サ行−ス  作家作品別 内容・感想

人魚とビスケット   Sea-Wyf and Biscuit

1955年 出版
2001年02月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 1951年3月7日から5月21日まで、イギリスの大新聞に連続して掲載され、ロンドンじゅうの話題になった奇妙な個人広告。広告主の「ビスケット」とは? そして相手の「人魚」とは誰か? 9年前、14週間にわたって、彼らに何が起こったのか?
 好奇心に駆られ、「ビスケット」と接触をはかった“わたし”がついに彼と「ブルドック」の二人から聞き出したのは、第二次大戦中にインド洋を漂流した4人の男女の、想像を絶する体験だった・・・・・・。現実の新聞広告から生み出された驚くべき海洋ミステリ。

<感想>
 ミステリーといえないことはないが、どちらかというと海洋冒険小説といっていいだろう。やはり、現実の出来事を取上げたというのが話題になったのであろう。ラストにさらにひねった部分があるのかと思って深読みしたりしたものの結構普通におわってしまった。もうすこしいろいろと期待していたのだが。


海を失った男   The Man Who Lost the Sea   6点

2003年07月 晶文社 晶文社ミステリ

<内容>
 日本では入手困難になっている「一角獣・多角獣」をはじめとする、スタージョンのさまざまな作品集の中から選びあげられた傑作選。
 「ミュージック」
 「ビアンカの手」
 「成熟」
 「シジジイじゃない」
 「三の法則」
 「そして私のおそれはつのる」
 「墓読み」
 「海を失った男」

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<感想>
 SF作家であるスタージョンの作品集ということもあって全編的にミステリーとして彩られたものではない。ではSFの作品集であるかというとそういう雰囲気にも感じられない。確かにSF的ではあるのだが、本書に収められたものはハード的なSFではなくて精神的なSFというようなものが集められているように思える。これらの作品の共通項として人と人との結びつきというものをテーマとして感じ取ることができる。

 以前に同社から出版されたジェラルド・カーシュの「壜の中の手記」とはまた異なる奇妙な感触を楽しむことができる作品集である。

 フェティズムの境地、あるいはその一つの形といいたくなる「ビアンカの手」。これこそ奇妙な味わいというほかないであろう。そしてただ単にそのままでは終わらないラスト。しかし、結局のところ主人公は幸せであったのではなかろうか。

「成熟」は「アルジャーノンに花束を」を思い起こさせる短編となっている。しかしその“成熟”という言葉の意味に含められたものによって「アルジャーノン」とは異なる作品として形成されている。

「シシジイじゃない」はSF的幻想譚としてできあがっている。ラストに語られる真実はある種の皮肉のようにも感じられる。

「三の法則」は人間のつながりの基本が“2”であり、“3”ではコミュニケーションとして成り立ち辛いということが描かれている。なるほど、これは面白い考え方である。

「そして私のおそれはつのる」はその内容に何ともむなくそ悪いものを感じてしまった。これは別に面白いとか面白くないということがらとは別のことである。なんとも強制的な支配ともとれるような部分が気に食わないのである。それがラストおいて異なる形となってしまうのには楽しめる。

「墓読み」は一つの物語といってよいであろう。1人の男の再生の物語である。

「海を失った男」が一番SF的であろうか。他の短編はコミュニケーションが主題といってもいいのだが、本書はうって変わって“壮大なる孤独”が描かれている。


エデンの東   East of Eden (John Steinbeck)

1952年 出版
2005年05月 早川書房 単行本(上下)
2008年01月 早川書房 ハヤカワepi文庫(1、2)
2008年02月 早川書房 ハヤカワepi文庫(3、4)

<内容>
 アメリカ、コネティカット州の農家の長男として生まれたアダム・トラスク。アダムは父と継母と腹違いの弟チャールズとの4人暮らし。やがてアダムは厳格な父に命じられ、インディアン討伐の騎兵隊に入隊し、戦争へと駆りだされることに。一方、弟のチャールズは実家に残り、農夫としての生活を続けていた。戦争後、放浪生活を続けていたアダムであったが、実家に帰ってきたとき、どこからか逃亡してきたかのようなキャシー・エイムズと出会う。アダムはチャールズと別れ、キャシーと共にカリフォルニアーのサリーナスへと向かい、そこで定住しようとするのであるが・・・・・・

