2000年9月24日 
シドニーオリンピック・女子マラソンにおいて金メダルを獲得した高橋尚子選手がインタビューの中であの言葉を口にした。


「すごく楽しい42Kmでした。」

日本中がこの言葉に感動し、あの笑顔に魅了された。
あれほどのレースをした後にあんなコメントを出せる選手はいない。
それほどすごいコメントだった。
しかし、私は彼女が口にした別の言葉にそのコメント以上のインパクトを受けた。
その言葉とは


「正々堂々と思い切って自分自身のレースをしようと思いました。」


という言葉だった。

正々堂々と・・・
よく聞くフレーズだが、彼女が口にしたこの言葉のもつ意味は大きい。
そして、この言葉こそこれからの女子マラソン界の今後を占う重要な意味を持つのではないかと思う。

以下、そのことに関して、JUNなりの考えを少しばかり述べてみたい。

とりあえず、シドニーのレースを再検証ということから始めましょうか。


シドニーオリンピック

2000年9月24日 午前9時

テレビ画面に各選手のウォーミングアップの姿が映し出された。繰り返しジョッグを行う選手、体に刺激を与えるようにダッシュをする選手、
思い思いの姿が見える。(この時点で、僕は、相当ドキドキしていた。)
市橋選手が見えた。軽い感じで軽いダッシュを繰り返す。(ちょっと緊張気味か・・)
次に山口選手が、ジョッグ程度の軽い走りを見せていた。いい感じで、顔つきもキリッと見える。(集中しようと意識している感じ。)

高橋選手の姿は・・・。
いましたいました。かる〜くジョッグ。というよりも速足のような感じ(競馬でいえばキャンターのような感じ。)でなんとなく口元が柔らかい。
ニヤつく自分を抑えるような雰囲気に見える。スタート地点に戻る際の歩き方がQちゃんウォーク。(スタスタと歩くんですよねえ スタスタスタ)
今日も札幌の時と同じようにサングラスをかけるようです。リラックスしてます。
腕振りのアクションも見られましたし、かなり自分の世界に入ってる様子
実際に表情を見るまでは、なんとなく不安だったはずなのに、あの表情を見たとたんにすべてが吹っ飛んじゃいました。
よかったねえ。元気にスタート地点に立てましたね。


スタート

ぴょんぴょんとジャンプを繰り返す山口選手。まっすぐ前を見据える市橋選手。Qちゃんは、サングラスをかけました。。。

さあ、緊張の瞬間、スタートです。
(いつもと変わらず、高橋選手は左手の時計をおさえながら、ちょっと前かがみ、本当にいつも変わらないのですねえ。)

号砲とともにきれいなスタートです。各選手がそれぞれけん制しあうような静かなスタートでした。
スタートから少したって、レンデルス(ベルギー)が、飛び出します。一人が大きく飛び出して2番手集団はひとかたまり。
5キロ、16分42秒、10キロが34分8秒、展開的にはスローな感じだが、やはりオリンピック 独特の緊張感がある。

その中で、ハプニングが発生。(テレビの画面でも、とお〜くに見える集団に動きが見えたので なんだろ?とは思ったのですが・・)
なんと山口選手が給水地点で転倒。。。(あとで見るとロルーペ選手と交錯するような感じ。こん時のロルーペ選手は速かったねえ ビックリ)
すぐに立ち上がれましたが、やっぱり動揺しちゃっただろうなあ。なんとなく波乱含みの予感がしました・・・

この後に、イタリアのビスコンテ選手が、集団を引っ張るようにして12キロ地点ぐらいで、先頭レンデルスに追いつく。
ここまで、日本の3選手は位置取りはかわりますがみんないい感じで走ってます。(山口選手 がんばれ!!) 
高橋選手は、いかにも抑え気味の雰囲気でちょっとうつむき加減で走ってます。小出監督風に言えば 「ペタペタ走法」 です。
ペタペタペタ と足の裏全体で地面に着地している感じでまったく力が入っていないようです。

15キロ、51分19秒。集団で固まった状態は続きます。ビスコンテ、フェルナンデス(メキシコ)が引っ張る展開。
日本の3選手もその後ろに。シモン選手もちらちら見えました。と ところが、、、ロルーペ選手いませんでした。遅れていました。
この時点ですでに圏外へ・・・。(なんとなくスタートした時に、おかしいなあと思ってました。だって、スタート直後、彼女、シンガリにいましたから)
やはり、波乱含みか・・・。

センテニアルパークから、急旋回するように右へカーブしながら、平坦なコースへ。このままの感じでいくのかなあ という予感がしました。
少し、ビスコンテが離しかけましたが、また後ろの集団が接近します。その後給水地点へ・・・。
ここで、あんな給水リレーが行われていたとは、この時は思いもしませんでした。。。


その直後、
ドーーーーーーーーーーーーーーン っと来ました来ましたあああああ!!!!!

