ドリームシラユキ2002



————さぁ、白雪姫。目をあけて。
白雪姫。白雪姫。
ほら。君の王子様が、来てくれたよ———


「なんっじゃこりゃああ〜〜〜〜!!?」
気が付いたら、馬を駆っていた。
しかも、やたらびらびらじゃらじゃらした金モールやらレースっぽい布やら、金の縁取りがされている、刺繍の装飾も麗しい青くテカる上着やらを身に着けて、やたらつるつる滑る真っ白の謎の布やらを首に巻きつけて。
おまけに———信じがたい事に、淡いクリーム地に白の縦じまが入った、ゆったりした着心地の…いわゆるカボチャパンツに、これまたとんでもない事に白タイツ、膝までのブーツ、更にいうなら凄い高そうな細工が留め具に施されている深紅のマント、というキチガイ沙汰な衣装まで身につけていた。
————誰か、俺を止めてくれ。
俺はこの4月に16になったばっかりのええ歳こいた高校生だっつの。
これは夢だろうか?いや、そうに違いない。大体こんな非日常的な服着てること自体がおかしい。学芸会やコスプレじゃあるまいし。カボチャパンツなんて冗談のきついものは断じて履かん。だからこれは夢だ。そう、夢。イコール、夢。
…そう信じたかった、けれど。
この気の遠くなるようなリアル感はなんなんだ。
肌にぴったり張り付くこの白タイツがこれまた生生しい感触。
足に纏わりつくこの布が、はっきりいって気持ち悪い。
足のタイツを引っ張っていたら、腕が腰の辺りの何か堅いものにぶつかった。
かちゃり、と金属音がする。
…今までの流れからいって、大方察しがつくけど…
「おぉあた〜り〜〜〜ぃ」
なんと帯剣までしていた。大正解。
この出で立ちからして…今の俺って、と考えて止めた。はっきりいって考えたくないし認めたくない。
馬なんかに乗ったこと無いのに、駆けて行く振動や尻の痛みなんかがはっきり分かる。
馬は(因みにこれもまた気の遠くなる話だが白馬だ)乗り手の気持ちも知らずにどんどん駆ける。
…………
……ってかマジ尻いてーし!!
あんま走るんじゃね—よ、馬!!
ってゆーか、ここは何処だ?
馬をばしばし叩いて見ても効果はみられないようなので、尻の痛みを耐えて辺りを見回してみた。
見渡す限り、木・木・木・木。草。切り株。
ここは森か?それとも山か?あまり傾斜が無いところをみると、きっとこれがうわさに聞く森なんだろう。噂に聞く、なんていうのは何せうちの近くには山しかなく、森なんて西洋のメルヘンチックな単語が当てはまる木の群生地なんてないから。
なんなんだ、ここは。
誰かに召喚されたのか?でも「助けて」とかいう声は一つもしなかったし。
……ゲームのやりすぎだな、俺。
「あーりーえーね〜〜…」
そう、何もかもが有り得ない世界。
衣装と言い、馬といい、景色と言い…現実世界に有り得ない。どっかの漫画や小説じゃあるまいし。…あーでも、ドイツとかイギリスとかフランスとかだったら有り得るかも。メルヒェンの国だからな、あの辺は。
しかし。
ついさっきまで普通に制服着て、普通に鞄持って、普通にチャリ漕いで学校に向かってたはずなのに…
なんで制服→びらびら衣装、鞄→剣、チャリ→馬、ってことになってるんだ?
わっかんねぇ〜。
相変わらず尻痛ぇし。いい加減走るの止めろって、馬!!
ってか、これから何処へ行くんだ?場所を示せ、場所。
とは言っても、地名言われたってさっぱり掴めやしないなんてことは解かり切っているけれど。
「何処行くんだよ〜ぅ…」
「それはですねぇ」
思考停止。
ぼそりと独り言を呟いた、つもりだったのにどこからか———いや、自分の直ぐ近く、はっきり言うなら目の前で揺れるたてがみの前から、風に乗って返事が聞こえた。
何だかやたら爽やかなお兄さん声だった。声優でもやってそうな。
———まさかそんな。これ以上のばかげた話は……
「私達はこれから森の奥にある小屋に向かうのですよ…って、聞いてます?私の話」
えーっと。何だかこの白馬サンが喋っている様に聞こえるんですが気のせいですかお母さん。
「呆けてないで返事くらいしてくださいよ、まったく…王子!
