Jeffery Deaver  作品別 内容・感想1

死の開幕   6点

1990年 出版
2006年12月 講談社 講談社文庫

<内容>
 ルーンは映像作家として成功する事を夢見て、ドキュメンタリー製作会社でアシスタントとして働いていた。そんなある日、ルーンはポルノ映画館の爆発事件に巻き込まれる。彼女はその出来事をきっかけにひとりのポルノ女優を起用してドキュメンタリーを撮り始めることに。しかし、そのポルノ女優がさらなる爆発事件に巻き込まれ、当のルーン自身も標的に・・・・・・。ルーンは爆発物処理班の刑事、サム・ヒーリーと協力して、事件を解決しようとするのだが・・・・・・

<感想>
 ディーヴァーの初期の作品であり、少し前に立て続けに訳されたジョン・ペラム・シリーズの前の作品でもある。さらには、以前にハヤカワ文庫から出版されたことのある「汚れた街のシンデレラ」と同じ主人公、ルーンが活躍するシリーズ作品にもなっている。ちなみにルーンが活躍シリーズは本書と未訳の作品を含めた3冊と言う事なので、その未訳の作品もそのうち訳されるのではないだろうか。

 本書は、ディヴァーの邦訳作品を追ってきた人にとって見れば感慨深いものとなるであろう。ジョン・ペラム・シリーズを思わせるような映画の世界、そして近年のディーヴァーの作品でもみられるどんでん返しと、これが現在の作品の基となっているということがはっきりとわかるように書かれている。

 ただし、完成度という面から見ると現在の作品にはおぼつかない(その辺が初期のディーヴァー作品ということでまた趣がある)。映画を撮るという業界に身を置いている主人公、爆弾処理とテロリスト、さらにはポルノ業界とさまざまな要素から成り立ってはいるものの、本書ではそれぞれの要素が融合していない。それならば、もう少し主題を絞ったほうが良い作品になったのではと感じられる。また、最後に起こるどんでん返しの必然性もあまり感じられなかった。

 ということで、この作品単体としてはあまり評価できないのだが、ディーヴァーの初期の作品ということで、ファンならば必見の価値がある作品といえよう。できれば、現在のディーヴァーに“爆弾処理”にスポットをあてて本を一冊書いてもらいたいところである。


ジョン・ペラムシリーズ 三部作   6点

「シャロウ・グレイブズ」
1992年 出版
1995年07月 早川書房 ハヤカワ文庫 「死を誘うロケ地」
2003年02月 早川書房 ハヤカワ文庫(改訂・改題)
<内容>
 映画のロケーション・スカウトの仕事で田舎町に来ていたペラムは車との接触事故にあい、さらに相棒のマーティンが炎上した車の中で死んでいた。事故死ということで片付けられたマーティンの死に不審を抱いたペラムは事件を調べようとするのだが・・・・・・

「ブラディ・リバー・ブルース」
1993年 出版
2003年01月 早川書房 ハヤカワ文庫
<内容>
 ペラムは事件があった現場にて犯人と思われる男と接触していた。そのせいで、犯人からも警察からも執拗に追われるはめに陥る。ペラム自身は犯人の顔を目撃していなかったのにもかかわらず・・・・・・

「ヘルズ・キッチン」
2001年 出版
2002年12月 早川書房 早川文庫
<内容>
 ペラムが映画の取材をしていた“ヘルズ・キッチン”にて放火魔の手による火災が頻繁に発生していた。放火魔の目的とはいったい・・・・・・

<感想>(三作品まとめて)
 映画を題材に扱ったからというわけではないのだが、傑作B級ミステリーとでも呼びたくなるようなシリーズ作品である。

 作品の主人公はジョン・ペラムという映画のロケーション・スカウト(映画の候補地の下見と選定)を生業とするものである。このペラムには特に探偵としての適正があるようには思えない。しかし彼が土地を渡り歩く仕事ゆえか、地元の人々が「どうせいなくなる者だ」というような感じで様々な秘め事をつい彼に話してしまう。またペラムが映画業界で働いているということだけで、彼に近づけば映画に出られるのではないかと思い、彼によって来る者達も多い。そうした立場を利用して事件の解決に結び付けていくというスタイルはなかなか面白いものである。

 このシリーズのなかで著者が一番苦労しただろうと思うのは、ペラムをいかに事件に関わらせるかという点ではないだろうか。1作目では相棒の死、2作目では事件に巻き込まれ、3作目では取材を通して知り合った人を助けるためとなっている。この事件に関わるアプローチが第3作で尽きたからこのシリーズはそこで完結したのではないかということが感じられる。特に第3作では、なぜペラムが事件に関わるのかというのはラストで明かされる重要なテーマに結びついていた。しかし、本作が3作で続編が書かれていないのを見ると、ペラムが何らかの事件に関わっていくといういい機会を著者が見出せなかったからではないだろうか。もしこれを無理に書いても不自然なストーリーになってしまい、マンネリ化するといったことから3部作ということで打ち切ったのだろう。

 私自身も読み終わって、リンカン・ライムと違い、ペラムにもう一度会いたいとは思わない。やはりこれは3部完結ということでよいシリーズなのであろう。とりあえず、ディーヴァーが今に至る前の貴重なシリーズ作品の一端であるということで。


死の教訓   6点

1993年 出版
2002年03月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 半月の夜、暴行を受けた女子大生の死体が池のほとりで発見された。現場に残された書置きは捜査主任ビル・コードを名指しで次の犯行を示唆しており、血で描かれた半月が待ちの建物六ヶ所に一夜にして出現した。“ムーン・キラー”の凶行を恐れ、町はパニックに陥る!

