<内容>
12月のニューヨーク、雪の中から異様な死体が発見された。その発見された死体の女性は暖かく、死因は熱射病だというのだ! とりあえず警察は死体の身元を判明しようとするのだが、なかなか捜査が進まない。そんななか、彼らの元に訪ねてきたひとりの少女は、その死体の顔とそっくりであったのだ!! 奇妙な犯罪に挑むこととなったベイジル・ウィリング博士。この騒動の結末とは!?
<感想>
本書はヘレン・マクロイの処女作となる作品。よって、当然のことながらベイジル・ウィリング博士初登場の作品でもある。
この作品で注目すべきところは、なんといっても事件の導入部分。雪の中の熱射病の死体と、そこに現われた死体とそっくりな少女。そして、その少女が語る社交パーティーでの入れ代わりと、序盤は息をつく暇のない急な展開で話が進められていく。この急な展開と、誰が真実を言っているのかわからない状況でどんどん進んでいく内容に一気に物語の中へと引き込まれていくこととなる。
そして、中盤になると話も落ち着き、普通のミステリ小説として展開されていく事となる。中盤はあまり見どころもなくやや退屈だったという気もする。とはいえ、結末まで読んでしまえば、この作品がよくできているミステリであると納得させられてしまう。
ベイジル・ウィリング博士といえば心理的な面から捜査を進めてゆき、そして事件に結論をつけるという印象がある。本書もさまざまな点から心理的に解釈をしょうとするのだが、この作品の中では“心理的捜査”という面ではやや弱かったかなと思われた。
しかし、“やせ薬”を巡って繰り広げられる殺人劇と、そこから見出される真相とまでを読み解いていくウィリング博士の捜査はなかなかよくできているものと感じられた。
この作品を読むと、ますます未訳になっているマクロイ作品を早くどんどんと掘り起こしてもらいたいという気持ちになってしまう。
<内容>
私用でヨークヴィル大学を訪れていたフォイル次長警視正は、構内で殺人計画が書かれた紙片を発見する。さらにフォイルは、空砲の拳銃を用いた心理実験の様子を目の当たりにすることに。その実験に用いられた拳銃が紛失し、悪い予感が的中するかのように、夜間の大学構内で銃声が聞こえ、死体が発見されることに。月明かりのなかを逃げる不審者が複数の者に目撃されたのだが、三者三様の当てにならない証言がもたらされる。この事件にウィリング博士が関わることとなったのだが・・・・・・
<感想>
事件が起きた時は、妙な学者たちが繰り広げられる実験的な世界に取り込まれた感じがした。大学構内で起きた殺人事件にウィリング博士が挑むこととなる。
最初に、3人の目撃者が犯人に対して、それぞれ異なる証言をするといったところは、チェスタトンの作品を意識しているのかなと感じられた。その後、嘘発見器の話が出てきたり、さまざまな心理学者が出てきたりで、心理的もしくは心理実験的な内容のミステリが繰り広げられるのかと思われた。
しかし、最終的に蓋を開けてみると、待ち構えていたのは妙に現実的な犯人の動機。この辺は、書かれた年代や背景、とにかく戦時中というものが深くそこの横たわっているなと感じさせられるような内容であった。
最終的に話が整理されるとすっきりするのだが、読んでいる途中はそれぞれの事象が把握しづらく、ちょっとわかりづらい内容だと感じながら読んでいた。最後の真相はそれなりにうまくできていたと思われるものの、前半の心理的なものがあまり活用されなかったところが微妙なところ。マクロイの作品のなかでは地味な印象が強い。
<内容>
精神科医のベイジル・ウィリングは、彼が借りているコテージの持ち主のパーティーに、望まないながらも参加させられる羽目となった。その主催者である資産家のクローディアは悪ふざけが好きで、いつもパーティなどで騒動を巻き起こしていた。今回クローディアは、知り合いの生化学者が開発した自白剤のような真実を語るという薬を盗み取り、パーティーの参加者に飲ませようとしていたのであった。途中、パーティーを退席したウィリングであったが、その後別の約束からの帰りにクローディアの家の近くをよると、何か不審なものを感じ取る。屋敷に忍び込んだウィリングが発見したのは、死にかけていたクローディアの姿であった。いったい、パーティーの席で何が起きたというのか!?