母さん。
今ボクはとんでもない夢を見てるみたいです…早く起こして下さい。マッハで。
「しっかりしてくださいよ、王子!あなたは今からお告げの姫君をお迎えに上がるんですからね!解かってるんですか、王子!」
「だーーーーーーっっ!!」
頼むから。
頼むから、頼むから、
「王子王子って連呼しないでくれ!」
「はぁ?何言ってるんですか?」
馬の方向から聞こえてくる声が惚けたような響きを伴う。
「おっ…俺はっ、俺は王子じゃねぇーーーー!!」
「な〜にテンパってんですか。怖気づいたんですか?いいですか、あなたは王子。隣の領地の主の息子です。16年も暮らしてきて、今更テンパられてもこちらが困ります」
「テンパるとか言うな!お前は誰なんだっ?み、認めたくないけど…もしや」
いきなり王子呼ばわりされたことにも、メルヘンチックなこの世界(と言うことにしておこう)において「テンパる」とか言う言葉を聞いた事にも驚きながら、今最大の疑問を声の主にぶつけた。
結果は、まぁご想像の通り———認めたくは無いが、ヤツはあっさりこう述べた。
「見ての通り、ですよ?やだなぁ王子、私の名前もわすれちゃったんですか?ミルヒシュトラーセですよ、あまりにパニックになりすぎて忘れちゃいました?」
————馬。
認めたくない事実が今目の前に。
しかも生意気に「ミルヒシュトラーセ」などと名乗って。
馬が。この馬が。
くらっと軽い眩暈を覚えて、危うく落馬するところだった。
「……馬、が…人語を…———解かった、もう何も言わん。そもそもがおかしいからな…ってか、『森の小屋』とか『お告げの姫君』とかなんじゃそりゃ!?」
そう、まずそれを訊きたい。
「えー私だって知りませんよー。そう言われただけなんですから。大体王子が言い出したんですよ?」
「…はぁ?」
馬———ミルヒシュトラーセはたかたかと軽い足取りで森を進んで行く。
「『森だ、森に行くぞミルヒシュトラーセ!我が運命の姫君が、余の訪れを待ち給うておられる!そうお告げがあったのだ、行かねばなるまい』とか言っておられたじゃありませんか」
「………うわぁ」
テンパり過ぎ。
『余』とか言ってるし!すげぇ、世界が違うよマジで!
「……おい、ミルヒ」
「勝手に省略しないで下さいよ〜『ミルヒ』だけじゃ『牛乳』になっちゃうじゃないですか〜」
人語を操る馬が、いっぱしに文句をぶーたれるのをさらりと無視して、取り敢えず説明して見た。
「俺さぁ、なんか状況がよくわかんないんだけど、多分お前のご主人様とは別人だと思う」
たかたかたかたか。
馬は機械的に前に進む。
ややあって、白馬さんはやっと口を開いた。
「…は?な、何言ってんですか 、同じ顔して同じ声して同じかっこして同じ背格好で同じ…」
牛乳色のそのお馬さんははた、と立ち止まった。
「………」
「うわ!あっぶねぇ〜止まるんなら止まるって言えよな〜ミルヒ」
「…そういえば…先程から話し方が違うような…」
「うわ今更!」
牛乳馬のボケに即切り返して、俺はちょっとばかり主張を続けた。
「そう!俺は、王子なんかじゃないし、『運命の姫君』とかいう話もぜんっぜんわかんないし、大体こんなコスプレみたいな格好はしねぇの!あと俺の世界じゃ馬はしゃべんねぇし!」
馬は黙りこくってしまった。
さわさわさわさわ…と森の木々の葉ずれの音が聞こえる。
うーん『となりのト○ロ』みたいだな〜(どこがよ)
暫く押し黙った後、聡明な白馬くん・ミルヒシュトラーセがやっとこさ口を開いた。
「…じゃあ何ですか。あなたは王子そっくりの、全く別人って事で、この世界とは違う世界の人間だと、そう仰りたいので?」
