「恋人は魔法使い」 〜DREAMY BABY〜 No.2
−27−
振り向くと、 J がいた★
相変わらず、黒のシルクハットを被って。
タキシードをお洒落に着こなして。
上着のポケットからシルクのハンカチを、ちらっと覗かせていた。
J は、銀のほうきに乗って、するるるるとエイミーの所に降りてきた。
「隣村の結婚式に行って来た帰りで」
そう言って、ベンジャミンさんに礼儀正しく挨拶をした。
そして、エイミーの頭をこつんと肘でつついた。
「こら、エイミー。脳天気にご飯食べてる場合じゃねえぞ!」
「 J 、ちゃんとやってるよぉ」
「それだったら別にいいけど」
J は、周りをぐるっと見渡して羊の数を数え始めた。
「全部で何匹いたんだ?エイミー」
「30匹だよ、J 」
「29匹しかいねえぞ」
えっ?! 大急ぎで自分の目で数え直す。
ほんっと。
29匹しかいない。
ベンジャミンさんも、深刻そうな顔をしている。
エイミー、大急ぎでほうきに飛び乗った。
「急いで探してきます」
「それじゃ、オレは東の方探すから。エイミーは西の方を探してくれ。ベンジャミンさんはここに残って、他の羊の番をしてください」
エイミーと J は二手に分かれて、迷子の羊を探し始めた。
「あ〜ぁ。一体どこに行っちゃったんだろう」
初日からこんな事になってしまって。
エイミー、自分でも情けない。
羊さーん、迷子の羊さーん。
お願いだから出てきてー!!
思わず泣き出しそうな胸の中……。
−28−
そのうち、空が急に曇ってきて──。
あっという間に真っ黒な雲があちらこちらに立ちこめて。
小雨がぱらぱらと降り始めた。
泣きっ面に蜂っていうところ☆
目の前には、草原が終わって、
黒い茂みの鬱蒼とした森がそびえ立っていた。
羊さん、こんな遠いところまで行っちゃったのかなぁ……。
どうしようか?と思ったけど、思い切って黒い森の中へと超低空飛行しながら地面すれすれに飛んで行くの──。
その時。
数メートル先の切り株の横に、白い影が見えた☆
そおっと近づいていくと!!
羊さんが足をケガしたらしく、じっと切り株の横に横たわっていた★
「羊さん、羊さん、エイミーだよ。勝手に群から離れちゃダメじゃない」
大急ぎで、ケガした羊さんを抱き上げて──。
急スピードで暗い森から脱出した★
森から出たのはいいけれど、外はどしゃ降りの大雨で、世界が遮られてどっちに帰ったらいいのか分からない。
羊さんは見つけたけど……これじゃあ帰れない!!
大雨の中、びしょ濡れになりながら重い羊さんを乗せてふらふら飛んでいると、向こうの方から──すごい勢いでこっちに向かって飛んで来る人影が見えた!!
「エイミー、大丈夫か?」
J が全身びしょ濡れになりながら大声で叫んでいる。
「 J !!」
嬉しくて嬉しくって。
ほうきから降りて大雨の中、J めがけて力の限り走って行った──。
「怖かったよ。 J 」
エイミー、 J に抱きついて。 J の広くて温かい胸の中でちょっぴり泣いた。
「よしよし」
J が優しくエイミーの頬を。
その大きな手で撫でてくれるの。
心の襞を暖かな滴が、To-Tu-To と静かに流れていく……。
−29−
「心配したぞ、どこまで行ったんだろうって……おまけに雨は降ってくるし」
J は忌々しげにどしゃ降りの空を見上げた。
J のサラサラの髪は、雨に濡れて滴が何筋も額を伝って落ちていた。
新品のタキシードも大雨のせいで台無しだ。
「ごめんね、 J 。でも羊は見つかったよ☆」
二人とも、一安心してしばらく雨の中抱き合っていた。
雨が少し小降りになってから、迷子の羊さんを連れて。エイミーと J は、ベンジャミンさんとトムの待っている小高い丘へと戻っていくの☆
J のほうきの後ろにちょこんと乗っている羊さんはとっても可愛いかったの♭
迷子の羊さんを連れて帰ると、ベンジャミンさんはとても喜んでくれた♪
「それじゃ、今日はこれでOK」
ベンジャミンさんが合格のサインを、機嫌よく押してくれた。
「それじゃあ、この後も頑張れよ。エイミー」
「はいっ☆」
ベンジャミンさんはとてもにこやかに微笑んでくれたの。
エイミー、感激しちゃった☆
ペパーミントの家に着いて、エイミーと J はびしょ濡れの服を大急ぎで着替えた。
「ほんっと寒かったあ!」
J がふかふかのバスタオルを、エイミーの頭の上からパサッと被せてくれた。
「しっかり体拭かないと、風邪ひくぞ!」
そう言って J が笑った。
「今日は本当によく頑張ったな、エイミー」
J が白い大きなバスタオルで、頭を拭きながらほめてくれる。
暖炉の前に──雨で濡れた服を乾かしながら。
J とエイミーとトムの三人で、湯気の立った温かいスープと焼きたてのパンとサラダの晩ごはんを食べた。
その後。
二階のエイミーの部屋に上がって、ごろっと大きなベットに横になったの。
そして……今日一日のことを、反省を込めて思い起こしながら眠りに就くことにしたの。
体中のあちこちが、ズキズキと痛かった★
でも、何とも言えない充実感があって……。
−30−
疲れも手伝って。
いつの間にか。
エイミー。
大きなベットの上で。
ぐっすり眠り込んでいたの──。
6 深緑海のムーンライトレストラン☆
−31−
う──ん。よく寝たぁ!
