<内容>
アメリカのアラスカ州に近接するパラノフ島に位置するユダヤ人自治区“シトカ特別区”。そこは第二次世界大戦後、アメリカがユダヤ人亡命者を受け入れることによって造られた特別区である。
ホテルに寝泊りしている警察官ランツマンは支配人からホテルのなかで殺人事件があったことを告げられる。ホテルの一室で銃により殺害されていたのは、単なる麻薬中毒者。しかし調べていくにつれて、被害者がかつてチェスの天才とされ、神童扱いされていた人物であったことがわかる。ランツマンは複雑な社会情勢のなか、単独で事件を追ってゆくこととなるのだが・・・・・・
<感想>
昨年の「チャイルド44」に続いて、今年も新潮文庫が目玉となる作品を出してきたのかと思い購入。そして読んでみたのだが、どうもそういった雰囲気とは違う、あまりにも異色な一冊であった。
この作品は歴史改変ものというジャンルの作品。上記の内容に記したように、架空のユダヤ人世界“シトカ特別区”というところで起こる事件を描いた作品である(実は私は全く何も考えず、そういった現実もあるのかと、途中まで普通のミステリ作品だと思い込んで読んでいた)。こうした特殊な設定の社会のなかでハードボイルド調に事件を追って行くという作品。
ただ、本書がミステリ作品として面白いかと言えば、決してそのようには感じられなかった。主人公が事件を追って行くものの、横道にそれることが多く、主人公自身の過去の話や架空社会についての描写ばかりば目立っていたように思える。ゆえに、本書はミステリ作品が好きな人よりは、こうした特殊な設定のSF作品が好きだという人に向いているものと思われる。また、ユダヤ人社会や、それらに関する背景についても知ったうえでないと真の意味で本書を楽しむ事はできないのかもしれない。
というわけで、期待とは異なる作品であった。物語の設定や背景はかなり独創的で特殊なものとなっているので、奇書として今後も名を残す作品となるのかもしれない。ただし、読み手を選ぶ作品ということで。
<内容>
祖国ドイツを離れ、ひとりイギリスの片田舎へ逃れてきた少年。彼は言葉を失いながらも、友人のオウムと共に日々を過ごしていた。そんなある日、殺人事件が起き、オウムが失踪するという事件が起きた。オウムを失った少年を気の毒に思った老人は、オウムの行方を探し始める。その老人はかつて、警察の手助けをして数々の事件を解決したことがある有名な人物らしいのだが・・・・・・
<感想>
「ユダヤ警官同盟」を受けて、勢いで購入してみたマイケル・シェイボンの作品。ページの薄さから試しに読んでみてもいいかと思い購入。
購入したもう一つの理由はタイトルそのものにある。まぁ、邦題のタイトルを見ればそのままなのだが、作中ではそれらしい描写は書かれているものの、実はその人物について断言はしていない。さらに原題は“The Final Solution”というもの。とはいえ、日本で売るのであれば、やはりこの邦題じゃなければ誰も手に取らないだろうなぁ。
しかし、実際に読んでみると、あまりそれらしい内容ではなかった。聖典を感じさせるようなストーリー仕立てでもなかったし、ミステリ作品としてもパッとしなかった。結局、著者自身が書きたいものがミステリというものから離れていたように思える。
<内容>
ノルウェーの海で無数の異様な生物が発見された。海洋生物学者のヨハンソンはその生物がゴカイらしきものと判断するも、何故メタン層を掘り続けているのか、その理由がわからなかった。今まではこのような生物は存在しなかったはずなのに・・・・・・
一方、カナダの西海岸でホエールウォッチングの案内をしていた生物学者のアクワナは、彼の目の前でクジラやイルカが人を襲うという悪夢のような現象に遭遇することとなる。
地球の至ところで起こる怪異現象。それらはやがて大規模に発展してゆき、人類の命を脅かし始める。この問題に対処するべく各地の学者を集めて緊急プロジェクトが組まれたのだが、彼らの出した答えとは・・・・・・
<感想>
2008年に本屋をにぎわせた「深海のYrr」、2年以上経った今でも本屋でちらほらと見かけることがある。映画化のプロジェクトが進行しているはずなので、それが上映される頃にはもうひと賑わいすることであろう。
私自身もようやく手に取り読むこととなったのだが、その感想はというと物語としては微妙だったかなと。書こうとしていること、伝えようとしていることは理解できるのだが、いかんせん物語として面白くないというのが一番の欠点であろう。
