち込まれ、彼女らはそれらの事件を解決しつつ仲間を増やしながら、目標へと突き進んでゆく。
「スプリングラフィ」
「周波数は77.4MHz」
「アスモデウスの視線」
「初恋ソムリエ」
<感想>
まさか本当に「退出ゲーム」の続編が出てくれるとは・・・・・・しかもこんなに早いうちに。
本書は部員を集めつつ、普門館を目指しながら活動していく吹奏楽部員の様子を描いた作品。前作では主人公の穂村チカが高校1年生であったが、今作は2年生になっての部活動の様子が描かれている。
この作品はミステリ作品としてもとれるのだが、そういった面よりも、とにかく物語として面白い作品である。人数の少ない弱小吹奏楽部が色々な困難を乗り越え、周囲の人のトラブルを解決し、徐々に部員を集めていくという展開で描かれており、ある種少年漫画向けのような内容である。しかし、そのベタな内容の展開が非常に面白い。
能天気ともいえる主人公コンビ、チカとハルタと、そんな彼らを放っておくことができない部員達。とにかく、ちょっとした事件を解決するのにもドタバタさわぎを起こしつつ、周囲の人々を幸福にしていく。そんな様相がとにかく良いのである。
今作は、前作に比べてもミステリとしてはさらに弱まったような気がするものの「アスモデウスの視線」という作品は、それなりに濃い展開を見せてくれるものとなっている。
ただ本書は、ちょっぴり泣けるような青春物語というほうが主であり、そこにミステリ的な展開を持ってくることによって独自色を出した作品だと思うので、話良ければ全て良しと思えないこともない。
とにかく良い作品であることは間違いないので、まだ読んでいない人は「退出ゲーム」と続けてお薦めしておきたい。この2作目が出たという事は、今後まだまだ続くことを期待して良いのであろう。ただ、続いて欲しくはあるものの、あんまり早めに終わってしまったら寂しいので、できれば次回作は3年生といわず、もう少し2年生の様子を楽しませてもらいたいところである。
<内容>
「序 奏」
「ジャバウォックの鑑札」
「ヴァナキュラー・モダニズム」
「十の秘密」
「空想オルガン」
<感想>
シリーズ3作目、2年生となった主人公が向かえることとなる秋のコンクールが背景として書かれている。ただし、序章にて描かれているようにコンクールの内容を重視せず、その同時期に起きた、いつものようにチカとハルタが巻き込まれるトラブルが中心として語られている。
ミステリ的には弱くなってきたかなと思いつつも、「ヴァナキュラー・モダニズム」で描かれている大がかりないたずらや、「十の秘密」で明かされる真相など、思ったよりも読みごたえはあったように思える。「退出ゲーム」のときのような意外性のあるミステリを見せてくれるというまでにはいたらないものの、青春ミステリとして十分に楽しめる内容。
また、シリーズキャラクタ達もそれぞれ良い味を出している。特に主要人物のひとりである吹奏楽部の顧問が抱える謎は今後明らかになりそうな展開を見せている。また、短編のひとつ「空想オルガン」では、吹奏楽部員ではなく、シリーズキャラクタとは関係ないものがメインとなっていて腑に落ちないところもあったのだが、ある人物の再生のきっかけを作ったというところに大きな意味があるのかもしれない。
そんなこんなでまだまだ楽しませてくれそうなシリーズである。なんとなくではあるが、登場人物を確認する意味で「退出ゲーム」から一気に読みとおしたいなと考えたり、考えなかったり。
<内容>
世界での異常気象、政権交代、経済不況などにより終末予言がうたわれるようになる荒廃した社会。そんななか、両足の不自由なシズカは革細工の修復の仕事をしながら、世間とは隔絶し、ひとり寂しく生きていた。ある日、彼女のもとに介護ロボットが派遣されてくるはずであったが、ロボットは来ずに代わりに玄関には人の言葉をしゃべる猿のような子供みたいな生き物が立っていた。彼はノーマジーンと名乗った。その日からシズカとノーマジーンの奇妙で騒々しい生活が始まった。
<感想>
足が不自由で世間とは隔絶して生きる女性と変わった猿のような生き物とが出会い、奇妙な友情と愛情を育んでいく物語。ある種、微笑ましい物語といってもよいのであるが、彼らに待ち受ける運命は残酷なもので、万人には薦めにくい童話となっている。そのあまりにも現実的な世界と、非現実的な残酷な運命があるゆえに、なかなか子供には薦めにくい作品である。シズカとノーマジーンとの邂逅のみが描かれた内容であれば、子供にも薦められる作品であったのに。まぁ、そこはダーク・ファンタジーを描き続ける(そういった作品ばかりではないが)著者らしいとも言えよう。
