アリスが火村に対する自分の気持ちに気付き、火村の気持ちも自分のそれと同じだとわかってから一週間。久しぶりに外で食事をしたのだが、今までとは何かが違うと意識していたのはアリスだけだったのか…。

「じゃあ、気ぃつけて」
 火村に向かってそう言うと、どこか躊躇しながら彼のベンツの助手席から降りたアリス。
「あぁ、じゃあな」
 火村はひと言そう言い残し、アリスがドアを閉めるのを確認すると車をスタートさせた。

「はぁ〜〜っ…」
 火村の車が見えなくなると、アリスは深々と溜息をついた。


『寄っていくやろ?』
 マンションに着いたときにそう訊ねたアリスに、
『いや、明日も早いし、今日はもうこのまま帰る』
 と、淡白な答えを出した火村。もちろんアリスは何かを期待していたのではなく、ただ運転手をしてもらったお礼にコーヒーの一杯でもご馳走しようと思ったのだ。
 …期待をしていたのではないが、お互いの気持ちを知った以上、こちらもいろいろと心の準備はしていたのに…。

「なんであんなあっさり帰るんや!?」
 部屋に入ったアリスは、知らず知らずに声を出していた。
「別にええけどっ」
 携帯電話だけを手に寝室へと向かうと、勢いよくベッドの上にうつ伏せに寝転がる。しばらく固まったままだったが、左手に握り締めた携帯電話を見つめた。そしてぎゅっとさらに強く握り締め呪いの、いや、祈りの言葉を込める。
「かけろかけろかけろかけろかけろかけろ……」
 ブツブツと真剣に呟いていたアリスだったが、そのうちふと真顔に戻った。
「アホらし」
 ひと言呟くと、ごろんと仰向けに転がりなおした。
「我ながら女々しいな…」
〈政治的に正しくない〉言葉を吐き出し、再び深い溜息をついた。そしてまたうつ伏せになりぎゅっと体を縮めたかと思うと、今度は勢いよく起き上がった。
「ビールでも飲むか」
 冷蔵庫に向かいながら、今夜話した内容を一つずつゆっくりと思い出す。
「今週末はなんかの会議で休めんいうとったな…」
 アリスが火村と一緒に行きたいと思っていた絵画展は週末まで。一人で行ってもいいのだが、いいものを分かち合いたい。好きな人ができると誰もが思うことだろう。
「一緒に行きたいって、火村に言ったわけやないし…」
 見たかった絵があったのだが、こんな気分のままではどんな素晴らしいものでも認められそうにない。
 言い訳がましくあれこれ考えていると、部屋の電話が突然鳴り響いた。驚いて手に持っていたビール缶を落としてしまい、焦っているうちに留守電に切り替わる。
『俺だ。会議は出なくていいようになった。週末空けとけよ』
 そう告げると受話器を置こうとする気配。慌ててアリスは受話器に飛びついた。
『ちょ、待った!』
『—なんだ、いたのか』
 間一髪。電話の向こうは一番聴きたかった声の持ち主。
『会議出らんでええって…』
『あぁ、別に俺じゃなくてもいいんだ。代わってもらった』
『なんで…』
『おまえ、観たい絵があるんだろ?』
『…一緒に行くって言ったか…?』
『言わなくてもわかるさ。で、行くのか行かないのか?』
『…言わなくてもわかれ』
 
 自分の気持ちをわかってくれる存在。愛されていると感じる瞬間。

『呪文って効くんやな』
『なんのことだ?』
 ”なんでもないっ”と照れ隠しで言いながら、アリスは胸の中でわだかまっていたものが、嘘のように溶けていくのを感じていた。
Feel me
…このテの話を書くと、なんだか自分の恋愛を覗かれているようで恥ずかしいですね…。私はもうちょっと淡白です。たぶん。