<内容>
男の名は、ニック・ヴェルヴェット。二万ドルの報酬で仕事を引き受けるプロフェッショナルの泥棒だ。ただし、現金や宝石といったような価値のあるものは盗まない。動物園の虎、大リーグのチーム、恐竜の骨などといった、ちょっと変わった価値のないものだけをターゲットとする。
<感想>
今回30年ぶりに復刊ということにて購入した1冊。カバーもさることながら、帯の紹介がモンキー・パンチ氏であるのが心憎い。さらに付け加えれば、各章の扉に描かれているニックの挿絵がコミカルで気に入った。細部にわたって、いたれりつくせりといったところか。
価値のあるものは盗まないという触れ込みの請負泥棒のニック。そして依頼人から一見価値のなさそうな色々な品を盗んでくれと依頼される。しかし、一見価値がないとはいえ、実際に本当に価値がないものを高額のお金を出して盗んでもらおうとするものなどはいない。その依頼の裏には必ず何らかの利権が隠されている。
そしてニックもそれがわかっていながらも依頼人からの仕事を引き受けてしまうのだから、苦笑いするしかない。結局のところニックは本当に価値のないものを盗むという行為だけを楽しんでいるわけではないようだ。そのような看板を出しているところに集まってくる人々がどのようなやっかいごとを抱えていて、どんな事件にニック自身が巻き込まれていくのかということが楽しくてしょうがないのだろう。ニックは金と自分の知的好奇心を満足させるために泥棒をやっているといえよう。その知的好奇心を最大に満足させるための最良の方法が“価値のない物”だけを盗みますということなのだろう。
<内容>
2万ドルの報酬で価値のないものだけを盗む、怪盗ニック。今日もまたニックは依頼されてさまざまなものを盗み出す。
プールの水、山の雪、ホームズのスリッパ、はたまた“盗むな”との指令まで! 十二の難関に挑む、怪盗ニックの第二短編集。
<感想>
基本的なスタンスは第一作“怪盗ニックの登場”と変わらない。前作が気に入った人や怪盗好きな人は読むべき一冊であることは間違いない。
話の基本としては前作同様、価値のないものを盗むよう頼まれるものの、実はその裏ではニックを利用して依頼主が別の目的を達しようとする、という話が多い。しかし、本編ではマンネリにならないように、いくつか趣向を変えているものも見受けられる。表題作となっている「怪盗ニックを盗め」のようにニック自身が連れ去られたり、もしくはニックに“次の木曜日に何も盗まなければお金を払う”などと、バラエティ豊かなものとなっている。
変幻自在なニックの活躍と、珍妙奇妙なニックへの依頼に読む側は飽きずに全編楽しめること請け合いの本である。
<内容>
2万ドルの報酬で価値のないものだけを盗む、怪盗ニックの第三短編集。怪盗の報酬もいよいよ値上げの時期か!?
<感想>
短編集も三作目となり、徐々にニック自身のスタンスやその周囲の状況にも変化が生じてきたように思える。相変わらず価値のないものを盗むといってはいるものの、ニック自身、必ずその裏に何かが潜んでいるということはもはや承知のうえのようである。そしてニックは依頼のものを盗むだけではなく、その裏に何が隠されているのかを調べることすらも楽しむようになってきているようである。
また、ニックの周囲では彼の怪盗としての名声が広がっているようである。もはや裏の世界や警察の関係者ならば誰もが知っている存在となってきている。さらには本書においてニックの恋人のグロリアとの関係を変えてしまう事件も起こる。
そんなこんなで、いろいろな意味で忙しいであろうニックであるが、盗みを通しての社会の様相に興味を示しながら仕事を楽しむニックの生き様には爽快感ですら感じてしまうのである。
<内容>
怪盗ニックのライバル、女怪盗サンドラが登場する作品を集めたオリジナル短編集。
「白の女王のメニューを盗め」
「図書館の本を盗め」
「紙細工の城を盗め」
「色褪せた国旗を盗め」
「レオポルド警部のバッジを盗め」
「禿げた男の櫛を盗め」
「蛇使いの籠を盗め」
「バースデイ・ケーキのロウソクを盗め」
「浴室の体重計を盗め」
