25.新教育課程

総合学習の増設、授業時数減少、部活動への圧迫

2002.6.29

  学校五日制が導入され授業時数の縮小が不可避となっているなかで、高校に「総合学習」と「情報」という新たな科目が二つも高校の教育に追加されるということはどう考えてもおかしなことです。

 授業時数の縮小が問題化されるなかで絶対に行ってはならないことが、教科数の増大であることは誰の目にも明らかです。今は教科数を減らすことは起こり得ても、増加は絶対にあってはならぬ時期なのです。教科を新たに追加することは他の教科の時間が減ることを必然的に意味します。
 特に総合学習はその教育的効果が全く意味不明のものです。いま学校現場では一単位を減らすためにすさまじい葛藤があっています。その中で意味不明の「総合学習」に3単位もの時間を割くことは暴挙とさえいえるものです。

 現在、新教育課程にともなうカリキュラムの変更とその過密性の結果、6限の授業で全学年一斉に授業が終わるというスタイルが崩れようとしています。学年によって6限授業であったり、7限授業であったり、それが日によってまちまちであったりというスタイルが増えつつあります。
 ただでさえまとまった練習がしにくくなっている部活動が、ますますそろわなくなることに水を注いでいるのです。6時で終わる生徒と7時で終わる生徒が不規則に出てくるようになれば、部活動全員が一斉に集合するという形は取れなくなります。そして今の生徒は、早く集まって2時間たっぷり練習するよりも、遅く集まってちょっとだけ練習するほうが得だと思うでしょう。これでは部活動にならないのです。そういう考え方が生徒に及ぼす倫理的危険性をよく考えなければならないと思います。

 部活動はやる気のある生徒を育てるためには必要なものです。
 学校は勉強だけで成り立っているものではありません。また勉強が好きな生徒からだけ成り立っているのでもないのです。そういう生徒を育てるために、部活動は絶好の場を与え続けてきたのです。

 本来、学校教育は、
 A)課内活動(授業+ホームルーム+学校行事)
 B)課外活動(いわゆる放課後の部活動)
 の両面で成り立っているものです。

 課外活動(部活動)はちゃんとした学校の教育活動です、我々教師も勤務時間の中で(または勤務時間をとわず)その指導を行うことを認められている、正当な教育活動であるはずです。

 学校の完全週五日制に伴い授業時間が縮小されたうえ、「総合的な学習」や「情報」などの新たな科目が増加する一方で、増加した分の教科が従来の課内活動の時間からはみ出し、課外活動(部活動)の時間に押し出される格好となり、結果的に課外活動(部活動)の時間が圧迫され縮小されています。課外活動(部活動)が衰退していけば、学校全体としての覇気も衰退していくことは多くの教師が指摘するところです。

 本来、課外活動(部活動)は生徒自身の「自主性・主体性」によって行うものであり、そのような生徒自身の「自主性・主体性」を尊重しようとする教育改革を行おうとするのであれば、なおさら課外活動の時間は、尊重されなければならないはずです。

 課内活動において重要なのは、基礎学力を身につけるための謙虚さであり、集団で学んでいくための協調性であり、それは基本的に受け身的なものです。そういう受け身的な学習を大切にする姿勢の中から、学習に必要な忍耐力も養われてきたと思えます。

 その一方で、課外活動(部活動)において重要なのは、自ら参加し自ら向上しようとする「自主性や主体性」です。文部省の言う「個性化・自由化・自主性」は、本来この課外活動(部活動)において育まれなければならない性質のものなのではないでしょうか。

 本来、課外活動(部活動)において育まれなければならない「自主性や主体性」を、教師の指導のもとにある課内活動において授業の一環として「総合的な学習」の名の下に行おうとするところに根本的な誤りがあるように思えますし、事態が混乱している元凶があるように思えます。





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