カ行−キ  作家作品別 内容・感想

ワシントン・スクエアの謎   The Washington Square Enigma (Harry Stephen Keeler)

1933年 出版
2015年05月 論創社 論創海外ミステリ148

<内容>
 自らの手違いで、会社の小切手を関係のない人に渡してしまい、それを捜すためにサンフランシスコからはるばるワシントンまで訪ねてきたハーリング青年。ワシントンに来たものの、行動するためのお金もなく、5セント硬化を持ってくれば5ドル支払うという怪しげな新聞記事に頼ろうとする始末。しかし、その5セント硬化を持っていく場所までも運賃を支払うことができないので、行くことができない。そこでハーリングは廃屋に入って、金目のものを探し、なんとか交通費に当てようと考える。付近の廃屋に入ると、そこでハーリングは死体を発見してしまう。それにより、彼は警察から殺人容疑をかけられることとなり・・・・・・

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<感想>
 ちょっとした怪作か!、結構なバカミスか? 真相にたどり着いたとき、カタルシスを越えた脱力感を味わうこと間違いなし!!

 ここまで、必然性のない偶然性にたよりきった物語というものも珍しい。前に偶然知り合った人などが、次から次へと彼の前に再登場し、主人公であるハーリング青年が巻き込まれる事件の関係者として現れるのである。そうして、伏線というものではなく、単に以前の出会いや挿話が積み重なって、一つの物語が紡ぎあげられてゆくという力技。もはやここまでくれば、爽快感さえ感じてしまう物語の展開っぷり。

 そうして、謎の殺人事件から、恐喝事件、ルビー盗難事件へと移り変わり、ルビーの争奪戦までもが繰り広げられる。そのあげく、読者を待ち受けるのは、作者からの挑戦状。期待をして、真相部分へと突き進むと、思いもよらぬ終幕が待ち受けることとなる。いや、あえて挑戦状を出すほどの真相かと、脱力感でいっぱい。

 物凄い、スピーディーで強引なトンデモ系のミステリを読まされた気分。ただし、つまらなかったということはなく、むしろ著者のやり切った感を感じさせられてしまうほどのもの。何気に2015年の珍本として名をはせそうな作品。


放送中の死   Death at Broadcasting House (Val Gielgud & Holt Marvell)

1934年 出版
2015年02月 原書房 ヴィンテージ・ミステリ

<内容>
 ラジオドラマの放送中、被害者役の男が迫真の演技を遂げたと思いきや、本物の死体となって発見された。複数の部屋に別れて放送が行われていた中、誰が、どのようにして被害者を殺めたのか? 数人あげられた容疑者のうち、実際に犯行を行うことができたのは!? スコットランド・ヤード警部補、スピアーズによる必死の捜査が行われる。

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<感想>
 ラジオドラマの放送中に仕組まれた殺人事件を描いた作品。ラジオドラマの放送ということで、イメージとしては同じ部屋の中で人が入れ替わり立ち替わりと思っていたのだが、ここでは複数の部屋に語り手がスタンバイし、調整室でそれぞれの部屋を切り替えていくというもの。ゆえに、被害者は孤立した部屋にてひとりスタンバイし、誰がどのタイミングでその部屋を訪れて、殺人を成したのかが焦点となる。

 2つのフロアにおいての図説有りの事件の様相が、本格ミステリファンの心をくすぐるものとなっている。さらには、放送中に誰がどこにいたかというタイムスケジュール、そして被害者に関わる人間相関図、そういった要素全てを踏まえて捜査がなされ、やがて事件は収束されていく。

 結末についてだが、ややもの足りなかったという感じ。ある程度想定された範疇に収まってしまったし、さらにいえば、真犯人に対する論理的な決め手が欠けていたと思われる。如何にして、という点においてだけで見ると、誰が犯行を行ってもおかしくなかったように思え、これという決定力に欠けていた。事件が起きた場所の舞台設定は面白かったのだが、もう一押し欲しかったというところ。

 著者の二人はミステリのみならず、映画やTV番組の脚本なども手掛けていた模様。ミステリ長編としては、スピアーズ警部補が活躍するシリーズを4作品くらい書いているようである。


歌うナイチンゲールの秘密   ナンシー・ドルーの事件簿   The Clue in the Jewel Box (Carolyn Keene)

