雫がゆっくりとグラスを滑り落ちて底に沿ってテーブルに円を描いた。
氷がカランと音を立てて崩れる。司馬はグラスを無造作に手にとった
ので少しこぼしてしまった。ジャックダニエルのメタルスメルが鼻に
ついて、テーブルに顎をのせていたピノは犬みたいなくしゃみをした。
グラスから落ちた雫の跡を指先で伸ばしている。
行儀が悪いよ、と司馬は諭したけれど別にどうでも良かった。
司馬くんこそ
ピノは言った。
司馬くんこそぎょうぎ悪いよ。
司馬は足をテーブルの上に組んでいた。グラスの中の飴色の酒を
ちびちび飲む。ピノはそれが不思議でならなかったけど、どう訊けば
良いかも判らないので黙っている。グラスを傾ける度にカララン、と
弱い音がする。
TAKE IT ON, OR TURN YOUR BACK
EITHER WAY, YOU CAN'T ESCAPE IT
虎鉄が苺のケーキののった皿を持って部屋に入ってきた。
ヘイ、メリクリスマス。
所々クリームが赤くなっている。ピノが、違うよ、今日は、司馬くんの
誕生日だよ、と言う。
ハン、
虎鉄はどうでもいいとかそんな風に考える事すら放棄するみたいに
鼻で笑った。左手の煙草をごく自然に親指ではじき灰を落とす。
最悪、司馬は思った。床に転がった煙草の灰も、苺の果汁のついた
生クリームとの相性も。
「猪里サンならいないよ」
虎鉄はクッと目を細めてピノを見た、
「買い物か?」
と司馬へ向かって尋ねる。司馬はピノの口が尖ったのを横目で見て
少し、笑いそうになった。ゆっくりと肩を竦めて首を傾げる。虎鉄は舌打ち
をして猿野は、と独り言のように訊く。
「だからちがうっつーのシャンメリーはクリスマスだからメリーなんだって」
「アホかよただのジュースだろあれシャンペンと関係ね−し」
廊下に濁声が響く。帰ってきたね、とピノが呟く。虎鉄の独り言に応えた
のかどうかは判らない。司馬はテーブルから足を下ろす。シャンペン?
とかシャンパン?とか言いながら猿野と沢松がビニル袋をごっそり抱えて
部屋に入ってきた。よぅ司馬、めでてぇ誕生日!猿野が金色の袋で包装
された小さな瓶を投げる。飛行距離が短くて司馬は床ギリギリでそれを
掴んだ。よくわからないキャラクターの書いてある袋にはキッズ・シャンメリー
とある。司馬は心の中で顔をしかめた後、猿野を見て、頭のあたりまで
それを軽く持ち上げた。沢松が
「良いってお礼なんて時期的に安売りだったのよ」
と言う。おめぇは1マイルも払ってねぇだろと猿野が声をあげる。あんちゃん
それ距離じゃん、とピノが笑う。

EITHER WAY, YOU CAN'T ESCAPE IT
急に騒がしくなって司馬は頭が痛い気がした。虎鉄は、と思って視線を
ずらすとテーブルの向かい側に座って携帯電話を耳に当てている。電源の
入らないテレビ(此間猿野が落として壊した)に映った司馬に気付いて体を
捩ると牛尾サンは?訊ねる。司馬は肩を竦める。蛇神サンは?と虎鉄は
皮肉っぽい笑顔でまた問う。司馬は笑ってグラスに口をつける。もう氷は
すっかり溶けている。ネズは?まだ続ける虎鉄に司馬は随分長い呼び出し
ですね、と思う。思いながら首を横に振った。
「まぁ3人ともこんなとこにゃ来ねぇか。」
虎鉄はそう言って体を元に戻す。そうしてまた振り返って、犬飼は、と訊ねた。
司馬はグラスをテーブルに置いてから首を傾げたので変な間が出来てしまって
嫌だった。当然のことみたいに、一瞬、静かになった。来てないんすか、沢松が
虎鉄に言う。猿野が舌打ちして、あの犬コロ折角誘ってやったのに、と言う。
EITHER WAY, YOU CAN'T ESCAPE IT
傷の付いたCDは同じ曲ばかり流す。
TAKE IT ON, OR TURN YOUR BACK
EITHER WAY, YOU CAN'T ESCAPE IT
虎鉄はやっと電話を切った。猿野は靴を脱いでソファに凭れている。それを
見てピノはテーブルに立つと、そこからソファへダイブした。
玄関の重い扉が開く音がして、雪降っとっとよ!と猪里の声がする。
ピノと沢松が顔を見合わせてクツクツと笑う。司馬はまたテーブルの上に足を組む。
「・・・電話とれよ!」
虎鉄が苦笑いを浮かべる。
鼻も頬も赤くして猪里と、その後ろに銀髪が揺れていた。屈んで、脱ぎかけた靴
を履きなおしている。愚痴を言う虎鉄を適当に流して猿野の隣に座ると猪里は
何かを探している。先輩、時計なら此間あんちゃんが割ったよ。ピノが悪戯っぽく言う。
俺か!?猿野がソファから首を起こす。覚えて無いの!?ピノは笑う。沢松も
笑いながら今11時半すよ、と猪里に言う。それから、よぉ、と犬飼の腕の辺りを
たたいてキッチンへ向かう。
「司馬、ギリギリで誕生日おめでと」
そう言いながら猪里も靴を脱ぎ捨てる。司馬は軽く一礼する。やっぱ家ん中で靴
履いてっと落ちつかないっすよね、猿野が言う。何を話していたのか、虎鉄とピノは
ゲラゲラ笑っている。沢松は手にいっぱいのグラスを持ってきた。ビニル袋の中から
ゴソゴソと酎ハイやら菓子やらを出してソファへ向かって投げている。司馬は振り返らずに
座れば、と言う。テレビに映った長身がピクリと揺れて、ピノの居たイスに腰掛けた。
赤いクリームを皿に広げながらケーキが傾き始めている。





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えーとこれは、キャプテンが司馬くんにあげた部屋(!?)をイメージしたっつーか。
1大きい青いテーブルがある
2テレビがある(但し点かない(猿野が壊した))
3オーディオセット(但し左のスピーカーは音が入らない(猿野が壊した))がある
4ディスクだけだったり違うケースに入ってるCDが散らばっている
5玄関に靴の箱が縦積みになっている
6大きいソファがある
7司馬くん、ピノ、猿野、沢松、虎鉄、あと虎鉄が誘うと猪里も遊びに来る。冥も
 司馬くんとピノしか居ない時は時々来る。でも猪里は靴を脱がない文化は嫌。
 だからあんまり行きたくない。冥もいつも玄関で靴を脱ぎかける。
みたいな!(はい今引いた人、常・識・人v)
雑然とした或る日、を書きたかったです


24.Dec.2002  HAPPY BIRTHDAY.