<感想>
“エデンの東”というタイトルは度々聞いた事があるのだが、どのような作品なのかは全く知らなかった。俳優のジェームズ・ディーンが主演していたということもあり、昔から興味は持っていた。それが今年、早川書房から文庫化されたので、さっそく購入して読んでみることにした。

 当初、文学小説というイメージからか、退屈な内容なのだろうと思っていたのだが、これが意外とリーダビリティがあり、苦もなく読み進める事ができる作品であった。また、キャシーという悪女が登場していることにより、サスペンスの要素もあり、部分的にミステリとしても読み進める事ができるところも驚かされた。

 基本的にはアダム・トラスクという人物を中心とした親子3代記を描いた大河小説である。その中に聖書を引用した教訓などをからめた内容がもりこまれている。また、中国人召使いのリーという人物の存在が、アダムやその息子達の成長に大きな影響を及ぼしているところも本書の重要な点といえるであろう。

 大長編ともいえる作品なので、語りつくそうとするときりがなく、読み返すたびに新たな発見が見つかりそうな内容である。繰り返し読むことにより、アダムとチャールズの兄弟が生きてきた人生を、アダムの双子の息子アロンとキャルが何故同じようなの道をたどることになったのかが徐々に見出せるのではないかと思われる。

 歴史に残る大河小説、一生に一度は読んでおきたい傑作のひとつといえよう。


霧の島のかがり火   Wildfire at Midnight (Mary Stewart)   5点

1956年 出版
2017年08月 論創社 論創海外ミステリ193

<内容>
 暇を持て余していたファッションモデルのジアネッタは、スコットランドのスカイ島へと旅行に行く。ジアネッタが泊まることとなった館に、なんと元夫が来ていることを知り、なんとか顔を合わせないようにしようと心がける。そうしたなか、彼女はこの島で地元の少女がかがり火台の上で殺害されるという事件が起きていたことを知らされ・・・・・・

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<感想>
 地元の少女が奇妙な死を遂げたという謎の事件、山で起きた遭難事故に見せかけられた殺人、そして、ヒロインに迫りくる魔の手・・・・・・といったようなことが起こるサスペンス小説なのだが、全体的に微妙。何が微妙かというと、ストーリーだけ追えば面白そうな内容にも関わらず、それぞれの設定がなんら生かされていないところがなんとも。

 まず、短めの作品のわりには登場人物がやけに多い。そして山岳ミステリのような感じでありつつも、それがあまりにも生かされていないように思えてならなかった。ついでにいえば、山がメインの現場でありつつも、主人公の設定がファッションモデルというのもなんか・・・・・・

 なんら設定が生かされないまま、微妙な感じで話が進んでゆく。山岳ミステリを描くのであれば、もっとそれらしく描き、登場人物を絞ればもっと面白そうな話になりそうな感じであったので残念な印象。犯人の動機もひどいものだったし、とってつけたようなハッピーエンドもなんとも・・・・・・


箱ちがい   The Wrong Box

1889年 出版
2000年09月 国書刊行会 <ミステリーの本棚>

<内容>
 最後に残った一人が莫大な金額を受け取る仕組みのトンチン年金組合の生き残りは、ついにマスターマンとジョゼフの兄弟二人きりとなった。折りもおり、ボーンマスへ転地に出かけたジョゼフは、帰途、鉄道事故に遭遇してしまう。事故現場で老人の死体を発見した(その死体が同じ服装であったため伯父が死んだと思い込んだ)甥たちは、年金目当てに一計を案じ、死体を大樽に隠してロンドンに送り込み、伯父がまだ生きているように見せかけようとするのだが・・・・・・

