イ ッ ヒ リ ー ベ リ ッ ヒ 





本日4時間目、音楽の時間。
シューベルトの野ばらという曲を聴いた。



「あー、オイラ洋楽聴いてると頭痛くなってくるんよ。ドイツ語で頭殴られた気分だ」
「言葉で頭殴られるわけないでしょ、馬鹿」
何時も通り屋上で、葉の作ったお弁当を食べる。
葉は電気椅子をしながら頭に手を当て、顔を顰めている。
あたしは黙々と弁当を食べ続ける。
「あったま痛え」
「保健室行ってくれば?」
「や、それはしない」
「なんでよ」
「カッコ悪い」
「カッコ悪い葉なんて見飽きてるわ」
「ひっでえ」
葉が苦笑いして弁当の蓋を開けた。
色とりどりの旬の野菜が中には詰め込まれている。(あたしのと同じだけど)
ふ、と。頭の中をあるドイツ語が掠めた。
「…イッヒリーベリッヒ。」
「なんだ其れ」
「ドイツ語よ」
「どういう意味だ?」
「さあ。自分で考えれば」
「アンナ、オイラが外国語恐怖症なの知ってるだろ!?」
「そんなのないわよ馬鹿。あんたが外国語苦手なのはもともとでしょ」
そう云われて黙りこくる葉。
からかってもからかっても、其の反応が違って面白い。
なんて遊んでても飽きない玩具だろう。
「葉、さっき音楽のときに聴いた曲の題名、覚えてる?」
「おお、そん位は覚えてるぞ。シューベルトの野ばらだろ」
「そう。あんたにしては覚えがいいわね…ってそんなことはどうでもいいんだけど。
 野ばらっていうのは、恋人にやっと会えたという詩なのよ。ゲーテが書いたやつ」
「へえ。オイラそんなこと全然聴いとらんかった。其の曲聴いたあと眠くなってよー、
 ずっと寝てたんだ」
「…あんた、たまには授業聴いてたら?先生がぼやいてたわよ。『また麻倉は寝てるのか』
 って」
「あー…オイラ国語以外にも音楽とか数学とか社会とか理科とか英語とかも寝てるなあ」
「ほぼ全部じゃない」
「っつうか、全部」
何時もどおり笑って誤魔化してしまう。
それなのに、憎めない。葉には何かの力があった。
霊力だけじゃない、何かが。
「あんたね、服装だってしょっちゅう注意されてんのに。内申が下がっていって、
 進学できなくなるわよ」
「ええ!?其れは困ったな。一通りの学問は終わらせとけとかなんとかって言われてんだけどよ」
ああ、あたし。
何時かまん太に云ったように、何時か貧乏祭司に云ったように。
あたし、本当に葉のこと、愛してるわ。
「イッヒリーベリッヒの意味、教えてあげましょうか」
あたしは電気椅子をしている葉に近づいて、肩をとんと叩いてみた。
葉はバランスを崩してその場に倒れこんだ。(勿論弁当はぐちゃぐちゃだ)
其処から上に被さって、あたしは-------






キスを、した。





葉は呆けた顔をして。
あたしは顔を赤らめて(でも気づかれないように努力をした)。







「イッヒリーベリッヒはドイツ語で『あたしはあなたのことが好きです』なのよ」




そうして、もう一度笑って。



彼に愛のメッセージを。









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イッヒリーベリッヒ。あなたが好きです。
うろ覚えなので合ってるかどうかわからない。音楽の教育実習生に教わった。
私は音楽でたまたま『魔王』という曲をやったんだけど(野ばらもやった/同シューベルト)
其処で魔王が息子を攫う場面になったとき(わかる人にしかわからない話)、
「イッヒリーベリッヒ」といったのです。「可愛いぼうや」という意味でね。
意味を聴いたらもう大変。ウチのクラスの変態男子(もといエロ男子)の中では『イッヒリーベリッヒ』
が大流行。
大変だ。
でも自分の小説のネタになるとは思わなかった。サンキューエロ男子。(褒めてない)

関係ないけどとてつもなく、短い。スランプ脱出は遠いかな。