ある学校の取り組み


  不登校について現場はどのように対応しているのか。2001年8月現在の最新の情報をお知らせします。以下はある私立学校の取り組みです。私立学校は文部科学省の直接の管轄下に無く、独自の教育理念に基づいて学校が運営されている。「柔軟な対応ができる」反面、「何もしなければ何も始まらない」という面もある。この私立学校は中高一貫の学校です。
  まずこの学校の取り組みの中心にあるのは「教育相談室」です。不登校生徒の増加に伴い、最近つくられた機関です。学校内に教室の半分くらいの部屋を一つ持っています。この部屋は保健室登校の次の段階の部屋として使われています。さらに、不登校になりかけの生徒も利用できるようになっています。つまり、生徒たちの「避難所」となっています。
  平成13年度の教育相談室がまとめた基本方針を要約して示します。
  1. 不登校問題は全ての生徒に起こりえることで、現代の社会で思春期を過ごす生徒が共通に抱える問題の表面化したものと捉える。
  2. 不登校問題に取り組む際には、家庭・担任・専門家の3者がお互いに信頼しあい、連絡をとりあって対応することが大切である。不登校生徒が自立することが大切で、学校へ来ることが問題ではない。
  3. 不登校問題の解決・予防のためには、全生徒が明るくいきいきと登校できるような教育環境を全職員の協力のもとに作り出すことが必要である。また、生徒自ら学ぶ意欲・思考力・判断力・表現力などを育成することが大切である。
  4. このような不登校問題への取り組みは、学校の基本方針に一致し、方針への具体的・現実的な取り組みの1つとなると考えられる。
  5. 他の問題行動においても、生活課に協力し側面からの援助ができるようにしたい。
  6. 要請に応じて、生徒への面接を行う。
  7. 不登校生徒などについての事例研究が全教職員に役立つものとなるように工夫する。例えば、生徒や保護者への接し方の情報提供や、教職員の研修会を立案する。

  この基本方針について意見を述べます。不登校を全ての生徒に起こりうる問題である、としたのは文部科学省にもみられる態度です。不登校問題の専門家とは、心理カウンセラーや精神科の医師です。不登校生徒に対してだけでなく全生徒を対象に、不登校の予防的意味でも学校の雰囲気作りに力を入れているようです。その一環として、教職員の研修会を催していることは良い取り組みだとおもいます。この基本方針は、現在考えられる最高のものであると思います。
  次に具体的な活動について紹介します。教育相談室は室長以下、11人の委員で構成されています。委員は相談係、会場係、父母の会・専門家教育相談係、記録係、通信・研究会係、教育相談室生徒係のいずれかを担当しています。委員の学内での職は、担任、教頭、養護教員などです。担任は、各学年から一人でています。以下は教育相談室の活動目標です。
  1. 不登校生徒の現状把握
  2. 委員会の定例会
  3. 研修活動
  4. 不登校問題の研究と具体的な取り組み
  5. 一般的問題行動への側面的援助
  現状把握については、週一回の不登校生徒へのカウンセリングが行われています。これにより個人ノートをつくります。 指導・接触の経過記録や、担任・主任を含む拡大委員会の開催、専属カウンセラーの必要性などが書かれています。カウンセリングでこころがけていることは、カウンセリングが長期にならないようにすることです。学生の時が3年、または6年と短いので、何年にも及ぶカウンセリングは学校では意味が無いといえるからです。カウンセリング技術的にも短期カウンセリングというのがあるので専門の知識に裏打ちされています。具体的には5,6回が目標です。生徒にとってとりあえず目の前にある課題を明らかにし、その解決を通じてさらに生徒の奥にある問題を明らかにしていくようにしているそうです。委員会では毎週月曜日に定例会がもたれて、情報交換が行われています。ここでのポイントは教育相談室が生徒・保護者から入手した情報についてかなり注意深く扱っていることです。カウンセリングを十分行うためにカウンセリングで話したことは、原則的にはその場にいたものだけの秘密になっています。

  委員会のレベルアップ活動も行われています。校外の機関、保健所や各種学会、教育委員会の催す研修会への参加。校内の職員を対象にした研修会の主催等です。学校に専門家を招いて講座を開くこともあります。学内については、新任教師研修も行っています。教職員にむけて通信をだしています。具体的な研修会は、行動療法についてのものや箱庭療法についてのものなど、カウンセリングの技術的なことが多いようです。

  不登校生徒に対する具体的なアプローチは、先に述べたカウンセリングをもとに計画されます。週に1度の定例会で担任を交えて、不登校生徒一人一人についての対応が決められます。実際に動くのは担任と委員です。両者は状況に応じてなるべく接しないようにしたりします。保護者との面接、カウンセリングも行われます。家庭訪問の時期も話し合われます。さらに保健室、相談室、教室と段階を経ることも考えられます。しかし、ここでも情報の機密性は保たれています。委員がカウンセリングで知りえた知識を担任に話すことはまずありません。また、不登校生徒の保護者の交流会を必要に応じて開催しています。今は年に5回程度です。

  不登校の予防的対応として、専門家による相談や、相談室の自習利用、教育相談関連の通信を発行したりしています。専門家は、心療内科の医師で年に5回ほど、一人30分程度で5,6人の利用があります。生徒・保護者に限らず、担任など職員も医師に相談することができます。委員の中でも相談係を設けて、毎週1回生徒、保護者、担任を対象に相談を受け付けています。一方で、相談室に委員が必ず1人は待機するようになっていて、不登校生徒の相談室登校や不登校傾向の生徒が休息に利用したりする場合に備えています。実際、保健室では対応しきれないので相談室が設けられたぐらいなので、かなりの利用者がいます。この学校の不登校生徒の数は、中学10名、高校9名です。1クラス40人程度で中学16クラス、高校20クラスなので、2クラスに1人の割合で不登校生徒がいることになります。この学校では不登校に陥りそうな生徒についても、「不登校傾向のある生徒」としてサポートしています。不登校傾向のある生徒も含めると、40人に1くらいになるそうです。このような状況を受けて、入学時に全ての新入生と保護者を対象に教育相談室の存在と活動内容についてお知らせしています。もし不登校の傾向がみられたら、生徒自身でも、保護者からでも、また、担任からでもすぐに教育相談室に相談するようにと周知しています。

  以上この学校の対応をまとめると、不登校に対する時のポイントがいくつか見えてきます。まず1つは、学校、家庭、相談室(専門家)が3角関係になっていること。次に、プライバシーに最大限配慮されていること。さらに、生徒、保護者、担任、相談員、どの構成人にも偏った制度でないこと。相談室のレベルアップが常に行われていることです。

  現在の日本において、思春期の精神ケアについてはなんのサポートもないのが現実です。幾人かの方によるサポートはありますが、私はそれでは十分でないと思います。「思春期は人生で最も健康だから」というのが公的機関の見方です。しかし良く聞いてみると、それは肉体的な健康についてだけです。精神的、社会的な健康はまだ科学的にはっきりしていないのでサポートが十分ではありません。かといって、何もしないわけにもいかないのです。そんな状況の中でこの私立学校の取り組みは、学ぶことの多い取り組みであると思います。