その他、アンソロジー等 内容・感想

ミステリ・リーグ傑作選 上   Mystery League (Ellery Queen)

2007年05月 論創社 論創海外ミステリ64

<内容>
[1号]
 「姿見を通して 第1回」 エラリー・クイーン
 「偉大なるバーリンゲーム」 ジョン・マーヴェル
 「パズル・デパートメント」
 「フーディニーの秘密」 J・C・キャネル
 「クイーン好み 第1回」 エラリー・クイーン
 「作家よ! 作家よ!」
 「批評への招待」
 「次号予告」

[2号]
 「姿見を通して 第2回」 エラリー・クイーン
 「完全なる償い」 ヘンリー・ウェイド
 「クイーン好み 第2回」 エラリー・クイーン
 「作家よ! 作家よ!」
 「次号予告」

[3号]
 「姿見を通して 第3回」 エラリー・クイーン
 「ガネットの銃」 トマス・ウォルシュ
 「読者コーナー」
 「蝿」 ジェラルド・アズウェル
 「クイーン好み」 第3回」 エラリー・クイーン

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<感想>
 1933年に創刊されるも、わずか4号で廃刊となってしまったエラリー・クイーン編集の伝説の雑誌「ミステリ・リーグ」。本書はその傑作選・・・・・・であるはずが、実際には今まで訳された事のない未刊行の作品ばかり集められたものとなっているので“傑作選”には程遠い。どうせなら、4号しかないのだから全部掲載して刊行してもらいたかったところだが、実際検討した結果ページ数の都合で折り合いがつかなかったという。

 ということで、(内容)に書かれた目次どおりのものが掲載されているのだが、このような内容なのでクイーンの評論ばかり読まされたという気がしてならない。ただし、それはそれで色々と参考にはなるので資料としては最適ともいえよう。

 とはいえ、肝心のミステリ作品が短編3つとショート・ショート1つというのは、あまりにもさびしすぎる。さらに言えば、ここに掲載されている作品のどれもが本格推理小説というよりはサスペンス作品のような内容ばかりというのも残念なこと。

 結局のところは、やはりマニア向けの資料という印象が強い本であった。

 興味深いというほどではないのだが、[1号]のパズル・デパートメントで出題されたクイズの解答が「まさか、こんな単純な解答ではないだろう」と思っていたものが本当に解答になっていたのは驚きを通り越して、爆笑してしまった。

 また、1点不思議に思ったのは、本書のなかで数々の探偵小説が取り上げられている中でディクスン・カーの作品が全く取り上げられていなかったということ。ただ、ミステリー・リーグが創刊された年を見ると、カーが本格的に活躍し始めたのはその後からであったということのようである。

 こういったことを考え、この雑誌が早々と廃刊されたことを考えると本格ミステリ雑誌を作るにはまだまだ時期的に早かったということが言えるのだろう。ただし、その経験を経てクイーンは「エラリー・クイーン・ミステリ・マガジン」を後に刊行することとなるのだから、この失敗は必然であったのだとも言える。


ミステリ・リーグ傑作選 下   Mystery League (Ellery Queen)

2007年06月 論創社 論創海外ミステリ65

<内容>
[3号]
 「クイーン好み」 第3回」 エラリー・クイーン
 「角のあるライオン」 ブライアン・フリン

[4号]
 「姿見を通して 第4回」 エラリー・クイーン
 「蘭の女」 チャールズ・G・ブース
 「クイーン好み 第4回」 エラリー・クイーン

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<感想>
 上巻に続いての「ミステリ・リーグ」の紹介となる作品であるが、本書では「角のあるライオン」という長編作品が掲載されているので、そのままそれをタイトルとしてもいいくらいである。本書のページ総数約400ページのうち、300ページがこの「角のあるライオン」で締められている。

 それでこの「角のあるライオン」という作品であるが、この作家の作品自体が奔放初公開となる。読んでみてその感想はというと、ちょっと小難しい作品だったなというところ。個人的にはせっかく“角のあるライオン”というものを作中に用いているわけなのだから、もっと風呂敷を広げて、いかにも“角のあるライオン”らしきものが犯行を行ったのではないかということを強調してもよかったのではないかと思われる。

 作品の内容は失踪した人物が死体で見つかり、その甥も似たような方法で殺害され、さらには全く関係のないと思われる人物までが同じような死に方をしていたという連続殺人事件を扱っている。そこに一家の相続などをからめた少々複雑な作品構成。

 本書のよさは、一見、読んだだけではなかなかわかりづらい。私も、あとがきを読んで気づかされたのだが、かなり心理的な描写などに気を使った内容となっており、二度読み返すことによって初めて細かいところまでが理解できるというような作品。ということで、逆に言ってしまえば細かいところまで着目しないとおもしろさが読み取りにくい作品とも言えよう。

