ソルフェージュ
1996〜1997年「花音」掲載

(ソルフェージュ)

 ソルフェ−ジュは音楽教師の久我山とその教え子田中吾妻くんの物語です。
 田中は母親が銀座のママという母子家庭で育ち、体が中3のわりに大きくヤンキーぽいですが、小学校時代に久我山に指導された合唱が忘れられず、音楽専門の高校に進学する決意をします。
 久我山は裕福な家庭のぼんぼんで、小学校の音楽教師をやっていますが熱血先生には程遠く、おまけにゲイです。

 田中は久我山に受験指導を受けながら、先生を嬉しくさせる事をサラッと口に出します。「合唱教わってた時が今までで1番楽しかったなー」とか、尊敬している人は?と聞けば「久我山先生」と答える・・とにかく真っ直ぐな瞳で先生を慕う彼はとても可愛いです。
 ところが、試験間際に田中は家庭の事情でレッスンに来れなくなり、様子を見にいった先生は突然田中に抱きつかれます。田中はガタイがいいため、ゲイの久我山はこの抱搖に動揺し、突き放してしまいます。
 翌日、母親が過労で入院・・このため田中は先生に助けを求めます。

 2人の病院でのやりとりがとても好きです。
「レッスン行けなくて、ごめんなさい・・」と言った時の田中はやっぱり中3という感じで可愛いし、先生はこの表情を見て自分の邪まな考えに苦笑・・。田中が抱きついたのは心細かったからだと分かります。自分の腕に余るほどの大きな子供を抱きしめるラストは安心できる微笑ましい結びです。 

(夜の女王のアリア)

 母親の入院により、先生と田中の同居生活が始まります。
 田中は学校のでき事を先生によく話し、先生の帰りがどんなに遅くても必ず出迎え、土鍋をおねだりして鍋を囲み・・とにかく可愛い新妻(?)ぶり。
 ところが、母親の体が回復したために約1年間の同居生活はピリオドとなります。
 1人暮らしになってせいせいした筈の先生ですが、何故か仕事も男も今一。ある晩付き合った相手に殴られクサクサしていたところ、母親とのトラブルで田中がおしかけて来ます。
「なんでもするから、ここに置いて」と涙ながらに懇願する彼を見て可愛くなった先生は、田中と寝てしまいます。

 「なんでもするから」と言われた後の先生の「ふーん」は完全に教師の仮面が剥がれ、舌を出した表情にはゾクッとさせられます。よしなが先生は人物の「豹変」を描くのがとても上手い作家さんで、人間の2面性を表情と間で表現する技術は一級品です。
 この章の犯されちゃう田中は超高レベルのあどけなさ・・・。大きい体でメソメソやってるだけでもツボなのに、Hされてる間
「ねえ・・先生どうなっちゃうの?助けて、先生・・」ですからね〜。久我山は酔っていたとはいえ、止められなくて当然かと・・。

 深い関係になってHしまくりのいけない2人ですが、何故か仕事も学業も絶好調(笑)。
 田中は好きな人と居られるだけでご機嫌ですが、先生は罪悪感があるのため刹那的です。
 結局久我山の友人に2人の関係がばれてしまい、これが引き金となって田中のイタリア留学の話が決まります。
 先生と離れたくない田中の
「ねえ、どっか行こうよ」は一緒に泣きそうになりますが、泣いてる田中を見つめる先生の優しい表情がなんとも物悲しいです・・。

 ところで、この2人はどっちが「攻」・・?最初はおそわれてたよーな・・田中君。その後「あれやってやろうか・・」とも言われてましたし(あれってアレ?)・・リバーシブル?!・・と、腐ったことも気になる章でした(爆)
 それにしても田中はよく泣きます・・可愛い〜(先生にうるさがられて泣く姿とか、お泊りセットを持って泣く姿とか・・最高)

(もう飛ぶまいぞこの蝶々)

 10年後、田中はイタリアでオペラ歌手として成長しています。
 久我山は影ながら田中を応援しつつ音楽教師をやっていますが、ある日田中そっくりの大学生を見かけ、思わず声をかけます。人違いと分かった瞬間の先生の表情が田中に執着している彼を上手く表現していて、そして交際することになった大学生に「先生」と呼ばせる日常はとても切ないです。