特に序盤は学術小説というか、説明事項が多すぎるように思えた。物語として気を引かれた部分は、アクワナとグレイウォルフの邂逅と“Yrr”の正体について仮定するところの2か所くらいか。ラストの展開はともかくとして、それ以外があまりにも退屈過ぎた。物語の都合上しょうがないとはいえ、話の規模を世界中に広げ過ぎている。元々世界規模の話を書いているのでしょうがないにしても、人物のスポットとしては、もっと小さなところのみにこだわってもらいたかった。もしくはアクワナを主人公として彼のみにスポットを当てて書いていってもよかったのではないかと思われる。
物語部分はさっ引いて考えると、海洋科学小説、もしくは海洋SF小説としてはなかなかの出来ではないだろうか。特に“Yrr”の正体や、その“Yrr”に対する対処法などと目を引く描写も多々あった。あとはできることならば、もう少し薄いページ数で書き上げてもらえれば良かったということぐらいか。
それでも、いくら今はやりのエコというか、自然科学的な内容になっているとはいえ、こういったSFに近いような作品がベストセラーとなり、多くの人が読んでいるということには驚かされる。海外ではともかく、日本で本当に流行ったのだろうかとちょっと疑ってしまう。この作品が国内でも流行るのであれば、もう少しSF作品にスポットが当てられてもよいと思えるのだが。
<内容>
中国、唐代は天宝年間(742−756)、長安の町の西に建つ乱神館の女あるじ離春はとてつもない法力を持つと噂されていた。その噂を聞きつけた者は、乱神館へとおもむき、さまざまな問題を持ち寄るのだという。
ある日、ひとりの少年が乱神館を訪れる。彼は母親の霊魂に会いたいというのである。その少年の母親は、五日前に井戸端で変死したという。乱神館のあるじ離春は少年の屋敷へと出向き、そこで起きた事件の謎を調べてゆくことに・・・・・・
<感想>
なかなか面白かった。ストーリーも良いと思える。今まで読んだアジア本格リーグの作品のなかでは一番良かったのではないだろうか。
ただ、冗長と感じられたのが残念なところ。最初の出だしは良かったのだが、その出だしで提示された事件のみで話を引っ張ることとなるため、中盤はダレが生じてしまった。
全体的に当然のことながら文化の違いというものを感じた。これは国の違いというものだけでなく、中国の話でも時代がかなり昔の設定であるので、中国の人が読んでもピンと来ない部分はあるのではないだろうか。また、途中途中の事件の調査や登場人物同士の話を行う際に、教訓めいた話がやたらと長く、こういう設定の小説ではしょうがないとしても、もっとすっきりとさせてもらいたかったところ。
事件として提示される謎と、それに対する真相・解釈はうまくできていたと思われる。十分に良いミステリ作品と感じさせる内容。ただし、一般的に受け入れてもらうには、ページ数を3/4くらいに縮めたほうがよいのではないかなと思わずにはいられなかった。
<内容>
外科医リシャールは自宅に一人の女を監禁している。リシャールはその女を夜毎、他の男に抱かせたりと必要以上に辱めようとする。いったい過去にこの二人に何があったというのか・・・・・・
<感想>
去年、ひそかにブームになった本であるがこれが読んでみるとなかなかのもの。薄いページにも関わらず、濃厚な異色ミステリを堪能できる内容となっている。
外科医と監禁された女性のと不可解な関係、逃亡する銀行強盗、何者かに襲われ監禁される青年と、3つの話が並行に進み、やがてそれらが交錯していくという物語。途中である程度話の概要はつかめてくるのだが、ラストへいたるカタストロフィは予想できない展開となっている。この薄い本の中に、よくもこの愛憎劇を濃縮したなと感心させられた。
去年のうちに読んでいれば、自分の海外ミステリ・ベスト10の中に入れていただろう、という程のできである。この本は一切、予備知識なく読んだほうが面白く読むことができるだろう。
<内容>
「フェーナー氏」
「タナタ氏の茶碗」
「チェロ」
「ハリネズミ」
「幸 運」
「サマータイム」
「正当防衛」
「緑」
「棘」
「愛情」
「エチオピアの男」
<感想>
刑事事件担当弁護士が経験する数々の事件を描いた作品集。最初の「フェーナー氏」という作品では、妻の言動に対して長らく我慢をしていた男が、ついに爆発する様子が描かれている。この作品を読むと、日常的に起きそうな普通の事件が色々と描かれているのかと思ったのだが、他はそうでもない。何しろ、日本とは違い、政治的背景や民族事情なども異なるので、物騒な背景や事件が描かれたものもある。ただ、それはあくまでもドイツでは日常的と言えるのかもしれない。
「タナタ氏の茶碗」のように、日常的には見えないようなマフィアの脅威を描いたものもあり、また「正当防衛」のように闇に潜む“始末屋”の存在を示唆したような内容のものもある。「ハリネズミ」という作品も犯罪一家の様子が描かれているものの、こちらはややユーモラスに描かれていたりする。