<感想>
よく、今まで訳されなかったな! と思えるくらいの秀作。登場人物の性格もきっちりとかき分けられ、話の内容もとっつきやすく、しっかりと本格ミステリを堪能できるものとなっている。
本人の意思に関係なく真実を語りだすという薬、互いに種々様々な利害関係のある登場人物たち、そして大方の予想通り殺害されること間違いなしと思われる資産家の女性が被害者となる。ベイジル・ウィリング博士が捜査を進めていく中で、ひとり注目されるのが耳の聞こえない容疑者。この容疑者の存在が本書のなかで、大きな位置を占めることとなる。
最初、真犯人が告げられた時は、いまいち根拠が薄いのではないかと感じられた。しかし、よく考えてみると大方の読者が予想する根拠とは全く反対の方向から真相を見出すという行為自体が気が利いていると感じるようになっていった。さらに真相をしっかりと読んでみると、実は物語の最初のほうから事件の犯人たる根拠がきちんと与えられていることに気づき、さらに感嘆させられた。
<内容>
アーチーと婚約したナイトクラブ歌手のフリーダ・フレイ。フリーダがアーチーの母親に会いに行こうと旅立つ直前、何者からか、会いに行くなという警告の電話がかかってきた。不審なものを感じつつも、アーチーと共に旅立つフリーダ。彼女たちを待っていたのは、作家であるアーチーの母、その友人で上院議員のリンゼイ夫婦とその娘、突然訪れることとなったいとこ。人々が集まった中でも、不審な出来事が続き、さらなる警告を受けるフリーダ。いったい、何者が何のためにやっているのか? そして、意外な事件が起き、ベイジル・ウィリングが呼ばれることとなり・・・・・・
<感想>
本書の一番の驚きは、ちくま文庫から出版されたこと。チェスタトンの作品なども精力的に文庫化しているようであるが、今後海外ミステリ作品を色々と刊行してくれるのだろうか。是非とも期待したいところである。
この作品はナイトクラブ歌手のフリーダがアーチーと婚約し、アーチーの母親と会おうとするところから始まる。フリーダは何者かから脅迫されることとなり、さらにはアーチーの親族らに会うことにより、周囲からこの婚約が受け入れられていないことに気づくこととなる。そうして、殺人事件が起こるのだが、その被害者が意外な人物。果たして、事件はなぜ起きたのか?
この作品で、わかりづらいところは“動機”について。事件が色々と起こるのだが、その事件を起こすことによって、誰が得をするのか? 犯人が得るものは何なのか? それが不明のまま後半へと続くこととなる。そして、徐々に真相が明らかになってくるのだが、そこでまさか推理小説のトリックとしてはなかなか使われなさそうなものが堂々と用いられているところに驚かされてしまう。
ただし、そのトリックのみを主とするのではなく、そこを起点として主たる事件は別に解釈されることとなり、トリックのみの作品ではないというところも本書のポイントであろう。外堀をしっかりと埋めることにより、うまく真相へと達していると感じられた。精神科医探偵が扱うべき事件として、これほど恰好なものはないと言える事件であった。
<内容>
精神分析学者のベイジル・ウィリングは、魅惑的な主演女優から公演初日に招かれた。だが、劇場周辺では奇妙な出来事が相次ぐ。刃物研磨店に押し入りながら、なにも盗らずに籠からカナリアを解放していった夜盗。謎の人影が落とした台本。紛失した外科用メス。不吉な予感が兆すなか、観客の面前でなしとげられた大胆不敵な凶行! 緻密な計画殺人にたいして、ベイジルが鮮やかな推理を披露する。一匹の家蝿と、一羽のカナリアが示すものとは一体!?
<感想>
内容は衆人監視における犯罪であるが、その状況の中で犯人が限定されておりその少数の者の誰もが犯罪を行う機会があったというもの。正直言ってどう考えても犯行は誰にでも行えたような気がするし、なおかつ誰が犯人でもおかしくない様相。殺されたものが死体の役をしていたために犯行時刻が限定できない。ゆえにはっきりとした消去法も成り立たない。この状況においてどのように犯人が明らかにされるのだろうかと思いきや、“蝿とカナリヤ”が事件を明らかにする。これは冒頭にも書かれていた言葉なのだが、まさしくそのとおりの展開で犯行の証明がなされる。その解決の中で特に、話の中で心理的に常に一人の犯人を示していたというのには非常に納得がいくものであった。
<内容>
カリブ海の島国サンタ・テレサにて、特定の仕事を持たずぶらぶらしている謎の男、フィリップ・スターク。スタークは新聞にて、アメリカ通信社の支局長ハロランが死亡したことを知る。彼は昨日、ハロランに求人の依頼をするために会っていたのだ。その後、ハロランは殺害された模様。スタークはその状況に応じて、うまくハロランの後釜に座り、支局長の座を獲得する。そうして、彼がする最初の仕事はハロランの謎の死を調査すること。ハロランが死亡したのは事故なのか、殺人なのか? もし、殺人ならば何故殺さなければならなかったのか? スタークは地元の警察署長、ウリサール警部の力を借りて捜査をすることに!