 今回の「ミステリ・リーグ」にてもうひとつ「蘭の女」という短編が掲載されている。こちらは本格ミステリ風のハードボイルド小説。誘拐された女優の行方を捜査するというもの。ミステリとしての内容云々よりも、物語としてよくできているなと思われた作品。最後の探偵のセリフにスパイスが効いていて心地よい。

 という内容であったが、“ミステリ・リーグ”というもの自体を楽しむには、上巻のほうが色々と掲載されていたので雰囲気を味わうことができたのではないかと思われる。この下巻に関しては、上巻で掲載できなかったものや、未訳のものを紹介するという、補完的な資料のようになってしまっている。

 まぁ、とりあえずミステリ・ファンであれば上下巻あわせて持っておいて損のない本といえよう。ただ、やっぱり「ミステリ・リーグ」完全版といえる翻訳本を出してもらえたらなぁ、と今だに思っているのも事実である。


エラリー・クイーンの災難   Misadventures of Ellery Queen

2012年05月 論創社 論創海外ミステリ97

<内容>
【第一部 贋作篇】
 「生存者への公開状」 F・M・ネヴィンズ・ジュニア
 「インクの輪」 エドワード・D・ホック
 「ライツヴィルのカーニバル」 エドワード・D・ホック
 「日本鎧の謎」 馬天
 「本の事件」 デイル・C・アンドリュース&カート・セルク

【第二部 パロディ篇】
 「十ヶ月間の不首尾」 J・N・ウィリアムスン
 「イギリス寒村の謎」 アーサー・ポージス
 「ダイイング・メッセージ」 リーイン・ラクーエ
 「画期なき男」 ジョン・L・ブリーン
 「壁に書かれた目録」 デヴィッド・ピール
 「フーダニット」 J・P・サタイヤ

【第三部 オマージュ篇】
 「どもりの六分儀の事件」 ベイナード・ケンドリック&クレイトン・ロースン
 「アフリカ川魚の謎」 ジェイムズ・ホールディング
 「拝啓、クイーン編集長さま」 マージ・ジャクソン
 「E・Q・グリフェン第二の事件」 ジョシュ・パークター
 「ドルリー」 スティーブン・クイーン

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<感想>
 シャーロック・ホームズのアンソロジーは数多くあるのだが、エラリー・クイーンのアンソロジーというものは数少ないように思える(それだけホームズが偉大だということか)。それだけに、ここに集められた作品群は貴重と言えよう。

 個人的には「第一部 贋作篇」に集められているような正統派ミステリのみのアンソロジーを読んでみたかった。そう思うほど、ここに集められた作品はどれもすばらしい。最初の「生存者への公開状」はやや文章が硬いと思われたが、読み進めていくうちに気にならなくなり、内容に惹かれていった。これは三つ子が関わる事件を描き、その幕の引き方がなんとも印象的なものとなっている。

 ホックの手による作品が2つ続くのだが、そのうちの「インクの輪」はベスト作品といっても過言ではない。冗談混じりに編者がホックの最高作では、と言っているのだが、意外と本当にこれこそがホックの最高短編なのかもしれない。奇妙な印を残す連続殺人鬼の顛末が描かれている。

「日本鎧の謎」は木で作った鎧を着て死んでいる男と、姿なき殺人者の謎にせまる事件。
「本の事件」では年老いたエラリー・クイーンが活躍するという変わったアプローチ。マニアックでありつつも、力作でもある。

“パロディ篇”と“オマージュ篇”に関しては、マニアック過ぎて伝わらない作品が多すぎたという印象。それでも楽しめることは間違いないし、それぞれが貴重な資料にもなりえる内容。
「イギリス寒村の謎」は悪趣味な連続殺人事件により、15人しか住んでいない村を滅ぼしかけている。
「フーダニット」では、なんとスタートレックのエンタープライズ号のなかで起きた事件をエラリーが捜査をしている。
「ドルリー」はスティーブン・キングの「ミザリー」風の内容のものを作家クイーンにより試すという異色作。

 その他気になったのは、「拝啓、クイーン編集長さま」。これはEQMM宛てに届いた変わった手紙を紹介するというものなのだが、読んだままの内容なのか、それとも裏にもう一味何かが隠されているのかが伝わらなかった。きちんとした真相があれば知りたかったのだが、ネットで調べてもよく分からず・・・・・・うーむ。

