彼は花園で夢を見る

1998〜1999年 Wings掲載

「彼は花園で夢を見る」は心優しい主人公が運命に翻弄されながら、国も身分も違う青年と心を通わせ家族になっていく物語です。
中世風の衣装と雰囲気が美しく、人物の繊細な心の動きとよく合っています。

男爵令嬢

 戦災孤児のファルハットはサウドという男に拾われ旅の音楽師をやっています。2人はかつての敵国に流れつき、とあるお城に逗留することになります。
 ある日男爵の娘のアンティエットに歌を聞かせると娘は幼い頃の記憶を取り戻し、サウドが父親だということが分かります。サウドは西の言葉が分からないためファルハットが通訳をしますが、アンティエットの
「お父さん」を東の言葉にするファルハットの表情はとても切なくて、サウドを独占できなくなった悲しみがよく表れています。

 
父と娘は自分たちを生き別れにした敵国にはいられなかったのか、それとも純粋に親子水入らずの時間が欲しかったのか・・城から姿を消してしまいます。
 男爵は養女に、ファルハットは育ての親に捨てられたわけですが、ラストの
「サウドもきっと今頃泣いている」という男爵の言葉には、恨み言一つ言わない彼の懐の深さを感じます。

彼は花園で夢を見る

 
この章は時間が少し遡り男爵の過去が語られています。
 遠乗りの最中、男爵はおてんばで明るいイザベルと出会い2人は直ぐに恋に落ちます。実は彼女は縁談相手の妹だったのですがそのまま話は進み、・・ところが婚礼前夜イザベルは森の中で殺されてしまいます。
 事件後の男爵の表情はそれまでのイキイキとしたものから陰鬱な顔に変化し(P.59)、描き分けの上手さには目が引き付けられます。

 男爵は運命を呪いながら結局イザベルの姉と結婚しますが、陰気で無愛想な姉ラウリーヌとは上手くいかず、彼は遠征軍へ参戦してしまいます。
 翌年死ぬ事もできず帰国した男爵は城に花を美しく植え、自分の帰りを待っていたラウリーヌに感激します。不器用ながら情の深いラウリーヌとやっと心が通じた男爵ですが、ある夜、ラウリーヌは妹を羨んでいたのではないかという考えが彼の頭をよぎります。そして男爵が「妹殺し」の疑いを口にしてしまったことにショックを受けたラウりーヌは塔の上から飛び降りてしまいます。
 一度目の恋は無理矢理葬られ、二度目の恋はつい発してしまった言葉から喪失・・。男爵は本来穏やかで優しい人なのに非常に気の毒です。
 この身の上話を聞くファルハットと是非三度目の恋を・・と思わず願ってしまうラストでした。

 この章はラウリーヌとイザベルの対比がとても上手く描かれています。金髪対黒髪、会話のてんぽの早い妹に対し間がたっぷりな姉というように陰と陽がはっきりしています。このため男爵の持った疑惑には直ぐに共感でき、ラウリーヌを問い正す場面は緊迫感が伝わります。
 眼は口ほどに物を言うラウリーヌの表情と構図の巧みさには脱帽です。

そんなあなたが

 
サウドに取り残されたファルハットは城のお抱え楽師となります。待遇のよい暮らしを素直に受けとれない彼は男爵に下心があると思い込み、執事に男爵様はホモなのかと確認を取りに行きます。「男も」に詰まる執事の表情に笑いつつあらぬ期待してしまいますが、男爵にそんな気持ちは微塵もなく、ただファルハットが出て行ってしまうことを恐れていただけなのでした(おでこコッツン誘惑に勝つなんて男爵様のイケズ〜/腐)。

 この2人には家族に置いてきぼりにされたという共通点がありますが、男爵の方が孤独に弱く
「私は今でも淋しいぞ」とファルハットに本音を呟きます。男爵の淋しさを「男爵さまが愛しく思える」と受けとめたファルハットと、その言葉に涙を流す男爵の関係は国や年齢・身分を越えた優しいもので、2人の心の繋がりが強くなったことを感じます。

 いつもムスッとしている男爵の「涙」は意外な感じが魅力的で、前章の「涙」にビックリするラウりーヌ、と男爵を労わるファルハットには十分同調させられます。

夢を見たあと

 ファルハットのお陰で男爵は顔つきが穏やかになり、ラウリーヌの事も思い出として語れるようになります。ところが、執事のフランソワが突然亡くなり、気落ちしていた所に娘のアンティエットから手紙が届きます。手紙にはサウドが死んでしまったこと、それでも城に戻る意志のないことが記されており、身近な人が次々去ってしまうことに男爵はショックを覚えます。ファルハットもサウドが永久に戻って来ない事実を突きつけられ、結局2人は心中を試みます。ところが、ラウリーヌのバラに受け止められ投身に失敗、もう一度挑戦しようとしますが男爵が腰を打って動けなくなります。城に帰宅する彼らのおんぶ姿は心中未遂後とは思えぬマヌケさですが、安心できるオチなのでした(笑)。

 その後ファルハットは男爵の執事となり、養子となります。養子になった5年後のファルハットは凄いハンサムで、色気倍増なのですが・・ラストのファルハット(推定40才)は・・
だ、誰っ??・・・幸せ太りのファルハットぉー!!なのでした(笑)

 ファルハットは侍女のナタリーと結婚して女の子に恵まれました。
 ラストのうたた寝をする好々爺な男爵さまからは、やっと家族を持つ事ができた幸福感が伝わってきます。
 


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