 大学生の淳はいつまでたっても、一緒に暮らすどころか泊まることも許してくれない先生に不満を持ち始めます。そして久我山の見ていた音楽雑誌に自分とそっくりの田中を見つけ、身代わりだったとことに逆上・・・先生を刺してしまいます。

(カーテンコール)

 この章はページをめくると先ずもの凄く素敵な26歳田中君の帰国シーンに出会えます。
 有名オペラ歌手となった彼はテレビに出たり、舞台にたったり、小学校の歌唱指導に呼ばれたりと引っ張りだこですが、これら全ての場面でよしなが先生は田中に一言の台詞も言わせていません。唯一声を表す文字は歌唱指導で歌う「歌詞」です。巣立ちの歌の「いざさらば先生」で涙ぐむ田中から「美しい明日の日ため」までの表情とコマ運びは絶妙すぎてもう降参です。津守と共に涙を落とせます。
 そして、再会シーンで初めて言葉らしい言葉
「先生やっと見つけた」を田中に言わせる演出は本当に見事です。

 久我山は刃傷事件が元で辞職。別荘に身を隠していました。田中は合唱指導の再就職の話を持って先生を迎えに来ます。
 再会まで人が変わったように無愛想だった田中の表情がここでいっきに過去に戻ります。「すっごく探したんだよ・・っ!!」と言いながらボロボロ涙を流す彼はやっぱり田中君でした!先生の前では可愛い生徒の顔になり「・・だよ、十年経ったのに相変らずガキみたいなしゃべり方しやがって」と久我山に言われてしまいます。

 田中にとって先生はどんな過去があっても自分を音楽の道に進ませた恩人で、そして10年たっても色あせない尊敬心と思慕は見事なものです。
 久我山は粗野な物言いをするためクールに見えますが、先生にとっての田中はとにかく忘れられない人・・、その想いは人生が横道に反れてしまう程で、彼の思慕の深さも本物だったのです。

 それにしても田中の立身出世は目を見張るものがありました。
 
「もう恋人になってくれなんて言わない」「イタリア語でならローマ法王とだって敬語でしゃべれる」という台詞は彼が本当に努力して大人になったんだな〜と感じるもので、この田中に向ける先生の眼差しが、優しさと尊敬に満ちていて大好きです(P.170)。

 久我山は教え子達に救われるという、教師としてどーよ?という立場ではありますが、生徒の成長は教師冥利につきることで、それによって彼は自尊心を回復することができたわけです。
 ラストのアンコール場面
「こりゃ帰ったら田中に自慢してやんなきゃな」のふっきれた表情は後味がよく、こんな師弟関係を持つことができる彼らには深く感動できます。


 よしなが先生の作品は脇役一人一人にも人格が備わっていて、たとえ悪役でも憎むことができないドラマがあります。
 「ソルフェージュ」では・・・鋭く賢い津守(この人の爆発ヘアーにはちょいと驚き/笑)・音楽指導の後藤(常識人!)・マネージャーのイタリア人(あっさりしたイイ人!イイ男!)・大学生の淳(ゲイの苦悩が滲み出てて可哀想)等等・・魅力的な脇役が沢山でした。


月にサンダルソルフェージュ
(1998年3月発行 同人誌)

「月にサンダルソルフェージュ」は本編のその後のストーリーです。
「月とサンダル」のサブストーリーも一緒になっていますが、こちらはコミック収録済みです。

 先生と田中はその後一緒に暮らしていますが、久我山は頻繁に淳絡みの悪夢でうなされています。そこで田中は淳に電話をかけることを提案。久我山は驚きながらも半ば強制的に電話をさせられるはめになり、淳と近況などを交わします。
 電話を切った後、先生は田中を抱きしめます。淳への後ろめたさや心配が少なからず解消していくこのシーンは感動的で、先生の独白も2人の関係をよく表し、心に響きます・・
「今俺は田中を抱きしめてる」「でも本当は田中に抱きしめられている」

 その後セック○シーンが描かれていますが、田中の包容力から考えて「先生受」の展開かと思いきや、意外にも「攻」でした。ベットの上では年上らしい久我山と田中の可愛い涙目が絶妙で、この役割分担で大正解(笑)。
 心が安定したせいか田中に優しくHする先生と、「今日からはよく眠れそう?」と気使う田中が微笑ましいです。

 それにしても電話をかけさせた田中の決断力とケアのよさには驚きました。オペラ歌手を引退してもカウンセラーで食べていけるかもしれません(笑)。




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