サ行−サ  作家作品別 内容・感想

世界を売った男   The Man Who Sold the World (陳浩基)

第2回 島田荘司推理小説賞受賞
2012年06月 文藝春秋 単行本

<内容>
 香港西区警察署の巡査部長・許友一は、ふと目を覚ます。昨晩悪酔いしたせいか、自分の車の中で眠ってしまったようだ。あわてて警察署へと向かう許友一であったが、周囲の状況が何かおかしいことに気づく。自分では2003年だと思っていたはずが、周りは2009年となっているのだ。許友一は6年分の記憶を失ってしまったというのか。彼が記憶しているのは、自分が捜査しながらも納得のいかぬまま解決してしまった事件のこと。それは、夫と妊娠中の妻が惨殺された事件であった・・・・・・

<感想>
「虚擬街頭漂流記」に続き、アジアン・ミステリの応募を募る“島田荘司推理小説賞”の第2回受賞作。島田荘司氏が関わっているわりには、それほど話題になっていないような気もするのだが、気のせいだろうか。

 この作品では、突如記憶を失った警官がその記憶を埋めるべく女性新聞記者と協力して捜査をしていくというもの。“突如記憶を失った”というところが、どうもご都合主義のように思え、また類似作品を多く読んでいるためか、最初の印象はよくなかったのだが、読み進めていくと、その“記憶”に関する部分が思いのほかきちんと説明が付けられていることに驚かされる。

 序盤は何の気なしに読んでいたものの、話が進むにつれて内容に引き込まれ、徐々に感心させられていった。これは本格推理小説としてうまくできている作品と言えるであろう。ラストのどんでん返しも、それなりに凝られている。

 ただ、全体的に地味な印象が残ってしまうのだが、それは根幹となる事件自体があまりにも普通の事件であるということ。意外性を匂わせるように書いているのだが、実際には普通の事件をわざとややこしく、あえて変わった視点から描いているというだけ。もととなる事件自体をもっときっちりとしたものにすれば、さらに評価は高かったとおもわれるのだが。


13・67   13・67 (陳浩基)   7点

2014年 出版
2017年09月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「黒と白のあいだの真実」
 「任侠のジレンマ」
 「クワンのいちばん長い日」
 「テミスの天秤」
 「借りた場所に」
 「借りた時間に」

<感想>
 ミステリ系のHPで紹介されていたのを見て、存在を知った作品。ゆえに、着手するのが遅くなってしまって、今の時期にようやく読了することができた。今年は個人的には海外ミステリ不作の年という感じがして、これといった作品に出合うことができなかった。そうしたなか、ようやく今年随一とも言えるミステリ作品集に触れることができた。

 本書は香港を舞台に名刑事とうたわれたクワンが活躍する様子を描いた作品集。しかも香港が中国に返還される歴史的な事象を含めた1967年〜2013年までを背景に描かれている。それらを普通に年代順に並べるのではなく、クワン刑事が体験した事件を時代にさかのぼるような形でそれぞれの短編を掲載しているところも大きな特徴。

 6作の短編(中編といってもよいくらい長い)が掲載されているのだが、そのどれもがよく出来ている。囚人の脱走事件を描いたものもあれば、誘拐事件を描いたものもあり、それぞれがバラエティに彩られている。なおかつ、それぞれ一筋縄ではいかないものとなっており、最後に意外な真相が待ち受けている。

 最初の作品は、クワン刑事が死の床にありつつも事件を解決しようとする様子が描かれている。ただ単に事件の解決を描くだけではなく、犯人に対する命を賭けた罠が仕掛けられていることに驚愕させられる。のっけから驚かされること間違いなし。しかも、ラストの作品でこの最初の作品に関するとあることが明らかになるという念の入れよう。

 何年か前、アジアンミステリが紹介されたことがあるのだが、それらの出来の悪さが未だに尾を引いていて、アジアンミステリは敬遠気味である。ゆえに、この作品にも最初は触手が動かなかったのだが、読んでみて、その出来の良さに驚かされた。これを機に、アジアンミステリに対する自身のスタンスも変えていった方がよいのではと思わされてしまうほどのものであった。


2013年「黒と白のあいだの真実」 末期がんで死の床にある捜査官が事件の真相を解明する!?
2003年「任侠のジレンマ」 ヤクザ組織の抗争の犠牲となった17歳の女性アイドル。その事件の裏に潜むものとは?
1997年「クワンのいちばん長い日」 定年退職を迎えた刑事が凶悪犯の脱走事件に挑む!
1989年「テミスの天秤」 犯罪グループの拠点に警官が突入したものの、多くの犠牲者がでることに。さらにその裏には隠された真相が・・・・・・
1977年「借りた場所に」 警官の汚職を捜査している男の子供が誘拐された。警察は身代金引き換えの際に犯人を捕らえようとするが・・・・・・
1967年「借りた時間に」 テロ計画を阻止しようとする雑貨屋の店番と誠実な一人の警官。果たして計画は阻止できるのか??