「ダブル・エレファントを盗め」
<感想>
女怪盗という準レギュラークラスの登場人物を配置した事はこのシリーズにとって成功であると思われる。怪盗ニックの作品集をハヤカワ文庫版で3冊読んできたのだが、当然のことながら作品を読むごとに徐々にマンネリ化を感じていくことになる。しかし、そこに女怪盗を配したことによって、数多くのバリエーションを得ることができたと思う。
例えばサンドラがニックの先回りをして仕事を成し遂げた場合は、それをどのようにやったのかをニックがまるで探偵のように考えることとなる。または、サンドラの頼みによってニックがサンドラのパートナーとなって仕事をしたりと、色々な展開が見られるようになった。
またニックとサンドラとの関係で面白いのが、グロリアを含めての3人の男女関係である。最初はグロリアがサンドラに対して嫉妬を抱くようになるのかと思ったのだが、そうストレートにはいかず、いつのまにやらグロリアがサンドラの肩をもったりという変な関係へと進展していってしまう。
という具合になかなか面白い様相を見せてくれた本作品集であるのだが、ひとつ残念に思ったことがある。それは何かと言えば、この女怪盗サンドラの短編集はひとつにまとめて読んでしまうよりは、“怪盗ニック”というシリーズ短編集に含まれた形で読みたかったということ。
本書の短編集を読んでいくと、その短編と短編との間に1年とか2年くらいの期間が開いているという事が書かれている。それならば、全体の作品を通した中で読んでいったほうが、サンドラがシリーズの中での際立った存在となり、より作品集として効果的になったのではないかと思われる。“サンドラ”シリーズという位置付けもいいのだが、せめてどこかの出版社から時代を通した“怪盗ニック”の完全版というものを読んでみたいものである(といってもホック氏がまだ現役で書いているのだから、そういう事が考えられるのもまだ先の話か)。
<内容>
「ハンティング・ロッジの謎」
「干草に埋もれた死体の謎」
「サンタの灯台の謎」
「墓地のピクニックの謎」
「防音を施した親子室の謎」
「危険な爆竹の謎」
「描きかけの水彩画の謎」
「密封された酒びんの謎」
「消えた空中ブランコ乗りの謎」
「真っ暗になった通気熟成所の謎」
「雪に閉ざされた山小屋の謎」
「窓のない避雷室の謎」
*
「ナイルの猫」
<感想>
短編集3作目にして、まだまだネタは尽きぬとばかりの不可能犯罪のオンパレードぶりは健在である。今回も直球勝負の本格推理を見せつけてくれた作品集であった。ただ、全編ページ数が少なくなっているように思え、以前の1集、2集に比べると若干食い足りなく感じられるところもある。
内容としては「ハンティング・ロッジの謎」がページ数、内容、伏線の張り方などにおいて一番良かったと思える作品。また、「防音を施した親子室の謎」のトリックはなかなかの力技、というよりも痛そうなトリックでもいうべきか。他には「墓地のピクニックの謎」なんかも普段とは作品の趣が違っていて良かったかなと感じられた。
また、本編の後半の作品になるとマンネリ化を打開しようと狙ってのことか、ホーソーン医師の身辺の状況が一変する出来事が起こっている。ストーリー的にも後を引かせるような内容で終り、以下は第4集への持越しとなっているようだ。
また、おまけのショートストーリーながら「ナイルの猫」はなかなか読ませてくれる作品となっている。本格的な“ホワイ・ダニット”の傑作である。
不可能犯罪で読者を楽しませてくれる短編集。その内容においてもストーリーにおいても、まだまだ続刊に期待させる力がある。
<内容>
「黒いロードスターの謎」
「二つの母斑の謎」
「重体患者の謎」
「要塞と化した農家の謎」
「呪われたティビーの謎」
「青い自転車の謎」
「グレンジ・ホールの謎」
「消えたセールスマンの謎」
「革服の男の謎」
「幻の談話室の謎」
「毒入りプールの謎」
*
「フロンティア・ストリート」
<感想>