今日も晴天♪♪
スリッパをはいて、トントントンと階段を下りて行く。
キッチンでは、 J が白いエプロンを身に付けて温かいミルクティーを、お揃いのティーカップに注いでくれた。
大きなジャムトーストを頬ばりながら、
J が入れてくれたミルクティーを一口飲んでみた。
ほんっと、おいしい☆
天国みたい。
幸せそうなエイミーを見て、
「こらこら、今日も試験があるんだろ。しっかりしろよ」
J が、そうたしなめる。
「そうだよ、エイミー」
トムも少し心配そうに、エイミーの顔をのぞき込むの。
「大丈夫、大丈夫」
みんなの顔を見たら、不思議と元気が湧いてくるんだ☆
エイミー、カバンから日程表を取り出して見直してみた。
「今日は、人魚のお姉さんのお手伝いだ!」
「人魚は、深緑海の底のムーンライトレストランでいつも働いているんだ。お皿割らないように気を付けろよ!それと、お客様の迷惑にならないようにな」
J は心配そうにそう言うと、月の満ち欠けが一目で分かる銀色の腕時計をちらっと見た。
「もうそろそろ行った方がいいぞ、エイミー」
「うん」
なんだか名残惜しいけど……もう少し、 J と一緒に朝ごはん食べていたかったけど。
えいっ!!
エイミー、気合いを入れて立ち上がる☆
「それじゃあ、行って来ます!」
体が冷えるといけないから。
J が緑のハーフコートを頭からすっぽり被せてくれた☆
−32−
西の方向に向かって真っ直ぐ飛んで行くと、朝日に眩しく煌めくエメラルド色の広大な海が目の前一面に広がっていた──。
「この辺かな……」
J が描いてくれた地図の真ん中の大きな×印の位置を探して、何一つない海の上空を、ぐるぐると回りながら飛んでいると!
いきなり海面がぱかっと割れて大きな看板が飛び出してきた☆
「いらっしゃいませ 海の綺麗な
ムーンライトレストランへ
この下 150メートル」
エイミー、思わず肩の上のトムと顔を見合わせて笑っちゃったの。
ほうきの上で姿勢を整えると。
気合いを入れて──。
えいって……深い深い海の底に潜っていった☆
海の中は思ったほど、苦しくなかった。
この J がくれた不思議なハーフコートのせいかな?
周り一面、エメラルドの深緑の中を軽く息を吐きながら、
すーっと流されるように海の底へと降りていった。
海の底には、少し紫がかった煉瓦作りの天井がない広いアーケード状の上品なレストランがあって。人魚のお姉さん達が、そろって開店の準備をしていた。
「おはようございます。エイミーです。今日一日、よろしくおねがいします」
綺麗な薄紅の貝殻を耳に付けた人魚のお姉さんに、ぴょこんと挨拶をしてみせた。
「おはよう、エイミー。それじゃあ、まずテーブルの上を綺麗に拭いてね」
一番上のお姉さんらしい、上品な人魚姫がエイミーに黄色いタオルを手渡してくれた。
レストランの壁には、アンティークのランプがたくさん付けられていて、月の光のような柔らかい銀色の光りの照明が全体を明るく、情緒あふれる世界に仕上げていた。
テーブルは丸く、奥の方には家族で座れるような大きめの上質木製のもあった。
テーブルの上を軽く拭くと、艶が出てエイミーの顔が、はっきりと映った。
外では人魚のお姉さんが「開店」のプラカードをドアのノブに掛けていた。
−33−
そろそろ準備が整ったみたい☆
「いらっしゃいませ」
一番可愛い人魚のお姉さんが、挨拶をした。
早速、お客さんが来たみたい♪
朝一番に来たお客様は、アザラシのおじさんだった。
アザラシおじさんは、ホットコーヒーを一杯注文した。
「アメリカンで」
アザラシおじさんは、入り口近くの窓際の席にどしんと腰を下ろすと新聞を広げて読み始めた。
「エイミー、早速だけれどこれ持っていって」
白いトレーが手渡され、その上に熱いコーヒが並々注がれたコーヒカップと小皿が載せられた。
こぼしたら大変!!
