Bill S. Ballinger  作品別 内容・感想

煙の中の肖像   6点

1950年 出版
2002年06月 小学館 単行本

<内容>
 あの女に逢いたい! 過去の美人コンテストの優勝者クラッシーの写真に一目惚れした未収金取り立て業者のエイプリルは、彼女の人生を過去から現在まで調べあげる。彼の想像とは裏腹に、彼女は金という目的のためには手段を選ばず、次々に男を食ってのしあがる悪女だった。だが彼は彼女の魅力に逆らえず、ついに彼女の現在の消息を知ることに成功するが・・・・・・

<感想>
 余計な説明や余分な描写のない、実にスマートでスピーディーなミステリーに仕上がっている。表と裏から語られる謎の美女クラッシーの軌跡。数ある悪女が登場する書のなかで本書によってトップの一人に君臨するであろうというべきクラッシーの悪辣ぶり。単に内容だけ見ると目新しさというものは感じられないのだが、それがうまく語られて読者を飽きさせないのは作者の力量であろう。そしてラストもありきたりに終わらず、皮肉がきいているかのようなこの作品にふさわしい終わり方をしている。

 不必要に長々と語る小説や余計なことを作中に散りばめつくすような小説が最近はびこるなかで、一陣の風を感じさせるような秀作。


美しき罠   6点

1953年 出版
2006年09月 早川書房 ハヤカワミステリ1791

<内容>
 久々にニューヨークを訪れたジャーナリストのぼくは、以前にインタビューをしたことがあるエメット・ラファティという刑事のもとを訪ねてみることにした。しかし、警察に電話してエメットのことを聞こうとするとなぜかよそよそしい返事が返ってきて・・・・・・。どうやらここ数年の間にエメットはなんらかの事件に巻き込まれたらしい。そこで、ぼくはその事件の関係者に会ってエメット・ラファティに何が起こったのかを調査してみる事に・・・・・・

<感想>
 最近訳されたバリンジャーの本は無機質な内容のものであったという印象が残っているせいか、今回の作品がひとりの男について徹底的に掘り下げられた作品であるという事に驚かされた。

“ひとりの男が堕ちてゆく”とさえ書けば内容のほとんどは全て言い表せるので単純ともいえるのだが、その堕ちていく様をどのように表しているかが本書の見所と言えよう。一気に堕ちていくというわけではなくて、何かが少しずつずれて行き、その“ずれ”があまりにも大きくなったときには男はもはや引き返すことができなくなっている、というように淡々と物語りは綴られてゆく。

 ノワールと一言で言ってしまえばそれだけなのかもしれないが、本書はそう表現するよりも一人の男の人生を書き綴った作品であると、そう表現したい気持ちになる。

 この作品が今になって訳されたというのも“ノワール”や“クライム”というものが根付いている現代の時代背景からすればうなずけることである。ただし、バリンジャーの作品としては本書は異色であるといえるのではないだろうか。


消された時間   6点

1957年 出版
1978年08月 早川書房 ハヤカワミステリ文庫

<内容>
 私は運がよかった。救急車で病院へ運ばれ、一命をとりとめた。ニューヨークの夜の街路に、喉を切られて倒れていたのだという。靴をはいていただけで、あとは裸だった。靴の底には千ドル紙幣が一枚入っていた。しかし私は憶えていない。完全に記憶を失っていたのだ! 私は記憶から消された時間を取り戻そうとする。だが、手がかりは千ドル紙幣一枚だけ・・・・・・

<感想>
 一人の男が喉を切られた瀕死の状態で病院に運び込まれ命を取り留める。しかし、男は記憶喪失になっており、さらには喉を切られたゆえにしゃべることができない。こうして始まった物語と同時に、喉を切られて殺されて警察に捜査される死亡した男の物語が警察の視点により始まる。この二つの物語が平行して語られることになってゆく。

 始まりは、この構成によって驚かされてひきつけられたのだが、その中身はどうも地味すぎた。さらにいえば、エンディングは落ち着くところに落ち着いてしまったなという感じ。物語全体としてはミステリーというより、独特のSFの無機質感が感じられる作品。


歪められた男   6点

1969年 出版
2005年07月 論創社 論創海外ミステリ23

<内容>
 気がついたとき、私は病院にいた。しかも事故による整形手術のため、歪んだ顔の男として生まれ変わって。誰もが私のことをアメリカ空軍少佐のワイアット・ケイツと呼ぶ。しかし、私の本当の名前は違っていたはずだ・・・・・・
 失われた記憶を取り戻すために、男はケイツ少佐として街に出て、この数年間の間に何が起こったのかを調べようとするのであったが・・・・・・

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<感想>
 これまたバリンジャーらしい無機質感が前面に押し出された作品と言えよう。こういった雰囲気の本は好みである。

 過去に読んだスパイ作品というと、話がわかりづらいものが多かった。本書も途中の内容は若干わかりづらかったものの、ある期間の記憶を失った主人公がそれを取り戻そうとしているという目的が明確になっているので、その分話について行き易くはなっていた。主人公の歪められた顔に代表される不気味な雰囲気と、早々と展開していくスピード感はなかなかのもので、スパイスリラーとしてはそこそこ面白い作品であるといえよう。

 ただ、主人公の顔が歪められている事に対する解釈とか、主人公の記憶がなかったときの説明部分とか、書き足りなく感じられたところが多々あったのは残念なところ。全体的に見れば、まぁまぁといった作品かもしれないが、バリンジャーの著書という事で少々ひいきめな感じになってしまうのはいたしかたないところか。

 スパイ・サスペンスが読みたいという人は、手ごろな厚さ(値段は手ごろではないが)だと思うので読んでみてはいかがか。




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