今回の作品の中で一番良かったと思ったのは「革服の男の謎」。この作品は、昔、都市伝説のように語られた革服を着て旅する男が再び現われたと町で噂になる。サムが確かめてみたところその男性は普通の旅する男性であり、一緒に歩いた後に共に宿泊所に泊まる。次の日起きてみると、その男は消えうせており、そして宿のひとや昨日であった者たちは口をそろえるように、そんな男は見ていないというのである・・・・・・
という内容であり、この不可解な事件が段階的に徐々に解かれてゆき、最後の最後で物語の最初の事件へ到達するという、なかなか面白い構成がなされた作品となっている。
このシリーズの代名詞といえば“不可能犯罪”であるが、毒殺トリックが用いられサムが嫌疑をかけられることとなる「重体患者の謎」や閉ざされた部屋の中で黒人ミュージシャンが毒殺される「グレンジ・ホールの謎」などが書かれている。また、昔起きた事件の謎をサムが解く「呪われたティビーの謎」も実に面白い。特にこの作品は実際にあったのではないかと思われるような事件が描かれている。
また、今回は“不可能犯罪”よりも“消失劇”を描いた作品を多くみることができる。自転車だけを残して皆の前からいなくなる失踪事件、家のポーチから突然消え去るセールスマンの事件、消失ではなくプールから突如現われる男の事件と色々な様相を見ることができる。さらには部屋までもが消えたり現われたりする事件までが描かれている。
また、異色作としては「要塞と化した農家の謎」があげられる。この作品は、犯罪方法も不思議なものであるのだが、それよりも動機の異様さがきわだったものとなっている。ここで起きる事件が“不可能犯罪”であるからこそ、ひとりの人物が容疑者として挙げられることになるということを狙った犯人の作為が何とも不気味に感じられるのである。
また今作の最初では新たな看護婦メリー・ベストが登場したり、最後にはボーナストラックとして西部探偵スノウが活躍する西部劇風推理小説が掲載されている。今回もあらゆる意味でもりだくさんの内容といえよう。
<内容>
「消えたロードハウスの謎」
「田舎道に立つ郵便受けの謎」
「混み合った墓地の謎」
「巨大ミミズクの謎」
「奇蹟を起こす水瓶の謎」
「幽霊が出るテラスの謎」
「知られざる扉の謎」
「有蓋橋の第二の謎」
「案山子会議の謎」
「動物病院の謎」
「園芸道具置場の謎」
「黄色い壁紙の謎」
*
「レオポルド警部の密室」
<感想>
ここまで続くとマンネリ化は否めないものの、そんなことよりもむしろ、よくここまで続けていると褒めたくなるシリーズ作品集。相も変わらずホーソーン医師は殺人事件ばかり起こる町で副業である探偵の仕事にいそしんでいる。
実際のところ作品を見渡すと、与えられた謎に関しては魅力的なものは多々あるものの、解決に至るまできちんとできていると感じたものはほとんどない。むしろ、ノン・シリーズ作品として一編付け加えられている「レオポルド警部の密室」のほうがインパクトは強かったくらい。
そういったなかで、シンプルでよい作品と思えたのは「知られざる扉の謎」。トリックはともかくとして物語はきれいにできていたと感じられた。また、スリラー色の濃い「黄色い壁紙の謎」もひねりが利いていてよい作品であった。
ただし、本書はミステリ作品集としてみるだけでなく、長らく続いているシリーズ作品集としての歴史を垣間見ることができるようになっている。特に最初の作品である「消えたロードハウスの謎」など戦時色の濃い作品となっている。他にも戦争を感じさせる作品が多々あることが今回の作品集の特徴ともいえるかもしれない。
またシリーズとしては第一作に登場した事件現場“有蓋橋”が再登場し、新たな事件の現場となるのも見所である。さらにはホーソーン医師の新たなロマンスを感じさせる「動物病院の謎」も見逃せないものとなっている。
これはもはや、単なる本格ミステリ短編集としてだけではなく、サム・ホーソーンの歴史を追うという目的も含めて読み続けなければならない一冊であろう。
<内容>
「いちばん危険な人物」
「まだらの紐の復活」
「サーカス美女ヴィットーリアの事件」
「マナー・ハウス事件」
「クリスマスの依頼人」
「アドルトンの悲劇」
「ドミノ・クラブ殺人事件」
