服部まゆみ  作品別 内容・感想

時のアラベスク   6点

第7回横溝正史賞受賞作
1987年05月 角川書店 単行本
1990年11月 角川書店 角川文庫

<内容>
 新進作家・澤井慶の新刊「魔物たちの夜」は好評をもって迎えられた。その作品のほれ込んだ有名映画監督・佐伯英次が是非とも自分の手で映画化したいというのだ。その準備により、ヨーロッパ各地へと取材に行くことになった澤井慶であったが、何者かが彼に危害を加えようとする事件が度重なる。慶は、糸越魁という人物が自分をつけ狙っているというのであるが・・・・・・

<感想>
 服部氏の処女作品。出版されてから20年以上が経つが、この作品に触れるのは初めて。新人らしさといい、ヨーロッパの雰囲気を表そうとする描写といい、青春小説らしさといい、その時代に書かれたミステリらしさといい、色々な“らしさ”が表されている作品。

 傍観者となる青年を中心に、新進の作家と彼の作品を映画化しようとする有名映画監督、作家の親族達がとりまくなかで、作家を執拗につけ狙う何者かの存在がクローズアップされる。そうして、徐々に作家の命が危うくなるような事件が起こり、さらには殺人事件までもが起こるなかで、周囲の者は事の真相を暴きだそうとする。

 この時代に描かれた作品としては、普通なのであろうか、それとも一歩進んだ作品というような位置づけであったのか。うまくできているように思いつつも、新人らしい危うさのなかで描かれた作品という感じがした。ただ、その危うさが青春小説らしさをうまく協調している感もあり、決してマイナス面になっていないとも思われる。ミステリとしての完成度はそこそこながらも、雰囲気という面では非常に面白いといえる作品であった。


罪深き緑の夏   6点

1988年12月 角川書店 単行本
1991年03月 角川書店 角川文庫
2018年08月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 父と兄が有名画家で、自分はまだデビューしたばかりの無名画家である山崎淳。その淳が個展を開こうとした矢先、火事が起こり絵が燃えてしまうという事件が起きる。その後も起こる不可解な事件。すべては12年前夏、ひとりの少女と出会ったときから始まっていたというのか・・・・・・

<感想>
 服部氏の作品が河出文庫により復刊。読んだことのない作品であったので、これを機に購入。

 事件は起こるものの、ミステリというよりは、幻想小説的な味わい。画家の家族と、その家族を惑わせた蔦屋敷に住む美女との物語。

 主人公はまだプロとは言えない画家の青年。彼の父は画家であり、さらには既に画家としてデビューし注目を浴びる異母兄が存在する。そして、主人公が個展を開こうとする際に、火事が起き、彼の絵が燃えてしまうという事件が起こる。さらには、兄に関する事件なども起き、そして子供の頃一度会ったきりの蔦屋敷の美女も巻き込み、物語が展開してゆく。

 ミステリというよりも、実は青年画家の成長物語のような感じの作品でもある。ただ、全体的にただよう暗い雰囲気が決してハッピーエンドを期待させず、その予想通りに暗い道のりへと読者は導かれてゆく。

 まぁ、物語として面白かったので、それなりに楽しめたかなと。ミステリを読んだという気にはさせられないものの、なんとなくそれっぽい幻想小説的なものを読んだという感じ。青年の成長を描いているところは、後に書かれた「ハムレット狂詩曲」に通ずるものがある。物語としては「ハムレット狂詩曲」のほうが好みであるが、妖しさという観点からは、こちらの作品のほうが上回るかもしれない。


一八八八、切り裂きジャック

1996年05月 東京創元社 単行本
2002年03月 角川書店 角川文庫

<内容>
 時は1888年、大英帝国の首都ロンドン。「切り裂きジャック」と呼ばれる謎の殺人者による連続殺人事件が、街中を恐怖に陥れていた。医学留学生としてロンドンに滞在していた日本人・柏木は、友人でロンドン警視庁に所属する美青年・鷹原とともに、この事件と深く関わりを持つことになる。
 二人の日本人青年の目を通じてヴィクトリア朝時代のロンドンを緻密に描き出し、絢爛豪華な物語が展開される。

<感想>
 単なるミステリという言葉だけではもったいない小説として完成されている。小説というよりは研究成果とでもいいたくなるような、事細かな調査がなされことがよく分かる出来栄えである。ひょっとすると服部氏にとってのライフワーク的な著書であったのかもしれない。

 ミステリとしてとり上げるのであれば、重要なキーワードは“切り裂きジャック”の正体は? ということになろう。この事件をリアルタイムで追及していき、その時代の検死から捜査の様子などを持ち出して“ジャック”への正体へと迫っていく展開は圧巻である。

 しかし本書において注目したいのは、そのミステリ的な部分ではない。それよりも史実や歴史上の人物らを登場させながら、1888年頃におけるロンドンの様相を描ききった背景に注目してもらいたい。ロンドンといえば魅力的な想像上の人物にはことかかないながらも、あえて史実上の人物でありながらも素性のしれない“ジャック”という存在を物語の中心にそえたのにはそれなりの理由があるのだろう。その背景の中ではロンドンにおける知られざる暗黒面がまざまざと描かれている。そしてその暗黒で覆われている世界であるからこそ、その中に光る一筋の希望というものが意味を持ち、主人公たる日本人青年がそれを見出すことが魅力となるのであろう。