<感想>
 リーダビリティはあるもののサスペンス小説としては普通の出来だろう。ディーヴァーらしい、ラストのひねりはすでにこの作品から行われているのかと感じはするが、そのひねり方は微妙なもの。「静寂の叫び」以降は顕著になってきたがここではあまり主人公の捜査官自体がうまく使われていない。以後の作品と比べると、その辺が一番の違いというところか。

 それでも本書で注目するべき点は、主題の裏側に“子供たちの闇”が描かれているところである。事件が進められるなか、その環境に取り巻かれる子供たちはその事件による出来事とは別のところで問題や悩みをかかえ、それらを乗り越えたり絶望したりしている。本書は単なるサスペンスというだけではなく、読み取れば以外に深い物語なのかもしれない。


ボーン・コレクター   7点

1997年 出版
1999年09月 文藝春秋 単行本

<内容>
 元ニューヨーク市警科学捜査本部長、かつて「世界最高の犯罪学者」と呼ばれたリンカーン・ライム。彼は数年前に捜査中の事故で四肢麻痺の体となり、四十歳のいま、自力で動かせるのは首から上と左手の薬指だけ。そんななかライムは介護士のトム以外の人との付き合いも断ち、自殺のことを考える毎日であった。
 そんなある日、タクシーに乗った二人の男女がそのまま拉致されるという事件が起こった。そして男は線路沿いの地面に手だけ出した状態で埋められていた。事件の異常さに殺人課の刑事ロン・セリットーは元同僚のライムに犯人に拉致されている女性の救出を求めた。しぶしぶ捜査に力を貸していくうちにライムはかつての情熱を少しずつ取り戻していく。そんな中、犯人は次々と無差別に人々を拉致し、死の恐怖へと追いやろうとする。
 ライムはかつての仲間や新しい仲間を引き込み犯人を追っていく。最初の死体の発見者であるアメリア・サックスは上司に初動捜査のミスを指摘されるがライムはそれを支持し、管轄違いではあるが彼女を自分の捜査班に引き入れドライバー兼、被害者救出者兼、鑑識官として自分の手足目となって働いてもらう。いやいやながらライムに従っていたアメリアも次第に心を開き始め・・・・・・
 ゲームのように必要な痕跡のみを残し、次の殺人を示唆する謎の犯人の狙いは? 正体は? ライムとアメリアのコンビは人々を救出できるのか? そして犯人を捕まえることはできるのか?

<感想>
 映画でいえば「スピード」のような感覚の小説だった。息をつかせない展開の速さにページをめくる手がとまらない。また、ほんの少し残された証拠物件からライムが次々と場所や犯人像を特定していくさまは圧巻だ。また証拠からわかった犯人像を箇条書きにして表に書き込んでいき、どんどん表が埋まっていくのは楽しかった。

 あともう少しアメリア以外のほかの人たちも目立たせてくれたらなぁと思える。ライムとアメリアしか目立たないっていうのはあまりにも映画的すぎるような気がした。

 そして、おしいのはラストの直前まではいいのだがこのラストはちょっと納得がいかない。ありがちのような気もするし、ライム達が捜査してきた内容にのっとるようなラストにしてもらいたかったとそれだけが惜しまれる。

 それでも1999年の外国部門ではBest3に入るだろう出来。


コフィン・ダンサー   7点

1998年 出版

<内容>
 ボーン・コレクター事件から一年半ほど過ぎた春の初め、リンカーン・ライムの寝室をニューヨーク市警の殺人課刑事がふたたび訪れる。神出鬼没の殺し屋“コフィン・ダンサー”追跡に力を貸してもらいたいというのだ。ダンサーは二日後に開かれる大陪審で、ある大物武器密売人に不利な証言をする予定の証人三名を消すため、当の武器密売人に雇われたらしい。
 不気味なあだ名の由来は、殺し屋の姿を目撃したただ一人の人物の証言「腕に棺の前で女と踊る死神の刺青がある」だった。自在に容貌を変えるダンサーに狙われた最後、絶対に生き延びることはできない。
 大陪審での証言まで、残り時間は四十五時間。アメリカ一の腕利きと噂される殺し屋が三人の証人を消すのが先か、世界最高の犯罪学者リンカーン・ライムが彼を捕らえるのが先か!

<感想>
 ボーン・コレクターに続く第2弾だが、二番煎じとはいわせない面白さだ。圧倒的なスピード感は健在だ。

 あいかわらず、ライムの神がかり的な捜査には、目が釘付けになる。できれば今回も、前作のように掲示板を提示してもらいたかった。今作のみどころは、ダンサーとの戦いに尽きる。ライムとダンサーが互いに裏をかきあい、ライムはダンサーを捕らえようと、ダンサーは標的を消そうと、それぞれ試みるさまは見事である。こういう対決はたいがいどちらかが、目も当てられないようなへまをして終わってしまうことが多いのだが、その辺を書ききるところはさすがである。

 ただし、最後のどんでん返しには非常に不満であった(たとえ伏線を張っていたとしても)。最後まで書ききる力は絶対にあると思うので、下手な小細工をしなくてもよかったのではないかと思う。そのまま剛速球でストレートど真ん中で勝負してもらいたかった。十分おもしろいんだけどなぁー。続編にも期待してます。


