Joe R. Lansdale  作品別 内容・感想

テキサス・ナイトランナーズ   6点

1987年 出版
2002年03月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 漆黒の車が闇を裂く。それを駆る不良少年ブライアンの脳中で自殺した友人の声が囁く。あの女をぶち殺せ。暴力による痛手を癒すべく静養する夫婦に冷酷非道な少年たちが迫る。

<感想>
 ランズデールの初期の作品。ノワールというよりは、明らかにスティーブン・キングやマキャモンらを継ぐようなモダンホラー調の作品である。典型的なモダンホラーといってもいいかもしれない。

 ここから、レナード&ハップのシリーズや「ボトムズ」などへと作調が変換されていく。そういったランズデールの作調の変換を知るうえでも興味深い作品。


モンスター・ドライブイン   5点

1988年 出版
2003年02月 東京創元社 創元SF文庫

<内容>
 このケチくさい町からおさらばする前に、みんなと一緒にドライヴイン・シアターで映画を観たいな、金曜の夜に。
 家具工場をクビになったウィラードに声をかけられ、ぼくたちはスナックとビールをしこたま買い込んで《オービット》に集まった。いつもの週末、いつものB級ホラー映画、そして、いつもの大騒ぎ。
 だが突然、血の色の光を放つ怪彗星が上空に現われて、《オービット》は闇に閉ざされ、外界から隔絶されてしまった! 娯楽の殿堂から一転、生き残りを賭けた凄絶な戦場と化すドライヴイン。ぼくたちはここから脱出できるのか?


凍てついた七月

1989年 出版
1999年09月 角川書店 角川文庫

<内容>
 真夜中に家に飛び込んできた強盗。不意に発砲され、家主のリチャード・デインは男を射殺してしまう。警察は正当防衛を認めるが、強盗の父親ベンは「目には目を」とばかりにリチャードの幼い息子をつけ狙う。警察がガードする家にまで易々と侵入され、戦慄するデイン一家。ベンは逮捕されるが、現場に残された札入れの写真を見たリチャードは、思いがけない陰謀の存在に気づく・・・・・・


ムーチョ・モージョ   6点

1994年 出版
1998年10月 角川書店 角川文庫

<内容>
 ハップがバラ園でアルバイトをしながら日々の糧を稼いでいるとき、友人である黒人でゲイのレナードから呼び出しがかかる。レナードの叔父が亡くなったというのである。さっそく葬式に出席し、その後亡くなった叔父の家をレナードが住めるように掃除していると、トンデモないものを発見することに。なんと腐った床板の下に隠されていたのは、ポルノ雑誌に包まれた子どもの骸骨であった。レナードの叔父は殺人犯であったのか? それとも殺人犯を追う側であったのか!? ハップとレナードは警察に知らせずに秘密裏に事件を捜査し始め・・・・・・

<感想>
「罪深き誘惑のマンボ」に続き、ランズデールの感想を書いていなかった本の再読。この本は「罪深き〜」の前に位置する作品であり(日本で紹介されたのは後)、ある種前日譚的な部分も描かれている。ゆえに、どうせ読むのであれば、こちらから先に読んでおけばよかったなぁと。そうすれば、「罪深き〜」の出だしの状況や、その後の事件の展開も納得しながら読むことができたのに。

 まぁ、それはそれとして、こちらはこちらでそれなりに楽しめる。白人と黒人のコンビが暴れまわる作品というイメージであるが、本書ではなかなかディープな事件を扱ったものとなっている。何しろ、主人公のひとりレナードの叔父が亡くなった後、その遺品から生前叔父が子供を狙った連続殺人を犯していたのではないかと言いう疑いが持たれるのである。

 その証拠の存在に重いものを感じつつ、ハップとレナードは自分たちの力で捜査を繰り広げてゆく。すると、二人の手だけでは手に負えないような証拠がわんさかと出てくるのだ。それゆえに、やがては警察の手を借りて、捜査しつつ、そして犯人を罠へと誘い込もうとするのであるが・・・・・・