細心の注意を払いながら歩いて行って。
そおっとテーブルの上にコーヒーカップの載った白いお皿を置いて帰ろうとしたら★
アザラシおじさんが、新聞の上からジロッと意地悪そうな目でエイミーの顔を眺めて、それから上から下までじーっとなめるように見た後。
「見慣れない娘だな。新しく入ったのかい?」
長い口ひげを前足で伸ばしながら聞く。
「はいっ。今日一日、お手伝いさせて頂きますエイミーです☆」
出来るだけはきはきと答えたつもり。
「ふん。わしはあっちの人魚のお姉さんの方がいいのう」
そう言って3番目の人魚のお姉さんの方を図々しく眺める。
「悪かったですね!」
不機嫌になったエイミー、くるんと振り返って帰ろうとしたら。
「これこれ、そんなに急がんでも」
呼び止められて、しぶしぶ戻って行くと。
「よく見ると可愛い嬢ちゃんじゃないか。 ところでな、コーヒーのカップの置き方はな。左側に取ってが来て、お客さんが半回転させて右に持ち代えて飲めるように、ちょうど綺麗な柄が正面に来るように置くのが正しい置き方じゃよ。お前さんの置き方は、全く逆じゃよ」
−34−
「そうなんですか」
「そうじゃよ。しっかり覚えておけよ、小娘」
そう言うと、アザラシおじさんはコーヒーをすすりながら再び新聞を読み始めた。
なんだかちょっと感じが悪いお客だけど、コーヒーの出し方も教えてくれたし。
あまり気にしないことにしたの。
窓の外では、青や黄色の目が覚めるような色の深海魚達が群をなしてレストランの横を通り過ぎていく。
エイミー、次のお客さんが来るまで、窓際の席で綺麗な景色を十分に鑑賞することにしたの☆
中には、長さが1メートルほどあるノコギリのようなものが頭に付いたお魚さんや全身ピンクや紫の蛍光色の面白い顔をしたお魚さんがいて。
「エイミー、キレイだね」
トムも大喜び。
あっ☆
今度は次のお客さんが来たみたい。
急いで入り口の方へ飛んでいくと。
真っ青なイルカさんと赤いヒトデさん。
ランプを頭からぶら下げた提灯アアンコウさんが、それぞれに、メロンソーダにレモンスカッシュ、ミートスパゲッティーを注文しています。
お客様がたくさん来て、お店は急に活気づいたように忙しくなりました。
今度は、カメさんの親子が来たようです。
人魚のお姉さんは、手慣れたように次々に料理とドリンクを作っていき、カウンターの上に注文した物がてきぱきと並べられます。
それでは、次は出来た物をエイミーが持っていく番です☆
トレーの上に料理をバランスよく並べて。
さあ出発!
お昼ごはん時になって、お客さんは次から次にやって来ます。
トレーを持って、行ったり来たり。
もう、目が回るような忙しさ。
エイミー、もぅ……クタクタになってきた★★
−35−
「エイミー、お客さんがちょっと途切れたらお昼にしていいのよ」
人魚のお姉さんが、店内の六角形の柱時計を見て、優しく声を掛けてくれるの。
なんだか天使の声みたいに聞こえるな♪
それではお客さんが途切れたみたいなので、ランチにさせて頂きます☆
店の奧でトムと並んで、シーフードスパゲッティーを食べて。
一時の休憩。
出来立てホヤホヤで、ほんっとうに美味しい!
トムにフォークで少し取ってスパゲッティーを食べさせていると、一番末っ子らしい、人魚の女の子がやって来て☆
「うわーっ。可愛いネコさん。ちょっと抱いてもいい?」
「いいよね、トム」
トムはコクンと頷いて、人魚の女の子の腕の上にぴょんと飛び乗る。
人魚の女の子は大喜び。
「私ね、エマっていうの。5人姉妹の一番末っ子。お姉ちゃん達みんな忙しいから、いつもつまんない」
エマちゃんが、エイミーの手を引っ張って外に連れ出す☆
外界は優しく弱い黄色の光りがさらさらと、ほの白い砂地の海底に、どこまでも限りなく降り注ぎ、目が醒めるように綺麗──。
エマちゃんと2人で、砂地の海底に膝付いて綺麗な貝殻探し。
あっという間に時間は過ぎていくの。
「来て来て、エイミー」
エマちゃんの呼ぶ声で、駆けて行くと。
「ほら見て」
エマちゃんが、真っ白な長三角の雄牛の角みたいな渦巻きの貝と、平らな薄いピンク色の貝殻を差し出した。
「こっちの白い巻き貝が、アムール貝で、そっちのピンクの二枚貝が桜貝」
エマちゃんがちょっと得意気に説明してくれた。
「これ、エイミーにあげる」
エマちゃんがにっこり笑って、小さなコルクの栓が付いた小瓶に貝殻を詰めて、エイミーにくれる。
−36−
「うわぁ。本当にいいの?」
エマちゃんは、可愛くコクンってうなずいてくれる。
「 J にもあげてね。エマ、 J のこと大好き」
エマちゃん、蒼く澄んだまん丸の瞳をくりくりさせて、ふっくらしたほっぺを紅潮させながら少し照れたように話すの。
わぁ……かわいいなぁ☆
きっと大人になったら、お姉さんの人魚みたいに美人になるんだろうなあ……なんて。
一瞬。想像しちゃった☆
「うん、分かった。ほんとにありがとう」
J へのおみやげは出来たし。
あとは、閉店までの数時間。
頑張るのみ──。
閉店頃、店の照明が夜用の薄明かりに切り替わると同時に、すべての窓と入り口が開き、一斉にコバルトブルーの小さな魚たちが開かれた窓から入ってきた。
続いて、エンジェルフィッシュの群に黄色、白、黒の縞模様のお魚、ブルーと白のストライプのスマートな魚が次々に店に入ってきて、お祭りみたいな賑やかさ。
お客さんも、突然の色とりどりの魚の群に大喜び。
人魚のお姉さんが、小さなシルクの袋からパール色の丸いお菓子みたいなキラキラした白い粒を取り出してお魚さんにあげます。
エサをもらったお魚さんは、入ってきた窓から次々に出ていきます☆
「エイミー、今日はよく頑張ったね」
閉店の音楽が流れる中、人魚のお姉さんが、お店の片付けをしながら声を掛けてくれて。
ずっと立ちっぱなんしだったから。
足とかむくんでジリジリ痛いけど……なんていうのか、一つの仕事をやり遂げたっていう充実感があって。
いい一日だったなあって。
そんな感慨に耽っていると人魚のお姉さんが合格のサインと、綺麗な水色の貝殻のペンダントをエイミーの目の前に、すっと差し出すの。
「お疲れさま。これはご褒美よ」
人魚のお姉さんが、優しく首にペンダントを掛けてくれる。
透き通るような水色の貝殻のペンダントはエイミーにぴったりの長さだった。
−37−
「それじゃあ、この後の試験も頑張ってね」
「はいっ!」
エマちゃんが、カウンターの奧で手を振ってる。もう眠る時間がきたみたい。
エマちゃん、さようなら。
優しくて綺麗な人魚のお姉さん達もさようなら。
トムを肩に載せて、ほうきに乗って。
帰る途中、ちらっと振り返ったら。
みんなが手を振ってくれた。
エイミーも元気に手を振りかえす。
みんな、頑張ってねって
励ましてくれているように思えたの。
そうそう、こんなの序の口。
頑張らなきゃね☆
エメラルドグリーンの透明な水の中で、スピードを上げながらムーンライトが淡く差し込む海面めざして飛んでいく──。
J 、きっと待ってくれてるだろうな。
そう考えると疲れなんか一気に吹き飛んで。
胸の中が幸せで一杯になった。
帰りを待ってくれてる人がいるってことは。
本当に、本当にね。
素晴らしいことなんだよ。
初めてそれが分かった気がするんだ──。
もう一人ぽっちじゃないよね?
