<内容>
「<西洋の星>盗難事件」
「マースドン荘の悲劇」
「安アパート事件」
「狩人荘の怪事件」
「百万ドル債権盗難事件」
「エジプト墳墓の謎」
「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」
「首相誘拐事件」
「ミスタ・ダヴンハイムの失踪」
「イタリア貴族殺害事件」
「謎の遺言書」
「ヴェールをかけた女」
「消えた廃坑」
「チョコレートの箱」
<感想>
最近、シャーロック・ホームズの新訳を読み続けたせいか、どうしても本書とそれを比較して読んでしまいがちである。このポアロ・シリーズというのも短編で読むとかなりホームズものを意識、もしくは踏襲しているのではないかと思える構成であることがわかる。ポアロとヘイスティングが窓際で並び立ちながら、依頼者が彼らのもとへと駆け込んでくる様を眺めているところなどは特にそう感じさせられる。
ただし、ポアロの口から言わせると、そんな細かい捜査を行いながら、あれこれと証拠を見つけようとする探偵たちと一緒にしてほしくはないとのこと。というわけで、あくまでもアンチ・ホームズのスタンスに立たせたいようなのであるが、結構ポアロ自身もまめで、実際にはヘイスティングの見ていないところであれやこれやと立ち回りながら事件を解決しているように見受けられる。
たまにポアロらしい、直感のみで事件を解決させるときもあるのだが、そういう作品に関しては推理が飛躍しすぎていて解決にあまり納得がいかなかったりしてしまう。
今作の短編集を読んでみた限りではあまり印象に残るという作品が見受けられなかった。どうもポアロが短編のなかで捜査を行う犯罪というのは、サスペンス風かスパイ風の内容のものばかりという印象が強かった。よって、ポアロの灰色の脳細胞により事件が解決されるも、“ふに落ちた”というものは感じられなかった。この作品集だけ読んだ感想としてはクリスティーはどちらかといえば長編向きの作家なのかなということ。
<内容>
「アパートの妖精」
「お茶をどうぞ」
「桃色真珠紛失事件」
「怪しい来訪者」
「キングを出し抜く」
「婦人失踪事件」
「目隠しごっこ」
「霧の中の男」
「パリパリ屋」
「サニングデールの謎」
「死のひそむ家」
「鉄壁のアリバイ」
「牧師の娘」
「大使の靴」
「16号だった男」
<感想>
「秘密機関」で活躍した若夫婦トミー&タペンスが活躍するシリーズ第2弾にして、シリーズ唯一の短編集。
これを読むと、なんとなく“日常の謎”風のミステリというものを思い浮かべる。実際には日常の謎を扱ったものもあるものの、全体的にはスパイ関連の騒動から殺人事件までと殺伐なものを扱っている。ただし、たとえ殺伐な事件を扱ったとしても主人公夫婦が基本的に能天気な様相を見せているので、悲壮感が漂うようなことは一切ない。そうした雰囲気が“日常の謎”系のミステリを印象付けるのである。
個人的には他愛もない事件を扱った「お茶をどうぞ」や「婦人失踪事件」などが面白かった。どれも真相が明かされてみれば脱力系の事件なのだが、こういったものこそが本書の内容にあっていると言えよう。
また、本書は単に能天気な内容というわけではなく、数々のミステリ作品を意識した作品集とも捉えられる。主人公らが、有名探偵の真似をして事件に臨んだり、有名作品のキーワードまでが出てきていたりする。中には、クリスティー自身の作品のキーワードをいくつか交えた作品もあり、そうしたものを見つけていくのも楽しみの一つとなる。また、「霧の中の男」はブラウン神父を意識した作品であるのだが、トミーがブラウン神父の格好の真似をするだけでなく、内容までがとある作品を意識したものであることに驚かされる。これを見ると、他にもさまざまなミステリ作品の要素が隠されているのかもしれないと・・・・・・
<内容>
「クィン氏登場」
「窓ガラスに映る影」
「<鈴と道化服>亭奇聞」
「空のしるし」
「クルピエの真情」
「海から来た男」
「闇の声」
「ヘレンの顔」
「死んだ道化役者」
「翼の折れた鳥」
「世界の果て」
「道化師の小径」
<感想>
読んでいる冊数は少ないものの、クリスティーの短編作品に関してはあまりよいイメージを持っていなかった。しかし、この「謎のクィン氏」を読むと、決してそんなことはないと認識を改めさせられた。これがまた、濃いミステリ短編小説集に仕上げられている。
神出鬼没の謎のクィン氏が登場する作品なのだが、実は彼は探偵役ではない。一連の作品に登場する一見ワトソン的な役割を担ったような男、好奇心旺盛で人間観察大好きの老人(60歳over)、サタースウェイト氏が探偵役となるのである。サタースウェイト氏が持ち前の好奇心により、さまざまな事件に遭遇すると、そこにクィン氏が現れ、「時間が経てば経つほど物事を客観的にとらえることができる」とほのめかす。そしてクィン氏によるヒントを元にサタースウェイト氏が謎を解き明かす(最初の方はクィン氏自ら解き明かしていたようなきもするのだが)という趣向。
このようにして、サタースウェイト氏とクィン氏のコンビが過去に起こった事件を掘り下げたり、現在に起きた事件を解き明かす。「クィン氏登場」では、謎の自殺事件とその動機について、「窓ガラスに映る影」ではガラスに映る幽霊と銃殺事件の謎について、「<鈴と道化服>亭奇聞」では謎の失踪事件に迫り、「空のしるし」では男の無実をはらすためにサタースウェイト氏がカナダへ飛びと、さまざまな事件に関わっていく。