1943年 出版
2014年05月 論創社 論創海外ミステリ121

<内容>
 偶然、具合の悪そうな老婦人を助けたナンシー・ドルー。その老婦人はなんと、とある国から逃れてきた王家の血をひく者であるという。しかも、そのとき離れ離れになった孫の存在を捜し続けているというだ。別の事件により、その孫の存在の手がかりを突き止めたナンシーは、老婦人と孫を合わせようと奮闘する。また、巷で起きている連続スリ事件の謎も解き明かそうとするのであったが・・・・・・

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<感想>
 ナンシー・ドルー・シリーズはハーディー・ボーイズ・シリーズと共に、学生時代に好んで読んだ作品。近年、このナンシー・ドルーものは創元推理文庫からも訳されている。このシリーズは、今でも作家を代えて書き続けられているようであるが、今回訳されたものは20作品目となるものの初訳。

 読んで思ったのは、あれから自分が年をとったなと。以前は熱狂的に受け入れたものが、現在では受け入れられないでいる。どうも粗ばかりさがしてしまって。今作で一番に感じたのは、事件のほとんどがナンシー・ドルーによるミスによって生じたのではないかというもの。浅はかにスリ犯を逃し、浅はかにどう見ても偽者と思われる王子を老婦人に会わせてしまっている。そんな状況で最後に大団円を迎えたとしても、素直に喜ぶことはできない。

 このナンシー・ドルー・シリーズが現在入手困難というほどのものでもなく、別の出版社からも出ているなかで、わざわざこの論創海外ミステリで紹介する必要があるのかが疑問。ジュヴナイルを紹介するのであれば、別の企画を立ち上げたほうがよいのでは。


魔 人   Majin (Kim Nae-seong)

1939年 出版
2014年07月 論創社 論創海外ミステリ127

<内容>
 世界的舞踏家である孔雀夫人こと朱恩夢の誕生会に行われた仮面舞踏会。そこで道化師の扮装をした者により、孔雀夫人が襲われるという事件が起きた。執拗に彼女を付け狙う者は、海月と名を明かし、朱恩夢への復讐を誓う。何度も海月により裏をかかれることとなる任警部はライバルともいえる名探偵・劉不亂の力を借りることとなるのであるが・・・・・・

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<感想>
 アルセーヌ・ルパンを彷彿させるような物語。その辺は探偵役の劉不亂(ルブラン)という名前からも感じ取ることができる。日本では江戸川乱歩が影響を受け、怪人二十面相や明智小五郎の数々の冒険を生み出したが、別の国でも同じような探偵小説を生み出していたという事実が感慨深い。

 美貌の孔雀夫人と彼女と結婚することとなった白英豪の一族に対し、孔雀夫人に恨みを持つ過去の亡霊ともいえる海月という怪人が襲い掛かる。海月が起こす数々の惨劇に対し、任警部、弁護士の呉相億、探偵の劉不亂が挑むという物語。

 話そのものは面白いのだが、ロマンスにも力を入れている分、そこをどう評価するかによって印象が変わってしまうかもしれない。ロマンス部分を余分だととらえると、探偵・劉不亂に関する序盤の謎については無くても良かったと感じられる。

 物語的にもミステリ的にも構造としては単純なように感じられるのだが、復讐の物語をきっちりと描き切っているところは見事ではなかろうか。また、物語を単純に終わらせずに、どんでん返しありと、意外性もきっちりと見せている。今の世ではミステリとしては物足りなく感じられるかもしれないのだが、この作品が出た当時であれば熱狂的に受け入れられたであろうことが容易に想像できる。エンターテイメント作品として優れた作品と言えよう。


エヴィー   Evvie (Vera Caspary)

1960年 出版
2006年04月 論創社 論創海外ミステリ47

<内容>
 ルイーズ・グッドマンとエヴィー・アシュトンは二人でフラットを借りて共同生活を行っていた。ルイーズは広告会社に勤務し、エヴィーは絵画などを描いて芸術家として過ごしていた。二人で気ままに仲良く暮らしてきた日々も、エヴィーに謎の恋人ができてから不穏な影が差すことに。そうして、彼女たちに悲劇が訪れることとなり・・・・・・