悪魔の涙   6点

1999年 出版
2000年09月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 世紀末の大晦日午前9時、ワシントンの地下鉄駅で乱射事件が発生。間もなく市長宛に2000万ドルを要求する脅迫状が届く。正午までに“市の身代金”を払わなければ、午後4時、午後8時、そして午前0時に無差別殺人を繰返すとある。さらには、現金を受け取りに来た犯人はアクシデントによって、通りがかったトラックにひき逃げされてしまう。残された、無差別乱射犯のほうは、ただ機械的に時刻がきたら定められた場所で無差別殺人を行いつづける。
 犯人の手掛かりは手書きの脅迫状だけ・・・・・・。FBIは筆跡鑑定の第一人者パーカー・キンケイドに出動を要請した。

<感想>
 先にリンカーン・ライムのシリーズが出ているので、どうしてもそちらの作品と比べてしまう。内容的にもかなり似ているし。さらにはご愛嬌で、ライムまでが電話のやりとりで登場する。

 内容は文句のつけようのないできなんだけど、どうしてこれがライムのシリーズではないのだろうと感じる。特にそう思うのは、キンケイドの立場に思うところがある。確かにキンケイドは腕利きの、元FBIの筆跡鑑定家であるのだろうけど、そのキンケイドが事件の陣頭にたって、采配を振るい始めるのがよくわからない。筆跡鑑定家はあくまでも筆跡鑑定家であって、事件を指揮するのは妙な感じがしてならないのだ。だからこそ、これをライムのシリーズにして、キンケイドはライムの部下の一人として手掛かりを見つけ出し、それに基づいてライムが事件を指揮するというほうが、構図としてわかりやすいのだ。

 しかし、そういったことを抜きにしてもこの作品は見所満載の内容と筆跡鑑定による科学捜査と実に興味深い内容となっている。特にこの話の焦点となる、筆跡鑑定による科学捜査は目をみはるものがある。巷の犯罪者達はおちおち脅迫状や予告状も送ることができなくなること請け合い。


青い虚空   6点

2001年 出版
2002年11月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 護身術のHPを主宰するシリコン・ヴァレーの有名女性が惨殺死体で発見された。警察は周辺捜査からハッカーの犯行と断定。犯人はネットワーク・ゲームの中でキャラクタを殺すのと同じように、現実世界においてもゲーム感覚で人を殺していく。そしてそれは困難であればあるほど犯人の意欲は沸いてくる。
 自分たちだけでは手におえないと判断した、コンピュータ犯罪課のアンダーソン刑事は服役中の天才ハッカー・ジレットに協力を要請する。服役中にてコンピュータに触りたくて、うずうずしていたジレットは喜んで捜査に協力することに。そのジレットには実は刑務所の外に出て行いたい目的があったのだ。

<感想>
 ネットワーク版・「羊たちの沈黙」とでも呼ぶべきか。

 これも見事にディーヴァー的な作品として仕上がっている。ディーヴァー的というとどのようなものかといえば、スピーディーな展開によって話が進められ、主人公が犯人を追っていくなか、物語は二転三転としていき、徐々に主人公の周りにいた人間でさえも怪しくなり、最終的に思いもよらない真犯人が登場してくるといったもの。ハリウッドスタイルと言い換えてもおかしくはないかと思う。

 今回の話の主題はコンピューターの世界である。内容には難しい部分もあるが(というより、プログラムの話になるとさっぱり分からない)さすがにそのへんはベテラン作家の手腕によって、それなりにうまくまとめられており、読みやすくなっている。このような内容のものは昔から多々描かれていると思うが、本書はそれなりに最先端の技術が描かれているのだから、小説の内容にこういうのをとりいれてしまうのはすごいと感心してしまう。ただ、そのネットワークの世界というのが複雑に描かれると、読んでいるほうにとってはSFのようになんでも有りの世界に思えてしまう。当然著者はそんなことはなく、できる事とできない事に境界線は引いてあると思うのだが読者にとっては微妙なところか。

 また、最近のディーヴァーの小説にて思うのは、前作でも書いたかもしれないが、二転三転とあまりにひっくり返しすぎるところに難があると思う。あまりにひっくり返しすぎると誰が味方で誰が敵なのかが段々判りづらくなってくる。また、その犯罪に加担しているのではないかと疑われるものが、主要人物として特徴付けられている者であればいいのだが、人物表に名前が載っているだけとしか感じられないものが突然容疑者として挙げられたとしても、読んでいるほうとすれば混乱してしまうだけである。十分な手腕があるのだからひっくり返す回数はほどほどにしてもらいたい。ストレートに話が進んでいったとしても十分に堪能できる小説であると思うのだが。


石の猿   8点

2001年 出版
2003年05月 文藝春秋 単行本

<内容>
 国際指名手配されている蛇頭の殺し屋ゴーストが移民を乗せた密航船とともにやってくるとの情報が入った。移民局はリンカーン・ライムの手を借りることによって湾岸へ先回りしゴーストを拿捕しようとする。海上での銃撃戦のすえ、ゴーストは船を爆破して、その混乱に乗じてアメリカに上陸し警察の手から逃げ去ってしまう。そしてゴーストは一緒に船に乗っていた自分の目撃者でもある脱国者たちを手にかけようと執拗に跡を追う。ライムは科学捜査を駆使してゴーストを先回りしようと企てるのであったが・・・・・・

