<内容>
アメリカにて、人種的平等を叫ぶ黒人運動が活発化し、それを排除しようとする白人団体らとの抗争が激化するなか、事件は起こった。黒人運動を行っていた指導者のひとりが何者かに殺害されたのだ。その事件を知人の通報により知ることとなった義足のコラムニストのピーター・スタイルス。しかし、警察はこの事件を隠蔽しようとする。その理由とは、何者かがニューヨーク市に爆弾を仕掛け、身代金を要求するという脅迫状を送りつけてきたのだという。もし、事件が明るみに出ればニューヨーク市は大混乱に陥る事に・・・・・・。何とか脅迫の真犯人を突き止めようとスタイルスは奔走するが、期限の時間が迫ってきており・・・・・・
<感想>
予想以上に面白い作品であった。テロリズムを扱ったミステリ作品としては、最古といってよい作品のようであり、その内容もきちんとしたものとなっている。
本書のなかで扱われているテロリズムも決して、適当に付け足したようなものではなく、人種運動をからめた背景の中にきちんと盛り込まれている。物語としてもミステリとしてもそこそこの完成度をほこる作品と言えよう。
ただ惜しいと思えたのが、解決が淡白すぎるところ。できれば主人公が論理的に犯人を割り出すという展開に持っていってもらいたかった。また、後半はもう少し事件の処理を長めに扱っても良かったと思えた。短い作品ゆえの読みやすさはあるのだが、もう少し長い作品になったとしても、決して面白さは損なわれなかったであろう。
<内容>
6年前ペラディン渓谷で起きた大火事にて、36名の住人のうち9人が死亡した。その中にはスチュアート・ハミルトンの親友で教師をしていたパット・カラザスが含まれていた。その火事の背景に何か隠されたものがあると考えたハミルトンは渓谷へと訪れ、事件が起きたときの状況を探ろうとする。するとだれも住んでいないはずの渓谷で何者かがハミルトンに警告を・・・・・・
<感想>
このS・H・コーティアという作家はオーストラリアのミステリー作家で本邦初紹介。
過去に起きた大火事の原因を親友の手紙や新聞記事などから探ろうという試みは面白かった。ただ、その原因を探るのに、ほとんど親友からの生前の手紙のみに頼らなければならないというのは無理があったように思える。よって、結末もそれまで積み立てたものからは少々離れ気味のように感じられ、あまりしっくりとはこなかった。
とはいえ、緊迫感があり、見るべきところも多いミステリーとなっているので読んで損はない本である。さらにはオーストラリアを舞台にしたミステリーというのは貴重であり一読の価値は十分にあるだろう。
<内容>
「電話室にて」
「ウィルソンの休日」
「国際的社会主義者」
「フィリップ・マンスフィールドの失踪」
「ポーデンの強盗」
「オックスフォードのミステリー」
「キャムデン・タウンの火事」
「消えた准男爵」
<感想>
著者名の“G.D.H.&M・コール”というのが非常にわかりにくいのだが、こちらは、ジョージ・ダグラス・ハワードとマーガレット・イザベル・コールを表しており、二人は夫婦ゆえにまとめてコール夫妻と呼ばれているよう。
この作品集はタイトルにあるように“ウィルソン警視”が活躍するシリーズ短編となっている。ただし、ウィルソンが警視であるのは最初の2作品のみで、残りの作品は警察を退職後、私立探偵としての活躍が描かれている(何故か「キャムデン・タウンの火事」は警視時代の話)。
何故か、警視時代の話を描いた最初の2作品はミステリ小説らしくて、私立探偵としての活躍を描いた残りの作品のほうが警察小説らしい。見どころは最初の2作にあり、残りはやや退屈かなと。ただ、「ウィルソンの休日」にしても、捜査の途上は本格ミステリらしいのだが、肝心の解決の場面についてはやけに淡白であり、これは残りの作品に関しても同様の作風が読み取れる。ゆえに、そのどれもがあまり華々しくないミステリ小説という風に捉えられる。
「電話室にて」は、推理クイズで出題されたのを見たことがある。これが元の作品なのかと。また、単に物理トリックを描いただけでなく、犯人の咄嗟の行動について鋭く言及しているところこそが本編の見どころと言えよう。犯人が分かりやすすぎるのがネックであるが。
「ウィルソンの休日」 キャンプ場に付けられた足跡を元に、犯行状況をウィルソン警視が推理する。
「国際的社会主義者」 会議中に起きた銃殺事件の謎をウィルソンが解き明かす。
「フィリップ・マンスフィールドの失踪」 失踪した男の行方をウィルソンが調査する。遺産相続のもつれから起きた事件?