「E・Q・グリフェン第二の事件」はミステリ好きの巡査が自分の子供たちに名探偵の名前を付けてしまうという設定。そのうちのひとりエラリーが事件に挑む。これは雰囲気が面白く、シリーズものとして是非とも読んでみたいものである。他の子供たちの活躍も見ることができれば、なおのこと面白そうなのだが。


シャーロック・ホームズの栄冠   The Glories of Sherlock Holmes

2007年01月 論創社 論創海外ミステリ61

<内容>
  序 緋色の前説
 <第Ⅰ部 王道篇>
  「一等車の秘密」 ロナルド・A・ノックス
  「ワトスン博士の友人」 E・C・ベントリー
  「おばけオオカミ事件」 アントニー・バウチャー
  「ボー・ピープのヒツジ失踪事件」 アントニー・バークリー
  「シャーロックの強奪」 A・A・ミルン
  「真説シャーロック・ホームズの生還」 ロード・ワトスン
  「第二の収穫」 ロバート・バー
 <第Ⅱ部 もどき篇>
  「南洋スープ会社事件」 ロス・マクドナルド
  「ステイトリー・ホームズの冒険」 アーサー・ポージス
  「ステイトリー・ホームズの新冒険」 アーサー・ポージス
  「ステイトリー・ホームズの金属箱事件」 アーサー・ポージス
  「まだらの手」 ピーター・トッド
  「四十四のサイン」 ピーター・トッド
 <第Ⅲ部 語られざる事件簿>
  「疲労した船長の事件」 アラン・ウィルスン
  「調教された鵜の事件」 オーガスト・ダーレス
  「コンク-シングルトン偽造事件」 ギャヴィン・ブレンド
  「トスカ枢機卿事件」 S・C・ロバーツ
 <第Ⅳ部 対決篇>
  「シャーロック・ホームズ対デュパン」 アーサー・チャップマン
  「シャーロック・ホームズ対勇将ジェラール」 作者不詳
  「シャーロック・ホームズ対007」 ドナルド・スタンリー
 <第Ⅴ部 異色篇>
  「犯罪者捕獲法奇譚」 キャロリン・ウェルズ
  「小惑星の力学」 ロバート・ブロック
  「サセックスの白日夢」 ベイジル・ラスボーン
  「シャーロック・ホームズなんか恐くない」 ビル・プロンジーニ

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<感想>
 シャーロック・ホームズのパスティーシュ作品というものは多数あるのだが、そういったものを読むうえで一番最初に読んでもらいたいのがこの本。分野別に章ごとに作品が分けられており、どのようなパスティーシュ作品があるのかが理解できる内容となっている。また、ここに掲載されている作品は短めのものが多いので、全体的にかなり読みやすく仕上げられている。よって、さまざまな意味でお薦めできる作品集である。

 最初の<王道篇>はまじめなホームズ・パスティーシュが取り上げられている。特に「一等車の秘密」などは秀逸。ただ、書き方によってはもっと良い作品になったような気がするので、少々残念。

<もどき篇>で度肝をぬかれたのはロス・マクドナルの作品。なんとこれはマクドナルドが作家デビューする前に書いた作品とのこと。作家になってからの作風とは全く異なる内容の作品を読むことができるので非常に貴重。

 他にもステイトリー・ホームズやハーロック・ショームズなどさまざまなホームズもどきを楽しむことができる。まかり間違ってハーロック・ショームズ全集とかが出たら、買ってしまいそうで怖い。

 その他色々とあるのだが、印象に残った作品は<異色篇>のなかの「小惑星の力学」。これはモリアーティ教授のその後について書かれたもの。非常に味のある作品に仕上げられている。

 作品が多すぎて、それぞれ細かく語れないのだが、ホームズに対して愛を感じられるものから、ちゃかしているもの、ドイルの姿勢について非難しているものなど色々なものがそろっている。4年以上前に出ているので、今更ながらなのだが、これは十分読むに値する作品集である。ホームズファンも、そうでない人でも楽しめること間違いなし。


シャーロック・ホームズの古典事件帖   4点
        The Classical Collections of Sherlock Holmes (Edited by Naohiko Kitahara)