<感想>
ミステリというよりは、スパイ小説っぽいのであるが、最終的にはきちんとミステリの枠内に収めてきたなと。戦時中という時代背景が存分に生かされたミステリ作品となっている。
物語の主人公は曰くありげなフィリップ・スタークという風来坊。この男が流れついた島国、サンタ・テレサにて、通信社支局長の死の謎を追う。彼の仕事を積極的に手伝おうとするライバル会社の女支局長、これまたやけに協力的なアメリカ領事、やる気はなさそうだが野心はありそうな支局の雑役係、さらにどこか一癖あるウリサール警部。こういった、魅力ある登場人物の中で、事件捜査が開始される。
事件捜査が開始されると言いつつも、新聞支局の忙しい一日を描く内容のようでもあり、純然たる捜査が行われるというほどでもない。しかし、スタークが色々な方面に顔を出していく中で、徐々に真相へと至るパーツが組み上がってくるのである。
“小鬼の市”という謎めいたタイトルであるが、これが戦時中、さまざまなパワーバランスのなかで商売や政治を繰り広げていく者達の曰くありげな行動をうまく表しているのである。読み終えてみると、なかなか驚愕的な展開も待ち受けていた。通常のミステリ小説とは、ちょっと異なる形にて繰り広げられるミステリ作品。時代性をうまく表した謀略系ミステリと言ってもよいかもしれない。
<内容>
深夜、アリスンは伯父のフェリックスが急死したことを電話で知らされる。彼を発見したのは、その甥であるロニーであった。フェリックスは生前、軍のために戦争用の暗号を開発していたようであり、アリスンは軍から派遣されてきた大佐から暗号について聞かれたが、彼女はその詳細については聞かされていなかった。伯父の死にショックを受けたアリスンは老犬を連れて、人里離れたコテージでしばらくの間過ごすことを決めた。その人里離れた小屋で過ごす最初の夜、アリスンは小屋の周辺を探るような足音を耳にし・・・・・・
<感想>
マクロイのノン・シリーズ長編作品。サスペンスミステリとしてよい雰囲気に仕立て上げられている。
本書の大きな特徴となるのは“暗号”。過去の戦争時代に扱われた暗号の方式が事細かく記されている。巻末のあとがきと合わせて、暗号の知識を得るうえでも貴重な一冊となっている。
ミステリとしては、なんとなくネタはわかりやすいという感じはするものの、それでもうまく書かれている作品だという印象が残る。田舎でひとりで過ごす中での不安や、その不安をあおる雰囲気、さらには近隣に住む怪しげな人たちとうまく描かれている。さらには、自分の従兄や軍から派遣されてきている大佐までもが胡散臭く見えて、誰を信じてよいのかわからないという中で意外な人物が殺害されるという事件が起こる。さらには、ヒロインであるアリスンと共に過ごす盲目の犬の存在も色々な意味で味を出している。
いや、これはこれまで何で訳されなかったのかが不思議・・・・・・と思ったが、よく考えると暗号の部分が難解で、そこを訳すのが大変であるから今まで訳されなかったのかなと。そう考えると、今回の翻訳者の方には、とにかくご苦労様としか言いようがない。
<内容>
軍の大佐であるピーター・ダンバーは、休暇でハイランド地方の田舎町を訪れていた。ダンバーは元々、精神科医で児童の治療にも携わったことがあり、その経験からエリック家の息子・ジョニーのことについて相談された。彼は、何故か家出を繰り返し、日に日に手に負えなくなっているというのである。家庭環境が悪いという事はなく、むしろ恵まれているはずなのに、何故家を飛び出そうとするのか? さらには、そのジョニーが開けた場所から突然消え失せたりと、奇妙な目撃情報まで寄せられる。ダンバーは少年と話をし、陰に潜むものをあぶりだそうとするのであったが・・・・・・
<感想>
探偵役としてウィリング博士が活躍するシリーズ。最初、何冊かこのシリーズを読んだときには、精神科医が活躍するシリーズという印象であったが、前に読んだ作品とこの作品では有能な軍人というイメージのほうが強くなっている。この辺は、書かれた時代が反映されているという事なのか。
