<内容>
コンチネンタル探偵社の調査員(オプ)は、新聞社の社長による依頼によりパースンヴィルという鉱山町にやってきた。しかし、依頼人はオプが待っている間に何者かに殺害されてしまう。オプはその犯人を捜そうと思った矢先、依頼人であった男の父親であり、町の権力者であるエリヒュー・ウィルスンから町に巣くうならず者たちを追い出してくれと依頼を受ける。オプは、さまざまな策略を張り巡らせ、パースンヴィルの町を抗争状態に追い込もう画策する。
<感想>
ハメットの処女長編となる作品であるのだが、一作目にして異色作。ハードボイルドというより、時代が異なればスパイ小説のように捉えられたのではなかろうか。謀略小説という味わいのある、ひとつの町の抗争を描いた作品。
殺人事件なども起こるものの、そのへんはオプの手によって、意外とあっさり解決してしまう。彼の仕事は事件を解決することではなく、町を混乱状態に追い込むこと。そのため、ひたすらオプは権力者たちに策略を仕掛けてゆく。その策略についてだが、大がかりな罠を仕掛けるというよりは、行き当たりばったりで、その場しのぎに対応していく。時にはオプ自身も狙われることとなるのだが、彼に対する策略と銃撃をうまくかいくぐり、情報を集め、状況を整理しつつ、人々に疑念を植え付けてゆく。
この作品、映画化されそうな内容でありつつも、未だ成されていないとのこと。昔ならともかく、今現在では道徳的にも難しいかもしれない。それでも、映画化されれば面白いのではないかと感じるほどに魅力的な作品ではある。権力と欲にまみれた町のなかでの、暴力と謀略を描き切った作品。唯一無二のハードボイルドといってもよいのではないだろうか。
<内容>
コンチネンタル探偵社の調査員である私は、科学者のエドガー・レゲット邸で起きたダイヤモンド盗難事件を調査することとなった。レゲット邸には、エドガーの妻アリスと娘のゲイブリルが住んでいた。そうして、このゲイブリルを中心とし、数々の事件が起こることに。アリスの旧姓はデインと言い、このデイン家には呪いがかかっているということをアリスは信じ、その呪いを娘も受け継いでいると。私は次々と起こる怪事件の真相を探ろうとするのであるが・・・・・・
<感想>
思っていたよりも面白かった・・・・・・というよりも、今まで読んだ事のあるハメットの作品と比べると多少異色なところもある作品だと感じられた。思いのほか濃厚なミステリ作品として完成されているところにも驚かされる。
物語は1部から3部にわかれている。基本的にはゲイブリルという娘を中心として、数々の怪事件が起こるというもの。
第1部では、ダイヤモンドの盗難事件から殺人事件へと発展してゆく。第2部ではゲイブリルがかくまわれる宗教団体を舞台として事件が起こる。第3部ではゲイブリルが失踪し、後には死体が残されており、加害者であることを疑わせるかのような内容。
第1部・第2部それぞれ一応の完結を見せるものの、ただ一人主人公である“私”だけは納得しない。彼はこれらの犯罪全てが一つに結びつくもののはずだと考え、単独で捜査を続け、真相へと迫って行く。
ラストで明らかになる真相もさることながら、今作で異色と感じられたのは主人公コンチネンンタル・オプの人間味について。作中ではオプが事件の中心となるゲイブリルの身の上を心配し、後半では彼女の社会への更生についてまで面倒を見始めるのである。このような展開は予想していなかったので、オプの行為に驚かされることとなり、ハメットの作風を見直すこととなった。
また、最初にこのゲイブリルが登場したときには、どことなくチャンドラーの「大いなる眠り」を思い浮かべた。作品としては当然ながらこの「デイン家の呪い」が先となるので、チャンドラーのほうがハメットに影響された部分なのかなと、つい想像してしまった。