近未来か、はたまた架空の過去であるかのような社会が描かれているのだが、それがあまりにも現在から近い未来を予感しているようで怖い。そんななかで孤独を抱えた二人が寄り添い合い、細々ながらも微笑ましく生きてゆく。ただ、そこには残酷な事実と厳しい現実が立ちふさがってくることとなり、やがて彼らの別れを予感させる出来事が待ち受けることとなる。
この本を読み終えたとき、この物語の終わりが主人公の二人にとっての終わりではなく、始まりであることを願わずにはいられなくなる。
<内容>
「イントロダクション」
「エデンの谷」
「失踪ヘビーロッカー」
「決闘戯曲」
「千年ジュリエット」
<感想>
出る出るといって、なかなか出なかったハルチカ・シリーズ4作目。前作から約1年半。終わってほしくないシリーズ作品なので、末永く書き続けてもらいたいのだが、欲を言えば1年に1冊は出してもらいたいものである。
今作でも、シリーズ一番の謎である吹奏楽部顧問・草壁信二郎の謎は、あくまでも小出し。結局最後の最後までは明かされないのだろうか。今作では吹奏楽部員は増えたのかな? なんとなくプラスになったような、顧問が増えたかのような。
今回は文化祭をメインとし、吹奏楽部の活躍は重視されず、新たに登場する個性的なキャラクター達が縦横無尽にかけめぐる。今まで出てきたキャラクター達も、ほとんどが登場するのだが、はたから見たら本当に変人が多い学校であると妙に感心してしまう。
いつもながらにミステリ作品としても読める展開になっており、「エデンの谷」では、ピアノの鍵の行方を推理し、「失踪ヘビーロッカー」では、コンサートを行うことを待ち望んでいたアメリカ民謡クラブの部長は何故かタクシーから降りようとなかったり、「決闘戯曲」では、3代に伝わる決闘の謎について考え、「千年ジュリエット」では、謎の少女が文化祭へと舞い降りる。
ある意味、「千年ジュリエット」が一番ミステリらしくない展開なのかもしれないが、一番謎と驚愕をもたらす作品となっている。これを最後に持ってきて、このように締めるのかと、ただただ感心。
やはり、キャラクターの濃さといい、シリーズとしての楽しさといい、物語の魅力といい、まだまだ読み続けて行きたい作品である。
<内容>
「カマラとアマラの丘 −ゴールデンレトリーバ−」
「ブクウスとツォノクワの丘 −ビッグフット−」
「シレネッタの丘 −天才インコ−」
「ヴァルキューリの丘 −黒い未亡人とクマネズミ−」
「星々の審判」
<感想>
昨年出た作品をようやく今年になって読んだのだが、これは昨年のうちに読んでおけばよかったと後悔している。思いのほか面白かった。てっきりタイトルと表紙から「ノーマジーン」のような童話風の作品かと思ってしまったのだが、これが意外な形でミステリを構成している作品集となっていたのである。
内容は、閉鎖された遊園地に動物のための霊園があり、一人の青年が墓守をしているという噂が流れていた。その噂を聞いたわけありの人々がわけありの動物の秘密と共にその遊園地を訪れてくるというもの。
「カマラとアマラの丘」ではゴールデンレトリーバと飼い主の獣医の物語。その絆の深さが語られた後に、物語は意外な結末を迎え、この作品集が一筋縄ではいかないということを意識させられる。
「ブクウスとツォノクワの丘」で扱うのはなんとビッグフット! 夫婦がビッグフットを入れているという袋を持ってやってくるのだが、夫が語る話と妻が語る話には隔たりがある。そうして彼らの運命を決める“決”が衝撃的な形で展開されることに。
「シレネッタの丘」では、他の作品と異なり、事件ありきの内容となっている。このあたりから、作品集のミステリ的な色が非常に濃くなってくる。一家の惨殺事件と密室の謎。さらにその謎を解くカギはインコが握っているというのである。そして青年の口から人には理解しがたい真実が語られてゆくことに。
「ヴァルキューリの丘」では、資産家が土地を売り渋る謎と、ハーメルンの笛吹き男に例えられたネズミ捕りの名人がとる行動の謎。この二つの事実を結び付ける恐るべき真実が明らかにされる。
最後の「星々の審判」は、この作品集のまとめのような内容。ただ、これも含めてのどの作品も人と動物の絆を描いている。ただし“絆”と言っても、決して良い部分だけではなく、人間の都合や、現実の残酷さ、そういったものも含めての“絆”である。そういった痛々しい部分を含めているからこそ、動物と人間の絆とがより深く心をえぐってくるのである。