本書は、家出を繰り返す少年にスポットを当てた作品となっている。その少年をとりまく環境の謎を、ピーター・ダンバーという休暇で訪れていた軍人が探りをいれる。基本的な話の流れが、この少年の謎のみに終始するといってもよい内容で、全体的にやや退屈さを感じてしまった。ミステリ的な内容よりも、その地方の考え方や当時の政治のありようなど、バックボーンとなるものの説明が多かったように思えた。
中盤を過ぎれば殺人事件なども起き、後半は波乱の展開になるのだが、メインとなる謎については、ややわかりやすいように思えてしまい、その分本書に対する評価もややマイナスとなった。ただ、全ての謎が明かされると、時代背景をうまくとりいれた事件とその解答が見事にマッチしており、よく考え尽された作品であることがわかる。前半から中盤までの展開が、やや退屈であるという欠点はあるものの、きちんと伏線を張り、それらをきちんと回収している端正な作品であることは確か。やや、話全体が暗いと感じられたが、それは話の内容と時代性によるものがあるので、致し方ないことか。
<内容>
ブレアトン女学院に勤務するフォスティーナ・クレイルは校長のライトフット夫人に呼び出され、突然解雇を言い渡される。フォスティーナの同僚であるドイツ語教師のギゼラはこの件に不穏なものを感じ取り、恋人で精神科医であるベイジル・ウィリングに相談する。ウィリングがブレアトン女学院へ行き詳しく調べてみると、クレイルがかかわると思われる怪奇現象が起き、生徒たちが次々と学院を辞めていくという事態が起きていたことがわかる。その怪奇現象とは、クレイルが同じ時間に別々のところで目撃されるということが度々起きていたのである。しかも、クレイルは前に勤めていた学校でも同様の理由で解雇されており・・・・・・
<感想>
かつて早川書房から出版されていたものの、その後絶版となり幻の作品となっていた一つ。それが創元推理文庫により復刊。
読んでみると、ものすごく雰囲気が出ている作品。ミステリ的にも悪くはないのだが、注目すべき点はそこよりも、全編にわたって怪奇的な雰囲気で彩られているところ。まるで本当にドッペルゲンガーのようなものが存在するような、そんな不思議な世界へと入り込んでしまったかのように錯覚してしまう。
結末の付け方には賛否両論あるようだが、この雰囲気の作品であればこのような終わり方も悪くはないと思われる。ただし、決してミステリ作品として破たんしているということはないので、そこは安心して読んでもらいたい。入手できるうちに買っておいたほうがよい一冊と言えよう。
<内容>
精神科医でありながら地方検察局でも働くベイジル・ウィリング。ウィリングは町で偶然、彼の名を名乗る人物に遭遇する。その人物の後を付けてみると、男は精神科医マックス・ツィンマー邸へ行き、そこで行われているパーティーへと参加する。ウィリングもパーティーへと乗り込み、その謎の男に自分の身分を明かす。すると男はウィリングと話をしたいといい、二人はツィンマー邸から出るのだが、そこで男は突然苦しみだし、死亡してしまい・・・・・・
<感想>
精神科医のベイジル・ウィリングが自分の名前を名乗る男に偶然出会い、その男のあとをつけていくことから始まった騒動が描かれる。その後、毒殺事件へと発展してゆき、ウィリングは事件の真相を解き明かすべく捜査を進めてゆくこととなる。
読んでいる途中は、背後で何が起きているのか全くわからないという状況。そういったなかで、やけに不安定な登場人物ばかりが出てきており、どれもこれもが怪しいという始末。そして事件が次々と続いていく中、ウィリングが事件の背景と全ての謎を解き明かしてゆくこととなる。
読んでいる最中は感じなかったのだが、読み終えてみるとウィリングが精神科医という立場が非常にうまく扱われた事件だったと思えてきた。また、戦後(戦中?)の混乱した時代性というものも色濃く出ているように感じられた。真相が明かされると、登場人物それぞれの心理状況が理解でき、なるほどと感嘆させられるものとなっている。なんとなく、やや大きな話になってしまったという感もあるので、本格ミステリというよりも、スパイ小説的な味わいが色濃く出ていたようにも感じさせられる。
<内容>
