マ行  作家作品別 内容・感想

青鉛筆の女  Woman with a Blue Pencil (Gordon McAlpine)   6点

2015年 出版
2017年02月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 2014年、カリフォルニア州にある家の屋根裏から本と手紙の束が発見された。ひとつはウィリアム・ソーン名義でかかれたパルプ・スパイスリラー、手紙の束は編集者から作者にあてたもの、そしてもうひとつタクミ・サトー名義で書かれた“改訂版”という原稿。戦時中に書かれたこれらの作品に秘められた事実とは・・・・・・

<感想>
 タクミ・サトー名義で作家デビューをしようとするものの、太平洋戦争が起き、世間では日系人に対する非難が巻き起こる。そうしたなか編集者のアドバイスによりウィリアム・ソーン名義としてのスパイ・スリラーに方針転換させられることとなる。そのウィリアム・ソーン名義の原稿と、編集者の手紙によるアドバイス、そしてタクミ・サトー名義で書かれた別の原稿。これら3つの文書が並行して披露されていく構成の物語。

 メタ・ミステリっぽくて面白かったかなと。ミステリとしての真相云々というようなものはないのだが、3つの原稿や手紙に描かれていない事実を読み手側が連想していくことこそが本書の醍醐味であると思われる。戦争によって肩身の狭い思いをすることとなった日系人らの感情を、ひとつのミステリ作品の方向性の転換・編集というもので表しているところはなかなかの力技。本作品の内容云々よりも、構成が光る作品という感触。


奇術師の密室  Now You See It... (Richard Matheson)   6点

1994年 出版
2006年07月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫

<内容>
 エミール・デラコートは有名な奇術師であったが、脱出マジックに失敗して植物状態になってしまい、今では車椅子の上で身動きのできない状態でいる。その後、息子のマクシミリアンが彼の跡を継いで、有名な奇術師となったのだが、時を経ることによってマクシミリアンの腕も落ちつつあった。
 そんなある日、マクシミリアンは妻がマネージャーと浮気をしている事を知り、自宅に仕掛けた舞台によって彼らを罠にかけようとするのであるが・・・・・・

<感想>
 壮大なる悪ふざけにして、華麗なるバカミスが描かれている作品。

 この作品を読んで、日本のいくつかの作品を思い起こすことができる。我孫子武丸の「探偵映画」、東野圭吾の「十字屋敷のピエロ」、恩田陸の「木曜組曲」。これらの共通点はというと、物語のほとんどが1つの部屋、もしくは1つの場面にて構成されているということ。本書では語り手が脳溢血で植物状態になった元奇術師ということで、視点を自ら動かすことができないまま、その場面をながめてゆくこととなるわけである。

 そのような状態で、壮大なる悪ふざけが幕を開ける。ある種、どんでん返しといえないこともないのだが、トリックとか論理とかが介在するわけではなく、あくまでも“悪ふざけ”という表現がぴったりであるという気がする。その奇術師による、奇術師らしい悪ふざけがふんだんに繰り返され、どこからどこまでが真実で、何が虚飾なのかわからぬまま一気にラストまで駆け抜けていく。そして、そこでようやく誰がこの物語の全てを支配していたかが明かされることになるのだが、まぁ、それはここまできてしまえばもはやどうでもいいと(驚くべきところもあるのだが)思えなくもない。

 本書の大きな特徴は、その悪ふざけをよくぞここまで続けたなという一点に尽きるであろう。正直なところ、文章で奇術のすばらしさを感じ取るのは難しいことであり、この作品の中でも技術的な奇術を見せ付けることができたとまでは言い難いのだが、その奇術に対する心意気は誰もが感じ取ることができたに違いない。


深夜の逃亡者  Fury on Sunday (Richard Matheson)   6点

1953年 出版
2007年09月 扶桑社 扶桑社文庫

<内容>
 精神を病んだため、病院に隔離されていた元ピアニストのヴィンスは脱走の機会をうかがっていた。愛するルースを取り戻し、彼からルースを奪った男に復讐するために。病院から逃亡を企て、成功したヴィンスの手によってひとつの部屋に集められた男女たちに一夜の悲劇が訪れる!

<感想>
 前回読んだ「奇術師の密室」で気になる作家のひとりのなったマシスンであるが、今回翻訳された作品は前作とは打って変わってノンストップ・サイコ・スリラーとなっている。

 この作品では一夜にして起こった出来事が、スピーディーに描かれている。病院から脱走してきた心を病んだピアニストが逆恨みによる復讐を遂げようとする作品。主人公は結末を予想させる暇もなく、周囲の人々を惨劇に巻き込みながらひたすら破滅への道へと進み続けてゆく。読んでいる途中で気になるところは、その復讐が成就されるのかどうかというところ。

 本書に関しては「奇術師の密室」のような作品を期待して読むと、拍子抜けしてしまうかもしれない。まぁ、この作品単体であれば割りとありがちな内容のようにも思えるかもしれないので、無理に読まなくてもよい一冊であるかもしれない。しかしマシスンという作家、前作のような怪作を書き上げているという可能性もあるので、新しい作品が出たらとりあえず読まずにはいられないのが困ったところである。