そう信じたいよ。
千尋さん作
7 花屋の売り子さん ☆ 〜 Flower bloom 〜 ☆
−38−
今日は、花売りのお手伝いの日!
目を覚ますと。
いっぺんに朝の眩しい光りが目の中に飛び込んできて。
ベットの上で上半身を起こすと、ベッドサイトの小テーブルの上に、瓶に入った綺麗なピンクの桜貝と水色の貝殻のペンダントが、朝日をうけてキラキラ輝いていた。
今日も頑張らないと!
ペンダントを首に掛け、階段を勢いよく降りていく。
下では、もう J が起きてモーニングの支度をしていた。
「おはよう、よく眠れた?」
「うん。元気、元気!!」
両手を上に上げて、う〜と大きく伸びをしてみせる。
真っ白な歯を見せて笑う J の首にはアムール貝のペンダントが掛かっていた。
今日の J は、白い T シャツにホワイトジーンズというラフな格好で機嫌良く目玉焼きを作っている☆
「魔法使いらしくないだろ?」
ちょっと、照れくさそうに言う J は、普通の男の子みたいで。清潔感が全身から溢れて、とっても好感が持てるの。
……なんて私が言える立場じゃないんだけどね☆
「すごく似合っているよ、 J 」
J が目玉焼きを焼いている間、エイミーはパンに薄くバターを塗って。
得意のトーストサンドを作ることにした。
2人の分担作業もすっかり慣れて、今では目と目で通じ合うっていうかね☆
J が何をして欲しいか大体、分かるようになってきたの。
真っ白なお皿を三枚出して、出来たトーストの上に新鮮なレタスとトマトを載せ、マヨネーズとマスタードをたっぷりかける。
J は、マスタードをたっぷりかけたトーストサンドが大好物なんだ☆
出来立てのコーヒーをカップに注いで。
ミルクをゆっくり注ぎながら、 J の目玉焼きが出来るのを待つ。
−39−
この、白いミルクが琥珀色のコーヒに混ざっていく瞬間が、とっても好き。
「エイミー、出来たぞ」
J が、熱いフライパンを持ってテーブルにやって来てフライパンの柄を軽く叩くと。
3つの目玉焼きが大きなお皿に、ポンッて勢いよく飛び乗る☆
「わーいっ!!」
いっつも、サービス満点の J 。
エイミー。そんな J も大好きなの。
今日の朝も、3人そろって仲良くコーヒーを飲む。
「今日は、花売りの手伝いだな。オレ、今日は特に用事ないから、見に行ってやれるぞ」
「そうして、 J ♪」
J が来てくれたら、不安もいっぺんに吹っ飛んじゃう。
戸口のモスグリーンのマットを一歩踏み出したとこで、
J がそっとエイミーの耳に囁いてくれた☆
「いい印象を最初に持たれると、あとあと助かるぞ。エイミー」
うん、分かった J 。
精一杯、やるだけやってくるね。
それでは、出発!!
真っ青な空に、薄い綿のような白い雲がたなびいて本当に綺麗な空。
空気もちょっと涼しくなってきて、とってもいい季節。
ちょっと機嫌よく、上空飛行。
下は緑の樹木がたくさん植わったレンガ造りの舗装道路を親子連れや、買い物客が通って行くのが小さく見える。
週末の、のどかな1ページ。
お店で売る花は、この国の南の外れのすべての季節の花が一斉に咲きほこる「秘密の花園」から採ってきます。
まずは、その花の仕入れの手伝いです。
遠くの方に、鉄製の白い柵に囲まれた朝の露に濡れて少し霧のかかった神秘的な「秘密の花園」が見えてきた!
急いで、低空飛行!