<感想>
 リンカーン・ライムとその仲間たちが活躍するシリーズ最新作。

 今回はアメリカに渡ってくる中国からの不法入国者を題材として扱っている。よってさまざまな中国人たちが登場してくるのだが、その彼らのパワーによって本編が占領されてしまったかのようにも感じられる。当然ライムらが活躍する見所となるシーンはあるものの、なぜか今回は影が薄く感じてしまう。さすが中華人民共和国50億人パワーといったところか。

 特に印象深い人物をあげるとするならば、今回の強敵“ゴースト”とそのゴーストを追ってアメリカにまで来てしまった刑事ソニー・リーの2人。冷酷な執念にて移民たちの命を狙おうとするゴースト。その様は計算ずくなだけではなく必要以上の残忍さまでもを併せ持つ異質な存在感を持つキャラクターとなっている。また刑事ソニーはライムの科学捜査とは対称的に直感により捜査を行っていき、ライムとは別の道によりゴーストを追い詰めていく。そしてその熱心さは頑ななライムの心をも溶かしていく。

 という2人の姿に圧倒されながらも話は進んでいく。そしてその中には中国の“家族”という話が込められていたり、または移民の子どもたちのアメリカにおいて辿り行く道なども紹介されており、興味の尽きないできばえとなっている。

 また、本書で一番感じ入ったのはラストが実にうまくまとめられている点である。最近のディーヴァーの本は全体的には面白いものの、ラストがいまいち納得いかないというものが見られた。しかし本書においてはそのラストの部分が実に良いできばえになっているいえる。ここまでうまくまとめたのは「静寂の叫び」以来ではなかろうか。

 これは文句なしに今年度のベストミステリーたる1冊といってよいであろう。


魔術師(イリュージョニスト)   8点

2003年 出版
2004年10月 文藝春秋 単行本

<内容>
 音楽学校にて殺人事件が発生。警官が駆けつけたそのとき、不審者がホールの小部屋へと逃げ込んだ。警官らは挟み撃ちにして不審者を追い詰めようとしたのだが、その男は煙のように部屋から消えてしまった・・・・・・。
 次々と続発する謎の殺人事件。犯人はマジシャンなのか? リンカーン・ライムは若き女性イリュージョニストの手を借りて犯人を追い詰めようとするのだが・・・・・・

<感想>
 リンカーン・ライムのシリーズでタイトルが「魔術師」と来た日には、これが面白くないなんていうことがあるわけがない。期待にたがわず最高のエンターテイメントを展開させてくれる内容となっていた。

 謎の魔術師が次々と事件を起こし世間を煙に巻く。捜査に加わったライム達が魔術師を追い詰める。しかし、魔術師はその包囲をすりぬけ、さらにはライムの身辺にまで魔の手を伸ばす・・・・・・と、騙し騙されの連続で最後まで読まなければどこまで騙され続けるのかわからないという実にスリリングなものとなっている。

 本書ではイリュージョンの舞台を見て感激したというディーヴァーの手によって、イリュージョンによるミステリーの可能性のというものがとことんまで突き詰めて書かれている(ある意味、犯罪者の可能性と言えないこともないのだが)。これは誰もが魅せられるエンターテイメント小説といって間違いないだろう。このシリーズをずっと読み続けている目の肥えた読者でさえも納得させられるであろう完成度を誇る一冊である。


クリスマス・プレゼント   7.5点

2003年 出版
2005年12月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「ジョナサンがいない」
 「ウィークエンダー」
 「サービス料として」
 「ビューティフル」
 「身代わり」
 「見解」
 「三角関係」
 「この世はすべてひとつの舞台」
 「釣り日和」
 「ノクターン」
 「被包含犯罪」
 「宛名のないカード」
 「クリスマス・プレゼント」
 「超越した愛」
 「パインクリークの未亡人」
 「ひざまずく兵士」

<感想>
 ディーヴァー初の短編集という事で、どんなものかと恐る恐る読んでみたのだが、ディーヴァーは短編を書かせてもディーヴァーであった。というよりも、この短編集は実にできの良い作品集であると言える。

 なにしろ全ての作品が“どんでん返し”という徹底振り。これは「Twisted」という原題にもあらわされている。とにかくそれぞれの作品が読み始めたときと、読み終えたときがまるっきり違う印象になっているのだからすごいものだ。これは海外の近代ミステリー作家の短編集としては随一と言えるのではないだろうか。

 お気に入りは、全く展開が予想のできない強盗と人質の物語「ウィークエンダー」。美人もモデルがストーカーに悩まされる「ビューティフル」。いじめっ子といじめられっ子のその後を描く「見解」。

 また、一番だまされたと思ったのは「三角関係」。これは最後まで読むと、「あっ、そういえば!」と口に出してしまう作品。確かに、ところどころで違和感を感じてはいたのだが、結局最後まで気づかなかった。

 それと法廷ものである「被包含犯罪」も逸品。これはうまく書かれているなと感心するほかない。そのうちディーヴァーは法廷サスペンス長編にも着手するに違いない。

 本書にはディーヴァーでお馴染み“リンカーン・ライム”シリーズの初短編「クリスマス・プレゼント」も掲載されている。こちらはどうしても普段の長編と比べてしまうので物足りなさを感じてしまうが、それでもなかなか良くできている作品である。