「ポーデンの強盗」 ウィルソンの姪の夫が強盗容疑で逮捕された。汚名をはらすべくウィルソンが調査に乗り出す。
「オックスフォードのミステリー」 オックスフォードの学生が学友を殺害したとして逮捕された。二人の間に何が起きたのか?
「キャムデン・タウンの火事」 火事によって使用人が死亡した事故。果たしてその真相は?
「消えた准男爵」 爵位がもたらした事件? ユースタス・ベダー卿の行方は?
どの短編も発端や捜査の場面はよいのだが、解決の部分がやけに淡白でもったいないと感じられた。全体的にもう少し派手にしたほうが見栄えが良かったと思えるのだが、その辺に関しては時代性ということか。
<内容>
ジョック・コーレスは従兄から相談事があると呼びだされて待合場所へと向かうと、当の従兄は彼が到着する少し前に、車の前に飛び出し死んでいた・・・・・・。従兄が働いていたという先住民アボジリニの神話を体験できるテーマパーク“ドリムタイム・ランド”。そして、その事故を皮切りに、次々と起こる殺人事件。テーマパークの中でいったい何が起きているのか!?
<感想>
オーストラリアを舞台にしたミステリを描く作家、コーティアの作品が“謀殺の火”に続いて紹介された。今作ではアボジリニの儀式について詳しく語られた作品となっている。事件はアボジリニの儀式を紹介していく側で次々と起きていく。また、さらにはシリーズものの探偵として活躍しているらしい、ヘイグ警部という癖のある人物が登場しているところも見所の一つ。
大雑把にいえば、サスペンス・ミステリというような内容。ほとんど一日くらいのうちに、どんどんと話が展開されてゆき、ドタバタ劇のなかで犯人も明かされてゆくというスピーディーな展開の作品。まぁ、それなりに楽しめる内容であったと思える。ただ、そのスピーディな展開ゆえに、犯人側が起こす犯罪もずさんで行き当たりばったりのものとなってしまったようである。
残念だったのは、せっかくアボジリニの儀式というものを出したのだから、見立てまでいかなくても、もうちょっと一工夫した作品にしてもらいたかったところ。この魅力的な題材によって、書きようによっては面白い作品ができたのではないかと思える。
<内容>
カリフォルニアの警官であるグレッグ・エヴァンズ警部補は、密かに盗聴による組織網を整備し、その盗聴によってマネーロンダリングの首謀者であるマローンの尻尾をつかもうとしていた。そして盗聴により、とある女子大生が狙われていることを知り、グレッグは緊急手配するのであったが・・・・・・
<感想>
著者がザ・ゴードンズという不思議なペンネームであるが、これはゴードン夫妻による共著ということで、このようなペンネームとなっている。しかも夫のほうはゴードン・ゴードンという珍名さん。このペンネーム名義の作品は、いくつか映画化されているらしく、本国ではそれなりに有名らしい。
本書は盗聴を武器に活躍する警官たちの様子を描いた作品・・・・・・なのだが、この作品だけ読んだ限りでは、その様子があまりうまくいっているようには見えなかった。まぁ、リアリティ重視とも言えるのかもしれないが、盗聴によって相手の行動が筒抜けというわけではない形で描かれている。犯罪者側の方も言動に気を付けているようで、なかなか尻尾をあらわさない。ゆえにジリジリした展開が続くようなものとなっている。
いまいちキャラクターに見栄えがしないせいか、あまりこれといった印象がないまま終わってしまったという感じ。海外作品にありがちなB級ミステリ、もしくはB級警察小説というような雰囲気が強い。
<内容>
治安判事であるサンダーステッド大佐はシリル・ノートン大尉とともに、恐喝の罪でハバードを告発するために彼の邸へと出向くことに。しかし、彼らが訪ねてみると、誰もいない邸のなかで殺害されているハバードの死体を発見することになる。さまざまなひとを恐喝していたゆえに、誰もがハバードを殺害しようという動機を持っていた。そんななか、サンダーステッド大佐は若き友人であるジミー・リーに嫌疑がかからないか心配するのだが、当のジミーはどこかへ行方をくらませてしまい・・・・・・