2017年12月 論創社 論創海外ミステリ200

<内容>
 「乞食道楽」 (訳者不詳)
   <1894年(明治27年)1月〜2月『日本人』掲載 ●「唇のねじれた男」>
 「暗殺党の船長」 (南陽外史訳)
   <1899年(明治32年)『中央新聞』8月30日〜9月2日号掲載 ●「五つのオレンジの種」>
 「新陰陽博士」 (原抱一庵訳)
   <1900年(明治33年)9月『文藝倶楽部』掲載 ●「緋色の研究」>
 「快漢ホルムス 黄色の顔」 (夜香郎=本間久四郎訳)
   <1906年(明治39年)私家版 『快漢ホルムス 黄色の顔』 ●「黄色い顔」>
 「禿頭組合」 (三津木春影訳)
   <1913年(大正2年)磯部甲陽堂 『密封の鉄函』所収 ●「赤毛連盟」>
 「ホシナ大探偵」 (押川春浪訳)
   <1913年(大正2年)本郷書院 『険奇探偵小説 ホシナ大探偵』所収 ●「レディ・フランシス・カーファクスの失踪」>
 「肖像の秘密」 (高等探偵協会編)
   <1915年(大正4年)中興館 大正探偵叢書『肖像の秘密』 ●「六つのナポレオン」>
 「ボヘミヤ国王の艶禍」 (矢野虹城訳)
   <1915年(大正4年)山本文友堂 『探偵王 蛇石博士』所収 ●「ボヘミアの醜聞」>
 「毒 蛇」 (加藤朝鳥訳)
   <1916年(大正5年)天弦堂書房 『シヤロック・ホルムス 第2編』所収 ●「まだらの紐」>
 「書簡のゆくえ」 (田中貢太郎訳)
   <1917年(大正6年)『新小説』10月号掲載 ●「第二のしみ」>
 「十二時」 (一花訳)
   <1918年(大正7年)昭文館 『美人の変死』所収 ●「ライゲイトの大地主」>
 「サン・ペドロの猛虎」 (森下雨村訳)
   <1923年(大正12年)博文館 『第一短編名作集』所収 ●「ウィステリア荘」>
 「這う人」 (妹尾アキ夫訳)
   <1923年(大正12年)『新青年』9月号掲載 ●「這う男」>

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<感想>
 記念すべき論創海外ミステリ200冊目!

 そんなわけで期待して読んでみたのだが、シャーロック・ホームズの古典作品? 訳が古臭く読みにくいな・・・・・・いや、なんか知っている話だな。と、思ったら、なんと日本で最初にシャーロック・ホームズが紹介されたときの訳をそのまま掲載したという企画であった。

 いや、こんなもの論創海外ミステリのなかでやられてもな、というのが正直な感想。つまり、普通に訳されているシャーロック・ホームズの作品を違う形で紹介しましたというだけ。確かにその時代性を味わえたり、日本人に分かりやすくするために“赤毛連盟”をあえて“禿頭組合”にしたとか面白い逸話はあるものの、そんなの紹介されてもなぁという感じ。わざわざ読みにくい形でシャーロック・ホームズの作品を読まなくても、いくらでも新訳が出ているので、そちらで読めばよいだけのこと。

 それなりに資料としては貴重だと思えるのだが、それならそれでシャーロック・ホームズの資料作品として別のところで出版すればよいと思える。よほどのマニアでもない限りは、購入すると損した気分になるであろう。これから買おうとしている人は注意!!


シャーロック・ホームズの大冒険 上   The Mammoth Book of New Sherlock Holmes Adventures

1997年 出版
2009年07月 原書房 単行本

<内容>
[序] リチャード・ランスリン・グリーン
[はじめに] マイク・アシュレイ

[第一部 初期(ホームズの学生時代)]
 「消えたキリスト降誕画」 デリク・ウィルソン
 「キルデア街クラブ騒動」 ピーター・トレメイン

[第二部 1880年代]
 「アバネッティ一家の恐るべき事件」 クレア・グリフェン
 「サーカス美女ヴィットーリアの事件」 エドワード・D・ホック
 「ダーリントンの替え玉事件」 デイヴィッド・スチュワート・デイヴィーズ
 「怪しい使用人」 バーバラ・ローデン
 「アマチュア物乞い団事件」 ジョン・グレゴリー・ベタンコート
 「銀のバックル事件」 デニス・O・スミス
 「スポーツ好きの郷士の事件」 ガイ・N・スミス
 「アトキンスン兄弟の失踪」 エリック・ブラウン
 「流れ星事件」 サイモン・クラーク

[第三部 1890年代]
 「ドーセット街の下宿人」 マイケル・ムアコック
 「アドルトンの呪い」 バリー・ロバーツ

<感想>
 これはまた見事な完成度を誇るアンソロジー。選りすぐりの作品が集められているというだけではなく、シャーロック・ホームズの正典の中から漏れて語られなかった事件を掘り起こすというスタンスによって、年代順に並べられているところがまたすごいのである。これは編者の業績を褒め称えたくなる一冊である。

 ただ、一言だけ注文を付けるとするならば、あまりにも完璧すぎるということ。ここに掲載されている作品は、どれもが正典そのものだといわれたら本当に信じそうになってしまうほどの完成度を誇っている。その分、著者たちが制約を設けているのかどうかわからないが、とびぬけた作品というのがないのである。それはまるで、正典以上の作品を創造してはならないという掟があるかのようにさえ感じてしまうのだ。

