アリスガワは、物語を書く『小説家』というお仕事をしています。ところがある日、みんなが喜んでくれそうな話が思いつかなくて、気晴らしに散歩をしていました。 
「あ〜あ、なーんも思いつかへん」
 物語のことで頭がいっぱいだったアリスガワは、同じように小説家をしているアサイサンの忠告を忘れていました。

 『キタシラカワには小説家を食べる”助教授”が住んでるから気ぃつけぇ』
 アサイサンがいうことには、”助教授”は、オンボロのベンツに乗っているらしいのです。
 『わかりました。キタシラカワには近付かないようにします』
 
 そういって用心していたアリスガワですが、物語のことを考えているうちに、キタシラカワまで歩いてきてしまいました。
「あ〜っ!もうアカン!!」
 いい話が浮かばなくて叫びながら石を蹴った瞬間、足先は地面も一緒に強く蹴ってしまい、足首を思いっきりひねってしまいました。不幸は重なるもので、蹴飛ばされた石は、数メートル先に止めてあった車に当たってキズをつけてしまいました。
「あっ、しまった!」
 不幸というものはさらに重なるもので…
「…あれは、オンボロベンツ…」
「…オンボロで悪かったな」
 そのベンツの運転席から降りてきた男が、よく通るバリトンでそういいました。
「あなたは…”助教授”?」
「よく知ってるな。…おまえ『小説家』だな。ところで、なんの恨みがあって俺の車に石を当てたんだ」
「恨みだなんてとんでもない! 俺は物語を考えながら、あてもなく散歩をしていただけです」
「しかし今からは、俺の家へいくところというわけだ」と、助教授はいいました。「木曜日までのお客さまだからな」
 アリスガワは逃げようとしましたが、ひねった足が痛くて、走ることができませんでした。
 
 ベンツに乗せられ、連れてこられたところは古い家でした。助教授はそこの2階に1人で住んでいました。
 部屋の中は真っ暗で、何十冊、何百冊もの本が今にも崩れそうなほどに積み上げられていました。そこには生活のにおいがまったくなく、ただの倉庫のようでした。
「名前は?」
「…アリスガワ」
「アリスか」と、助教授が言いました。
 アリスは勇気を奮い起こすと、まっすぐ助教授を見つめていいました。
「…あなたはオレを食べちゃうつもりですか…?」
 助教授は鋭い視線をアリスに向けました。
「食べちゃうつもりかって? もちろん、食べちゃうつもりさ」
 それから助教授は向かい側の壁へと歩いていきました。壁の上には大きなカレンダーがちょっと曲がったまま、かけてありました。助教授はカレンダーを指差すといいました。
「なんと書いてあるか読めるか?」
 アリスはカレンダーをよくよく見ました。
「えぇと、○○自動車修理工場。どんなオンボロ車もお手のもの…」
「違う、どこを読んでるんだ。『あと5日で木曜日』と書いてあるんだ。そしてその日はオレの誕生日で、誕生日の特別なごちそうは、オレの愛車にキズをつけた小説家ってわけだ。そんなわけでアリス、水曜日までは好きなようにしていいぞ。その足では逃げ出すこともできないだろう」
 助教授のいうように、アリスの足は腫れて、とても長く歩ける状態ではありません。
「俺の家はどうだ?」
 アリスは改めて部屋の中を見回しました。
「ぞっとします。こんなところに住むのは絶対ごめんです」
「まぁ、そんなに長いこと住むわけじゃないからな」
「でも、住んでいる間くらい気持ちよく暮らしたいものです。掃除をしてもいいですか?」
「掃除?ふん、好きなようにすればいい」
 痛い足を庇いながら、なんとかそこが居間だとわかるくらいに片付けました。もともと明るい性格のアリスは、部屋がきれいになったことが嬉しくなり、鼻歌まで出てくるほどでした。
「アリス、俺は木曜日におまえを食うんだぞ」
「わかっとる」アリス機嫌よく答えました。
「ところで、キミの名前は?」アリスが助教授に尋ねました。
「さぁ」助教授はいいました。「名前なんてないんじゃないかな」
「友達は何て呼ぶんや?」
「そんなのいない。もう静かにしろ」
 アリスはうなずきましたが、しばらくするとまた声をかけました。
「ヒムラって呼んでいいか?」
「…勝手にしろ」

 助教授は本を読み始めました。
「なあヒムラ。コーヒー飲みたいんやけど、入れていいか?」
「…あぁ、台所にあるから勝手に飲め」
 キッチンは、本が溢れた居間と違って意外と綺麗でした。アリスは慣れた手つきで、2人分のコーヒーを入れました。
「はいヒムラ。熱いからちゃんと冷ましてな」
「…あぁ」

「…どんな小説書いてるんだ」
 ふいに助教授が話し掛けてきました。
「あぁ、ミステリや」
「どんなのがあるんだ?」
 アリスは自分が書いた物語の内容や、小説家になるまでの苦労などを話しました。ヒムラはフィールドワークの話をしてくれました。それから2人は4日間、寝る間も惜しむようにお互いのことを話しました。その間に、ヒムラはアリスのケガの手当てもしてくれました。

 時計が0時を指しました。木曜日がやってきたのです。
「…ヒムラ、木曜日や」
 アリスが少し寂しそうに笑いました。
「楽しかったよ。ごちそうじゃのうて、友達としてはやく出会っときたかったな…」
『覚悟はできてる』とアリスはいいました。ヒムラはそんなアリスを黙って見ていましたが、ふいに笑みをこぼしました。
「今からじゃ遅いのか?」
『俺は友達じゃないほうがいいんだが』といいながら助教授がアリスに近寄り、アリスの身体を抱きしめるようにしてゆっくりと床に押し倒していきました。
「え?えっ!?」
 アリスは何が起こっているのかわからないまま、床に頭を打ち付けてしまいました。その瞬間—


「…った〜!」 
 居眠りをしていて頭から床に落ちてしまったアリスは、そこが自室のソファーだということに安堵した。
「なんかヘンな夢見た…」
 俺、ある意味食われた…?とボーっと考えていると、玄関のチャイムが鳴った。
 …今日は4月15日木曜日。玄関の前に立っているのは…

「あぁ、なんか嫌な予感する・・・」
 果たしてアリスの予知夢は当たるのでしょうか?
木曜日のごちそう
『火よう日のごちそうはひきがえる』という児童書がありまして、これに出てくるみみずくのウォートンがかっこいいんですよ〜。 …子ども向けの本を読んでネタ探しをするダメな大人。 なにはともあれ、火村先生おめでとう。