飛 行 船 




また、暑い夏がやってきた。




俺は暑いのはあまり好きじゃない。
というか、暑いの自体が駄目だ。コロポックルは暑さに弱いし、俺自身も寒いところで
育ったから、暑いのは嫌いだ。
----だから、夏は嫌いだ。
冷たいアイスクリームも、口の中が凍りそうになるほど冷たいかき氷すらも、
直溶けちまう力があるからだ。
こう考えると、全ての冷たいものは太陽の暖かさに弱い、太陽は何にでも強いってことか?
なんて珍しく哲学に浸っている俺が居た。
げ、俺自身も寒気がするぜ。ガラじゃねえって、絶対。
彼女も暑いのは嫌いみたいだ。先ほどから鬱陶しそうに団扇をぱたぱたとやっている。
黒いミニのワンピースが、微かな風ではたはたと揺れる。
「…あんたは、暑いの平気な訳?」
「平気じゃねぇよ」
「じゃあ、葉が帰ってくるの待ってなさい。うろちょろしてると暑苦しいし邪魔。
 葉が帰ってきたら葉に素麺でも何でも作らせるから」
彼女は葉が好きだ。俺の友達が好きだ。
葉はユルいけどヤな奴じゃないし、彼女を泣かせるような奴でもないし、人を傷つけるのは好まないし。
はっきり云って凄くいい奴だ。俺なんかじゃ適わない位。
どんなに俺が彼女を好きでも、其れは報われない恋に違いないし、彼女らは許婚同士なんだから
当然好き合っても居るだろう。
俺の入る隙間はないってヤツだ。多分。いや、きっと。
「ただいまーっ。おーいアンナー?腹減っただろー何食いたいー?」
引き戸が開く音がして、思わず身体が固まった。
其れを見た彼女は俺を見て顔を顰める。
「葉、帰ってきたわよ」
「そんなことわかるっての」
「何食べたい、あんたは」
「さっきアンナが素麺って言っただろ」
「気安く呼ばないでよ馬鹿」
彼女はその辺に打ってる女性週刊誌をぱらぱらとめくっている。
芸能人の記事だとか、料理の記事だとかが載っている、俺には何が楽しいのかと思えるような雑誌。
「おい、アンナ。」
「…何よ。あんたが"素麺食べたいから作れ"って云えばいいじゃない」
「オマエが云ってもいいだろ」
「五月蝿いわね、とっとと云って来なさいよ、電気椅子やりたいの、あんた」
俺は慌てて居間を飛び出し、玄関に居る葉のところまで走っていった。
「お、おう、邪魔してるぜ、葉」
「おーホロホロ。久しぶりだなあ。アンナはどうした?」
「居間で週刊誌読んでるぜ。あ、そうだ。アンナが素麺食いたいって」
「おう、わかった。ホロホロも素麺でいいか?すっげえ暑くてよ、買い物行く気ならねえんだ。
 素麺なら婆ちゃんが大量に送ってきたから沢山あるしな。あんまり毎日出すと、アンナが飽きて食わねえ
 から溜まっちまうし。ホロホロが食ってくれんなら大助かりだ」
そう言って葉は便所下駄を脱いで、居間に直行した。
襖を開けるとアンナが寝転んでいて、何、というように首を傾げた。
「お前なあ。ホロホロ使わないで自分で云えよ」
「あら其れはごめんなさい。あと葉、胡瓜と葱入れたら殺すわよ」
「…悪いホロホロ。こいつこの様子だから、昼飯の仕度、手伝ってくれ」
葉は彼女を指差して、云った。



男二人、台所に並んで素麺を作る。
(っていうか俺はただ麺茹でてるだけだけど)
隣からは葱を切る音(やっぱ素麺に葱は必要不可欠だ)。
居間からだと思われる、つまらないテレビの音。
玉子焼き切ったり、なんかあったものを色々切っている。
流石手馴れているようで、綺麗に切れていた。
「付け合せも色々あったほうが美味いだろ。どーだ、麺」
「あー、あとちょい」
「んじゃあとはオイラが見るから、ホロホロは器とか置いといてくれ」
「おう」
皿を置きに居間に行くと、とっくにテレビは消えていて、彼女は居なかった。
雑誌が風でぱらぱらと捲れて、窓は開けっ放しで、カーテンがはためいていた。
「おい、葉。アンナが居ねえ」
「んー、じゃあちょっくら探しに行くか」
「おい、素麺」
「もう出来た」
ガスは止められていて、素麺も笊に移しかえられていた。
葉は居間へ向かい、其処にある窓から庭へ出た。
「おい、アンナ」
庭にアンナはしゃがみ込んでいたようで、か細い声が聞こえてきた。
「飯、出来たぞ。素麺伸びちまうから早く来い」
「…いらないわ、ご飯」
「何云ってんだ、食わないともっと痩せて死んじまうぞ。ホラ、アンナ」
「…うん。わかったわ」

彼女の好きな人は俺の友達

俺の友達の好きな人は彼女

彼女は友達のことならなんでも知っている

友達は彼女のことを何でも知っている




「報われない恋、かあ…」







今日は空が綺麗だな

雲ひとつない晴天だ

ああ、こんな日に恋の飛行船は旅をする。





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ホロ片思い系。
意味がわからないのでマイナス50点。
ホロって暑いの嫌いそう。
其の点でアンナと合うんじゃないでしょうか。
ほら、旦那は立ち向かう人だしねえ…(笑)。