ハメットなど昔の作品だとか、昔読んだけどあまり面白く感じなかったなどと思った人がいたら、ぜひとも新訳である本書をお薦めしたい。私自身も久々にハメットの作品に触れてみることにより、ずいぶん昔とは異なる感慨を抱くこととなった。さすがにハードボイルドの祖といわれるだけあって、読むたびにその重みが増してきそうな内容の濃い作品であった。
<内容>
スペード&アーチャー探偵事務所に、ブリジッドという女が妹の行方を捜してほしいと依頼を申し出てきた。彼女が言うには、妹はサーズビーという男に騙され、このサンフランシスコに連れられてきていると。翌日、サム・スペードは警察から相棒のアーチャーが銃で撃たれ死亡しているという報告を受ける。アーチャーはサーズビーという男を尾行しに行ったはずであったのだが、当のサーズビーまでもが何者かに殺害されるという事態に。スペードは黄金の鷹を巡る陰謀に巻き込まれていくこととなり・・・・・・
<感想>
大昔に一度読んだきりで、内容を全く覚えていなかったのでここで改めてハードボイルドの名作とも言われる「マルタの鷹」を手に取ってみた。今回読んだことにより、おぼろげながらも、この作品が何故不朽の名作といわれるようになったのかがわかった気がする。
プロットはやや複雑ながらも、登場人物の数が抑えられているので無駄にごちゃごちゃせず、話の展開はうまく進められている。ただ“黄金の鷹”のくだりが出てくるまでが、あいまいな表現というか、きちんとした目的がなかなか語られず、ややじれったくも感じられた。
この作品の見せ場はクライマックスにあると言ってよいであろう。ラストにおける鷹を巡るサム・スペードの駆け引き。さらには、サム・スペードの探偵としての矜持を貫く場面。この2つが本書を不朽の名作という地位にまで押し上げたのではないだろうか。
特にスペードの探偵としての矜持であるが、この主人公は基本的には悪漢とも表現できる悪徳探偵である。では最終的に悪辣な行動に出るかというと、そういうわけではなく、あくまでもロサンジェルスに生きる探偵としての行動を貫くのである。人としてというわけでもなく、または欲望に正直にというものでもなく、あくまでも“探偵として”の行動なのである。その生き様に興味を惹かれたという人が本書のファンになっていったのではないだろうか。
よって、本書は作品の内容のみならず、サム・スペードという探偵を造形したという点も大きな意味を持っていると言えるであろう。それなのに、この探偵がこの作品一冊のみの登場で終わっているというのは、惜しいとしか言いようがない。
<内容>
賭博師ボーモントは市政を陰で牛耳る実業家ポール・マドヴィッグの友人であり、参謀的な存在。ポールはラルフ・ヘンリーという上院議員を応援しており、近々選挙が近いのでその対応に追われていた。そんなとき、上院議員の息子が殺害されるという事件が起こる。犯人が誰かはわからないのだが、巷ではポール・マドヴィッグがやったのではないかという噂が広がり始める。そうした噂をボーモントは打ち消そうと奔走し、なんとか次の選挙で上院議員が再選できるよう策を練るのであったが・・・・・・
<感想>
ハメットというと「マルタの鷹」と「血の収穫」が有名であり、それだけが面白い作品なのかと思っていただが、最近読んだ「デイン家の呪い」やこの「ガラスの鍵」と実際に読んでみると、作品のどれもが面白いということがわかった。これはハメットの作品は一冊も読み逃すべきではないなと感じ、「デイン家の呪い」と「ガラスの鍵」が新訳で復刊してくれたことに心から感謝したい。さらに言えば、あと一冊残っている「影なき男」もなんとかしてくれればなと思わずにはいられない。
この「ガラスの鍵」という作品であるが、内容が単にハードボイルド作品というだけでなく、上院議員を再選させるために暗躍する男の姿を描いた謀略小説でもある。主人公で賭博師であるボーモントが友人のポールのために、ひたすらポールにとって悪いうわさが流れることを阻止し、なんとか場を収めようと画策してゆく。選挙小説とまでは言えないものの、こういった内容の作品がハメットの手によって書かれていたということに驚き、かつ、新鮮味を感じる内容でもあった。
