<内容>
「ゆすり屋は撃たない」
「スマートアレック・キル」
「フィンガー・マン」
「キラー・イン・ザ・レイン」
「ネヴァダ・ガス」
「スペインの血」
<感想>
読み始めたときは、チャンドラー作品というよりは、昔の普通っぽいハードボイルド作品だなというくらいにしか感じなかった。銃を持った主人公がギャングや警官らと対峙し、時には気絶させられ、時には銃をぶっ放しということの繰り返し。それでも後半の作品へと行くにしたがって、しだいに作風が落ち着き、ややチャンドラーらしくなってきたかなと思えなくもなかった。
序盤の「ゆすり屋は撃たない」「スマートアレック・キル」「フィンガー・マン」あたりは通俗のハードボイルド小説。タフガイが活躍し、銃をぶっ放して事件を解決してゆく。最初の「ゆすり屋は撃たない」はタイトルからすれば、知略にたけたゆすり屋が銃にたよらず、身一つで事件を解決してゆくのかなと思ったのだがそういう展開ではなかった。ようするに“ゆすり屋ではない”ということが言いたかったのか。
これら作品群を読んでいて感じたのは、ノワール小説に近いということ。ただし、ノワールというほど主人公が己の胸のうちをぶっちゃけるようなことはしないので、現代のノワールとは違うのだが、そのような雰囲気は感じ取れた。
また、チャンドラーの短編作品が通俗のハードボイルドに比べて取っ付きにくいと感じられるのは、どんな内容であれ、とにかくプロットに凝るということがあるからだろう。別にそこまでやらなくてもいいのに、というほど何故か内容を必要以上に複雑化しているようにさえ思われる。
それでも後半の作品では、その内容の複雑さと展開が次第にマッチし始めてくる。
「キラー・イン・ザ・レイン」は長編「大いなる眠り」の元となる作品。主人公はマーロウでこそないものの、後の長編作品への片鱗をうかがうことができる。
「ネヴァダ・ガス」は賭博師を主人公に、毒ガスを使用するギャング一味との対決を描いた内容。「スペインの血」は選挙まであと2月というところで、立候補者のひとりが死に、対抗している陣営に疑いがかけられてゆくというもの。
どちらも凝った内容ながら、前半の作品に比べれば内容がわかりやすく整理されており、読みやすく感じられた。また、それぞれに登場する主人公のキャラクターも栄えていて読み応えのある作品となっている。
最初の作品では、チャンドラーは短編ではいまいちか、と思っていたのだが、読んでいくうちにそうでもないと気づかされる。さらには、チャンドラー作品は短編だからといって、気楽に構えずに、時間のあるときにじっくり読んだほうがよいということも感じ取れた。残りの三作の短編集は時間をかけてじっくりと読むこととしよう。
<内容>
「シラノの拳銃」
「犬が好きだった男」
「ヌーン街で拾ったもの」
「金 魚」
「カーテン」
「トライ・ザ・ガール」
「翡 翠」
<感想>
チャンドラーが長編を書くときには、かつて書いた短編作品のいくつかを使い、ツギハギ作業をしながら完成させるという話をどこかで読んだことがある。それを踏まえてチャンドラーの短編を読むと、内容のみならず、色々と考えさせられることとなる。ちなみに、ここに書かれている短編作品は、全て長編作品が書かれる前にさまざまな雑誌上にて出版されたものである。
ここに掲載されている作品の作風を見ると、昔のハードボイルドらしく実に荒々しい。銃弾が飛び交い、死体の山が築きあげられる。まさに、そんな内容。
これら作品のほとんどに出てくる主人公はカーマディという私立探偵。最初の「シラノの拳銃」では、父がかつて市の有力者であり、それを恥じながらも資産を持ちつつ探偵をしているという設定となっていた。しかし、その後の作品に出て来た時には、そういった設定は関係なく「シラノの拳銃」のカーマディとは、異なる単なる私立探偵カーマディとして登場している。「ヌーン街で拾ったもの」は、別の単独の主人公、「金魚」ではマーロウが登場しているが、最初に雑誌に刊行された時にはカーマディであったとのこと。ようするに、カーマディという探偵こそがフィリップ・マーロウの前身であったということになる。それと「翡翠」で登場する探偵ジョン・ダルマスも他紙で出版することによりカーマディの名前を使えなかったために変更しただけだという。
「シラノの拳銃」は、ボクシングと詐欺師を巡るトラブルにカーマディ自らが関わっていく。
「犬が好きだった男」は、女性の失踪事件を調査していたカーマディが強盗事件と警察の汚職事件に巻き込まれることに。
「ヌーン街で拾ったもの」は、潜入捜査官が俳優の恐喝事件に巻き込まれる。
「金魚」は、マーロウが高価な真珠を取り戻そうとする保険調査員のような役割をする。
