『意志のはたらき』(1973)The Act of Will
ロベルト・アサジョーリ著 国谷誠朗・平松園枝共訳(1989)誠信書房


 「サイコシンセシス叢書」の第一巻目。"サイコシンセシス"とは、イタリアの精神科医ロベルト・アサジョーリが創始した心理学・心理療法である。アサジョーリは、初めてイタリアにフロイトの精神分析を伝えた一人であるが、フロイトの考え方に追随するのみならず、個を超えて宇宙意識にまで広がる心理学(トランスパーソナル心理学)を最も早く構想した。
 アサジョーリは1888年にイタリアのヴェネツィアに生まれる。フィレンツェで医学学位取得後、スイスのチューリヒで精神分析を学ぶ。1910年に独自にサイコシンセシスの理論を体系化して発表する。1926年にはローマにサイコシンセシス研究財団を設立した。1974年没。

 この『意志のはたらき』という著作では、人間の"意志"に焦点をあてる。意思の持つ特性や、自身の身体・周囲に与える影響、また意志が確実に実現される過程などがその内容だが、読む前の先入観に比べ遥かに学問的かつ実際的であった。すなわち、"意志"を主題にした学問的な論文というのは、実験に基づいた無味乾燥なものに終わるか、または哲学的な思索に終わって実用性に欠ける傾向にあるように思え、"意志"を主題にした実際的なエッセイというのは、著者の経験談による精神論や、強い意志を獲得するための根拠に薄いトレーニング法の記述に偏ることが多いように思うのだが、この本ではそれらが全てバランスよく配合されていると感じられた。手っ取り早く強き善き意志を得ようとする実際家にも、"意志のはたらき"について知ろうとする哲学者にもお勧めできる。巻末の付録にある、意志についての研究レビューは卒論・修論の資料に良し。
 心理療法の分野においては、近年、認知行動療法の普及がめざましい。科学性を重んじる認知行動療法の考え方は、トランスパーソナル心理学と馴染まないと思っていたのだが、ずいぶん昔にこんなところで認知行動療法の技法と合い通じる"意志のトレーニング"と、"魂"や"宇宙意志"などといった概念を融合させているアサジョーリはとてつもない人だ。