「砂の上の暗号事件」
「クリスマスの陰謀」
「匿名作家の事件」
「モントリオールの醜聞」
「瀕死の客船」
<感想>
ホームズ・ファンであるホック氏によるシャーロック・ホームズのパスティーシュ。ただ、著者自身が表明している通り、ホームズのファンであってもシャーロキアンというわけではない、ということもあり、ガチガチのパスティーシュ作品にはなっていない。
たぶんホック氏は、ホームズのファンゆえにサム・ホーソン医師などを自ら書き記していったのであろう。それゆえに、そのホック氏がシャーロック・ホームズ作品を書けば、なんとなくサム・ホーソン調と感じてしまうのである。
また、それぞれの作品が短く、事が起きたと思ったとたんに事件が解決してしまうので、全体的に未消化気味。さらには、ホームズが実際に引き受けなさそうな事件を扱ったり、なんとなく時代設定が異なるように感じたりと、厳密なホームズ作品には程遠いものと感じられてしまう。
力の入っていた作品と言うと、「まだらの紐の復活」と「瀕死の客船」あたりか。個人的にはラストでタイトルの意味が反転する「いちばん危険な人物」が印象的であった。
<内容>
「死者の村」
「地獄の代理人」
「魔術師の日」
「霧の中の埋葬」
「狼男を撃った男」
「悪魔撲滅教団」
「妖精コリヤダ」
「傷痕同盟」
「奇蹟の教祖」
「キルトを縫わないキルター」
<感想>
個々に雑誌などに掲載された事はあるようだが、日本で一冊の本として紹介されるのは初めてのよう。エドワード・D・ホックのデビュー作でもある「死者の村」も掲載されているオカルト探偵サイモン・アークが活躍するシリーズ作品。
最初から順に読んでいくと、やけに作品間の経過する時間が早いなと思われたのだが、これは今まで50数編発表されたシリーズ作品を年代別に編纂したのが本書とのこと。個人的には、決定版であればこのような編纂の仕方でもよいと思うが、今後多くのシリーズ作品を紹介するのであれば、年代順にそのまま掲載してもよかったのではないかと思われる。
このシリーズはオカルト探偵サイモン・アークが登場し、語り手の新聞記者と共にさまざまな謎に挑戦していくというもの。最初の「死者の村」を読んだ限りではミステリというよりはオカルト色が強い作品と感じられた。
地方の小さな村で73人もの村人が集団自殺したという事件を扱うものであるのだが、ミステリとしてのスポットはどうやって73人もの村人を自殺に追い込んだのか? というものではなく、犯人の正体のみを追求していくというものであった。よって、最初の作品としては、ミステリとしてはやや肩透かしをくった感がある。
その後の作品もオカルト色の要素のほうが強い作品が多いのかと思えば、途中からはミステリ色のほうが強い作品へと移行して行くことになる。
魔術師のトリックと飛行機の残骸の謎を解き明かし、霧の中での見えない殺人鬼の謎を解き明かし、狼男を撃ったという事件の真相を暴き、すりかえられた封筒爆弾の謎を解き明かし、謎の妖精コリヤダの正体を暴き、美術館の絵画が切り裂かれる謎に挑み、車が消失する謎を暴き、死神の正体を暴き、等々さまざまな事件を解決してゆく。
サイモン・アークという謎めいた存在は個性的であるが、後半に行くにしたがって、普通のミステリ作品と展開としてはあまり変わりがないと思われた。とはいえ、推理小説としては普通に面白いので、十分楽しめる本格ミステリ短編集といえよう。
<内容>
「幽霊が出る病院の謎」
「旅人の話の謎」
「巨大ノスリの謎」
「中断された降霊会の謎」
「対立候補が持つ丸太小屋の謎」
「黒修道院の謎」
「秘密の通路の謎」
「悪魔の果樹園の謎」
「羊飼いの指輪の謎」
「自殺者が好む別荘の謎」
「夏の雪だるまの謎」
「秘密の患者の謎」
<感想>
残念なことにホック氏の死によって、これがサム・ホーソーン・シリーズの最終巻となってしまった。この巻の年代は第二次世界大戦中であり、ホーソーン医師の年齢は50歳くらい。これら物語を思い出しながら語っているホーソーン医師は80歳くらいなので、実際にはもうちょっと続いてもおかしくなかったはずなのでこれで終わってしまうのは、誠に残念なかぎりである。