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<感想>
 まさにユーモア小説といえよう。現代でいえば、ウェストレイクの小説のようなドタバダ劇。陽気であまり先のことを考えない直情型の人たちが死体を他人に押し付けつづけるという笑い話。もう一つの話しの核となっているのは、トンチン年金を受け取るのはどちらか? という点。それらと交じり合い、死んだと思われている伯父が一人歩きするのだから、話しはますます混乱してゆく。

 で、結局どのように決着がつくのかということなのだろうが、後半はやや尻切れ気味。小説としては楽しく、面白く読めるのだが、これはスティーヴンスンが書いたからこそ取り上げられた一冊なのであろう。


六死人   Six Hommes Morts (Stanislas-Andre Steeman)

1931年 出版
1984年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 6人の青年達はそれぞれ世界に旅立つことを決意し、5年後に再開したときには富を全員で分かち合おうという約束をした。それから5年後、彼らはそれぞれ名声を勝ち取り、約束を果たそうと帰ってくるのであったが、一人また一人と殺害されることに・・・・・・。いったい、何者が彼らを殺害しようとしているのか!?

<感想>
 2007年の復刊フェアで購入した作品。
 表紙とタイトルを見て、なんとなく地味な本格推理小説なのかなと思っていたのだが、実際に読んでみるとこれがスピード・サスペンスとも言えるような内容。瞬く間に読み通してしまった。

 富を分かち合う約束をした6人の青年達が次々と殺害されてゆく。無駄な描写を省くことにより、物語の展開の速度を上げ、サスペンス小説としての効果をうまく引き出した作品といえよう。

 この作品は、2008年となった今読めば、著者が何をやろうとしているか、たいていのひとが気づくのではないかと思われる。それもそのはず、とある有名なミステリ作品と似たようなネタが使われているからである。ただし、その有名作品よりも、こちらのほうが書かれたのが先であるということは注目すべき事実である。

 ミステリファンであるならば、入手しやすいうちにぜひとも一読してもらいたい作品といえよう。色々な意味においての注目すべき作品である。


殺人者は21番街に住む   L'assassin Habite AU 21 (Stanislas-Andre Steeman)

1939年 出版
1983年12月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ロンドンにて、“スミス氏”を名乗る者が、連続無差別殺人を繰り返し、まるで切り裂きジャックの再来のようだと騒がれる。ロンドン中が騒然とする中、たびたび繰り返される犯行。警察は必至の捜査により、犯人がラッセル広場21番地の下宿人のひとりであることを突き止める。警察はそのなかから怪しいと思えるものを逮捕するのだが、それをあざ笑うかのように犯人は犯行を続け・・・・・・

<感想>
 以前、古本屋にて購入した作品であるが、しばらくの間積読。ページ数が薄いので手軽に読めそうということもあり、なんとなく手に取って読んでみた。

 内容は、切り裂きジャックのような無差別連続殺人犯の正体を暴くというもの。その犯人が21番地の下宿に住んでいるという情報を警察がききつけ、それを捜査してゆく。警察がつぎつぎに怪しいものを逮捕していくものの、なかなか真犯人にたどり着くことができず・・・・・・というようなもの。

 一見、まじめな作品のようでありながら、実はコメディタッチの作品であるような。まぁ、“バカミス”といってもおかしくないような作品。若干、脱力系といったところもある。どこが脱力系と言えば、警察が犯人を次々逮捕していくというというところが・・・・・・と、あまり言ってしまうのネタバレになってしまうので、これくらい。何気に、読者への挑戦状がついている。


盗まれた指   Le Doigt Vole (S. A. Steeman)   5.5点

1930年 出版
2016年11月 論創社 論創海外ミステリ183

<内容>
 会社を首になってしまい、途方にくれるクレールであったが、そんな彼女は昔にあったきりの伯父から一緒に彼の城に住むことを誘われる。トランプ城にて、伯父のアンリ・ド・シャンクレイと過ごすこととなったのだが、伯父と家政婦であるレイモン夫人との不思議な関係に悩まされることに。伯父は何故かレイモン夫人を恐れているようなのであるが? その不穏の通り、やがて殺人事件が起きることとなり・・・・・・