 そして、細部まで描かれた1888年の世界。エレファントマン、王族、貴族、これから有名となっていくものたちなどが史実を通して生き生きと(世界観からすれば鬱々とという感じなのだが)その世界を動きまわっている。よくぞ描ききったというほかはない一冊である。


ハムレット狂詩曲

1997年09月 光文社 単行本
2000年11月 光文社 光文社文庫

<内容>
『劇団薔薇(そうび)』新劇場の柿落としで、「ハムレット」の演出を依頼された、元日本人で、英国籍を取ったケン・ベニング。ケンにとって、出演者の一人である歌舞伎役者の片桐清右衛門は、母親を捨てた男だった。ケンは、稽古期間中に、清右衛門を殺そうと画策するが・・・・・・。様々な思惑の交錯、父殺しの謎の反転、スリリングな展開、結末やいかに!?

<感想>
 面白かった、読物として実に面白かった。ミステリーというよりも「ハムレット」の舞台を完成させようとしていく過程に釘付けになり、読み通してしまった。ミステリーの部分を省いて、ひとつの小説として書いても十分面白かったのではないかと思う(ただ、ミステリーでなければ手にとっていたかどうかという自己矛盾もあるのだが・・・・・・)。

 また、読んでいる途中ではミステリー部分は添え物に過ぎないと思っていたが、ラストでそれらが綺麗にまとまっていてミステリーとしても納得できるものとなっていた。

 欲をいえば、ミステリーの部分はおいておいて、「ハムレット」という作品を完成させる重厚なドラマとして、もっとページ数が分厚い読物であったらなどと、読了後に思った。どうしてもハムレット役の雪雄に感情移入してしまうので、もうすこし彼にスポットがあたる部分があってもと、またケン・ベニングと雪雄がもっとからむシーンをみたかったなぁとも。

 文庫版のあとがきを書いているのは俳優の江守徹氏なのだが、その一節に「ケンと雪雄は裏と表なのだ」とあったが、なるほど言われてみて納得。


この光と闇

1998年11月 角川書店 単行本
2001年08月 角川書店 角川文庫

<内容>
 目の見えない娘レイアは国王である優しい父といじわるなダフネの元で育つ。レイアは父に本を朗読してもらい、さまざまな音楽にふれながら成長していく。
 しかしある日、闇が光へと変わるきっかけとなる日にレイアの世界は一変してしまう。

<感想>
 この本を読み終えたのが2000年2月1日であるのだが、

その時期に新潟で9年間行方不明になっていた少女が無事保護された

というニュースが流れていた。


レオナルドのユダ

2003年10月 角川書店 単行本
2006年02月 角川書店 角川文庫

<内容>
(省略)

<感想>
 内容を省略したのは、この本がレオナルド・ダ・ヴィンチの伝記的な作品、という一言で語りつくせてしまうから。本書では、レオナルドの弟子となるジャンとレオナルドという存在に批判的な人文学者パーオロという二つの視点から、レオナルドの軌跡が語られている。

 レオナルドに対して批判的な意見を持つパーオロという人物の視点を描いたことによって、レオナルドに対する賛美のみの小説とはなっていないのだが、結局のところはその批判的な意見でさえもレオナルドを賛美しつくしているだけというようにさえ思えてしまう。

 というわけで、私にはレオナルド・ダ・ヴィンチの賛美小説だというくらいの印象しか残らなかった。

 今までミステリを描いてきた服部まゆみ氏であるので、本書もミステリ色が強い小説なのかと思って読んだのだが、ほとんどが歴史的な事象を追うことに終始している。一応、ミステリ的な要素もなくはないのだが、ほんのちょっとというところであった。

 と、期待はずれな内容であったにもかかわらず、三雲岳斗氏の作品でダ・ヴィンチが主人公であった作品を読んでいたせいか、作品の世界観にはすんなりと入り込むことができ、それなりに読み込むことができた。

 本書は服部氏にとっては、ライフワークというような位置づけの作品なのであろう。それならば、ミステリ色が弱かったとしてもしかたのないことで、と納得しておくことにしたい。でも案外、服部氏はガチガチのミステリを書くよりは、こういった作風の作品を書くほうが好ましいのかもしれないと感じられたりもする。

 あと、ひとつ付け加えておくと、本書はレオナルド・ダ・ヴィンチという人のことを書いた作品であるにもかかわらず、結局のところダ・ヴィンチという人については不透明のまま終わってしまったような気がする。また、本書に挿入されているミステリ的な要素もダ・ヴィンチ自身を紐解くというようなものでは決してなかった。せっかく、このような作品を描いたのだから、もう少し踏み込んで服部氏なりのダ・ヴィンチをもっとあらわにしてもらいたかったところである。




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