「カーテン」は、カーマディが知人の死の謎と一人の男の失踪事件の調査をする。
「トライ・ザ・ガール」では、カーマディが刑務所帰りの大男と遭遇することにより事件に巻き込まれる。
「翡翠」は、探偵ダルマスが翡翠を闇で売買しようとした男の護衛をしたことからトラブルに巻き込まれるという事件。
「カーテン」の出だしが、まるっきり「長いお別れ」と同じようなのでびっくりしたが、最初と最後以外はほとんど異なる物語。中味は「大いなる眠り」に組み込まれた模様。
「トライ・ザ・ガール」は、丸々「さよなら愛しき女よ」に組み込まれている。しかもこれだけではなく、「犬が好きだった男」と「翡翠」も合わせて「さよなら愛しき女よ」に取り込まれていることがわかる。
これらが長編に組み込まれているからといって、決してそれぞれの作品が物足りないということはない。むしろ、チャンドラーの長編作品の数が少なくて満足しきれないという人は、これら短編で十分穴埋めができるのではないだろうか。ただし、直接的な暴力描写や銃撃戦などが多く、長編作品ような深みが薄いという欠点があることは否めない。
<内容>
「赤い風」
「黄色いキング」
「ベイシティ・ブルース」
「レイディ・イン・ザ・レイク」
「真珠は困りもの」
<感想>
作品のどれもが短編と言うよりは中編ばかりで、読み応えあり。ただ、そうはいっても作品として強烈なものはあまりなかったかなという印象でもある。
「赤い風」はマーロウが酒場で、銃殺事件に巻き込まれる。
「黄色いキング」は、ホテルの従業員がミュージシャンの起こす騒動に巻き込まれて解雇され、私立探偵へと変貌してゆく。
「ベイシティ・ブルース」私立探偵ダルマスが、医者の女房が死亡した事件を調べるうち、トラブルに巻き込まれてゆく。
「レイディ・イン・ザ・レイク」ダルマスが失踪した女を探していくうちに次々と死体に出くわす。
「真珠は困りもの」金持ちの遊び人が探偵のまねごとをして、盗まれたネックレスを取り戻そうとする。
最初の「赤い風」のみ、フィリップ・マーロウという名の探偵が出てくるものの、マーロウらしからぬ行動。特に最後の宝石のイミテーションを作らせる行為がよくわからなかった。
「黄色いキング」は、ホテルの用心棒役のものが、ホテルを解雇されて私立探偵になっていくというストーリーが面白い。
「ベイシティ・ブルーズ」が、一番チャンドラーの短編作品らしい内容・展開であった。この作品と「レイディ・イン・ザ・レイク」が合わさって「湖中の女」になったとのこと。
「真珠は困りもの」がチャンドラーの作品の中では異色の内容で楽しめた。二人の男の友情を描いた作品。遊び人っぽい男同士のくずれた友情というものに、なんともいえない哀愁が感じられた。
<内容>
「トラブル・イズ・マイ・ビジネス」
「待っている」
「青銅の扉」
「山には犯罪なし」
「むだのない殺しの美学」
「序 文」
「ビンゴ教授の嗅ぎ薬」
「マーロウ最後の事件」
「イギリスの夏」
「バックファイア」
<感想>
チャンドラーの作品のなかでは変わった部類のものを集めた短編集・・・・・・というように思えたが、このハヤカワ文庫版の短編集は年代順に短編を網羅したものとなっているので、特に意図的に集められたものではないはず。ということは、チャンドラーの作家活動の後期には、ちょっと変わったものを書き始めたというなのであろう。
何が代わっているかと言えば、幻想的・超自然的な色合いが強い作品となっている「青銅の扉」。ミステリ的な事件というよりは、ホラー的な要素が強いかもしれない。ただし、どこかユーモラスのようにも感じられる。また「ビンゴ教授の嗅ぎ薬」も変わった設定。謎のビンゴ教授にもらった嗅ぎ薬を使うと、一時透明人間になってしまうという設定。ただし、終わり方はハードボイルドっぽいところが著者らしいと言えよう。
「むだのない殺しの美学」は、ミステリ・エッセイ。「序文」は中短編集の序文として書かれたものでありつつ、最初に雑誌で紹介されたというもの。
「待っている」は、兄弟の絆を書き表したハードボイルド作品。「イギリスの夏」は、不倫愛を描いている。「バックファイア」は映画の企画用に書き表した作品とのこと。
「山に犯罪なし」は「湖中の女」、「マーロウ最後の事件」は「長いお別れ」にそれぞれ組み込まれた作品。
一番見どころがある作品と言えるのは最初の「トラブル・イズ・マイ・ビジネス」。長編のチャンドラー的ではなく、短編作家としてのチャンドラー的なものが色濃くでている作品。初出時の主人公は別の人物だったらしいが、ここではフィリップ・マーロウの登場となっている。タイトルの通り、ひとつの依頼から、トラブルからトラブルへと渡り歩きながら、若いカップルの結婚と相続に関わる件から派生した事件を解決してゆく。