 ホームズ作品と言えば「赤毛連盟」「まだらの紐」をはじめ、数々の有名作品がある。そして数多くのアンソロジー、パスティーシュ作品があるにもかかわらず、それらを超えるような作品というものを今まで読んだ覚えがない。これは、各作者たちが遠慮しているからなのであろうか。もしくは、それほどすごいネタやトリックであれば、自分のオリジナルの作品に使いたいということなのであろうか。

 この作品の意義は大いに感じるのだが、一度ミステリとしてとびぬけて選りすぐりの内容が収められたホームズ作品集というものを読んでみたいものである。


シャーロック・ホームズの大冒険 下   The Mammoth Book of New Sherlock Holmes Adventures

1997年 出版
2009年12月 原書房 単行本

<内容>
[第三部 1890年代]
 「パリのジェントルマン」 ロバート・ワインバーグ&ロイス・H・グレッシュ
 「慣性調整装置をめぐる事件」 スティーヴン・バクスター
 「神の手」 ピーター・クラウザー
 「悩める画家の事件」 ベイジル・コッパー
 「病める統治者の事件」 H・R・F・キーティング
 「忌まわしい赤ヒル事件」 デイヴィッド・ラングフォード
 「聖杯をめぐる冒険」 ロジャー・ジョンソン
 「忠臣への手紙」 エイミー・マイヤーズ

[第四部 最後の日々(1890年以降)]
 「自殺願望の弁護士」 マーティン・エドワーズ
 「レイチェル・ハウエルズの遺産」 マイケル・ドイル
 「ブルガリア外交官の事件」 ザカリア・エルジンチリオール
 「ウォリックシャーの竜巻」 F・グウィンブレイン・マッキンタイア
 「最後の闘い」 L・B・グリーンウッド

<感想>
 著名なシャーロキアン達により描かれたシャーロック・ホームズの冒険が集められたアンソロジー。下巻では1890年代以降の物語が語られている。

 上巻に比べると下巻のほうがバラエティ色豊かになっているという気もする。シャーロック・ホームズの生還以前と以後では制約の重さも異なっているということなのであろうか。といっても、別に破天荒な作品が多いというわけではなく、少なくともホームズの世界観を覆すような内容のものはなく、正典といってもそん色のないものがほとんどである。

 一番印象深かったのはSF作家であるバクスターによる「慣性調整装置をめぐる事件」。これは正典ではまず語られそうもないような事件を扱っており、また解決の仕方に関してもホームズものではあまり見られないような解き方が行われている。

「悩める画家の事件」に関しては、正典に比類するようなシャーロック・ホームズの活躍が描かれている。本書のなかでは個人的には、この作品が一番良いと思えた。ホームズの世界を覆すことなく、ホームズらしい事件を堪能することができる逸品。

 反対にホームズらしからぬ作品と言えば「神の手」。これはバラバラ連続殺人事件を描いたものであり、直接的で陰惨な描写が多い。設定は凝っているものの、終盤の展開がたんぱく過ぎるのが欠点。短編では描ききれなかった事件という気がする。

 また、今作では謀略ものが多かったように思える。ホームズの作品では海外のスパイや密使が出てくるような謀略ものが多く描かれているというのも特徴のひとつである。ただ、本格ミステリという観点から言うと、それらの作品はやや薄めに感じられてしまうので、個人的には好みではない。よって、ホームズらしい雰囲気の作品は数多く味わえたものの、本格ミステリという点からすると、あまり楽しめないものも多かった気がする。

 これで上下巻全て読み終えたわけであるが、これは書いた人々を称賛するとともに、これらの作品を集めた編者をより称賛したくなる。正典に掲載されてはいるものの、正典では語られなかった事件というテーマを元にさまざまな短編を集め、これだけのアンソロジーを作り上げたのは見事である。シャーロック・ホームズのアンソロジー作品というものは数多くあると思われるが、そういったなかでも上位に位置する作品のひとつであるということは決して間違いではあるまい。


天外消失 <世界短篇傑作集>   Off the Face of the Earth and Other Stories

2008年12月 早川書房 ハヤカワミステリ1819

<内容>
 「ジャングル探偵ターザン」 エドガー・ライス・バロウズ
 「死刑前夜」 ブレット・ハリデイ
 「殺し屋」 ジョルジュ・シムノン
 「エメラルド色の空」 エリック・アンブラー
 「後ろを見るな」 フレドリック・ブラウン
 「天外消失」 クレイトン・ロースン
 「この手で人を殺してから」 アーサー・ウイリアムズ
 「懐郷病のビュイック」 ジョン・D・マクドナルド
 「ラヴデイ氏の短い休暇」 イーヴリン・ウォー
 「探偵作家は天国へ行ける」 C・B・ギルフォード
 「女か虎か」 フランク・R・ストックトン
 「白いカーペットの上のごほうび」 アル・ジェイムズ
 「火星のダイヤモンド」 ポール・アンダースン
 「最後で最高の密室」 スティーブン・バー