 とにかくディーヴァーのファンでなくても、一読のかいがあるこの一冊。より多くの人に強くお薦めしたい本である。海外作品が苦手と言う人に薦めるのにも良いかもしれない。


獣たちの庭園   7点

2004年 出版
2005年09月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 ポール・シューマンは依頼された仕事をこなすニューヨークの殺し屋。とある仕事の最中、シューマンは正体不明の者達に連行される羽目に陥る。シューマンが連れられてきた場にいたのは、さる上院議員。その大物からシューマンはドイツのナチスの高官の暗殺を依頼される。報酬は、その暗殺と引き換えにアメリカでの自由を約束するというものであった。もはや、選択の余地のないシューマンは依頼を受け、ドイツへとわたるのであったが・・・・・・

<感想>
 ディーヴァーが初めて挑んだ歴史サスペンスという事で読む前は少々不安であった。また、読んでいるときも序盤はさほど“これ”と感じるところもなく、こんなもんかと思っていたのだが、中盤から後半にかけては名誉挽回とでもいうようにスピーディーな展開が繰り広げられていった。特に後半でのどんでん返しの連続はこれぞディーヴァーの作品と手をたたきたくなるようなものであった。たとえ、歴史サスペンスを書いてもディーヴァーは変わらずディーヴァーのままであった。

 本書の見所はなんといってもその登場人物たち。冷静な暗殺者とでもいうべき主人公の存在を喰ってしまうかのように、まるでリンカーン・ライムのようなドイツの敏腕刑事や、主人公を助ける下町の何でも屋、そしてナチスドイツの高官たち。これら魅力的な人物を配しての紡がれる物語はもはや見事と言うほかない。

 また、本書の舞台であり、背景ともなる戦時中のドイツの描写も見所のひとつ。「獣たちの庭園」というタイトルに秘められた意味もまた印象深き事象であった。

 リンカーン・ライムもの以外の作品も積極的に取り組むディーヴァーであるが、こういった単発の作品はどうしても当たりハズレを気にしてしまう。しかし、ディーヴァーについてはそういった心配はもはや無用であろう。このような良作が文庫で直ぐに読めるのだから、これはお徳というほかあるまい。


12番目のカード   6点

2005年 出版
2006年09月 文藝春秋 単行本

<内容>
 図書館にて、黒人少女が何者かに襲われそうになりながらも、命からがら逃げ延びる。最初はただのレイプ犯によるものかと思われたのだが、その用意周到な犯行振りから単なる犯罪ではないと考えられ始める。この事件を受け持つ事になったリンカーン・ライムとそのチームの面々。執拗に襲い掛かってくる犯人から少女を守り、犯人の正体を暴く事ができるのか!? しかも犯行の動機は140年前に起きた歴史的な事件が関係しているようでもあり・・・・・・

<感想>
 待ちに待った“リンカーン・ライム”シリーズの新刊。今度はなんと140年前に起きた事件と現在起きている事件の関連性を追うというもの。

 ということで、事件が展開していく今回の作品であるが読んでみた感想としては、やや小粒であったかなと。いつもどおり、複数のミスリーディングを誘うものが仕掛けられていたり、どんでん返しが繰り返されたりと、本書もディーヴァーらしい作品であるのは間違いない。ただ、最近の作品と比べてしまうと事件を起こしている犯罪者たちがやや小物であったといったところ。

 ただ逆に見てみれば、それほどたいした犯人でないにもかかわらず、よくぞここまでライムらの追跡の裏をかき、逮捕されずにいたなと褒めてやりたくもなる。最初は事件自体も小粒に見え、それを行おうとする実行犯もたいしたことのない人物に見えた。それが話が進んでいくうちに、事件の背景も大きくなり、犯罪者の異様な素顔も浮き彫りにされる。ただ、タイトルにある“12番目のカード”というものが意味するほど、犯罪者の造形は深くなかったかなとも感じられる。さらには最終的に明らかになる事件そのものに対する動機も「なんだ、そんなものか」というくらいの印象しか残らない。

 ただし、その事件を起こそうとするものが何故に犯罪に走ったのかという点については、主人公らの逆の視点にたてばわからなくもないように思える(とくにラストは攻められている側の視点にたてば犯人の思いが嫌というほど伝わってくる)。

 今回この作品を読んで思ったのは、リンカーン・ライム率いるチームに対抗するには、よっぽどの犯罪者でない限りは小物に見えてしまうという点。それくらい、主人公チームが優秀であり、強力すぎてしまっているということ。このへんは著者自身も頭の痛いところではないだろうか。このチームに対抗すべき、大犯罪、そして大犯罪者を考え出さなければバランスのとれたよい作品を描く事ができないからである。

 今回の作品はハードカバーで2段組の500ページ強というボリュームになっているのだが、そのページ数の間、逃げ切らなければならない犯罪者がいかに大変かということを思い知らされる。


ウォッチメイカー   7点

2006年 出版
2007年10月 文藝春秋 単行本

<内容>
 連続殺人と思われる事件が発生した。犯人は事件現場に同一の“時計”を遺してゆき、自らを“ウォッチメイカー”と名乗る。リンカーン・ライムらはウォッチメイカーの犯行を阻止しようと、彼の犯行に先んじて計画を阻止しようとするのだが・・・・・・
 一方、アメリア・サックスはウォッチメイカー事件と平行して、市警の汚職事件の捜査も受け持つこととなったのだが・・・・・・

<感想>
 いわずと知れた、リンカーン・ライム・シリーズ。ここのところ、毎年おなじみといっていいくらいに刊行されている。このシリーズで気になっていたところは、ライム達捜査班が優秀すぎて、生半可な犯罪者ではサスペンスとして物足りなくなってしまうという贅沢な悩み。