夫を事故で失ったアリスが夫の遺品を整理していると、ミス・ラッシュという女性に当てた空の封筒を見つけることに。その後、息子のマルコムから恋人を紹介されることとなるのだが、その女の名前はクリスティーナ・ラッシュと名乗る。息子が連れてきた女は、夫の死と何か関係があるのか? まさかさらに息子の命まで狙おうというのか? アリスの考えは全て妄想であるのか、それとも真実か? やがてウィリング博士による事件に対する調査が行われ・・・・・・
<感想>
ウィリング博士シリーズ、最後の未訳作品。とうとうこれで、ウィリング博士シリーズの新しい作品は読めなくなってしまうのかと・・・・・・
まぁ、さすがに最後の残っていた作品というか、これまで未訳ということであまり面白い作品ではなく、肝心のウィリング博士の活躍も少ない。ただし、雰囲気としてはヘレン・マクロイらしい作風が現れている。
アリス・ハザードという未亡人が主人公であるのだが、最初はこのアリスの妄想癖がひどいなと感じられてしまう。やたら、あれを疑い、これを疑いという妄想のような想像が続けられる。ただ、それが話が進むにつれて、ひょっとしたらそれらは妄想ではないのかもと思い始めた矢先、殺人事件が起きることとなる。
その後、ウィリング博士が登場し、事件解決へと至るのだが、あまり推理というようなものはなく、真相はほぼ手記により明らかにされる。と、そんな感じで、物語後半における見どころがあまりなかったかなと。
<内容>
精神科医のベイジル・ウィリングは妻と共に、出版社社長の邸宅で開かれるパーティーに招待された。人気作家のエイモス・コットルが主賓であるのだが、そこに彼の別居中の女優である妻が来たことにより、パーティーは険悪なムードとなっていた。そこで余興のゲーム“幽霊の2/3”が行われる。しかし、そのゲームの最中、エイモスが毒物を飲み絶命する。現場にいたウィリング博士は事件の真相を調べ始めるのだが・・・・・・
<感想>
あらすじを見ずに読んでいたため、絶対に殺害されるのは皆に敬遠されている作家の妻だろうと思っていた。しかし、殺害されたのは当の作家のほう。最初に不可解に思ったのは、この作家が死亡しても誰も得する者がいないはずだということ。だからこそ、全く作家が死ぬ事を予期していなかったので驚かされてしまった。
そうしてウィリング博士の捜査が始まり、事件の背景が徐々に明らかになってゆく。この作品のメインは死亡した作家の正体。エイモス・コットルという人物が作家になる前にはどのような生活を送っていたのかということが焦点となる。そうして、真相があらわになるにつれ“幽霊の2/3”というタイトルが俄然輝きをましてくることとなる。
この作品では“何故”が主である。“どのようにして”という犯行方法については、それほど強調していなかったようだ。それでも、ミステリ作品として何ゆえに作家は殺害されなければならなかったのかということが徐々に明らかにされていく様は、かなり読み応えのあるものであった。心理的に犯人の正体をあぶりだすウィリング博士の推理も十分な見所となっている。
<内容>
心理学者のヘンリー・ディーンは叔父の遺産を相続したことにより生活上の心配が無くなったことと、不慮の事故から回復したのをきっかけに大学を辞職し、故郷へと帰ることを決意する。ヘンリーはそこで自宅を購入し、新たな生活を始めるものの、ちょっとした奇妙なことが身の回りでいくつも起こることを気にしていた。そうして、かつての想い人で人妻となったシーリアと再会することに。その再開をきっかけに、とある陰惨な事件が起こることとなり・・・・・・
<感想>
本書も「幽霊の2/3」に続いて、長らくの間、幻となっていたマクロイの作品。私は初読となるのだが、確かに復刊されるにふさわしい良作であった。
マクロイの作品というと、心理的な面をとりあげるという印象が強いが、本書は特にそういった面を強調した内容となっている。この作品はノン・シリーズものながら、心理スリラーとして成功した作品といえよう。
どちらかというと、スリラーとかサスペンスというような内容のため、事件が起きて探偵がどうこうというような内容ではない。奇妙な出来事が起き続ける中で、やがて主人公を驚愕させる、とんでもない事実が明らかとなる。ただ、その驚愕の事実そのものがメインというわけではなく、その事実が明らかになってからこそ、本当の物語が始まると言ってもよいであろう。