ちょっと鼻の下の汗を拭いながら、高橋尚子選手が出ました。
脚の回転がちょっと変わりましたね。
すこし力を入れた感じで、今までのスタスタペタペタの走法から明らかに変わりました。
NHKスペシャルで言われていたようにギアチェンジをしたようでした。
レース後のコメントで「正々堂々と胸を張って出て行こう。」 とした瞬間でした。
確かに、胸を張って堂々としていました。キリッとした雰囲気でした。

高橋選手の飛び出しに市橋選手がついてきました。
(このときの市橋選手の表情が忘れられません。すごく集中した感じで、ちょっとこわいぐらいの表情でした。)
シモン選手、ワンジロ選手、キム選手もそれぞれついて来ます。
中間点では、その5人が高橋選手、市橋選手、シモン選手の3人に。オリンピック独特の雰囲気もあって、見ている僕の方がドキドキしてきました。
(Qちゃんのスパートについてきたのかあ この後はいわゆる駆け引きになるのかなあ 大丈夫か?Qちゃん・・・) これはその時の正直な心境。

ところがこの後の高橋選手の行動を見て、すぐに大丈夫と感じてしまいました。
ビデオをとっていたら見てみて下さいね。1時間21分41秒のところで、高橋選手は右腕をグルグル回しました。こ この動きは・・・・・
あのバンコク、アジア大会でみせたスタート直後の右腕グルグルのポーズではないですかああ。エンジンをかける前のポーズであると私が
個人的に思っているあのグルグルを見たとき、確信しました。
(まだ、エンジンはかけていないな。さっきのはスパートじゃなく、仕掛けただけなんだ。これから本当の高橋尚子の走りが見られるんだ)と

アンザックブリッジに入りました。坂というよりも登山でもしているんじゃないの?? という感じの急勾配。
少し前かがみになって、のぼりの走りに・・・
26キロ過ぎに市橋選手が脱落する。このきつい勾配で高橋選手が仕掛けた!!
(前かがみになって走るシモン選手に対して、高橋選手はそれほどでもない。そんなにフォーム自体は変わっていない。きつくない感じ。)

この後、高橋尚子、シモンの一騎打ちに。

クイーンズロードでの一騎打ち。まさにドラマのような展開。
いつどこで仕掛けるのか? シモンに勝てるのか? 勝負がかかる駆け引き・・・  などなど いろいろ画面では言われてました。
 
しかし、私はまったく心配していませんでした。
(だって、まだサングラスかけたままだもん 表情もまだまだ余裕。しかもこの時点では視線は下にありましたからねえ。)
それよりもどこで爆裂のQ極スパートが見られるのか?
それまで、ドキドキしていたのが知らず知らずのうちにワクワクした気持ちに。
(これって、高橋選手がシドニーの前に言っていた「見ている人が私と一緒になってワクワクドキドキしてもらえるようなレースをしたいです。」
の言葉通りじゃないか!? 私は自分でも気付かぬうちにQちゃんワールドに迷い込んでしまっていたわけだ。)



Q極のスパートだ!!!

その答えがついに出た!!!
34キロ過ぎ、サングラスを投げ捨てたあああああああ。(投げた方を確認しているQちゃんは、なんとも言えず微笑ましい。)
シモンが遅れた。スパートだ!! この時のために今までやってきたのだ。セビリア世界選手権の欠場から始まった雌伏の時。
腕を骨折して、完治してもいないのにシドニーに間に合わせるために出場した、全日本実業団女子駅伝。全快に戻ると思いきや、徳之島の
合宿前におきた体調の異変、その後調子が完全に戻らず笑顔が戻らないまま迎えたシドニー最終選考会、名古屋。
そこでみせた意地の走り。札幌ハーフでの調整。(この時は多分、不安だったのではないかと今でも思っています。)
そして、最終調整のボルダー、自分を追い込むために乗り込んだ標高3500Mの超高地での走り。 などなど

すべてがこの日の、このスパートのためにあったのだといっても言い過ぎではないだろう。
すべてを賭けた渾身のスパートだ。まさにQ極のスパート!!
 
そして私はこの時の高橋選手の表情を忘れることはないだろう。あの決意に満ちた表情は何を訴えていたのか??

