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(2003.11.12)

 ソレを拾ったのは、いつもの気紛れだった。
 大抵、仕事が上手くいかなくてイライラした時には、俺は散々飲んだくれて喚いて、周囲に迷惑をかけて、体中のもの全部絞り出して、電柱にパンチして、勝手にknockoutされて、いつの間にか朝になってて、何故かいつもちゃんとベットに寝ていて、そして何かを拾ってきている。
 それはある時は工事中の看板だったり、居酒屋の提灯だったり、女物の下着だったり、サトちゃんだったりするわけだが。

「おはようございます。」
「・・・イキモノ?」

 びっくりした。目の前には人間のオスが居て、挨拶をしたのだ。今まで色んなモノを拾ってきたが、そう言えば動いている生モノを拾ったのは初めてだった。
 目の前にいる彼は、俺の言葉の意味が分からないという風に首を傾げて、俺の顔をじっと見た。俺もじっと見る。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
 どうしたもんか。
 そう思ったら、彼の方から口を開いた。
「あの・・・。」
「何?」
「お腹減ってませんか?」
 とたんに、俺の腹が盛大な音を立てて鳴った。俺は食欲と性欲と睡欲には、正直な男だ。
「なんか、ハチくんって野生動物みたい。本能で生きてるっていうか。」
 そりゃケダモノだろ!と自分でツッコミを入れようとしていた所にそう言われて、ガクッと身体が落ちた。俺のそんな行動にも動じずに、彼はにっこり笑って食事にしようと言う。

 勝手知らない人んちのキッチンに立って、彼は手早く朝食の用意をした。あまりに手際が良かったので、一瞬、別れた女どもの顔を思い浮かべたが、どれも気が強く、キッチンでメシを作ってくれるような殊勝な女は浮かんでこなかった。
「で?」
 用意されたトーストと、スクランブルエッグと、レタスとトマトのサラダを全て平らげ、食後のコーヒーを啜りながら俺は聞いた。
「で?って・・・で?」
 彼は面白そうに笑って言う。なんだ、可愛い顔をしているな、俺より少しは若いか?よくよく観察してみると、艶のある綺麗な黒髪に、同じく黒目がちな大きな目が可愛いらしい、俺にしては良く出来た拾いモノだった。
 そこで俺は、気が付いた。今まですっかり、彼は自分の拾いモノだとばかり思っていたが、実のとこ、そうじゃないのかも知れない。例えば、仕事の遅い俺に痺れを切らした局の誰かが寄越した運の悪い新入社員か誰か。

「そうなの?」
 前後になんの脈絡も無く、俺はそう言った。俺の話に脈絡が無いのはいつもの事だ。これで大抵のヤツには変人扱いされるのだが。
 彼はうーん、と首を捻り、暫く考えてから、
「あ、そうだ。ハチくん家、ビデオデッキあるよね?俺、映画見たいな。」
 と、何の脈絡もない話題を振って来た。上出来だ。
 とりあえず、彼は仕事関係の者ではないらしい。そう言えば、最初に俺のことを「ハチくん」と言った。くん付けされるなんて何年ぶりだろうと考え、いや、そんなことはどうでも良かったと未だ寝ぼけた頭を掻く。
 と、なると。やはり俺が拾ってきたのか。

「知ってんの?(俺が拾ってきたって)」
 俺が聞くと、また彼はうーん、と首を捻り、
「俺、ヨシ。よろしくね、ハチくん。」
 と言って笑った。
 それから俺たちは2人揃ってレンタルビデオ店に行き、ビデオを3本程借りた。俺は物忘れは酷い方だが、全部ホラーで、その中の1つに「サスペリアPART2」が入っていた事を、なぜだか覚えている。

 こうして、俺とヨシの共同生活は幕を開けた。
 その時はまだ、ヨシは随分と嘘くさい笑顔を貼り付けてばかりいた。


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