「いやー、話がわかるねミルヒ。全くもってその通り。でも王子とそっくりってのはわからんが」
「…これはもしや」
たてがみを揺らしてミルヒはぼそり、と呟いた。
アレではなかろうか…」
口にして、慌ててかぶりを振る。
「いや、そんな訳はあるまい、ってかあったらヤダし」
「ちょっと待て。一人でブツブツいってんじゃねぇよ、馬!アレってなんだよ、アレって」
アレアレですよ…まさか本当に起こり得るだなんて聞いてませんよ私は…」
ミルヒはぶつぶつと呟き、参ったなぁ、と言うようにため息をついた。
「だぁからアレってなんだよ」
馬との会話を普通に行っている事に『俺って意外と順応性あるんだなぁ〜』とか考えながら、さっきから気になっているアレの事を尋ねた。
アレですか…」
雪のような麗しいボディに輝く銀の鬣を持ったその馬は、沈痛な面持ち(たぶん)で切り出す。
「この世界の言い伝え…ってか伝説ですね。一種の神話です。『元同じくする者渡り合う (たま)越えて時超えて 滅びゆくかの地に』…意味解かります?」
「いや全然」
すっぱり言い切ると、ミルヒははぁー、とわざわざ聞こえる様にため息をついてくれ、
「でしょうね」
始めから期待してなかったとでも言いたげにすぱっとのたまった。
…失礼な牛乳馬め。
「…あのですね。これは『魂渡り』…つまり魂が入れ替わっちゃうってことなんですよー」
「…はぁ〜?」
んなアホな。
小説やドラマなんかでも使い古されたネタだぞ、それ。
「だってこれ、俺の身体じゃん。証拠に手首のところに黒子が2つあるし」
ほら、と首を回してくる馬に見える様に手首を出した。
「あぁそれなら王子にもあります。いーですかぁ〜ちゃんと聴いてくださいよぉ〜…とは申せ、伝説の域を出ないものですから実際どうだか知りませんけど」
偉そうなミルヒさんはこう前置きして、説明を始めた。ほんっとにアニメか映画の声みたいだ。カッコイイ2枚目役。
実際は馬だけど。
「『魂渡り』ってのは、良く判らないんですけど同じ体を持つ余所の世界のもの同士が出来ちゃうみたいです。だから顔も背丈も黒子の位置とかも同じで当たり前なんですよ。全てぴったり同じパーツじゃないと出来ないらしいですから、かなり凄いんじゃナイですか?この確率。細胞一個一個に至るまで一緒なんでしょうかねぇ…んで、元の身体に戻る時ってのは…えーっと、どうでしたかねぇ…」
そこまで言って、聡明な白馬は考え込んだ(ように見えた)。
どーでしたかねぇ〜じゃねぇよ!!
戻れなかったら…どうしてくれるんだよチクショウ。こんな学芸会みたいな服装で一生過ごすなんてぜってーヤダ。
…と心の中で呟いて、考え込んでいる(ようにみえる)ミルヒさんの言葉を待った。
やがて声だけ2枚目の彼はあっはは〜と笑ってこういった。
「…忘れちゃいましたぁ〜」
「わっ、笑ってんじゃねぇ!!」
「そんな事言われても」
勤めて冷静に馬の兄さんは言葉を続ける。
「忘れちゃったものはしょうがないじゃないですかぁ。ま、そのうち思い出すか勝手に戻れるかどうにかなりますって。気に病むこと無いですよ〜外見同じですし」
ミルヒは慰めてるんだかそうでないんだかよくわからない言い方で微妙な言い訳をして、歩き始めた。
「…兎に角」
「……なんだよ」
はっきりいって状況に付いて行けないけど、どうしようもない。それはわかる。
だけど無性に悔しいから、そっけなく返事をする。
「貴方にはこのまま森の姫君のところまで行ってもらいますよ。いつ王子と入れ替わるとも知れませんし」
「うえ!?マジかよ!?」
「マジです」
馬は容赦なく前へ進みだした。
……俺の意見は無視ですか。