朝日が登るまで

2000/2/4

byぴーこ


先ほどから聞こえてくる潮の音で、ここが海に近いことは分かっていた。

しかし、自分がなぜこのような所にいるのか記憶がない。

首を巡らせると、傍らに直江が座っっていた。

額にはぬれた手ぬぐいの感触がある。

「具合はいかかですか?」

静かに問いかけられて、やっと自分が今朝から少々熱があったのを思い出した。

「ここは…?」

「どうやら礁景寺という寺だったようですが…この朽ちようから見て今は誰も使ってはおりますまい。

まだ身体も完治していないのに進もうとなさるから、あげくにこのような事になるのです」

直江は冷たい目で景虎を見ていた。

確かに、直江の言葉も聞かずに出発をきめたのは自分なのだが、このような言い方をされる覚えはない。

景虎はキッと視線を鋭く見つめ返した。

景虎が言葉を紡ぐより早く

「目が覚めたようなので、この辺りに誰かいないか見てきます。景虎様はここでしばらく休んでいて下さい」

そう言うと、景虎にはもう目もくれず直江は部屋を後にした。

残された景虎はなんとか起き上がれないだろうかと身体に力を入れようとした。

しかし、熱にうかされ、思うように動かない身体はいら立ちだけをつのらせる。

立て付けの悪い寺の戸の隙間からは紅い月が登っていた。

その月を見た時、ふいに景虎は動きをとめた。

あの忌わしい記憶が心の中で動き出すのを感じる。記憶の中に封印したはずのあの夜の記憶…

熱に浮かされた思考とこの動かない身体はどんどん過去に遡っていく。

波の音と空に浮かぶ紅い月、錯角だとわかっている、もうあの時に生きていた人々は過去のものとなってこの世には存在すらしていない。

しかし、どんどんリアルさを増していくこの状況から逃れる術はない。

げびた笑い声、肌に感じる生暖かい息遣い、掴まえられなぐられて思うように動かない身体、そして…

「…様、景虎様、景虎様!!」

誰かに肩を掴まれている、誰かがこの身体に触れている…

(…触るな、私に触るなっ!!)

その手をドンッと突き放した。

男はその反応にたいそう驚いていたようだが、そのような事にはかまってはいられない。

さらに近付こうとしてきた男にとっさに力をぶつけていた。

男の頬が切れて血が滴る。それにもかまわない様子で何かを叫びながら近付いてくる。

腕を掴まえてその胸の中に抱きかかえるようにして景虎の抵抗を押さえ込もうとしていた。

景虎にはあの恐怖が再び近付いてくる様にしか感じられなかった。

もう逃げられないのか…?

そう思った時、何かが思考に入り込んでくる。

その間も男は何かを叫んでいる…

(これは…私の名前…いったい、いったいこれは誰だ?)

景虎の思考に心に届くこの声。

恐怖という名の怪物に飲み込まれかけていた景虎の思考が戻ってくる。 一人の名前が浮かぶ。

「なおえ…」

自分を呼んでいる人物が誰なのかやっと理解できた。

「景虎様、落ち着きましたか?」

ほっとしたような声が上の方から降りてくる。

いつもの冷たい声とは明らかに違っている。

あぁ、直江の声はこのような響きだったか、初めて直江の声を聞いたような気がした。

直江は景虎が正気を取り戻したのを確認すると、スッと身を離した。

「景虎様いったい何が起きたのですか?」

ビクッと肩を震わせる。

その問いかけと眼差しから最初に目を背けたのは景虎だった。

「お前には関係ないことだ」

視線を合わせないままつぶやくように景虎は答えた。

直江はそのような答えでは不満だった、先程の状況はいったいなんだったのかと景虎に問いただしたい気持ちが募る。

しかし、これ以上景虎はどんなことをしても答えないことも知っている。

あの瞳が自分を完全に拒んでいるのだ。

直江は静かに苛立っていた。

「そうですか、ではもうお休みになって下さい。明朝ここを発つ事にいたしましょう」

直江は既にいつもの様に感情を抑え込んだ口調で景虎に話しかけた。

景虎は黙って冷たい直江の声を聞いていた。

直江は立ち上がると景虎の傍にまた黙って腰をおろした。その事に驚いて景虎は声をかける。

「お前は寝ないのか?」

直江は、ふぅっとため息をついた。

「熱が上がっている事には、お気付きにはなっておられませんか」

自分の身体だというのに景虎は気が付いてはいなかった。

やれやれ、と言う様な直江の態度が気に入らず、景虎は直江に背を向けるようにして何時しか寝入ってしまった。

後に残った直江は手ぬぐいをもう一度冷やしてこようと立ち上がろうとして、何かに着物の端を引っ掛けてしまっている事に気が付いた。

よくよく裾を辿ると、何と景虎が着物の端を握っている。

とたんに何やら直江の胸に暖かい感情が広がってくる、先ほどの苛立ちも消えてゆく。

立ち上がる事ができずに、もう一度座り直したどうやら朝までここにいるしかないらしい。

…朝日が登るまであと数刻あまりある。

END

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コメント:今回は昔の感じで書いてみました。でもなんか言葉遣い難しくてこれでいいのか?って感じですね。お話の方も一体こいつ何が書きたいんだ!!問いうなんともよく分からない物になってしまいました。私としては、『景虎様の裾掴み』が書きたかっただけなんです。だからお話の方はあんまりストーリーはありませんゴメンナサイ。

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