ないしょ。
あの窓ガラスの切り口は、絶対どこかで見た覚えがある。
あれは常習犯の手口に違いない。


「空き巣の現場行ってきました」
「ご苦労様、報告書出してね」
鞄を机に置いて、席につく前にコーヒーを取りに行く。
ちょっと疲れてるから、砂糖は多めに入れよう。
「お疲れ様」
コーヒーメーカーの前にいるのは青島くん。
悪戯っ子みたいな笑顔で私にコーヒーを差し出してくれた。
「ありがと。気が利くじゃない?」
「まあね」
私もにっこり笑ってあげて、コーヒーに砂糖を一つ入れる。
プラスチックのカップはほんのり温かく、少し強めの冷房がかかっている刑事部屋にはちょうどいい。
「ねね、すみれさん」
青島くんの甘えた声。
なんとなく、彼が言いそうなことを想像したけど、たまには惚気てみるのも悪くない。
「なあに?」
「最近どお?一倉さんと」

やっぱりな。
私はくすくすと笑ってしまう。

「青島くんって単純」
「何でよ?」
「だって絶対聞いてくると思ったもん」
彼は口を尖らせて、単純で悪かったねと拗ねた。
「で、どおなの?」
「ふつう」
私はコーヒーを冷ましつつ、そ知らぬ顔で答えてあげる。
「何ふつうって」
「ふつうはふつう。あんまり会えないし」

そういえば、最後に会ったのはいつだっけ?
あの人はいつも忙しいし、私も忙しい。
青島くんはふうん、と言って私の顔をちらりと見た。

「寂しい?」
「青島くん」
「ん?」
「その事、他の人に言わないでよ。署長なんかにバレたらうるさいから」

唇に人さし指。
それは「ないしょ」のサイン。
青島くんは笑いながら私の真似して、人さし指を唇にあてた。


窓ガラスにはガラス切りで描かれた、綺麗な円形の穴が開いていた。
午後3時過ぎは主婦が買い物に行く時間。
靴は脱いで侵入しているようだ。靴の跡がなかったから。
この空き巣の特徴を一つ一つ見つけだしていく。
やっぱり一度見た事がある。
「係長、この犯人前に一度あげた事があるような気がするんですけど」
「うーん、資料残ってるかな?」
「ちょっと資料室見てきます」
私はペンを置いて席を立った。

エレベーターのボタンを押して表示を見る。
そんなに待つ事もなさそうかな、と思っている間に目の前の扉が開いた。
「あ」
「ああ、恩田くん、階段使ってくれる?」

副署長の冷たい御言葉。
隣には、あの人。

「8階まで階段昇れって言うんですか!?」
「しょうがないだろう、一倉課長はお急ぎなんだから」
彼は顔色一つ変えないで言う。
「私は構いませんが」
私も彼も、演技上手だ。


どうしてエレベーターに乗ると、みんな扉の上の表示板を見るんだろう。
と思いつつ、私もしっかり見ている。
さりげなく彼の隣に立ってみるけど、彼も表示板を見上げたまま。

すっごく久し振りなのに。
なんだか可笑しいな、と思う。
こんなに側に貴方がいるのにね。

「公私混同はしない。お前が問題起こしたら容赦しねえからな」
いつか、貴方は笑いながら言った。

ちらりと横目で貴方を見る。
視線を逸らした貴方は、まるで知らない人のよう。
それでも、嬉しいな、なんて思うぐらいはいいでしょ?
貴方は、嬉しい?


「…?」
指先に何かが触れた。
それは私の手を優しく包み、その後ゆっくりと指に絡み付いた。
「一倉課長は最中とかお好きですか?」
「結構です」

副署長の間抜けな質問。
答える彼の声。
繋がれた、私達の手。
小さな鉄の箱の中で、上昇する空間の中で。
貴方の「会いたかった」という声を、聞いた気がした。

チン、と軽い音を立ててエレベーターはゆっくりと止まる。
私の手から彼の手が離れていき、彼は振り返る事なく開かれた扉の向こうに歩き出す。
箱の中に残された私は、まだ彼の手の感触が残る人さし指を唇にそっとあてて呟いてみた。
「…ないしょ…ね」




「俺をパシリに使いやがって…」
「通り道だったんだろう?ケチケチするな」
「室井、お前ほんっとに性格歪んでるぞ」
「恩田くんに会いたいと騒いでいたのは何処のどいつだ。会えたのか?」

唇に人さし指。

「ないしょ、だ」















おわり。






シキさんから一すみでリクエストをいただきました。お題は「湾岸署のみんなに気づかれないようにラブラブする一すみ」。
…ラヴラヴなんでしょーか?ははは。
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