I'm in love?

 午前中の講義が終わり、社会学部の火村英生は学生会館の食堂に来ていた。空腹をおぼえているのも事実だが、法学部の友人の姿を探すのが主な目的。特に用事があるわけではないが、一緒に昼食を摂るものいいかと思いつき、こうして視線を彷徨わせている。
 ほどなくその友人の姿は見つかった。…が。 そこには探していた有栖川有栖と一緒に、彼の友人数名の姿があった。アリスを通じて火村も顔見知りになっていたその学生たちと、アリスは楽しそうに談笑している。
『あんな顔、オレと話すときに見せたことがあるか…?』
 そう思った瞬間に火村は踵を返し、今来たばかりの方向へと歩を進めていた。その時。
「ちょ、ちょお待った!!」
 聴きなれたその声に火村は足を止め、ゆっくりと振り返る。声の主は…予想どおり、アリス。
「なんか用か」
 あくまで冷静に答えた。
「自分、なんで帰ってるんや」
 アリスが慌てた様子で近づいてくる。
「なんでだっていいだろ。ほら、はやく戻れよ。みんな待ってるぜ」
 そう言い捨てると、火村は食堂から足早に出て行った。アリスはその後を追い、火村の腕を後ろから掴んだ。
「なんやねんなお前。何を怒ってるんやって」
「別に何も怒っちゃいないさ。ほら、メシまだなんだろ?お友達のところに戻れよ」
「なんやお前…焼きもち妬いてるみたいやぞ」
 アリスのその言葉に「はっ」と乾いた笑いを捨てた。…かなり無理をしていることに自分では気づかないまま。
「オレが誰に焼きもちなんか妬くんだ? おまえにか?それともあそこでおまえのことを待ってるお友達にか? ふん、馬鹿馬鹿しい。俺は別におまえに用があって来たわけじゃないんだ。ほら、はやく戻れよ。こんなとこでこんなくだらない話をしてたって、大事な昼休みが無駄になるだけだぜ」
「…なんでおまえと話してるのが無駄になるんや。俺は…」
 何かを言いかけて、アリスは考え込んでしまう。
「あのな…あいつらとつるむのは楽しいからなんやけど…」
 アリスが一生懸命探している言葉を火村は黙って待った。
「楽しいだけなんや」
 そうアリスは言い切る。
「あいつらといると楽しいけど、それだけなんや。あっ、もちろんみんなのことは友達だと思ってるし好きやけどな。お前といるときは…もちろん楽しいけど、それだけやない。…ドキドキするし…」
 だんだん俯きかけている。が、突然顔を上げて火村を見た。
「ドキドキいうてもヘンな意味とちゃうぞ!…なんかこう…何かが起こりそうっちゅうか…」
 勢いよく発言したアリスだが、最後のほうはまた顔が下がってきた。それは幾分赤くなっていて、見ている火村のほうが恥ずかしくなってきそうなほどだった。そんなアリスを見ていると、今まで苛立っていたのが不思議と治まってきた。どうして苛立っていたのかも不思議なのだが、今はそこまで考える余裕はない。
「お前、午後からは?」
 突然話題を変えた火村に、アリスは視線を戻した。
「え? あと一限…」
「サボれ。行くぞ」
「はぁ〜? メシは?」
「そんなの外で食えばいいだろう。ほら、行くぞ」
 そう言って建物の外へ出る火村を、アリスは後ろから追いかけた。すぐに追いつき火村の横に並んで歩き始めると、さっきまでの棘のある言葉の応酬が嘘のように自然な会話が始まった。昨日読んだ本のこと、午前中の授業のこと…。専ら話し手はアリスだったが、火村が言葉を返すとアリスは嬉しそうに微笑む。
「あ…」
 突然小さく呟いた火村に、アリスは驚いて足を止めた。
「何?どないしたん?」
「いや…なんでもないんだ」
 動揺を隠して火村は言った。
『そうか…。みんなの前では見せないな…』
 アリスがこんな微笑みを見せるのは自分の前でだけだ、と気がついた。多少自惚れが入っているかもしれないが、きっと間違いない。こんなに柔らかに話をするのも自分と2人でいるときだけだ、と。 他の誰かとアリスが2人でいるときなどは見たこともないくせに、一旦そう考え始めるとどんどんパズルは解けていく。やはり自分は焼きもちを妬いていたらしい、と。

『親しい友人ができると厄介な感情が湧くんだな』

 どこまでも己の感情に鈍感な男・火村英生なのであった。 



                                                                    
 こんなオチになる予定じゃなかったのですが…。だってー、火村がアリスへの想いに気付くのは、ず〜〜っと後になってからなんですものー(というウチの設定)。 この話は火村さんに焼きもちを妬かせたくて書いたのではなく、アリスに『楽しいだけなんや』というセリフを言わせたかっただけなのです。これに文章を足していったので、まさかこんな話になるとは私も思っていませんでした。完成してみてびっくり。なんやようわからん話になりましたが、とりあえずアップ。