 いや、最後の最後まで気の抜けない作品であった。ただ、最後のどんでん返し的なところはやり過ぎているような気がしてしまう。ストレートに物語を終わらせた方が、自然だったのではないかと。ただ、そうしたなかで、タイトルとなっている“悪い魔法”というようなニュアンスを示す“ムーチョ・モージョ”という言葉が物語上強い存在感を示していた。


罪深き誘惑のマンボ   6.5点

1995年 出版
1996年08月 角川書店 角川文庫

<内容>
 ハップ・コリンズとレナード・パインの二人は、ハンソン警部補から依頼を受ける。それは、グローブタウンという田舎町へ行って、その町で消息を絶ったフロリダという黒人娘を探すこと。この町は強烈な黒人差別主義がいまだにはびこる町で、そこで起きた黒人獄中自殺事件を調べるために弁護士であるフロリダは調査に出向いたというのである。ハンソン警部補の恋人であるフロリダ(しかもハップの元恋人でもある)の行方を調査することとなった二人であったが・・・・・・

<感想>
“クリスマス・イブの夜にレナードを訪ねると、やつはケンタッキー・ヘッドハンターズのレコードをかけ、『ザ・バラード・オブ・デイビー・クロケット』が響きわたるなか、クリスマスの祝いの一環として、またしても隣家に放火している真最中だった。”

 これがジョー・R・ランズデールの初めて日本で披露された作品「罪深き誘惑のマンボ」の冒頭の一文。そこから白人のハップ・コリンズと黒人でゲイであるレナード・パインのコンビが活躍をしていくこととなる。ただ、日本ではこの作品が最初に披露されたものの、これはシリーズとなっているハップ&レナードの最初の作品ではなく3作品目にあたる。物語は黒人差別が激しい町へハップとレナードが行き、そこで行方不明となった黒人の女弁護士の行方を探るというもの。

 この作品、さぞかしマッチョな冒険が語られるのかと思いきや、実はそうでもない。それどころか本書は、無敵と称して行動するようなハップとレナードの挫折の物語でもあり、そこから如何に二人が困難に立ち向かってゆくかが見どころとなっている。

 また、人種差別や、性差別などについてもかなり言及した内容となっている。これらについてはシリーズを通して語られてゆく問題でもあるのだが、今作では特に“黒人差別が激しい町”が舞台となっており、そこでの偏見や日常というものが取り扱われている。これに関しては、あくまでもフィクションであると思いたいのだが、決してありえないことではないとも感じられてしまうところが妙に恐ろしい。

 と、感想を綴ると、さぞかし難し気な作品だと思うかもしれないが(そんなことはないか)、軽妙で放送コードギリギリの会話にのって、派手な冒険が繰り広げられる作品であるので、気軽に読むことができる。ただ、その気軽さになかに、色々と深いものが詰まっているなと感じられてしまう物語。


バッド・チリ   6点

1997年 出版
2000年09月 角川書店 角川文庫

<内容>
 沖合油田の仕事を終え、意気揚揚と家に戻ったハップ。しかし町では悪友のゲイ、レナードが恋人ラウルとの破局を迎えていた。トラブルの予感。案の定、すぐにラウルの新恋人が死体で発見され、レナードが容疑者に。だが友を救うためとはいえ、ハップは法律を曲げたりはしない。例によって、踏みつけることにした。
 ワケありの看護婦ブレットとのロマンス、謎のチリ・キングの暗躍、超ド級の竜巻の襲来、累々と積み重なる死体、睾丸を襲う電気ショック、などなど。  有害指定図書へ向けシリーズ最高のテンションで飛ばす問題作。

詳 細

<感想>
 なんといっても会話が楽しい。小粋で下品なジョーク満載。そして彼らのその軽口から、彼らそれぞれの生き方をを垣間見ることができる。主人公たちは皆、一癖ある人物ばかりであるが各個人個人に筋が通っているのに爽快感すら感じる。