−40−
花園の前では、花売りの女の子がたくさんの籠を持ってエイミーを待っていたの。
「おはよう。エイミー」
「おはようございます!!」
元気よく朝の挨拶をする♪♭#
「それじゃあ、早速だけど。この籠一杯に満開の花を入れてちょうだい。枯れかけたのや、まだ小さい蕾の花はダメよ、エイミー」
「は──い」
秘密の花園の中は、それぞれの季節の花と色とりどりの花で。
香ばしい匂いで一杯。
真っ赤なハイビスカスにサルビア。
黄色の麦藁草、大小の向日葵。
青いリンドウ、キキョウ、ブルーファンタジアにミヤコワスレ。
白いマーガレットに可憐な露草。
紫のトルコキキョウにペチュニアが所狭しとばかりに咲いている。
一番綺麗に咲いている花を、注意深く選んで麦藁の籠に詰めていく。
どれもいい匂いで、ほんとに可愛くて綺麗なお花に囲まれて。
エイミー、とっても幸せ☆
思わず、お花に見とれていると……。
「エイミー、早く摘むのよ!」
花売りの店長さんが、ちょっと困ったように呼びかける。
失敗・失敗!★
大急ぎで、籠一杯に色別に花を摘み入れる☆
籠一杯に摘み入れられた花を、荷馬車に乗せて。
一番よく人が通る表通りの花屋のお店まで引いていくの。
本っ当に、良い天気!☆
なんだか、上機嫌になってくる♪
花園から歩いて三十分位のところに花屋さんがあって。
その前の白い煉瓦造りの大通りを、買い物客がたくさん通って行く。
−41−
親子連れに、若いアベック。
腰をかがめたお年寄り達。
みんな久しぶりの休日で幸せそう。
「お花はいりませんか?」
通りを行き過ぎる一人一人に、丁寧に挨拶をしていくの。
みんな週末で、ご機嫌な様子。
ふと見上げると一人のうら若いお姉さんが、エイミーの顔を見て。
にっこりと微笑んでくれた☆
「お嬢さん。その赤とピンクのチューリップの花、2本つづ採ってくれる?」
「はい。少しお待ち下さいませ」
短く切りそろえて、透明のセロファンで包装をする。
それに、細い緑のリボンをつけて。
「どうもありがとうございました。またお越し下さいませ」
ぴょこんと爪先を揃えてお辞儀をする。
「可愛いわね。ご苦労さま」
そう言って、頭を優しく撫でてくれるの。
「エイミー、その調子、その調子!」
花売りの女の子達が、口々にほめてくれる。
続いて子犬連れのゴールデンレトリーバの親子がやって来て。
「いい匂いだなあ」
とクンクンお花の匂いを嗅ぐ。ふふっ、おもしろそう♪
「パパ、お花買って帰ろうよう」
金色の毛並みの可愛い仔犬が、お父さん犬に甘える。
「そうだな……天気もいいし。リビングに飾ろうか。どの花がいい?」
「えっとねえ。あの大きなヒマワリと、濃いピンクのガーベラの花がいいな」
「しょうがないな。それじゃ、そうしようか」
長い毛並みのゴールデンレトリーバのパパが。
ぴかぴかの銀貨を一枚、つっとエイミーに差し出す。
エイミー、銀貨をきっちり受け取って。
少し青みのかかった透明の包装紙を選んで、そおっとお花を包み込む。
リボンは、白い太めの細かいレース状のを選んだ。
−42−
「どうもありがとうございました」
ゴールデンレトリーバの仔犬にそっと、花束を渡すの。
「おねえちゃん。ありがとう☆」
真っ黒の鼻の仔犬が嬉しそうに、小さな尻尾をくるくる振って花束を受け取ってくれた。
みんな楽しそうに、花束を持って。
家路に向かって軽い足取りで帰っていく。
お次は、真っ白な毛並みのいいペルシャ猫の親子連れがやって来た★
「まあ綺麗なお花」
知的なライトブルーの瞳で、うっとりと満開の花を眺めている。
「うちのミミちゃん、お華習ってるのよね」
いかにも大人しくて賢そうな、純白のペルシャ猫の仔猫がじっとエイミーの顔を見つめている。
「そうなんだ。可愛いお嬢さんですね。お華のお稽古。頑張ってね♪」
少しでも、印象を良くしないと。
朝、出かける時。 J に言われたことを思い出す。
〜 いい印象を最初に持たれると、あとあとから助かるぞ。エイミー 〜
ここは、なんとしても、試験に受かるように頑張らないとね。(汗)
ペルシャ猫のお母さんは、じっくり店内を見渡して。
慎重にお花を選んでいる。
「ミミちゃん、どのお花にする?」
「あの水仙と梅の花がいいな」
「そうね。床の間にはそれを飾りましょう」
そう言って、ペルシャ猫のお母さんは水仙と梅の花を数本選んでエイミーに渡す。
「それと……キッチンに、紫とピンクのトルコキキョウ3本づつに露草を数本」
「はい!」
急いで、それぞれの花束をそれぞれに似合った包装をして、サッと差し出す。
「どうもありがとうございました。また来てね。ミミちゃん」
ミミちゃんが、小さな手をぎこちなく振ってくれる。
−43−
ほっと一息。
その時、向こうの方から、首にアムール貝のペンダントを首に掛けた J が白い T シャツにホワイトジーンズの格好で気持ちよさそうに歩いてくるのが見えた。
「 J !」
思わず、飛び上がって喜んじゃった☆
「ここだよ。 J 」
J が爽やかに笑ってくれる。
さらさらした髪の毛に、金色の光りの帯が砂のように降り注いでいる。
「今日ぐらいの天気が、一番気持ちいいな?エイミー」
J が、のんきにそう言うの。
「エイミー、ちゃんと頑張ってるか?」
「頑張ってるよ、 J」
爽やかな、涼しげな風がいっせいに吹いてきて。
エイミーの茶色のくせっ毛が、さーっと風になびく。
ほーんと、気持ちいい!