 それが今回はどう解消されるのかと思いながら読んでみると、今回登場したのは犯行現場に時計を置いておく“ウォッチメイカー”と名乗る連続殺人犯。なんか、頼りなさそうな相棒と共に犯行を行おうとするのだが、ことごとくライム達捜査班の手によって犯行が妨げられる。これは駄目かなと思っていたら・・・・・・なるほど、こんな手で来るとは。さすがにディーヴァーもありきたりな展開では読者も物足りないであろうということをわかっているようで、こちらの反応の上を行く話しを展開させてくれていた。

 また、物語の展開のみならず、今作では尋問のエキスパートとしてキャサリン・ダンスという人物を登場させ、さらに興味を惹かれる内容とすることに成功させている。そしてアメリア・サックスが担当する別の事件もうまく本筋に絡めながら展開させている。

 読んでいる途中で思ったことだが、今作では500ページのうち、第2部が終わる400ページのところで、話の全てに解決がついてしまっている。あと残り100ページをどう片付けるのかと思っていたら・・・・・・またもや、やられてしまった。なるほど、そういう展開を持ってくるのかと。

 あまり話すとネタバレになってしまうので、詳細は話すことができないが、とにかくどんでん返しの連続で読者を楽しませてくれる作品となっている。これだけひっくり返しながらも、きちんと整合性のとれた物語になっているのだからたいしたものである。

 2008年の国内での出版予定は、短編集の第2作品か、今回登場したキャサリン・ダンスが活躍する作品が刊行されるそうである。まだまだ、ディーヴァーという作家は読者を楽しませてくれそうだ。


ポーカー・レッスン   7点

2006年 出版
2013年08月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「章と節」
 「通勤列車」
 「ウェストファーレンの指輪」
 「監 視」
 「生まれついての悪人」
 「動 機」
 「恐 怖」
 「一時不再理」
 「トンネル・ガール」
 「ロカールの原理」
 「冷めてこそ美味」
 「コピーキャット」
 「のぞき」
 「ポーカー・レッスン」
 「36.6度」
 「遊びに行くには最高の街」

<感想>
 わかっているけど、騙される。そんな快感を味わえる短編作品がなんと16編! 長編のほうは最近マンネリ気味になってきたともいえるが、短編のほうは瑞々しいほどの鮮度を誇っている。

 掲載されている作品をおおざっぱに分けると、主となる人物が物語全体を操るというものと、主となる人物が物語の影に隠れた人物に操られるというものの2パターン。ただし、それが最後の最後までわからない。なかには、だいたい予想通りの結末を迎えるものもあるのだが、たいていは読み手の予想外の方向へと跳躍し、着地する。

 それぞれの内容について、あまり書けないのが残念なところ。上記に書いた2パターンをそれぞれの作品にあてはめてしまえば、未読の方はげんなりすること確実。よって、本書を読む人はとにかくよけいな知識を入れない状態で読んでもらいたい。

 一番面白く、さらに驚かされたのは「ウェストファーレンの指輪」。これは色々な意味でやられたと感じさせられた作品。

 また、リンカーン・ライムが登場する「ロカールの原理」も秀逸。むしろ、リンカーン・ライムものって短編のほうがよいのではと思わされるくらい。ただそれでは、作者がネタをひとつひとつ作りだすのが大変かもしれないが。


スリーピング・ドール   6点

2007年 出版
2008年10月 文藝春秋 単行本

<内容>
 尋問のスペシャリスト、キャサリン・ダンスはカルト系犯罪者として有名なダニエル・ペルを尋問することになった。ペルはダンスの尋問が終わった後、警備の隙をついて脱獄することに成功する。キャサリンらはペルの行方を追おうとするのだが、いつも後一歩というところで逃げられることに・・・・・・。ダニエル・ペルは脱獄後、何を目的として行動しているのか? そして、8年前にペルが起こした一家惨殺事件の真相とは!?

<感想>
 リンカーン・ライム・シリーズの「ウォッチメイカー」で登場したキャサリン・ダンスが主人公となり、活躍する作品。ライムが率いるチームは、あまりにも強力すぎて、なかなか犯罪者が太刀打ちできなくなったということもあり、別の主人公をここに登場させた・・・・・・ということかどうかは定かではないが。

 この作品はライムのシリーズと比べれば、ややスピード感に欠けると感じられる。ただ、それは本書の問題ではなく、ライムのシリーズがスピード感があり過ぎたというだけであろう。普通のサスペンス・ミステリであれば、本書くらいのペースこそが妥当であろう。本書も充分ディーヴァー作品らしい、上質のミステリが展開された作品となっている。

 前作で凄腕の尋問ぶりを発揮したキャサリン・ダンスであるが、今作でもその実力を用いて犯罪者を追い詰めてゆく。ただ、ダンスの役割としては、あくまで尋問であって、あまり捜査を指揮するということに関しては秀でていないようにも思える。そこは、誰か他の者が捜査を指揮して、ダンスがそれを補佐するという形のほうが自然ではないかと感じられた。

 また、本書はアクション・シーンも盛り込まれているためか、ダンスの尋問に割くページ数が少なかったように思えた。どちらかといえば、ダンスが登場する作品は短編集とかのほうが向いているような気がしてならない。