 それだけでも楽しませてくれるこの作品は、まぁ後の部分はそえもののような・・・・・・。事件や暴力も時間が経つにつれて、勝手に解決していっているような・・・・・・


人にはススメられない仕事   6点

1998年 出版
2002年01月 角川書店 角川文庫

<内容>
 落ちこぼれ白人ハップ・コリンズは、夜毎クラブの用心棒をしつつ、親友レナードと恋人ブレットの好意に甘えて生きる毎日だが安穏な日々は続かない。気づけばハップは、売春宿で賑わう危険な町フーティ・フートへ繰り出す車に、レナードらと共に乗り込んでいた。すべてはブレットの娘、ティリーを売春宿から救うため。やたらと態度のでかい赤毛の小男や、バイク乗りのギャング団、冷徹な殺し屋どもを相手に、ハップとレナードの奮闘がまた始まる。

<感想>
 本書はいつもならがらのハップ&レナードシリーズの一冊であり、彼らのファンでないかたは無理して読む必要はありません。しかし、彼らのファンであるならば安心して本書をお読みください。いつもどおりにブッ飛ばしてくれます。

 今回もまた彼らがあちこちで大暴れ。今回はハップとレナードと共に、娘を取り戻そうとするハップの恋人とおしゃべりな小男、ギャングだった大男の神父を加えての珍道中。気に入らないもの、汚いやつらをこれでもかと言わんばかりにぶっ飛ばす(ときには逆にぶっ飛ばされ)。くよくよと悩みながらも、成長しないハップの様子も相変らず。快調シリーズ、まだまだ続く。


アイスマン   5点

1999年 出版
2002年02月 早川書房 単行本

<内容>
 母親が死んで収入の当てが無くなったビル。母親が死んだ事を隠し、送られてくる年金の小切手を換金しようとしたがままならず、とうとう犯罪に手を染めようとする。ビルは仲間と連れたって屋台を襲うのだが、失敗して逆に警察に終われる羽目に。なんとか追っ手から逃げ切ったビルがたどり着いたのは旅回りのフリークショーの一座。いつの間にか、ビルはそこに居つくこととなり・・・・・

<感想>
 タイトルからして(また表紙を見て)SFっぽいものを想像していたのだが、中身は全然異なるものであった。序盤は犯罪者としての転落劇から、ロードノベルのような内容へと移行し、そして後半ではノワール小説のような展開となっていく。

 個人的には中盤のロードノベル的な内容で、だらだらと物語を続けていってもらいたかったところ。終盤の展開はノワール作品とすれば、特に意外な展開ではなかったので(というか、ノワールそのもの)あまり面白いとは感じられなかった。

 ランズデールといえば、「ボトムズ」などのような名作を書く一方で奇妙な作品も多々書いているということで評判の作家である。そういった作品の中での近年の代表例がこの「アイスマン」なのであろう。フリーク・ショーが描かれる奇妙な世界、これこそランズデールの真骨頂といえる作品なのかもしれない。


ボトムズ   7点

2000年 出版
2001年11月 早川書房 単行本

<内容>
 遠く過ぎ去った、少年の日々。テキサス東部の片田舎で、電気も水道もなく、学校へも行かず、日々を自然の中で遊んだり、親の仕事を手伝ったりしていたが、けっして貧乏なだけの生活ではなかった。そんな日々も、今は懐かしい。そう、そんななかで起こった、あの忌まわしい事件さえもが・・・・・・
 暗い森に迷い込んだ11歳のハリーと妹は、夜の闇の中で何物とも知れぬ影に追い回される。ようやくたどり着いた河岸で二人が目にしたのは、全裸で、体じゅうを切り裂かれ、イバラの蔓と有刺鉄線で木の幹にくくりつけられた、無惨な黒人女性の死体だった。地域の治安を預かる二人の父親は、ただちに犯人捜査を開始する。だが、事件はこの一件だけではなかった。姿なき殺人鬼が、森を、そして小さな町を渉猟しているのか? 森に潜むといわれる伝説の怪物が犯人だと確信したハリーは、密かに事件を調べる決心をする。

<感想>
 モダンホラーの様相をとっているかのような本書。これを読むと、マキャモンの「少年時代」を思い起こす。同時代における南部アメリカの黒人差別がまだ強く、クランが跳梁していた時代が背景となっている。ただ、本書は単なるモダンホラーとは言い切れないような魅力を備えた本となっている。