「チェロ」と「幸運」は、設定も環境も異なる若い姉弟と若いカップルの話がそれぞれ描かれているのだが、運命に翻弄されていく様に心が痛む。
「緑」、「棘」、「愛情」は変質的ともいえる事件を描いているものの、弁護士が淡々とその当事者を扱っているところが印象的であった。まるで、そうした事件などは全然珍しくなく、よくある症例にすぎないというような。
「サマータイム」は、ちょっとした犯罪ミステリが描かれているような内容。法廷ミステリともとらえることができる。最後に疑問が提示されるものの、内容が明らかにされていないゆえに、思わずあちこちのサイトを見てまわってしまった。
最後の「エチオピアの男」は、うまく物語をしめる感動物語。銀行強盗犯が田舎の町を救い、そしてその男の人生自体も救われるというもの。
どれも短い作品ながらも、それぞれが味わい深い内容となっている。まるで著者が本当にこのような事件を扱っているように描かれているものの、一応はフィクションとのこと。主人公ともいえる名もない弁護士については、印象が薄いものの、目を疑うような不可解な事件であっても淡々と事件に関わっていく様子にどこか惹かれてしまう。
<内容>
「ふるさと祭り」
「遺伝子」
「イルミナティ」
「子どもたち」
「解剖学」
「間 男」
「アタッシェケース」
「欲 求」
「雪」
「鍵」
「寂しさ」
「司法当局」
「清 算」
「家 族」
「秘 密」
<感想>
「犯罪」に続いてのシーラッハによる第二短編集。特に統一性があるというわけではないのだが、短編の多くがタイトルである“罪悪”に関連付けられているように思え、全体でひとつの作品というようにも感じ取れてしまう。
最初の「ふるさと祭り」から後味の悪さ最高潮となる。アルコールのせいか、祭りによる開放感からくるものか、とにかく被害者にとってはあまりにも運の悪い場面に遭遇したとしか言えない事件。
次にくる「遺伝子」は一見、更生の物語であるように思えながらも、犯した罪は終生その人によって消し去ることができないということを表しているようでもある。
他には、良い話か単なる冗談かわからなくなるような「解剖学」、子供ならではのいたずらが一人の男の人生を変えてしまう「子どもたち」、謎のまま話が終わってしまう「アタッシェケース」、必要以上に異父兄弟と遺伝にこだわる者の行く末を描く「家族」、等々少ないページ数ながらも印象に残る話が多く見受けられる。
本書のなかで一番の変わり種は「鍵」。間抜けな犯罪者の話を描いた作品なのかと思いきや、思いもよらぬ展開とどんでん返しが巻き起こる。これを長編化したらシーラッハの作品とは思えないようなエンターテイメント作品に仕上がるであろう。
そして最後の「秘密」により、思いもよらぬオチがつけられ、しっかりと物語に幕が引かれたかのように感じさせるところは見事。
<内容>
新米弁護士のカスパー・ライネンは、とある刑事事件の弁護士として選出された。その事件とは、定年退職したイタリア人コリーニが実業家の男を射殺したというもの。コリーニは事件後、逃走せずにすぐに逮捕され、容疑を認めている。ただ、動機については、弁護士であるライネンにも決して明かそうとしなかった。事件を調べていくうちに、ライネンは被害者がかつての親友の祖父であることを知り・・・・・・
<感想>
面白い、特に後半の裁判の場面になってからは一気読み。少ないページにも関わらず、重厚な小説を読んだ気にさせられる作品。
物語の流れは非常にわかりやすい。事件を起こした男を新米弁護士が弁護するというもの。ただし、容疑者が事件を起こしたことは間違いないものの、何故事件を起こしたかがわからないというところがポイント。
ただ、ヨーロッパ関連の小説に多く見受けられるように、この作品も例の件について言及した内容であるという事は半ば予想通り。まぁ、それは現実的なものであり、戦後数十年経っても実際に出てくる問題なのだという事なのだろう。若干、その”例の件”にうんざりさせられたものの、読み進めてみると、本書はさらに一歩進んだ内容となっている。まだまだ、戦後の闇の深さは隠れたままになっているものが多いという事を痛感させられる。
ただ最後まで読み通してみると、本書は実は被疑者の動機そのものが一番の焦点というわけではないように思えた。この作品は新米弁護士にスポットを当てつつ、〝法”というもの自体について言及した小説であるということに気付かされる。さまざまな事象を通しつつ、“法とは”そして”法の重みとは”ということを著者は読者に伝えたかったのであろう。