『アーユルヴェーダの知恵』(1995)講談社現代新書

●高橋和巳

 1953年、栃木県に生まれる。慶應義塾大学文学部中退、福島県立医科大学卒業。東京医科歯科大学神経精神医学教室入局。その後、都立松沢病院精神科勤務。精神科臨床に携わるかたわらアーユルヴェーダの研究・普及に努めている。



 アーユルヴェーダとはインドの伝統医学のことである。基本的な理論として、ドーシャという概念を仮定している。これらは人間の体にあるエネルギーのようなもので、3種あるとされる。1つはヴァータといい、「軽さや動き」という性質を持ち、人間の生理機能では運動を司っている。2つめはピッタといい、「熱と鋭さ」という性質を持ち、代謝機能を司っている。3つめはカパといい、「重さと安定」という性質を持ち、構造機能を司っている。人間の体質(プラクリティ)はこれら三つのドーシャの割合によって決まると言う。
 アーユルヴェーダでは人間の体質を10の類型に分けているが、基本的にはどのドーシャが一番優勢かによって3つの体質、すなわちヴァータ・タイプ、ピッタ・タイプ、カパ・タイプに分けている。
 
 これら三つのドーシャが個人の中でバランスがとれているときには良いが、バランスが乱れるとそれが病気となって現れると考える。このバランスが乱れている状態のことをヴィクリティと呼ぶ。アーユルヴェーダの基本的な考え方はヴィクリティの状態になることを防いだり、ヴィクリティになってしまった状態を本来の体質であるプラクリティの状態に戻したりすることが大きな目標であるようだ。

 アーユルヴェーダの方法論としては、ヨーガ瞑想、パンチャカルマ、ハーブの処方の3つが主要な方法である。このうち、パンチャカルマというのがインド伝統医学の特徴的な方法であろう。パンチャカルマとは簡単にいってオイルマッサージ、スチームによる温熱療法、浣腸などといった一連の手続きによる身体浄化法である。アメリカやドイツ、日本といった先進国で行われるパンチャカルマは医師の指導の下に3、4日〜2週間くらいかけて行われる。

 アーユルヴェーダとは、西洋医学のように「病気を治すこと」が主眼ではなく、「健康を増進させること」が目的なので、日常生活の中で実践できる方法もある。すなわち、ヴァータと整える休息、ピッタを整える食事、活動はカパを整える。

 著者は最後にアーユルヴァーダは生物としての自然治癒力を取り戻し、高める働きをすると述べている。

 さて、私の感想であるが、医師である著者は臨床現場でこのアーユルヴェーダを適用し実績をあげていることと、インド伝統文化であるアーユルヴェーダが好きなのだということが伝わってくると感じたし、専門用語が多いわりには説明が適確でわかりやすい。
 しかし、他の学者や医師たちにアーユルヴェーダの思想や方法を広めていく過程で、理解が得られないこともあるようで、そのことからくると思われる過剰な「科学的」説明が多いような気がする。理論的にアーユルヴェーダの効用について因果関係を説明しようとしているのであるが、量子力学といった「先端科学」などの理論を応用して説明することには私は無理があるのではないかと感じた。
 いわゆる「科学」(医学を含む)は西洋にあった伝統的な考え方から発生し方法論もそこから生まれているのだから、方法論をその考え方で説明するのは楽なのであるが、東洋の伝統的な方法をいわゆる「科学」的な考え方で説明することは、基盤となる論理や考え方が異なるので困難であると思う。同じく東洋医学の方法論である漢方薬を例にとると、ある漢方薬が効く理由をどの成分がどのように効いているのかを生理学的に説明するのは難しい。しかし、それでも効くことは一般に理解されており、利用されている。鍼灸も同様である。
 従って、私はアーユルヴェーダの効用の「理論的説明」のために西洋医学を利用するよりは、「仮説→実験→実証」といった方法論を用いてアーユルヴェーダの効果を示したほうが良いと思った。すなわち、対照群と実験群の比較データを示されたほうが、一般の読者にとって説得力があるのでは。