<感想>
最初のページに読者への挑戦とともとれるような一文が掲載されている。ただ、そのような試みがなされているわりには、作品中におけるフェアプレイというものが機能しているとは思いがたかった。ただ、書かれた年代からすれば、こういった作品が本格推理小説としての道筋を作り、読者への挑戦のはしりとなっていったのだろうということは理解できた。
作中にて描かれる、ミステリ作品としてのさまざまな要素については非常に楽しむことができる。主人公や被害者を取り巻くそれぞれが何かを隠していそうな人々。恐喝と姉の離婚協議に悩みながら殺人光線を開発してしまう青年、いかにもうさんくさそうな執事、おしゃべり好きで噂をひろめたがる牧師等々。さらには死体が発見されたときには刺殺と思われていたのが、後に別の方法で殺害されていたということが明らかになったりと、数々の証拠や事実が読者を煙に巻いていくこととなる。
ただ、結局のところさまざまなミステリ要素として描かれているもののほとんどがミスリーディングを誘うだけのものであり、全体的にうまく機能しているとは思えなかった。さらには真相についてもピッタリと当てはまるというものではなく、やや決め手に欠けているなとも感じられた。
真相を読み解く探偵役にせよ、犯行へいたる筋道や、その周囲をとりまく事象にせよ、もうちょっとピリリとしたものが欲しかったと感じられた作品。
<内容>
警察を退職した元警察本部長クリントン・ドリフィールド卿が姉の家へと向かう中、ひとりの女を巡っての二人の男の争いを目撃する。次の日、そのうちの一人が死亡したことをクリントンは知ることに。また、姉の家に着いたクリントンは姪のエルジーが外国人の男と結婚し、エルジーの友達を連れてアルゼンチンへと旅することを知らされる。そうしたなか、死亡事件を調べていくことになったクリントンは、エルジーの夫が、人身売買に関わっているのではないかという疑問を抱くことに。そして彼らの周辺でさらなる殺人事件が! クリントン・ドリフィールド卿は、この事態をどのように収拾するのか!?
<感想>
意外な展開を見せることにより驚かされる作品。実は、昨年出た論創海外ミステリのなかで一番面白い作品であったかもしれない。
事件の展開は、諍いを起こした謎の男の死亡事故。村に来ている謎の怪しい男。しかもその男までもが死亡してしまうという事件。そしてクリントンの姪が結婚した外国人の夫による陰謀にはまってしまっているという件。そうした物語がつづられていくこととなる。その間に、死亡事故に対して、地元の警察からの依頼によりクリントン卿による詳細な鑑識が行われてゆく。
ここまでの流れでは、だいたい事件に対してどのようなことが起きたのか、誰が事件を起こしたのか? という結論が出てしまっている。問題は、姪が陰謀にはまっている件で、これを姪の名誉を傷つけることなく、どのように対処すればよいかということでクリントン卿が大いに悩む。
そして後半、こうした状況の中でさらなる殺人事件が起き、これこそが本書のキモ。容疑者と見なされる者がいるなかで、クリントン卿がいかにして事件を解決するのか? これこそが最終的な見どころとなるのである。
本作品は、クリントン卿が活躍するシリーズ作品のなかの一冊。そのなかでも、変わった趣向の内容のようである。次から次へと事件が起こる中で、クリントン卿が最終的にどのように事件に幕を下ろすのか? 理論と科学で裏打ちされたミステリ作品でありながらも、そこに潜む意外性のある物語を堪能してもらいたい。
<内容>
