ア行−エ  作家作品別 内容・感想

悪魔の栄光   Halo for Satan (John Evans)

1948年 出版
2006年05月 論創社 論創海外ミステリ46

<内容>
 私立探偵ポール・パインはカトリック教会の司教から人捜しを依頼される。その男とは、なんとイエス・キリスト直筆の文書を持っていて、司教に2500万ドルの値で売りつけに来たのである。しかし、男は後に連絡をとると言ったきり、音沙汰がない。司教はパインにその男を捜し出してもらいたいというのである。事件に乗り出したパインであったが・・・・・・

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<感想>
 普通というか、通俗のハードボイルド小説である。“キリスト直筆の文書”というものが出てくるものの、そういったものの背景などが語られるわけではなく、小難しいことなどいっさい出てこないスピーディーなアクション小説となっている。

 本書ではハードボイルドに欠かせないコードが数多く出てくることとなる。行方不明の男、謎のお宝、謎の未亡人、暗黒街のボス、殺し屋、後ろから頭を殴られて昏倒する探偵、などなど。ただし、こうしたものがあれこれ出てくる割には、物語の内容を損ねるでもなく、きちんとまとまった話になっているので、そこはよくできた小説であると評価すべきところなのであろう。

 といったところで、決して目新しい作品ではないのだが、展開といい結末といい、見るべきところの多いハードボイルド小説であるということは間違いない。今までなかなか訳されなかった幻の作品という背景もあるので、ハードボイルドファンであれば、見逃せない作品といったところである。


薔薇の名前   Il Nome della Rosa (Umberto Eco)

1980年 出版
1990年01月 東京創元社 単行本(上下)

<内容>
 ウィリアム修道士とその弟子のアドソは、ベネディクト会修道院へとやってきた。ウィリアムは以前、異端審問官であった腕をかわれ、修道院長のアッポーネから僧院で起こった事件について調べてもらいたいと依頼される。若い修道僧が建物から飛び降りで死亡するという事件があり、いったい何故そのようなことが起きたのかを調査してもらいたいというのだ。事件は自殺なのか? 他殺なのか? ウィリアムとアドソはこの修道院のシンボルともいうべき文書庫を秘密裏に調べようとする。しかし、彼らが調査している間に、次々と黙示録になぞらえたような殺人事件が起きることとなり・・・・・・

<感想>
 ようやくこの「薔薇の名前」を読みとおすことができた。長らくの積読作品のうちの一つでもあり、ミステリ史上でも名作と名高い作品にやっと触れることができた。しかし、読んだ感想はというと、ミステリというよりは、当時の娯楽大衆小説とでもいうべき図書のように感じられた。

 冒頭では、主人公となるウィリアム修道士によるシャーロック・ホームズばりの推理が披露され、修道院長から事件を依頼され、秘密の書庫へと忍び込むことに。さらには、連続殺人事件までが起き、これはとんでもないミステリ小説だと感じさせられた。しかし、中盤からはその勢いも途絶え、激しく宗教論が交わされたり、事件とは直接関係なさそうなことがくり広げられたりと、徐々に事件から遠のき始める。殺人事件は次から次へと起こるのだが、まるで金田一耕助のように起こる事件を嘆くだけの主人公ら。そうして、そのまま物語は最終幕へと導かれることに。

 元々、著者自体も本格ミステリ小説を意識して描いた作品というものではないのだろう。というか、そのころ本格ミステリという定義さえ、ない時代。修道院の中で起こる謎めいた事件をミステリ小説調に書き、本題とも言える宗教論を濃く描き、さらにはウンベルト・エーコの研究課題のひとつである記号論を用いて書いた作品という気がする。ようするに、エーコの研究課題をうまく娯楽小説の中に盛り込んで描いた小説こそが「薔薇の名前」ということなのであろう。

 そんなわけで、ミステリとしてのみとらえてしまうと、あまり満足にいくものではない。内容も難しく、宗教史に詳しくなければ、なかなかついていくのは難しい。それでもこの作品が名作のひとつとして語り継がれているのは、唯一無二の作品だからこそということなのだろう。ミステリ史上に残る名作というよりも、小説史上に残る名作という冠のほうがふさわしいであろう作品。


死を呼ぶスカーフ   The Chiffon Scarf (Mignon G. Eberhart)

1939年 出版
2005年01月 論創社 論創海外ミステリ9

<内容>
 ファッション・モデルのイーデンは旧知の仲であるエイヴェリルが結婚するというので故郷のセントルイスへと向かうことに。エイヴェリルは工場の経営者をしており、結婚するのは同じ工場にて働く技術者のジム・ケイディ。イーデンがセントルイスへ着いたときには、そのジムが最新の飛行機エンジンを作り、それを売りこもうとしている最中であった。その飛行機のエンジンを巡ってか、はたまたイーデンとエイヴェリルの昔からの確執を巡ってのことか、殺人事件が起き・・・・・・

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<感想>
 ヒロインが事件に巻き込まれ、さまざまな試練の後に事件が解決するという、ジャンルとしてはロマンティック・ミステリーというような部類に入る作品であるらしい。この論創海外ミステリでは物語の冒頭に“読書の栞”という2ページの解説をつけているのだが、本書ではそれを読めば大体の作品背景を把握できてしまうというすぐれもの。ロマンティック・ミステリーなどといわれてもピンと来ない人は是非とも読んで参考にしていただきたい。

 というわけで、ヒロインが登場してのサスペンス・ミステリーが展開されるのだが、そのヒロインにどうも感情移入できなかったので内容に関してはなんとも言い難いところである。とはいえ、飛行機の事故とか、不時着する無人の山岳地帯などなど、全編にまといつく不気味な雰囲気はサスペンス系のミステリーとしての効果を十分に盛り上げていると感じられた。そういった独特の雰囲気は味わえるものの、内容としては普通のミステリーといったところか。

 このヒロインに感情移入することができれば、もっと話を面白く感じ取れるのかもしれない。ひっとしたら女性向のミステリーなのだろうか?