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<感想>
「六死人」、「殺人者は21番街に住む」を書いたステーマンの作品。普通に書いているはずなのに、なぜかジュブナイル風と感じとれてしまった。なんとなく物語の展開がチープだったような。

 叔父から地方へ呼び寄せられ、そこで暮らすこととなった女性。叔父は彼女に対して親切であるのだが、何故か叔父と家政婦との間に確執があり、不穏な雰囲気が漂う。そんな彼女にも、新たに恋人ができ、人生が上向きになってきたと感じた矢先、殺人事件が起き、容疑者とされてしまうことに。

 と、そんな展開の話であるのだが、特に印象を裏切るようなことはなく、第一印象のままで物語が収束していくこととなる。殺人事件の結末についても、そのまま過ぎるというような・・・・・・。ただし、作品が書かれた年代から言うと、ミステリ発祥の時期といってもおかしくないくらいなので、実は当時からすれば先鋭的なミステリであったということなのかもしれない。


カリブ諸島の手がかり   Clues of the Caribbees (T. S. Stribling)   6.5点

1929年 出版
1997年05月 国書刊行会 世界探偵小説全集15

<内容>
 「亡命者たち」
 西インド諸島の島キュラソー。その島にベネズエラを追われた独裁者ポンパローネが上陸してきた。警視正ハインシアスは、その独裁者が島を出ていくのをきちんと見届けなければならなかった。そんな折、ポンパローネが宿泊していた宿の主人が死亡するという事件が起こる。心臓発作と思いきや、死因は毒殺! この宿の主人がポンパローネと何か関係していたというのか? 容疑者はポンパローネとその秘書のアファナドール。ポンパローネ自身が宿の宿泊者たちに真相を明かすよう要求すると、心理学者だというポジオリが名乗りを上げる。ポジオリ教授が見出す事件の真相とは!?

 「カパイシアンの長官」
 ポジオリ教授はハイチにあるカパイシアンの長官から呼び出しを受ける。カパイシアンの長官であるポワロンが言うには、今この地域はひとりの男に悩まされていると。その男はヴードゥーの魔術師でパパ・ロワと言い、不思議な術を使うことにより兵隊たちを自分のもとに取り込んでいるという。ポワロン長官はポジオリにパパ・ロワの魔術の正体を暴き、民衆の眼を覚まさせてほしいという。身の危険を感じたポジオリは断ろうとしたものの・・・・・・

 「アントゥンの指紋」
 マルティニーク島にて、ポジオリ教授がド・クレヴィソー勲爵士と、次にこの島で行われる犯罪が複雑か、単純かを賭けようといった矢先、警察から盗難事件解決のための助力を請われることに。銀行の金庫から金が盗まれた事件。警察は残された指紋から犯人を突き止めようとするのだが、ポジオリ教授は強盗が口ずさんでいたという歌から犯人の正体を突き止めようとする。

 「クリケット」
 ポジオリ教授は資産家の息子が死亡した件で、犯人を捕らえるようと頼まれる。しかし、依頼人がその犯人が逃亡したと聞くや否や、そのまま逃がしてほしいという。なぜなら息子は殺されたのではなく、自殺したのだから。醜聞を隠すためにとろうとした資産家の行動であったが、ポジオリが事件を調べていくうちに、背後に潜む現金強奪事件が見え隠れしてきて・・・・・・

 「ベナレスへの道」
 トリニダート島ポートオブスペインにて、知人の反対を押し切り、気になったヒンドゥー教の寺院で一夜を過ごしたことにより、殺人事件の罪をきせられることとなったポジオリ教授。状況を打開しようと、真相を推理するのであったが・・・・・・

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<感想>
 以前読んだときに感想を書いていなかったので、10年ぶり(たぶんそれ以上)の再読。こんな物語だったのかと再確認。

 最初の「亡命者たち」を読み終えると、意外とまっとうな推理小説を書いていたのだなと感心させられる。オーソドックスで分かりやすい内容であるが、最後の一場面でしっかりと物語全体に捻りを入れている。それにより、単純な物語がさまざまなように解釈できる物語へと変貌を遂げている。