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<感想>
「ローラ殺人事件」で有名なヴェラ・キャスパリの作品とのこと。どうやらこの小説を読むスタンスとしては、「ローラ殺人事件」というものがあり、それを読んだ人はこちらもどうぞ、というような色合いの作品のよう。よって、この作品だけ読んでも全然楽しむことができなかった。

 二人の女性が都会で過ごす様子を描いたもの。ゆえにミステリという位置づけには程遠い内容。1960年に書かれたものにしては、現在の時代を当てはめてもそん色がないという点には感心させられたが、それ以外では見るべきところがなかった。

 普通に二人の女性の恋愛模様を描いただけといってもよいので、少なくとも男性向きの作品ではないと言えよう。事件が起こらないわけではないのだが、その事件についても読み終えてみれば、あくまで起きただけという感じ。まぁ、ひょっとしたら女性であればなんらかの共感できる部分を見いだせるのかもしれない。

 そんなこんなで、読了するまでに時間がかかり、私にとっては読み終えるのに苦労したというだけの作品。


魔術師を捜せ!   (Randall Garrett)

1978年01月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 ノルマンディ公爵主任捜査官ダーシー卿が活躍するファンタジー系ミステリー。日本で独自に編纂された短編集。
 「その眼は見た」(米SF雑誌『アナログ』:1964年1月号)
 「シェルブールの呪い」(米SF雑誌『アナログ』:1964年9月号)
 「藍色の死体」(米SF雑誌『アナログ』:1965年)

<感想>
 2005年の復刊フェアにより購入。これがまた毛色の変わったミステリーが展開されていて面白い。

 本書の特徴は何と言っても“魔法”が存在する世界という背景。そしてその“魔法”の使われ方がなんとも変わっている。事件が起きた後に、事件捜査としてその魔法が使われる事になるのだが、それは決して派手な使われ方ではなく、いわゆる現代の科学捜査の代わりとして魔法が使われているのだ。その魔法捜査により犯罪の痕跡を探し、犯人を特定していくという試みがなんとも面白い。ヨーロッパを舞台に用いた歴史的な背景についてはわかりにくかったのだが、ミステリーファンのつぼをとらえた作品となっていて、一見の価値がある作品となっている。

「その眼は見た」
 がちがちなミステリー短編と言って良い内容であるが、それだけに話の結末がわかりやすくなっている。とはいえ、十分に“魔法捜査”ぶりを発揮できた作品ではないだろうか。そして、ラストに語られるひと言こそがこの作品の焦点となっている。

「シェルブールの呪い」
 ミステリーというよりはスパイ小説に近い内容となっていた。冒険小説として楽しめる事ができ、意外な登場人物が活躍するところが見物である。

「藍色の死体」
 これこそ本格推理小説的な謎であると思ったのだが、あっさりと解決しすぎなのはどうかと思われた。もう少し、推理小説としてひっぱって欲しかったところ。とはいえ、小説としてはうまく締めている事は確かである。


つきまとう死   And Death Came too (Anthony Gilbert)

1956年 出版
2006年01月 論創社 論創海外ミステリ39

<内容>
 ルース・ガーサイドという女、不幸な生い立ちを送った彼女が行くところには常に死がつきまとう。謎の死を遂げた彼女の父親、事故死した夫、そして舞台はディングル家へと移り変わる。莫大な遺産を持つ老婆は突然遺言状を書き換えるといい始めた。その遺産の送り主とは・・・・・・。そして、その老婆が死亡したとき容疑者となったのは!?
「私の依頼人は皆無罪」と言い放つ、弁護士アーサー・クルックが活躍するミステリ。

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<感想>
 最初はサスペンスという色合いが濃いように思えたが、最後の最後には本格ミステリという形態で締められるというものであった。

 序盤は説明というか物語が語られるだけなので、少々退屈に感じられたのだが、中盤以降からは富豪の老婦人の遺言状とその死にまつわるミステリとして展開されてゆき、そこからは話に引き込まれていった。

 前半の語り口や、活躍する主人公が弁護士ということもあって、サスペンス・タッチのまま話が続いていくのかと思っていたのだが、最後にクルックが名探偵のごとく登場人物を集めて真相を披露するという場面が用いられている。そこで披露される推理によって、実はさまざまなところに伏線が張られていて、犯人を指し示す手掛かりが色々なところに挿入されていたのだと気づかされる。この本格ミステリを書く手腕には正直言って驚かされた。