ただ、惜しく思えるのは後半へ行くにしたがって、ネタが尽きてきたのか、だんだんと幻想物語風な内容になってしまっていること。できることなら前半のミステリ色が濃い作風のままで全編通してもらいたかった。とはいえ、非常に印象に残る作品集であったことは確か。クリスティーの作品は決してポワロとマープルだけではないと認識させられた一冊。
<内容>
モリーとジャイルズの若夫婦は民宿を開くことになり、今日がその初日となる。本日おとずれる予定の人物はレン氏、ボイル夫人、メトカーフ少佐、ミス・ケースウェルの四人。さらには大雪により逃れてきたバラビチーニ氏と、この山荘に緊急に用事があるということでスキーでやってきたトロッター刑事。刑事が言うには、殺人犯がこの山荘の中にいて、誰かを狙っている恐れがあると・・・・・・
<感想>
クリスティーの戯曲集のひとつ。私は知らなかったが、劇としてはそれなりに有名な作品であるらしい。
読んでいるうちに、内容が“雪山の山荘”ものであることに驚かされる。本来ならばそこで本格ミステリ的な話が展開されてもいいはずなのだが、劇ということでそれほど長い話を展開できるはずもなく、サプライズ・ミステリとして話が進んでゆく。
特に伏線とか、そういったものもなく、ただ単に登場人物らの誰かが驚くべき過去を持っているというだけで終わってしまうものの、“ミステリ劇”としてであれば、それなりに楽しめそうな内容である。また、このクリスティーの戯曲集であるがページ数が短く、手軽に読むにはもってこいなので、さらっと小説を読みたいという人にはもってこいの作品といえそうだ。
<内容>
老女殺人の罪でレナード・ボウルが起訴された。レナードに関しては心証は悪くないものの、状況証拠のほとんどは彼に対して不利なものばかりであった。そして、レナードの妻である外国人のローマイン、彼女の言動が奇妙な点も弁護側にとっては頭の痛いところであった。しかも裁判中、ローマインから驚くべき証言がなされることに・・・・・・
<感想>
クリスティー作品の映画版のいくつかをテレビで見たことがあるのだが、そのなかでも強烈な印象を残したのがこの作品。本書は戯曲集ということになっているが、映像で見た緊迫感をそのまま伝えるような出来栄えとなっている。
心象的には犯罪を行ってなさそうなレナードと、何故かそのレナードによそよそしい外国人妻ローマイン。このふたりのギクシャクした関係に疑問や疑惑を抱きつつ、裁判は不可解な状況のまま淡々と進められてゆく。
行われる裁判の展開も逆転また逆転というように、被告人に対する立場がころころと変わってゆくこととなる。そして最後の最後にはこれらの不可解な裁判の状況がとあるひとりの人物の思惑によって全て進められていたということがわかる。
とにかく短いページのなかで被告に対する状況が次々と変わっていく展開は圧巻といえよう。これは本当によく出来た作品(クリスティーの三大戯曲のひとつとも言われているらしい)。この作品をまだ読んだ事のない人は、先に映像で見てみるというのもよいかもしれない。とにかく、何らかの手段で一度は関わってもらいたい作品である。
<内容>
外務省の役人であるブラウンの後妻クラリサ。彼女は前妻の子とも馴染み、ブラウン家で幸福に暮らしていた。そんなある日、ブラウンの前妻と結婚した男が急に現れる。しかも、いったん家を出たかと思いきや、今度は死体となって発見されることに! クラリサは皆の手を借りて、あわてて死体を隠そうとするのであったが・・・・・・
<感想>
クリスティーの戯曲作品のひとつ。私はよく知らなかったのだが、戯曲としてはそれなりに有名な作品らしい。
家に死体が現れたり、消えたりという内容なのだが、コメディ調で描かれた作品となっていて、そのドタバタ劇を楽しむことができる。しかも真相が明らかになれば、実は単純な事件ではなく、さまざまな伏線が張り巡らされた用意周到な事件であったと感嘆させられる。
短いページ数でスピーディーに語られた事件となっているので、戯曲ゆえに読みやすいという作品。クリスティーの作品は、実際にはこのくらいの分量とスピード感がちょうどいいのではと思わされてしまう内容。
<内容>
車で道に迷ったスタークウェッダーはウェリック家にたどり着く。そこで見たものは、当主であるリチャードの死体と、そのそばに立ちすくむ妻のローラの姿。ローラが言うには、彼女がリチャードを撃ち殺したのだと。警察を呼ぼうとするローラに対し、何故かスタークウェッダーは彼女をかばおうとするのであったが・・・・・・
<感想>
戯曲として、うまくできていると思われる。まさに劇的、見事な結末と言えよう。
被害者と加害者がいる現場に招かれざる客がやってくる。しかし、その客までもがどこかうさんくさい。招かれざる客の手によって、被害者を殺害した者が誰か分からなくなり、あいまいな状況にされてしまう。すると、屋敷に住む誰もが怪しい人物ばかりであり、実際に誰が罪を犯したのか? 全くわからなくなってしまうこととなる。
最後の最後まで犯人がわからぬ、どんでん返しぶりが見事な作品。細かい整合性云々よりも、素直にサスペンス性を楽しむことができる作品。
<内容>
「海浜の午後」
夏の午後、海岸で休暇を過ごす人々たち。そんな彼らの元に近隣に住む富豪の夫人のエメラルドのネックレスが盗まれたという話が話題にのぼる。そして・・・・・・その犯人がここにいるとのうわさが!?