 それ以後の作品は、本格推理というよりは冒険譚という感触が強かった。タイトルの通り、カリブ諸島というさまざまな文化が広がる地域にて、ポジオリ教授が奇妙な体験をするというもの。「カパイシアンの長官」では、ハイチという特異文化のなかで謀略に巻き込まれ、「アントゥンの指紋」では、ユーモアな風潮のなかで驚愕の解決が待ち受ける銀行強盗事件を調査することとなり、「クリケット」では、まるでポジオリ教授の失敗譚のような話が語られる。

 それぞれの短篇(実際には中編といっていいくらいの分量)は、互いにつながっているわけではなく、独立しているので厳密には短編集。ただ、「カリブ諸島の手がかり」というタイトルでまとめられている通り、5編の話でひとつという感じにさせられ、これ一冊でまとまった作品という考え方でよいような気がする。

 さらにそれは、最後の「ベナレスへの道」により、ポジオリ教授の登場から退場までというイメージを強く植え付けられることとなる。前回読んだ中で、唯一結末を覚えていた作品はこれのみ。それほど印象的な作品である。現在であれば、他にもこのような作品が描かれていたような気がするが、これこそがオリジナルであろう。著者のストリブリングとポジオリ教授の名を印象付けた作品と言えよう。


ポジオリ教授の事件簿   Best Dr. Poggioli Detective Stories (T. S. Stribling)

1975年 出版
1999年08月 翔泳社 単行本

<内容>
「カリブ諸島の手がかり」の名探偵ポジオリ教授が帰ってきた。同シリーズにほれ込んだエラリイ・クイーンの要請によって復活した教授が、またしても数々の奇妙な事件に遭遇、心理学的推理を駆使して謎の解明に挑む。
 法律の罰し得ない完全犯罪をもくろむ殺人者との対決を描いた「ジャラッキ伯爵、釣りに行く」「ジャラッキ伯爵への手紙」、旅行先のメキシコで人々が見守るなか闘鶏に蹴られて死んだ老人の謎を追う問題作「81番目の標石」、異常に低い検挙率にもかかわらず盗まれた金はすべて持主のもとに戻っている地方都市の異常な状況に隠された秘密をあばく「警察署長の秘密」など、ミステリーのもう一つの可能性を追究したポジオリ探偵譚、全11編を収録。

<感想>
 はっきりいって、期待をしていたような本格ミステリー短編集ではない。“事件簿”というよりは、”冒険”とでもいっていいような構成である。

 まず、最初に提示されるべき謎がはっきりしない。というよりはっきりさせる前に、教授が自ら穿ったような見方をするのでそこで奇妙に歪んでしまうのだ。その部分がかなりとっつきにくく全編通してあまり楽しめなかった。

 体操で跳馬の競技に例えると、飛んだ瞬間に妙な回転を始めて、あっけにとられるなか、違う競技上の場所に堂々と着地をする、といった感触である。見ているほうとしては競技の内容がなんだったのかさえ煙に巻かれてしまう。このような形式が売りというのならそれまでだが、私にはどうも・・・・・・


ポジオリ教授の冒険   Dr. Poggioli: Criminologist (T. S. Stribling)

2004年 出版
2008年11月 河出書房新社 <KWADE MYSTERY>

<内容>
 「パンパタールの真珠」
 「つきまとう影」
 「チン・リーの復活」
 「銃 弾」
 「海外電報」
 「ピンクの柱廊」
 「プライベート・ジャングル」
 「尾 行」
 「新 聞」

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<感想>
 本書は「カリブ諸島の手がかり」と「ポジオリ教授の事件簿」の間に発表された幻ともいえる短編がまとめられたポジオリ教授第2期の作品集である。2004年になってようやく海外でまとめられて単行本となり、それが去年日本で刊行された。

 本書もポジオリ教授シリーズらしいといえる、微妙な(←言い方が悪いか?)事件の数々が収められている。ポジオリ教授は数々の事件を扱いながらも、自分自身を探偵ではなく、あくまでも心理学者と呼び続けている。その心理学者というアプローチから事件に関わってゆくがゆえに、普通のミステリ作品とは大きく異なる内容となってゆくのである。よって、万人向けのミステリとは言いがたく、ちょっとマニアックな古典ミステリ作品集であると言っておきたい。