ぐんぐんシモンが離れる。一気に離した格好だ。これで、金メダル確実か と思われたが、
41キロぐらいからひたひたとシモンが近くに見えてきた。
後ろを振り返るQちゃんの表情から、今のきつさがわかる。逃げるQちゃん、追うシモン。最後の戦いだ・・・

オリンピックスタジアムに入る前にガードをくぐる。まるで何事もないかのような不思議な静けさ。そのガードをくぐる。
視界が開けて、ものすごい歓声が・・・・(グワアアアアアアアアアアアアアアア〜〜〜〜って感じだった。)地鳴りのようなどよめきと拍手。
Qちゃんが夢に見ていた瞬間だ。(この瞬間が個人的には、一番印象に残っています。なんか こう涙がでそうになったというか なんというか)

最後のスタジアムのコースを走る2人のランナー。
逃げろ逃げろ もう少しだ!! Qちゃん!!!

最終コーナーから最後の直線へ、うしろを振り向くQちゃん。大丈夫!!!もう来ないよ 大丈夫。
そして、とうとうその時が来たのだ。その瞬間が。
感動、感涙、言葉では表現できるわけもないその瞬間が。


感涙のゴールへ・・・

ゴールに飛び込む瞬間、両手を高々と上げたQちゃん。今までで一番力強く両手を上げた。最高の瞬間だ!
やっぱりやってくれた!ゴールドメダルだ!!記録 2時間23分14秒(オリンピックレコード)。

 


えっ もうクールダウン!?

ものすごいレースだった。見ている方が鳥肌が立つようなゾクゾクしたレース。
さぞかしQちゃんも感情を爆発させているかと思った私は間違っていた。。。
感激の面持ちのQちゃんが見られると思ったら、あらららら 
その直後、鼻の汗を拭い、いつものQちゃんに、、、 ケロッ として、へへへへ〜 という感じの笑顔をみせた。(ホント、何も変わっていない)


ゴール後のQちゃん

ウイニングランが始まった。スタジアムの大観衆が見守る中、笑顔笑顔の高橋選手。
日本国旗や小旗を手に持ってのウイニングランは最高の舞台だ。

彼女のあの笑顔を世界中の人たちに見てもらいたい!! というレース前からの僕の願いが叶った。
ようこそQちゃんワールドに という感じですごく嬉しかったのだ。


そして、画面ではリアルでは見られなかったが、後の番組でシモン選手との健闘を称えあう姿を見た時不覚にも涙が出るほど感激した。
まさに2人は真のアスリートだった。

スタジアムをゆっくりと歩きながら、Qちゃんはいろいろな人たちにあらためて感謝をした と後に語っている。
「こんなに遠くまで私の為に来てくれるなんて・・・」
「応援してくれてありがとう。」「あっ あの人も来てくれてる。みんな忙しい時間を割いて来てくれたんだ」などなど嬉しくて仕方がなかったそうだ。
嬉しさのあまり、一瞬泣きそうな表情も見えた。そんな表情を見て、よかったなあ と実感。

ところが・・・
あの方がいなかった。あのおじさん、いや小出大監督の姿が見えなかった。その姿を探す高橋選手が映し出されていた。
キョロキョロして辺りを見回すがどこにもいない。
てっきり、私も、「さすがに監督も感激しているのかな」と思ったが実際は違ったようだった。(笑)
その後、なんとか監督に会えたQちゃん。
「ありがとうございました。」と監督に感激の報告。(本当によかった。)
小出さんも「よくやったなあ おめでとう!!」と祝福。この時のQちゃんの表情を私は永遠に忘れることはないだろう。

監督に認めてもらうことが一番うれしい。 といつも口にしていたQちゃん。
認めてもらうどころか 本当にすごいことをやってのけちゃいました。
個人的には小出さんが最後に言った「最後、きつかったなあ」の言葉が印象的でした。
あの時の小出さんの表情、その言葉にうなずいた時のQちゃんの表情。
なんか ほっとした雰囲気でとてもよかったです。



そしてインタビュー・・・

インタビュアー「高橋さん、小出監督に会えました?」
高橋選手 「はい、いま会ってきました。」

「監督とはどんな話をしたんですか?
高橋 「よくやったな 最後きつかっただろ って言われました。。」

「高橋さんもね がんばって帰ってきて、監督がいないんでちょっと慌ててました。」
高橋 「慌てたというよりも一番最初に、やはり あの、監督の顔が見たかったので探したんですけど・・
 でも、今、会えてよかったです。」