 現代において一人の老人が古き良き時代を思い起こし回想をするという構成がうまく一昔前のアメリカを描き出している。そして内容は一人の少年の成長物語。周辺にもいろいろと個性的な人々が出てくるが、その多くの部分は少年ハリーとその家族である父、母、妹、祖母らが描かれている。この低湿地帯・ボトムズにおける一家の生活の中での少年の成長。これだけに絞りながらも、その時代の南部アメリカの様相が全てわかるかのように感じられる。ミステリーとしての内容も含まれてはいるが、あくまでも本書は少年の冒険譚であり、そしてその少年を通してこの時代の背景を楽しむことができる。そんな本である。


テキサスの懲りない面々   6点

2003年05月 角川書店 角川文庫

<内容>
 ハップとレナードは今は鶏肉工場の警備員として働いていた。そんなある日、ハップは仕事の帰り際、工場の敷地で暴漢と遭遇し、それを捕らえることに。そしてその暴漢に襲われていたのはハップが働く工場のオーナーであった。オーナーから特別ボーナスと休暇をもらったハップはレナードと共に船旅に出かけることにする。
 しかし、そんな船旅も途中の港で船に乗り遅れるはめとなり置いてけぼりをくらう。さらに二人は置いてけぼりにされたメキシコの地にて次々とトラブルに遭遇するはめに・・・・・・

<感想>
 目には目を! 歯には歯を! それがアメリカ南部の掟。

 物語はハップとレナードの休暇の旅先でのどたばた喜劇が展開されるのかと思いきや・・・・・・一転して様相は復讐の活劇へと変わり始めていく。

 いつもの物語に比べると、ぶっ飛んだような、もしくは浮ついたような雰囲気が足りないようにも感じられる。これは最近ランズデールが描いた「ボトムズ」や「ダークライン」の世界が“ハップ&レナード”の世界にも侵蝕しつつあるに違いない。しかしながら読むほうからすれば、“ハップ&レナード”シリーズはそういうものとは別の世界でぶっ飛んでもらいたいというのが正直なところ。本書はラストにおいて、なんとなくハップとレナードが落ち着いてしまったような雰囲気があるのだがこのシリーズは終わらせないでもらいたい。

 二人が活躍する場がないというのならばいっそうのこと日本にでも来てみてはどうだろうか? 絶対無理か!

 今回ハップとレナードはとある事件に巻き込まれ、その事により他の者をも巻き込んで復讐の行動を起こすことになる。ところでこの復讐への行動というものは現代では受け入れられない行動ではないだろうか。特に日本での殺人事件などにおいて、やられたらやり返すという報復行為は通常は行われないと考えてよいだろう。しかし、これは銃社会であるアメリカという国、そしてそれがアメリカ南部という地域における考え方としては別物であるのかもしれない。さらには本書での事件が治安の悪いとされるメキシコにて行われるということもひとつの要因であろう。

 そしてその復讐のさなか、悩んだり考えたりするハップの姿にアメリカというものを感じてしまうのだ。といってもハップやレナードが標準的なアメリカ人であるということはないであろう。にもかかわらずハップの姿に、なぜかアメリカ(特にアメリカ南部)というものを感じてしまうのだ。

 これは外国人が抱く、日本への誤ったイメージというものと似たようなものであろうか。


ダークライン   6点

2003年 出版
2003年03月 早川書房 単行本

<内容>
 テキサスの田舎町に引っ越してきた13歳の私は、父が開業し始めたドライブ・イン・シアターの手伝いをしながら、友人たちと遊んだりと楽しく夏休みを過ごしていた。ある日、私は家の裏で地面に埋められていた古い手紙と日記を発見する。その手紙の主は家の裏の森の奥にある焼け落ちた屋敷に住んでいた今はもう亡くなった少女のものであるようだ。私は姉と共に昔に起きた事件の真相を突き止めようとする。