 また、読み終わってみれば全体的に物語がしっかりしているということにも気がつき、様々な面から見ても本書が完成度が高い小説であるということが理解できた。

 前半の不幸(もしくは故意?)な生い立ちの女の話、ディングル家に住む人々の様々な思惑、そして事件とその裏に隠された動機、さらにはその謎を解く探偵役の弁護士と、短いページの中にぎっしりとつまった内容の一冊となっている。この本をきっかけにアントニー・ギルバートの作品が色々と訳される事になるのではないだろうか。


薪小屋の秘密   Something Nasty in the Woodshed (Anthony Gilbert)

1942年 出版
1997年10月 国書刊行会 世界探偵小説全集20

<内容>
 40歳を過ぎて独身のアガサ・フォーブズは新聞広告による“交際を求む”という記事に惹かれ、返事を出すことに。その広告が縁となり知り合うこととなったエドマンド・ダワード。彼はアガサが想像していたよりも若く紳士的で、すぐに彼に惚れこんでしまった。二人は結婚し、エドマンドが住んでいた人里離れた薄気味悪い家で暮らし始める。二人で暮らすうちに、アガサの心に次第に差す影。エドマンドは何のためにアガサと結婚したのか!? アガサが不安にかられるなか、事件が起きることとなり・・・・・・

詳 細
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<感想>
 15年くらい前に読んだはずの本であるが、感想を書いていなかったので再読。著者のアントニイ・ギルバート氏であるが、どうにもマイケル・ギルバートと間違えてしまってややこしい。他に日本で紹介されているのは論創社から出ている「つきまとう死」くらいのよう。どちらの作品もアーサー・クルックという弁護士が活躍するものとなっている。

 なんとなく冗長ながらも目の離せない作品。出だしは、いかにも結婚詐欺師のような男とオールドミスが出会い、徐々にオールドミスが手籠にされていくというもの。ここまでは普通の流れともいえるのだが、ここからどのように話が展開していくのかがポイントとなる。アガサが夫の手にかかるというだけでは、いかにも普通の内容。では、どのような展開がなされてゆくかというのが“薪小屋の秘密”とともに明らかとなる。

 序盤はありきたりとも言える出だしゆえに少々退屈させられるが、中盤以降は予想を少々上回るような展開を見せ、いったい物語はどのような決着を見せるのかと惹きこまれてゆく。後半以降は作品上の探偵役ともいえるクルック弁護士の行動から目を離せなくなる。彼はどのように、この事件の結末に終止符を打つのか。それとも打開策を得ないまま終わってしまうのか。最終的にはなかなかうまくできた物語と感心させられることとなる。

 この著者、かなりの作品数を出しているようなのだが、日本ではあまり紹介されていない。クルック弁護士が活躍する「薪小屋の秘密」と「つきまとう死」の2冊はどちらもそれなりに面白かった。これらを超えるような作品があるなら、是非とも読んでみたいと感じさせる作家である。


灯火管制   Death in the Blackout (Anthony Gilbert)   5.5点

1943年 出版
2016年06月 論創社 論創海外ミステリ173

<内容>
 ドイツ軍からの爆撃に怯え、灯火管制をなす戦時中のロンドン。弁護士アーサー・クルックルが住むブランドンストリートのフラットで奇妙な事件が発生する。クルックルの下に住む住人セオドア・カージーの家に訪れたはずの叔母が帽子だけを残して姿を消していたのだ。クルックルはセオドアと再び会う約束をして別れたのだが、すると今度はそのセオドアが行方不明となることに。そして、そのフラットに引っ越して来ようと様子を見に来たシグリッド・ピーターセンは、部屋で死体を発見することとなり・・・・・・

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<感想>
 著者のアントニー・ギルバート氏らしい作品というものが垣間見える内容。どういうことかというと、著者の作品がいまいちブレイクしないのが、ミステリとしての読み取りにくさ。初っ端から事件が始まってゆくのだが、その事件がどこへ向かうのか? どこが終着点なのか? といったところが見えないまま、事件が展開し続けてゆくのである。最後の最後になって事件が解決されることにより全体像を見通すことができ、「あぁ、このような内容だったのか」とようやく理解できるようになる。