<感想>
 ロースンの「天外消失」が表題になっているためか、勝手に本格ミステリの短編集と思い込んでいたのだが、そういったわけではなかった。広い意味でのミステリ傑作選がそろったアンソロジー集。読んでみると、これがまさに粒ぞろいの作品集であり、1年半も寝かしておいたのがもったいないくらいであった。

 本書は当初出版された37編のうちから14編を選んで復刊されたもの。では残り23編は? と聞きたいところだが、うまい具合に2010年の5月に残り23編の中から12編がセレクトされ「51番目の密室」というタイトルでハヤカワミステリから刊行された。こちらも本書を読んだ勢いで、早めに読んでおきたいところ。そうすると残り11編がまだ残っているのだが、この分だとそれらが訳されてまとめられることも期待してよいのであろう。楽しみに待ち望むこととしよう。

 このアンソロジー作品は、有名なものも含まれているので既読のものもあったのだが、そうした中ひときわ目を引いたのが「探偵作家は天国へ行ける」。あの世に行ってしまった被害者が事件の謎を解くというシチュエイションは既存のものだが、この作品はちょっと変わった趣向となっている。まれに見る怪作といえよう。

 この「探偵作家は天国へ行ける」の著者は詳しい経歴については不明。こうした経歴不明の作家の作品が掲載されているのも本書の特徴。他にはアル・ジェイムズやスティーブン・バーなどがそれにあたる。どの作品もそれぞれ味があるのでぜひともご一読いただきたい。

 他にはターザンのハードボイルド作品「ジャングル探偵ターザン」、火星のシャーロック・ホームズを描いた「火星のダイヤモンド」、有名なリドル・ストーリー「女か虎か」等々、面白く興味深い作品ばかりがそろえられている。

 これは間違いなく買いの一冊。持っていない方は入手できるうちに早めにそろえて置くべき本であると、今更ながら言っておきたい。


51番目の密室 <世界短篇傑作集>   The 51st Sealed Room and Other Stories

2010年05月 早川書房 ハヤカワミステリ1835

<内容>
 「うぶな心が張り裂ける」 クレイグ・ライス
 「燕京綺譚」 ヘレン・マクロイ
 「魔の森の家」 カーター・ディクスン
 「百万に一つの偶然」 ロイ・ヴィカーズ
 「少年の意思」 Q・パトリック
 「51番目の密室」 ロバート・アーサー
 「燈 台」 E・A・ポー&R・ブロック
 「一滴の血」 コーネル・ウールリッチ
 「アスコット・タイ事件」 ロバート・L・フィッシュ
 「選ばれた者」 リース・デイヴィス
 「長方形の部屋」 エドワード・D・ホック
 「ジェミニイ・クリケット事件」 クリスチアナ・ブランド

<感想>
 世界ミステリ全集の第十八巻「37の短篇」から12編がセレクトされたアンソロジー。先に2008年に出版された「天外消失」にて既に14編が紹介されている。

「うぶな心が張り裂ける」 クレイグ・ライス
 マローンを弁護人に依頼した死刑囚が刑務所内で自殺した。彼はもう少しで死刑から逃れられるはずであったのに! ライスの作品で、このような本格ミステリ色が強い作品は珍しいような気が。トリックもうまくできていて、なかなかの秀作。

「燕京綺譚」 ヘレン・マクロイ
 かつて満州と呼ばれていた時代の中国を舞台にした作品・・・・・・なのだが、内容が実にわかりづらい。何を描きたかったかよくわからなかった。こちらは悪い意味でマクロイらしからぬ作品のような。

「魔の森の家」 カーター・ディクスン
 海外の短編ミステリ作品といえば、一番に思いつくのがこの作品。構成、展開、トリックが非常に良くできており、さらにそれらを上回る不気味さが何とも言えない後味を残している。とにかく印象に残る作品。

「百万に一つの偶然」 ロイ・ヴィカーズ
 かつての友人により人生を台無しにされた男は、見事復讐を遂げる。その犯罪は誰にもばれることがないと思われたのだが・・・・・・。何というか、落語みたいな話。結局、悪いことをすれば刑罰からは逃れられないという教訓めいた話なのか。