このシリーズにおける不可能犯罪については、もはやマンネリなどと言わずに、ここまで続けられていることを素直に楽しむべき作品と言ってもよいであろう。ひとつひとつの短編の内容どうこうよりも、シリーズを通じてホーソーン医師の周囲の状況が色々と変わって来る様子などを楽しんで読むことができる。
その一つとして、長年共に事件の解決に挑んできたレンズ保安官が中心となる物語である「対立候補が持つ丸太小屋の謎」。これは長年続けている保安官の選挙が行われることとなるのだが、50過ぎても再選を目指すレンズ保安官に対して、若い対抗者が登場し、レンズ保安官の再選が危うくなるという話。読んでいる側としては、そろそろ保安官も代わってよさそうな気もするのだが、当のレンズ氏は全くそんな気はないらしい。
また、ホーソーン医師は今作でようやく結婚し、見を固めることとなる。とはいえ、医師として活動を行い、数々の事件にぶちあたりと、やっていることは変わらないので、あまり見を固めたようには感じられない。そういえば、この作品を読み始めた時にはホーソーン医師は看護婦と結婚するのかなと思っていたのだが、全く別の人と結婚してしまったというのもシリーズを通して読んできた者としては感慨深いことである。
そんなこんなで特に目新しいトリックはなかったような気はするが、それでも12作分の不可能犯罪がそれぞれ行われ、ホーソーン医師が謎を解くというスタンスのガチガチの本格ミステリ短編集であることは間違いない。このシリーズはホームズ作品とまでもいかないまでも、味のある不可能犯罪短編集ということで長きにわたって残り、今後も数々の人に読まれることとなるだろう。
<内容>
「過去のない男」
「真鍮の街」
「宇宙からの復讐者」
「マラバールの禿鷲」
「百羽の鳥を飼う家」
「吸血鬼に向かない血」
「墓場荒らしの悪鬼」
「死を招く喇叭」
<感想>
前作品集の後半からすでに感じていたことなのだが、単なる普通のミステリ作品集になってしまっているような。このシリーズの特徴は何と言ってもオカルト探偵サイモン・アークが登場するということ。怪奇性を感じる事件を怪奇的な現象に沿って謎を解いていくという展開でありながらも、常にオカルト性を失わないということこそが必要なシリーズであると思われる。それが今回掲載されている作品はすべて、導入こそオカルト的であるものの、解決してみれば普通の事件といったものばかり。
特に典型的なのが、「墓場荒らしの悪鬼」。自分の息子が墓場荒らしをしているようなので真相を調べてほしいとサイモンらが頼まれるという事件。奇怪な行為も事件としてひも解いてみれば、なんともまっとうなミステリとして帰結する。ミステリ的には悪くはないのだが、これをサンモン・アークが解決してもなと、思わずにはいられない。
今作の中ではページ数が長い「真鍮の街」が読み応えがあった。語り手の友人が奇妙な事件に巻き込まれているように感じるという漠然とした思いが、ついには殺人事件へと発展する。オカルトというよりも、心理的なサスペンス小説というような内容。
この「真鍮の街」も含めてだが、今回の作品集では“HOW”よりも“WHO”に力が入っているように感じられ、どの作品でも意外な犯人を垣間見ることができる。
ただ、「宇宙からの復讐者」とまでいってしまうと、少々行き過ぎのような気が。宇宙にまで羽を伸ばすとオカルトから外れてしまっているように思えるのだが・・・・・・
<内容>
「焼け死んだ魔女」
「罪人に突き刺さった剣」
「過去から飛んできたナイフ」
「海の美人妖術師」
「ツェルファル城から消えた囚人」
「黄泉の国への早道」
「ヴァレンタインの娘たち」
「魂の取り立て人」
<感想>
サイモン・アークの作品集であるが、今作ではオカルトという感触よりも、普通に不可能犯罪を描いた探偵小説という趣の方が強かったように思える。基本的にどの事件も一般的な解釈で片がつくという内容。ここはもうすこしオカルト色を強めてもよかったような気がする・・・・・・と思っていたら作品集の2巻目でも同じ事を自分で書いていた。結局はエドワード・D・ホックという著者は推理小説作家であるということか。