部分部分はなんとなく予想がつかなくもないのだが、大方の予想を通り超えて、そんな大胆なことをあからさまにやってしまっていいの! と驚かされ、予想のつかない展開に最後まで引き込まれてしまった。まさにマクロイの心理的技巧がいかんなく発揮された作品。
<内容>
「あたしがやるようにやってごらん割れ足さん」少女の声に応えてすばやく答えが返ってきた。トン・・・トン・・・トン。
雪深い山中で道に迷ったベイジル・ウィリング夫妻が一夜の宿を求めた屋敷<翔鴉館>には、そこで眠る者は翌朝には必ず死んでいるという開かずの部屋があった。その夜発生したポルターガイスト騒ぎのあと、不吉な伝説を打ち消すため、くじで選ばれた男がその部屋で寝ずの番をすることになったが、30分後、突如鳴り響いた異常を知らせる呼び鈴の音に駆けつけた一同が目にしたのは、伝説どおり謎の死を遂げた男の姿だった・・・・・・
<感想>
幽霊屋敷とのうわさがある屋敷にて起こる事件。過去に謎の死を遂げた者がいるという曰く付きの“あかずの部屋”。過去の事件を笑い飛ばし、その部屋ですごした男が衆人環視の状況にて、何者かに殺害された。さて犯人は? というもの。
仕掛けとしては別段珍しいものではない。カーの作品でもよく出てくる設定であるし、最近読んだ同全集25巻デレック・スミス「悪魔を呼び起こせ」にても同様の事件を取り扱っていた。しかし、それらの設定の中にいたずら好きの少年少女を付け加えたことによって、また少々異なる趣をかもし出した作品になっている。そのせいもあってか、全体的に良い意味であまり陰惨な雰囲気は感じられない。
本書の特徴は、こうした背景のうえにて事件が起こるのだがその事件の方法“HOW”に重点をおくものではない。本書の注目すべき点はなぜ“WHY”犯人はこの事件を犯したのか? という点において心理学的なアプローチをとっているという部分である。この着目の仕方が非常に面白い。トリックなどに目新しさが感じられない分、“ホワイダニット”という部分が強調されたかのようにも感じられる。あと物語上、絶対に重要だと思われた“インコ”が特になんの役割もはたさず“レッドヘリング”のようになっていたのは狙ってのこのだったのだろうか?
<内容>
清朝末期の北京を舞台に、ロシア行使夫人の謎めいた失踪事件を精緻な筆致で描いて、名作の誉れ高い「東洋趣味」
女教師の分身が奇怪な事件を召喚する「鏡もて見るごとく」
ダイヤ型の謎の飛行物体を目撃した人間が次々に怪死を遂げる「歌うダイアモンド」
深層心理というテーマに真正面から取り組んだ問題作「カーテンの向こう側」
週末戦争後の世界を淡々と描いて深い感動を呼ぶ「風のない場所」
他、8篇の作品に加え、15年前の事件に決着をつけるため帰ってきた男が、再び殺人事件に巻き込まれる中篇「人生はいつも残酷」を併録。
「東洋趣味」
「Q通り十番地」
「八月の黄昏に」
「カーテンの向こう側」
「ところかわれば」
「鏡もて見るごとく」
「歌うダイアモンド」
「風のない場所」
「人生はいつも残酷」
<感想>
ミステリー短編集かと思いきやミステリーのみならず、SFなども交えられた短編集に著者の幅広さを知ることができる一冊に仕上がっている。
サスペンス小説としては「カーテンの向こう側」が面白くできている。もっと詳しく言えば心理サスペンスとなるのだろう。主人公の夢と不安が徐々に現実へと侵食していく様はなかなかのものである。
「鏡もて見るごとく」「歌うダイアモンド」の二編はウィリング博士もの。これらは解決そのものよりも、事件の解決がなされた後の動機付けや分析などに興味をそそられる。これはウィリング博士の長編に対するものと同様の感想である。要するに“ウィリング博士ものらしい”すぐれた短編ということで。
「人生はいつも残酷」は特に逸品なサスペンス中編として出来上がっている。予想だにさせぬ展開にて、これらの作品群のなかでは抜群のリーダビリティがあった。わざわざ併録されるのもダテではない。
それ以外にもそれぞれの短編にいろいろな趣向が加味されていて、どんなジャンルの短編かというのを期待しながら読むのが楽しい一冊になっている。そういった作品の中で「ところかわれば」は異色作の一つ。ぜひとも先入観なしに読んでもらいたい。