「日本中が注目していて、日本中が待っていたあなたの笑顔です。」
高橋 「無事にゴールにたどり着けました。ありがとうございました。」

「あの レース中はね あまり こう 笑顔というか 表情というのは厳しいものがずっーとあったように思ったんですが・・」
高橋 「そうですねえ あの 比較的に前半ずっと楽だったんですけども もう 自分の体と こう 相談しながら少しでも見逃さないように
 こう 対話をしながらだったので、緊張というよりも集中してたと思います。」


「スタート直後に、ベルギーのレンデルスあ飛び出しました。」
高橋 「はい」

「あのときはじっーと冷静に我慢という感じだったんですか?」
高橋 「そうですねえ 我慢というよりかは あの 10キロぐらい・・ 折り返しぐらいまでは トコトコ行こうと思ったのであまり気にせずに
 自分のペースで行きました。」


「35キロのちょっと手前から一気にスパート」
高橋 「いや 自分ではスパートしたつもりじゃあなかったんですけどシモンさんがちょっと遅れたので、今だ!! と思ってスパートしました。」

「やはり あの しぶといと言いますかね シモン選手は最後に粘りがありますから どっかで離そうという考えはあったんですか?」
高橋 「そうですねえ 最後のトラック勝負だけは避けたいと思ったので わるくても アップダウンが好きなので35キロ地点までには
 前に行きたいな と思いました。」


「サングラスをかなぐり捨ててのスパート 見事でした。」
Qちゃん 「はい あそこに知り合いがいたので 拾ってもらえるかなと思って捨てたんですけど 途中であたってたどり着かなかったです。」

「しかし、日本、64年ぶりの陸上での金メダル。女子では陸上界史上初という金字塔をうちたてました。」
高橋 「そうですねえ なんか この時代というか この今の時に こう 生きてて 監督に会えてホントによかったなあって
 本当に思います。」


「20世紀 最後のオリンピックで見事、頂点に立ったんです。」
高橋 「実感湧きませんが みなさんのおかげです。ホント ありがとうございました。」
     
「え〜 このシドニーのコース、走っていていかがでしたか?」
高橋 「声援がすごく大きくて 途切れる時がなかったので、42キロとはあまり思えないほど短いものでした。」
     
「途中で 日差しがさしてきて急に気温が上がりましたでしょ?」
高橋 「いやぁ もうあまり 感じなかったです。」
     
「え〜 さぁ〜 これからほっと一息して なにをしたいですか?」
Qちゃん 「そうですねえ やっぱり今までずっと支えてくださったみなさんに挨拶をして そしておいしいものを食べたいです。」
     
「そうですねえ 何がいいですか?」
Qちゃん 「いやぁ もう ゆっくりみんなで楽しんで食べられるなら何でもいいです。もう みんなに会いたいです。」
     
「それから 小出監督のひげを剃った顔、久々ですが 楽しみですねえ」
Qちゃん 「そうですねえ ぜひ あの 今日明日にでも剃ってもらいます。へへへ」
     
「じゃあ もう ずっーと 応援していた日本のファンのみなさんに、 尚子さん 直にメッセージをください。」
高橋 「はい」
高橋尚子 「みなさんの声援のおかげで 本当に背中を押してゴールまでたどり着けました。」
  「すごく楽しい42キロでした。 どうもありがとうございました。」

     
「最高の笑顔です。おめでとうございました。」

高橋 「どうもありがとうございました。」
     
「お疲れ様でした。」
高橋 「ありがとうございます。」


オリンピックスタジアムのメインポールに日本の国旗が・・・

小雨が降りしきる中。3人のアスリートがスタジアムに入ってくる、シモン、チェプチュンバ、高橋尚子。(歩く並びは、真ん中にQちゃん)
例によってQちゃんはてくてく歩いてます。てくてくてく・・・

BGMが終わり、ついにそのときが・・・
Olympics Champion  
Gold Medalist


Naoko Takahashi


お辞儀をしながら手をたたくQちゃん、(自分のことなのに・・・)
シモン選手に促されるように表彰台へ。

夢にまで見たGold medal。 それが今、高橋尚子選手にかけられた。
まさに感動の一瞬。


そして、君が代が・・・。

メインポールに日本の国旗があがってゆく。
ふっー と息をつくQちゃん。目をつぶって(今までのことでもふりかえるような感じで)ジーンとした表情。
なんか見ているこっちまでジーンとしちゃいました。

本当にすごいことをやってのけたんだなあ。


あらためて おめでとう 高橋尚子選手。
そして ありがとう Qちゃん。


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