花売りの女の子達も、みんな喜んで J に手を振っている。みんな J のファンみたい。
「 J 、カッコイイよ」
「 J 、来てくれてありがとう」
J が照れくさそうに笑う。
それが、すんごく感じが良くて。
ますます、 J のこと好きになっちゃう。
「みんな、元気?」
「元気だよ、 J 」
「久しぶりだね、 J 」
花売りの女の子達はみんな。
それはそれは、嬉しそう。
「 J 、何かお花買っていく?」
「そうだな……」
J がお店全体を、ぱっと見渡して。
ちょっと困ったように頭を掻く。
「この白いバラ。ホワイトマジックっていうやつ。1本もらおうかな」
「ふふっ。 J にぴったり」
−44−
お花屋さんのお店中、ふんわりとした J の優しい空気で満たされて。
みんな幸せな気分になるの。
「それと……エイミーに、そのゴールド・バニーっていう黄色のバラを」
「えっ……」
「気にしない、気にしない」
J が、ちょっと照れくさそうに笑う。
そして。
優しい風が、エイミーの上空を掠めて──。
気付けば風のような J が、微笑みながら、
黄金に輝くバラの花束を差し出してくれたの。
「もらっていいの?」
いいよと逆光の中、風が静かに動いた──。
震える手で、そっと匂いを嗅いだ。
心を融かすような、甘くて少し切ない香り 〜 Flower bloom 〜
「いいな、エイミー」
トムがポンポンって。
エイミーの肩を優しく叩く。
エイミー、思わず、じっと J の顔を見つめてしまう。
孤児院出の何にもできない私に──。
こんなに優しくしてくれて、涙が出そうだよ……。
「それじゃ、エイミー。この仕事が終わるまで、オレ、そこのベンチでまってっから」
J が白い煉瓦造りの通りの向こう側の、緑のベンチを指差した。
「うん……」
必死で涙をこらえてるのを、 J は自然と察してくれたみたい。
J は、ゆっくりと通りを渡って。
緑のベンチに腰を降ろした。
しばらく肘をホワイトジーンズの上に軽く載せて。
膝の上の花束を見つめながら。
何か考え事をしているみたい。
−45−
それから、首に掛けたアムール貝をそっと唇に当てて。
そよ風のように、静かにそっと吹き鳴らす。
周りの空気が微かにふるえて。
その甘いメロディーが静かに伝播していくのを感じるの。
その音色に誘われるように、白いハトが。
1羽2羽とやって来て。
J の周りを、そっと取り囲む──。
J って、みんなの心を和ませる天才みたい☆
J のベンチの周りに、ヒバリ、ルリビタキ、エトピリカといった鳥達が続々と集まってきたよ。
その周りに、買い物客が集まってきて。
みんな J の貝笛に聞き惚れていた。
本当に、平和な一日で☆
なんだか、感動しちゃった★
陽が少し陰ってきた頃──。
「それじゃあ。エイミー、今日はこれでおしまい」
「後かたづけを手伝ってね」
「は──い」
店頭に出ている花を束ねて、さっさと店の奧に片付ける。
「何も言うことなし。はいっ。合格サイン」
花屋の店長さんが、合格のサインをくれた。
やったね♪もうみんな、だーい好き☆
今日で、第一の課題は見事にクリア♪
あと残るは2つ。
気を引き締めていかないと!
「今日は、本当にありがとうございました」
「それじゃあね、エイミー。後の残りの試験、頑張ってね!」
「エイミー、 J が待ってるよ」
花売りの女の子達が J のいる方を指差して。
背中をポンッて押してくれる。
−46−
「それじゃ、失礼します」
急いで、 J のもとへと駆けていくの。
「 J 、お待たせ」
「はい。よく頑張りました」
J が、ずっと持っていてくれた花束を手渡してくれる。
「うわー。いい匂い」
「だろ? 最初会ったときから。エイミー、このゴールド・バニーっていう黄色のバラのイメージにぴったりだな……なんて。思ったんだ、実はオレ」
「えっ、本当?」
「マジ」
J が、エイミーの瞳をじっと見つめ返して。
「なんかこう、明るくて元気良さそうで。まわりをパッと明るく照らすような感じがそっくりだな」
「そんなこと言ってくれるの。 J だけだよ」
もう嬉しくて、 J に抱きついて。
うわぁって泣いちゃった☆
ここ数日、ホントに不安だったよ。
慣れない土地、環境で。
ちゃんと適応できるかな……なんて悩んで眠れなかった夜もあった。
「エイミー、もう泣くなよ」
J が白いハンカチを取り出して、そっと涙を拭ってくれる。
「うん…… J 。あともう少しだね」
「そうだよ、エイミー」
トムも勇気づけてくれるね。
J と一緒の帰り道。
澄んだ秋空がずっとずっと広がっていて。
涙ごしに虹が見えた。
街路樹の立ち並んだ通路の真ん中で。
風船売りが、子供達にひとつひとつ。
色とりどりの、風船を分けている。
−47−
「今日は平和通りにようこそ。またお越し下さい」
風船売りのおじさんが、エイミーに青い風船をひとつくれた。
「お嬢ちゃん、はやく泣きやんでね」
空はホント綺麗だし。
世の中、いい時も悪い時もあるよ。
はやく泣くのをおやめ。
風船売りのおじさんの。