 本書は、奇妙な出会いから始まっての、失踪事件が起こり(本当に失踪したのかどうかもよくわからない)、かと思えば、それを捜していた人も行方知れずになってしまう。さらにその背景を探ってゆくと、その一族のややこしい家系図やら財産上の問題が浮き彫りとなり、そして死体が発見されと、要約していてもわかりづらい展開が続いてゆくこととなる。元々、どこが事件の基盤となっているかもわからない状況であるので、読んでいる方は実にややこしい。

 これは一読してから、読み直せば、状況を十分に理解することができるようになるであろう内容。といっても、二度読み直すという人はなかなかいないであろうが。今作で一番驚いたのは、あとがきに書いてあった、アントニー・ギルバートというのはペンネームで実は女流作家であったということを知ったこと。


捕虜収容所の死   Death in Captivity (Michael Gilbert)

1952年 出版
2003年05月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 1943年7月、イタリアの第127捕虜収容所では、英国陸軍将校の手で脱走用のトンネルがひそかに掘り進められていた。ところが貫通まで六週間ほどとなった浅、その天井の一部が落ちてスパイ疑惑の渦中にあった捕虜の死骸が土砂の下から発見される。入り口を開閉するには四人がかりの作業が必要。どうやって侵入したのか理解不能だった。ともあれ脱走手段を秘匿すべく、別のトンネルに遺体を移し、崩落事故を偽装する案が実行されるが・・・・・・
 第二次世界大戦下、連合軍の進攻が迫るイタリア。捕虜による探偵活動、そして大脱走劇の行方は?

<感想>
 こういった捕虜収容所や牢獄などを題材にしたミステリーというものは数あることであろう。しかし本書はそれらの中でも独特といえるところがある。それはその収容所の中において統率が非常によく取れているということである。通常このような題材のものは暴力的なものが多く、かつそのような要素こそが主となるものが多い。しかし本書における収容所内では将校専用のためなのか、命令系統がはっきりしていて、規律が正されている。そのような背景だからこそミステリーとしてはもってこいの状況というわけである。

 では本書はミステリーとして成功しているかというと微妙なところである。なぜそのように感じるのかというと、どうも現実性が重視しされたためか、それによって“劇的”という印象を受けられなかったからである。系統的なものを重視しているためか、登場人物が多いわりにはそれぞれの特徴がつかみきれなかった。さらには、“脱走”という要素を盛り込んだにも関わらず、劇的な大団円という終わり方には感じられたかった。結局のところ、ミステリーとして期待する“意外性”という部分と、収容所からの脱走というものに期待する“劇的”というものそれぞれを得ることができなかったということが残念である。

 最近の小説では映画化などを意識して必要以上に劇的にしようというきらいがあるものが多いが、本書はもう少しそういった要素が付け加えられればと感じられた。リアリティも大切だが、もう少し大風呂敷を広げても良かったと思う。


空高く   Sky High (Michael Gilbert)

1955年 出版
2005年08月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 英国の片田舎ブリンバレー。とある教会で献金箱からお金が盗まれた。聖歌隊の一人で元軍人のティム・アートサイドは鍵を預かっていたために疑われてしまう事に。しかし、そのような事件を吹き飛ばすような大事件が勃発した。ティムは恋人のスーに関することで聖歌隊のマックモリス少佐と口論をしたため、その事を誤りにいくとマックモリスは自分が何者かに命を狙われていると告白される。ティムは何らかの手を打つ事を請け負ったのだが、その後に、マックモリス少佐は自分の家ごと爆弾で吹き飛ばされてしまった!! ティムの母親で聖歌隊の指揮者をしているリズ・アートサイドは自分の夫の死とこの事件に関わりがあると感じ、事件を調査する事に。しかし、マックモリス少佐について、誰も詳しく知っているものはいなく・・・・・・

<感想>
 予期せぬ展開で物語が進められる良質のサスペンス・ミステリー。なんといっても本書は主人公の造形が良い。探偵役は聖歌隊の指揮をつとめる熟年女性のリズとその息子のティム。ティムのほうは主人公であるにもかかわらず、彼自身も謎の人物であり、それがゆえに第一容疑者となっているのだからなんともいえない。また、その母親のリズはこの事件が昔、自分の夫が亡くなった事件に関連するのではと徐々に事件に入れ込んでゆくこととなる。その他にも被害者となった謎のマックモリス少佐やティムの恋人のスーとその父親ポーリング将軍と魅力的な人物で満載された作品となっている。