 最初の作品「パンパタールの真珠」で、のっけからポジオリ教授の事件らしい展開を見せてくれる。描かれているのは普通の真珠盗難事件なのだが、最後の最後でそんな終わりかたでいいの? と聞きたくなるような探偵小説らしからぬ終わり方をしている。

 また「つきまとう影」という作品は、本書収録中一番長い作品で読み応えがあるのだが、これもまた問題作になっている。作中で描かれている事件そのものは、ものすごく本格ミステリっぽいものであるのだが、それをあえて本格ミステリ的に解こうとしないところがポジオリ教授らしさである。ちなみに、そんな解決の仕方をしているがゆえに教授は大学から放逐されることとなる。

 その後の作品も微妙なものばかりで、アプローチとしてはミステリっぽいのだが、事件を追う段階になると、探偵が追い求める内容ではないなと感じさせるようなものばかり。このへんの微妙さがたまらないといえないこともなくはないかもしれないと、これまた微妙な言い回しをしておくこととしよう。

 ただ、そんななかで急に極めてミステリ的な解決にいたる「尾行」という作品が挿入されていたりするから驚かされてしまう。まさに何が飛び出すかわからない短編集といえよう。

 これでポジオリ教授の活躍を全て読むことができるようになったので、いつか全部読み直してまとめてみるのも悪くないかもしれない。まぁ、遠い未来にということで。


終わりのない事件   Which I Never (L. A. G. Strong)

1950年 出版
2014年03月 論創社 論創海外ミステリ118

<内容>
 作曲家でもあり、ロンドン警視庁の主任警部でもあるというエリス・マッケイが、デヴォンの田舎で働くブラッドストリート警部を訪ねてきた。マッケイがやってきた理由というのは、この地に詐欺師まがいの出版人がいて、その被害について調べているという。一方ブラッドストリートのほうは、住民のトラブルに追われる始末。そうしたなか、複数の女性失踪の件が明らかになり、しかも身元不明の死体が発見されることとなり・・・・・・

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<感想>
 とりとめのない事件という感触。そのへんは、タイトルにも表れているのか。田舎町での住人同士のいざこざ、失踪したらしいと思われつつも誰も大騒ぎしない事件らしいものがいくつか、さらにはロンドン警視庁の主任警部が何でこの田舎町に来たのかもはっきりとは明かされない。

 そのような状況のまま、主人公であるエリス・マッケイがなんとなく周辺の人間関係を調査しつつも、田舎暮らしを楽しんでいる様子。特に司祭から頼まれてエリスが村のコンサートを仕切る様子などは顕著に表れている。そうした様相を楽しむのが、この作品のキモであるのかもしれない。

 後半になると物語はミステリというよりも、スパイ小説のような展開へと変わってくる。緊迫した状況のなか、エリスがとある人物との対決を迫られることとなる。この後半の展開はまた序盤とは異なる雰囲気で楽しむことができる。ただ、厳密に事件の全てが解決しきれていないところについては、納得し難かったところ。

 あくまでも雰囲気を楽しむ小説という感じ。厳密なミステリ作品を堪能するという作品では決してない。片田舎で繰り広げられる主人公らの軽い会話と、その様相を楽しみつつ、思わぬ展開で流れてゆく後半の様相を気軽に楽しんでいただければというもの。決してミステリとして面白くないとか、楽しめないというわけでもないので、やや評価し難い作品。


ダークライト   The Dark Light (Bart Spicer)

1949年 出版
2016年04月 論創社 論創海外ミステリ167

<内容>
 私立探偵カーニー・ワイルドの元に持ち込まれた依頼。依頼者は“シャイニング・ライト教会”にて執事を務めている者で、その教会の代表である伝道者が行方不明になってしまったというのである。ワイルドは事件を引き受け、その伝道者について調べたのだが、評判は悪くなく、まっとうな教会であることを知る。そして当の伝道者はニューヨークへラジオに出演する予定だということであったのだが・・・・・・

