王権の正統性      

2008.1.27  

掲示板より


古代ギリシアやローマ社会は、王というものを厳しく嫌った社会である。

ギリシアは王をもたないまま滅んだが、古代ローマ社会では、王の復権が試みられている。
それは皇帝(インペラトール)という形で王に近づいていくが、
王は最終的には宗教的権威をまとわなければならないという壁にぶつかり、キリスト教に近づいていく。

紀元392年にはローマ帝国はキリスト教を国教とし、キリスト教の神の意志として帝国を支配しようとする。

それは西ローマ帝国の滅亡により短期間で滅んだようにみえるが、
西ヨーロッパではキリスト教と王権の結びつきはその後も長く続いていく。

良くも悪くも西ヨーロッパでは、政治的正当性はこのような結びつきのなかでキリスト教という宗教的権威によって保たれた。

日本ではそのような政治的正当性が何によって発生するかというと、それが天皇の権威によってであるが、
その天皇の権威がどのような宗教的権威によって支えられているかというと、これがなかなか見えてこない。

天皇の宗教的権威は『正統』の観念と分かちがたく結びついている。
この正統の観念は神話にまでさかのぼるものであり、その神話のなかではたんに天皇だけではなく、それにつき従う家臣たちもが正統のなかで秩序づけられている。

摂関家がなぜ天皇になろうとしなかったか。
源頼朝がなぜ天皇になろうとしなかったか。
承久の乱後もなぜ天皇家は滅びなかったか。

このような疑問は、日本の歴史のなかで、正統の理念がどのように位置づけられてきたかをみなければわからない。

日本の歴史のなかで、天皇は絶対権力者ではなく、家臣たちは天皇の皇位継承についても、神意をおしはかる権限をもっていた。
神の代理人として神意をおしはかる権限は天皇にではなく、摂関家に与えられていた。

キリスト教社会ではその神意をおしはかるものとして神の代理人であるローマ法王が存在したが、日本ではそのような機能を主に摂関家が受け持っていた。

キリスト教であれば神の神意がなんであるかを考えるときに聖書という聖典があるが、日本の場合にはそれに相当するものがない。

日本の政治的混迷と思想的混乱は行きつくところそんなところにあるのではないか。

教育を論じるときもその基準となる思想的バックボーンというものが崩れてしまっているように思える。

市場原理主義というものはもともとキリスト教に由来するものである。
日本にそれを持ち込もうとするのならキリスト教に代わる何か他のものが想定されなければならないのだが、今の日本のどこを探してもそのようなものはない。

貴族社会の存在しない今の日本で、丸裸にされた天皇家のもとに一つの国家主義を打ち立てようとするのであれば、
それに足るだけの天皇家の正当性というものが用意されていなければならないはずであるが、
今の日本には天皇家を支えるだけの宗教的正当性というものを誰も考えようとしていない。




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