見ざる聞かざる   Speak No Evil (Mignon G. Eberhart)

1941年 出版
1961年08月 早川書房 ハヤカワミステリ654

<内容>
 富豪の実業家ロバート・デイキンと結婚したエリザベス。しかし、その結婚は間違いだと知り、エリザベスは日々離婚を考えていた。夫の仕事のため、デイキン夫妻は英国を離れ、ジャマイカで暮らしていた。そこに、英国から夫妻に関係の深い人々が訪れたとき、悲劇は起こる。ロバート・デイキンが何者かに銃殺されるという事件が! 部屋は内部から閉ざされており、エリザベス以外の人が犯行を起こせたとは思えない状況。主任警部ポール・フライカーから執拗な尋問を繰り返されるエリザベス。エリザベスが犯していないとしれば、誰がロバートを殺害したというのか? また、現場から亡くなった3匹の猿の置物の行方はいったい何を示唆しているのか??

<感想>
 積読であったハヤカワミステリの作品を読了。著者のミニヨン・エバーハートは、他に論創社から「死を呼ぶスカーフ」が出版されている。

 女流作家らしい作品であったなと。序盤に事件が起こるのだが、それが密室殺人事件といってよいようなもの。さらには、見ざる聞かざる言わざるをモチーフとした猿の置物が消え失せるという本格ミステリファンの心をくすぐるような事件の幕開け。ただ、本格ミステリらしいのは、そこまで。

 物語はエリザベスを中心に繰り広げられるのだが、特にこの女性、犯人を見つけようとか、容疑を晴らそうとか、そのような行動は起こさない典型的な巻き込まれ型のヒロイン。また、サスペンス風というほどに、いろいろな事が起こるというほどのものでもない。ラストには、怒涛のように物語が展開してゆき、一気に犯人の正体が明かされるというように進んでいくのだが、事件が起きてからそこまでの間が中ダレ気味。

 ラストは捻りも加えてうまく締めていると感心させられたが、密室殺人に関してはあっさり目。端正に描かれているなと思いつつも、読み手側の思い通りには展開してくれなかったとそこが残念。まぁ、こういった作風の作家だということなのであろう。


嵐の館   House of Strom (Mignon G. Eberhart)

1949年 出版
2016年05月 論創社 論創海外ミステリ171

<内容>
 ノーニは大農場の経営者ロイヤルと婚約しており、彼との結婚式の日が迫っていた。そんなある日、近隣の農場で働くジム・ショーがこの地を離れることをロイヤルに告げる。ジムが言うには、農場主のハーマイニーは彼を好き勝手に働かせるだけで、十分な見返りがないからだという。ジムは立ち去る直前、ノーニに自分の気持ちを告白し、一緒に来てもらいたいと突然言い出す。混乱するノーニをよそに、ジムは後日、迎えに来ると言って立ち去ってゆく。その日の晩、ノーニがハーマイニーの家を訪れると、そこにはハーマイニーの死体があり、ここにはいないはずのジムの姿が・・・・・・

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<感想>
 サスペンス・ミステリ作品。どろどろとした人間関係のなかで事件が巻き起こる昼ドラ系のサスペンス。

 ただ、どろどろとした人間関係と表現したものの、それらが明らかになってくるのは後半の事。序盤は、詳しい説明がないまま話が進んでゆくので、いまいち感情的な部分で物語の波に乗ることができなかった。特に、婚約しているノーニと、この地から離れようとしているジムの二人が惹かれあうというところが、あまりにも唐突でわかりにくかった。

 話が進んでゆくと、実は順風満帆に見えたノーニとロイヤルの婚約についても、周囲の人々のさまざまな思惑や理由があるということがわかり、段々と全体像が見えてくることとなる。序盤はあまり話にのれなかったのだが、人間相関図が明らかになってくると、物語に興味がわいてきたという感じ。

 サスペンス小説としてまぁまぁの内容だったかなと。人によって好き嫌いがわかれそうな作品。


夜間病棟   The Patient in Room 18 (Mignon G. Eberhart)   5.5点

1929年 出版
2017年07月 論創社 論創海外ミステリ185

<内容>
 病院の18号室の患者が不可解な死を遂げる。しかもその患者の治療に用いられていたラジウムが消え失せていた。犯人は高価なラジウムを盗み出すために患者を殺したというのか? 事件後、行方不明となっていた医師が疑われたものの、その医師が死体となって発見され・・・・・・

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<感想>
 論創海外ミステリにてエバハートの作品が紹介されるのは3作目。本書も他のエバハートの作品とだいたい同じような流れのものとなっている。

 そのエバハートの作品がどのような流れかというと、女性が主人公となって、その目線により話が進められてゆくというサスペンス・ミステリ的な展開がなされるもの。そして、その女性が主人公であるがゆえに、事件を解決しようという考え方とは別の観点からの視点によるというところがポイント。まさに巻き込まれ形のサスペンスというところか。

 最終的に誰が犯人でもおかしくはないという流れで終わってしまうのも、この作家の作品の特徴。それでも最初に事件が起きた時は、それなりの盛り上がり方を見せたのだが。




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