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<感想>
 バート・スパイサーという作家の作品が訳されるのは初とのこと。本書は私立探偵カーニー・ワイルドが活躍するシリーズ作品の第1作目であり、そのスパイサーの処女作でもあるとのこと。

 人情探偵といってもよさそうな私立探偵ワイルドが活躍する作品。持ち込まれた依頼は教会の代表者が失踪したという事件。代表が失踪したという割には、ほかの者たちはたいして慌てていない様子であるが、ワイルドが捜査を開始するに至って、周囲も徐々に協力する姿勢へと変わってゆく。失踪した男は基本的に評判の良い伝道者であるのだが、過去にひとつの醜聞を起こしている。ただし、それについては既に決着がついている。

 そういった背景のなかワイルドが調査していくことにより、事件自体が徐々に動き始めていくこととなる。序盤の背景を探るところはあまり面白くなかったのだが、事件がさらなる動きを見せ始めてからは興味を惹かれるようになっていった。私立探偵ワイルドが一見ぶっきらぼうのように見えながらも、警官との協調や、周囲の人の感情を気にしながら捜査を進めていく様子は興味深かった。

 昔ながらの普通のハードボイルド作品といえるが、探偵にそれなりの魅力を感じ取れるように仕上げられている。


六つの奇妙なもの   The Six Queer Things (Christopher St. Jhon Sprigg)

1937年 出版
2006年10月 論創社 論創海外ミステリ57

<内容>
 マージョリー・イーストンは守銭奴の伯父との生活から逃れるためにタイピストとしての生活を捨てることを決意した。ひとり暮らしをするにはもっと良い職業につかなければならないのだが、あるとき出会った少々怪しげでありながら魅力的なクリスピン兄妹の手を借りることにした。彼らがいうには彼らの家で秘書のような仕事をしてくれれば、高額の給料を出し、彼らと共に住んでよいということだった。彼らの好意を受けてみることにしたのだが、クリスピン兄妹がやっていることは降霊術であった。しかし、マージョリーは徐々にその降霊術に魅入られることとなり・・・・・・

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<感想>
 これまた変わった作品であった。心理的なサスペンス小説でありながら、異色なホラー小説ともいえる内容。読み始めれば、何を信じて良いのかわからなくなる奇怪な世界へと惹き込まれること間違いなし。

 序盤は降霊術に惹き込まれてゆく女性の様子が描かれており、徐々にその女性がのっぴきならない状況へと追い込まれてゆく。そうした状況のなか、この女性を助けることができる者は誰か? さらには真の“悪”はいったい誰なのか? 予期せぬ展開の連続で物語が語られてゆく。

 そうして犯人の正体を予感させる“六つの奇妙なもの”の存在もまた魅力的。それら一つ一つが何を意味しているのか、またそれらが何を指し示そうとしているのか、警察官は首をひねりながら何とか手がかりを得ようと捜査を進めてゆく。

 ただし最終的には、あまりにも展開を捻り過ぎたがために、袋小路に入り込んでしまったという気がしてならない。もう少し捻り方を考えてもらいたかったところだが、最後の一文が気が利いていて、ホラー小説のようなうすら寒さを感じさせられた。

 とにかく類を見ない奇怪な作品。これは一読の価値が有りと言えよう。この著者の作品はあまり紹介されていないようだが、他の作品も気になるところ。


悪魔を呼び起こせ   Whistle Up the Devil!   6点

1953年 出版
1999年11月 国書刊行会 世界探偵小説全集25

<内容>
 ブリスリー村の旧家クウィリン家には、家督相続人のみが代々受け継ぐ秘密の儀式があった。当主ロジャーはフィアンセとの結婚を前に、19世紀以来途絶えていた儀式の復活を思い立ち、周囲の心配をよそに、幽霊画出るという伝説の部屋<通路の間>に閉じこもった。そしてその夜、恐ろしい悲鳴を耳にして駆けつけた一同の前に、背中を短剣で刺されたロジャーの姿があった。厳重な監視の下、内部から施錠された密室内で如何にして凶行は演じられたのか。あるいは言い伝えどおり出現した悪霊の仕業なのか。そしてその翌日、第二の密室殺人事件が・・・・・・