初野氏がデビューしてまもないころの作品に対して、“ダークファンタジー”などという言葉で表されたものもあったが、本書はまさにそれにふさわしい内容と言えよう。どうやら、ここに掲載されている他にもまだ短編が雑誌などで発表されているようなので、続編が刊行されることは間違いないようである。“ハルチカ”シリーズと共に楽しみに待つこととしよう。
<内容>
「イントロダクション」
「チェリーニの祝宴 −呪いの正体−」
「ヴァルプルギスの夜 −音楽暗号−」
「理由ありの旧校舎 −学園密室?−」
「惑星カロン −人間消失−」
<感想>
ハルチカ・シリーズ第5弾。3作目から4作目までの期間が1年半と長く感じたのだが、4作目から本書が出るまでの期間は3年半。またずいぶんとかかったなと。内容というか、扱う題材がかなり濃いものなので、作品を書き上げるまでに多くの時間が必要だという事はわかるのだが、もうちょっとなんとかならないものかと思わずにはいられない。
全体的にミステリとしては薄味のような気がした。とはいえ、謎がないわけでもなく、きっちりと4つの章のそれぞれに謎が放り込まれている。ただ、トリックや解答重視というよりも、全体的な物語性のほうに重きをおいているように感じられ、そのためかミステリ的には薄いと感じられてしまう。
「チェリーニの祝宴」は呪いのフルートの謎を解き、「ヴァルプルギスの夜」は音楽暗号に秘められた謎を解き、「理由ありの旧校舎」では旧校舎窓全開事件の謎を解き、「惑星カロン」では人間消失の謎を解き明かしている。音楽暗号については、よく書き上げたというか、よく調べ上げたというか、このネタによく挑んだなと感心してしまう。この「ヴァルプルギスの夜」を読むと、これのために書き上げるのに時間がかかったのかなと思わずにはいられない。
ミステリ作品としては「理由ありの旧校舎」が面白かった。大雑把なネタとしてはわかりやすいものであったのだが、その裏に潜む真相についてまでは予想だにしなかった。一番短い作品ながらも秀逸な内容。
最後の「惑星カロン」にて、本書の物語全てが締められるのであるが、伏線というよりもそれぞれの作品の事細かな出来事をうまく紡ぎあげて作品を作り上げたなと感心させられる。テーマもしっかりしていて、終始人と人とのつながりというものについてきっちりと書き上げていると感じられた。連作小説としては見事というほかない。
物語には十分堪能できたのだが、吹奏楽部についてはあまり進展していないように感じられたのは気のせいか。もう少し吹奏楽部の人数を集めたいようであるが、今作では少数しか集まらなかったように思える。早く次作を書いてもらいたいと思いつつも、あんまり早くこのシリーズが終わってもらいたくないという矛盾も感じずにはいられない。
<内容>
「ポチ犯科帳 −檜山界雄×後藤朱里−」
「風変わりな再会の集い −芹澤直子×片桐圭介−」
「掌編 穂村千夏は戯曲の没ネタを回収する」
「巡るピクトグラム −マレン・セイ×名越俊也−」
「ひとり吹奏楽部 −成島美代子×???−」
<感想>
「惑星カロン」が出たばかり・・・・・・といっても1年以上も経つのか。シリーズ最初の「退出ゲーム」が2008年10月なので、そこから数えるとずいぶんと経つ。まだまだ続けていってもらいたいシリーズであるが、本編の続編はまだまだ先かな?
位置づけとしては、映画化にともない外伝的なものを出してみました、ということなのであろうが、時系列的には「惑星カロン」から続いているので、十分本編の続きといってもよいくらい。ただし、シリーズ主人公のハルチカ二人がほとんど登場していなく、サブキャラクターがそれぞれの短編の主人公となっている。皆が特徴的な登場人物であるので、こういう形式の内容でも十分に楽しめる。また、シリーズとして忘れてしまっている部分もあるので、それらを思い返すうえでもちょうどよい。
内容は、ミステリ的なところは少ないものの、シリーズ小説としては十分楽しめる。また、作品のなかでの「ひとり吹奏楽部」は世代をかけた吹奏楽部にかける思いに胸がグッとくる。主人公たちが高校生でありながらも、笑いあり、涙ありの人情劇場が見られる作品集。
「ポチ犯科帳」 犬が執拗に吠える理由とは?
「風変わりな再会の集い」 1万円札を手にお釣りを取りに行ったはずの婆さんの行方は?
「掌編 穂村千夏は戯曲の没ネタを回収する」 退出ゲームの没ネタ??
「巡るピクトグラム」 小学生たちから“カネ”を巻き上げ大儲け!?
「ひとり吹奏楽部」 吹奏楽部を次の代へと継ごうとした先人の思い。