風の影   La Sombra del Viento (Carlos Ruiz Zafon)

2001年 出版
2006年07月 集英社 集英社文庫(上下)

<内容>
 1945年のバルセロナ。もうすぐ11歳になるダニエル少年は古本屋を営む父親に連れられて、“忘れられた本の墓場”と呼ばれる古本の聖域へと案内される。そこで父親から本を一冊選ぶようにいわれ、ダニエルはフリアン・カラックス著「風の影」という本を手に取る事に。偶然手に入れた本であったが、それはなんと幻の作家といわれる著者の貴重な一冊であった。このことを機にダニエルはフリアン・カラックスの数奇な生涯に巻き込まれることに・・・・・・

<感想>
 2006年に話題となったこの本にようやく手を付けることができた。いや、これは本当に面白い小説であった。読み出したら止まらなくなり、上下巻あるにもかかわらず1週間もかからずに読み終えてしまった。

 本書の内容は幻の本を手にしたダニエル少年が、その幻の本の著者フリアン・カラックスについて調べることを発端としている。そしてダニエル少年の成長する様子と共に、フリアン・カラックスを中心とした過去から現在へと引き続けられている事件のなかに巻き込まれていく様子が描かれている。

 この作品で絶妙と感じられるのは、登場人物の重厚な背景のみならず、ダニエル少年がまるでフリアンの人生をたどっているような、まるで入れ子細工のような構造をなしているところである。別々の事件、別々の人生のはずが、絶妙な角度ですれ違い、また交差してゆくといった物語の力加減が実に良く出来ているのである。

 またそれ以外にも、本好きに興味を抱かせるような“忘れられた本の墓場”を中心とする古書を発端とする物語の構成、数多くの登場人物たちの人生と恋愛模様。とにかく興味を抱かずにはいられないさまざまな要素を濃縮し、それらが互いを邪魔せずに、きちんと一冊の本を成すという奇跡のような作品に仕上げられているのである。これはジャンル云々などは関係なく、多くの人に読んでもらいたい作品である(事実37カ国で翻訳されている作品であるから、いまさらながらの発言ではあるが)。

 あと、完全に予断となるのだが、このカルロス・ルイス・サフォンという作家の作品を読むのは初めてなので、この作家自身にはまだ愛着がないせいか、このような内容の作品をロバート・ゴダードこそが描いてくれたらな、などと余計な事を考えてしまった。


天使のゲーム   El Juego del Angel (Carlos Ruiz Zafon)

2008年 出版
2012年07月 集英社 集英社文庫(上下)

<内容>
 1917年のバルセロナ。新聞社で雑用係をして働くダビッドは、新聞に掲載する短編を書くチャンスを与えられた。同じ新聞社で働く資産家の息子で優秀な記者でもあるペドロ・ビダルに励まされ、ダビッドはその後も新聞に短編を書き続ける。その後、新聞社から解雇され、途方にくれているところをペドロの薦めにより覆面作家として小説の執筆を行うことになる。そうして作家として過ごしていくうちに時が経つなか、ある日ダビッドは奇妙な依頼を受ける。得体の知れない編集者から執筆を依頼されるのである。高額の報酬の代わりに、一年間その本の執筆に専念してもらいたいと。ダビッドが謎の編集者アンドレアス・コレッリと関わることとなったとき、彼の周辺でさまざまな事件が起こることとなり・・・・・・

<感想>
「風の影」に続く第2弾、「天使のゲーム」の登場。第2弾と言いつつも、決して続編というわけではなく、それぞれが単独の作品。ただし、背景や“忘れられた本の墓場”など、一致するものが出てきたり、互いの作品の登場人物が交差するところも垣間見える。著者の構想では、“忘れられた本の墓場”四部作ということになっているらしい。全てが出そろった後に、互いを読み返してみると、新たな発見に気づくことができるかもしれない。

 本書の内容はというと、前作と比べると物語というよりも非常にサスペンス色が強かったかなと。ただ、厳密なミステリというよりは、ホラー系のサスペンスというような感触が強かった。過去と現在が交錯するなか、主人公が真実を見極めようとするのだが、最終的に納得のいく結末が得られたようには思えなかった。途中までは、うまい具合に到達点に至る内容かと思えたのだが、後半へと近づくにつれて徐々にあいまいにぼかされていくように感じられた。

 前作と比べると、できとしては「風の影」のほうがよかったかなと。また、翻訳のせいか、元々の原文がそうなのかはわからないが、一人称で“ぼく”というのは、この作品には合わなかったように思える。主人公は最初は少年で始まるものの、途中からは結構年をとってしまっている。このへんは前作を引きずり過ぎたのかと思えてならない。