「少年の意思」 Q・パトリック
 パトリック・クエンティンの名の方が有名か。ミステリよりもちょっとしたホラー風の内容。ヒュー・ウォルポールの「銀の仮面」を思い起こさせる。気の弱いお人好しの資産家を孤児の少年が食い物にしていくという内容。

「51番目の密室」 ロバート・アーサー
 もはや言わずと知れた有名密室トリック。でも、実はトリックよりも、推理作家に対する皮肉の方がメインなのかもしれない。実名で色々な作家が出ているところも見どころの作品。

「燈 台」 E・A・ポー&R・ブロック
 ポーの死後に発見された未完成の原稿をロバート・ブロックが仕上げた作品(一説には完成された作品とも)。燈台守となった男がだんだんとおかしくなっていく様が描かれているのだが、その期間が早過ぎるような気がしてならない。数日後とするよりも、数ヶ月後のほうが説得力があるような。

「一滴の血」 コーネル・ウールリッチ
 二股をかけていた男がひとりの女を殺害してしまうという事件。男は犯行の痕跡を消し、無罪を訴える。警察はなんとか犯罪の痕跡を探そうというもの。完全犯罪というには程遠い、荒の多そうな事件。しかし、警察はこれといった決め手を見つけられることができない。最後の最後でタイトル通り、とあるところに“一滴の血”を見つけるというもの。とはいえ、犯人逮捕の根拠としては微妙すぎやしないか?

「アスコット・タイ事件」 ロバート・L・フィッシュ
 知る人ぞ知る、シャーロック・ホームズのパロディとして有名なシュロック・ホームズが活躍する作品。とある暗号の謎をホームズが暴くというもの。一読したときには、物語全体の意味がわからなかった。せめて暗号原文の訳が欲しかった。原文の意味と、最後の宝石に関するちょっとしたエピソードをつなげると、ようやく物語全体の真意が見えてくる。

「選ばれた者」 リース・デイヴィス
 先祖代々ブライカン・コテージに住み続けている青年のもとに、地主である老女から出ていくようにとの手紙がくる。青年と老女との人生が語られつつ、二人の話し合いが始まる。なんとなく文学的な作品という気がした。「罪と罰」みたいなもの? でもミステリ短編集に掲載されるような作品ではないような。

「長方形の部屋」 エドワード・D・ホック
 犯人の自供により既に事件の大筋はわかっているものの、にもかかわらずレオポルド警部が執拗な捜査を続けてゆく。儀式の殺人とでも言えばよいのだろうか。ラストで衝撃的な一言が語られるものの、現代においては珍しいタイプの作品ではないかもしれない。

「ジェミニイ・クリケット事件」 クリスチアナ・ブランド
 密室の状況で火事と共に発見された老人の死体。しかも、遠く離れたところで同じ凶器で殺害された警官の死体が発見される。老人の被後見人である3人に容疑がかけられるのであるが・・・・・・。もう数回読んでいるはずなのだが、内容がなかなか覚えられない。しかし、読んでみるとミステリ短編作品としては最高傑作といってもいいほどの出来なのだが。トリックといい、物語の展開といい、最後に明らかになる隠された真実といい、見事という一言に尽きる作品。


魔術ミステリ傑作選   Whodunit? Houdini?

1976年 出版(オットー・ペンズラー編)
1979年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「この世の外から」 クレイトン・ロースン
 「スドゥーの邸で」 ラドヤード・キプリング
 「登りつめれば」 ジョン・コリアー
 「新透明人間」 カーター・ディクスン
 「盲人の道楽」 フレデリック・I・アンダスン
 「時の主」 ラファエル・サバチニ
 「パパ・ベンジャミン」 ウィリアム・アイリッシュ
 「ジュリエットと奇術師」 マニュエル・ペイロウ
 「気違い魔術師」 マクスウェル・グラント
 「パリの一夜」 ウォルター・B・ギブスン
 「影」 ベン・ヘクト
 「決断の時」 スタンリー・エリン
 「抜く手も見せず」 E・S・ガードナー

<感想>
 タイトルの「魔術ミステリ傑作選」というものから非常に期待していたのだが、読んでみると期待外れであった。というのも、魔術的なトリックが満載された本格ミステリかと思いきや、奇術師や魔術師っぽい者たちが登場する奇譚という趣の作品がほとんどだったからである。ゆえに、本格ミステリ集というよりは、奇譚集といったほうがしっくりくる。

 本格ミステリといえるのは、クレイトン・ロースンとカーター・ディクスンの作品くらいか。この2作品は、それぞれよくできているので、これだけでも読んでおく価値はあると言えよう。特にロースンのほうは、短編集として集められたものがなさそうなのでこういった作品が読めるのは貴重である。ちなみにロースンの作品は、カーと張り合った作品だそうで、同じようなトリックでカーのほうは「爬虫類館の殺人」を書いたとのこと。個人的には密室の状況としては「ユダの窓」風と感じられた。