 内容に関しては、いつもながらのどんでん返し振りは相変わらずである。今回も読んでいる最中、犯罪実録作家が怪しいのでは、FBI捜査官が怪しいのでは、捜査のために呼び寄せられた3人の女性のうちの誰かが怪しいのではと、常に疑いっぱなしであった。しかし、あれこれ疑ってみたとはいえ、話が展開してゆかなければ、本当に誰が怪しいのかなどはさっぱりわからなかったのだが。

 キャサリン・ダンスが披露する尋問の手法“キネシクス”というのはなかなか魅力的な題材であると思える。ただ、この題材を生かすのであれば、従来のライム・シリーズのようなスピーディーな展開ではなく、もっと落ち着いた内容の作品でもよいのではないかと感じられた。

 これ一冊でキャサリン・ダンスの活躍が見れなくなってしまうのも惜しいことなので、どうか今後ダンスの魅力がいかんなく発揮される作品を書き上げて欲しいものである。


ソウル・コレクター   6点

2008年 出版
2009年10月 文藝春秋 単行本

<内容>
 リンカーン・ライムのもとに彼のいとこであるアーサー・ライムの妻がやってきた。彼女は、アーサーが事件を起こし逮捕されたというのだが、全く見に覚えがなく、どうしてこのような事になったのかさっぱりわからないと言うのである。にもかかわらず、現場から残された証拠は全て、アーサーが事件を犯した事を示していたのだ。半信半疑のリンカーン・ライムたちが事件を調べていくうちに、恐るべき事が明らかになる。なんと犯人は自分が起こした事件の証拠を全て他人になすりつけるという犯罪をいくつも犯していたのである。その犯行の様子から、ひとつの調査会社の名前が浮かび上がり・・・・・・

<感想>
 常々リンカーン・ライムのシリーズについて危惧していたのは、ライムのチームがあまりにも強力になってしまったがために、それに対抗する犯罪者を造形する事がかなり難しくなってしまったのではないかということ。しかし、今作ではそのライムのチームを脅かす強敵を作り出す事に成功している。

 ここで出てくる犯罪については、まさに恐ろしいとしか言いようがない。各種情報媒体を自由に操り、その人物がやっていないことをやったこととしてしまい、場合によっては見ず知らずの人間を破滅させることさえ可能としてしまうのだ。まさに、これが自由自在に出来ればそれは神の所業と言えるものであろう。

 今までSF小説でしか出てこなかったような、全ての人間をデータベースにて管理するという現実が近づいてきたことを痛感させられる作品であった。

 こうした犯罪とライムたちは闘わなければならなくなるのだが、今作でひとつ気になった点がある。それは、果たしてライムたちは犯人に勝ったと言えるのかどうかということ。今回もいつものようにライムによる状況分析が行われ、犯人を追い詰めていく様子が描かれている。そのまま捜査が続けば、ライムたちは普通に犯人の特定へと徐々に迫ることと成っていったであろう。しかし、本書のように犯人がライムたちに魔手を伸ばし始めたとき、タイムリミットが要求される展開となる。

 そうしてラストではと、物語が流れてゆくわけなのであるが、なんとなく今回はライムが犯人の上手をいったというように思えなかったのである。まぁ、確かにここに登場する犯人はあまりにもなんでも有りという点が行き過ぎているようにも感じられたせいもあるだろう。ただ、なんとなくライムを筆頭とするアウトローたちによるチームの限界とううものを垣間見る事ができたようにも思えるのである。

 まぁ、このような恐ろしい犯罪者が現実に登場する事がないよう祈るのみであるとしか言いようがないのだが。


追撃の森   6点

2008年 出版
2012年06月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 女性保安官補ブリンは緊急の通報により、人里離れた別荘へと向かう。そこで彼女が見たものは、別荘に住む夫婦の死体。彼らを殺害した二人組の殺し屋はブリンの存在に気づき、ブリンの命を狙い始める。夫婦と共に別荘を訪れていた生存者ミシェルと共に、ブリンは殺し屋から逃亡を図る。執拗に迫りくる殺し屋から二人の女は無事に逃げることができるのか!?

<感想>
 ディーヴァーのノン・シリーズ小説。主人公は優秀な女性保安官補ブリン。彼女における印象はキネシクスを使わないキャサリン・ダンスというもの。

 今作では、殺し屋からの逃亡劇が延々と続くというもの。序盤は、あまりにも多くの矛盾というか、おかしく思えるものを数多くかかえながらの逃亡劇ということで、もやもや感が読者に重くのしかかる。何故殺し屋達は必要以上に彼女らを追いかけるのか? ブリンと共に逃げる女ミシェルは何者なのか? 夫婦殺害の裏には何が隠されているのか? 等々。

 ただし、当然のことながら最終的にはその全ての矛盾が明らかにされ、真相が読者にきちんと提示されることとなる。全体を見れば、物語に特に矛盾もなく、よくできていると思えるものの、やはり前半(というか、物語の大半)の逃亡劇が長過ぎると感じられた。せっかくのノン・シリーズなのだから、何もこんなに長い作品にしなくてもと。もう少し、余計な部分を切り詰めた方が全体的にすっきりとしたのではなかろうか。