 とはいえ、本を巡る物語と、本に関わるものの“業”をうまく書き表した作品であると感じられた。前作と同様、本好きであれば是非とも手に取ってもらいたい一冊であることには変わりない。


天国の囚人   El Prisionero del Cielo (Carlos Ruiz Zafon)

2011年 出版
2014年10月 集英社 集英社文庫

<内容>
   1957年バルセロナ、父の書店で働く青年ダニエルは、店の店員であり友人でもあるフェルミンの様子がおかしいことに気づく。結婚が間近と迫っていることに悩んでいるのかと思いきや、謎の男が来店し、フェルミンに不可解なメッセージを残してゆく。ダニエルは事情を聴くためにフェルミンを問い詰める。すると、フェルミンはこの店で働く前のことを語りだす。それは、18年前に監獄に収容され、そこで出会った作家マルティンとの約束に関わる話であり・・・・・・

<感想>
 昨年出た作品で、読むまでに少々間が空いてしまった。「風の影」「天使のゲーム」に続く“忘れられた本の墓場”シリーズの第3弾。

 最初の作品「風の影」は名作だと思ったが、次の「天使のゲーム」は個人的にはいまいち。そういうこともあって、第3作目のこの作品を手に取るまで時間がかかってしまった。ただ、読んでみるとこれがなかなかのもので、もっと早めに読んでおいても良かったと後悔しているくらい。

“忘れられた本の墓場”シリーズということであるが、「風の影」と「天使のゲーム」を読んだときには、シリーズというほどのものを感じることもなく、なんとなく関連しているのだなと思えたくらい。しかし、本書については「風の影」のその後の話であり、しかも「風の影」と「天使のゲーム」をつなぐ話でもあったのである。本書を読むことによって俄然シリーズとしての興味が強まることとなる。さらには、前作もまた読み直したいと思えたくらい。シリーズは4部作という予定なので、全部出たら、全て最初から読み直したいと考えている。

 本書は書店で働く青年ダニエルが1作に続き主人公かと思いきや、最初はチョイ役としか思えなかったフェルミンが抜群の存在感を表す内容となっている。メインはフェルミンが囚人として監獄のなかで生活していたパートにあると言ってもよいくらいのもの。そこでの囚人として暮らしから、今に至るまでの経緯が作品の見どころである。

 このシリーズは、どの作品から読んでも完結しているのでOK、と言われているものの、出版順に読んでいった方が良いと思われる。本書も単独としての作品としても評価できるが、メインとしては前2作をつなぐ話というところにあると感じられる。この作品を読んだことにより、最終巻を読むのが益々楽しみになってきた。


世界名探偵倶楽部   El Enigma de Paris (Pablo De Santis)

2007年 出版
2009年10月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 靴屋の息子シグムンドは探偵という職業にあこがれ、名探偵として有名なレナート・クライグが助手を募集していることを知り、さっそく彼の元へと駆けつける。クライグの元には大勢の助手志願者が来たが最終的にシグムンド一人が残ることに。そしてシグムンドはクライグから言付けを託され、パリの万国博覧会で行われる“十二人の名探偵”クラブの総会へ出席することに。そこで多くの探偵たちを待ち受けていたのは連続殺人事件であった!!

<感想>
 アルゼンチンの作家による探偵小説・・・・・・のはずであるが邦題の期待に反して、決してミステリと呼べるような感じのものではなかった。

 序盤は語り手である靴屋の少年が探偵の助手となっていく経過が描かれ、そうして“十二人の名探偵倶楽部”で各探偵からさまざまな事件が語られてゆく。中盤くらいから殺人事件が起き、それを解決せんと探偵たちが奔走するという構成。

 本書の一番の問題点は探偵の数が多すぎるということ。探偵たちにはそれぞれ助手も付いているので、登場人物がやたらと多い。多数の癖のある人物がそろっているようでありながら、結局のところ数が多すぎて個々を把握できないまま終わってしまう。

 また、探偵たちから披露される数々の事件に関しても、よく読んでみるとさほど大したことはなく、難事件というよりは単なる奇譚である。こういった部分は、日本の清涼院涼水や西尾維新のようなキャラクター小説のような感じがしてならなかった。そうして肝心の連続殺人事件の解決に関しても、探偵たちが右往左往したあげく、背景や雰囲気のみで謎を解いているというものであり、期待したものとは異なる展開。

 まぁ、著者がどのような感覚でこの作品を書いたのかはわからないが、本格ミステリを書こうと思って描いた作品ではないのだろう。どちらかと言えば、少年の成長を描いた小説ととらえた方がしっくりといくのかもしれない。少年が主人公である少し変わった雰囲気の冒険ものという感じで読むべき物語なのであろう。




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