殺意の架け橋  6点

1993年 出版
2010年03月 講談社 アジア本格リーグ5

<内容>
 子供を生むことができないことから離婚され、心に傷を残したままひとりで暮らすティア・チャンドラ。友人からの勧めもあり、新聞の結婚募集欄“心の架け橋”に投書することを決める。そうして知り合った男性とティアは付き合うこととなり、いつしかティアはその男性に惹かれていく。しかし、そんななかティアは仕事上のトラブルを抱えていた。彼女は宝飾品の仲介業を行っていたのだが、ひとりの顧客が高価な宝石を抱えたまま、いっこうに金を払う気配がないのである。宝石の持ち主からは催促をされ、板挟みの状態となるティア。そして一つの殺人事件が起きることとなり・・・・・・

<感想>
 本書は経歴不詳のインドネシアの女流作家が描いた作品。読んでみれば実際に女流作家らしい筆致を感じ取ることができる。作風に関しても大雑把に言えばクリスティー風といえ、取っ付きやすいサスペンス・ミステリ小説となっている。

 本書で起きる事件と、それを取り巻く謎は結構複雑なものとなっている。宝石の仲介業者を営む独身女性。彼女が取引先とトラブルを抱えながらも、結婚募集欄に投書をし、そこに怪しげで魅力的な男性が現れる。ところどころにちょっとした謎や策略を感じさせつつ、やがて殺人事件へと発展してゆく。

 と、事件が起きるところまではよいのだが、そこから捜査編と解決編へといたる中盤にきて、すぐに犯人の見当がついてしまうところが惜しまれる。事件が起こるまでは色々と話を捻っていたように思えるのだが、そこから先が単調すぎた感じがする。警察の捜査に関しても明らかにいただけない部分があったので、そうしたところもマイナスポイントか。

 本書はシリーズものの一冊ということで、事件と並行して主人公となる警察官とその姪との恋愛話、家族話が盛り込まれている。ただ、この作品一冊を読むうえでは余計な話と感じられてしまう。とはいえ、こうした恋愛話の盛り込み方などが女流作家が描くミステリ作品だということを強く感じさせられた。
 それなりに面白く読めはしたのだが、通俗のサスペンス・ミステリというものの域を超えるところはなかった作品。


オックスフォード連続殺人  Crimenes Imperceptibles (Guillermo Martinez)   6点

2003年 出版
2006年01月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫

<内容>
 私はアルゼンチンからの留学生としてロンドンへと来ていた。順調な学校生活を送っている中、突然、下宿先の老女が何者かに殺害されるという事件が起き、偶然にも私はその事件の発見者になってしまう。その事件が起こる直前、高名な数学者であるセルダム教授のもとに殺人を予告するメモが届けられていたのだという。この事件を発端に、事態は連続殺人事件へと発展してゆくことに。私はセルダム教授と共に事件の謎を解こうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 この作品のタイトルを聞いて、この本にどのような印象を抱くだろうか。たぶん普通のミステリであろうというくらいしか、想像がつかないのではないだろうか。ところがどっこい、これが想像を上回る変わった本となっているのである。

 個人的には「論理的殺人考査」とか「数学記号連続殺人」などといったタイトルのほうが、もっと注目されたのではないかと思わなくもない。

 本書では最初に下宿をまかなう老女が殺害されるという事件が起こる。ここまでは普通のミステリであるのだが、ここからの展開が変わっているのである。高名な数学者のもとに送られてきた予告状とそこに書かれていた記号を元に主人公とセルダム教授は事件について語り合うこととなる。

 その後、彼らは事件について語り合うのだが、何故か数学的論理的な知識を用いるのみで事件について語り明かすのである。普通のミステリのように、被害者がどうだとか、現場の状況はどうだとか、細かい現場状況の話などはほとんどなされない。本書のページのほとんどが、事件とは関係なさそうな知識によって埋め尽くされているのである。記号論、オッカムの剃刀、フェルマーの最終定理と数々の数学の挿話が出てくる中で、殺人事件は連続して起こり、それがいつしか解決に向かっていくという内容となっている。

 では、それらの数学的な話が具体的に解決に結びついているのかというと、読み終わったあとに考えてみてもどうであったかなと首を傾げざるを得ない。だからといっても物語に全く関係ないというわけでもない。

 結局のところ、変な展開のミステリを読まされてしまったなという気がしてならないのである。本書は奇書というには言いすぎかもしれないが、それに類するような作品といってよいであろう。ただし、物語の途上が奇異だからといって、決してあいまいな終わり方をしているわけではない。きちんとした結末が与えられ、最後まで読めば物語の全ての流れがきちんと理解されるようになっている。

 と、まぁ、ちょっと変わった本であるが一見の価値はあると思えるので是非とも入手してもらいたい本である。文庫ゆえに絶版にもなりやすいと思うので手に入れられるうちに入手しておくべき本であると思える。