 また、物語自体も数々の盗難事件や家が爆弾で吹っ飛ばされたり、謎の酒場に単独で潜入するなどとサスペンスだけでなく冒険に満ち溢れた内容となっている。これはさすがに新訳で復刊されるに値する作品といえよう。ただ、原題の「Sky High」というのは、あまり内容にマッチしていない気が・・・・・・


大聖堂の殺人   Close Quarters (Michael Gilbert)

1947年 出版
2007年11月 長崎出版 <Gem Collection>

<内容>
 大聖堂の教区内で首席聖堂番であるアップルダウンを何者かが中傷するという事件が立て続けに起きた。犯罪とまでには至らぬものの、大聖堂の首席司祭は念のため、甥でありスコットランドヤードの巡査部長であるポロックに調査を依頼する。ポロックがその調査を始めるやいなや、当のアップルダウンが何者かに殺害されるという事件が起きる事に! いったい誰が何のために!? 捜査を始めたスコットランドヤードを尻目に、事件はさらに続き・・・・・・

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<感想>
 これがマイケル・ギルバートの処女作であり、真っ当な本格ミステリ作品となっている。それなりに凝った内容になっており普通に楽しめる作品。

 本書の主題はなんといってもアリバイ崩しにある。被害者が殺害された時間と、その被害者を犯人がどのようにして殺害し、アリバイを構築したかがポイントとなっている。警察は、被害者がぬれていて、かつ、被害者の体の下の地面がぬれていないことから雨が降る前に殺害されたと検討をつける。また、そばに落ちていたあまり濡れていない帽子もまた事件解決へのポイントのひとつとなる。

 解決に関しては、それなりに伏線が張られており、きちんとした本格ミステリ作品として仕上げられているという印象を受けた。若干難点と感じられたのは、容疑者を特定する根拠が少々弱かったように思えたところ。消去法という考え方であれば、確かに犯人が浮き彫りになるものの、それだけではパンチ力に欠けていたように思われる。

 何はともあれ、ミステリ界の重鎮ともいえるマイケル・ギルバートが描いた処女作であるのだから、ミステリファンであれば購入しやすいうちに買っておくのが吉であろう。


愚者は怖れず   Fear to Tread (Michael Gilbert)

1953年 出版
2006年02月 論創社 論創海外ミステリ42

<内容>
 パブリックスクールの校長であるウェザロールは、ある日唐突にいくつかのトラブルに出くわすことに。通いつけのレストランがかかえるやっかいな問題。秘書の兄である警察官がかかえる問題。学生が出場するボクシングの試合会場で出くわした昔の生徒。そしてとあるの生徒の父兄とのトラブル。これらのやっかいごとから、いつしか犯罪組織との関わり合いにウェザロールは巻き込まれてゆくこととなり・・・・・・

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<感想>
 これでマイケル・ギルバートの作品を読むのは4作目か。ここいらでようやくこの作家の作品を読むときのスタンスがつかめるようになって気がする。ようするに、このギルバートという作家は特にミステリ作品のみが専門と言うわけではなく、多彩な作品を描く作家であるということ。ゆえに、これこれこうだ、というような形式に当てはめず広い心持で作品に挑むのが一番よいことなのであろう。

 そんなわけで本書はまた通俗のミステリとは違った異色作となっている。内容は、ごく普通の老齢のパブリックスクールの校長が犯罪組織のいざこざに巻き込まれてゆくという作品。いわゆる巻き込まれ形のサスペンス小説である。

 ただ、若干物語をつまらなくしているのは、地道な物語の展開にあると思われる。主人公の校長は、普通の校長先生であり、スーパーマンでも何でもない。それゆえに、犯罪組織のいざこざに巻き込まれてゆくと言っても、ある種表面上だけのことで、それほど自身が核心にはまり込んで行くということはない。むしろ、他に登場している人物がたちがいざこざを抱え、具体的な形で犯罪に巻き込まれていっている。よって、主人公となる校長自身がいまいち突出しないような内容になっているのである。この辺が、この物語の地味さを表しており、かつ話がわかりにくくなっている部分でもある。