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<感想>
 2002年11月にしてようやく世界探偵小説全集第Ⅱ期をすべて読了できた(とはいえこの時点で第Ⅲ期を6冊、第Ⅳ期を2冊読了している)。本書は巷の評判もなかなか高かったようだったので、あえて第Ⅱ期の作品の中では最後まで取っておいたのである。さて、その本書の内容はというと・・・・・・

 読み始めたときに思ったのは、なんとなくそのつたなさというか頼りなさというようなものが文章から感じられた。その理由は読了後に解説を読んでから判ったのだが、この著者は作家というよりは研究家といったほうがふさわしい人物であったようだ。であるからして、著作という物もそれほどないらしい。それゆえにか本書には最近の国内の新進のミステリ作家の雰囲気が感じられた。

 もう少し詳しく説明すると、導入部で屋敷における怪奇的な現象が語られるのだが、その部分が全く不可思議な事象に感じられなかった。逆になぜその事象が今回の騒動を引き起こす羽目になったのかという部分が理解し辛くなっている。もう少しこの導入部分で“カー”をほうふつさせるような怪奇的要素を印象付けてもらいたかった。

 本書で気になったのは導入のみであり、それ以降ではかなりの秀作であるといってよい。立て続けにおこるニ件の不可能犯罪。特に第一件めの事件に関しては衆人監視の中で誰がどのようにやったのかさっぱりわからない。そして犯人が明らかになる場面では意外性だけでなく、心理的描写を含めた伏線までもが張ってあり、細かい点でも驚かされる。このような作品を読むと不可能犯罪もまだまだ終わりはないのではと希望がわいてくる。

 前述したようにこの作品の著者は作品を量産していないのであまり知られていないはずである。こういった作品に出会えることにこそ、この世界探偵小説全集の意義というものがあるのではないだろうか。有名無名に囚われずに、ぜひともこのような秀作を掘り起こしていってもらいたいものである。


うまい犯罪、しゃれた殺人   A Bouquet of Clean Crimes and Neat Murders (Henry Slesar)   6.5点

1956〜1960年 出版
1964年02月 早川書房 ハヤカワミステリ
2004年08月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 「序文 アルフレッド・ヒッチコック」
 「逃げるばかりが能じゃない」
 「金は天下の回りもの」
 「ペンフレンド」
 「信用第一」
 「犬もあるけば」
 「41人目の探偵」
 「不在証明」
 「恐ろしい電話」
 「競馬狂夫人」
 「気に入った売り家」
 「老人のような少年」
 「最後の舞台」
 「ふたつの顔を持つ男」
 「親切なウエイトレス」
 「付け値」
 「眠りを殺した男」
 「処刑の日」

<感想>
 著者のヘンリイ・スレッサーというと、「怪盗ルヴィ・マーチンスン」を遠い昔に読んだくらいか。本書はTV“ヒッチコック劇場”で使われた作品の中から、ヒッチコック自身が選んだ作品集とのこと。どうやらヘンリイ・スレッサーは、ヒッチコック作品の脚本家として多大な活躍をしたらしい。

 それで本書を読んでみての感想なのだが、まさに短編のお手本とでも言いたくなるような出来栄え。どれも30ページ前後で短めではあるのだが、面白く読むことができる。タイトルである「うまい犯罪、しゃれた殺人」という言葉に見合うようなスタイリッシュなミステリ作品がずらりと並べられている。

「金は天下の回りもの」は、賭けに負けて給料を全て失った男が妻に真実を告げるのが怖くて、強盗に襲われて金をとられたと嘘をつく。そこから話が二転三転し、予想外の結末を迎えるというもの。これは読んで、やられた! と感嘆させられた。

 そんな、ちょっとした話でありながら、予想外の展開や結末が待ち受ける読み応えのあるミステリ小説集。小難しいような話はほとんどないので、気楽に楽しめるところも良い。




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