「患 者」
ベランダから落ちて意識不明のウィングフィールド夫人。クレイ警部は、彼女が何者かによって突き落とされたのではないかと疑いを抱く。そこで彼は容疑者たちに、とある罠をしかけ・・・・・・
「ねずみたち」
何者かに呼び出されたジェニファーとデイヴィッド。彼らは不倫の関係にあり、何者かがそれを暴こうとしているのではと想像を膨らませる。そしていつしか彼らは・・・・・・
<感想>
クリスティーの戯曲集。戯曲ということで短めの作品なのだが、しかもその短めの本のなかに三編の戯曲が収められている。
最初の「海浜の午後」が一番面白かった。コメディタッチの作品で、室内ではなくビーチにて、盗まれた宝石を巡るドタバタ劇が繰り広げられる。オチもよく出来ており、読んでいるだけで劇的な雰囲気が伝わる楽しげな作品。
「患者」はシリアス路線のミステリ。ベランダから落ちて意識不明の夫人。犯人を捕らえるために警察が罠を仕掛けるというもの。結末にて犯人が指摘されたときには、えっ? と思わず疑問符が浮かび上がったが、読み返すことによって全容が理解できた。なかなか面白い趣向の作品。
「ねずみたち」は、サスペンス風であり、ややホラーテイストともとれる内容。結末がはっきりと、どうこうというものではなく、登場人物の疑心暗鬼を誘う物語が繰り広げられる。個人的には、曖昧さ加減が肌に合わなかった。
<内容>
アクナーテンは王である父親の突然の死により、古代エジプト王朝第十八代王のアメンヘテプ四世として即位する。アクナーテンの栄枯盛衰をアガサ・クリスティーが描く戯曲。
<感想>
エジプトの王のひとりでアクナーテンという人物がいたそうであるが、強行に宗教改革を実況しようとしたため反抗にあって王位をはく奪され、歴史からも葬り去られてしまったという謎の人物。その人物についてアガサ・クリスティーがロマンティックに描き出したものが、この作品。
ようは愚帝の一生を描いた話であるのだが、それでは戯曲になりえないので、史実と想像を交えて色鮮やかに描き出したという事。よって、あくまでも歴史絵巻でありミステリとは程遠い内容。詩的な部分と、アクナーテンの世間ずれした考え方が目立つばかりで、あまり面白い読み物という感じではなかった。まぁ、これは本当に“劇”として見たほうが間違いなく栄えるであろう作品。
<内容>
【戯 曲】
「十人の小さなインディアン」
「死との約束」
「ゼロ時間へ」
【短 編】
「ポワロとレガッタの謎」
<感想>
クリスティー作品の戯曲集。クリスティーのミステリ作品は多数あり、そのなかから戯曲となっているものも結構あるようだ。そうしたなかから、ここでは3編が取り上げられている。
これらを読んでみると、戯曲ゆえに、内容についてはミステリ性よりも人間関係による物語性のほうを強く表しているという印象を受けた。特に「十人の小さなインディアン」は、舞台劇ゆえに個人個人のモノローグのようなものを表すことができないためか、それぞれの人間関係を細かく描くことで物語を表している。その人間関係についてだが、それぞれの登場人物がどの人物についても否定的な見方をしていて、全体的に険悪な雰囲気になっているところが興味深い。まぁ、このほうがミステリ劇らしいということなのであろう。
ここに挙げられている3作品であるが、どれも小説は既読。ただ、ここでの作品はその元となる小説とは異なるエンディングを迎えるものもあり、どれも興味深く読むことができる。「死との約束」では、本来ポアロが登場する作品なのだが、ここでは登場していなかったりとそれぞれちょっとした変化を見せている。これらの作品は、むしろ原作を未読の人よりも、既読の人のほうがより楽しめるのではないかと感じられた。
ボーナストラックとして「ポワロとレガッタの謎」が付け加えられている。これは単行本未収録作ということであるが、それが何故かというと、雑誌掲載時には主人公がポワロであったものが、単行本に掲載するときには主人公を変えてパーカー・パインの作品として出版したとのこと。それゆえに、このポアロ版のほうが幻の作品のようになってしまったとか。内容は、宝石泥棒の手口について言及するというもの。