ルシアナ・Bの緩慢なる死  La muerte lenta de Lusiana B. (Guillermo Martinez)   6点

2007年 出版
2009年06月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫

<内容>
 推理作家である“私”のもとに一本の電話がかかってきた。電話の主は10年前に1度だけ口述筆記を依頼した事のあるタイピストのルシアナであった。彼女は元々有名作家であるクロステルのもとでタイピストの仕事をしていた。しかし、ある事件によってやめなければならないはめになったと言うのである。さらに彼女は自分は命を狙われていると語り始め・・・・・・

<感想>
 この作品の前に紹介された「オックスフォード連続殺人」という作品も一筋縄ではいかないものであったが、こちらもそれに劣らず奇怪な内容の作品となっている。前作は本格ミステリと言えないこともなかったのだが、今作はサイコ・サスペンスというように位置づけたほうがよいような内容。

 妄想で片付けるか、それとも計画的な復讐と見るか、そこが分かれ目となる。

 作品の序盤ではルシアナという女性が大作家であるクロステルから命を狙われ、身の回りの人が次々と死を遂げているという話がなされてゆく。この話を聞いても、事件性があるようには感じられず、どう見ても妄想であるとしか考えられない。しかし、もう一方のクロステルから話を聞くと、こちらもまた信憑性があるように思えつつも、どこかまた胡散臭い。

 そうして、最終的にこの話をどのようにとらえるべきか、判断が読者にゆだねられるかのような書き方がなされている。まるで長めのリドルストーリーを読まされたかのように。

 個人的には、あくまでも小説であるがゆえに偶然の話とは考えず、長きにわたる復讐の話であると考えたい。ただ、そうすると真の動機について、クロステルが語る“彼”という存在が非常に胡散臭く見え始めてしまう。また、タイトルにある“緩慢な死”という言葉を考えると徐々に死に至りつつあるというように捉えることができ、超自然的なようでありながら、ごく自然的とも解釈することができる。

 と、そんなわけで考えれば考えるほどわかりにくくなる作品である。とにかくギジェルモ・マルティネスが描く作品は一筋縄ではいかない。


密造人の娘  Bootlegger's Daughter (Margaret Maron)   5.5点

1992年 出版
1995年12月 早川書房 ミステリアス・プレス文庫
2015年08月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 ノースカロライナ州にて弁護士を務めるデボラ・ノットは理不尽な裁判を目の当たりにしたことから、地方裁判所判事に立候補することに。さっそく選挙戦に挑もうと準備する中、昔デボラがベビーシッターをしていたゲイル・ホワイトヘッドから頼みごとをされてしまう。18年前、ゲイルとその母親が行方不明となり、その後死亡した母親とそのそばで泣いていた赤ん坊のゲイルが発見されたのだ。その事件の犯人は捕まっておらず、18歳になった今、ゲイルは事件の真相が知りたいと言い出したのである。忙しい中、デボラは過去の事件を調べ始めるのだが、すると昔の事件を掘り起こされたくないと思った者が動き出し始め・・・・・・

<感想>
 ハヤカワ文庫補完計画の1冊として復刊された作品。この作品に関してはタイトルを聞いたことがなかったので、過去の隠れざる名作? と思って購入したのだが、意外と結構新し目な作品。日本では1995年にミステリアス・プレス文庫から出版されていたもよう。

 こちらの作品、シリーズ作品となっており、女弁護士デボラ・ノットが活躍するシリーズ。本書はその1作目で、シリーズは現在も続いており、今のところ20冊目まで出ているよう。日本では三冊目までが同じくミステリアス・プレス文庫から出版されている。

 この作品では主人公である弁護士デボラ・ノットが判事に立候補し、選挙に挑むこととなる。その際、障害となるのが父親の存在。実は彼女の父親、過去に酒の密造人として警察に目を付けられていた人物であり、地元の黒幕的存在。それが障害に・・・・・・というようなことが帯に書いてあったものの、実際はデボラが周囲から迫害されるという事はほとんどない。それどころか、地元の人たちと普通に人間関係を気づき、仲良くやっているという印象。むしろ父親が地元の黒幕的というところが強みにもなっているような・・・・・・

 また、この作品ではデボラは、地元の判事に立候補しながらも、過去の事件を掘り返すという難関にも挑んでいる。その過去に起きた警察も突き止められなかった事実を、地域の住人という地位を生かしつつ、デボラが掘り返すことにより新たなる真実が見え始めることとなるのである。

 事件の捜査が進展する後半は面白かったのだが、前半は主人公の地域付き合いが描かれているといった感じで、さほど楽しめなかったかなと。選挙戦にしても、事件の捜査にしてもどこか平凡という印象。ただし、後半の展開は非常にスピーディーとなったので、そこは楽しむことができた。真相も、近代的な社会問題や、地域性などを交えたものとなっており、なかなか見どころがあった。とはいえ、登場人物らが平凡のように思え、物語としてもシリーズものとしても、印象が薄かった。




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