<感想>
 二番煎じ、とまではいわないにしても結局のところ「ボトムズ」と比べたら・・・・・・

 少年の目を通して古き時代の背景を語り、そして事件性とを結びつけ少年の成長を描く、という内容は上出来である。しかし、ランズデールが描くにしては目新しさが感じられないのである。黒人差別の時代、アメリカ南部、ドライブイン、暴力そして事件と過去にランズデールが描いた作品とあまりにもコードが一致している。そのような世界はすでに「ボトムズ」にて描ききったのだろうという考えをもっていたので、またそのままの作品が出てきてしまうと少々がっかりしてしまう。

 とはいえ、ランズデールの作品を読むのは初めてだとか、ハップ&コリンズの作品しか読んだことがないという人には強く薦めることができる。ここに作家としてのランズデールの多くが詰まっていることは請合える。


サンセット・ヒート   7点

2004年 出版
2004年05月 早川書房 単行本

<内容>
 1930年代、テキサス東部の製材所のある小さな町。大嵐の夜、赤毛のサンセット・ジョーンズは夫の暴力に耐えかね、ついに銃で夫を撃ち殺してしまう。しかし、彼女は罪に問われず、町の権力者の一人である義母のおかげで夫に代わって町の治安官の役職を得る。もちろん、そんなサンセットに反対する者も多く、そういった者たちは彼女を治安官の地位から引きおろそうとする。そこで、サンセットはなんとか治安官としての役割を果たそうと考えていたとき、夫が残していたメモ書きを見つける。それには黒人が所有する地所から胎児の死体が見つかったという事件が書かれていた。サンセットはその事件を調べ始めるのだが・・・・・・

<感想>
 読み始めたときは、「ボトムズ」、「ダークライン」と同様の、社会背景が用いられており(つまりアメリカ南部でクー・クラック・クランが暗躍していた時代)、またかという気分にさせられた。しかし読み進めていくと、本書は女性の治安官が主人公という変わった設定のものとなっていた。そのせいもあってか、とても興味深く読め、なおかつ息をつかせぬストーリー展開により、あっという間に読み終えてしまった。

 自分の夫を殺したサンセットが夫に代わって治安官になってしまうという衝撃的な出だしで物語りは幕を開ける。そしてサンセットは悪戦苦闘しながらも、なんとか治安官としての仕事をこなしていこうとする。本書では、サンセットの周りを囲む人々との人間関係の部分が見ものといえよう。助手としての役割を果たそうとしながらもサンセットに惚れこんでしまう醜男のクライド、ハンサムでサンセットの気を惹く流れ者のヒルビリー、そのヒルビリーに気を惹かれるサンセットの娘カレン等々、治安官としての地位も確立していない中で、微妙な人間関係の中でふらふらとしながらも、突き進んでいかなければならない治安官チームの面々。この不安定で微妙なバランスが物語をどのように左右していくのかに興味がひかれてしまうのである。

 そして、主人公のサンセットなのであるが、彼女はスーパーマンでもなんでもなく、はっきりいえば格好悪い女性像として描かれている。日本の作品で言えば桐野夏生氏描くところの“私立探偵のミロ”を見ているようなバツの悪さを感じてしまう。

 とはいうものの、その普通に格好悪い女性がどのようにして自分の地位を獲得していくのか、そして自分の“核”となるべきところはどこにあるのかを見つけてゆこうとする生き様には、つい惹かれていってしまうのである。

 物語全編に付きまとう、サンセットが突き止めようとする“謎”と、その謎を巡ってのクライマックスのアクションシーンは見ものである。そして物語の行方は最後の最後まで余談を許さないものとなっている。今年の海外ミステリーにおいて、必ずやランキング上位に組み込まれる作品であろう。決してお見逃しなく。


ロスト・エコー   7点

2007年 出版
2008年05月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 ハリー・ウイクルスは幼い頃に発祥した病気により、不思議な力を手に入れることになる。ハリーは過去にその場で起きた暴力的な事件を、そのときに立てられた“音”を媒介として、詳細に見る事ができるのである。しかし、その能力は彼を悩ますばかりであり、大学生になったハリーは酒に逃げることとなる。ろくでもない日々を送っていたとき、ハリーは同じく酔っ払いの中年のタッド・ピーターズに出会うこととなる。その出会いによってハリーは普通の生活が送れるようにと、酒を断ち始めることに・・・・・・そんなとき、幼馴染のケイラと再会し・・・・・・