 とはいえ、最終的な物語の結末の付け方は見事であったと思われる。話の途中では決して校長自身が犯罪組織に挑むというようなことはしていないと思えたのだが、最後の最後にはきちんと主人公が組織に相対する様が描かれている。

 まぁ、微妙な点も多々あるのだが、終わりよければ全てよしということで。


蛇は嗤う   The Snake is Libing Yet (Susan Gilruth)

1963年 出版
2007年05月 長崎出版 <Gem Collection>

<内容>
 夫との不仲により、その騒動から逃れるためにモロッコにやってきたライアン・クロフォード。静かに塞ぎこんでいたい彼女を待ち受けていたのは、やたらとつきまとおうとするアメリカ人やイギリス人の老婆という怪しい人々。なにやら不穏な陰謀めいたものが感じられるなか、やがて事態は殺人事件へと発展していく。いったい、この地で何が起こっているというのか・・・・・・

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<感想>
 読み終えてみると、本格推理サスペンス小説としてきちんとできている作品であることがわかり驚かされた。正直言って読み始めたときはそれほど期待していなかったのだが、今まで読んだ長崎出版の<Gem Collection>のなかでは一番きっちりしたミステリ作品だと言えるかもしれない。

 最初はあまり物語の雰囲気をつかむこともできず退屈に感じられた。怪しい人物が次々と出てくるものの、何が怪しいのか、何でそのような振る舞いをするのかもわからず、退屈さだけを感じながら読んでいた気がする。しかし、半分くらい過ぎてヒュー・ゴードン警部が現れてから、俄然物語が面白くなっていった。

 ゴードン警部が現れると、それまでの怪しい雰囲気の多くに説明が付けられ、この物語ががいったいどのようなものを描いた作品なのかということが整理され、一気に物語りにのめりこむことができるようになった。

 そしてそこから殺人事件が起き、その検証が行われ、ミステリ・パートへと突っ走っていくこととなる。

 物語の結末はといえば、最後の最後まで犯人がわからない展開はかなり面白く読むことができた。ただし、難を言えば決め手に欠けたかなという気がどうしてもぬぐえないところ。その決め手がきちんと決まっていれば、名だたる名作の仲間入りをしていたかもしれないと思うと少々惜しまれる。

 とはいえ、端正な本格推理サスペンス小説としてきちんと描かれているので、これは読んでも損はないかと思われる。スーザン・ギルラスという著者があまり有名ではないようなので、手に取る人も少なかったのではないかと思われるが、なかなか楽しめる作品に仕上がっているので興味があればぜひ!


緯度殺人事件   Murder by Latitude (Rufus King)

1930年 出版
2016年03月 論創社 論創海外ミステリ168

<内容>
 11人の船客を乗せて出航した客船“イースタン・ベイ号”。そのひとりとして、ニューヨーク市警の警部補ヴァルクールが乗船していた。彼は逃亡した殺人犯を追っており、その犯人がこの船に乗っているという情報を得ていたのだ。ただし、犯人の姿かたちはわからず、これから怪しい者を探していかなければならない・・・・・・そんな矢先、船の無線通信士が殺害されるという事件が起きる!

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<感想>
 殺人犯を追う刑事ヴァルクールは、犯人が客船に乗るという情報を入手し、自ら船に乗り込み、犯人の正体を突き止めようと奔走する。しかし、船上でも殺人事件が起き、外部と連絡が取れないという孤立した状況のなかでヴァルクールは焦り始める。

 というような内容であるのだが、単に船の上での犯人探しというだけで、あまり船上という設定を生かしきれていなかったかなと。ただ単に、外部との連絡がとれない状況というものを作りたかっただけなのかもしれない。

 本書で不満に思えたのが、刑事が犯人を捜す際に、犯人が狙っていると思われる人物の過去に焦点を当て、その情報のみを頼りに犯人をあぶりだそうとしているところ。実際には、船の上で事件が起きているのに、その状況証拠とかをあまり気にせずに、無理やり犯人もしくは犯人像を押し込めようとしているように思えてならなかった。また、さらに付け加えれば、犯人候補となる乗客の紹介も十分になされていなかったように思われる。

 最終的には、それなりのサプライズも用意されているものの、あまり面白いとは感じられなかった。




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