Loose-Room Showtime
 それはとある水曜日の午後—

 
 夕陽丘にあるアリスのマンションのインターホンが鳴った。
「…火村? どうしたんや、こんな時間に」
 玄関のドアを開けると、そこには学生時代からの親友であり、掛け替えの無い存在である火村英生が立っていた。
「こんな時間に俺が来ちゃまずいか?」
「いや、まずいことないけど…」
 あぁ、今日は講義がないんやな…と呟くいつものアリスらしからぬ態度に、火村は片眉を上げた。
「都合が悪いんなら帰る。邪魔したな」
 そう言って回れ右をしようとする火村を、アリスは慌てて止めた。
「最近連絡も寄こさねぇし、原稿が進まなくて飯も食ってないんじゃねぇかと思って、ほら」
 火村がひょいと上げた左手には、食材らしきものが入ったスーパーの袋が提げられていた。

 
「ごちそうさまでした〜」
 火村が作ってくれた早めの夕食をキレイに平らげたアリスは、心底満足そうな顔で手を合わせ、自分が使った食器をキッチンに運ぶとそそくさとリビングに移動した。
「なんや!なんでピッチャー交代してるんや!?」
 テレビを点けるなり叫ぶ。そんなアリスの行動を、火村は黙って横目で見ていた。
「なに!?井川ケガしたんか!? きっつ〜」

 
 対広島戦7回のウラ。4回表に逆転された愛するタイガースを、アリスは真剣な眼差しで見つめている。
 食器を洗い終え、火村もリビングへやってくる。
「…アリス。そろそろ俺のことも思い出してくれるか…」
 そう言って火村はアリスの背後からそっと腕を廻し、その首筋に口付けた。
「ちょ、ひむ…」
 久しぶりの感覚に、さすがのアリスの意識も火村へと向かった…と思われたその瞬間—

『打った〜! 片岡、2ベースヒットで2点追加!タイガース逆転ですっっ!!』

「よっしゃ〜っ!! ようやった、片岡っ!!」
 火村の腕を振り切って、アリスは再び全身全霊をテレビへと向けた。
「ア〜リ〜ス〜…」
 思い切り振り払われた火村は、下を向いてわなわなと怒りに震えていた。
「おまえ、野球と俺とどっちが大事なんだっ!」
 突然背後で大声を出され、アリスは振り返る。
「…なに子どもみたいなことを…」
「あぁ悪かったな、どうせ俺はガキだよっ。 帰る」
 車のキーを掴むと火村は勢いよく立ち上がり、ずかずかと玄関の方へと向かっていった。
「なんでこんくらいで怒るんや〜」
 引きとめようとアリスが追いかける。…ちょっとテレビを気にしながら。
「…おまえ最近、野球見るために俺を避けてるだろう?」
「うっ」
 火村の鋭い眼差しに、アリスは息を詰まらせた。
「そ、そないなこと、ないで」
 白けてみせるが、誤魔化される火村ではない。
「ふん、たかが野球。タイガースが強いのだって今だけじゃねぇか」
「今シーズンしかないんや!」
 火村の誘導尋問(?)に、アリスは簡単に捕まった。
「ほら見ろ。滅多にないことだからしっかり見ておきたいんだろ、俺なんかほっといて。この先の人生、二度とないことだろうからな」
 ここまで言われては、アリスも黙っていられない。
「あのなぁ、ファンが言っても冗談で済むんや! そやけど、おまえみたいなタイガースの良さがわからん奴に言われたないわ!!」
「あぁ、そんなの判りたくもないね!」
 
—10分後—
「おまえ、自分で汚したものくらい洗えよ!」
「なんやと!小姑みたいなこと言うなや!」
 お互い、何に対して怒っているのかわからなくなっていた。

—さらに10分後—
「…もうやめようぜ」
「あぁ、そうやな…」
 肩で息をしている互いを冷静に見つめ、ぷっと吹き出した。
「こんな怒らせる相手なんて、他におらんよなー」
 怒らせたいわけではないけれど、そんなことにも幸せを感じる。
「そうだな。 …アリス…」
 今度こそ大人しく火村の腕に身を任せようと、アリスは目を閉じた—

『阪神タイガース、7連勝〜! 優勝へのマジックを7としましたっ!!』

「やった〜〜!!」
 アリスは再び火村を振りほどき、テレビに噛り付いた。
「…アリス…」
「今日は赤星も盗塁の球団記録出したし、井川のケガも大したことなさそうやし、ほら火村、祝杯や〜〜!」
 今度はさすがの火村も呆れ果て、溜息をついた。

「今年のタイガースは手強いな…」

                                                                    
 書きながら「このアリス、私だ…」と思った。いや、私はジャイアンツファンだけど。私もシーズン中は極力、夜の外出を避けています。だって野球が大事だもん。 
 阪神ファンの方ごめんなさ〜い!! 片岡選手好きなんですよ〜。 どうしても野球がらみの話が書きたくて、新聞のスポーツ欄見て思いつきました。あっという間に完成。楽しかったvv