ロードサイド・クロス   6点

2009年 出版
2010年10月 文藝春秋 単行本

<内容>
 道路わきに十字架が立てかけられ、花が添えられているのが発見される。死者を悼んでのものかと思いきや、何故か書かれている日付は明日のものであった。やがて、この十字架を発端とした連続殺人事件が起こることとなる。
 最初に命を狙われた女子高生は、車のトランクに入れられたまま、海に放り込まれたもののかろうじて生き残ることができた。その生存者に命を狙われるような動機があるかを調べていったところ、捜査線上にあがったのは同じ高校に通うトラヴィスという少年。彼は自動車事故を起こし、その際に一緒に乗っていたクラスメイトを死亡させていた。そのことにより彼はネット上で叩かれていたのである。そのネットで彼を叩いたものが命を狙われることとなる。トラヴィスは警察の手を逃れ行方不明となり、キャサリン・ダンスをはじめとする捜査員たちは彼の行方を捜すこととなる。しかし、捜査員をあざ笑うかのように被害者の数は増え続ける。そうしているうちに、トラヴィスが叩かれたネットの運営をしていたブロガー、ジェームズ・チルトンに魔の手がおよび・・・・・・

<感想>
 今までのディーヴァーの作品と比べると平凡な設定の事件という気がする。だからこそ、リンカーン・ライムを用いたのではなく、キャサリン・ダンスを用いたのだろうという気はする。

 事件は今更ながらという気がしなくもないが、ネットを発端とする事件。昔から今に至るまでさまざまな発展を遂げているものの、ネットに関わる犯罪というのもなんとなく古めかしい気がする。とはいえ、ネットで叩かれた者が現実での犯罪に走るという事件については、近代的な犯罪事件と言えるのであろう。本書ではネット上の掲示板での理不尽さやそこから発展する犯罪を書き表すことにより、現代社会に警鐘を示す内容であると感じられた。

 ふと思ったことはネット上といえば匿名性が保たれるというのが一般的な見解であるものの、ここで書き表されているものは、その匿名性が全くと言っていいほど守られていない。ネットで書き込みを行った者の正体がすぐに判明したりと、匿名性に対する危うささえも感じられる内容となっている。

 今回の作品は内容としてどうかというと、やや長いなと感じられた。ディーヴァーの近年の作品は単行本2段組みにして500ページくらいと統一されているのだが、何か制約でもあるのだろうか。本書は、そこまで長く書かなくてもよかったんじゃないかと思われるものであった。また、起こる事件に対してダンス捜査官が行動を起こす場面が多いものの、こういった内容では肝心の“キネシクス”を用いるというダンスの利点を生かし切れていないような気がする。単純にリンカーン・ライムものではないからキャサリン・ダンスというものではなく、キャサリン・ダンスが活躍するに見合った作品を書いてもらいたいものである。


バーニング・ワイヤー   7点

2010年 出版
2012年10月 文藝春秋 単行本

<内容>
 電力会社の総合施設にて、異常の警報がもたらされる。各地の送電システムが異常を起こし、一部の変電所に電力が集中し始めたのである。そして、電力がピークに達したとき、町中に向けてぶら下げられたケーブルの切れ端から凄まじいアークが放電し、バスに襲いかかった!
 電気を自由自在に操る者は、電力会社に警告を発し、自分の要求に答えなければ被害を拡大していくと脅迫する。リンカーン・ライム率いるチームは、謎の男の正体を暴くために捜査に乗り出すのだが、いつも後手に回ってしまうこととなる。しかもライムは、別の事件を抱えており、そちらにも悩まされていた。それは、以前取り逃がしたウォッチメイカーと呼ばれる犯罪者がメキシコに現れ、捜査当局が逮捕作戦を遂行しているところであった。双方の事件にかかりきりとなるリンカーンはやがて体調を崩すこととなり・・・・・・

<感想>
 久しぶりの“リンカーン・ライム”シリーズ。久しぶりだからというわけではないだろうが、今作はずいぶんと読み応えを感じられた。

 今回は電気を自由自在に操るという難敵。この作品を読むと、電気というものが如何に恐ろしいものなのかということを改めて感じずにはいられなくなる。そんな電気を操る男の行方を捜査するライムであるのだが、何故か今回は勝手が違う。いつもであれば、犯人の先を読み、ゆく手を阻む行動をとるはずなのだが、今作では後手後手にまわらることとなる。電気を操るという男はどれほどの強敵なのかと、不思議にさえ思ってしまう。

 また、シリーズの2つ前に登場したウォッチメイカーの存在が今回も見え隠れし、キャサリン・ダンスとメキシコ当局が捜査網を引いて捕まえようとしている状況報告をライムは逐一受けることとなる。今度こそウォッチメイカーが捕まることを望むライムであるが、彼はそんなライムらをあざ笑うかのごとく行動に出る。

 さらにもう一つのポイントはFBI捜査官フレッド・デルレイが活躍すること。彼はシリーズに何度も登場しているのだが、強くスポットが当てられたことはなかったような気がする。それが、今作では彼にスポットが当てられることとなり、コンピュータ捜査と人間が足でかせぐ捜査というものの狭間に追いやられ、悩みながらも真犯人の足取りを突き止めようとする。

 そうしたなかで、後半になり犯人への足がかりがつかめることとなるのだが、その検証についてはまるで本格推理小説を思わせるような推理っぷり。論理的に犯人を指摘しようとする推理と論議は見ごたえ十分であった。そうして物語は大団円へと流れ込む。

 今作は、ラストも実に決まっていたと言ってよい出来栄え。どんでん返しあり、ユーモア満載のオチあり、人間の成長と再生あり、そして犯人との対決ありと見どころ十分。実にリンカーン・ライムを堪能することができた一冊であった。もともと出来栄えの良いシリーズではあるが、今作はそのなかでもベスト3に入るくらいの内容である。




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