世の中すべて知り尽くしたような。
深みのある、黒蝶貝のように綺麗な瞳が。
そう言っているように聞こえた──。
咲夜さん作
8 天使の合唱団 〜 Angel chorus 〜
−48−
今日は天使の合唱団の手伝いの日。
今朝は今までで、一番早く目が覚めた。
イチ・ニ・サン・シ──。
準備体操を始めると、さあっと朝の光が白いカーテンの隙間から差し込んできて。
まっぶしーい!!☆
シャキッとした頭で階段を下りていくと、
J がレタスとトマトをザクザクッと小気味よく切っていた。
「おはようさん♪」
「おはよう。 J 」
J の背中に少し甘えたように手を回すと、 J は優しく頭を撫でてくれる。
「今日はスペシャルサラダだぞ」
J が白い陶器の器にレタスとトマトを大盛り盛りつけ、その上から J 特製のドレッシングを山盛り掛ける。
「うわあ、おいしそう☆」
トースターからパンを取り出しながら言うと、
J が「あーん」と大きな口を開けながらトマトの大きな一切れを指で摘んで。
エイミーの口元にぐっと近づけてくる。
「あーん」
J に食べさせてもらっちゃった☆
ふふっ……おいしい♪
「どうだ今日も頑張れそうか」
「心配してくれてありがとう J 。きっと大丈夫だよ」
「エイミーのいいところはその笑顔」
J がくりくりっと人差し指でエイミーのほっぺたを押す。
「黄色のバラ。ゴールド・バニーのようだよ」
「 J 、くすぐったいよ」
「エイミー。今日の天使の合唱団の子達は、うるさいしすぐ調子に乗るし、集中力がないから面倒見るの大変だぞ」
「分かった J 。気を引き締めていかなきゃね」
「そう言うこと☆」
−49−
置き時計をちらっと見たら時間が刻々と迫ってきている。
「それじゃあ行って来るね、 J 」
「気を付けてな、エイミー」
急いでほうきに跨り、急上昇!!
天使の子供達が待つ「平和の広場」まで、一直線★
そらそら、見えてきた見えてきた!
天使の子供達は三列に並んで、指揮者のテオドールさんの振る指揮棒に合わせて歌を歌っていた。
エイミー、邪魔しないように。
そおっとテオドールさんの横に舞い降りた。
「おはようございます」
「おはよう」
テオドールさんの指揮棒はぴゅっと風を切って止まった。
その途端、天使の声も止んで周りがしんと静かになる。
天使の子供達が全員──。
好奇の色に目を輝かせてこっちを見てる。
「みんな、エイミーさんに朝の挨拶をしようね」
「はーい」
天使達が口々におはようございますと言う。
うわーっ☆かっわいい──★
目を細めて見てると。
「こらこら、みんな揃って」
テオドールさんが、指揮棒をもう一度ぴゅっと鳴らすと、天使達は一同に姿勢を正した。
「おはようございます。今日も一日よろしくお願いします」
さすが合唱団らしく、みんな揃ってる☆揃ってる☆
「こちらこそよろしくお願いします」
ぴょこんと頭を下げる。
「そうだな今日は何を手伝ってもらおうかな?」
燕尾服を着た指揮者のテオドールさんが、
周辺をぐるっと見渡しながら言う。
うわーっ。緊張、緊張!★
テンパるぅ☆
−50−
「そうだ! 一週間後のコンサートに向けて、君にピアノのアシスタントをしてもらおうか」
「ピアノだって?エイミー弾けるの?」
肩の上のトムが心配そうに聞く。
「そんな……ピアノなんか弾けません」
「大丈夫、大丈夫」
テオドールさんが、側に置いてあるピアノの蓋をギギギッと音を立てて開けた。
「そこに座って、エイミー」
言われたとおりにちょこんと腰掛ける。
「そらいくよ」
テオドールさんがエイミーの肩越しにゆっくりと鍵盤を弾き始める。
「最初はゆっくりでいいんだ。片手づつ練習してみたらいい」
テオドールさんの低いテノールの声が何だか頼もしく思えてくるのが不思議。
「はいっ」
午前中はずっとピアノの練習だった。
テオドールさんは付きっきりで教えてくれて。
エイミー、感激。
最初は右手と左手が一緒に動いたり、指がもつれたりしたけど。
だんだん上手に弾けるようになってきた。
「タンタタターンタターン」
テオドールさんがリズムをとってくれる。
「その調子、その調子、エイミー」
天使の男の子達はエイミーがテオドールさんにピアノを習っている間、天使の輪っかを投げ合ったりとんぼ返りをしたりめいめい好きずきに遊んでいる。
「午後から練習を再開するからな。それまで遊んでいてよろしい」
「はーい」
天使の男の子達はみんな元気に答える。
やんちゃ盛りだね。飛んだり跳ねたりみんな元気いっぱいだ。
なんだか保母さんの気持ちが分かるなあ。
真っ白な透き通った肌にピンクの頬。
みんな頬ずりしたいくらい可愛い。
「エイミーも一緒に遊ぼうよ」
「そうだよ一緒に遊ぼうよ」
数人の男の子達がピアノの周りにまとわりついて離れない。
−51−
「先生、遊んできても良いですか?」
「よしそれなら30分休憩にしよう」
「わーいっ。先生、大好き☆」
天使の男の子達に混じって、ドッチボールをしたり輪っかの投げ合いをしたり。
エイミー、あっちこっちに引っ張られて大忙し☆