リンウッド医師は急患からの依頼があり往診に出かけるが、あまりに霧が濃かったため、一軒隣の家を訪ねてしまう。そこで発見したのは、ひとりの男の死体。その後、隣の家を訪れ、警察に連絡し、患者の様子を見て、警察の到着を待つ。到着したクリントン警察本部長とフランボロー警部と共に現場検証を行うリンウッド医師。その後、再度患者の家を訪れると、なんとその家の女中が何者かに殺害されているではないか! クリントンらは、被害者の背景を調べ、容疑者を絞り込もうとするのであったが・・・・・・
<感想>
論創海外ミステリでは先に出ている「レイナムパーヴァの災厄」に登場するクリントンが探偵役として活躍している。「レイナム〜」では、すでに警察を引退しているクリントンであったが、こちらの作品では現役であり、「レイナム〜」以前に出版された作品である。
展開は思っていたよりも派手で、読者を飽きさせない構成となっている。急患を訪ねた医師が濃い霧のため、間違えて訪れた屋敷で死体を発見し、それ以後もどんどんと別の場所で死体が発見されてゆくこととなる。事件の根底となっているのは、どうやら三角関係のようであり、容疑者は絞り込まれ、あとはどのように犯行をなしたかという事のみのようにも思えるのだが、事細かい点を考えていくと、全てを網羅する真犯人が思い浮かばないという・・・・・・
そういったなかで最終的にクリントン警察本部長が真犯人を指摘することとなるのだが、最初は根拠薄弱ではないかと思えてしまう。しかし、真犯人が確定したのちもクリントンの捜査ノートが公開されることにより、どのようにして犯人を確定していったのかが、事細かに表されることとなる。もう、蛇足ではないか! と思えるほど事細かであり、これには犯人の指定が根拠薄弱ではないかなどとは決して言えないものとなっている。
ただ、“腑に落ちた感”があまり味わえなかったりと、全体的にはやや地味目という感じの作品。とはいえ、しっかりと練り上げられている本格ミステリ作品であるということは間違いない。あとがきによると、本書はフリーマンの「オシリスの眼」影響を受けているといわれているようで、ちょうどその作品が今月(2016年11月)ちくま文庫から復刊されたばかりなので、合わせて読んで堪能したいところである。
<内容>
「ナツメグの味」
「特別配達」
「異説アメリカの悲劇」
「魔女の金」
「猛禽」
「だから、ビールジーなんていないんだ」
「宵待草」
「夜だ! 青春だ! パリだ! 見ろ、月も出てる!」
「遅すぎた来訪」
「葦毛の馬の美女」
「壜詰めのパーティ」
「頼みの綱」
「悪魔に憑かれたアンジェラ」
「地獄行き途中下車」
「魔王とジョージとロージー」
「ひめやかに甲虫は歩む」
「船から落ちた男」
<感想>
“ナツメグの味”というタイトルが絶妙で、ちょっと奇妙な味わいというような感触が伝わってくる作品集である。ちなみに私自身はナツメグの味がどんなものかを知らないのだが、それでもなんとなく奇妙な味わいを感じてしまうのである。
読んでいて、昭和の初期から中期くらいに日本で書かれた探偵小説、幻想小説に通じるところがある作品とも感じられた。また、なんとなく書いたものの若さを感じられるような作風でもあった。ただし、あとがきを読んでみると、本書に掲載されている短編はこの著者が30代から50代くらいの間に書いた作品とのこと。
それなりの味わいのある作品集であるとはいえ、ちょっと全体的に薄味であったかなと。最近、<奇想コレクション>とか、この<KAWADE MYSTERY>などでもさまざまな短編作家が紹介されている中では、それらの中に埋もれてしまいそうな作品集だと思われる。
一番印象に残ったのは「猛禽」という作品。テーマは怪奇的な“鳥”を扱いながら“すり込み”というものを描いた内容なのかと思いきや、突如サスペンスのような終わりかたが訪れるという意外性のある作品。
他の作品は総じて、青年が恋やトラブルに遭遇するというものが多かったような気がするが、何かもう一味特徴が欲しかったところである。