<感想>
 久々のランズデールの本なのであるが、ランズデールってこんな作風だったっけ? と、とまどってしまうかの内容。ただし、それはよい意味であり、本書は実に私好みの作品となっていた。

 本書は、不思議な能力を持ちながらも、その力に悩みながら生活している青年の再生の話である。その再生のきっかけとなるのが、飲んだくれでありながら元武術家であったタッドという中年。この二人が互いに力を分け合いながら互いに普通の人としての生活を取り戻そうとしてゆくのがなんとも感動的なのである。

 なんとなく、映画の“ベスト・キッド”を思い起こさせるような(あそこまで、アクション主体ではないのだが)作品であり、映画やドラマを意識した内容という気もするのだが、このいかにもというベタな内容がまた良いのである。

 そしてやがては、主人公のハリーとタッドと幼馴染のケイラの三人がケイラの父親にまつわる事件へと関わることになってゆく。サスペンスの内容に関しては、それほど目新しいようなことをしているわけではないが、それなりにうまくまとめられたものとなっている。

 主人公らの精神的な邂逅なども合わせた、サスペンス小説として、充分な及第点がとれる作品と言ってよいであろう。

 これは従来のランズデールらしいアクのある小説とは違い、誰にでも薦める事の出来る読みやすい作品となっているので、広く多くの人に読んでもらいたい作品である。簡単に読む事ができる海外もののサスペンス小説が読みたいという人には、今年はこの作品を強くお薦めしたい。


ババ・ホ・テップ   7点

2009年 出版
2009年09月 早川書房 ハヤカワ文庫(現代短篇の名手たち4)

<内容>
 「親 心」
 「デス・バイ・チリ」
 「ヴェイルの訪問」
 「ステッピン・アウト、1968年の夏」
 「草刈り機を持つ男」
 「ハーレクィン・ロマンスに挟まっていたヌード・ピンナップ」
 「審判の日」
 「恐竜ボブのディズニーランドめぐり」
 「案山子」
 「ゴジラの十二段階矯正プログラム」
 「ババ・ホ・テップ(プレスリーVSミイラ男)」
 「オリータ、思い出のかけら」

<感想>
 ランズデールの短編を読むのは初めてのような気がするが、これがなかなか面白かった。いろんなジャンルの作品があり、楽しめる内容となっている。ただし、いろんなジャンルがあるといっても、そこはきちんとランズデール節がきいており、著者らしい作品集となっている。

 サスペンス・ホラー風味のきいている「親心」から、いきなり惹きつけられる。著者本人としてはエラリー・クイーンズ・ミステリマガジンのような老舗のミステリ雑誌に掲載されるのを夢見ていたようであるが、それは残念ながらかなわなかったようである。この「親心」は、そういったミステリ心がうかがえる作品。

 一番度肝をぬかれたのは「ステッピン・アウト」。これは青春小説なのであるが、ランズデールが書くとこんな作品になってしまうのかと。なんと、ワニが登場する青春小説。

「草刈り機を持つ男」は、なんとも嫌な雰囲気をかもしだしている。なんとランズデールの実体験で、隣人が本当に変な人であったらしい。小説のネタには事欠かなかったようであるが、さすがに引っ越したとのこと。

「審判の日」が本書のなかで一番味のある作品か。まさに“人間”を描いた群像小説。ボクシングの試合と、町を襲う嵐による災害をうまく掛け合わせた内容。読みごたえのある中編小説。

 その他、ハップ&レナードものの短編等、いろいろなものがそろっている。ただ、初心者向きというよりも、ランズデールの作品を何冊か読んでからのほうが楽しめそうな短編集という気がする。

 4年間近く積読にしておいて言うのも何なのだが、作品のあとがきをみると、すでにランズデールの未訳作品が数多く出ているよう。しかし、この作品が出て以来、日本ではランズデールの新刊が全く出ていない。そろそろ新しい作品に触れたいところであるのだが。




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