ただし、基本的な部分ではミステリとして、そしてハードボイルドたる作風は決して損なわれていない。上院議員の息子が殺害されたという謎が物語の基盤となっており、最初から最後までこの殺人事件の行方を追うというスタンスで描かれている。また、そうしたミステリ的な部分のみならず、男同志の同士の友情と男と女の関係における皮肉というものまでもが描かれており厚みのあるハードボイルド小説として完成されている。
<内容>
○コンチネンタル・オプ登場
「放火罪および・・・・・・」
○連作
「ターク通りの家」
「銀色の目の女」
○中篇連作
血の報酬
第一部 「でぶの大女」
第二部 「小柄な老人」
○異色短篇
「ジェフリー・メインの死」
○オプ・最後の事件」
「死の会社」
<感想>
ハメットが描く代表的な探偵のひとりといってもよい名無しのオプが活躍する「コンチネンタル・オプの事件簿」。この主人公が活躍する作品は多数あるようなのだが、現在日本で入手することができるのはこの短編集くらい。過去には創元推理文庫からも短編集が出ていたようであるが、それでも全てを網羅しているとはいい難い。ハードボイルド史に残る有名作家の作品の割には、短編集に関しては優遇されていないのかな? ハメットの作品集が出れば、ある程度の購入点数は見込めるはず。ただ、今となっては細かく作品を集めるのが難しいのか? それともさほど良い作品ではなかったということなのか。
「放火罪および・・・・・・」は、オプが保険会社の依頼により放火事件を調べるというもの。地道な捜査の結果、意外な事実が浮き彫りとなる。捻りも効いているし、短めの作品としてはよく出来ている。
「ターク通りの家」と「銀色の目の女」は連作となっているが、連作というよりは一人の女を巡る事件というもの。「ターク通りの家」でオプが取り逃した女と、「銀色の目の女」で再び遭遇することになる。最後の幕引きの場面がなんとも言えないものとなっている。
「血の報酬」は、連作というよりもそれで一つの作品というもの。本書のなかでは一番長い物語であり、全体の半分近くを占める作品。オプ対ギャングという内容であるが、その首謀者が個性的で、作品を通してオプとの対決が描かれている。内容はもとより面白いと思ったのが、各ギャングのあだ名。“牡牛”、“頭くだき”、“伊達男”とかはまだわかるのだが、“あれこれキッド”とか“ぶるぶるキッド”とかよくわからない者も多数。しかし、物語の極めつけはタイトルにもなっている“でぶの大女”、“小柄な老人”とオプとの戦い。ガン・アクションも満載の作品。
「ジェフリー・メインの死」は、夫を強盗に殺害され、現金を持ち逃げされたという事件をオプが担当するというもの。被害者の妻や周辺の人々から事情を聴くが、殺害された夫に愛人がいたらしいというところから話がややこしくなる。この作品は“異色短篇”という位置づけになっているのだが、確かにオプの解決の仕方が異色ではある。こうした作品を見ると、あまりオプの性格に確たる設定がなされていなかったのかなと感じられる。
「死の会社」は、誘拐事件を描いたもの。しかし、身代金の受け渡しがきちんとなされないまま誘拐された女は殺害されてしまう。この事件は“死の会社”と名乗るものが請け負ったようであるのだが、オプはその事件にきな臭いものを感じ、真相を見抜く。内容とは関係なく、この作品がオプが登場する最後の作品となったとのこと。
これら作品群を読んでいて興味深かったのが、“私立探偵”という位置づけ。オプが普通に事件現場へと赴き、現場にいる刑事たちと情報を分け合い協力をする。これは、それだけ当時ピンカートン探偵社という組織がしっかりとしており、社会に根付いていたということなのであろう。現実には探偵に私立とか公立などというものはないのだが、この作品においては、“私立”探偵という意味合いにいたく納得できるものがある。