 その他では、魔術師ジェラードが活躍する「パリの一夜」が面白かった。最初は密室殺人を扱った作品かと思ったのだが、後半は冒険活劇となってしまった。密室のトリックが活劇場面にうまい具合に使用されている。

 「スドゥーの邸で」、魔術というよりは、詐欺師っぽい話。
 「登りつめれば」、インド奇術名物・ロープ登りの話。
 「盲人の道楽」、怪盗ゴダールによる華麗な盗みっぷり。
 「時の主」、これまた典型的な詐欺師っぽい話。
 「パパ・ベンジャミン」、ブードゥーの魔術と音楽がおりなす奇譚。
 「ジュリエットと奇術師」、奇術の舞台で起こる事件と男女の三角関係。
 「気違い魔術師」、奇術師対詐欺師! 閉じ込められた奇術師の運命やいかに!?
 「影」、手の込み過ぎたストーカーの話という感じ。
 「決断の時」、残酷なリドル・ストーリー、まさにあなたならばどうする?
 「抜く手も見せず」、怪盗レスター・リースが活躍する冒険譚


漂う提督   The Floating Admiral (Certain Members of The Detection Club)

1932年 出版
1981年03月 早川書房 ハヤカワ文庫
2014年11月 早川書房 ハヤカワ文庫<復刊>

<内容>
 <序> ドロシイ・L・セイヤーズ
 <プロローグ> G・K・チェスタトン
 第一章 C・V・L・ホワイトチャーチ
 第二章 G・D・H&M・コール
 第三章 ヘンリイ・ウェイド
 第四章 アガサ・クリスティー
 第五章 ジョン・ロード
 第六章 ミルワード・ケネディ
 第七章 ドロシイ・L・セイヤーズ
 第八章 ロナルド・A・ノックス
 第九章 F・W・クロフツ
 第十章 エドガー・ジェプスン
 第十一章 クレメンス・デーン
 第十二章 アントニイ・バークリイ
 <予想解決編>
   □ノックス作品一覧   □バークリイ作品一覧

<感想>
“探偵クラブ”の面々によるリレー小説ということなのだが、これがまたそうそうたるメンバー。このリレー小説を書くにあたって、チェスタトンによるプロローグのみ後に書かれたもので、その他は各章で展開された内容を引き継いでの執筆となっている。物語は、川辺に船が流れて来て、そのなかに元海軍提督の死体が発見されたのを発端とし、その事件を解く警察関係者の様子が描かれるという内容のもの。

 まず思ったのは、序文とプロローグの文章が固すぎるということ。人によっては、この出だしで読むのを止めてしまうという人もいたのではないだろうか。できれば、もう少し取っ付きやすくと思わなくもないが、全体的に文章の固い人が多かったという印象。中にはクリスティーを代表するように読みやすい文体の人もいるのだが。

 それぞれ個々の特徴を用いながら話が進められてゆく。クリスティーはゴシップ好きの夫人を登場させたり、ジョン・ロードはボートに綱についてやけに詳しく言及したりと、それぞれの個性が感じられるところが面白い。また、ノックスについては、39の疑問点をあげるなど、さすがに“ノックスの十戒”を書き上げたように、分析が好みのようである。

 これらを読んでいて感じたのは、どの著者も全く話を収集させる気がなさそうだということ。何しろ先にも述べたように、物語の中盤にさしかかり、ノックスが疑問点を39も述べるほど、謎は収束されなさそうな様相を見せてくる。そして、その後の作家たちもさらなる謎を提示してくる。

 これは駄作になってしまうのかと思いきや、ラストをかざるバークリイが100ページというページ数を使って、力技で物語の収集を見事遂げてしまうのである。いや、これはよくぞまとめたなと。全体的にうまくまとまっているとは、言い難いのであるが、これだけ完成させればリレー小説としては十分であろう。

 最後にそれぞれの作家が自分が書いたところまでの時点で予想解決をしているのだが、これを見ると実は皆がそれぞれきちんと解決を考えていた模様。そのそれぞれが自分の解決へと矛先を向けようとするものの、それぞれの作家の考え方が違うためにあてどないところへ行ってしまったのかなという感じ。

 本書を読むとリレー小説の難しさというものがわかる。しかも12人という作家をそろえて、よくぞやる気になったなと感嘆させられてしまう。本書の内容は、これが一人の作家の作品であれば、いまいちという感じがするものの、リレー小説という企画においては十分読み応えのある作品となっている。




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