たまに輪っかが逸れてエイミー、ほうきに飛び乗り大急ぎで追っかけるの。
「エイミー、早く早く」
天使の子供達が遠くから叫ぶ。
ナイス・キャッチ☆
エイミーの手の中の天使の輪っかはキラキラと虹色に光る。
天使の子供達との時間は、あっと言う間に過ぎた。
「それじゃあ合唱を再開するぞ」
テオドールさんの一言で、蜘蛛の子を散らしたように散らばっていた天使の子供達が。
一斉にテオドールさんの元に集まってきた。
「それではいくぞ」
指揮棒が振られると、天使の高いソプラノの声でうっとりするような曲が流れ出した。
よく天使のような声って言うけど本当に声が良いんだ。
「エイミーは午前中練習したとこまでピアノ弾いて」
「はいっ」
大慌てでピアノの前に座る。
タンタタターンタターン。
上手く弾けた。天使の合唱団の声と絶妙に混じり合って何とも言えない。
いい感じ☆
「よしよしエイミーいいぞ」
「この調子だったら一週間後に控えたコンサート。大丈夫ですか?」
「頼むよ、エイミー」
テオドールさんが口髭を撫でたその手をピアノの上にそっと置く。
「このピアノ弾いてくれる人が居ないでずっとここに置いてあったんだ……君が来てくれてちょうど良かった」
素直に喜んで良いんだね☆
−52−
エイミー。今まで自分の居場所が分からないまま。
泣きそうな気持を抱えて生きてきたけど。
テオドールさんもエイミーがピアノを弾いてくれたらいいと言ってくれているし……。
エイミー。何もかもこの国にずっと末永くいられるための試験だと思って。
思い切って強気で臨むことにするね。
「ピアノ……もうちょっと頑張らせて下さい。一週間後のコンサートに向けて」
「そう? なんならピアノ持って帰っても良いよ」
えっ……?!
テオドールさんの一言でピアノを持って帰って練習することにした。
重いピアノを抱えてるから、ほうきさんは左へ右になかなか危なっかしくて。
トムが何度か悲鳴を上げたけど、何とか家に無事辿り着いた☆
「 J 、 J 。開けてよ、ピアノだよ」
「なんだよエイミー」
J はちょうど花瓶のお花に水をやりに庭に出ていたところだった。
「それ……中に入れるわけ?」
「一週間でいいの。うん、一週間だけ」
「しょうがないなあ」
J も手伝ってくれピアノは無事部屋の中に収まった。
「他の物、何も置けないなあ」
なんて J が言うけど、もう無視、無視。
「さあて、ピアノが来たところで」
J が言うより先に☆
「一週間後のコンサートでピアノを弾くことになったの。あの天使の合唱団の子達と一緒に」
「それは良かったな、エイミー」
J がピアノの黒鍵をぽんと指先で叩いた。
「一曲、弾いて聞かせてくれよ」
そう言う J の瞳が悪戯坊主みたいにキラキラ輝いている。
「まかしといてよ」
早速、鍵盤の前に向かい大きく息を吸い込んだ。
タンタタターンタターン。
うん順調な滑り出し、
タンタタターンタンタタターン。
トムがピアノの上で踊り出した。
テオドールさんに教わった通りに弾き終わると、 J が惜しみない拍手をくれた。
−53−
「少しの間の練習で、本当に上達したぞ、エイミー」
「なんだかお嬢さんになったみたいだね、エイミー」
へへへっ……なんだか褒められると照れくさいや。
暇になった時にトムと一緒に連弾も楽しんだ。
「トム、なかなかやるね」
「エイミーが出来るんだったら、トムにも出来るさ」
「こらあ。言ったなあ」
何やかんやで時間が過ぎ、ついにコンサートの日がやって来た。
パンパカパーン☆
ラッパの音があちこちに鳴り響き、平和の広場中が白い薔薇で埋め尽くされている。
この国の人はみんなお祭り事が大好きみたい。色んな衣装を着た人種の人が天使の合唱団の声を聞きにやって来る。
「エイミー、頑張れよ」
J が励ましてくれる。
「はいっ!!」
何だか周りのお祭りムードに、こっちまでうきうきしてくるね♪
「それでは本日のビッグイベント。天使の合唱団によるバッハの「メサイヤ」をどうぞ、お聞き下さい」
指揮者のテオドールさんの挨拶と共に、黒い垂れ幕が一斉に上がった。
エイミーのピアノの音に合わせて、天使の合唱団が声を張り上げて歌う。
聴衆はその響きに耳を傾けて。
皆、それぞれに感銘を受けたようだ。
パチパチパチパチ。
割れるような拍手が鳴り止まない。
一つも間違いなく弾けたし。
何だかいい感じ☆
「エイミー、今日のコンサート、凄く良かったぞ。何だか、久しぶりに心が洗われるような清々しい感覚だな?」
J に褒められながら、テオドールさんにもらったばかりの合格のサインを見つめたら、何だか涙が目の縁ギリギリまで溢れ出てきた。
頑張ってなにか一つやり遂げて良かった──。
ふと顔を上げると、流れ星が一つ。
すーっとエイミーの涙で曇った視界を横切って過ぎ去った。
−54−
──試験が全部合格してめでたくこの国の一員になれますように──
流れ星に向かって、想いのたけを込めてそう祈った。
隣を見上げると、 J が同じ瞳で流れ星を目で追っていた。
冬がどんどんと近づいてくる。
そんな一日の出来事だった。
渚 水帆作