「罪人に突き刺さった剣」が異様な状況であり、雰囲気も出ていたかなと。異教と不可能犯罪がうまく組み合わせられている。この作品が今回の短編集のなかではベストと思えた。
他にも面白い作品は多々あり、不可能犯罪の提示は非常にそそられる。
225年前に投げられた直後消え失せたナイフが現れたことによる殺人、城から突然消え失せた囚人、衆人環視のなかで起こる殺人、姿なき足音が巻き起こす事件、等々。
ただ、これらの解決に関してはいま一つかなと。謎の提示はいいのだが、解決するとやや肩透かし気味というか。
といいつつも、これだけの不可能犯罪事件と謎ときを見せてもらえれば、十分に満足である。シリーズとしても未訳作品はまだあるので、引き続き作品集が出るとのこと。次の作品集が出れば当然、また読むこととなるであろう。
<内容>
「悪魔の蹄跡」
「黄泉の国の判事たち」
「悪魔がやって来る時間」
「ドラゴンに殺された女」
「切り裂きジャックの秘宝」
「一角獣の娘」
「ロビン・フッドの幽霊」
「死なないボクサー」
<感想>
まだまだ続くサイモン・アークの冒険。次巻がでる目途もたったようで、年末恒例行事はまだ続きそうである。
今作でもさまざまな不可能犯罪を見せてくれる。「悪魔の蹄跡」や「ドラゴンに殺された女」などは、タイトルにて内容を予想できるように、本格ミステリらしい作品。その他も、印象としては地味目のものが多いながらもきっちりとした推理小説を展開させてくれている。
「一角獣の娘」などは、ミステリというよりもファンタジーめいているようか感じがして面白かった。“コミュニティ”というか“ヒッピー”というか、そういったものを取り上げた時代性を感じさせる内容。
今作で一番面白かったのは「黄泉の国の判事たち」。サイモン・アークが悪魔とみなす、謎の判事の真相に迫っていく様子が、シリーズらしさを強調している。父親と娘の車が激突して死亡するという不可解な事件についても印象深い。
<内容>
「闇の塔からの叫び」
「呪われた裸女」
「炙り殺された男の復讐」
「シェイクスピアの直筆原稿」
「海から戻ってきたミイラ」
「パーク・アヴェニューに住む魔女」
「砂漠で洪水を待つ箱船」
「怖がらせの鈴」
<感想>
サイモン・アーク・シリーズ、5作目にして最終巻。実は、まだまだ短編の数は存在するようなのだが、著者が亡くなったこともあり、それらひとつひとつの行方を捜すのが困難なため、これ以上作品集を作るのを断念するとのこと。個人的に思ったのは、最初は第1作が傑作集で、あとは残ったものというイメージだったのだが、徐々に隠れた良い作品が出てき始めたように思われ、ここで終わってしまうのは残念ということ。多作の作家ゆえの悩みといったところか。
今作では「闇の塔からの叫び」と「炙り殺された男の復讐」の2作の中編が含まれている。ただ、この2作は普通であり、読み応えは少なかったかなと。むしろ他の短編のほうが着目すべきところが多々あったように感じられた。
設定が面白かったのが「呪われた裸女」。この作品だけ、何故かサイモン・アークが私立探偵となり、いつもの語り手が出版社を辞めてアークの助手となっている。たまたま、編集者の要求に応えた作品になったというだけで、他ではこのような設定では書いていないようである。
ミステリとしてうまいなと思えたのが「海から戻ってきたミイラ」。死体がミイラのような形状にされた理由を問うもの。通常であれば、普通に思いつくようなトリックなのだが、オカルト探偵の物語ゆえに惑わされてしまう。
「パーク・アヴェニューに住む魔女」は、トリックはさほどでもないものの、回転ドアのなかでの死などはホックらしい不可能犯罪といえよう。
また、大がかりな箱船を作るというまるでノアを思わせるような「砂漠で洪水を待つ箱船」も秀逸。思いもよらないトリックが用いられている作品。
「怖がらせの鈴」は、トリックよりもミステリとしての話がうまくできている。動機や犯行手順などについて、真相が明かされるとしっくりとくる作品。